「ご来訪!惑星王女アスカ様!」
 第6話:「男はつらいよ」



アスカに引き続き、とある独裁惑星からご来訪のレイ王女。
太平洋のメダカに小石を投げて当てるが如くの確率にも関わらず、この二人との出会いを果たした少年、碇シンジ。

彼は今、レイをおぶっての自宅案内をしている真っ最中だ。もちろん、その後ろからは絶えず銃口を構えたアスカがついて来ているのだが。

((トイレ))

「ここがトイレ。ウォシュレットの使い方は分かるかな?」

「ええ。でも一応、使い方教えて。」

「えっと、まずこのスイッチが・・・・・」

シンジが背中のレイに説明をしている間、アスカはシンジのデジタル腕時計で時間を計っている。そう、各所に与えられた案内時間は1分間。

「それで、これをひねれば水が流れるよ。」

「ええ、分かったわ。」

「で、これがトイレットペー・・・」

ズギューーーーーン!

「わーーーーーーっ!」

レーザーに打ち抜かれて弾け飛ぶトイレットペーパー。もちろん、撃ったのはアスカだ。

「時間よ。1分経ったわ。次。」

「は、はい・・・。」

冷や汗を垂らしながら次の風呂場に足を向けるシンジの背中で、レイが唇を尖らせてアスカを睨みつけている。

「・・・・・けち。」

「ケチでケッコー、メリケン粉ってね。」

シンジの背中という聖域からよそ者を一刻も早く追い払うためなら、誹謗、中傷、なんでもござれ。腕を組んでのアスカは、とても得意げだ。

((風呂場))

「ここがお風呂。シャワーの使い方は分かる?」

「分からない。教えて。」

「この蛇口をひねれば水が出るよ。あとシャンプーとリンスはこうやって・・・。」

ズギューーーーーン!

「うわーーーーーーっ!」

シンジの目の前のタイルが弾け飛んだ。しかし1分経ったにしては早すぎる。

「は、早いよアスカ!」

「言い忘れたけど1分ってのは、あたしの中の1分よ。だからちょっぴり早いかもしれな いわねぇ。」

「まだ全然説明が終わってないよぉ。」

「だいじょーぶ。後であたしから説明しておくから。」

アスカから説明を受けるのではレイにとって意味がない上、ニヤッと笑われては不愉快この上ない。

「・・・・・あなた、けちけちね。」

「ケチケチでケッコー、コケコッコぉぉーーっだ。べぇぇーーー。」

あっかんべーまでされて、無表情で知られるレイにしては珍しく、ふくれっ面でぷんぷんとお怒りの様子だ。

そして5分後。

キッチンなど、生活最低限の事柄をさらっと説明し終えたシンジ。アスカは、これでようやくレイをシンジの背中から降ろせるのでニコニコしている。

「一通り説明は終わったわね。さ、レイ、降りなさい。」

「・・・・・・・・。」

聞こえていないフリをしているのか、レイはシンジの背中にしがみついたまま沈黙を守っている。

「ほら!さっさと降りるのよ!」

「・・・あなたに降ろされる義理、ないわ。」

「お黙り毛だまり水たまり!とにかく約束だからね、無理矢理にでも降ろすわよ!」

それでも必死にシンジにしがみつくレイを、アスカは力づくで引き離そうとする。シンジは呆れて成すがままだ。

「やめて。ひっぱらないで。痛いわ。」

「でぇーーーーい!だったら大人しく離れなさい!」

激戦の末ようやくレイを引き剥がして、ぽいっとソファに投げ捨てると、待ってましたとばかりにアスカがシンジの背中に飛びつく。

ガバッ

「わっ!ちょっとアスカ!?」

「へっへぇーーんだっ!」

ソファで頭をさすっているレイを勝ち誇った笑みで見下ろし、ビシッと指をさすアスカは、なんと生き生きとした笑顔なのだろうか。

「レイ!悪いけどあんた、おんぶの作法ってもんが全然なっちゃいないわ!」

「お、おんぶの作法・・・?なにそれ。分からない。」

お、おんぶの作法・・・?
な、なんか、ヤな予感・・・。

背中で不敵にフッフッフッと笑うアスカに悪い予感を煽られるシンジをよそに、早速アスカの実演おんぶ講座が始まった。

「いい?まず、両足は前でクロス!これは基本よ!」

ガシッ

「な、なんだよそれ!?そんな作法、誰が決めたんだよ!?」

「このあたしよ!モンクあるってぇの!」

「な、ないです・・・。」

どうせ反論した所でスリーパーホールドが来る事くらい、さすがのシンジでも分かるようだ。

「次!上半身は密着!これも基礎中の基礎!」

ぎゅっ

「わーーーーーーっ!いつから基礎になったんだよーーーーっ!」

「今よ!今っ!現時刻を持って王女公認の基礎になったのよっ!」

「だ、だ、だって!背中に当たるってば!」

「へ?なにがよ?」

「あ、あ、当たってるんだよ!」

「え、あっ、べ、別にいいわよ。シンジだもん・・・。」

ぽっと赤くなってしまう顔をレイの視線から隠すアスカ。対して、ムカムカがこみあげて来てしょうがないレイ。

なんて忌々しい赤毛猿なの・・・。
碇君がイヤがってるのに、碇君がイヤがってるのに、碇君がイヤがってるのに・・・。

そんな内なる怒りを奮い立たせるレイの心中など知る由もなく、アスカの実演おんぶ講座は続く。

「そして!顔は常にシンジの肩に乗せている状態をキープ!ちょうど首筋に頬ずりするみ たいな格好がベストね。」

ごろごろ、すりすり

「だぁーーーーーーっ!なにがベストなんだよーーーーーーっ!」

「いっちいちうるさいわねぇ。嬉しいクセに。」

「ううっ・・・。」

確かに嬉しくもあるので、反論は微妙な所になってしまって言い詰まってしまう。
しかし、ここまでシンジが誘惑されているとあっては、さすがのレイも黙って見ているワケには行かない。

「ダメよアスカ。碇君がイヤがってる。」

「んな!そんな事ないわよ!」

「いいえ。碇君、きっとこう思ってるわ。くっつくな、けちけち山の、赤毛猿。」

なぜ五七五の俳句にする必要があったのかは定かではないが、とにかくアスカの気に障ったことは確かだ。

「うきぃーーーーーっ!それはあんたが思ってんでしょうが!!!」

「いいえ。そう思ってるでしょ?碇君。」

「シンジっ!どうなのよ、ええ?」

な、なんで僕に振るんだよっ!?

レイとアスカの、冷たく鋭い視線のサンドイッチ。どちらの側についてもマイナスである事は明白。

「ぼ、僕は二人の味方だよ。ハはは・・・。」

「ひっどぉーーーーい!誤魔化したぁーーーー!サイテーーーー!」

「碇君、八方美人なのね。最低・・・。」

なんで僕がそんなコト言われなきゃいけないんだよ・・・。
どうせ、僕は最低さ・・・。どうせどうせ・・・。

無理難題な尋問をされた挙げ句、さんざんに非難されたシンジはいじいじモードに入ってしまった。

「ま、というコトでレイ。これにておんぶ作法講座は終わりよ。もっとも、あんたがシン ジにおんぶしてもらえる事は2度とないけどねぇー。」

「いいえ。せっかく教えてもらったんだもの。わたしも実践してみるわ。」

「間違ってもそんな事してみなさい!即、蜂の巣よっ!」

「けち。あなたやっぱり、けちけち山の赤毛猿ね。」

「ぬぅわんどぅえっすってぇぇぇーーー!」

バチバチと火花を散らして睨み合う二人だったが、今の時刻は正午12時。

ぐるるるる・・・
きゅるるるる・・・

一時休戦を告げる可愛いお腹の音が鳴ってしまい、一気に顔がまっ赤に燃え上がってしまった。

「う・・・、シ、シンジ、ひとまず昼食にしなさい。」

「はぁ・・・。分かったよ。」

この二人をこれからどうしたもんかと、ため息混じりのシンジはまだまだ苦労する事が多そうだ。





所変わって、ここは第3新東京市の片隅にあるちっぽけなアパートの一室。

ミーーーン、ミーーーン、ミーーーン

「あっついわねぇ・・・。」

パタパタパタパタ・・・

むし暑さを助長するようなセミの鳴き声が聞こえるこの古びた部屋に、うちわを仰いでいるミサトの姿と、その背後で壊れたレーダーを直す青葉の姿があった。

「ったく、なによこの暑さは・・・、一杯やんなきゃやってらんないわよ。」

それもその筈。地球に来たはいいものの、持っている服は今来ているブ厚い宇宙服しかないのだ。夏真っ盛りのこの時期には自殺行為とも取れる。

「それもこれも、みんなあのバカ王女のせいなのよね・・・。」

プシュッ、グビグビグビグビ・・・

愚痴をこぼしつつも、傍らにある缶ビールを煽りながらうちわをパタパタと仰ぐミサトのその姿は、すっかり地球の環境に適応しているようだ。

「青葉君、レーダーは直った?」

「うーん、もう少しかかりそうですね。なんせ数十メートルの高さから落ちましたか   ら・・・。」

宇宙服が暑いのか、青葉も額の汗を拭きながらドライバー片手にレーダーを修理している。

「金も底をついてきたし・・・。こりゃもう時間との戦いね・・・。」

今回の王女奪還作戦は極秘裏に行われていた為、もちろん軍資金などは支給されておらず、全て自腹であり自給自足。

「まったく、時間もなけりゃ金もないってんだから参っちゃうわよねぇ・・・。」

ミサトさん、そのビールの節約は考えてくれないんですか・・・?

修理しながら心の中で嘆く青葉。金が無いと言いつつも、今さっき日向に缶ビールの買い出しに行かせたのは一体どういう了見なのだろうか。

「それにしても王女、今頃なにをしているんですかね・・・。」

「きっと、今もどこかでお気楽にほくそ笑んでやがるわよ・・・。」

ミーーン、ミーーン、ミーーン

精鋭葛城フォースの王女奪還作戦の再始動には、もう少しばかりの時間と缶ビールが必要なようだ・・・。





((シンジの家))

同時刻。テーブルに並べられた昼食を前にしているアスカは、ミサトの推測通りお気楽に笑っていた。

「あーーん、やっぱりシンジの料理は最高ねっ!」

「ア、アスカ、そんなにくっつかないでよっ。」

シンジの隣りに座っているアスカは、恥ずかしがるシンジの腕にべったりとしがみつきながら、昼食をぱくぱくと口に運んでいる。

「わたしも碇君の隣りがいい。こんなのフェアじゃないと思うわ。」

シンジの正面の椅子に腰掛けて食べているレイは、シンジの右隣の椅子を争った末、必死の抗議も空しくアスカに権利を強奪されてしまっていた。

「この世は弱肉強食よ。勝てば官軍。卑怯を言うは敗者の戯言ってね。」

「弱肉強食・・・。そう、強ければいいのね。」

「そうよ。ま、そんななまっちょろい体じゃあたしには一生勝てないけどねー。」

確かに先ほどの椅子争いの時でも、腕力に勝ったアスカの圧勝だった。

「あっ・・・、忘れてたわ。」

「はあ?なにがよ?」

レイは昼食を中断して突然なにかを思い出したように立ち上がると、シンジの部屋に消えて行った。

「レイのやつ、急にどうしたのかしら?」

「さあ?」

さっぱり分からないと、シンジとアスカが見合わせていると、レイが小さな球状のボールを手に戻ってきた。

「ゲヒルンちゃん。やっつけて。」

キュイン!

レイの手から飛び立ってふよふよとゆっくり飛んでくるその球に、アスカがきょとんとして見つめている。

「ん?レイ、なによコレ。」

「リフレクトビットの、ゲヒルンちゃん。」

「りふれくとびっとぉ?」

アスカが目の前に迫ったそのビットに、興味津々と手を伸ばして掴んだ、その瞬間。

バチバチバチバチバチバチ!

「「ぎゃあーーーーーーーーー!!!」」

突如ビットから流された電流に、しがみつかれていたシンジまでもが感電してしまった。

「なんなのよコレぇぇーーーーーーーー!!!」

「ゲヒルンちゃんは私以外の人間が触ると電流を流す仕組みになってるの。」

「誰も説明しろなんて言ってないわよっ!どういうつもりかって聞いてんのよっ!」

「アスカが言ったのよ。碇君の隣りに座るためには弱肉強食だって。」

「うぬぬぬぬ・・・。」

依然と無表情の顔のレイにクスリと笑われたアスカの髪が、ついに怒髪天をついた。

「言ってくれるじゃないの!ブッ壊してやるわ!」

ジャキッ、ズギューーーーーン!

カキーーーーーン!

「ひいぃぃぃーーーーー!」

宙に浮いているビットがアスカのレーザーガンを跳ね返し、跳ね返ったレーザーがシンジの前髪をかすめた。

「そ、そんな!レーザーガンが効かない!?」

「無理。ゲヒルンちゃんはレーザーや弾丸を跳ね返すの。」

「な、なによっ!脅かしてるつもり!?」

驚愕の表情で唖然としているアスカを見たレイは、またもやクスリと笑っている。

「違うわ、忠告よ。あなたのレーザーガンじゃ、ゲヒルンちゃんには勝てない。」

「言ってくれるわね!こうなったら、ポジトロンモードで・・・。」

「わーーー!やめてくれーーー!」

「イヤよ!やられっぱなしで居られるもんですか!」

「やめてよ!これ以上家が壊されたらたまんないよっ!」

がしっ

「ちょっと離してよっ!ばかシンジっ!」

「頼むから大人しくしてよーー!」

これ以上暴れて家を壊されたらたまらないとシンジに手首を掴まれて、アスカは振りほどこうとする。

「分かったわよっ!ポジトロンモードはやめてスタンモードにするわよっ!」

「そういう問題じゃないってばーーー!」

「そうよアスカ。大人しくして。」

「ムキーーーーーー!あんたに言われたかないわよっ!!!」

「ゲヒルンちゃん。アスカを大人しくしてあげて。」

バチバチバチバチ!

「「ぎゃあーーーーー!!」」

こうして、碇家の少年少女のほがらかな午後は今日もドタバタと過ぎて行く・・・。





そして、夕飯も相変わらずドタバタとしながらもなんとか終えた3人。もちろん、リビングの壁のクレーターもさらに増えてしまったのだが。

「じゃあ、僕はもうお風呂入ったから寝るよ。」

「えーーー、もう寝ちゃうの?」

ソファのレイと軽く1メートル離れた場所で寝転がってレーザーガンを磨いていたアスカがぶうたれる。

「なんか今日は一段と疲れた気がしてさ・・・。」

「それなら碇君、ゆっくり休んだほうがいいわ。」

「そうよシンジ。あんた体力無さそうだから、そういう時はさっさと寝て休むのが一番  よ。」

「は、はは・・・、そうだね、そうするよ・・・。」

はぁ・・・、二人とも、自覚ないんだね・・・。

頭を軽く押さえながら、やれやれとため息をつくシンジ。明日からも気合いを入れて頑張らないと、とても身が持ちそうにない。

明日はまず薬局に行ってこなきゃな・・・。
栄養ドリンクと胃薬。あと頭痛薬も買っておこう・・・。

「じゃ、アスカと綾波の部屋はさっき言った通りだから。それじゃあお休み。」

各自の部屋割りは、シンジが自分の部屋。アスカがユイの部屋。レイがゲンドウの部屋となっている。

「ねぇねぇシンジ。あたしもシンジの部屋で寝ていい?」

「わたしも。」

「二人ともそんな無茶言わないでよ。僕だって男なんだよ?」

「だいじょうぶよ。あんたにそんな根性ないもの。」

「ええ、その通りよ。」

あ、綾波までなにを言うんだよ!?

毒舌のアスカはともかく、冷静なレイに平然と言われると結構グサッとくるものがある。

「と、とにかく!それだけは絶対ダメだからねっ!」

「ちぇっ、けちぃーー。」

「碇君、けちけちね。」

「はぁ、もうなんでもいいからさ。僕は寝るよ。お休み。」

ガラッ、バタン

「あーーあ、シンジも寝ちゃったし、あたしも寝るとしますかっ。」

「わたしもそろそろ寝るわ。」

アスカとレイが軽く背伸びをしながらその場から立ち上がると、不意にお互いの目が合った。

「・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・。」

そのまま動かず睨み合う二人の間に、張りつめた空気が流れる。まるで西部劇のガンマンの決闘場面のような雰囲気だ。

「分かってるでしょうけど・・・、夜這いなんて卑怯なマネはするんじゃないわよ。」

「ええ、了解してるわ。それはルール違反だもの。フェアじゃない。」

「へえ、分かってるじゃない。さすがは好敵手ってトコかしら。」

「アスカもルール違反はダメよ。」

「心配ご無用。なんてったってあたしは惑星ラングレーの頂点に立つべき神聖なる王女だ からね。その名が汚れるようなマネは絶対にしないわ。」

「わたしも同じ。惑星ロクヴングィの王女としての、神聖なる名にかけて誓うわ。」

いつになく神妙な面持ちと口調で誓約を交わすアスカとレイ。シンジが今の二人を見たら、さぞかし不気味に思うことだろう。

「それじゃ、お休みなさいませぇ。レイ王女。」

「お休みなさい。アスカ王女。」

こうして二人の王女はそれぞれの決められた部屋へと入って行き、それぞれの布団の中で就寝時間を迎えたのだった。





夜11時。日付変更線の1時間前。
自分の部屋のベッドの上で眠りについているシンジにも、今日という日がこのまま過ぎ去ろうとしていた。

ガラッ

スタスタスタスタ・・・

もぞもぞもぞもぞ・・・

んん・・・?なんだ・・・?

布団の中の足下からはい上がって来る得体の知れない異物に、シンジが寝ぼけまなこをうっすらと開けると、目の前に蜂蜜色の物体がぴょこんと現れた。

「うわっ、アスカ!?」

「しーーーーーっ!静かにしてよっ。レイに気付かれたらどうすんのっ。」

「ちょっと、なにやってんだよ!?」

「あんた寝る前に疲れたって言ってたでしょ?」

「え、ああ、うん。」

「だからちょっと診察しに来たのよ。もしも末期ガンだったら大変でしょ?」

「お、脅かさないでよっ。そんなワケないだろ!?」

「そう言い切れる自信はどこから来てんのよ。いいからあたしが診てあげる。」

そう言って赤い顔を隠すようにアスカがガバッとシンジに抱きつくと、鼓動を確かめるように胸に顔を埋める。

「た、たいへん。シンジの心臓、すごいドキドキいってるじゃない・・・。血栓が出来て るのかも・・・。」

「だ、だいじょうぶだって・・・。」

「ふぅーーん・・・。」

柔らかい感触と、女の子特有の甘い香りに、シンジはすっかり硬直してしまっている。このままではいくらシンジとて理性メーターを振り切りかねない。

「ア、アスカ、もういいよっ。」

「ん、もうちょい。」

「だ、だめだよ、こういうのは・・・。」

「なんで?ひょっとしてエッチなことでも考えてるのぉ?」

「そ、そんなこと・・・!」

「じゃ、いいじゃん。」

「うっ・・・。」

ごもっともなアスカの意見に丸め込まれてしまったシンジをよそに、アスカは先ほどから背中に感じているモゾモゾとした感触に不信感を募らせていた。

なんか、背中がやけにあったかいわね・・・。
なにかしら・・・?

シンジにしがみつきながら、くるりと顔を振り返らせるアスカの目に、暗闇にぼーーっと浮かび上がるレイの顔のドアップが飛び込んできた。

「ぎゃーーーーーーーー!」

「あ、綾波!?」

いつの間に潜り込んでいたのか、驚いてシンジにしがみつくアスカを、レイがジトーーーっとした目で見つめている。

「アスカ・・・。約束が違うわ。」

「ア、アア、アンタいつからそこにいたのよぉぉっ!!!」

「さっきから、ずっと。」

「ノ、ノックくらいしなさいよ!ビックリするじゃないのよ!」

それはアスカだって同じじゃないかと、シンジは密かに心の内で思う。それにしてもこの二人、先ほど交わした神聖なる誓いの言葉はどこに行ってしまったのだろうか。

「それよりアスカ、肩にゴキブリがついてるわ。」

「キャーーーーー!どこよ!?どこについてるって!?」

まんまと騙されたアスカがベッドから飛びのいてゴキブリを探している内に、レイがサッとシンジの隣りに寄り添って、すかさず抱きつく。

「わっ!ちょっと綾波!?」

「くすくす・・・、ウソよ、アスカ。単純なのね。」

「だ、騙したわねぇぇぇぇぇ!」

単純なひっかけに気付き、シンジにしがみついているレイに掴みかかってひっぺがそうとする。

「ちょっとあんた!シンジから離れなさい!こら!」

「イヤ。あなたにどけられる義理、ないもの。」

「ちょっとシンジもなにボケッとしてんのよ!スケベ!」

「そ、そんなコト言ったって・・・!」

寝ている体勢の上に、両手両足でガッチリと拘束されてはなかなか外せない。

「仕方ないわね。出来るだけ穏便に済ませたかったけど、こうなったら実力行使で対応さ せてもらうわ。」

ジャキッ

「乱暴ね、けちけち山の、赤毛猿。」

「だぁーーー!いちいち俳句にするんじゃないわよっ!」

どたばたどたばた、ぎゃーぎゃー

「ね、眠れない・・・。」

哀れシンジ。果たして、彼に平穏が訪れるのはいつの日か・・・。




<続く>


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