ここ数日、シンジの様子がおかしい。

掃除や食事の用意などの家事はいつもの様にこなすものの、それらが終わると自分の部屋に入っていってしまう。

また本人はさりげなくしているつもりらしいが、新聞やテレビの天気予報を食い入るように見つめている場面も何度か目撃されている。

『一体なんなのよ、バカシンジ』

最近かまってもらえないアスカは、そんなシンジに不満を募らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待つ楽しみ」

Written by LAS大将

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンジの様子が変わり始めて数日がたったとある土曜日のこと

その日もシンジの様子はおかしかった。

ただいつもと違い、家事を終えた後自分の部屋には戻らずリビングのソファーに座り、雑誌を読みながらちらちらと時計を見ては玄関のドアを見やる、しばらく経つとまた時計を見ては玄関を見やる、そんな事を繰り返していた。

そんなシンジをアスカが黙って見過ごすわけはなく、シンジを強い口調で問いただした。

「アンタなんか落ち着きがないわね。最近も様子がおかしかったし、今日誰かこの家に来るの?」

「う、うん。誰かっていうか・・・まぁそのときが来たら分かるよ」

シンジはいつもの笑顔に隠しきれない昂揚感をにじませながら答える。

「誰が来るっていうのよ、私が知ってる人?」

その返答を聞いても満足がいかなかったアスカは、さらに強い調子でそう繰り返す。

「まぁ、そのときが来たらって事で・・・ね?」

シンジはアスカの強い語気を含む質問を軽くいなし、変わらぬ笑顔を浮かべながら再び同じ返答をした。

それを聞いたアスカはそれ以上何も言えなくなってしまう。

『なによなによ、バカシンジの癖にっ。アタシに隠し事なんていい度胸じゃないの。分かったわよ、お望み通り「そのとき」が来るまで待ってやろうじゃないの』

そう心の中でつぶやきながら傍らのシンジを軽くにらみ付けると、そのシンジはまたもや心ここにあらずモードに入っていた。

 

『それにしても、一体誰が来るのかしら。あの2バカが来るのかな・・・でもそれなら前もってアタシに一言言う筈だし、シンジがあんな調子になってるのも納得いかないわね』

『も、もしかしてシンジの彼女って女が来るんじゃ!そういえば最近部屋の中でなにやらこそこそやってたし、しきりに週末の天気を気にしてたわね』

内向きになったアスカの思考は止まらない

『そうよね、炊事洗濯もまるで駄目。いつもシンジが作ってくれる食事やお弁当にも一度も素直においしいって言った事ない。お風呂にしたってシンジが自分の為にしてくれることにいつも難癖つけてる』

今まで自分がシンジにしてきた仕打ちの数々が走馬灯のように流れ、同時に素直になれなかった自分に対する激しい後悔の念がアスカの心を締めつける。

『誰だって・・・・シンジだって、こんな素直じゃなくて女の子っぽくないアタシみたいな子は嫌だよね。わたしがシンジだったら嫌だもの』

『でも・・・・もう駄目よね。シンジには好きな人がいるんだもの。アタシは・・・・アタシはそんな二人を見送ることしか・・・できない』

 

 

 

わくわくしながら「そのとき」を待つ少年

この世の終わりのような顔で「そのとき」を待つ少女

対照的な二人が発する空気が部屋を満たし始めた頃

 

ピーンポーン

 

来訪者を告げるインターホンの音が部屋に満ち満ちた空気を引き裂く。

それを聞いたシンジが玄関に向かい駆け出す。

『とうとうこのときが来たのね』

そんなシンジを見つめながらアスカは虚ろな目で玄関の方向を見つめていた。

玄関でシンジが誰かと話しているのが聞こえる。

そしてしばらくした後、

「アスカ、ちょっとこっち来てよ」

玄関にアスカを呼ぶその声が耳に届く。

『そう、私に自分の彼女を紹介しようっていうのね。分かったわ、笑顔で・・・笑顔で二人を迎えなきゃ』

そう思いながらアスカは勇気を振り絞ってその場から立ち上がり、玄関へと歩き出す。

ただ、やはり気持ちの整理がつかないのか、目線は足元の廊下を映していた。

俯きながらもシンジのいる玄関までたどり着いたアスカにシンジは気楽な調子で、「ほら、見てよ」と声をかける。

それを聞いたアスカは勇気を出して、シンジとそして自分からシンジを奪っていった女性がいるであろう方向を見つめた・・・・その顔にぎこちない笑顔を浮かべながら

そして、

 

 

「へっ?」

 

 

今までの深刻な表情をしていたアスカのものとは思えない程の抜けた声が、玄関に零れ落ちる。

アスカの瞳に映ったもの

それは新しい自転車を脇に置いて、嬉しそうな笑顔を浮かべるシンジの姿だった。

 

その光景、そして今の状況が全く理解できないアスカはシンジに見当違いな事を問い掛けてしまう。

「あ、アンタの彼女はどうしたのよ」

「えっ、なに言ってるのアスカ?僕の彼女がどうしたってどういう事?」

「だから、アンタはアタシに自分の彼女を紹介するためにここに呼んだんでしょ」

「いや、アスカがどう勘違いしたのか分からないけど、僕は新しく買った自転車をアスカに見せようと思っただけなんだけど。それに僕に彼女なんていないよ、好きな人はいるけど

最後の方は聞き取れないような声でぼそぼそと言いながらもシンジは、真相を伝えた。

それを聞いたアスカの表情が先程までの青白いものからしだいに真っ赤なものへと変わっていく。

そして、

「こぉの、ぶぅわかシンジがぁ〜」

その言葉と共に音速のアスカの平手がシンジに振り下ろされる。

ばっち〜んという気持ちの良い炸裂音を残して、アスカは早足で自分の部屋へ引っ込んでしまった。

左の頬に真っ赤なもみじを浮かべながら、シンジはしばらくの間わけも分からず玄関に立ち尽くしていた。

そして数分後、我に返ったシンジは、勇気を出して襖越しに部屋の中にいるアスカに声をかける。

「ごめんアスカ、僕はアスカがなんで怒ってるのか分からないけど、ごめん。ところでさ、アスカは明日の日曜日に用事・・・ある?なかったら明日この自転車でどこか出かけてみようか、なんて思ったんだけど。返事は後で夕食のときにでも言ってもらえればいいから、じゃあまた後で」

そう言ってシンジは、アスカの返事を待たずにその場を離れた。

 

襖越しにシンジの話を聞いていたアスカの心はちぢに乱れていた。

つい先程まではこの世の終わりのように沈んでいたアスカの心は、勘違いと分かることによってシンジに対する怒りに燃え上がり、そして現在はシンジの提案を聞いて舞い上がっていた。

『シンジが初めて自分からアタシを誘ってくれた』

そうつぶやくアスカの顔は先程と違う理由から紅くなっていた。

 

 

 

 

「それでさっきの返事はどうかな」

 

テーブルについて夕食をとりながらシンジは恐る恐るそう問いかける。

ミサトは今日もネルフの残務処理で帰りが遅く、二人きりでの夕食となっていた。

初めの頃はぎこちなかった二人も最近は慣れたのか、普段通りに接することが出来ていた。

しかし今回の夕食に流れる空気は、初めの頃のぎこちなさを多分に含んでいた。

 

「しょうがないわね、アンタがそんなに言うんなら明日出掛けてもいいわよ」

アスカは何事も無いように普通にご飯を食べながら、緩みそうになる顔を必死にこらえてそう答える。

「ホント、じゃあ明日は朝早く起きてお弁当を作るよ。アスカどこに行きたい?」

「そんなのアンタが考えなさいよ。まったく、自分から誘っておいてアタシに行きたい所なんて聞かないでよ」

弾けるようなシンジの笑顔に軽く見とれそうになりながらも、アスカはそっけなくそう答える・・・嬉しさを素直に出せない自分に軽い自己嫌悪を抱きながら

「分かったよアスカ、じゃあ行き先は僕が考えておくね」

そんなアスカの内心に気付くことのないシンジは、満面の笑みで嬉しそうにてきぱきと目の前の夕食を片付け台所に向かい、洗い物を始めた。

そしていつもの2倍の速さで洗い物を終えたシンジは、「明日楽しみにしててね」という言葉を残して自分の部屋に消えていくのだった。

 

 

 

翌日曜日

四季が戻り始めた日本は同時に梅雨と言う憂鬱なものまで取り戻していたが、その日の頭上に広がる青空には太陽が久しぶりにその姿を現していた、天気予報通りに。

 

シンジは朝の6時に起きて、昼食のバスケットに入れるサンドイッチやから揚げ、それにアスカの好物のハンバーグなどを作っていた。

「ふ〜んふふふ〜ふん、ふふふ〜ふ〜んふふふ〜ふ〜ん」

ハンバーグ用のタマネギをきざみながら、奏でられるまな板の音にあわせてその口からは鼻歌まで飛び出している。

いつもならアスカは絶対起きて来るような時間帯ではない為、シンジも普段より気が大きくなっているせいで鼻歌なども出ていたが、いかんせん今日は「いつもの朝」ではなかった。

 

物音一つ聞こえないアスカの部屋

肩口まで布団を手繰り寄せて丸まっている姿はアスカのいつもの睡眠時の格好であったが、その瞳は開かれ昨日の夜に散々悩んで末に選んだ白のワンピースに向けられていた。

『やっぱりあたしに清楚な白い服なんて合わないかしら・・・こういうのはファーストが来た方が似合うかもね。でも、今日はどうしてもシンジにいつもと違うアタシを見て欲しいの』

『それにしてもアイツ、鼻歌なんて歌っちゃって・・・よっぽど今日が楽しみだったのね。ってこんな時間から目を覚ましてる自分も一緒か・・・』

ベッドの上に横になりながらそんな事を頭の中で考えてアスカだったが、昨日夜遅くまで着ていく服を悩んでいた為か、寝不足気味な体はゆっくりとその意識を深奥に沈めていった。

 

 

「アスカ、そろそろ起きて用意したほうがいいよ」

襖越しに耳に届いたその声に、アスカは飛び起きる。

「えっ、あ。い、今だいたい何時?」

寝起きで状況がこんがらがっているアスカは、しどろもどろにシンジに時間を聞く。

「うん、ちょうど7時半だけど」

(はぁ?ちょっと、出発の9時まで1時間半しかないじゃないの)

「えーーーーー!ちょっとなんでもっと早く起こさないのよ、このバカシンジ」

圧倒的な時間不足と元来の寝起きの悪さから、アスカは不機嫌そうに声を張り上げる。

「ご、ごめ・・・」

ドドドドーーー

アスカはシンジの謝罪の言葉を聞き終わらぬうちにバスルームへと駆け出す。

 

『アタシは、こんなところでつまづいてらんないのよ。今日は、今日こそは一番の自分をシンジに見てもらうんだからぁ』

朝のシャワーも手早く済ませて、電光石火で自室に駆け込むアスカ。

「アスカ、朝ごは・・・」

奇跡的に廊下を駆けぬけようとするアスカに話しかけることが出来たシンジだが、その言葉を言い終える前にアスカの姿は襖の向こうに消えていた。

その様子に唖然としたシンジは、結局一人で黙々と朝ご飯を食べ出した。

 

 

 

『ふぅ、お昼ご飯も全てバスケットの中に入れ終わったし、あとはアスカを待つだけだな』

一人で食べた朝ご飯の後片付けを終え一通り今日の用意を確認したシンジは、後は愛しい思い人の支度を待つだけとなった。

シンジは、リビングのソファーに座ってひと心地つきながらアスカの部屋のある方向を見つめる。

だがアスカは部屋からなかなか出てこない。

時計を見ると、約束の9時を5分ほど過ぎている。

少年の中で不安な気持ちが首をもたげようとしてくる頃、バンと襖が勢い良く開け放たれた。

 

「待たせたわね!それじゃ行くわよ、バカシンジ」

まったく謝罪の気持ちが含まれていない言葉と共に、少女は廊下にその姿を現した。

清楚な印象を与える白いワンピースと肩幅の広さに開かれた足もとのアンバランスさがシンジにはなぜか微笑ましく思え、クスッという笑いをともないながらバスケットを抱えて立ちあがる。

「うん、じゃあ行こうか」

そう言ってシンジは持っていたバスケットをアスカに預け、玄関においてある自転車を押して外に出る。

大きな荷物を搬入できるように広めに設計されているエレベーターの中で、アスカはふと思った疑問をシンジに聞いてみる。

「ところでアンタ、なんでいちいち自転車を部屋まで持ってきてもらったの?別に下の自転車置場に置いておけば良かったじゃない」

(それならアタシも誤解しないで済んだのに)

心の中でそう付け足す。

「ん〜何て言うか、待って待ってやっと手に入れたものは、自分の傍に置いておきたいっていう気持ちがあったから」

「ふ〜ん、そんなものかしらね」

いまいち納得がいかないような表情のアスカは、エレベーターが1階に到着すると同時に外へ飛び出す。

アスカはマンションの前の道まで来ると、後から自転車を押してくるシンジにニヤっという笑顔で問い掛ける。

「それでシンジ様は、今日この自転車でアタシをどこに連れていってくれるのかなぁ?」

「それは着いてからのお楽しみだよ」

シンジにしては珍しく自信を持った表情で応える。

よほど今日の行き先について考え抜いたのだろう。

「そ、そうね」

はじめて見る自信を持ったシンジの顔を見たアスカは、思わずその返答を素直に受けとめてしまう。

それが少し悔しかったアスカは、自分たちがこれから乗る自転車に目を向けて一言つぶやく。

「ところでシンジは、なんで今更こんなモーターもついてない古臭いのを買ったの」

 

 

2015年頃の自転車はモーターアシストが発達しており、乗る人間はスタートする時だけペダルをこげばいい物になっていた。

だがシンジの自転車は、モーターのついていないセカンドインパクト前のスタイルのものだった。

 

 

「ふ、古臭いって・・・。でも、こっちの方が自分でペダルをこいで地面を蹴って進んでるって感じられていいんだよ」

手厳しいアスカの率直な感想にシンジは苦笑いを浮かべながらそう説明して自転車にまたがる。

「ふ〜ん、アンタも変なこだわりがあるのね」

それを聞いたアスカは、そんなシンジに新鮮なものを感じながら自転車の後ろの部分にひかえめにちょこんと腰掛ける。

「さぁ、いいわよ」

「『さぁ、いいわよ』って、そんな乗り方じゃ走ったら落ちちゃうよ、アスカ。遠慮しないでもっと僕につかまってよ」

 

(遠慮ですってぇ〜!あ、あたしがバカシンジなんかに遠慮するわけないじゃないのよ)

 

「これでどうよっ!」

シンジのその言葉を聞いたアスカは、これでもかと言わんばかりにシンジにしがみつく。

「(ウッ、むねが)あぁ、じゃあ出発するよ」

多少狼狽の色を含んだシンジのその言葉とともに、二人を乗せた自転車は走り出した。

 

 

 

当初から軍事的な運用が想定されていた第三新東京市は坂が少なく平坦で、自転車で走るには最適であった。

膝の上にのせたバスケットを左手で押さえ、右手をシンジの腰に抱きつくようにまわした姿勢のアスカの目の前を、見慣れぬ景色が流れていく。

多少ふらつきながらも軽快に走る自転車はアスカに、自転車がそして自分がシンジの力で進んでいるということを感じさせた。

 

自分が何もしないでも、シンジの力で自分は前に進んでいく

 

その事実を強く意識したアスカは、自分の全てをシンジに託すように瞳を閉じ、まわしている右腕に力をこめシンジの背中に頬を寄せる。

その蜂蜜色の髪をなでる初夏の風は、少女に清々しさを伴った爽快感を与え、寄せた頬に感じるぬくもりとかすかに聞こえる少年の乱れた息遣いは、心地よい安心感をもって少女を包み込んだ。

『次に目を開けたら、そこにはどんな景色が広がってるのかな』

そう思いながらアスカは、シンジに呼ばれるまで目を閉じていようと思うのだった。

 

 

徐々に高みに昇り出す初夏の太陽の下、二人を乗せた自転車は軽快に走る。

二人の間には会話という会話はなかったが、どちらもそのことを不自然に思うことはなかった。

 

 

 

しばらく走っていると、目を閉じているアスカの鼻腔をくすぐる風に潮の香りが混ざってくる。

『そうか海に行く予定だったのね・・・って海ってそんな自転車で行ける程近かったっけ?』

そう疑問に思うアスカをよそに自転車はスピードを落とし始め、終いには完全に停止する。

 

「着いたよ、アスカ」

瞳を閉じて大人しくなってしまったアスカを寝ていると勘違いしたシンジは、優しい調子で言葉をかけた。

一方、待ちに待った言葉をかけてもらったアスカは、もたれていたシンジの背中を離れてその目を見開く。

 

眼前に広がる太平洋・・・二人は海岸通りの傍らに立っていた。

しばらくその光景に見とれる二人、そして一足早く現実復帰したアスカがシンジの手を引っ張る。

「ねぇねぇ下の砂浜に下りてみようよ」

「そうだね、行ってみようか」

二人は無邪気に波打ち際まで走り出した・・・その手をつないだままに

 

 

砂浜に靴を置いて、しばらくは足を浸してそのつめたさを楽しんでいた二人だったが、いつしかそれは水の掛け合いへと変化していった。

 

 

「はぁはぁ、アンタ何すんのよ、まったく〜」

ひとしきり水の掛け合いを楽しみ、息を切らしながら不平の言葉を言うアスカだがその表情には笑顔が浮かんでいる。

「アスカから最初にしかけてきたんだろ」

そう返すシンジの顔にも綺麗な微笑みが浮かんでいる。

「ホントにせっかく綺麗な服を着てきたのに、汚れちゃったかもしれないじゃないの」

そう言って少し濡れてしまったスカートの裾を持ってひらひらとする

それを見たシンジは

「そうそう、そういう白い服もアスカに似合うね」

と口にしてみる。

 

(見てないようで見てんじゃないの、コイツ)

 

アスカは恥ずかしさから掴んでいたスカートの裾を離し、俯いてしまう。

シンジはそんなアスカに気付かずに「どっか日陰でも見つけてお昼ご飯でも食べよっか」とそっと声をかける。

その提案を受け入れたアスカとシンジは水際をあがり、置いてあった靴を手にとって止めてあった自転車へと向かった。

止めてあった自転車のところまで来ると、アスカは「足に砂がついてて気持ち悪い」と言って自転車の後ろのところに座りながら裸足の足をぶらぶらとさせている。

『どこかの水彩画から逃げてきた女の子みたいだ』

そんなアスカにシンジは見とれつつも、昼食を取れる手頃な場所を求めて自転車にまたがり走り出した。

 

20分ほど走り回ると、二人の前に中央に大きなブナの木がそびえ立っている公園が見えてくる。

シンジはその方向に自転車を向けた。

その木の下まで行くと、頭上に青々と繁る葉が二人を初夏の日差しから守ってくれるようであった。

二人は持ってきたビニールシートをその場に広げて、座りこんだ。

「アスカ朝ご飯食べてないからお腹減ったでしょ」

そう言って、シンジは丹精こめて作った昼食の入ったバスケットを開けて目の前に広げる。

目の前に次々と現れる料理の数々、そのどれもがアスカの好物であった。

アスカは手早く「いただきま〜す」と言うと、好物のハンバーグをぱくつき出した。

自分の作った昼食をおいしそうに食べるアスカを、シンジはしばらくの間、目を細めるようにして見つめた後、自分も近くにあったサンドイッチを食べ始めた。

 

 

木陰で昼食を取りながら

 

アスカは、早朝から自分のためにたくさんの料理を作る少年の姿を思い浮かべ、いつまでもこの少年の作る料理を食べていたいなぁ、と何とは無しに思っていた。

 

シンジは、おいしそうに料理を食べるアスカを見ながら、この笑顔をいつまでも見ていたい、自分がこの少女に幸せを与えつづけてあげたい、と自分の内なる思いに気付いていくのだった。

 

 

昼食を食べ終えてお腹がいっぱいになった二人は、ぽかぽかの陽気と木陰を流れる涼しげな風に誘われ木の幹を背もたれにして並んでウトウトし始める。

シンジは、焦点の合わなくなってきた目で空を流れる雲を見るとは無しに見つめていた。

そして眠気によって意識が緩んだシンジの口からは、普段なら絶対に伝えられることのないシンジの心の中の思いが言葉となって紡ぎ出された。

 

 

「今まで僕は、自分に自信が持てなかったんだ。エヴァに乗っている時は後悔の連続だった。自分が望んで織り直されたこの世界も、本当にこれで良かったのかと思うことがあるよ。ホント僕は、自分という人間を好きになれなかったんだ。そしていつのまにか僕は、自分の意思を出さないように、自分の幸せというものを求めないようになったんだ」

 

「でも、こんな僕でも最近、守りたい失いたくないと思えるものができたんだ。できたというか気付いたって感じかな」

 

そして軽く一息をついた後、シンジは再び言葉を紡いだ。

 

 

「僕はこれからもこうやって、アスカと同じ時間を過ごしていたいんだ」

 

 

それは願い・・・何も望まぬようになった少年が唯一望むもの

 

 

 独白を終えたシンジは、動かすのも億劫になってきた首を動かして、隣りに座るアスカに視線を向ける。

その瞳に写る少女の目は軽く閉じられていて、かすかに聞こえるその吐息は静かなリズムをもって奏でられていた。

その姿にシンジは「ふぅ」と落胆とかすかな安堵感を含んだため息を吐くと、ゆっくりと睡魔に身をゆだねた・・・少女の瞳から零れ落ちるものに気付かずに

 

木陰に静かに佇む二人を、そびえ立つブナの木はいつまでも優しく包んでいた。

 

 

 

 

 

「・・・んっ・・・・」

木にもたれるような姿勢のまま寝てしまっていたシンジは、もぞもぞと目を覚ました。

すでに日は傾き、目の前に広がる空は橙色に染まっていた。

ふと自分の傍らに目を向けると、そこにいたはずのアスカの姿が見えない。

何とも言い難い不安感に囚われたシンジは、すぐさま立ち上がると程なく自分から10メートルほど離れたところに、自分に背を向けて沈む夕日を見つめているアスカの姿を認める。

それを確認したシンジは、アスカに向かって音を立てないように歩いていく。

なぜかこの雰囲気を自分のたてる無粋な足音で壊してはいけないような気がした。

そしてシンジがアスカのところに辿り着くと、アスカはシンジのほうに振り向いて一言

 

「もう帰ろっか」

 

と言った・・・・綺麗な微笑みを浮かべながら

「うん、わかった」

シンジはそう言ったものの、アスカを見つめたままその場からしばらく動けなかった。

それを見たアスカがすばやく

「コラ、なにボーっとしてんのよバカシンジ、早くちゃっちゃと後片付けしちゃいなさいよ」

といつもの調子で声をかけると、シンジはそそくさと木の下に広げたビニールシートやバスケットを取りに行った。

そんなシンジを見つめるアスカの顔は、夕日をうけて紅く染まっていた。

 

 

 

そこからの帰り道

 

自転車からは、ふたりのかしましい話し声が聞こえていた。

「ほらほら、もっと頑張りなさいよ」

「ちゃんと頑張ってるじゃないか、それに後ろに乗ってるアスカが・・・」

「後ろに乗ってるアタシがなんなのよっ!」

「い、いや・・・・なんでも、ないです」

一方的な(?)罵り合いをしながらも、二人の表情には素直な喜びがあふれていた。

「それにしてもアスカ、もうチョット離れてくれないかな。ちょっと自転車を漕ぎづらいんだけど」

「いやよ。待って待ってやっと手に入れたものは、自分の傍に置いておきたいのよっ。それにアンタだってもっとアタシと同じ時間を過ごしたいんでしょ」

アスカは口元ににへらっという笑いを浮かべさせながら、悪びれもなくそう言った。

「あ、アスカ。聞いてたの!だって・・・もしかしてあれ寝たふりだったの?ひどいよっ」

シンジはアスカの発言に面食らって声を張り上げた。

今にも後ろに座るアスカの方を向きそうな勢いである。

「アタシはただ目をつぶっていただけよ。そしたらシンジが勝手に話し出したんだから」

アスカはそう言い放つと、再び腰に回した腕に力をこめる。

「もういいよ。はぁ」

 

 

 

 

自転車は走る

夕日に向かって

 

 

 

背中にアスカの温もりを感じながらシンジは思う

 

僕はどこまでも行けるよ

 

たとえあの夕日にだってね

 

だって今僕の背中には綺麗な白い羽が生えているんだから

 

 

 

 


「Synkronized LAS」へお越しのみなさん、はじめましてLAS大将と申します

このような冗長なものを最後まで読んで頂き、どうもありがとうございました

この作品を読んで初夏の涼しげな様子が読まれた方に伝わればいいなぁと思いますが…

 

そして、このような作品を快く掲載させて下さったシンクロウさんに100の感謝を…

ありがとうございましたm(__)m


LAS大将さんの「待つ楽しみ」でした〜〜!
くおおお、LAS大将さんってば、「ツボ」を突くのが上手いっすねぇ。
萌えるツボというのを、ちゃんと心得ていらっしゃる〜〜。(*^^*)

シンジが家に誰かを連れてくるなんて、一体誰だろう?と思っていたら、自転車だったのですね。ドッキドキで待っていたアスカはもう思いっきり肩透かし喰らったコトでしょう(笑)。でも、頭脳明晰なアスカがこうも容易く裏を掻かれてしまうのも、全ては他でもないシンジだからですね(^^)。

>怒りに燃え上がり、そして現在はシンジの提案を聞いて舞い上がっていた。
ぷくくっ。単純というか、なんというか、本当は純粋な心の持ち主であるコトが分かって萌えちゃいますねぇ(^^)。翌日は5時に起きちゃうし、平然を装っていても内心は「一番の自分を見てらうんだから」とバリバリ気合い入っちゃってます(笑)。表とは正反対のシンジへの想いの大きさが伺えました。

そしてそして、海で遊び終えたシンジとアスカ。木陰にもたれながら、シンジがポツポツと気持ちを吐露する場面は、私的に一番のお気に入りシーンです。澄み渡る大空の雲の流れの下で、同じく流され行く言葉と心。
>少女の瞳から零れ落ちるものに気付かずに
うぐぬおおおおおお!コレ!コレっすよコレッ!!!<ローリングモード
前置きの、綺麗でリアリティー溢れる情景描写の相乗効果もあって、破壊力激増です〜〜。

>「アタシはただ目をつぶっていただけよ。そしたらシンジが勝手に話し出したんだから」
シンジの気持ちを聞いた後でも、ここら辺の対応は、やっぱりアスカですねぇ(^^)。
ラストも詩的に綴られたシンジの気持ちで締めくくられていて、なんとも喉越しの良い後味。
初々しい二人の澄み渡った恋物語、皆様もさぞご満足頂けたことでしょう。

ご覧になった皆様も、是非ともLAS大将さんにご感想を送りましょう!

たった一言の感想が、このような素晴らしい名作を生み出す大きな力になるのです。


 私達に名作を提供して下さった、LAS大将さんへのご感想はこちらか、掲示板へ!
是非ともお願いします!m(_ _)m


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