「ご来訪!惑星王女アスカ様!」
 第9話:「さらば地球よ」



ザッパーーーーーーーーーーーン

尾行されているなんて今だ露知らずのアスカ達は、水泳が初めてなので、シンジに泳ぎ方を教わっていた。園内の数あるプールの中でも、一番ポピュラーなプールとして知られているのが、この波打つプールである。

バシャバシャバシャ

「ぷはっ。」

「すごいよ綾波。水泳初めてなのに、もうクロールも泳げるなんて。」

水泳の経験が無いにも関わらず、ものの数分でクロールをマスターしたレイの上達ぶりには驚かされる。

「ありがとう。碇君のおかげ。」

「そんなことないよ。出来るようになったのは綾波の実力だし。」

問題は、もう一人である。

「あとはアスカだけだね。」

「むーー・・・。」

拗ねたように唇を尖らせて、ぷいっと顔を背けるアスカ。

「アスカ、水を怖がってちゃ、いつまで経っても泳げるようにならないよ?」

「そ、そんなコト分かってるわよっ!」

しかし、先ほどからいくらやっても、泳ぐどころか水中で目を開けることさえ出来ない。アスカ曰く、水の中で目を開けるという行為自体、非常識に値するらしい。

「そんなに怒らなくっても、ちゃんと練習すれば簡単に出来るようになるよ。」

「もういいっ!泳ぐのヤメ!」

「ええーーーっ。」

「ええーーもBもCも無いの!ヤメったらヤメ!」

自分の思い通りに行かないと、この上なく不機嫌になるアスカ。手に入らないならブチ壊すという信長思想に近い考えである。

「それに、あんたの教え方が悪いんじゃなーーい?」

「そ、そんなぁ。」

「ちゃんと、もう一回、一から教え直しなさい。」

「分かったよ。じゃあ、水に顔をつける所から・・・。」

「わたし、ちょっと沖の方まで行ってくる。」

「え?」

「いつまでもこんな浅瀬にいても、つまらないわ。」

しれっと言うと、チラリとアスカに意味ありげな白い眼差しを向ける。

「ぐっ・・・!」

どうやら水泳が相当お気に召したらしく、早く次のレベルを極めたいレイにとって、水泳音痴のアスカはお荷物だと言いたいらしい。

「いいけど、あまり沖の方まで行き過ぎちゃダメだよ。かなり深くなってるから。」

「了解。じゃ、お先に。」

バシャバシャバシャ

クスリと笑ってお荷物を一瞥した後、嫌味なほど華麗なクロールを披露しながら泳ぎ去って行くレイ。見送るアスカの額に血管が浮き立つ。

「ちっくしょぉぉぉぉぉ。レイのヤツ・・・!」

「しょうがないよ。綾波が上手すぎるんだから。」

「ふんっ!望む所だわ!たっくさん練習して、この屈辱を10倍にして返してやるの
 よシンジ!」

「ぼ、僕は別に、屈辱だなんて・・・。」

「シャラップ!猛特訓再会よ!」

はあ・・・。
猛特訓ったって、水に顔をつけるだけなんだけどな・・・。

「じゃあまず、水に慣れる練習から始めようか。」

「オッケーー。」

「おっ、あの娘かわいくない?」
「ホントだ。ハーフかな?」

練習を再会しようとしたその時、少し離れた所から話し声が聞こえてきた。見るからに、いかにもナンパ目的でやって来たらしい風貌の男達である。

「・・・・・・。」

「まったく、やーね。ああいうのは無視よ、無視。気にしなくていいから。」

「そ、そうだね。じゃあ、まず・・・。」

「なあなあ、アタックしてみようか。」
「そうだなぁ、どうするかな。」

「・・・・・・。」

「シンジ?」

「もうちょっと、あっちの方で練習しようか。」

「え?」

どうしたのかと首を捻るアスカの手を引っ張って、ザバザバとプールの隅っこの方に移動し始めるシンジ。

「シンジ?」

覗き込んで見ると、ちょっとムスっとした表情になっている。シンジのコトに関しては一段と鋭いアスカはピンときた。

「あーーーーっ、シンジぃ。ひょっとして、ヤキモチ焼いてる?」

ぎくっ

「な、なに言ってんだよっ!そ、そんなこと知らないよっ。」

「えーーーー?ホントかしらぁぁぁーーー?」

ニヤニヤと笑いながら顔を覗き込むと、慌てたように足を速めるシンジ。アスカの顔がさらにニヤつく。

「ホ、ホントだよっ。」

「ホントぉぉぉ?ホントにホントぉぉぉ?」

「ホントだってば!」

「えへへー。」

さらにザバザバと足を速めるシンジ。組んだ腕を引っ張られるようになりながらも、嬉しそうな顔でついて行くアスカだった。

「この辺で、練習しよう。」

さきほどの男たちの姿が、完全に見えなくなった所まで来て、やっとシンジが足を止めた。

「はーーい。」

ニコニコとした笑顔で元気良く返事をする。もう、すっかり上機嫌のようだ。

そうしてしばらくの間、二人三脚で練習した2人。もともと飲み込みの早い方なのか、水さえ克服してしまえば、アスカもすぐにバタ足で泳げるようにまで上達していった。

バシャバシャバシャ

「ぷはっ。どうよシンジ。」

「すごいよアスカ。僕なんか、バタ足で泳げるようになるまで随分かかったのに。」

「ちょっとちょっとぉ、ニブチンのあんたと一緒にしないでくれるぅ?」

「ちぇっ、すぐにそうやって調子に乗るんだからなぁ。」

「あははっ、ごめんごめん。冗談よ、じょーだんっ。」

からかい、からかわれつつも、終始にこやかな時を過ごす2人。

「それよりシンジ、ノド乾いちゃった。休憩がてら、そこのカフェ行きましょ。」

レイが今いないのをチャンスとばかりに提案するアスカ。実は泳ぎの練習は布石で、こちらが本題だったりする。

「いいけど、綾波がまだ戻って来てないから、どうしよう。」

「そんなん、いいからいいから。」

「いや、でも、迷子になったりでもしたら・・・。」

願わくば、そうなって欲しいのよ。という本心は喉元に留めておいて、グイグイと腕を引っ張ってビーチを出ていく。

「ほら、すぐそこのオープンカフェだから大丈夫よ。」

有無を言わさず、ニコニコ顔でシンジをビーチの近くにある園内のオープンカフェの椅子にグイっと座らせた後、正面にあった椅子を移動させてシンジの右隣りにぴったりと寄り添う。この間わずか30秒。

「かなり沖の方まで行ってたみたいだけど、大丈夫かなぁ。」

「大丈夫よ。髪の毛だって青だからすぐ見つけられるし、ナンパ男が来てもビットで
 一撃でしょ。」

プール施設とあって、園内の飲食店は全て水着のままで入店可能である。よって当然ウェイターも水着姿で出迎えてきた。

「ご注文は何にしましょう。」

「僕はアイスレモンティーにするけど、アスカは?」

「じゃあ、あたしは、アイスミルクティー。」

シンジに家で作ってもらったアイスミルクティーが、さっそく地球の実用知識として役立つ時である。

「かしこまりました。そちらのお客様のご注文は?」

「「えっ?」」

そちらと呼ばれた方を向くと、シンジの左側に、いつの間にやらレイが澄まし顔で椅子に腰を降ろしている。

「レ、レイっ!?」

「甘いわ、アスカ。抜け駆けしようったって、そうはいかない。」

「うぬぬっ・・・、やるわね。」

ばちばちばち

シンジを挟んで視線の火花を散らし合う2人の剣幕に、ウェイターがじりっと後ずさる。

「あ、あのっ、この娘の注文も僕のと同じのでいいです。」

「か、かしこまりました。」

ここでまた大喧嘩されたらたまったものではない。危機を察知したシンジが、アスカとレイの視線の間に身を割り込ませて注文すると、逃げ帰るようにウェイターが戻って行った。

「ったく、いっつもボーーっと上の空で何考えてんだか分かんないくせして、
 シンジのコトになると反応速度がえらい違いね。」

「あたりまえ、掛け替えのない、碇君。」

ポッ

「はいはい、五七五でお後がよろしくって、よぉござんしたねぇー。」

せっかく久しぶりの2人きりを満喫しようとしていた矢先の邪魔である。一気に機嫌の悪くなったアスカが、チッと舌打ちしてガバガバと水を飲み込む。

「碇君、私のは何を注文したの?」

「僕のと一緒で、レモンティーだけど。」

「えっ・・・。」

ガシャン

「レモンティー」の言葉を耳にした途端、硬直するレイ。持っていた水のグラスが手からスルリと抜け落ち、地面に砕け散った。

「レ、レモン、ティー・・・。」

「えっ、だ、ダメだった?」

注文がまずかったのかとオロオロするシンジの前で、レイは目を見開き、カタカタと小刻みに震える赤い瞳は焦点が定まっていない。

「ご、ごめんなさい。ちょっと、嫌なコトを思い出しちゃって・・・。」

「ちょっとレイ、どうしたのよ!?」

「いいの。なんでも、ないの・・・。」

ガタっ

そう言うと、気落ちした様子で席を立ち上がる。

「綾波!?」

「あんた、どこ行くのよ?」

「ちょっと、気分転換に一泳ぎしてくる。」

トボトボとプールに向かって歩き始めるレイの言葉を聞いて、それまで訝しげだったアスカの顔が途端にパッと明るくなる。

「えーーーっ、そうなの?ごゆっくりぃーー。」

スタスタスタ・・・、ピタっ

アスカの弾む声を背中に受けながら歩いていたレイだったが、不意に何か思い出したように足がピタリと止まった。

「アスカ。」

「ん?なによ。」

「間違っても、碇君に手を出しちゃダメよ。」

「はいはい、分かってますって。」

「なら、いいわ。」

スタスタスタ・・・、ピタっ

「アスカ。」

「なによ、しつこいわねぇ。まだなんかあんの?」

「碇君におんぶしてもらっちゃダメよ。」

「はーいはい、分かったからとっとと消えてちょうだい。」

「なら、いいわ。」

スタスタスタ・・・、ピタっ

「アスカ。」

「ああもう!さっさと泳いできなさいよ!」

「碇君を襲っちゃダメよ。」

「襲うかっ!!!」

「なら、いいわ。」

スタスタスタスタ・・・

「まったく、しつこい女ねぇ。」

レイから言わせればアスカも十分しつこいのだが、そんなアスカは今度こそプールにレイが消えて行った事を確認した後、やっとこ安心して視線をシンジに戻す。

「しつこいって、何が?」

「色々とよ、色々。」

「ふーーん。」

よく分からないといった感じの相づち。程なくして注文したレモンティーとミルクティーが運ばれてきた。

「へえーー、ミルクティーっていうの、なかなかいけるじゃない。」

「レモンティーもおいしいよ。」

「どれどれーー。」

「あっ、ちょっと!」

アスカが自分のストローをシンジのレモンティーに突き刺して一気に吸い上げた。

「へっへーーん。隙ありよ、シンジ。」

防御する間もなく、たちまち半分以下に激減してしまったレモンティー。シンジが怨めしげな視線をアスカに送る。

「ひどいよ、アスカぁ。」

「ふだんからボケボケっとしてる罰よ。」

「なんで僕が罰を受けなきゃならないんだよ。」

「色々とよ、色々。」

「色々ったって・・・。」

「とりあえず、その鈍感を直しなさい。」

「うーーん・・・。分かったよ。」

自分では自覚が無いのだが、学校でもよく鈍感だと言われることが多々あるので、納得いかざるも、頷くしなかい。

「あ、レイのレモンティーが余っちゃったわね。」

飲み終わった2人の前に、ぽつんと主を失った一つのグラス。

「もったいないから、僕が飲むよ。」

「ダメよ。あたしだって飲みたいもの。」

「じゃあ、アスカが飲んでいいよ。」

「ダーーメ。あんたに借りが出来ちゃうじゃない。フェアにいきましょ。」

「どうするの?」

「こうするのよ。」

訝しげに首を捻るシンジの前で、一つのレモンティーにシンジと自分のストローを入れる。

「こ、こうすれば、2人で飲めるでしょ?」

「そ、そうだけど・・・。」

「なに赤くなってんのよ。エッチなコトでも考えてんでしょ。」

やーーねぇと軽蔑の素振りを見せながらも、我ながら大胆な提案に耳までまっ赤にしているアスカ。

「ち、違うよっ!」

「じゃ、じゃあ、飲みましょうよ。」

「う、う、うん。」

1つのグラスに2本のストロー。ゆっくりゆっくりとストローに近づけるにつれて、2人の距離が縮まり・・・。

ボボッ!!!

眼前に顔。あまりの至近距離に2人の頭から湯気が上がる。

チューーーーーーーーーーーーーっ!ズボボボボボっ!

瞬く間に空になるグラス。味など確認するヒマすらない。飲み尽くすなりサッと離れる2人。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

まっ赤なままで、チラチラとお互いを見合う。

降り注ぐ、なんとも言えない沈黙。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

ガタっ

耐えきれず、アスカが立ち上がった。

「ア、アスカ?」

「ト、トト、トイレよっ。」

「あ、う、うん。」

ギクシャク、ギクシャク

そんな音が聞こえてきそうなほど、ぎこちなくトイレに向かうアスカ。前に出す手と足が一緒である。椅子で待つシンジも、カチンコチンに背筋を伸ばして固まっていた。

((トイレ))

「あーーーー、恥ずかしいーーーー。」

ひとまずトイレに非難してきたアスカだったが、顔の火照りがなかなか収まらない。手荒い場の鏡に映る顔は見事に真っ赤っか。

「ううぅ、一惑星の王女ともあろう者が、なんたる不覚・・・。」

気を引き締めようとパンパンと頬を叩くが、効果なし。いつもおんぶやらで密着しているアスカも、さすがに恥ずかしさの気質が違った。

「これもみんな、バカシンジのせいね。ちくしょー、ちくしょー、ちくしょー。この
 恨み晴らさでおくべきかぁぁぁ。」

そうやって口では言いつつも、鏡の中の顔は、凄まじいほど、でろんでろんに緩みまくっている。

「あああああ、顔が熱いぃぃ。どうしよう、どうしよう、どうしよう。」

顔を両手で覆い、いやいやと首を振る。

「まったく、いつからこんな、おのろけさんになったのかしらん?」

「ホントよぉ。みんなシンジのせいよぉ。」

「なんで、シンちゃんのせいなの?」

「そんなコトぉ、恥ずかしくって言え・・・っ!!!」

そこで、ピシッと凍り付くアスカ。背後からの声に、妙な聞き覚えがある。

ままままま、まさか・・・。

まっ赤で仕方なかった顔も、すっかり青い。恐る恐ると振り返る、その先には・・・。

「お久しぶりねん。アスカぁぁぁん。」

「ミ、ミサッ・・・ムグッ!」

「おおーーっと、暴れない暴れない。」

大声をあげようとしたアスカの口を、電光石火の早さで伸ばした手で封印する。

「ムガガガガ!ムガっ!」

必死の抵抗を繰り広げるアスカたが、訓練を受けたミサトとの差は歴然。背後からガッチリとホールドされて身動き一つ取れない。

「ムガグガグググガっ!」

「だーーいじょぶだってぇ。今日は追いかけっこしに来たんじゃないわ。」

「ムガガ!?」

「今日はちょーーっち予定変更して、聞きたいコトがあるのよ。場合によっては、
 あなたの味方になってあげるわ。」

「ムグ?」

ミサトの予想外の言葉に、アスカの抵抗がピタリと止んだ。

「暴れない?」

こくこく

「よろしい。」

抵抗の気配がなくなったのを確認してから、ミサトはアスカを解放した。

「ぷはっ。味方って、どういうことよ!?」

「それには、私の質問に素直に答えてもらう必要があるわ。」

「いいわよ。なんでも聞いてっ。」

地球で暮らすに当たって、唯一の障害物であるミサトさえ味方につけてしまえば怖いものなしだ。アスカが形相を変えて、ずずいっと詰め寄ってくる。

「じゃあ、まず一つ目。アスカは、星に帰りたい?」

「帰りたくないに決まってるじゃん。」

「じゃあ、二つ目。帰ってお見合いして結婚する気はありますか?」

「あるワケないでしょ!」

烈火の如く、炎のオーラを漂わせて即答。まぁまぁと宥めながらもミサトは続ける。

「最後、三つ目。シンジ君のコトは、どう思ってる?」

ぎくっ

この質問がメインであったというのは言うまでもない。アスカの背後の炎のオーラが、一瞬にして鎮火した。

「な、なんで、そんな質問・・・。」

「好き、なんでしょ?」

「そ、それは、そのぉ・・・。」

もじもじと身を捩りながら、つんつんと指先を合わせる。炎のオーラは、いつの間にやらピンク色の甘ったるいハート型のオーラに変わっていた。

「私たち、今朝からずっと、あなたたちのこと尾行してたのよ。」

「えっ!?」

「驚いたのこっちよ。腕は組むやら、ジュースは飲ませてもらうやら、おんぶして
 もらうやら・・・。」

「うぅっ・・・。」

数々の赤裸々な事実を並べられて、アスカがどんどん縮こまって行く。

「そこでよ。アスカがシンジ君のコト本気で想ってるなら、私たちが味方になって
 あなたのお父さんたちにも相談してあげる。」

「えっ、そ、それって・・・。」

驚いたアスカが顔を上げると、ミサトがパチッとウインク。

「シンジ君と結婚、したいんでしょ?」

アスカの星では、男女14歳にして成人として認められ、王女は成人を迎えた年に結婚しなければならないというのが、古くから受け継がれている王家の伝統。

「そ、それは、その、あの・・・。」

「どうなの?もし別にそうでもないんだったら、このまま引き連れて帰るわよ。」

結婚のタイムリミットまで、あと半年も無い。このまま一人で帰ったら、お見合いはさらに加速するだろう。しかし、アスカは他の星の王子と結婚する気は無し。だとしたら、無理矢理縁談を組まされる可能性が出てくる。

無理矢理、好きでもないヤツなんかと結婚させられるなんて・・・!
そんなの・・・、そんなの、絶対イヤ!!!

頭の中を最悪のシナリオがよぎり、アスカはついに決心した。

「結婚・・・、し、たい・・・。」

もじもじとしながら、消え入るような声。でも、ミサトには、はっきりと意志が伝わった。

「でも・・・、ママはともかく、パパが許してくれるかな。」

「確かに、ただの一般人のシンちゃんとの結婚は難しいかもしれない。でも、やらな
 いで一生後悔するより、可能性に掛けてみた方が得ってもんでしょ?」

それは、今までは見えなかった、希望の兆し。

「そう・・・、そうよねっ。」

アスカの蒼い瞳に、光が宿る。

「よっしゃ!そうと決まれば、早速その気持ちをシンちゃんに伝えなくっちゃね!」

「えっ、そ、そんな、いきなり・・・?」

「あたりきしゃりき洗濯機。明日にはあなたのお父さんたち惑星訪問から帰ってき
 ちゃうからね。家出が発覚して大騒ぎになる前に帰らなきゃ。」

「わ、わかった。」

「ほれっ、さっさと決着つけてきなさい。きっと、大丈夫よ。」

「う、うん。」

さっきから、もじもじしてばかりの、らしくないアスカのお尻をポンと押すと、もじもじしながらも、そろそろとシンジの元へ歩いて行った。

「まぁーったく。あのアスカともあろう者が、随分しおらしくなっちゃって。」

俯きながら歩いて行くアスカの背を見送りながら、トイレの前で見張りしていた青葉と日向に肩をすくめて見せる。

「恋は魔法ですね。」

「ホント、やれやれだわ。」

苦笑しながらも、葛城フォースの面々は、アスカの背中に温かい眼差しを送り続ける。

((オープンカフェ))

「あっ、アスカ。」

相変わらずカチンコチンになったままで待っていたシンジの元へ、相変わらずギクシャクとした歩き方でアスカが戻ってきた。

「シ、シンジっ、大切な、話しが、ある、わっ。」

「えっ、大切な話しって?」

ロボットのような仕草で隣りの椅子に腰かけて、カタコトとしゃべるアスカ。トイレに行く前までとは打って代わって神妙な雰囲気に、思わず身構えるシンジ。

「い、いきなりだけど、お、驚かないで、聞いてね。」

「う、うん。」

すーはー、すーはー

深呼吸するアスカ。胸が張り裂けそうなほどの緊張だが、時間が残されていない。ミサトの励ましの言葉を思い返して、勇気を振り絞って口を開く。

「シンジは、あたしのコト、どう思ってる?」

「えっ、ど、どうしたの、いきなり!?」

「嫌い?」

「そ、そんなワケ、ないじゃないか。」

「じゃあ、どうなの?」

「それは・・・。」

い、いきなり、どうしちゃったんだよ、アスカ。

混乱するシンジは、どうにかこの場から逃げだしたい気持ちだったが、アスカの目は真剣そのもの。

「なんで、そんなコト、聞くんだよ?」

このままじゃ気まずいので、ひとまず訪ねてみる。

「さっき、トイレでミサトと会ってね。」

「えっ・・・。」

アスカがチラリと視線を送った先を見ると、離れた所にあるトイレの前に、確かに遊園地以来のミサトたちの姿があった。

「それで、あたし、星に帰るコトになったの。」

「えっ!帰るって、そんなっ。い、いつ!?」

「今日。」

「そ、そんな・・・。」

「だから、あたしは言うわ。あたしの気持ちを。」

そこまで言って、再び、一つ大きく深呼吸。

「あたしは、シンジが好き。」

自分でも驚くほど、すんなりと出た言葉。赤いながらも、顔には微笑みすら携えていた。

「だから、シンジの気持ちも、聞かせて。」

しかし、大変なのはシンジだった。

「あっ、ああっ、いやっ、そのっ。」

突然好きと言われて、頭はまっ白。好きがどういう好きかは、いくら鈍感なシンジにも理解できてしまった。

「お願い・・・。」

口をパクパクさせているシンジの手を、ぎゅっと握るアスカ。

「嫌いなら、はっきり嫌いって言って。その方が、諦めがついて帰れるから。」

「アスカ・・・。」

しかし、口では退行的でも、違う答えを懇願するような潤んだ瞳を一心に投げかけられて、シンジもとうとう心に決めた。

「わ、分かったよ。言うよ。」

「シンジ・・・。はっきり、正直に言ってね。怒らないから。」

「うん。ただ・・・。」

「ただ?」

「ただ、もっと、ちゃんとした形で、言いたかったんだけどね。」

「そ、それじゃあ・・・。」

恥ずかしそうに赤い顔でポリポリと頭をかいて見せるシンジの言葉と態度に、アスカの顔にパァっと輝きが広がる。

「うん・・・、その、僕も、好きだよ、アスカ。」

「シ、シンジ・・・。」

信じられない。いつも迷惑ばかりかけてきたから、嫌われてもおかしくなかった。
なのに、シンジは・・・。

「・・・、ホント?」

「ホントだよ。」

「ホントにホント?」

「ホントだって。」

「ホントにホントにホント?」

「し、しつこいなぁ。信じられない?」

「だ、だって、あんなに迷惑かけてばっかりだったから・・・。」

「そんなの、アスカが王女として今ままで辛い思いをしてきたんだって考えれば、
 何ともないよ。」

大好きな、優しい笑顔を向けてくれるシンジ。

ばか・・・。

アスカが、くすっと笑みをこぼす。次の瞬間、体当たりするように抱きついてきた。

がんっ

「ぐぅっ!!?」

胸に頭から突っ込まれた強烈なタックルに耐えきれず、シンジは椅子もろとも後ろに倒れ込んでしまった。

「イタタタタタ・・・。」

地面にぶつけた後頭部をさするシンジ。それでもアスカはシンジの胸に顔を埋めたまま、ぴったりとしがみついて離れない。

「でも、これで地球を離れて行っちゃうなんて、寂しいな・・・。」

「それはもう、大丈夫。」

「えっ?なんで?」

パチパチパチパチ

その時、頃合いを見計らって、ミサトたちが拍手をしながらやって来た。

「おめでとう、アスカ。良かったわねん。」

「ミサト・・・、ありがとう。」

ミサトの祝辞を受けて、のろのろとシンジの胸から顔を上げる。泣いていたようで、頬に幾筋もの涙の跡があった。

「これで、あとは式を挙げるだけですね。」

「婚約おめでとうございます。王女。」

日向と青葉も笑顔で祝福してきた。アスカも満面の笑みでそれに応える。シンジはなんだか照れくさくなってきてしまった。

おめでとうだなんて・・・、なんか照れるなぁ。
って、・・・・・・・・ん???

浮かれているのも束の間。照れで赤くなりかけた顔から、サッと血の気が引く。日向と青葉の言葉の中に、ひっかかるものがあったからだ。

「あ、あのっ!」

「どうしたの、シンジ?」

「婚約って?式って???」

「なによ、結婚のコトに決まってるじゃん。」

当然のように言ってのけるアスカ。さらに血の気が引くのを感じたシンジ。

「けけ、結婚!?僕と、アスカが!?」

「他に誰がいるっての!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!聞いてないよそんなの!」

「相思相愛なんだから、当然でしょ、そんなの。」

「で、でもっ、18にならないと、結婚は・・・。」

「あたしの星じゃ、14歳でもう成人なの。」

「そ、そんな・・・。」

「たった4年早くなっただけのコトじゃない。」

何を今さらといった感じでしゃべられて、シンジはもう「ぐぅ」の音も出ない。アスカの中では、相思相愛イコール結婚というのは、「1+1=2」に匹敵するほどの大常識。

「それよりアスカ、早く帰らないと国王様たちが帰ってきちゃうわよ。」

チラリと時計に目をやったミサトが、長くなりそうなもめ事を切り上げる。

「そうね、じゃ、行きましょシンジ。」

「へ?ど、どこに?」

混乱が冷め上がらぬまま、アスカに腕を引っ張られて、さらに大混乱に陥るシンジ。

「あんたバカぁ?あたしのパパに紹介するに決まってるじゃない。」

「ええーーーーーーーっ!」

「驚いてるヒマがあるんなら、さっさと歩く!」

その後、何をしても無駄だと、ついに腹をくくったシンジは、ユイとゲンドウに少しの間地球を離れると電話で伝えたが、当然信じてもらえず、激しい頭痛に見舞われながらアスカのプラグに押し込まれて地球を発つこととなった。

地球、日本国、第3新東京市在住、碇シンジ。
こうして彼は、14歳にして人生の墓場へとその第一歩を踏み込んだ。





((サマーランド))

その頃、すっかり忘れられ、置いてけぼりにされたことを知らないレイは、飽きずにプールで気ままに泳いでいた。

バシャバシャバシャ

そろそろお腹空いた。
あがって碇君とランチに・・・。

ズドォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!

「!?」

その時、遠くから鳴り響いてきた、聞き覚えのある轟音。

まさか!?

はっと空を見上げると、案の定、アスカの惑星間プラグが空に向かって飛び立って行く最中だった。

あのアスカが、シンジを置いてすごすごと帰って行くワケがない。シンジを連れ去られたということは一目瞭然。

「抜け駆けしたわね、赤毛猿・・・!」

ピキピキピキッ!!!

怒り心頭のレイ。燃え上がる絶対零度のオーラに、周囲の水が次々と氷を張って行く。

「わたしを本気で怒らせたこと、後悔させてあげる。」

赤い瞳に殺意の光を煌めかせながら、ビットを手に取り、ルービックキューブの要領でガチャガチャと組み替え始める。1分もしない内に、ビットは携帯電話の形へと姿を変えた。

見てなさい、赤毛猿・・・!!
うらめしや、うらめしや、うらめしや・・・。

電話のボタンを、めり込みそうになるくらいズンズンと押してダイヤルして行く。

プルルルルルルル、ガチャッ

「お兄ちゃん、わたしよ。」

『おや、レイじゃないか。今どこにいるんだい?ずっと心配していたよ。』

「地球よ。」

『地球かぁ。体の方は無事かい?』

「ええ、大丈夫。」

『そうか、良かった。』

「それより、お兄ちゃんごめんなさい。あんなコトで星を飛び出したりして。」

『いや、いいんだよ。あんなコトでムキになったボクが悪かった。謝るよ。』

「ううん。分かってくれればいいの。」

『ありがとう、レイ。』

何度目かの、仲直り。久しぶりの兄の優しい声を聞いて、レイの瞳に涙が滲み出し、別れ際の光景が目に浮かぶ。

レモンティー派の兄カヲルと、ミルクティー派のレイが、どちらがおいしいかで言い争った末、「分からず屋!」と叫んで勢いのままに星を飛び出したあの時・・・。

以前にも、兄とのささいなケンカが原因で、よく星を飛び出すことが多かったレイ。そしてその度に、1週間とせずに仲直りする、仲良し兄妹の2人だった。

「あと、お兄ちゃんにお願いがあるの。」

『なんだい?』

「今から帰るから、強襲用の飛空艇を準備しておいて欲しいの。」

『飛空艇?また厄介事にでも巻き込まれたのかい?』

「うん、ちょっと。」

『まぁいいけど、程々にするんだよ?』

「うん。じゃあ、今から帰る。」

『気を付けて帰っておいで。』

ピッ

電話を切って、一目散に走り出すレイ。目指すは、シンジのマンション前に突き刺さったままの、自分の惑星間移動プラグ。

「この恨み、晴らさでおくか、赤毛猿・・・。」

走るレイの背後には、いつしか絶対零度のオーラが氷山を築き上げていた。



<続く>


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