「ご来訪!惑星王女アスカ様!」
 第8話:「どうなってるの!?」



第3新東京市の片隅にある、古ぼけたちっぽけなアパートの一室。

「や、やっと、直った・・・。」

発信器レーダーが故障してからというもの、徹夜でその修理をしていた青葉は、やっとの思いで修理を終えた。

「おおおっ、でかしたわ青葉君っ。」

「どうです、完璧に直しましたよ・・・。」

「青葉、すごいじゃないか。まともに部品が無かったのに、ここまで直すなんて。」

「は、はは、どうだ、すごいだろ・・・。苦労したんだぜ・・・。」

目の下にくっきりとクマを残した青葉が乾いた声で笑う。まさしく元通りまで修復されたレーダーの出来映えは、ミサトと日向が輝いた目で賞賛するだけあって完璧な仕上がりである。

「よっしゃ。さっそくあのバカ王女の居場所を探知してちょうだい。」

「分かりました。」

ピッピピッ

疲労困憊の体で、疲れ目を擦りながらアスカのヘッドセットに仕込まれている発信器を探知。宇宙服の腕部に取り付けられた画面に、点滅するポイントが表示された。

「えっと、第3新東京市のコンフォートマンションに探知反応が出てます。」

「よぉーーっし。ついに追い詰めたわね。寝床さえ押さえれば後は消化試合よ。」

ジャキリ

ペロリと舌なめずりして武者震いするミサト。

「でも、マンションですよね?ひょっとしたら王女、地球人にかくまわれているかもし れませんよ。」

「そんなヤツ、ポジトロンモードでブッ飛ばしてやりゃあいいのよ。」

「そ、そうは行きませんよ。まずは敵戦力を知るために偵察する必要があるかと。」

「うーーん、まぁ、今度こそ完全勝利を果たすためには一理あるわね。いいわ、そうし ましょ。」

かくして迷隊長ミサトの指揮下の下、精鋭葛城フォースはアスカ奪還作戦の前に偵察作戦を展開するため、朝早くから玄関を後にした。





所変わって碇家。

葛城フォースが復活し、ここに迫り来ていることなど知る由も無いシンジとアスカ、そしてレイ。今し方朝食を終えた3人は、それぞれの時間をリビングとキッチンで過ごしていた。

「ねぇ、シンジーー。今日どっか遊びに連れてってよ。」

リビングのクッションに寝そべってテレビを見ているアスカが、心底退屈そうに声を上げる。せっかく、元居た星から家出してきたのだから、目一杯遊びたい。

「いいけど、アスカはどこに行きたい?」

「あたし地球のコトあんまり知らないから、シンジが決めてよ。」

「うーーん、遊園地はこの前行ったし、買い物にも行ったしなぁ・・・。」

もうっ、なによっ。
あたしはあんたとならどこ行ったって楽しいんだから、迷うことなんてないのにっ。

アスカは知っている。いくら家出をしても、いつかは必ず星に帰らなければならなくなることを。心では王女という自分の身分を憎んでいても、その片隅にある星の後継者としてのモラルが、自分を悩ませていることを。

「ねぇーー、早く考えてよーー。」

いつかは帰らなければならないという焦った心に後押しされて、アスカは台所で食器を洗っているシンジの背後に駆け寄り、飛びつく。すかさずおんぶ形態に移行する辺り、かなり手慣れている身のこなしである。

「わっと、お皿洗ってるんだから危ないよ。」

「退屈、退屈、退屈ぅーー。」

「もう。ちょっと待ってよ、今考えてるんだからさ。」

「どこでもいいのっ。早くしなさいよっ。」

食器を洗っているシンジを早く早くと急かすように、後ろから頬を突っついたり、耳を引っ張ったり、頭を揺さぶったりと散々に困らせる。

「プール。」

「え?」

その時、それまでソファで黙々とビットを磨いていたレイが、ポツリと呟いた。

「プールがいいわ。」

「プールぅ?」

「そう。あれ。」

レイが指さす先のテレビ画面には、『真夏はプールにスライダーで決まり!第3新東京市サマーランド只今新設オープン中!』というCMが丁度流れていた。プールなどで遊んだことの無い王宮育ちのアスカとレイの目には、画面の中で波打つ人工ビーチがこの上なく新鮮に映る。

「へえーーー!楽しそうじゃない!シンジ、あたしもプールがいいわ。連れてって。」

「プールかぁ。そういえば今年はまだ一度も行ってないなぁ。」

「じゃ、決まりっ!行こっ!行こっ!」

言った途端、背中のアスカがワイワイとはしゃぎ出す。

「わたしも、興味あるわ。」

「そうだね。水着もあっちでレンタル出来ると思うから、3人で行こうか。」

「イエーーーーーイ!賛成ーーーっ!」

早速と、アスカは先日のショッピングで買ってもらったピンクのノースリーブと赤のホットパンツに赤のハイソックスという、かなりアクティブな格好に、レイはマユミから貰った水玉のワンピースという装いにそれぞれ着替えた。

こうして、地球に住むごく平凡な少年シンジは、二つの惑星の最高身分である王女のアスカとレイを率いて、一路第3新東京市サマーランドへと繰り出すこととなった。





一方、シンジ宅コンフォートマンション前の茂み。

ガサガサ

緑の草木の植え付けられた茂みの中に、何やら潜んでいる3つの人影。そう、この怪しげな物体こそ、我らが精鋭葛城フォース。青葉のレーダーを頼りに、ここまで辿って来たのだ。

「このマンションのどっかに、アスカがいやがるってワケね。」

自分達が住んでいた古ぼけたアパートとは、ひと味もふた味も違う豪華マンションを見上げるミサトの口調には、怨みがましい色が込められている。

「お、大きいマンション、ですね・・・。」

「お金持ちの方の所に居候しているんでしょうかね・・・。」

両隣の茂みの中から見上げる青葉と日向もポカンと口を開けてそれぞれに感想を述べる。

「うぬぬぬ・・・。私達があんなオンボロアパートで暮らしてた時も、あんにゃろうは こんな豪華マンションでお気楽にほくそ笑んでやがったのねぇぇぇ。」

メキメキメキ

握りしめられて悲鳴を上げるミサトのレーザーガン。

「とにかく、午前中は徹底的にアスカの行動を偵察してやるのよ。」

「「りょ、了解。」」

ミサトのレーザーガンが最強のポジトロンモードに切り替えられているのを見た青葉と日向がハラハラしていると、マンションの入り口からターゲットのアスカが出てきた。

「んんーーーーーっ!イイ天気ねぇ。今日も一日、イイ日になりそうね。」

ブチッ!

「あんにゃろぉぉぉ。こっちはそれどころじゃないってぇのに、呑気な顔浮かべやがっ てぇぇぇーーー。」

「「お、落ち着いてっ!」」

「モゴモゴ。」

アスカの満面の笑顔を見るなり飛び出そうとしたミサトを慌てて茂みの中に引き戻す。

(今出て行ったら偵察の計画がパアじゃないですか!)

(ご、ゴメン。つい取り乱しちゃって・・・。)

(気を付けて下さいよ。)

日向も青葉も、もう2度と遊園地でのような悲劇は繰り返したくないので、厳重に言いつける。そうしてヒソヒソとやりとりしていると、アスカの背後からもう一つの人影が出てきた。

「うぅ・・・、直射日光は、嫌い・・・。」

「なぁーによレイ。ひ弱ねぇ。」

ブッ!!!

アスカに続いてマンションから出てきたレイに、今度は目を飛び出さんほどに凝視する葛城フォース。

「わたしの星って、あまり太陽が当たらないから・・・。」

「あんたって、こんなにまっ白い肌だもんねぇ。」

(((ななななんでロクヴングィの王女がこんなトコに!??)))

ロクヴングィの王女レイと言えば、宇宙きっての独裁王の箱入り娘で知られる王女。特に軍事力にかけては、右手に出る星は無いほどに恐れられている惑星の一人娘である。

(一体どうなってんのよ、このマンションは!?)

度肝を抜かれたミサトが改めてマンションを見上げる。この何の変哲もないマンションに、二つの惑星が詰まっているに等しいのだから驚くのも無理はない。

「シンジーー。早くしてよーー。」

「ごめんごめん。靴ひもがほどけちゃって。」

(あーーーーーーーっ!シンちゃん!!!)

(え!?ミサトさん、彼を知ってるんですか?)

遊園地で酔い潰された一件以来、シンジを謎の少年と称していたミサトだったが、アスカの手先だったということに気づいた今、大きなショックを隠しきれない。

(彼とは一体何が?)

(昨日話した遊園地でビールくれた子よ。ううぅ、シンちゃんだけは信じてたのに。)

((あなたはビールもらえりゃ誰でも善人ですかっ!))

拳を握りしめて悔し涙を流すミサトに呆れていると、問題のアスカ達が早速と行動を起こしたので視線を戻す。

「シンジ、早く行きましょ。」

「そうだね、じゃあ行こうか。」

「イエーーーーイ!」

輝くような笑顔で元気良くシンジの腕にしがみつくアスカ。しかし、この光景に驚かされたのは、またもや茂みに隠れている葛城フォースの面々であった。

(お、おお、おじょ、おっ、お、王女が、王女が・・・。)

(お、お、男の子と、う、うでうで、う、腕ををを・・・!)

真っ青の日向と青葉は口が震えて呂律が回らない。あれほど男嫌いでお見合いを拒み続けていたアスカが、男の子と腕を組んで歩く姿など、想像も絶する異次元の光景である。

(アスカのあんな笑顔・・・、見たことないわ・・・。)

さんさんと照りつける太陽の日差しにも負けじと劣らずに輝くアスカの笑顔。長年、護衛隊として何かとアスカに携わってきたミサトも、初めて見るアスカのその笑顔に我が目を疑った。

(あの悪魔の化身のような王女に、あんな笑顔が出来るなんて・・・。)

(ミサトさん、これは一体、どういうことでしょう・・・?)

(分からないわ・・・。ただ、地球に来て、アスカに何かがあったことは確かね。)

偵察と称して来たミサト達だったが、ここに来て驚かされっぱなしである。ロクヴングィのレイは別問題として、何より見違えるようなアスカの様子が気にかかる。

うむむむむむ・・・、アスカのあの笑顔はホンモノだわ・・・。
とすると、シンちゃんに何かしらの原因がありそうね・・・。

色々と考察を巡らせるミサトの興味は、アスカのあの笑顔の向けられている対象である、シンジという少年に傾けられていった。

(あ、ミサトさん、早く追わないと。)

(うむむむむ・・・、そうね。)

現段階ではまだ何とも言えないので、歩き出したアスカ達の後を追々考えることにした。

一方、そんなすっかりパニックになったミサト達につけられていることなど知らない当のアスカは、元気一杯の笑顔を振りまいていた。

「ねぇシンジ。プールってどんなコトして遊ぶ所なの?」

「水の中を泳いで遊ぶ所って言えば分かるかな?」

「うっ・・・。あたし、泳いだコト無いわ。」

「大丈夫だよ。僕もあそこに行くのは初めてだけど、初心者用の浅い所もあるだろう  し、泳がなくっても他にもスライダーとか色々遊べる所だから。」

「ふーーん。まぁいいわ。泳ぎはシンジに教えてもらうから。」

「うっ、僕、あまり上手い方じゃないから、かっこ悪いと思うよ。」

「ふふっ、期待してるわよ。シンジコーチっ。」

「参ったなぁ・・・。」

困らせたシンジの顔を見るのがよほど楽しいのか、アスカはシンジの腕にしがみつきながら軽快なステップで道を歩く。

あれ?そういえば・・・。

ウキウキと足を弾ませるアスカだったが、すっかりド忘れしていたもう一人の存在を思い出した。

「ちょっとレイ、あんたさっきから何黙ってんのよ。ノリが悪いわねぇ。」

「はぁ・・・、はぁ・・・、ごめんなさい・・・。」

「ちょ、ちょっと、あんたなんて顔してんのよ!?気味悪いわねぇ。」

振り返ったアスカの目に飛び込んできた、レイのいつもに増してまっ白な顔。元々色白のレイだが、今のレイは一目にも血色の悪い顔色である。

「わたし、ちょっと、気分が、悪くて・・・。」

ドサッ

「わっ、綾波!?」

危うく膝から崩れ落ちそうになったレイを、慌ててシンジが抱きとめる。

「なによなによ!?一体どうしたってぇのよ!?」

「はぁ・・・、はぁ・・・。少し、日差しが、強いみたい・・・。」

息も切れ切れに苦しそうに言うレイの隣りでは、浮遊しているビットがその危機を知らせるかのように救急車のような赤いランプを灯している。

「たぶん、日射病になりやすい体質なんじゃないかな。」

「えーーーっ、なによそれぇーー。ちょっとレイ、しっかりしなさいよぉ。」

このままではレイの為にプールが中止ということになりかねないので、当然の如くアスカが焦り出す。

「ひとまず冷やさないといけないから、ちょっと待ってて。」

応急処置としてレイの体温を冷ます必要があるので、自販機でジュースを買ってきたシンジがレイの頭に当てたり、飲ませたりする。心なしか、レイの気分も優れてきたようだ。

「どうよレイ。気分は良くなったの?」

「ええ、だいぶ・・・。」

日陰に腰を降ろしているレイの顔を覗き込むアスカ。心配そうというより、さっさと治れと言わんばかりの顔である。

「まったく人騒がせよねぇーー。もっと体を鍛えなさいっ。」

「ご、ごめんなさい・・・。強い日差しは、あんまり慣れてなくて・・・。」

あまり太陽の光の届かない星柄に加え、箱入り娘として育てられたレイにとって、真夏の日差しは辛いようだ。

「ほら綾波、もっと冷たいジュース飲んだ方がいいよ。」

「ありがとう、碇君・・・。」

コクコク

むむむむっ!!!

頭に手を添えられながらジュースを飲ませてもらうレイに、アスカの眉間が光の速度で超反応を示す。

「ほらほら、もう気分良くなったんでしょ?グズグズしてないでさっさと行くわよ!」

「ちょ、ちょっと待ってよアスカ。綾波、もう大丈夫?」

「・・・、まだ、ちょっと・・・。」

「じゃあ、ジュース飲んで少し休んだ方がいいよ。」

「うん。」

コクコク

ムッキーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
あたしだけ日射病にかからないなんてっ!
レイだけジュース飲ませてもらえるなんてっ!
こんなの、フェアじゃないわっ!!!

「うぅええぇーーーーっ。シンジ!あたしも日射病みたい!」

「ええ!?」

「おぅえぇぇーーーっ。今にも吐きそうよぉぉ。あたしにもジュース飲ましてっ。」

「大丈夫?でも、顔色は良さそうだけど・・・。」

「いいから早く飲ませるのよっ!うえぇーーっ、死ぬぅぅーーっ。」

「わ、分かったよ。」

了解すると何だか嬉しそうな顔をするアスカを訝しげに思いながら、シンジが自動販売機に足を走らせる。

フンだっ!
まぁでも、日射病で倒れる女の子を助けないような薄情な男だったら、
こんなに好きにならなかっただろうけどさっ。

「・・・アスカ、顔がまっ赤よ。本当に気分が悪いのね。」

「う、うっさいわね!」

タッタッタッタ

「はいアスカ、綾波と同じウーロン茶だけど、いいよね。」

「まぁいいわ。じゃ、飲まして。」

「え?!」

「日射病だって言ってんでしょっ!」

「あ、ああ、そうだったね。」

どう見ても日射病には見えない快活なワガママ患者に、苦笑しながらジュースを飲ませてやる。

ゴクゴクゴク

キャーーーーーーっ!
まるで傷ついて倒れたお姫様みたーーーーーーいっ!

頭の後ろに手を添えられて、心の内で狂喜乱舞するアスカ。ジュースを飲ませてもらっているということも忘れ、思わず口元がニヘラと緩む。

ゴクゴクゴク、ブブッ!

「ゲホっ!げほっ!えほっ!」

「ああもう、アスカはおっちょこちょいだなぁ。」

今度は演技ではなく本当に苦しそうな表情でせき込んでいるアスカの背中を、シンジが心配そうな顔でさすってあげる。

「うぅーー・・・。ぐるじい・・・。」

「急いで飲むこと無いのに。大丈夫?」

「大丈夫じゃないわよっ。どう見てもあんたの飲ませ方が悪かったわ。」

「そんなぁ。」

「バツとしておんぶ。」

はぁ・・・、結局そうなるのか。

言うが早いか、呆れるシンジを無視して、背中をよじよじと登って行くアスカ。なぜかその顔がニコニコと嬉しそうなのは、横から見ているレイにしか分からない。

ああ・・・、赤毛猿が、碇君の背中に・・・。

いつもならば、ここらで皮肉な俳句を一句読み上げてアスカを挑発。シンジの背中から降りてきた所をビット電流で迎撃、入れ替わりにおんぶという黄金コンボで対応する所なのだが、気分の優れない今の頭では上手い挑発俳句が思いつかない。

ゲ、ゲヒルンちゃん、アスカを、げ、迎撃・・・。

しかし、インターフェイスヘッドセットから念じて制御するビットも、今では主の日射病によって機能を停止しており、地面に転がったまま動かない。

あああ、くやしい・・・。うらめしや・・・。
地球の太陽はキライ・・・。

唇をキュッと噛み締めながら、八方塞がりのレイは、自分自身のふがいなさに一人密かに打ちひしがれるのであった。

一方、数メートル後方の電柱の陰から尾行していた葛城フォースの面々は、驚愕に打ち震えていた。

「お、おじょ、お、おっ、王女が、王女が、がが・・・!」

「お、おとおと、お、男の子に、おぶおぶ、おんぶををを・・・!」

顔面は蒼白。顎がカタカタと震えて呂律が回らない。足腰もガクガクと震えて立っているのがやっとだ。

「あ、あのアスカが、お、男の子に、おんぶですって!?」

元居た星では、お見合い相手の男が挨拶代わりに手を握ってきただけでその場で半殺しだったというのに、まさかおんぶなんて、ミサト達の目にはアンビリバボーの域を遙かに超越する光景であった。

「し、信じられない・・・!」

「あれが、本当に王女か!?」

青葉と日向の脳に、今までお見合いの席で血祭りにあげられてきた悲劇の王子達の顔が浮かんでくる。

アスカのあの異常なまでの甘えぶり・・・!
間違いないわ、シンちゃんに何か鍵が隠されているはず・・・!

もはやこの緊急事態に、ミサトの頭の中も頭目の「敵戦力の偵察」どころでは無く、「少年シンジの謎」にテーマが切り替えられていた。

「これは、とことんシンちゃんについて分析する必要があるわね。」

「「ど、同感です。」」

ゴクリとつばを飲み込む葛城フォースに緊張が駆け抜ける。





そして電車を乗り継いで辿り着いたは、第3新東京市サマーランド。

ガヤガヤガヤ

「なによコレぇーー!?テレビと全然違うじゃーーん!」

現地に着くなり、真っ先にシンジの背中のアスカから不満の声が上がる。新設オープンとあって、プールを埋め尽くさんばかりの人手。この寿司詰めのプールでテレビのCMみたいに広いプールを自由に泳ぐのは至難のワザである。

「しょうがないよ。みんなだって泳ぎたくて来てるんだから。」

「どぅうぇーもぉーー。」

「いくら駄々をこねても、何も改善されないわ。」

来る途中に買った日傘を差しながら、レイがクスリと笑う。

「うぬぬぬ、いっちいち勘に障る女ねぇ。」

「ほ、ほら、混雑しない内に早く行こうよ。」

またいつもの調子で争いにならない内に、すかさず機転を効かせるシンジ。
その後も何かとアスカとレイがピリピリしながらも、無事に入場することに成功した。

一方。
それまで順調に尾行していた葛城フォースは、思わぬ足止めを喰らっていた。

「入場料、お一人様3000円です。」

「うぬぬっ・・・。」

入場門ゲート前で、苦渋の表情を浮かべるミサト。財布を覗き込んだまま、動きがピタリと停止している。

「ミサトさんっ、迷ってる場合じゃないですよっ。」

「このままじゃ王女達を見失いますよっ。」

「わ、わーーってるわよっ。」

うぐぐ、マズイわ。
ここで9000円の出費は、マズすぎるわ。
予算はあと20000円足らず。
1日5本のノルマのエビチュに影響が・・・。

親指を噛みながら激しい葛藤を繰り広げるが、そうこうしている内にアスカ達の姿が小さくなって行く。

「「ミサトさんっ、早くっ!」」

「わーーかったわよ!エビチュを1日3本に減らせばいいんでしょっ!」

あ、あなたはエビチュと王女とどっちが大切なんですか!?

逆ギレしながら吹っ切れたように入場券を買うミサトに、泣きたい気持ちでいっぱいの日向と青葉。なにはともあれ、少しの遅れを取りながらも、葛城フォースは無事に入場を果たした。

((女性更衣室))

時を同じくして、更衣室前でシンジと別れたアスカとレイは、先ほど園内でレンタルしてきた水着に着替えていた。

「フンフンフーーン。」

鼻歌混じりのアスカが赤と白のストライプの入った大胆なビキニに着替える。

「あたしってば、世の女の誰もが羨むプロポーションねぇ。」

「・・・・・。」

胸を強調するようにクネクネとポーズを取って見せつけてくるアスカに、レイは無視を決め込むが、アスカの勝手な一人芝居は続く。

「ああ、なんであたしはこんなにも美しいのかしらぁ。」

「・・・・・。」

「美しすぎて恨みを買ってしまうこの容姿。あたしは罪な存在なのね・・・。」

「・・・・・。」

「しっかし、胸が大きくって困るわーー。」

ピクッ

それまで黙々と着替えに専念していたレイのこめかみが初めて反応を示した。

ニヤリ

そんなレイを知ってか知らずか、途端に話題をピンポイントに絞り込むアスカ。

「あーーあ、大きいと肩がこるのよねぇーー。」

ピクピク

「ホント、出来ることなら誰かに分けてあげたいくらい。」

ピクピクピク

「でも、誰かさんと違っておせんべよりかは、よっぽどマシね。ぷくくっ。」

ブチッ!!!

何かが切れる音がした。

((男性更衣室))

ズギューーン!ズギューーン!
バチバチバチバチ!


女性更衣室の壁越しに聞こえてくる聞き慣れた効果音。

はぁ・・・、やっぱりダメだったか・・・。

聞こえてくる騒音に何事かと騒ぐ周囲の中、一人泣き笑いのような表情を浮かべるシンジだった。

数分後。

「お待たせーー。」

「うわっ!」

着替え終わって女性更衣場の前で二人を待っていたシンジの前に、引っ掻き傷やらを体中につけたズタボロのアスカとレイが姿を現した。

「お、お願いだから二人ともケンカしないでよっ。」

「しょうがないじゃない。レイのやつが先に手ぇ出してきたんだから正当防衛だわ。」

「それは違う。言葉の暴力をふるって来たアスカが悪いわ。」

「あたしは事実を言っただけでしょっ!あんた、おせんべだもの!」

ブチッ!

「そういうあなたより、わたしはウエストが細いわ。寸胴赤毛猿。」

「あんですってぇぇぇーーーっ!」

どたばたどたばた、ぎゃーぎゃー

「やめてくれーーーーーーっ!」

必死に止めようとするシンジの願いも空しく、水着姿で格闘するアスカとレイの周りには、たちまち人垣が出来上がった。

「ああもう!僕はもう帰るからね!」

「「えっ!?」」

ぶすっとしながら背を向けて去って行くシンジを見て、ぴたりと争いが止む。

「ごめんなさいっ!シンジっ!」

シンジの右腕に、慌ててアスカがしがみつく。

「ごめんなさい、碇君。」

同じく青ざめた顔で左腕にしがみつくレイ。

「やだよ。せっかく二人に楽しんで貰おうと思って来たのに、ケンカしてもらいに来た んじゃない。」

こうなると頑固なシンジは、そのままズルズルと二人を引きずって男性更衣場への足を止めないので、アスカもレイも必死だ。

「もうしないっ!もうしないからぁ〜〜、シンジぃ〜〜っ!」

「もうしない、だから許して、碇君。」

はぁ・・・。
そんなに反省するんなら、ケンカしないで欲しいよ・・・。

潤んだ懇願の眼差しをステレオで浴びせられては、さすがのシンジとて参ったを言わざるを得ない。というより、シンジの心が優しすぎる。

「もう、分かったよ。」

「ホント!?」

両サイドから覗き込んでくる顔が、スポットライトを当てたようにパッと明るく輝く。

「その代わりもうケンカしないって約束してよ?」

「しない!誓う!」

「ええ、過ちは繰り返さないわ。」

なんだかなぁ・・・。

無邪気というか、純粋というか、真剣な顔で誓いを立てる二人に思わず苦笑してしまう。

「ははっ、それじゃあ、行こうか。」

「うん!」

こうして笑顔の戻った3人はプールへと向かう。

ただ、右腕にアスカ、左腕にレイという両手に花の格好で歩くシンジは、また別の意味で周囲からの視線を浴びてしまうのだった。

一方。

「・・・・・。」

「・・・・・。」

数メートル後方のゴミ箱の陰からシンジ達の一部始終を見ていた葛城フォースは、目を丸くして唖然としていた。

「あ、あのアスカが、あのアスカが、一体、どういうコト・・・!?」

あの、絶対不服従のアスカが、誰と構わず自分のワガママに従わせるあのアスカが、シンジの一言で手の平を返したように大人しくなり、ゴロゴロと腕にしがみついてご機嫌取りまでする。葛城フォースにとっては、空からヒョウが、いや、劣化ウラン弾の雨が降ってもおかしくない事態である。

「でも、王女のあの笑顔、なんだか本当に嬉しそうだったな・・・。」

「ああ、見たことないよ、あんな笑顔。」

驚きつつも微笑ましい笑顔を浮かべる日向と青葉だったが、自分達はこれから、あんなにも幸せそうなアスカからシンジを引き離して星に連れ帰そうとしているのだと思うと、一抹の罪悪感が心に広がる。

・・・・・、アスカ・・・。

そしてそれは、長年アスカと連れ添って来たミサトにも同じことであった。

「ミサトさん、どうします?」

時計を見ると、もう正午を迎える頃であり、偵察はここまで。日向が聞いているのは、今日の午後の予定であったアスカの奪還作戦についてだ。

「そうね・・・、少し、変更を加えましょう。」

名隊長の言う、作戦の「少し」の変更。しかし、その頭脳の中では、かつてない壮大な大作戦が練り上げられていた。

果たして、護衛隊の真義とは?
葛城フォースに今、改めてそのことを見つめ返すべき時が訪れた。



<続く>


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