「二人の軌跡」
昼休み。体育館裏。
「ごめんなさい。悪いケド、お断りするわ。」
「は、はは・・・、そうですか・・・。」
「じゃ、そういうコトで。」
体育館裏で男子から告白を受けたアスカが断りの旨を伝えてその場を後にすると、その男子の周りに、物陰から見ていた他の男子達が駆け寄ってきた。
「お、おい、どうだった?」
「惣流さん、OKしてくれたか?」
「一番モテるお前だからOKだったよな!?」
質問の嵐を受けながら、告白した男子はポリポリと頭をかいて、バツが悪そうな顔をしている。
「い、いや、ダメだった。」
「はぁ、お前でもダメなのかぁ・・・。」
「あいつがいなくなって1年も経ったからいけると思ったんだけどな。」
はぁーっと肩でため息をつきながら、男子達はトボトボと教室に戻って行った。
((2年A組))
昼休みに男子から告白を受けて教室に戻って来たアスカは、自分の席の周りを十数人の女子達に囲まれていた。
「どうだった惣流さん!?返事はなんてしたの!?」
「バレー部のキャプテンからの告白だったんでしょ!?」
「あんなカッコイイんだもん!もちろんOKしたよね!?」
先ほどアスカに告白をしたバレー部のキャプテンは、容姿、頭脳ともに全校男子の中でもトップを争うアイドルなので、女子達はアスカが二つ返事でOKしたと思っている。
「ううん。断ったケド。」
あっさりと言うアスカに、ひきつる十数人の女子達。
「ええええええええーーーーーーーーーーーー!!!」
「うそぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーー!!!」
「なんでぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーー!!!」
「な、なによ。そんなに驚くコト?」
絶叫に近い金切り声のコーラスをサラウンドで聞かされたアスカも、そのリアクションの大きさに驚いている。
「どーしてどーして!?彼のどこが気に入らなかったの!?」
「ファッション雑誌のモデルにも出たのよ!?」
「スポーツ万能、頭脳明晰!非の打ち所がないくらい完璧じゃない!」
「だって、あたしの好みじゃないし。どんな人かも分からないのに付き合えないわよ。」
「ええーー、そんなもったいなーーい。」
思い切り取り乱した様子の女子達をよそに、アスカは平然としながら次の授業の教科書を机の中から出している。
「惣流さんて、そんなに碇君が好きなの?」
「う、ま、まぁね。」
もはやシンジとの関係は公然となっているコトなので、今さら隠すコトでもないが、面と向かって言われるとやはり恥ずかしいものがある。
「ねぇ、碇君のどこがいいの?」
「碇君、いっつもドジばっかりだし、情けなさそうだし・・・。」
「ちょ、ちょっと!勝手にばかシンジの悪口言わないでよ!」
「だって・・・、ねぇ・・・。」
お互いそれぞれ見合わせる女子達。今まで適当に受け流してきたアスカだが、シンジの悪口とあっては話しは別。みすみす聞き流すワケにはいかない。
「た、確かにあいつはバカだけど、そこいらの男たちより全然カッコイイんだからっ!」
「そうかなぁ・・・、私、キャプテンの方が全然カッコイイと思うし、頼りになると思う んだけど・・・。」
うんうんと頷く女子達。
「あ、あんなヤサ男とシンジを比べないでよっ!シンジのコト何も知らないくせにっ!」
「そりゃあ、碇君のコトは惣流さんほど知らないケドさぁ・・・。」
ぷんぷんとご立腹のアスカと、納得いかない女子達だったが、先生が教室に入ってきたので席に戻った。
その後も、校内一のアイドル男子をフったアスカの噂を聞きつけた他のクラスの女子達から、嵐のような質疑応答を余儀なくされたアスカであった。
((アスカの部屋))
今日一日、さんざんの質問やらで色々と疲れたアスカはベッドの上に寝転がっている。しかし、そんな疲れなど、とうに吹き飛んでいた。
「シンジ・・・、明日帰ってくるんだ・・・。」
ベッドで寝返り、手に持っている一枚の写真を見つめる。
「シンジぃ・・・、あたし、ずっと待ってたんだからね・・・。」
写真に写っている少年に、微笑みかける。
「いっぱい告白とかされたケド、あんたのために全部断ったんだから・・・。」
そして、写真を胸にギュッと押しつけて、大きく深呼吸する。
「あたしは、あんただけなんだから・・・。」
待ちきれない明日へ胸を高鳴らせながら、アスカは目を閉じると、おもむろに過去の思い出を回想し始めた。
二人で歩んできた、二人の軌跡を。
・
・
・
((8年前、小学1年生))
第3新東京市、第壱小学校。
夕暮れ、赤い太陽の陽が差す校庭で、小さな赤いクツをかざしながら走り回る3人の男子達と、それを追いかける赤毛の女の子がいた。
「やーいやーい、惣流の赤オニーー。」
「赤オニのクツを取ったぞーー。」
「あの青い目ににらまれたら石になっちゃうから気をつけろーー。」
「あたしのクツかえしてよーー。」
小学校の生徒達の中でも一人だけ赤い髪、青い目が際だつアスカは、何かといじめられる対象だった。
「わーー。赤オニがおっかけてきたーー。にげろーー。」
「かえしてよーー。かえしてよーー。」
「えーーい、なげてやれーー。」
ヒューーーン
「あーーーっ。」
「いまだーー。にげろーー。」
ジャングルジムのてっぺんに引っかかったクツを、アスカが見上げているスキに、男子達は離れた校門の陰まで逃げて行った。
「・・・・・・・・。」
しばらくクツを見上げていたアスカだったが、登って取りに行く気力も失せたのか、近くにあるブランコに腰を降ろした。
キーーコ、キーーコ
寂しそうな顔でブランコを小さくこぎながら地面に視線を落としていると、不意に声をかけられた。
「だいじょーぶ?」
俯いていた顔をあげて見ると、気の弱そうな男の子が心配そうに顔を覗き込んでいた。名札の色を見ると同級の1年生であることが分かる。
「・・・あっちいって。」
「クツ、とってきてあげるよ。」
「やめて。そんなコトしたら、あんたもあいつらにいじめられるわよ。」
アスカは校門を指さす。確かに、さきほどの男子達が校門の陰から顔を覗かせているのが遠目に見える。
「でも・・・。」
「いいの。あたしは赤オニだから。」
「うーーん・・・。」
気の弱そうな少年は少し考え込んだ素振りを見せたあと、おもむろにジャングルジムに向かって行き、よじよじと登り始めた。
「やめてっ。あんたもいじめられるわよっ。」
「だいじょーぶ。ぼくもいじめられっこだから。」
「ばかっ!いいからおりてくるのっ!」
「だいじょーぶだよ。もうすこし。」
アスカの必死の制止の言葉も聞かず、少年はクツを取って戻ってきた。
「はい。クツ、とってきたよ。」
「・・・・・・。」
笑顔でクツを差し出すが、アスカは俯いたまま受け取ろうとしないので、少年はしゃがみ込むと、アスカの小さい素足にクツを履かせてあげた。
「あんた・・・、ばかなのね。」
「あはは、よくいわれるよ。」
「そうよ。赤オニのあたしにかまうなんて、ばかよ。」
「ねぇ、さっきもいってたけど、赤オニってなに?」
シンジの素朴な問いにアスカは少し考え込んだが、やがて自分の赤い毛と青い目を指さしながら説明し始めた。
「みんなとちがって、かみの毛が赤いでしょ?目も青いの。だから赤オニだって。」
「へえー、でも、ぼくはキレイだと思うけどなぁ。毛も、目も。」
「え、ホント?」
「うん。いいなぁ、青い目なんて。おかあさんのホウセキみたいにキレイだよ。」
「そ、そう・・・。」
他人から初めて言われた、キレイという言葉に、アスカは戸惑いを隠せずに俯いてしまっている。
「あれ?どうしたの?顔がまっかっかだよ。」
「・・・キレイだなんていってくれたの、あんたが初めて。」
「そうなんだ。ぼくが初めてなんて、みんなへんなのー。」
「あんた、なまえはなんていうの?」
「碇シンジだよ。」
「あたし、惣流アスカ。これからはアスカってよんで。」
「うん。ぼくもシンジでいいよ。」
「うんっ。しんじっ。」
ニッコリと笑ってくれるシンジに、アスカも、この日初めての笑顔を作った。同時に、日本に来て初めて他人に見せた笑顔。
「ねぇあんた、いつもひとりで帰ってるの?」
「うん。あすかは?」
「あたしもひとり。あしたから、いっしょに帰りましょうよ。」
「うん。いいよ。」
仲良く手を繋ぎながら、二人は家路を歩いて行く。
こうしてこの日を境に、アスカはシンジとの出会いを果たしてからというもの、明るく元気になっていった。
((小学2年生))
「しーんーじー、あーそーびーまーしょー。」
毎週日曜日、アスカがシンジの家に遊びに来るのは、1年間ずっと欠かさず続けられている習慣だ。雨の日も、雪の日も。
「しーんーじー、あーそーびーまーしょー。」
インターホンにはまだ手を伸ばしても届かないので、大声でシンジを呼ぶのがアスカ流のしきたりだ。
ガチャッ
「あーーら、アスカちゃんこんにちわ。」
「こんにちわ、おばさま。しんじいますか?」
「はいはーーい、ちょっと待っててねーー。」
これもいつもの、ユイとアスカのやりとり。アスカはいつも通りユイからもらったキャンディをコロコロと舐めながら玄関で待っていると、ユイがシンジの手を引っ張って戻ってきた。
「しんじっ、おそとに遊びにいくわよっ!」
「うーーん。わかったぁ・・・。」
シンジは寝起きらしく、パジャマのままアスカに手を引っ張られてフラフラと連れ出される。もちろん、これもいつものコト。
「行ってらっしゃーーい。車には気をつけるのよーー。」
「はーーい。いってきまーーす。」
シンジの代わりに威勢良くアスカが返事をするのも、いつものコト。
公園。
「しんじっ!いいかげん、目ぇさまして!」
「うーーん。ねむいよぉーー・・・。」
今だ寝ぼけ眼でボーーッとブランコに座っているシンジの頭を覚まそうと、ぺちぺちと両手で頬を叩くアスカ。
「しんじ、おとこでしょっ。おきてっ!」
ぺちぺち
「あすかぁ・・・、まだねむいよぉ・・・。」
シンジが眠いのも無理はない。現在の時刻は午前7時。日曜日に子供が起きるには早すぎる時間だ。
「あんたが起きてくれなきゃ、シーソーできないじゃないのっ。」
ぺちぺち
「うーーん、ぼくはいいよぉ・・・。」
「もうっ!しらないっ!ばかしんじっ!」
ぺちーーーーーんっ!
誰もいない朝早くの公園に乾いた音を響かせて、アスカはぷんぷんと頬を膨らませながら、仕方なくシンジの隣りのブランコをこぎ始めた。
「ばかしんじっ!ばかしんじっ!ばかしんじっ!」
キーコ、キーコ
「あすかぁ、ブランコに立ってこいだら危ないよぉ。」
「ばかしんじっ!ばかしんじっ!ばかしんじっ!」
キーコ、キーコ
ブランコを勢い良く立ちこぎするアスカ。心配するシンジの言葉も聞かず、アスカはぷんぷんと頬をふくらませて、さらにこぎ続ける。
「ばかしんじっ!ばかしんじっ!ばかしんじっ!」
キーコ、キーコ、ズルッ
「あっ!!!」
不意に、ブランコから足を滑らせてしまったアスカが、宙を舞う。
「あすかっ!!!」
ドサッ
「しんじぃっ!!!」
自分の体の下でつぶれているシンジを慌てて抱き起こすアスカ。
「うーーん、あすかぁ・・・。」
シンジは駆け寄って受け止めようとしたが間に合わなかったので、落ちるアスカの体の下敷きになることでショックを吸収したのだ。
「しんじっ!しんじっ!だいじょうぶ!?」
「うん、ちょっとヒザすりむいちゃったけど、だいじょうぶだよ。」
背中でアスカを受けて、うつぶせの格好で地面にぶつかったシンジは幸い大事には至らなかったものの、ひざをすりむいてしまっていた。
「それよりあすかは、だいじょうぶ?どこもいたくない?」
「しんじぃ・・・。」
自分のケガなど見向きもせずアスカの体を心配するシンジに、じわりと、蒼い瞳に涙がたまる。
「ごめんねしんじぃーーーー!うわーーーーーんっ!」
「な、なかないでよあすかぁ。」
おろおろとするシンジに抱きつき、わんわん泣くアスカ。
この日を境に、アスカは思いやりと優しさをちょっとずつ身につけていった。
((小学4年生))
放課後の教室。
「こんにゃろ、ドジの碇のせいだぞっ。」
「そうだそうだっ。」
「ご、ごめんよぉ。」
4年生になり、高学年と呼ばれるまでに成長したシンジだったが、悲しくもいじめられっ子という身分には変化が無かった。
「お前が黒板消し落としてくれたおかげで、せっかくの掃除が台無しじゃないか。」
「や、やめてよぉ。」
教室の隅にまで追い詰められて、男子達にほうきで突っつかれていると、それまでゴミ捨てに行っていたアスカが戻ってきた。
ガラッ
「あっ!あんたたちシンジに何やってんのよっ!」
「うわっ、惣流が戻ってきたぞっ。にげろーー。」
アスカも高学年となってからは今までのように赤オニ呼ばわりされることはなかったが、そのショートカットの髪型と、いつも決まってスカートを履かないジーパンの服装、なによりその男勝りな性格が原因で別の呼び名がついてしまっていた。
「惣流のオトコオンナが追ってくるぞーー。にげろーー。」
「まてぇーーーーっ!」
いじめられたシンジの仇をうつべく、怒りの表情で拳を振り上げながら男子達を追いかけ回したものの、結局は逃げられてしまった。
「ちっくしょー。逃げ足の早いやつらね。」
「ア、アスカぁ。」
ほっとしているのか、情けない顔で見上げてくるシンジに、アスカはいつもの腰に手をあてたポーズで見下ろす。
「シンジもシンジよっ。いつまでもあんなやつらにいじめられてんじゃないわよっ。」
「う、うん、ごめんねアスカ。でも助けてくれてありがとう。」
しりもちを付いていたシンジを、アスカは叱咤しながら、パンパンとズボンのほこりを払って立ち上がらせてやる。
「まったく、あたしが庇ってばっかりだから、オトコオンナなんて呼ばれちゃうじゃない のよっ!」
徐々に女の子らしい発育をしてきたアスカだったが、そのショートカットの髪型と気の強そうな目という、いわば美少年という方がしっくりくる外見だった。
「ごめんねアスカ。ぼくのせいで・・・。」
「謝るくらい分かってるんなら、もっと強くなるのよっ。」
「うん。頑張るよ。」
「よしっ、その意気よっ。あたしだって、オトコオンナなんて呼ばれていい気はしないか らね。」
あまり気にしていない素振りを見せてはいるものの、このオトコオンナという呼び名には、アスカは密かにコンプレックスを持ち始めていた。
でも、あたしも、少しは女の子らしくしないと・・・。
オトコオンナなんて呼ばれてるようじゃ、いつまでたってもシンジの彼女にはなれないし・・・。
「じゃあアスカ、帰ろうか。」
「え、ええ。そうね。」
ちょうどいい機会だし・・・、
今日こそ勇気を出して、シンジに見てもらうのよ、アスカっ・・・!
帰りの通学路。
それまで楽しくおしゃべりしていた二人だったが、先に見える十字路で、それぞれの家路に別れることとなる。
「じゃ、アスカ、また明日ね。」
「あ、あのっ、シンジっ。」
「ん?なに?」
「え、えと・・・。」
赤い顔で地面に視線を落としながら、もじもじとしながら、アスカは勇気を振り絞って、おずおずと口を開いた。
「そ、その・・・、シンジに、見せたいものがあるの・・・。」
「え?ぼくに?」
「うん・・・、だから、今日さ、ちょっと、ウチに来てほしいんだけど・・・。」
「うん、いいけど。」
アスカの家、玄関前。
「ちょ、ちょっとここで待ってて。」
「え、うん。」
アスカ、どうしちゃったんだろう?
ぼくに見てもらいたいものって何かなぁ。
玄関先で待たされるシンジは、どこかいつもと違う様子のアスカを不思議に思いつつ、しばらく待っていると、ゆっくりと玄関のドアが開いた。
ガチャ・・・
「あっ!アスカ!?」
玄関から遠慮がちに出てきたのは、まっ赤な顔のアスカだが、シンジが驚かされたのは、そのミニスカートの姿。
「ど、どう・・・、かなぁ。」
後ろで両手を合わせて、もじもじとしながら恥ずかしそうに上目遣いで見てくるアスカ。もちろん、すでにその顔はまっ赤である。
「やっぱり、あたしにスカートは、似合わない・・・、かなぁ。」
いつも男勝りでジーパン姿のアスカしか見たことの無かったシンジは、アスカのミニスカートなど想像もつかなかったが、いざ目にして見ると、この上なく似合っていて可愛い。
「あ、あのっ、すごく、似合ってるよ。」
「ホ、ホント!?」
「う、うんっ。」
すっかり顔を赤くしているシンジに気を良くすると、アスカは舞い上がりたくなるような嬉しさと同時に、なんだか勇気が沸いてきた。
「あ、あのねっ、この前、デパートでサルのぬいぐるみも買ったのっ。だから、それも、 シンジに見てもらいたいんだけどっ。」
「うん。いいよ。」
「あ、あたしの部屋にあるのっ。」
シンジの手を引っ張って家の階段を駆け上がるアスカは、今まで女の子らしくするのは何だか性に合わないと恥ずかしがっていたが、今はそれがウソのように嬉しくてしょうがない。
こうしてこの日を境に、アスカは、どんどん女の子らしくなっていった。
((小学6年生))
この頃になると、アスカの短かった髪は腰に届くくらいまで長くなっており、クォーターとあって発育も良く、ボーイッシュな面影はどこへやら、アスカは誰もが認める美少女となっていた。
スタスタスタスタ・・・
廊下を歩けば、誰もが振り返る。以前の赤オニやらオトコオンナやらの呼び名は、時空の彼方に消え去っていた。
「シーーンジっ。」
「あっ、アスカ。」
6年生になる時のクラス替えで、惜しくもクラスの離れてしまったシンジのため、今日もアスカは弁当を作って持ってきたのだ。
「はいっ、お弁当っ。」
「いつもありがとう。助かるよ。」
「こんな美少女に毎日お弁当作ってもらえるなんて、ありがたく思いなさいよねー。」
「うん。アスカのお弁当は本当においしいから、いっつも楽しみなんだ。」
「えっへへーー、あったりまえじゃんっ。このあたしの手作りなんだからっ。」
「じゃ、さっそく食べようか。」
「うんっ。」
教室中の男子達の羨望の眼差しを一身に受けながら、シンジはアスカと仲良く机をくっつけると、今日も楽しい昼食を過ごしたのだった。
((そして1年前、中学1年生))
シンジの父、ゲンドウの仕事上の関係で、シンジは急遽引っ越しすることが決まってしまっていた。
「シンジ・・・、ホントに引っ越しちゃうんだ・・・。」
今週の日曜もシンジの家に遊びに来ていたアスカだったが、部屋の荷物はほとんどダンボールにつめられており、部屋の中はガランとしている。
「ごめん・・・。でも、1年後には絶対に帰ってこれるから。」
「ふぅーーん・・・。」
手持ちぶさたに、開いているダンボールの中身を一つ手に取るアスカの後ろで、シンジが申し訳なさそうに頭をかいている。
「可愛い幼馴染みを捨てて、遠く引っ越すなんて、あの弱虫シンジもずいぶんとご立派 になったもんねぇーー・・・。」
「そ、そんな、捨てるだなんて・・・。」
「無敵のシンジ様は、こんな我が侭でブサイクな女じゃお気に召さないのかしら?
ふんっ、どーせあたしは魅力ないわよ。」
「だ、誰もそんなコト・・・。」
嫌味ったらしい口調で言われるが、シンジはどうしたらアスカの機嫌を取れるのか分からずに、おろおろとするしかない。
「そ、その、お詫びって言うのもなんだけど・・・、今、僕に出来るコトなら何でもする よ。」
明日には、もう日本を後にしてしまう。アスカと会える最後の日くらい、お互い笑顔で過ごしたいシンジは、どうにかアスカの機嫌が直るなら、土下座でも何でもするつもりでいた。
「ウソね。」
「ウソじゃないよっ。ホントだって。」
「じゃ、キスして。」
「えっ!そ、それは・・・。」
「ほーーらね。」
「だ、だって・・・。」
「はぁーーぁ、1年もかぁーーー。」
両肘をダンボールの上に乗せて頬杖をつきながら、アスカは遠い未来に思いを馳せる。これから365日もシンジと会えないと思うと、憂鬱で仕方がない。
「あたし、シンジのコト忘れちゃうかもなぁーー・・・。」
「えっ、そ、そんな・・・。」
ワザと張りの無い落ち込んだ声で言ってやると、案の定、ぎょっとしたシンジが慌てた顔をしている。
もうっ、ウソに決まってるでしょっ。ばかシンジっ。
しょうがないわねぇ・・・。
どうしたら良いか分からず、がっくりと肩を落としているシンジの頬に両手を添えて顔を上げさせると、アスカは真剣な顔で正面からジッと見つめかけた。
「ア、アスカ・・・!?」
「シンジ、今回の引っ越しは、シンジのパパの仕事の都合だからしょうがないし、1年た てば帰って来てくれるから特別に大目に見てあげる。」
「ホ、ホント?良かった・・・。」
許しを得て、シンジはほっとするが、依然とアスカの真剣な眼差しは続いている。
「でもね、そのかわり、3つだけ約束して。」
「え、う、うん。」
神妙な口調のアスカの、これまでにない真剣さを察して顔を引き締めるシンジ。
「1つ。1日1回は、あたしに電話して、あたしから手紙が届いたら、その日の内に返事 を書いて出すコト。」
「・・・・・うん。」
「2つ。向こうに行っても、決してあたし以外の女を好きにならないコト・・・。」
「・・・・・うん。」
「3つ。絶対に、1年たったら帰ってくるコト・・・。」
「・・・・・うん。」
一つ一つの約束に、ありったけの想いを込めて言ったアスカ。
一つ一つの約束に、ありったけの想いを込めて頷いたシンジ。
二人だけの、神聖な約束が交わされた。
「・・・分かった?約束、だからね。破ったら、承知しないんだから。」
「うん。約束する。絶対破らない。」
「・・・よし。」
緊張の糸が切れたのか、それとも必死にせき止めていた感情が溢れ出したのか、アスカはシンジの胸に顔を埋めると、くぐもった鳴き声を上げ始めた。
「ぐすっ、うっうっ、ひっく。絶対、帰ってきてきなさいよねっ。ぐすっ。」
「そ、そんな泣かないでよ。手紙だって出せるし、電話でだって話せるじゃないか。」
「ばかぁ、そんなコト分かってるわよっ。ぐすっ、気持ちの問題よっ、気持ちのっ。」
もうっ・・・、シンジのやつ、ロマンチックじゃないんだからぁ・・・。
こうして翌日、シンジは両親と共に、第3新東京市を、そして日本を離れて行った。
同時に、アスカの長く憂鬱な、カラッポな一年間が始まった瞬間であった。
・
・
・
そして時は戻って、西暦2015年。現在。
空港でシンジを待つアスカ。何度か交わしたエアメールで、空港の3番ゲート前の椅子で待っている旨を伝えておいたのだ。
シンジ・・・、まだかしら・・・。
なんか、緊張するわね・・・。
目一杯気合い入れてきた服装や髪をサッサッと手直しして、腕時計の時間を見る。もうそろそろ、目当ての便の乗客が来る頃だ。
ガヤガヤガヤガヤ・・・
目先のゲートから乗客が出て来ると、ベルトコンベアーの荷物置き場で賑わい始めた。あの人混みのどこかに、シンジがいるはずだ。
シンジ・・・、どこかな・・・。
やだっ、なんかドキドキしてきゃった・・・。
動悸してやまない胸をキュッと片手で押さえながら、アスカは椅子から立ち上がってシンジを探す。
「あっ・・・!」
遠目で混雑している人混みの中、見覚えのある家族の姿が目に映った。
シンジ・・・!
間違いない。見間違うはずがない。
あのどこか情けなさの感じる顔立ち、どこか気の弱そうな雰囲気、あの優しそうな瞳。
そう、アスカの大好きな、シンジだ。
長い長い1年間、ずっと待ち焦がれていた、シンジだ。
「シンジぃーーーーーーーーーっ!!!」
「アスカっ!」
離れた場所でシンジがこちらに振り向いたのを合図に、アスカは走り出す。
空港の人目など関係ない。
アスカには、視界の先に笑顔で待っている少年の姿しか見えていない。
「おかえりシンジっ!!!」
勢いのまま飛びつくアスカ。
抱きとめるシンジ。
「ただいま、アスカ。」
こうして、二人の回想の思い出に、また新たな1ページが加わった。
さらに厚みを増した、二人の軌跡。
これからも増え続ける、二人の軌跡。
(fin)
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