「ご来訪!惑星王女アスカ様!」
 第2話:「前菜の初デート」



朝10時。
丁度、朝食を終えた後のこの時間、シンジは後片付けと食器洗いを、アスカはリビングのソファーに寝ころんで胃を落ち着かせていた。

「それにしても、地球の食べ物っておいしいのね。びっくりしちゃった。」

「そう言ってくれると、なんか嬉しいよ。」

初めて食べる地球の食事に色々と手間取ったりもしたが、結果は満足げにくびれたお腹をぽんぽんと叩いているアスカに誉められ、食器を洗っているシンジは嬉しそうだ。

「そう言えば、アスカの星ではどんなのを食べてるの?」

「そうねぇ、色々あるけど、だいたいはゼリー食品かしら。」

「ゼリー?ゼリーが朝食とかなの?」

「そうよ。ほとんどの料理の原料はゼリーで作られてるの。」

「ゼリーなんか毎日食べてて飽きない?」

「大丈夫よ。加工の仕方次第で色んな品目が出来るし、必要な栄養分だってちゃんと含ま
 れてるんだから。」

「へえ。アスカの星は進んでるなぁ。」

そしてようやく台所の作業が終わったシンジは手を拭きながらアスカの隣りの床に腰を降ろした。文明の発達しているアスカの星の事によほど興味を引かれたのだろう、その顔がワクワクと好奇心に溢れている。

「でも、あたしは地球の料理の方が口に合うみたい。ゼリー食品なんかより、全然おいし
 かったもん。」

「なんでだろ。味とかが良かったのかな?」

「うーーん。確かに味も良かったけど、なんていうか、あったかいって言うか・・・。」

「あったかい?アスカの食べてたゼリー食品って、冷凍ばっかりだったの?」

「バカ違うわよ。そういうんじゃなくて、うーーん・・・。」

元居た星ではコンピューターの作るゼリー食品だけを毎日食べていたアスカは、外食も全てが機械に制御された食事であった為、人の手による食事など食べた事がなかった。だからこそ、シンジの手料理に心の暖かさを感じ、それがアスカの心の味覚をおいしく感じさせたのかもしれない。

「まぁ、とにかく、おいしいって事よ。」

「ふぅん。じゃあ、アスカは地球に住めるね。」

「んな!?」

ニコリと笑顔で素っ気なく言うシンジに、アスカは顔をボッと赤く燃え上がらせてしまい、ぎょっとして見つめ返している。

ど、どど、どういう意味!?
ずっと、地球に居て欲しいとか、そ、そういう・・・。

「い、いきなり、なんてコト言うのよ・・・」

シンジの告白と勘違いしたアスカが小声で呟きながら、もじもじとソファに「の」の字を書いているが、当のシンジはその様子を不思議そうに首を傾げている。

「ん?どうしたの、アスカ。」

「べ別に、な、なんでもないわよ・・・。」

「じゃあさ、とにかく、これからの事を考えようか。」

「え、ええ。」

そう提案すると、シンジはソファにちょこんと座っているアスカの体を、まじまじと舐めるように見つめ始めた。この事が先ほどの勘違いに相乗してアスカの顔をさらにゆでだこにしてしまう。

「なな、な、なに見てんのよっ!」

「うーーん・・・・・」

しかし、さらに食い入るようにその肢体を見つめるシンジ。その凛とした眼差しに、アスカの天才頭脳がグルグルと混乱し始める。

「ちょ、ちょっとシンジ!?ねぇ!なんなのよ!?」

「ちょっと待って。」

「へ?」

真顔のシンジは片手でアスカを制すると、さらにその瞳をアスカの体に向けてくる。

なんなの!?なんなの!?なんなの!?なんなの!?なんなの!?なんなの!?
なんなの!?なんなの!?なんなの!?なんなの!?なんなの!?なんなの!?
なんなの!?なんなの!?なんなの!?なんなの!?なんなの!?なんなの!?

そして、不意にシンジと目が合った瞬間。

ボンッ!

まっ赤になったアスカの顔が爆発し、臨界点を突破した。

「なんなのよぉーーーーーーーーーーーーっ!!」

ジャキッ!ズギューーーン!

「わーーーーーーーっ!ちょっ、ちょっと!?」

照れ隠しの為か、顔をまっ赤にしたアスカが突如レーザーガンを発砲してきた。かろうじて紙一重でかわしたものの、アスカの発砲は続く。

「なんなのよなんなのよなんなのよなんなのよなんなのよ!!」

ズギュン!ズギュン!ズギュン!

「わーーーーーーーーーっ!!!!!」

まっ赤な顔でギュッと目を瞑っているものの、正確にシンジの方向に発砲して行くアスカ。一方のシンジも、頭を抱えながらも右往左往と巧みにかわして行く。

「なんなのよなんなのよなんなのよなんなのよなんなのよ!!」

ズギュン!ズギュン!ズギュン!

「わーーーーーーーーーっ!!!!!」

「なんなのよなんなのよなんなのよなんなのよなんなのよ!!」

ズギュン!ズギュン!ズギュン!

「わーーーーーーーーーっ!!!!!」

「なんなのよなんなのよなんなのよなんなのよなんなのよ!!」

カチッ!カチッ!カチッ!

ようやくレーザーガンのエネルギー切れたが、アスカは気付いていないのか、ギュッと目を瞑ったまっ赤な顔で、なおも引き金をカチカチと引いている。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

なんとか窮地を脱したシンジは冷や汗を流しながら、壁に背をつけて呼吸を荒げる。そして、辺りにはレーザーガンの流れ弾をくらってシューシューと白煙を上げている家具。

「アスカ・・・・・アスカ・・・・・!?」

「はっ!」

シンジの震える声の呼びかけを耳にして、やっとこ現実に戻されたアスカは辺りの惨劇を目にして驚きの声を上げた。

「ど、どうしたって言うんだよ!?」

「あ、あんたにそんなに見つめられたら、恥ずかしいじゃないのよっ!」

「は、恥ずかしい?」

「そうよ!あたしの体見つめて、なにしようってのよ!!!」

「は、はあ?」

「そういうのはね、こんなトコでやるもんじゃないのっ!!!」

「な、なに言ってるんだよアスカ!?」

「だいいち、シャワーも浴びないで、そ、そんなコト・・・・・」

そこまで言うと、途端にかぁーっと顔をまっ赤に染めて俯き、再びもじもじと「の」の字を書いていく。アスカの言っている事がさっぱり分からないシンジは切り上げて本題に入った。

「とにかくさ、その服じゃ外を歩けないよ。」

「へ?服?」

「そう。目立っちゃうからさ。」

「え!?じゃあ、このプラグスーツを見てたの・・・?」

「だって、うちには女の子の服なんてないからね。どうしようか考えてたんだよ。」

「な、なんだ、そうだったの・・・。」

散々妄想を広げた挙げ句、事の真相が分かって安心すると同時に、ちょっぴり残念なアスカであった。

「着替えがないとアスカだってイヤだろ?」

「そ、そうね。」

確かに、真紅で特異な形状のプラグスーツ姿で外を出歩いては目立ってしまうだろう。

「うーーん、じゃあ、山岸さんにでも相談してみようかな・・・。」

そう言いながら奇跡的に被弾を免れた電話の受話器を手に、番号を押していくシンジ。しかしそんな折、アスカの頭にひとつの疑問が浮かび上がった。

「ねぇ、誰に電話してるの?」

「僕の友達だよ。いらない服が余ってればもらおうと思って。」

「あたしの服を、もらうのよね?」

「そうだよ。」

「てことは、女の子よね?」

「そう。」

ズギャーーーーーン!!!

「わーーーーーーーっ!!!」

首を縦に振るや否や、いきなり目の前の電話本体を打ち抜かたシンジは慌てて飛び退く。弾切れだったはずだが、どうやら予備のエネルギーパックを持っていたらしい。

「なななななにするんだよ!!」

「服、いらない。」

腕を組んで、つーんと顔を背ける。

「だって、そんな格好じゃあ・・・」

「いらないって言ったら、いらないのっ!!」

ジャキッ!

「は、はい・・・」

「よろしい。」

ニコッと小首を傾げて笑いかけると、アスカは得意げな顔で、銃口の硝煙をフッと吹き消す。

「それに、あんたの親の服とかでもいいじゃない。」

「あ、そっか。でも、サイズ合うかな?」

「もう、なんであんたはいちいち考え込むのよ。やってみなきゃ分かんないでしょ。」

「うん、そうだね。」

ひとまず、母ユイの部屋を更衣室代わりにして、アスカはクローゼットの中の洋服を一通り物色した後、着替え始めた。





「シンジシンジ!見て見て!」

「えぇ!?」

着替え終わって部屋からぴょこんと飛び出して来たアスカ。ユイの服ではあるが、白のワンピースに身を包んだアスカの見違えた姿を見て、シンジはあまりの印象の違いに言葉を失った。

「どう?似合う?」

「う、うん・・・」

「へっへぇーーん。なーに、見とれてんのかしら?」

「べ、別に、そんなんじゃないよっ。」

「あんれれぇ?シンジ、顔が赤いのはなんでかしらぁ?」

「あ、赤くなんか、ないって!」

慌てて顔を背けるが、まっ赤になった耳がシンジの本音を雄弁に語っている。

「まったく、可愛いって素直に言えばいいのに。これじゃあ先が思いやられるわねぇ。」

「も、もう!からかわないでよっ!」

「ふふっ、はいはい。」

からかえば、からかうほど赤くなるシンジを見ていると、アスカは限りなくニコニコと顔が緩んでいってしまう。

「それにしても、あんたのお母さんってスタイルいいのねぇ。サイズピッタリよ。」

「あ、そう言えばその服、母さんが学生の頃に父さんと初デートの時着た服だっていっ
 て、とっといたやつだよ。」

「そ、そうなんだ・・・。」

この服の歴史を知らされて、ポッと顔を赤くして俯いてしまったアスカは、自分の着ているワンピースを嬉しそうにまじまじと見つめている。

そうだ・・・!

「ねぇ、シンジ。どっか遊びに行きましょ。」

「え?別にいいけど・・・。」

「そうよ、せっかく地球に来たんだから、色んなとこ案内してよ。」

「うーーん・・・、いいけど、どこがいいかな。」

「この間、地球のパンフレットで見たんだけど、ダズニーランドっていう遊園地に行って
 みたいわ。」

第3新東京市、ダズニーランド。去年出来たばかりの巨大遊園地で、シンジの家からは電車で20分で行ける。しかも今は8月の夏休み中のキャンペーンとして学生は半額で入場出来る為、金銭面でもシンジの許容範囲内だ。

「そうだね。僕も行ったことないし、いいよ。行こうか。」

「やったぁーーーー!!早く行きましょ!早くぅ!」

「ははっ、そんなに急がなくっても大丈夫だよ。」

シンジの手を引っ張るアスカも、引っ張られるシンジも、満面の笑顔である。こうして、2人は初デートスポットとなる第3新東京市、ダズニーランドへと向かったのだった。

同時刻。二子山頂上。

チュンチュン
ピヨピヨ

生い茂る緑の木々から差し込む木漏れ日の中、さえずり渡る小鳥の泣き声。とても穏やかで、平穏なこの世界。

ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!
ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!
ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

が、突如空から降ってきた3つの円筒形の物体にそれまでの静けさは破られ、バサバサと鳥類が逃げるように羽ばたいて行った。

カシューーーー
カシューーーー
カシューーーー

空気圧の抜ける音と共にそれぞれの円筒形の物体の一部がスライドオープンすると、中から宇宙服を纏った3つの人影が現れた。

「日向君、アスカの居場所はここで間違いないわね?」

「はい。MAGIのはじき出した座標ポイントと、ほぼ同一地域内です。」

「青葉君、アスカのヘッドセットの発信器の現在位置は?」

「えーーーっと。少々、お待ち下さい。」

するとその内の一人が、宇宙服の腕に備え付けられている小型端末を操作し、画面に映し出された点滅するポイントを確認する。

「えーー、現在、徒歩で移動中のようですね。場所は第3新東京市、ダズニーランド。・・・・・ゆ、遊園地です。」

「あんのバカ王女ぉ〜〜!こっちが大変だって時に、ノンキに遊んでやがるワケねぇ〜〜!」

こみ上げる怒りに、押しつぶした声と共に、わなわなと拳を振るわせているのは、王女アスカ専属護衛隊長、葛城ミサトその人だ。そして、その両脇から、まぁまぁと宥めているのが同じく護衛隊員、日向マコトと青葉シゲル。

「よっしゃ!!あのバカ王女を引っ捕らえに行くわよ!!」

「「は、はい。」」

引っ捕らえると言いながらレーザーガンを取り出すミサトを見て、日向と青葉は無事に連れ戻せるのかと、ハラハラさせられてしまう。

ズキッ

「うッ!シ、シゲル、胃薬持って来たか?」

「ああ・・・、やっぱり、お前もか?」

「うぅ、そうみたいだ・・・。」

「この任務が終わったら、飲みに行こうな。」

哀れむような口調で言うと、青葉が胃薬の錠剤を日向に渡してやり、そして自分もガラガラと口に放り込んでいく。今やこの2人は、同情という強固な外殻で固められた「絆」で結ばれており、もはや親友というより、「同じ辛さを分かつ戦友」という、お互いにとって掛け替えのない存在になっていた。

「あぁ〜〜〜〜、むしゃくしゃするっ!あのバカ王女っ!ド畜生っ!べらぼうめっ!!」

そして、そんな日向と青葉の前には、ズカズカと足を踏みならして周りの小動物を脅しながら、すでに錠剤をボリボリと噛み砕いていきり立っているミサトの姿があるのだった。

((第3新東京市ダズニーランド))

「うっわぁーーーーーー!すっごぉーーーーーーい!」

シンジとダズニーランドに入場したアスカは、その目の前に広がっている中世の宮殿やお城に、目を輝かせて感動している。

「へぇ。アスカの星って進んでるからつまらないかと思ったけど、結構気に入ってくれたみたいだね。」

「うん!凄い凄いすごぉーーーーーーい!!」

やっぱりアスカも、普通の女の子なんだなぁ。

満面の笑顔を浮かべながら、両手を広げて駆けていくアスカを見て、シンジが自然と顔をほころばせていたのも束の間。

「シンジ!シンジ!」

「なに?どうしたの?」

「あそこに変態がいるわよ!!」

「へ、変態?」

アスカがビシッと指さしているのは、集まる子供達の頭を撫でている、この遊園地の大人気マスコット、ニッキーマウス。

「あいつ、ぬいぐるみの格好して子供達をさらう気よ!」

「ち、違うよアスカ。あれはニッキーマウスっていって、ここのマスコットだよ。」

「じゃあ、子供達を騙してるってワケね。」

「はあ?なんで?」

「あんたバカぁ?あのぬいぐるみの中身は人間よ?」

「そ、それは、そうだけど・・・」

「子供達はニッキーマウスだと思って喜んでるのよ?それを中身が人間だなんて、純粋な
 夢を踏みにじってるじゃないの!」

「あ!ちょっと、アスカ!?」

シンジの制止の言葉も聞かず、ズカズカとニッキーマウスの背後に歩み寄ると、そこにあるチャックを見つけるや否や指さして大声をあげる。

「ほらやっぱり!チャックがあるじゃないのよ!!」

ギクッ!

いきなりタブーを大声で叫ばれたニッキーマウスは慌てて振り返り、両手をパタパタと振りだした。仕事柄、声は出せないので、やめてくれという精一杯のジェスチャーなのだろうが、アスカはお構いなしに続ける。

「みんな!こいつの背中にチャックがあるわよ!!」

周囲の子供達にそう呼びかけると、純真無垢な幼い子供達は揃って鵜呑みしてしまった。

「「「「「ああ〜〜〜、本当だぁ〜〜。」」」」」

「こいつの中身は人間よ!あんた達の好きなニッキーマウスの格好をした偽物なの!」

「「「「「えぇ〜〜〜、そうなんだぁ〜〜〜。」」」」」

「そうよ、分かった?分かったなら、パパとママの所に戻りなさい。心配かけちゃダメよ。」

「「「「「はぁーーーい。」」」」」

そう言って、なーんだと呟きながらゾロゾロとその場を離れていく子供達に、慌てたニッキーマウスは必死に両手で手招きして引き留めようとするが、子供達は見向きもせず立ち去って行ってしまった。

「よしよし。」

小さくなっていく子供達の背中を見送りながら、満足げにうんうんと頷いているアスカ。すると、しばらく固まっていたニッキーマウスがギロリと振り返ってアスカを睨み付けた。ぬいぐるみの顔は愛想良く笑っているものの、ただならぬ怒気が漂っているのが分かる。

「なによ!モンクあるってぇ・・・むぐっ!?」

「すいませんでしたーーーーーーーーー!!!」

ダダダダダダダダッ!

言いかけたアスカの口を押さえつけて、そのまま抱えて疾風の如く走り去るシンジ。振り返ると、誰もいない広場に笑顔でがっくりと膝を落としているニッキーマウスの姿が目に映った。

「なにやってるんだよ、アスカ!!」

「はあ?あたしは善意でやったのよ?」

少し離れた場所のベンチに座らせたアスカの前で、シンジははあはあと息を切らしながら、張りつめた表情で詰め寄っている。

「あの人は仕事でやってるんだよ!あんな事したら迷惑じゃないか!」

「なぁに?従業員だったの?なーんだ、最初っからそう言ってくれればいいのに。」

「アスカ・・・、お願いだから、勝手な行動はもうしないって約束してよ。」

「むぅ・・・・・、分かったわよ。」

反論もしたい所だが、せっかくのシンジとの初デートを下手に突っかかって台無しにしたくはないので、ここは大人しく言うとおりにしておく。しかしもちろん、ただ従うだけのアスカではない。

「じゃあ、大人しくしてあげるから、腕貸して。」

「え!」

ベンチからぴょんと立ち上がったアスカはシンジの腕をからめ取る。柔らかい感触を覚えたシンジは顔を赤くして硬直してしまった。

「そんな、恥ずかしいよ・・・」

「あっそ、じゃ、勝手に行動しよーーっと。」

すると今度は少し離れた所で子供達に囲まれているダナルドダックへと駆け寄って行くアスカ。その視線の照準に定められているのは、ダナルドダックの背中のチャック。

「わーーーーっ!分かった!分かったから!!」

「よろしい♪」

参ったなぁ・・・
アスカには適わないよ・・・

弾むような口調で言うと、アスカはくるりとターンして、ぴょんとシンジの腕にしがみつく。結局はやれやれと嘆息を吐かされてしまうシンジであった。

「じゃあ、どの乗り物に乗ろうか。」

「シンジシンジ、アレに乗りたいわ。」

「げっ!!!」

シンジが休む間もなく、アスカが指さしているのは地上50mから一気に落下する絶叫マシン、「奈落」。

「ええっと・・・、あれは、やめとかない?」

「なんでよ?」

「その、心臓に悪いし、ね・・・?」

「大丈夫よ。面白そうじゃない。早く行きましょっ。」

グイッ

「え、あ、あのっ・・・!」

強引にシンジの腕を引っ張るアスカはウキウキと笑顔を振りまいているが、絶叫マシンが苦手なシンジはみるみる青ざめていく。

ガシャン

そして、抵抗する間もなく、気付いた時にはアトラクション椅子に座らせられて、拘束肩パーツが装着されていた。それを合図に冷や汗が滝のように流れ出してきたシンジ。

「どうしたの?気分でも悪いの?」

「い、いや、だ、だだ、大丈夫だよ、は、はは。」

真っ青な顔でカタカタとぎこちなく笑って見せる。シンジだって一応は男なので、アスカにそれらしい所を見せたいという矛盾から来ている笑顔だろう。

ビーーーーーーーーーッ!

《この度は、「奈落」にお越し頂き、誠にありがとうございました。ささやかながらのお礼ですが、皆様にはこれから奈落の底に落ちやがって頂きますね。それでは、最高の恐怖を味わいやがって下さ〜〜い♪》

ひ、ひぃぃぃぃぃ!

恐怖を引き立てる快活な女性アナウンスを耳にして、シンジは嫌が応にも顔面蒼白になってしまう。

ウイイーーーーーーーーーーーーーーーン

「あ!上がって行くわ。すっごぉーーーーーーーい!」

「逃げちゃダメだ・・・逃げちゃダメだ・・・に、にげちゃ・・・」

ガタン

前菜の恐怖を引き立てる為の演出だろう、座席部分が頂上でピタリと止まった。

「わぁーーーーーーー。いい眺めねぇーーーー。」

「に、にげちゃ・・・にげにげ、にげだ・・・」

目下にぶらんと投げ出された自分の足に、シンジはすでに呂律が回らない。隣りでは、爽やかな顔で景色を眺めているアスカ。するとピンポンという電子音と共に、先ほどの快活な女性アナウンスが入ってきた。

《ではでは皆さん、死にやがって下さ〜〜〜〜い♪》

ガコンッ!

ブオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「キャーーーーーーーー!おっもしろぉーーーーーーーーーい!!!」

ガコンッ!

「な!?と、止まった!?」

落下が途中で止まると、今度は再び上がり始める。一回落ちて終わりだと思っていたシンジは大パニックだ。

ブオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

「や、やめ!うわああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「キャーーーーーーーー!すっごぉーーーーーーーーーーーい!」

ガコンッ!

そして頂上からもう一回。

「止まれ!止まれ!止まれよおおお!」

ブオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!

「とまっ!?ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「キャーーーーーーーー!イエーーーーーーーーーーーイ!」





「う、ううぅう・・・」

結局、あの後4往復して、やっと降ろしてもらえたシンジは、アスカに腕を持たれながら、よたよたとおぼつかない足取りで歩いている。地に足をついて歩くのがこんなに幸せだと感じたのは初めてだろう。

「大丈夫?あんた、ああいうの苦手だったなら、言ってくれれば良かったのに・・・。」

「だ、だいじょうぶ。さ、さぁ、次行こうよ。」

「あんたが決めてよ。あたしが選んでまたそんなになるの、イヤだもん。」

「ぼ、僕はいいよ。アスカが楽しくなきゃ、来た意味ないじゃないか・・・。」

「んもう、バカなんだから・・・。」

今だ気分のすぐれない体調にも関わらずに自分を気遣ってくれたアスカは、頬を染めて微笑を浮かべながら寄り添う。

「じゃあ、観覧車ならいいでしょ?」

「うん。ありがとう、アスカ。」

「もう、お礼なんか言わないでよっ。バカシンジっ!」

そうして、照れを誤魔化すように、ぷっと唇を尖らせて腕にしがみつくアスカを、今度はシンジも目一杯の笑顔で迎え入れたのだった。





同時刻。同ダズニーランド。

「レーダーの反応では、この辺りなんですが・・・。」

ダズニーランド内でアスカを捜索している護衛隊3人は、困り果てている。

「やはり、周りの電波に妨害されて正確な位置は割り出せません・・・。」

青葉の宇宙服の腕に備え付けられている小型端末には、アスカのヘッドセットに仕込んである発信器が現在位置を点滅して知らせているのだが、周囲のそこかしこで使われている携帯電話の電波に妨害されて正確な位置が把握出来ない。

グシャグシャッ、メキキッ!

そんな現状に、先ほど買ったビールの缶をグシャリと握りつぶしながら、イライラを露わにしているミサト。今こうしている間にも、アスカがどこかでノンキに遊んでいると考えると、腹が立ってしょうがない。

「うぅぅぅ〜〜、ムカムカするわねぇ〜〜!」

「お、落ち着いて下さい、この辺りにはいるはずなんです・・・・・って、あ!!!」

ミサトを宥めていた日向だったが、不意に視界に入った蜂蜜色の髪の少女の後ろ姿に目を剥いた。

「も、も、目標発見!!」

「なんですって!?ど、どこよ!?・・・あ!!!」

観覧車を待つ人の列の中、シンジの腕にしがみついている嬉しそうなアスカ。

「おいでなすったわね!!行くわよ2人とも!!!」

ジャキッ!

「「は、はい!」」

持っていたビールの缶をゴミ箱に投げ捨て、待ってましたとばかりにレーザーガンを構えるミサト。怒りとも喜びとも取れない複雑なミサトのその笑みに、果たしてアスカを無事に連れ戻せるだろうかと、日向と青葉は心配になってしまう。

王女、どうかご無事で・・・。

同時に、夢見る子供達の理想が凝縮された第3新東京市ダズニーランドが今、戦場と化した瞬間であった。



 <続く>


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