新世紀エヴァンゲリオン if story
   「形見」         著 すけっち・ぶっく



 その日は、朝から雨であった。
 惣流・アスカ・ラングレーは、その様を自室で、ぼんやりと眺めている。
 聞こえてくるのは、雨音と時計の針の音のみ、である。
 ふと、アスカの瞳が動いた。
 何やら雨を見て、思う事があったのであろうか・・・。
 机の引出しを開けて、片隅から赤いリボンを、

 「大切そうに・・・」

 取り出した。
 しばしの間、じっと赤いリボンを見つめる。

 「・・・あいつが死んでから、もう一ヶ月がたつのね・・・」

 つぶやきながら、そっと赤いリボンを指で撫でる。
 アスカの掌にある赤いリボンは、一ヶ月前にこの世を去った、

 (しんじの形見・・・)

 なのである。
 再び、瞳を窓の外に向ける。
 雨は、静かに降り続いている。





 彼との出会いは突然に、訪れた。
 葛城ミサトに連れてこられた彼は、割と小柄ながらも、しっかりとした面立ちで、

 (黒々とした双眸が・・・)

 何よりも、アスカの印象として、残った。

 「あたしの名前は、アスカよ」

 「・・・」

 「あんたの事は、しんじって呼ぶわね」

 「・・・ほんとに?」

 「何よ!あたしの決めた事に、文句があるってぇの!?」

 「い、いや、だってさぁ・・・」

 シンジは、何故だか、

 (困った・・・)

 様子で、アスカを見つめていた。





 「まったくぅ。あんたってば、ホントに世話焼かせるわねぇ」

 口ではぼやきながらも、アスカはどこかしら、

 「楽しそうに・・・」

 しんじの部屋を掃除している。

 「はい。これで、良しっと」

 ようやくに部屋の掃除が終わり、待っていたしんじを部屋に入れる。

 「どう?綺麗になったから気持ちがいいでしょ?」

 部屋の中を、うろうろとするしんじにアスカが話し掛ける。

 「まったく、少しは感謝しなさいよね!」

 しんじの鼻をつっつきながら、アスカは微笑んだ。
 しんじは、困った様にアスカを見つめている。





 「もう!ハッキリしなさいよね!」

 リビングに、アスカの怒鳴る声が響き渡った。

 「な〜に?アスカ、どうしたの?」

 いつもの様に、えびちゅを持ったミサトが、

 「ふらり・・・」

 と、リビングに入ってきた。

 「だって、しんじの奴!何を食べたいのかハッキリしないんだもん!」

 「あのねえアスカ。しんちゃんにそれを求めるのは、ちょっち無理があるんじゃない?」

 ミサトは苦笑しながらえびちゅをあおる。

 「まったくぅ。ホントにあんたってば、何考えてんだか分かんないのよねぇ」

 言いながら、しんじの鼻をつっつくアスカ。
 最近は、しんじの鼻をつっつくのが、随分と、

 (お気に入り・・・)

 の様である。
 その様子を、ミサトは目を細めて見つめている。





 「あんたってば、よく走るわねぇ」

 飽かずに走り続けるしんじを、アスカは見つめている。
 しんじは、それこそ、

 「一心不乱に・・・」

 ただ、ひたすらに走っている。

 「・・・少し、休んだら?」

 ぴたり、としんじが足を止めて、アスカの方を振り向く。

 「・・・」

 再び、しんじが走り始める。

 「・・・ホントに、よく走るわねぇ」

 さすがにアスカは、少々、

 (呆れた・・・)

 様子で、しんじの走る様を眺めている。





 「し〜んじっ!お土産、買ってきたわよ!」

 勢い良くリビングに入ってきたアスカを、

 「見上げる様に・・・」

 しんじは顔を上げた。

 「なあに?何を買ってきたの?」

 折り良くリビングにいたミサトが、アスカに訪ねた。

 「へっへ〜ん。コレよ、コレ!」

 何やら鞄を、ごそごそと探ったかと思うと、高々と一本の赤いリボンを差し上げた。
 と、急にしんじが、

 「おびえた様に・・・」

 逃げようとしたではないか。
 が、無論の事、アスカが、

 (見逃すわけが無い・・・)

 のである。
 あっさりと、アスカの手に捕らえられたしんじが、じたばたと、もがく。

 「観念なさい!」

 言いつつ、アスカはミサトが感心するほど、実に、

 (手際良く・・・)

 しんじに赤いリボンを結びつける。

 「しんじ、かわいいっ!」

 「しんちゃ〜ん、似合ってるじゃな〜い」

 「・・・」

 柱の陰で、ペンペンが気の毒そうに見つめている。





 「しんじ!しっかりしなさい!あんた男でしょ!?」

 目に涙を溜めながら、アスカが叫ぶ。
 しんじが突然、

 「倒れた」

 のである。
 慌ててミサトの車でネルフへと運んだのだが、どうにもならなかった。

(それでも・・・)

 あきらめずに、様々な病院を訪ねたのだが、

 「これは、いけない・・・」

 と、皆、一様にかぶりを振るばかりであった。
 今、しんじは自分の部屋で、その身を横たえている。
 苦しそうに息をしているしんじに、為す術は無かった。

 (こんな思いをするなら、コイツと暮らすんじゃなかった!しんじ、なんて呼ぶんじゃ
 なかった!)

 今にも溢れそうな涙を懸命にこらえつつ、アスカはしんじに呼びかけていた。
 やがて・・・。
 しんじが、その、

 (黒々とした双眸・・・)

 を、皆に向けて、いつもの、

 「何だか、困った様な・・・」

 表情を見せると、

 「眠る様に・・・」

 ゆっくりと、目を閉じた。

 「!?しんじ!しんじっ!」

 「しんちゃん!?」

 「・・・」

 しんじの息は、絶えていた。
 外では、朝から降り出した雨が、止む気配もなく、

 「ただ静かに・・・」

 降り続いていた。





 「アスカ」

 襖の向こうからの声で、アスカは我に返った。

 「・・・ん、入っていいわよ」

 すっと、襖が開き、部屋の空気がかすかに動いた。

 「あっ・・・そのリボン・・・」

 「うん。しんじの形見」

 「そっか・・・あの日も、雨が降ってたっけ・・・」

 言いさして、視線を窓の外へと、移す。

 「あ・・・何か、思い出させちゃったかな」

 少々、済まなそうにアスカは言った。

 「・・・いいさ。忘れるつもり、無いしね」

 そう言って、碇シンジはアスカに微笑みを向けた。
 ジャンガリアン・ハムスターのしんじがこの世を去った時、一番悲しんだのは、

 (シンジだった・・・)

 と、アスカは思う。
 皆の前では涙を流さなかったが、夜中に一人で涙を流していたのを、アスカは、

 (見てしまった・・・)

 のである。
 思えば、朝起きると、しんじのエサ箱やトイレの砂が、必ず、

 (綺麗に掃除してあった・・・)

 のである。
 きっと、アスカやミサトが知らぬだけで、シンジがしんじの面倒を、

 (色々と、見ていた・・・)

 のは、想像に難くない。

 「そういえば、さ」

 シンジが口を開いた。

 「洞木さんに、そのリボン見せたでしょ?しんじの形見だって」

 「ええ、見せたわよ」

 「その後、ちょっと大変だったんだよ?」

 「?何が?」

 「洞木さんね。その後、僕の顔を見るなり叫んだんだよ」

 「・・・何て?」

 「碇君!化けて出たの!?ってね」

 その時の事を思い出したのか、シンジはくすくすと、笑った。
 なにしろ、あの時は大変だった。
 洞木ヒカリだけなら兎も角、シンジの友人である、鈴原トウジや相田ケンスケまで、

 (シンジが死んだ・・・)

 と、思っていたのだから、その時の苦労がおおよそ知れる、というものであろう。
 だが、ヒカリが勘違いしたのも、無理は無い。
 憂いを帯びた表情のアスカに、

 「これ・・・しんじの形見なんだ・・・」

 などと、妙にしんみりと言われては、まさかとは思いつつも、

 (碇君が、死んだ・・・)

 と、思わざるをえないではないか。

 「ヒ、ヒカリのやつぅ。何、言ってんのよぉ」

 「仕方ないさ。アスカの言葉だって足りなかったんだし、ね?」

 「むぅ・・・そりゃ、そうだけど・・・よりにもよって、シンジを死なす事ないじゃ
 ない」

 不満そうに頬をふくらませる。

 「だいたい、あんたが死ぬわけ無いじゃん」

 「?どうしてさ?」

 「だって、あんたのしぶとさゴキブリ並だもん」

 「ゴ、ゴキブリって・・・」

 思わず、ため息をついてしまうシンジ。

 「ところで、あんた何しに来たのよ?」

 「・・・ああ、そうそう。紅茶淹れようかなって思ったんだけど、飲む?」

 「ええ、頂くわって、シンジ」

 「なあに?」

 「ちゃんと精魂込めて淹れんのよ?何たって、このあたしが飲むんだからね!」

 とは、言うものの、シンジが手を抜いた事は、

 「一度も、無い」

 事なのである。

 「分かってるよ。それじゃ、どうする?紅茶、こっちに持ってこようか?」

 シンジの問いに、アスカはかぶりを振った。

 「いいわよ、あたしがそっちに行くから」

 「ん。それじゃあ、呼んだら来てね」

 「りょーかい」

 すっと襖を閉めて、シンジは去った。
 その背に向けて、アスカはつぶやく。

 「・・・ばぁーか。あんたが死ぬわけないじゃない」

 机の上にある、加持の写真が入ったフォトプレートを手に取ると、それを、

 「くるり」

 と、裏返す。

 「・・・あたしが、死なせやしないんだから・・・」

 そっと、指先で、撫でる。

 「・・・絶対、死なせやしないんだから・・・」

 淡く微笑むシンジを、アスカは、そっと撫で続けていた。





 雨は、静かに降り続いている。








 あとがき
 ここまで、この話のお付き合い下さった皆様、ありがとうございます。
 嘘吐きな、すけっち・ぶっくです。
 ・・・掲示板で「ほのぼの」と、言ったにもかかわらず、何でしょう?これは。
 これのどこが「ほのぼの」としているのでしょうか?
 我ながら、困ったもんです。
 困ったものですが、次回もお付き合い頂けたら嬉しいな、などと思っております。
 ・・・それでは、今宵はこの辺りで失礼を。
                       2000年6月20日 すけっち・ぶっく


すけっち・ぶっくさんの「形見」でした〜〜!

いやぁー、今回の冒頭部分、皆さんさぞかし度肝を抜かれたことでしょう(笑)。
私なんかは「あいつが死んでから、もう一ヶ月がたつのね」の台詞が目に入るなり「え!?死んだ!?シンジが!?」と、メチャクチャ取り乱してしまいました(笑)。それにしても、ハムスターの名前が「しんじ」だったとは、いやはや一本取られました。いきなり「しんじの形見」だって言われてリボンを見せられたヒカリ達は、さぞかし驚いたことでしょう(^^;)。

私的には、アスカ、「しんじ」って名前付けてシンジをからかうつもりだったんじゃないかとか勝手に思っちゃったりしてます。
アスカ「しんじぃーー。ご飯よぉーー。」
シンジ「え!?アスカ、ご飯作ってくれたの?」
アスカ「アンタじゃないわよっ!ハムスターのしんじよ!」
シンジ「な、なんだよ、紛らわしいなぁ。」
アスカ「自惚れないでよねー。あたしはシンジが大好きなんだから。」
シンジ「えええ!!?」
アスカ「なんでアンタが驚くのよ。ハムスターのしんじだって言ってんでしょ。」
シンジ「なっ、や、ややこしいよっ!」
アスカ「え?なに?もしかして期待してたァ?」
シンジ「うっ・・・。」
アスカ「ふふっ、ばぁーか。」
ってな感じでからかわれちゃってたり(笑)。

でも、リボンを取っておいたり、シンジに泣いてもらったりと、相当に可愛がられたハムスターだったのでしょうね。そういった意味で今回は、しんみりとした空気の漂う中、ちょっぴりジーンと響くものがあるお話でした。

追記:この作品は読み返すと「なるほどっ」と頷ける所がたくさんあって二度面白いっす。

ご覧になった皆様も、是非とも是非とも、すけっち・ぶっくさんにご感想を送りましょう!

たった一言の感想が、このような素晴らしい名作を生み出す大きな力になるのです。


 私達に名作を提供して下さった、すけっち・ぶっくさんへのご感想はこちらか、掲示板へ!
是非ともお願いします!m(_ _)m


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