掛け違えたボタン
by オズ


3.パートナー(1)

葛城家の朝は極めて慌しく始まる。
「あ〜!もうこんな時間!!」
時刻は既に7時30分を廻っている。アスカはベッドから飛び起きた。
「んもう!なんだって毎朝こうなっちゃうのよ!!」
かなりあせった様子でアスカは部屋を飛び出した。
どたどたとリビングに入り、そのままミサトの部屋に直行。
「ミサト!!朝よ、朝!さっさと起きなさい!!」
「うーん・・・・わかったあ・・」
「ちゃんと起こしたからね!!」
そう言うと、アスカはミサトの起床を確認せずにバスルームに走った。
「うー、やばい、やばい!!いそがなきゃ完全に遅刻よう」
パジャマと下着を脱ぎ捨てる。
「もう、目覚ましホントに鳴ったのかしら・・・3個じゃ足りないのかなあ?」
ぶつぶつと独り言を呟きながらアスカはシャワーを浴びるためバスルームに飛び込んだ。

おおよそ家事全般をそつなくこなし、家庭人としての才能を遺憾なく発揮しているアスカだが、唯一の致命的弱点が朝の起床であった。
今日も目覚ましを3個かけておいた。
6時30分より、10分置きに鳴るはずなのだ。
その音はかなり大きく、これで目覚めない者がいるはず無いと言う代物なのだが・・・・実際はほとんど役に立っていない。
と言うのも、人並み外れた反射神経を持つアスカは、目覚ましが鳴った0.1秒後には無意識の内にそのスイッチを止めてしまうのであった。
鳴らない(?)目覚ましがいくらあっても、目が覚めないのは当然であった。

アスカは、とにかく朝が弱い。
日本に来るまでは、自分で起きる事はすでに諦めていた。
ドイツにいた頃は、朝の起床は母親のキョウコに頼りっぱなしであった。
何度起こされても、一向に目を覚まさないアスカに対して、何度キョウコがお目玉を落とした事だろう。
キョウコも色々手を尽くしてアスカの朝寝坊を治すべく努力をしたのだが、最終的にはさじを投げてしまっていた。
日本に来たアスカにとってある意味幸運だったのは、同居人がアスカ以上に朝が弱かった事。
自分のアラが目立たずに済んだのだ。
非常に低レベルの幸運だが・・・・・。


20分後、濡れた髪にタオルを巻きながら、制服姿のアスカがリビングで慌しくトーストと牛乳を摂っていると、ようやくミサトが起き出して来た。
「ふぁー・・・おはよ・・アスカ」
「どこが早いってーの!!もう8時、廻ってんだからね。このままじゃ遅刻するわよ、ミサト!!」
「あらま、もうそんな時間か〜・・ん、まあ今更、焦ったってしょうがないっしょ?人間諦めが肝心よ」
「それは努力した人のセリフ!いいからさっさと顔洗ってきなさい!!!」
アスカはミサトを洗面所に追い立てた。
時計を見ると、時刻は8時12分。タイムリミットだ。
「アタシもう行くからね!ミサトもちゃんと出勤するのよ!!」
ミサトにくぎをさした後、生乾きの髪のままアスカは家を飛び出した。


来日したアスカは、ドイツでそうであった様にハイスクールに通っていた。
彼女が通うのは、第三新東京北高等学校。
通称、新北(シンキタ)と呼ばれる学校であった。
進学率はかなり高く、その手の学校によく有るように、かなりの部分が生徒の自主性に任されている。
服装はもとよりバイク通学、アルバイトも自由。
はては早退、遅刻も自由であった。
放っておいても勝手に勉強し、高い進学率を維持してくれる生徒達には、教師はとかく五月蠅く言わない物である。
アスカは、この学校の2年3組に属していた。


「自習」
黒板には大きな字でそう書かれていた。
この学校では、そう珍しい事ではない。
そもそも授業中でも各自、自分のペースで勝手に内職しても良いことが暗黙の了解となっている学校だ。
教師達も、しばしば自分の内職のため授業を自習にする事がよくあった。

教室では生徒達が、それぞれ勝手な事をしていた。
約半数の生徒が問題集を開いて勉強、残りの半数が友人とのお喋り、極一部が早退といった所であった。
アスカは、日本に来てからの友人達と、お喋りを楽しんでいた。
「あーあっ、何かいい事ないかなー?」
厨川サクラは両腕を天に広げて大きく伸びをした。
「んー、いい事って?クリヤって何望んでんのよ?」とアスカ。
机に頬杖を突きながらサクラを見つめる。
「そりゃ、燃えるようなラブよ!ラブ!あーどっかに素敵なおじさま、いないかなー」
「不倫はだめよ」と巳真トキコがボソっと呟いた。
「・・ミマちん。その発言、ど真ん中ストライクすぎだって。」
アスカは、顔に似合わずキツい発言をするトキコに、あきれた目を向けた。
「駄目よ、不倫なんて!不潔よ!!」と洞木ヒカリが噛み付く。
「し、しないわよ、不倫なんて・・・でも一回くらいなら・・・いいかな?」
「「「クリヤ!!!」」」

アスカにとって、厨川サクラ、巳真トキコ、洞木ヒカリの3人は、日本でできた大切な友人であった。
厨川サクラは、長い黒髪の純日本風の美少女。日本風でないのは、アスカに匹敵するナイスバディである。おじさま好みのため彼氏はいない。
巳真トキコは、ショートヘアの小柄な少女。くりくりっとした目が印象的だ。普段はちょっと無口だが、要所を押さえた発言でおいしい所を持っていく。
洞木ヒカリは、焦げ茶色の髪をおさげにまとめた優しげな印象の少女。責任感が強く、このクラスの委員長をやっている。また彼女はアスカの親友でもあった。

「もうすぐバレンタインデーかー。・・今年もチョコよろしく委員長」
サクラはヒカリを見てニヤリと笑った。
「チョコの回収作業も大変ね、ヒカリ」と、こちらもにやけ顔のアスカ。
「ふ二人ともなに言ってんのよ!!」
「「べっつに?」」
真っ赤になっているヒカリを見つめ、アスカとサクラはニヤニヤ笑い続けるのであった。

ヒカリは、2年4組の鈴原トウジと相思相愛の中であった。
彼はネルフ日本本部にいるエヴァのパイロットであり、アスカの同僚である。
トウジに憧れる少女達は後をたたず、ヒカリはその対応に追われているのであった。
去年のバレンタインは、トウジ宛のチョコの全てを没収し、アスカ達に分配すると言う荒技を見せていた。
「今年は、わたしにホワイトチョコくばってね、ヒカリ」
「アタシはビターが良いわ。ミマちんは何にする?」
「あたしいらない・・・二人とも、吹き出物、できるよ?」
「「ぐっ」」
肌の綺麗なトキコの一言に、アスカとサクラは押し黙り、ヒカリは笑い出した。

「アスカはどうなのよ?」今度はヒカリがアスカに質問した。
「興味なし。別世界の出来事ね」
「毎朝、すっごい量のラブレターじゃない。いい人いないの?」
「その言葉、そのままお返しするわ。クリヤ」
「わたしは好みが特殊だからな?」
「・・自覚してるのね・・・」
「ミマちん、ひょっとしてわたしにケンカ売ってる?」
「「「あはははは・・・」」」
アスカはこんな友人達が大好きだった。

校内放送の呼び出しが、アスカと仲良し3人との会話を中断させた。
『惣流・アスカ・ラングレー、鈴原トウジの両名は直ちににネルフ本部に向かって下さい』


ネルフ日本本部の作戦会議室。
そこの巨大なモニターを、冬月司令をはじめとする主要スタッフが見つめていた。
モニターには、胸の中央にコアがあり、異様に長い腕と短かい二本足を持つ使徒と、中国支部所属のエヴァとの交戦記録が映し出されていた。
「なんや、あの使徒は?アドロン星人みたいなやっちゃな」
と画面を見ていたトウジが呟く。
「? 何それ」とアスカ。
「なんや知らんのかいな?子供のおもちゃで、こう、手と足がビヨーンって伸びる・・」
「アンタばかあ?そんなのアタシが知る訳無いでしょ!」
「バカとはなんや!!お前こそアドロン星人も知らんと・・・」
「二人とも静かに。次よ。鈴原くん、アスカ、よく見ていて」
ミサトが二人の下らない会話に終止符を打った。

画面では中国支部のエヴァがビームサーベルを取り出し使徒に向かっていた。
ジャンプ。使徒に斬りつける。
使徒はエヴァによって一刀両断にされた・・・かに見えた。
が、次の瞬間、コアもろとも2体に分離し反撃を開始、逆にエヴァを倒してしまった。

「この後、使徒は東に向かい日本海に消えました」
伊吹マヤは、そう言ってモニターを日本周辺の地図に切り替えた。
その言葉を引き継いで、赤木リツコが冬月司令に説明を始めた。
「MAGIは、使徒は日本近辺で祭壇をつくる、と判断しています」
リツコが、キーボードを操作するとさらに日本海沿岸が拡大される。
「この近辺は2、3日前からSchizo汚染が始まってます。明後日には第二新潟のSchizo汚染値が55hpfを越えます」
モニターには等圧線の様なラインと各種の数値が映し出されている。
そして第二新潟を中心として同心円上に赤い領域が描かれた。
「使徒は間違いなく、明後日、第二新潟に上陸し、そこに祭壇をつくるつもりです」
リツコは冬月司令を視線を移し、そう結論づけた。
「対応はどうするつもりだね、葛城三佐」
リツコの視線を受け、冬月司令は鷹揚にミサトに尋ねる。
「もちろん、エヴァによる迎撃です」
「しかし、先ほどの映像を見ただろう?闇雲に攻撃しても中国支部の二の舞だぞ」
「その点はご心配なく」
ミサトはきっぱり言い放つ。
「MAGIの分析によると、分離した2体のコアに同時に荷重攻撃を加えれば使徒の殲滅は可能です。そこで・・・」
「・・ユニゾン・・・」
アスカがポツリと呟く。
ミサトはその声をつぶやきを耳にして、驚いてアスカを見つめた。
「さっすがアスカ!もう分かったの?じゃ早速、鈴原くんと・・・」
そこまで言った後、ミサトはアスカの様子がおかしい事に気がついた。
アスカの肩が小刻みに震えている。
俯いているのでその表情は読みとれないが、テーブルにおかれた手が固く握りしめられていた。
「嫌・・・」
「アスカ?」
「嫌よ!」
そう叫ぶと、アスカは突然立ち上がり、作戦会議室から飛び出していってしまった。
走り去るアスカの表情は、今にも泣き出しそうであった。


ネルフ本部第3展望室。
アスカは眼下に広がる景色を眺めていた。
特に何かを見ている訳では無い。
ただ窓の外に視線を向けているだけ。
心が乱れていた。
心が痛いと叫んでいた。
思い出されるかつての記憶。
突貫工事の作戦だった。成功すれば奇跡に近い。
そんな中で始めた2人の共同作業。
お互いを理解できずに苛立つ心。
喧嘩をし、文句を言い合いながら、それでも続けた共同生活。
かみ合うはずが無いと思っていた。
理解できるはずが無いと思っていた。
その思いが変わり始めたのは何日目の事だっただろうか。
心に生まれた小さな想い。その時はそれがなんだか分からなかった。
分かろうとしていなかった。
2人とも幼かったのだろう。
それでも、ゆっくりだけど変わっていった心と心。
最初はバラバラだった2人の心が、少しずつ合わさっていき、そしてあの時1つに重なった。
この時、ほんの少しだけど、初めてシンジと心が通じたと感じた。
それは始まりの記憶。大切な人との最初の一歩。
アスカにとって忘れる事の出来ない2人だけの大切な思い出であった。

「アスカ・・・」
窓ガラスにミサトが映っていた。
心配そうに自分を見つめている姿が、今のアスカには辛かった。
アスカはミサトの声に振り返る事が出来ないでいた。
『ユニゾンによるコアへの同時に荷重攻撃』
この作戦の有効性はアスカにも十分理解できていた。
アスカの理性はミサトの作戦を評価している。
だが、感情はそれを認めようとしていなかった。

(ごめん、ミサト・・・でも・・でも・・・
無理だよ・・・アタシ、出来ない。
だって鈴原はシンジじゃない・・・シンジじゃないんだよ・・・
アタシ、シンジ以外の人とユニゾンなんて出来ない・・・
シンジ以外の人と心を重ねるなんて・・・出来っこないよ・・)

窓ガラスに映るアスカの顔がゆがんだ。



葛城ミサトのマンション。
アスカがネルフから帰宅した時は、すでに深夜になっていた。
ミサトは、今夜は残業で本部に泊まり込みである。
かつては物置であった部屋の前に、アスカは立っていた。
しばらくためらっていたが、やがてその部屋のドアを開けて中に入った。
窓の無い部屋の中は暗く、シンとしている。
アスカは壁のスイッチを入れた。
見慣れた机と椅子。そして本棚、ベッド・・・・・。
ここはいつもアスカが掃除をしている部屋。
しかし、この部屋の主はアスカではない。
ひょっとすると、この部屋には永遠に主が現れる事が無いかもしれない。
ここはそんな悲しい部屋。

アスカは、部屋の隅におかれたベッドに横になり、顔を枕に埋めてジッとしていた。
しばらくして首を横に向けて、机と椅子がある方を見つめる。
「・・・今日、ユニゾンの練習したんだよ・・・・」
アスカは、そこに誰かがいるかの様にささやき始めた。
その表情は悲しげな笑顔。

「最初は断ったんだけど、ミサトの頼みじゃしょうがないもんね・・・
相手、誰だと思う?
なんと鈴原と・・・彼、結構かっこよくなっているんだよ・・・
ふふふ、ちょっとは焼いてくれる?・・・・
でも安心して。結果は最悪。まったく息が合わなかったわ・・・・・」

アスカは誰もいない椅子に向かって微笑みかけた。
一瞬、そこにいるはずのない人の優しい笑顔が、見えたような気がした。
やがてアスカの視界がぼやけてくる。
「・・シンジとなら・・・・完璧なのにね・・・・」
いつの間にか、その瞳からは涙が溢れていた。





オズです。第3話お届けします。長くなったので二つに分けちゃいました。
今回、元エヴァに無いキャラがでてきてます。
知っている人は知っているあの作品からご登場して頂きました。
性格は随分違いますけど(笑)。
アスカ嬢に、多くの友人をつくってあげたかったんです。
皆さんのイメージを壊していなければいいのですが・・・・。
では、次回もお見捨てなきようよろしくお願いします。

                     2000.6.30 何故今ごろバレンタイン?(笑)


オズさんの連載「掛け違えたボタン」の第3話、「パートナー(1)」でしたっ。

後悔。前回に引き続き、まさにそんな言葉がしっくりきそうな今回も、それを彷彿とさせる場面が随所に見受けられました。ミサトや友人との平穏なやりとりで、一時の心の安定感を取り戻しても、シンジという大切な存在の消失感は決して埋められないという、そんな後悔。特に、主のいない椅子と机に語りかけるシーンなどは切ない切ない(涙)。

>それは始まりの記憶。大切な人との最初の一歩。
>アスカにとって忘れる事の出来ない2人だけの大切な思い出であった。
溢れそうな想いを、これまで何とかせき止めて来たアスカに降りかかる、ユニゾンパートナーという新たな試練。思わず浮かび上がるシンジとの懐かしく、今となっては我ながら羨ましい思い出。シンジのコトを何とか記憶に蘇らせたアスカだったけど、それだけに、思い出してしまっただけに、辛いのでしょうね・・・。

さてさて、分裂使徒再来という試練にアスカはどう立ち向かうのか!?
相性最悪のユニゾンは決行されるのか!?次回を乞うご期待!!!

ご覧になった皆様も、是非とも、オズさんに感想を送りましょう!
たった一言の感想が、このような素晴らしい名作を生み出す大きな力になるのです。


 私達に名作を提供して下さった、オズさんへのご感想はこちらか、掲示板へ!
是非ともお願い致します!


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