掛け違えたボタン
byオズ


2.その人を求めて

葛城ミサトのマンションの一室、ダイニングルームでアスカは彼女の同居人兼保護者に向かってビシッと指を突きつけて叫んだ。
「ちょっとミサト、いい加減にしなさいよ。帰ってから何本目だと思っているのよ!」
アスカの目の前には、既に3本のビールの空き缶が転がっていた。
「いいじゃなあい、このおかずがあんまり美味しいもんで、こうクイクイっとビールが進んじゃうのよねー」
ミサトはアスカが造った夕食のおかずのブリ大根をつつきながら、4本目の缶ビールを煽った。
ミサトの夕食につきあって、アスカもテーブルについて紅茶を飲んでいた。
夜の9時を回った所である。
アスカは既に夕食を済ませていた。
アスカは来日して以来、葛城ミサトのマンションで同居生活を送っていた。
「アンタ、第一そんなんで非常コールがかかったらどうすんのよ?酔っぱらって作戦指揮を取るつもり?」
「だいじょーぶ。なんたってアスカが居てくれるじゃない。問題ないわよん」
「はっ、アンタ家庭の事だけじゃなく、仕事の事もアタシに押しつける気?」
「たはは・・ちょっち、きついお言葉・・・」
葛城家の家事全般は、アスカが面倒を見ていた。
アスカが同居する前、この部屋は人為らざる物が住む場所であった。
それを知っているミサトの親友である赤木リツコ博士は、当初アスカがミサトとの同居生活を望んだ時、考え直す様に強く迫った物であった。
だが、全て分かっている様子でアスカはミサトと同居を始めた。
そして再び、この部屋を人の手に取り戻したのである。

アスカの高校生活。
ミサトの仕事。
今日のランチに最近のファッション。
たわいもない会話が続き、やわらかな時間が流れていた。
そんな中、ミサトはブリ大根をついばみながらフッと思いついた疑問を口にした。
「しっかし、何処でこんな料理憶えてくるの?ドイツでもブリ大根ってあったの?」
ミサトにしてみれば、本当に何の気なしに尋ねた質問であった。
だが、その質問を受けたアスカの表情は急に陰り、うつむいてしまった。
アスカは、しばらくして寂しそうに呟いた。
「・・んっ・・昔、良くつくってくれた人がいたのよ・・・もっと美味しい奴を・・アタシ達のためにね・・・・・」
「アスカ?」
「あっ、アタシ、先にお風呂入るね」
アスカはテーブルから立ち上がり、浴室に向かった。
(あちゃー、何かまずい事言っちゃった様ね。例の夢の中の王子様がらみの事かしら?)
その後ろ姿を見ながら、ミサトはアスカが来日すると知った時の事を思い出していた。




「えーっ?あの惣流・アスカ・ラングレーが来日するの?何しによ?」
一年前、ネルフ本部。
赤木リツコの研究室でコーヒーを飲んでいる時、ミサトは初めてその事実を知った。
「何しにって・・あきれた。貴女、まったく報告書に目を通していないのね?」
「たはは・・面目ない・・。っで、何しに来るの、彼女?」
「ふーっ無様ね。彼女、貴女の指揮下に入るのよ。」
「はあ?・・て言うことは・・・」
「そう、明後日をもって惣流・アスカ・ラングレーは本部配属となるわ」
「えーーーーーーーー!?」
まさに晴天の霹靂、ミサトは心の底から驚いた。
「だっ、だって、惣流・アスカ・ラングレーって言えば、常にエヴァとのシンクロ率が65%以上って言うヨーロッパ支部のエースパイロットじゃない?
この世界の超有名人よ?
おまけに16才で、既に大学卒業の資格を持っている大天才!!
よっく、ヨーロッパ支部が彼女を手放す気になったわね?」
目をまん丸くして驚いているミサトを見ながら、リツコは苦笑して答えた。
「まあ、ちょっと訳ありな事は確かね。」
「・・冬月司令が何かやったの?」
声を潜めてミサトが尋ねる。
「まさか。司令がそんな事すると思う?彼女が自分から来日を望んだらしいわ」
「何でよ?」
リツコは、ミサトに意味ありげな笑みを向けながら書類を手渡した。
「ほら、加持くんの報告書」
「かっ加持の??でアイツ、何だって?」
「”姫君は、王子様を求めて彼の地に赴く”だそうよ」
「はあ???????」
ミサトはしきりに首をひねりながら、リツコから受け取った報告書を読み始めた。
そこにはアスカが、使徒との戦闘において精神に混乱を来す障害を受けてしまい、夢の中の出来事が本当に起こったのだと思いこんでいる事、その夢に登場する少年に恋愛感情を抱いているらしい事、そのため精神的に不安定になっている事、治療のためにはしばらくアスカの思い通りにさせた方が良いらしい事などが書かれていた。

報告書の全てに目を通した後、ミサトは大きなため息をついた。
「要するに、色ぼけの夢見る少女になっちゃった、って事か」
「きついわね。でも、そんな所よ。16才と言う年齢で、使徒との激戦を繰り返してきたんだもの。心の奥底では、自分を助けてくれる王子様を求めていたんでしょうね」
リツコは自分のカップにコーヒーのお代わりを注ぐ。
ちょっと考えてから、親友のカップにも残りのコーヒーを注いだ。
「・・・これって貧乏くじを引かされた事になるのかしら?」
「さあ?必ずしもそうは思わないけど。なんと言ってもあの娘のシンクロ率は魅力的よ」
「アンタは実際に戦闘指揮する訳じゃないもんね。はあ?頭痛くなってきた」
「ふふふ、作戦部長の腕の見せ所、ってとこね」

そして来日したアスカと初めて戦闘を共にしたミサトは、この人事が貧乏くじ所か、かつて無い最高の当たりくじであった事を思い知る事になる。

それはアスカが来日してから一週間が過ぎた時の出来事であった。

「使途、松代に向かって尚も接近中!!」
発令所に日向マコトの声が響き、そこにいた全員に緊張が走った。
スクリーンには空中に浮かぶ、半透明の紐状の使途が映し出されている。
その体は周期的に7色に光り、見方によっては幻想的な雰囲気を漂わせていた
数時間前、突如姿を表したこの使途はその進路を、ネルフ第二起動実験施設がある松代に向けていた。
「小田原との連絡は?」
スクリーンを睨みつけたままリツコが尋ねる。
「駄目です。使途の発光現象が干渉しています。有線、無線ともまったく通じません」
青葉シゲルは、小田原にいる冬月総司令と作戦部長のミサトを呼び出そうと必死になっていた。
この日はネルフ第7艦隊の視察のため、冬月、ミサトとも本部を留守にしていたのだった。
「松代到着まで、後どれくらい? 時間で教えてちょうだい!」
「およそ30分」
「エヴァの発進準備は?」
「パイロットがようやく到着した所です。いまゲージに向かっているはずです」
青葉の報告に小さく頷くリツコ。
「・・・・よりにもよってこんな時に・・・」
リツコは唇をかみ締めた。
「先輩、松代の防衛部隊が攻撃の許可を求めています」
「赤木博士!」
「指示を!!」
リツコはミサトと並び、冬月の片腕と呼ばれている。
2人に連絡がつかない場合、最終決定ははリツコが行わなければならなかった。
一瞬迷った表情を浮かべた後、リツコは伊吹マヤに言った。
「・・いいわ、攻撃を許可します」
「待って!!」
突然、発令所に大声が響いた。
全員が驚いて声のする方向を見つめる。
発令所の入り口には、息を荒く弾ませたアスカが立っていた。
よほど急いで来たのであろう、まだ学校の制服のままでアスカはリツコの元に近づいていった。
「駄目よ、攻撃させちゃあ」
「アスカ・・・貴女、どうして此処に?」
リツコは唖然としてアスカを見つめる。
「ごめん、リツコ。命令違反だって事は分かっているわ。でも、ちょっとでいいからアタシの話を聞いて!」
真剣な表情で訴えるアスカに何かを感じたのであろう、リツコは頷いてアスカを見つめなおした。
アスカも頷いて言葉を続ける。
「アタシ達の目的は使途の殲滅だけど、使途の目的はアタシ達じゃあ無い。
祭壇造りよ。その点を良く考えて!
奴は祭壇造りの場所を求めて、たまたま松代に向かっているだけ。
松代を潰そうとしてる訳じゃないわ」
「なるほど、つまりこっちからちょっかい出さなければ・・・」
「そう、やり過ごす事ができるはずよ」
アスカはスクリーンに視線を移し使途を睨みつけた。
「もう少し時間を稼いで、迎撃準備を十分整えて、それから一気に叩く!!」
そう言ったアスカの顔は戦士のそれであった。

その後の戦闘準備において、アスカの意見は全面的に取り入れられた。
アスカの出す指示を聞きながら、リツコはその戦闘指揮・状況把握能力に舌を巻く思いであった。
(だてにヨーロッパ支部でエースを張ってた訳じゃないわね)
ネルフヨーロッパ支部は最も人材が豊富といわれている所であった。
エヴァのパイロットにしても、30代、40代の海千山千なベテランパイロットがひしめいている。
そんな所で、若干16才のアスカがエースを誇っているのだ。
リツコは改めてアスカの能力の高さに驚かされていた。

一方、アスカもリツコの懐の深さに感心していた。
いくらヨーロッパ支部での実績が巨大な物であったとしても、アスカは日本本部では新参者である。
まして自分は先の戦闘で精神に障害を受けたと思われているのだ。
まったく無視されても文句は言えない。
しかしリツコは、その新参者の意見をすんなり聞き入れる所か、戦闘指揮その物のフリーハンドを与えたのだ。
(餅は餅屋にまかせろか・・沈着冷静なリツコらしいわね)
戦闘準備を進めながらアスカはそう思った。

すべての戦闘準備が整い、エヴァ2機が発進した直後、ようやく冬月とミサトが本部に帰還した。
リツコから一連の経過を聞いた後、アスカの作った戦術プランに目を通したミサトは呆然として呟いた。
「・・・完璧だわ・・・」
その後、アスカの予想通り、松代を無視して北上を続けた使徒はそこから100kmの地点で殲滅された。



夕食をすっかりかたずけた後、ミサトはリビングで一服していた。
その手には、本日、5本目の缶ビール。
(あの娘が同居したいって言ってきた時は、正直ビックリしたけど、一緒に暮らし始めてホントよかったわ?。アスカの夢の中の王子様に大感謝ね)
ミサトは、綺麗に掃除されたリビングを眺めながら呟いた。
最初ミサトは、アスカの様な特別な少女と一緒に暮らす事に抵抗を憶えていた。
ミサトにとっては、アスカの治療の一環である事と作戦部長の立場上から、彼女の頼みを断りきれず、渋々始めた同居であった。
しかし、良い意味でアスカはミサトの期待を裏切った。
1年間の同居生活でミサトには、アスカが実は勝ち気で我が儘な所もあるが、その実、寂しがりやで優しい心を持った普通の少女である事が分かるようになっていた。
アスカもまたミサトによく懐いていた。
ミサトにとって、今やアスカは、ちょっと生意気な可愛い妹になっていった。

アスカが掃除したリビングは良く整理されていたが、掃除機やティッシュの買い置き等、物置にしまっておいてもいい物まで、この部屋に置かれていた。
ミサトはそれらの品々を見ると複雑な気分になる。
アスカはまだ入浴中だ。
ミサトは立ち上がり、ある部屋に向かった。
その部屋はかつて物置として使われていた部屋であった。
ドアを明ける。
その部屋は、本当に綺麗に掃除されていた。
(やっぱり・・・・今日もやったのか・・・)




その日、帰宅したミサトは廊下一杯につまれた荷物の山に驚いた。
ダンボール、掃除機、ティッシュ、トイレットペーパー等が所せましと転がっている。
「な・・・何、これ・・・」
思わずミサトが呟いたとき、物置の中から聞きなれた声が聞こえてきた。
「あ、ミサト帰ったの?おかえりー」
長い髪の毛を後ろで縛り、トレーナーにジーパン姿のアスカが物置から顔を出した。
その顔は煤けており、手には雑巾が握られている。
「あ、アスカ?そんな所で何やってたの」
そう言ってアスカの脇をすり抜け物置に入ったミサトは、そこの変貌に驚かされた。
そこはすでに物置では無くなっていた。
机、イス、ベッド、本棚、スタンド・・・それらの家具がきちんと整理され、立派な部屋になっていた。
「こ、これ・・」
「ごめん、ミサトに内緒で物置、改造しちゃった」
「なんでまたそんな・・・」
唖然とするミサトの問いかけを無視して、アスカは楽しそうに笑う。
「どう?いい部屋になったでしょ?ここまでするの結構大変だったんだ」
「アスカ?」
「ほら、この壁紙、素敵でしょ?アタシが張ったんだよ。それに見て見て。このお布団とカーペット。お揃いでしょ?同じ柄の探すの苦労しちゃった。」
嬉々として言葉をつなぐアスカ。

ミサトにはアスカのはしゃぎ様がまったく理解できなかった。
突然、物置を改造して部屋を造り、その出来栄えに喜ぶアスカ。
いったい何のためにそんな部屋が必要なのか?
ミサトにはアスカの行動が奇行として写っていた。

「窓が無いのが残念よねー。ホントはカーテンもお揃いにしたかったんだけどなー」
実に楽しそうに、アスカは喋りつづける。
「うん。我ながらいい出来栄えだわ。そう思わない?ミサト」
「え、ええ・・そうね」
そんなアスカになんと声を掛けていいのか分からず、ミサトは曖昧に頷きを返した。
次にアスカは、ミサトに背を向けると、机の上に置いてあるS-DATコンポに手を伸ばす。
「このコンポだって最新の奴よ。アタシは良くわかんないけど、クラッシックだってすっごくいい音で聞こえるって」
「それじゃあ、結構高かったんでじゃないの、それ?」
「へへへ、まあね。でもいいんだ。この部屋には一番新しくって一番良い奴を置きたかったんだ」
「どうして?だってここ物置よ?音楽を聴くのに相応しい所だとは思わないけど。そりゃアスカの努力で今は素敵な部屋に変身してるけどさ」
「・・・ほんと?」
アスカの後ろ姿が小さな声をあげる。
「何が?」
「本当にそう思う?素敵な部屋だって・・・」
「え?うん、いいせん行ってると思うわ。まじにね」
「・・・そうだよね?素敵な部屋だよね?」
確認を求める様なアスカの声。その声の調子が変化している。
「こんな素敵な部屋なら・・ミサトだって住みたいと思うよね?」
声がくぐもってきた。
「アタシ、一生懸命つくったんだ・・帰って来てってお願いしながら・・・」
ミサトには向こうを向いたアスカの表情は分からない。
「アスカ?」
「こんな部屋なら・・・帰って来たいって・・思うよ・・ね・・・」
言葉が途切れる。
声に嗚咽が混ざりはじめた。
「こんな部屋なら・・アイツ、きっと・・ここに帰って来て・・くれるよね?」
振り向いたアスカの瞳からは涙が溢れていた。
「ね・・ミサト・・そう、思うよね・・・」
懸命に作った笑顔が痛ましかった。
その顔を見た時、ミサトには何も言えなくなってしまったのである。




かつての物置は、夢の中の住民の為に造られた部屋となった。
存在するはずの無い主(あるじ)の代わりに、毎日その部屋を掃除するアスカ。
(そんな事、悲し過ぎるわよ・・アスカ・・・・)
ミサトはその部屋のドアを閉じた。
アスカの心の病が一日でも早く回復する事を祈って・・。







オズです。
第2話おとどけします。
いきなり日本からのスタートです。実はこの前にエピソードが1つはいる予定でしたが、
お話の展開上カットと相成りました(笑)
その内、書かせて頂くかもしれません。
今回は戦闘シーンもなくヤマがなかったかしら?ってちょっと心配してます。
読者の皆さんの率直な意見を聞かせていただければ幸いです。
では次回もお見捨てなきよう、よろしくお願いします。

                       2000.6.10 いまだにストーブ焚いてます(笑)


オズさんの「掛け違えたボタン」の続編第2話、「その人を求めて」でしたっ!

今回はドイツから舞台を移して、日本からのスタートですね。
うむむ、やはり何からの因果があるのでしょうか。サードインパクト前までの生活を繰り返すかのように、ミサトとの同居生活を送っているアスカ。そして、どうやら見る限り、アスカがシンジの記憶を失ったのと同様に、ミサトを含めたシンジを知る人間全ての記憶から、彼の記憶は失われている様子。しかもアスカとミサト達が初対面のような素振りを見せている所からして、インパクト後のこの世界は、全く新しく構築された新世界なのでしょう。

中でも、特に今回は、アスカがシンジの部屋を準備して帰りを待ちわびるシーンがとっても切なく、その後悔とも、償いとも取れぬ心境が、ひしひしと伝わってきました。
>「こんな部屋なら・・・帰って来たいって・・思うよ・・ね・・・」
>「こんな部屋なら・・アイツ、きっと・・ここに帰って来て・・くれるよね?」
>振り向いたアスカの瞳からは涙が溢れていた。
くおおぉぉ、切なひぃぃぃ〜〜〜。(涙)
普段は気丈なアスカが見せる、こういう一途な所って、とっても切ないものがありますよね。(じーーーん・・・)
一時の、高ぶった感情のまま、ちょっと意地を張ってしまった結果の、この新世界。
でも、アスカがこんなに反省して、一途に想い続けているんですもん。
きっと、懐かしいあの大好きな笑顔に再会できる日は、いつか訪れることでしょう。(^^)
今は辛いけれど、頑張れアスカ!今こそ、持ち前の努力と根性の見せドコロ!

さてさて、今回も言うまでもありませんが、次回からのストーリーがメチャメチャ気になりますっ!!!
オズさん是非とも宜しくお願い致しますーーーーーっ!m(_ _)m<もちろん、マイペースでっ!

ご覧になった皆様も、是非とも、オズさんに感想を送りましょう!
たった一言の感想が、このような素晴らしい名作を生み出す大きな力になるのです。
皆様、なにとぞ、ご感想をよろしくお願いします!m(_ _)m


 私達に名作を提供して下さった、オズさんへのご感想はこちらか、掲示板へ!
是非ともお願い致します!


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