「2月の14日」




2月の14日。
暦の上では春を迎えたとはいえ、気候的には冬まっさかり。
外気は肌を切り裂かんばかりに冷たい。
普通だったら、この季節、暖房の効いた家の中で温まりたいところだ。
だが。
この寒い季節に、ドアの外に締め出されている男のコがいた。

「う〜・・・さぶいよ〜・・・」

ドアの外で、足踏みをしながら寒さに耐えている男のコ。
碇シンジ。
なぜかピーコート一枚で、外に締め出されていた。

「早く・・・入れてくれないかなあ・・・」

寒さに耐えかねるのか、足踏みのスピードをさらに速める。
マンションに響き渡る「パタパタ」という情けない音。
その音に重なるように、遠くから足音が響いてくる。
シンジがその音に目を向けると。それは葛城ミサトだった。

「シンちゃん・・・なにしてんの?」

寒空にドアの外で足踏みをしている姿に、ミサトは思いっきり
不審げな表情を向ける。

「いや、その・・・アスカが入れてくれないから」

「入れてくれないっても・・・」

ミサトはシンジの前を通り過ぎて、キーロックを解除する。

「これ、外にいる人が鍵さえ持っていれば、入れるでしょ?」

「鍵、アスカに取り上げられて、「2時間くらい、どっか行って来てよね」
って言われて・・・帰って来ても、入れてくれないんです・・・」

「はあ?」

半分体をドアの中に入れながら、ミサトは眉をひそめ、宙を見つめる。
そして鼻を少しヒクヒクとさせてから。

「あ、そういうことか」

とつぶやく。
そして、なんの事か判らず不思議そうな顔をしているシンジに向かって、

「シンジくんは、ここで、ちょっち待っててね♪」

とだけ言い残して、自分は家の中に入ってしまった。

「僕もいれて下さい」

と言う暇もあればこそ。
シンジの目の前で、「バシュ」という軽い音を立ててエアロックが閉じる。

「ミサトさん、僕も入れてくれればいいのに・・・」

ぼやきながらもシンジは、寒さに耐えるために、足踏み運動を再開する。
2、3分も経っただろうか。
再び軽い音を立てて、エアロックが内から開けられた。

「うーん。まあ、入っていいみたいよ」

ミサトの声を待ちかねていたシンジは、家の中に飛び込む。
そこには、外とは全然違う、暖かく柔らかい空気が満ちていた。

「あったかい・・・幸せ・・・」

シンジは、普段は殆んど感じることのない「暖かいことの幸せ」を噛みしめ
ながらキッチンへと向かう。
そこには。
調理器具が散乱し、かなり形の悪いケーキらしきものが沢山あった。

「へ?・・・なに、これ」

シンジは思わずつぶやいた。
つぶやいてから、テーブルに突っぷしているアスカがいるのに気がつく。

「アスカ?」

だが、返事はない。

「どうしたんだろ?」

と、外にいる間に冷えきってしまった両の手をさすりながら考えていると、
後ろから苦笑交じりの声がかかる。

「アスカねえ、チョコレートケーキ作ろうとして、失敗したんだって」

「チョコレートケーキ・・・」

言われて見回せば、確かにキッチンの散乱物のなかに、チョコレートもある。

「でも、失敗の連続で、材料が無くなっちゃって、落ち込んでたみたいよ」

「でも・・・、美味しいですよ、これ。どこが失敗なのかな・・・」

テーブルの上に無造作に置いてあった、多少ふくらみの悪いケーキを口に
放り込んでシンジはそう言う。

「ホントに?」

それを聞いて、突っぷしていたアスカが突如、頭を上げる。

「あ、うん。味は、全然、良いよ。膨らみが足りないのは・・・。かきまぜ
過ぎじゃないかなあ・・・」

「ははあん・・・アスカ、気合い入り過ぎて、かきまぜ過ぎたんでしょ?」

にやにやと笑いながらそう言うミサトに、シンジは不思議そうな顔を向けた。

「気合い・・・なんで?」

「鈍いわねえ、シンちゃん。2月の14日に、チョコケーキを作ってるって事は」

ミサトの言葉が最後まで出ることはなかった。
ミサトの顔に、アスカが放りなげたケーキ型がつき刺さったからだ。

「いった〜い」

悲鳴を上げるミサトをよそに、アスカはすっくと立ち上がる。

「かきまぜ過ぎ、ね。そいじゃ、もう一度チャレンジするから、買いもの、行く
わよ」

それを聞いたシンジが、嫌そうな表情を浮かべる。

「いやだよお・・・寒いし・・・それに、もう、開いている店、ないよ」

「岡田ストアなら、開いてるでしょ」

「あ・・・そうか」

「美味しいのができたら・・・アンタにも食べさせてあげるわよ。別に、シンジ
の為に作った訳じゃないけど」

「わかってるよ・・・それに、断わるなんてダメなんでしょ?」

「あったりまえじゃない」

「はいはい、おつき合いします」

「そいじゃ、ミサト、ちょっと出かけてくるから」

ミサトが顔に出来た赤い跡をさすっている内に、話はトントンと進んで、
シンジとアスカは出かけていってしまった。

「まあったく・・・」

散らかったテーブルの上をかたづけながら、ミサトはぼやく。

「アンタにも食べさせてあげる、なんて。はじめっから、シンちゃんの為だけ
に作ってたくせに。アスカも素直じゃないわよね・・・」

片付けに飽きて、冷蔵庫からビールを取りだし、イスにどっかと腰をおろして、
ミサトはさらに苦笑の色を濃くする。

「それにシンちゃんも・・・恐ろしいほどの、鈍さね」

喉を鳴らしてビールを美味しそうに飲み、ミサトは苦笑を微笑に変えた。

「でも、ああいうのも、いいのかもね・・・」

ミサトは遠い昔の思いでに心を馳せながら、ビールに再び口をつける。

ゆっくりと、一年に一度の、ちょっとだけ特別な夜は更けていった。



(fin)




 うおあ!らぼさんから短編を頂いてしまいました!くぅぅ!メチャメチャ感激です!「ひねりも何もない超短編です」とおっしゃいますが、ソコがイイんですよ!シンプルイズザベストとはこの事ですね。しかもそれが相乗効果になって、バレンタインの夜の「聖なる静けさ」のような雰囲気が感じられて心地良くスムーズに読み進められました。余計な描写などが一切無く、無駄の無い、純粋なバレンタインデーものでとても良かったですよ。中でもアスカに締め出されたシンジにはホロリと来ました。しかしそれだけ「きちんとしたチョコレートケーキをシンジの為に作る」という想いが伝わって来ますね。

 そしてそして、Synkrou’sベストヒットポイントがコレ!
>「でも、ああいうのも、いいのかもね・・・」
 そうなんです!愛の形、恋の形は人の数だけ存在するんです!そしてこれがシンジとアスカの紛れもない恋の形なんです。ほんわかな内容で来て、最後にコレ!ビシッとタイトにまとめ上げて決まってますね!

 らぼさん、この度はご投稿、ありがとうございました!お忙しい中でのご投稿、本当に感謝しております。シンクロウは、らぼさんの「Liebesgeschichte」が大好きなので、こちらの続編の執筆の方も是非是非頑張って下さいね!いつまでも応援しています!

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