「アスカ流、恋の10倍返し!?(後編)」





そして、翌日の朝。迎えた審判の日。
第壱中学校。2年A組。

「おい碇、彼女がまだ来てないなぁ。」

「そうだよ、シンデレラ壌とは一緒に登校しないのか?」

「アハハハハッ!」

「・・・・・・・・。」

朝の教室で心無い男子達にからかわれているシンジは、自分の席でジッと大人しく耐えているのだが・・・、さてさて、そんな男子生徒の顔が凍り付くのも、もはや秒読み段階である。

そして。

ガラッ

「おっはよーーっ!!シンジっ!!」






・・・・・・・・






生まれるべくして生まれた、沈黙。
クラス中の誰もが、元気に入って来た見た事もない美少女に意識を奪われていた。

「あ!シンジ、みぃぃーーっけ!!」

そんな間抜けな顔を向けているクラスの生徒達には目もくれず、アスカはピョンピョンとシンジの元へ向かう。

「だ、誰?あの娘。」
「お、おい、誰だよ、あの娘。」
「碇の知り合いか?」
「さ、さあ?あんな可愛い娘、見た事ないぞ。」
「み、見ろよ、すげぇ可愛いぞ。」
「なに?アイドル?」
「見ろよ、あのスタイル。」
「目が青いぞ。外人か?」
「髪の毛も金髪っぽいぞ。」
「か、可愛い・・・。」

思い出したようにざわめき立つ連中をよそに、アスカがシンジの目の前までやって来た。シンジはそれを目を丸くして見つめている。

「シーーンジっ!おっはよ!」

「・・・・・へ?」

輝くような笑顔で自分の顔を覗き込んでいる見知らぬその少女。蒼く透き通った瞳、蜂蜜色の光のような長い髪、形の良い桜色の唇、抜群のスタイル。そんな絶世の美少女が、自分の顔を覗き込んでいるという現実に、シンジは今を把握出来ないでいる。

「どうしたのよ。朝の挨拶くらいしなさいよ。」

「・・・・・へ?」

アーーーハッハッハッハ!このシンジの顔ったら!おっかしぃぃーーー!!

この上なく呆けた顔で自分を凝視しているシンジの顔を写真にでも収めておきたいと、アスカは内心笑い転げているのだが、もうちょっと意地悪してみる事にした。

「あたしよ、あ・た・し。」

「あ、あの、・・・・・誰?」

「んもう!昨日、名前で呼びなさいって言ったばかりじゃない。」

「ま、まさか・・・・・!」

ようやくシンジが気付いたようである。カタカタと震える手でアスカの顔を指さすと、アスカはうんうんと笑顔で頷いている。

「ア、ア、アスカ・・・・・?」

「ぴんぽーーーーん!!当ったりぃぃーーーー!!!」

すると、シンジの膝の上に飛び乗り、抱きつくアスカ。

「「「「「ななななななななななななななななななななななな」」」」」

 「アスカ」と呼ばれたその美少女に、教室中の生徒達がムンクの叫びと化した。

「「「「「なぁにィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」」」」」

ドガシャーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

この叫声の空気振動で窓ガラスが何枚か砕け散ったが、今はそれどころではない。皆が皆、アスカの変貌ぶりに体を硬直させ、飛び出さんほどに目を剥いて凝視している。

「ア、アスカ、びっくりしたよ。どうしたの?」

今だに戸惑いを露わにしたシンジがワケを聞いて見ると、アスカは可愛くぷっと唇を尖らせ、上目使い見つめる。

「もう。あんたの願い事、忘れたの?」

「願い事って・・・・・あ!」

昨日、もうちょっとだけ可愛かったらなと言った事を思い出したシンジ。軽く受け流したつもりが、こんなに重大な事件を引き起こすとは夢にも思わなかっただろう。

「ね?だからあんたの望み通り、『ちょっとだけ』可愛くなってあげたの。」

わかった?と、可愛く小首を傾げるアスカだが、『ちょっと』どころでは無い。

「そ、そうなんだ・・・・・びっくりしたよ。」

「なぁ〜んだ。もっと驚いてくれると思ったのに。」

そんな事は無いと、ぶんぶんと首を横に振るシンジ。

「十分、驚いたよ・・・。」

「まぁ、シンジは外見だけじゃないもんねっ!」

「う、うん、まぁ・・・。」

とは言うものの、すっかり見とれてしまっているのが現状。

「でもさ、ちょっとは可愛くなったでしょ?」

そう言ってウインクするアスカに、一気に顔がまっ赤になってしまう。

「ちょ、ちょっとどころじゃないよ・・・。」

「そう?ふふっ、嬉しい・・・。」

アスカは心の底から嬉しそうに微笑みながら、再びシンジの肩に顔を埋めた。

「あ、あのぉ・・・。」

アスカの後ろからの呼びかけ。見るといつの間にか、教室の男子達は愚か、廊下にいた他のクラスの男子達までがシンジとアスカの周りを取り囲んでおり、その内の一人が申し訳無さそうに声をかけてきていた。ちなみに、女子達は皆へなへなとその場に腰を下ろしている。

「惣流さん・・・・・だよね?」

「・・・・・なに?」

シンジの膝に乗りながら、シンジの首に両手を回しながらのアスカが顔だけ振り返ると、あからさまに嫌味のある冷たい視線と、低くトゲのある声を向ける。

「ちょっと話しがあるんだけど・・・。」

「こんなブスに用でもあるの?」

思いっきり仕返しモードのアスカ。話しかけている男子は乾いた声で笑うしかない。

「あ、あの、昨日確か・・・・・恋人募集中とか、なんとか・・・・・」

「ああ、あんた達が笑ってくれた、あの事ね。」

「い、いや、あれは、じょ、ジョークだよ・・・ははハ。」

「あっそ。でも残念、もう定員が決まっちゃったの。」

「へ?」

「シンジに決まってるじゃない。」

「「「「「「えぇーーーー!!!」」」」」」

シンジ含め、周りの何十人の男子が同じ驚愕の声をあげている。

「だから、あんた達はお払い箱なの。」

「そ、そんな・・・・・考え直すって気は・・・・・」

「無し。」

分かりやすく、きっぱりと、響きよく、良い声で。

「そ、そんな・・・。」

「ましてや、あんた達なんか、アウトオブ眼中。」

「あ、あうとおぶ・・・。」

「まさか、あたしにアタックしようとしてたの?」

「そ、そうなンですが・・・。」

「アハハハハッ!!お笑いぐさだわ!いいわあんた、面白い事言うじゃない!」

「は、はぁ・・・。」

「座布団あげたい所だけど、無いから我慢してね。」

「へ、へぇ・・・。」

「ま、そういうことよ。分かったかしら?分かったなら、さっさと消えてくれる?」

「・・・・・・・・。」

「ほらほら、すごぉーく目障りだから、消えてちょうだい。」

「は、はい・・・・・。」

シッシッと、小動物を追い払うかのように手であしらうと、男子生徒達は後悔という言葉だけでは括りようのない気持ちを胸に、がっくりと肩を落としてゾロゾロと離れて行くのであった。

「やぁねぇ、なんて薄っぺらい男達なのかしら。浅はかにもほどがあるわ。」

「はは・・・。」

アスカの得意技である「10倍返し」の片鱗を目の当たりにし、その威力と恐ろしさを痛感したシンジ。もっとも、「10倍」というのは名ばかりである。

「それで、シンジはどうなの?」

「僕?」

「だからぁ、あたしはあんたと付き合いたいの。」

「え!あ、あの・・・」

「あたしじゃ、イヤ?」

潤んだ瞳で小首を傾げ、上目使いにお願いするアスカ。こんな顔されて断れる男は同性愛者に違いない。

「そ、そうじゃなくて、ぼ、僕なんかで、いいの?」

「なぁんだ。そんなくだらない事聞かないでよ。」

「え?」

「だってあんた、あたしにはもったいないくらい、いい男よ。」

「そ、そっかな。」

凛々しく真顔のアスカに「いい男」などと誉められてしまい、シンジは赤い顔で頭に手をやっている。

「で、どうなのよ。ねぇったらぁ。」

早く早くと急かすように、両手を胸の前で合わせてピョンピョンと跳ねているアスカ。

「うん、断る理由なんて無いよ。僕で良ければ。」

「うん!全然イイ!!やったぁ!!!」

改めて抱きつくアスカを、今度はシンジも優しく抱きとめた。

「それにしてもあんた。昨日のあたしに優しくして、得したわね。」

「そ、そんなつもりじゃ・・・!」

「んもう!ウソよ、ウ・ソ。ふふっ。」

「もう、アスカには適いそうにないなぁ。」

「あったりまえじゃん!これから覚悟しなさいよ?」

「ははっ、そうだね。」

そんなイチャイチャと身を寄せ合う2人をよそに、教室の隅っこでまっ白に燃え尽きている男子達。

(((((昨日のオレの・・・・・バカ・・・・・)))))

だが、これだけでアスカの10倍返しは終わらない。

なんと言っても、今日は「審判の日」。







1時間目。
相変わらず老教師のセカンドインパクト昔話が授業内容ではあるが、今日に限って、寝ている者はいない。特に男子達はかつてない緊急事態に必死の形相である。

(お、おい。どうやったら許してもらえるかな。)
(でも惣流さん、かなり怒ってるぜ。どうする?)
(しかも恋人が碇だぜ?信じられねぇよ。)
(まぁ、碇なんてこの際どうでもいいんだよ。まずは謝る方法考えようぜ。)
(そうだ、メールで謝るってのは?)
(いいねェ!お前頭いいじゃん!)

教室のあちこちからそんな感じの無駄話しがヒソヒソと聞こえてくるが、当のアスカはピッタリと席をくっつけたシンジの腕にしがみつきながら、その肩に頭を乗せて心地良さそうに寄り添っている。

「アスカ・・・・・恥ずかしいよ。」

「いいじゃん、昨日のお返しよ。見せつけてやりましょ。」

「で、でも・・・。」

「シンジだって怒ってたでしょ?」

「う、うん。そうだけど・・・。」

「あんたは優しすぎるのよ。あたしに任せなさいって。」

「参ったなぁ・・・。」

顔を赤くしながらも、困った様子で頭をさするシンジ。アスカに抱きつかれる事は嬉しいのだが、もう少し時と場所を考えて欲しいと言いたいらしい。

「あれ?アスカ、メールが来てるよ。」

「ん?なにかしら。」

アスカの端末の画面に受信の文字が点滅しているのを見た2人。転校して来たばかりというのに、誰からだろうと、アスカはシンジにしがみついたまま、片手で操作して確認してみる。

《受信、220件。》

「な、なんでこんなに!?」

表示された220という数字にシンジが目を疑うが、アスカはだいたいの見通しがついていた。

「たぶんね、あたしに謝って許してもらおうって魂胆よ。」

嘆息混じり言いながら、アスカがメールの題名一覧を表示させると、その推測が的中した事が分かる。

《題名:ごめんなさい。》
《題名:許して下さい。》
《題名:昨日はすいませんでした。》
《題名:後悔先に立たず。》
《題名:僕がバカでした。》
《題名:愛情の裏返しって知ってます?》
《題名:今日、宇宙の片隅で。第1話、僕の過ち。》

こんな感じの懺悔の言葉が延々と220件連なっていた。220という数字からして、他のクラスの生徒からも送られて来ているのだろう。

「こ、これって・・・。」

そう言いながらシンジが辺りを見回すと、クラスの男子生徒全員がアスカに懇願するかのような目を向けている事に気付く。中には両手を合わせてぶつぶつと神に祈りを捧げているような者もいる。

「ア、アスカ、どうするの?」

「決まってるじゃない。」

するとアスカは周囲の男子達に顔を向け、ニコリと愛想良く笑って見せた。

(((((お、おお・・・)))))

アスカの笑みに許しを得たと思ったのだろう。教室の男子達から安堵の声が漏れ出した。そして皆それぞれが感無量と言わんばかりに、近くの仲間と握手を交わしたり、ガッツポーズを取り合ったり、肩を抱き合って涙したりしている。

「アスカ・・・」

アスカの笑みに違和感を感じたのは気のせいだと、シンジがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。

カタカタカタ・・・・・カタンッ!

突如アスカが端末を操作し、さきほどの220件のメール全てにマークすると、一気に未開封削除。更に、その全てに受信拒否プロテクトをかけて返信。

「「「「「あああああああ!!!!!」」」」」

220個の端末の画面に表示された「受信拒否」の文字に、思わず立ち上がったクラスの男子達から悲痛な叫び声があがった。廊下からも同様の悲鳴が聞こえた事から、他のクラスでも同じ現象が起こっているに違いない。

「こらこら、授業中は静かにしなさい。」

「「「「「ううぅ・・・・・」」」」」

老教師に叱咤され、泣く泣く腰を降ろす男子達。同時に吐かれる無数の嘆息の中から、シクシクというすすり泣きまで聞こえる。この男子達、二度とアスカにメールを送信する事が出来なくなってしまったのだ。

「ア、アスカ・・・」

「これくらい、当然よ。」

崩れ落ちゆく男子達をどうしたもんかと、おろおろと困惑しているシンジの隣りで、ざまあみろと勝ち気な顔のアスカがフフンと得意げに鼻を鳴らしている。

「でも、今後の付き合いとかが・・・・・」

「べっつにぃ〜〜。あたしの中の男はシンジだけだもん。」

そう言ってアスカに抱きつかれてしまうと、シンジはまっ赤な顔で俯いて何も言えなくなってしまう。

そんなイチャイチャと身を寄せ合う2人をよそに、クラスのあちこちでまっ白に燃え尽きている男子達。

(((((ああ・・・・・時計の針が戻せたなら・・・・・)))))

だが、これだけでアスカの10倍返しは終わらない。

なんと言っても、今日は「審判の日」。





2時間目。体育。

この日も体育の授業は昨日に引き続き、男女合同で運動会に備えての競技練習が行われる事になっている。ただ昨日と違う所は、男女共にソワソワした様子はなく、気まずそうな顔でジッと体育座りを保っている所だ。

「よし、今日も二人三脚をやるぞ。男女それぞれペアを組め。5分以内な。」

ダダダダダダッ!

担当教師がそう言うや否や、シンジを除く男子達が一斉にアスカの前へと跪き、その頭を地に打ち付けた。世間一般で言う「土下座」というものだ。そして、その突然の光景を目の当たりにしたシンジと体育教師と女子は、ポカンと口を開けて呆然としている。

「「「「「昨日はご迷惑をおかけしました!どうかお許しを!」」」」」

「ねぇ、そんなに許してもらいたいの?」

腕を組み、遙か高みから見下ろすようにアスカ。どこか憐れむような口調である。

「「「「「はっ!失礼つかまりますが、その通りでございます!!」」」」」

「ふぅん。で、なにが望み?」

「「「「「よろしければ・・・・・否ァ!願わくば!アスカさんと二人三脚のペアをそれがしに!」」」」」

「ちょっと、誰が名前で呼んでいいって言った?」

アスカのご機嫌を損ねてしまい、一気に青ざめる男子達。すると、一番前で土下座をしているリーダーらしき男子が、後ろの男子の胸ぐらを掴み上げた。

「このバカ野郎がッ!誰が惣流さんを名前でお呼びしろと言ったッ!」

「ひぃぃぃぃ!なんでボクだけ!?」

「うるせぇ!その体で詫びろッ!」

ドカッ!

「ぎゃあ!」

まるでどこぞのヤクザである。そんな内戦をよそに、アスカはシンジを呼び寄せて満面の笑みでその腕にしがみついており、ニコニコと頬ずりしているその様子は、すっかりご機嫌を取り戻しているようだ。

「まぁまぁ、そのくらいにしときなさいよ。」

「はっ!これはお見苦しい所を失礼でした!」

深々と一礼すると、定位置に戻ってビシッと正座するリーダー。改めてアスカに許しを乞う。

「では、どのようにしたらお許しを頂けるのでしょうか。」

「そうねぇ、じゃ、3回まわってワンとでも言ってもらいましょうか。」

「「「「「ぐッ!」」」」」

ビクッと電撃が背筋を駆け抜け、脂汗を額に浮かべながら言い詰まってしまう男子達。「3回まわってワン」など、屈辱である事この上ない。

「別に無理してやんなくてもいいわよ。あたしはシンジが居ればいいんだし。」

そう言ってシンジに寄り添い、その場を後にしようとするアスカ。男子達の薄皮一枚のプライドを砕くには、効果抜群であった。

「「「「「やります!いいえ!やらせて下さい!」」」」」

「そう?じゃ、やって。」

「おい野郎ども!気合い入れて行けよ!」

「「「「「はい!」」」」」

リーダーがドスの効いた声で「3回まわってワン」に気合いを入れろと呼びかける。皆、緊張の張りつめた面持ちだ。

「じゃあ、あたしの合図でスタートね。」

「「「「「お手数です!」」」」」

「行くわよ、準備はいい?」

ゴクリ・・・・・

「アン、ドゥー、トロワ!」

ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサッ!!!

合図と共に、その場でガサガサと四つ足で這い回る男子達。体育教師はくわえていた笛をポトリと落とし、女子達は口に手をやってシンジラレナイといった顔でその光景を凝視している。「3回まわってワン」をするその姿は、はたから見れば恐ろしく稚拙なのだが、本人達は真剣そのものである。一時の恥じと、美少女アスカとの交際権。天秤にかければ一目瞭然だ。

(((((1周!)))))

ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサッ!!!

(((((2周!)))))

ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサッ!!!

(((((3周!)))))

そして、全身全霊を込めて。

「「「「「ワン!!!」」」」」

(((((決まった!)))))

うっすらと涙を目に、心の中でガッツポーズの男子達。

・・・だが、現実は厳しかった。男子達の視界から、アスカとシンジの姿がこつぜんと消えている。すると、遠くのほうから声が聞こえてきた。

「ねぇ、シンジぃ。二人三脚なんて初めてだから、教えてね。」
「ほら、まず、足をこうやって結ぶんだ。」
「あーーん。これじゃ歩けなぁーーい。」
「だから難しいんだよ。」
「ま、いっか。シンジと一緒だしぃ。」
「そ、そんなくっつかないでよ。」

遙か遠くでイチャイチャと抱き合いながら二人三脚を練習しているシンジとアスカ。どうやら「3回まわってワン」をやってる間に、完全に切り離されたらしい。

「「「「「・・・・・・・・。」」」」」

そんな2人を遠目に、犬のポーズのまま、まっ白に燃え尽きている男子達。

(((((・・・・・汚されちゃった・・・・・。)))))

だが、これだけでアスカの10倍返しは終わらない。

なんと言っても、今日は「審判の日」。





4時間目が終わり、昼休み。

2時間目の体育以来、2−Aの男子達は一人を除き、げっそりとして机に突っ伏している。こうも揃いに揃って突っ伏していると、はたからはとても不気味な光景である。

「シーンジっ!お弁当食ーーべよっ!」

「う、うん・・・。」

飢えるようにうつろな目が周囲から注がれているのを肌で感じながら、シンジはおずおずとアスカと席をくっつける。

「はい、シンジ、あーーーんして。」

「え、あ、あの・・・」

「あーーっ。反抗する気ねっ!このっ!」

恥ずかしがって口を開けようとしないシンジに、アスカは抱きつくと、その首筋あたりに頬ずりをする。

ボンッ!

するとシンジの顔が爆発し、赤い顔のまま硬直して震える口をぱっくりと開けた。

「ほら、やれば出来るじゃない。」

そしてポカンと開けられたシンジの口に、弁当のおかずをひょいと入れるアスカ。元気いっぱい、幸せいっぱいである。

「「「「「っっっ〜〜〜〜〜!!!」」」」」

何度生まれ変わろうが体験出来ないであろう、この夢のシチュエーションをまざまざと見せつけられ、周囲の男子達が唇を噛み締め、血の涙を流している。まさに生き地獄だ。

「じゃあ今度は、シンジが食べさせて。」

「えーーー!」

「・・・・・ひどい。」

しょんぼりと俯き、顔を手で覆ってしまったアスカ。嘘泣きは18番だ。

「わ、わかったよ。食べさせてあげるよ。」

「やった!はい、食べさせて!」

けろりと満面の笑顔のアスカだが、その口がなぜか閉ざされているので、シンジは食べさせてあげる事が出来ない。

「ちょ、ちょっとアスカ。口を開けてよ。」

「シンジが抱きしめてくれたら、口開けてあげる。」

「えーーーーー!」

「・・・・・ひどい。」

またしても俯いてすすり泣きするアスカ。自分のせいで女の子を泣かせた事の無いシンジは、居ても立ってもいられなくなってしまう。

「も、もう・・・分かったよ。」

目を逸らしながら、アスカの背中へと片手を回してちょっとだけ引き寄せるが、アスカの口は数ミリ程度しか開かなかった。

「そんなんじゃ、これくらいしか口を開けられないわ。」

「そ、そんな・・・」

「もっと強く抱きしめてよ。」

「う、うぅ・・・」

シンジは目をグッと強く瞑り、さらに引き寄せるが、アスカの口はこれまた数ミリ程度しか開いてくれない。だが、シンジにとってはこれが精一杯の勇気。

「ア、アスカ、勘弁してよ・・・」

「イヤよ。もっと。」

つーんと顔を背け、断固として譲る気配がない。

「ぐぐぐぐ・・・・・」

(勝って兜の緒を締めよ!勝って兜の緒を締めよ!勝って兜の緒を締めよ!)

お得意の自己暗示を目一杯かけ、意を決したシンジ。カッと目を見開くと、一気に力の限りアスカを引き寄せた。

「ちくしょぉぉぉーー!!」

ガバッ

「キャ!」

予想以上に思い切り抱きしめられ、アスカもびっくりしてしまう。捨て身覚悟のシンジは手加減が出来ないのだ。

「シ、シンジ・・・・・くるしいよ。」

「ご、ごめん!」

闇雲に抱きしめた為、慌ててアスカを解放したシンジ。2人とも、顔をまっ赤にして俯き、心臓がバクバクと動悸してしまっている。

(((((おのれェェ〜〜!怨めしィィィィィ〜〜〜〜〜〜!!!)))))

そして、そんなシンジに、周囲の男子達がハンカチを食いしばりながら無数の怨念を浴びせている。だが、声には出せない。今シンジに罵声を浴びせようものなら、アスカに嫌われてしまう事など、想像に容易いからだ。

「ご、ごめんね、シンジ。素直になれなくて。」

「いいよ、別に。アスカは無理しないでよ。」

「そ、そうかな。」

「うん。それよりほら、早く食べようよ。」

「ふふっ、じゃ、食べさせて。」

「はい、口開けて。」

「あーーーーん。」

そんなイチャイチャと食べさせ合う2人をよそに、クラスのあちこちで完全にまっ白に燃え尽きた男子達。

(((((・・・・・青い春なんて・・・・・あるもんか・・・・・)))))

そして、丁度クラスの男子達の精神を破壊した所で、めでたくアスカの10倍返しは完了。同時に、多くの犠牲者を出した「審判の日」が、ようやく終焉を迎えた瞬間だった。





そして帰りのホームルームが終わり、放課を迎えた第壱中学校。
今日は土曜なので、午前中で授業が終了している。

「シーーンジっ!一緒に帰ろっ!」

「うん。帰ろうか。」

ホームルームが終わるや、机に突っ伏している男子達には目もくれず、速攻でシンジの腕を絡め取って教室を後にするアスカ。心なしか、教室に白髪の生徒が目立つのは気のせいか。





帰りの通学路。

「それにしてもさ、アスカがこんなに変わるなんて、驚いたよ。」

「へっへーーん。アスカ様特製、特殊メイクよ。」

「特殊メイク?」

「これよ、これ。」

そう言って昨日被っていた覆面パックを取り出すアスカは、とても自慢げだ。だが、ただでさえ「ドブス」を意識して作られている上、でろんと伸びきっているそれは薄気味悪い。

「な、なにコレ?」

「これを昨日、あたしが被ってたの。」

「そうだったんだ・・・・・、てっきり、整形かと思ってたよ。」

「んま!そんな事しないわよ!」

「ははっ、でもさ、どっちにせよアスカに変わりはないからね。」

「そーゆーことっ!」

元気一杯の笑顔でシンジの腕にしがみつくアスカは、やはりシンジは分かってくれてると、心底嬉しさで溢れ帰っている。だが、シンジはどうしてそんな事をしたのかが分からない。

「でもさ、なんでまたこんな事したの?」

「だってさ、あたしが今まで見てきた男って、みんな上辺だけだったんだもん。」

「そう・・・なんだ。」

「それにシンジだって今日見たでしょ?初日からあたしがこのまま行ってたら、男共がもっとつけ上がってたわよ。」

「そ、そっかな・・・。」

「そ。で、外見だけじゃなくって、ちゃんとあたしを見てくれる人を探してたの。」

「それが、僕だってって事?」

「そういうこと!やっと見つけたんだからっ!」

「あ、ありがとう・・・。」

別段意識して振る舞っていたのでもないのだが、まるで世界中の男達から唯一選ばれたようで、気恥ずかしくなってしまったシンジはポリポリと頭を掻いている。

「お礼なんか言わないでよ。あたしが言いたいくらいなんだから。」

「うん・・・。」

「でも、今日のあいつらの驚いた顔ったら、面白かったわぁ〜。ああいうのを醜態を晒すって言うのよね。」

「もしかして、前の学校とかでもこういう事してたの?」

「あったりまえじゃん。あたしの転校、イコール男探しだもの。」

「すごい・・・。」

同時に犠牲になった生徒達はいったい何百人いるのかと想像し、軽い目眩を覚えるシンジ。

「まぁでも、もう転校の必要は無いけどね。」

「あ・・・。」

チラリと視線を送って来たアスカの言わんとしている事の意味を理解したシンジは、まっ赤になって俯いてしまった。

「でも、明日からみんなにどうやって話しかけたらいいのかな・・・。」

今日散々、怨念の込められた視線を浴びせられていたので、男子達とのこれからの友好関係が危ぶまれるシンジ。

「あんたバカぁ?あんたはあたしだけを見てればいいの。あたしもあんたしか見てないんだから。」

「え!?そ、その・・・」

「ほら、なに考え込んでんの?さっさと行くわよ!」

自分で言った言葉に恥ずかしさを感じたのか、それを誤魔化すようにシンジの手を取って走り出す。

「ど、どこに行くの?」

「あたしの家よっ!ママに紹介するに決まってるじゃないっ!」

「えぇ!?なんでだよ!?」

んもう!この鈍感さえなければ、最高なんだけどなぁ・・・
ま、でも、こんなシンジにあたしは惹かれたのよね!

「あんたバカぁ?」

「へ?」

「あたしを惚れさせたんだから、10倍にして返してもらうのよっ!」

そう告げるアスカの笑顔は、午後の陽の光りに溶け込むように眩しく輝いている。




 (fin)


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