新世紀エヴァンゲリオン if story
   「続々・自分の場所」   著 すけっち・ぶっく



 惣流・アスカ・ラングレーは、にこにこと微笑んでいる。
 さんさんと、降り注ぐ太陽の光。
 蜂蜜色の髪の毛をなびかせる、柔らかな風。
 そして、なによりも両の掌から伝わる、暖かなぬくもり。
 その全てが、

 (心地いい・・・)

 のである。
 今、アスカは同居人である、碇シンジの駆る真っ赤なATBに乗って、最初の目的地
 である「森林公園」へと、向かっている。
 と、前方になにやら、

 (森みたいな・・・)

 木の群れが、アスカの目に映った。

 「ねえ、シンジ。森林公園って、あれ?」

 目の前に映る森を指し示しながら、アスカは問うた。

 「そうだよ。もう少しで着くからね」

 シンジは、ちらりとアスカを見やりつつ、答える。
 すると・・・、

 「こら!脇見運転するんじゃ無い!」

 アスカがシンジの頭を、ぽかり、と叩く。
 ついで、にやりとして、

 「ま、あたしの顔を見たいっていうシンジの気持ちは、分からなくもないけどぉ〜」

 意地悪く、言ってみる。

 「・・・もう。何、言ってるんだよ。そんなんじゃないよ」

 「・・・そんなんって、何よ!あたしの顔、見たくないってぇの!?」

 「アスカ、何を言って・・・って!あ、危ないよ!」

 「いぃからぁ!あぁたぁしぃの顔ぉ!見ぃなぁさぁいっ!」

 「ちょっ・・・!や、やめてよ!見るよ!見たいよ!見たいから、やめてよぉっ!」

 にぎやかに、真っ赤なATBは、ふらふらと走っていく。





 「へぇ〜。ここが森林公園ってワケ?」

 どうやら無事にたどり着いたアスカが、目の前に広がる森を見つめて、言った。

 「そうだよ。・・・昨日、言ったでしょ?ほとんど森みたいな所だって」

 シンジは、入り口の脇にある駐輪場で、真っ赤なATBに、しっかりと鍵をかけている。

 「ほとんどって言うより、森そのものじゃない」

 そう言いつつ、アスカは、腰に巻いたシンジのパーカーの袖を解こうとして、

 「ふと・・・」

 手を止めた。

 「どうしたの?アスカ」

 「・・・何でも無いわよ。はい、パーカー返すわね」

 「うん」

 シンジは、アスカからパーカーを受け取ると、それを、さっと羽織る。
 アスカはそれを、じっと見つめている。
 なにやら、

 (なごりおしい・・・)

 気がする様である。

 「?どうしたの、アスカ?」

 「何でも無いわよ。・・・うん?」

 そこでアスカは、シンジをまじまじと見つめ始めた。

 「な、何?アスカ」

 突然に、まじまじと見つめられたシンジは、少々居心地が悪そうである。

 「・・・あんたって、服のセンス皆無かと思ってたんだけど、その格好、なかなか
 イケてるじゃない」

 なにやら、朝はどたばたとしていて気が付かなかったのだが、こうして改めて見てみると、

 (いい・・・)

 のである。
 今日のシンジは、青のジーンズに黒の無地のTシャツ。
 それに、真っ白のパーカーを羽織っている。
 どこか、プラグスーツを思わせるような配色、そして、どちらかというと、質素な
 出でたちなのだが、それがシンジには、

 「ぴたり」

 と、似合う。

 「そ、そうかな?ほ、ほら、早く行こうよ」

 よほど照れくさいのか、シンジはさっさと歩き始める。

 「あ!ちょっと、待ちなさいよ!」

 慌てて追いかけると、つい、

 (いつもの癖で・・・)

 シンジの三歩前を、歩いてしまった。

 「・・・でも、あんたってば、時々わけわかんないのよねぇ」

 「な、何が?」

 「たま〜に、こういう格好するかと思ったら、家じゃ、あんなTシャツ着てるんだもん」

 「あんなTシャツ・・・?ああ、あれ?」

 アスカの言う、

 「あんなTシャツ」

 とは他でもない。
 真ん中に、大きく、

 「平常心」

 と、書かれたTシャツの事である。

 「あれはね、トウジとケンスケがくれたんだよ」

 「なんですってぇ!?」

 さらり、と答えるシンジに、アスカは劇的な反応を示した。
 その様子に、ややおびえつつ、

 「何か知らないけど、家では必ずこれを着ろ!ってくれたんだよ。一着ずつ」

 「あれ、二着もあんの!?」

 思わず、天を仰ぐ。

 「・・・で、何であんたは、あんなの素直に着てんのよ」

 「え?だって、二人がせっかくくれた物だし、家の中でなら別にいいかなって」

 何の屈託も無く言うシンジを、

 「うらめしげに・・・」

 アスカは見やった。
 良くない。
 ちっとも、良くない。
 あのTシャツの所為で、アスカの目論見が幾度と無く、

 「失敗」

 しているのである。





 あれは、いつの事であったろうか・・・。
 いつもの様に、夕食後、一番に風呂に入ったアスカはリビングに、いた。
 する事も無いので、特に見たくもないドラマを、何とはなしに眺めていたのだが・・・。

 「・・・口で想いを伝えられないのなら、態度で示せばいいじゃない!」

 この台詞に、アスカはひどく感銘を受けた。
 正に、

 (目からウロコが落ちる様な・・・)

 思いで、あった。
 アスカは、決めた。
 次の日。
 夕食後の片付けをしているシンジの背後に、

 (そっと・・・)

 アスカは忍び寄った。
 やるべき事は、ただ一つ。

 (シンジを、背後から抱きしめる・・・)

 で、ある。

 (言葉は、いらない・・・)

 のである。
 と、後片付けが終わったのか、シンジはエプロンを外した。

 (いくわよ、アスカ!)

 瞬間、くるりとシンジが振り向く。

 「・・・どうしたの?アスカ」

 見れば、タックルをする様な体勢で、アスカが立っているではないか。

 「・・・牛乳、飲もうかと思って・・・」

 いつになく、気の抜けた表情が気にはなったが、牛乳をコップにつぐと、

 「はい、アスカ」

 手渡してやる。
 ・・・結局、この日は何事も、起きなかった。
 なにやら、気持ちが、

 (さめた・・・)

 のである。
 とはいえ、シンジが振り向いたから、では無い。
 振り向いた瞬間、目に映った、

 「平常心」

 の所為で、

 (さめた・・・)

 のである。





 別の日。
 アスカは、ドラマを見ていた。
 あれ以来、毎週かかさずに見続けているのである。
 そして・・・、

 「自分を連想できるモノを、肌身離さず持ってて欲しい!・・・う〜ん、乙女心ここに
 ありって感じよねぇ」

 きた。
 久しぶりに、きた。
 次の日、早速にアスカは街に出た。
 何軒か店を回り、アスカが買い求めたのは、シンプルな銀のプレートに、

 「射手座のシンボル」

 を抜いた、ペンダントであった。
 少々遠回しの様な気もしたが、今のアスカには、

 (これが、せいいっぱい・・・)

 の物であった。
 だが、これも結局は、

 (渡せなかった・・・)

 のである。
 高ぶる心を、物の見事に冷ましてくれる、あの、

 「平常心」

 の所為で、渡せなかったのである。





 「むぅ〜」

 肩を怒らせながら前を歩くアスカを、シンジは困った様に見つめていた。
 なにやら、その背中から、

 (殺気を感じる・・・)

 のである。
 理由はさっぱり分からないが、このままでは、自分の友人である、鈴原トウジと
 相田ケンスケの、

 (命が危ない・・・)

 様な気が、しきりにしてならない。

 (トウジとケンスケの為にも、・・・それに、それに、せっかく来たんだし・・・)

 意を決して、シンジは、アスカの肩に手を置いた。
 ぎろり、とアスカが振りかえる。

 「・・・落ち着いてよ、アスカ。せっかく来たんだし、ね?」

 よほど勇気を振り絞ったのであろうか。シンジは少々、泣きそうな顔をしていた。
 それを見て、さすがのアスカも、

 (はっ・・・!)

 と、した。
 ちらり、と周りを見回すと、目に映るのは、

 (木立ちだけ・・・)

 で、ある。
 無論の事、周りには誰もいない。
 聞こえてくるのは、蝉の声と鳥の声。
 時折、風が葉を、さわさわと鳴らしていく。
 その中を、二人だけで歩いているのである。正に、

 (夢のような・・・)

 状況ではないか。
 あの二人に怒りをたぎらすのは、明日になれば、

 (いくらでも出来る・・・)

 のである。
 ゆっくりと、深呼吸する。
 木と土の香りがない混ざった様な、森の香りが胸いっぱいに、広がっていく。

 「・・・仕方ないわねぇ。あんたに免じて許してあげるわ。・・・今だけね」

 シンジは、ほっと息をついた。
 最後の言葉が気にはなるが、アスカが機嫌を直してくれれば、

 (それで、充分・・・)

 なのである。

 「さ。それじゃあ、ちゃんと案内しなさいよね。あたし、ここへ来るのは初めて
 なんだから」

 「うん」

 自然、二人は並んで歩き始めた。
 時折、シンジが説明を加えたり、他愛の無い話をしながら、二人は、

 「ゆっくりと・・・」

 歩いていく。





 「へぇ〜、ココ小川まであんの!?」

 丸太を組み合わせた小さな橋から見下ろすと、清水が、さらさらと流れている。

 「そうだよ。・・・ちょっと、降りてみる?」

 「そうね」

 シンジにうながされて見てみると、なるほど、ちゃんと岸辺に降りられる様に、道が
 出来ている様である。

 「わぁ!綺麗な、水ねえ」

 小川のほとりに立ったアスカが、歓声を上げる。
 なにしろ、川底にある小石の一つ一つが、

 (良く見える・・・)

 程に、水が澄んでいるのである。

 「さわってごらん。冷たくて気持ちいいよ」

 シンジにうながされて、そっと手を流れにくぐらせてみる。

 「・・・冷た〜い!」

 「でしょ?」

 身が締まる様な冷たさと、手に感じる水の流れが、心地よい。
 しばらくの間、流れに手をくぐらせているアスカを、シンジは、

 「嬉しそうに・・・」

 微笑んで、眺めている。
 と、その時・・・。

 「・・・ねえ、シンジ?」

 瞳を、きらり、とさせたアスカが、シンジに声をかける。

 「なあに?」

 「お裾分け、してあげよっか?」

 「え?お裾分けって、なに、ひゃっ!?」

 「あはははっ、どう?シンジぃ、気持ちい〜い?」

 「ちょっ、何するんだよ、アスカぁ!うわっ!」

 「お裾分けよ!お・す・そ・わ・け!」

 水飛沫が、木漏れ日の光で、きらきらと輝いている。





 「・・・結構、大きいわねぇ。この池」

 「・・・そうかな?」

 二人は今、四阿の腰掛に、並んで座っている。

 「あんたってさぁ、いっつもこうしてぼけっとしてるわけ?」

 「・・・ん?いや、いつもってわけじゃないよ。考え事をしたい時とか、雨の日なんかは
 良くここに来るけど」

 「雨の時もココに来るわけぇ?」

 アスカは呆れた様に、シンジを見た。

 「・・・うん。熱いお茶を飲みながらね、静かに降ってる雨を眺めるのって、結構、
 好きなんだ」

 「ふ〜ん」

 気の無い相づちを打ちつつ、再び、池を見やる。

 (こいつってば、妙な所で渋いっていうか、じじくさいっていうか。ホント、わけ
 わかんないよのねぇ)

 一つ、ため息をつく。

 「ああ、もう!とっとと、次の場所に行くわよ、シンジ!」

 さすがに飽きたアスカが、シンジをうながそうとして、

 (はっ・・・!)

 と、口を閉じた。
 身じろぎもせず、ただ、

 「じっと・・・」

 水面を見つめるシンジに、目を見張る。
 我知らず、胸がざわめいてくる。
 胸の音が、頭に響く。
 なにやら、水面を見つめるシンジの姿に、

 「男」

 を、感じてしまった様である。
 確かに、エヴァで戦うシンジの姿を見て、

 (結構、男らしいトコ、あるじゃない)

 思った事は、ある。
 だが、ここまではっきりと、

 「男」

 を、感じたのは、

 (初めて・・・)

 の事、なのである。

 (な、なによう!なんなのよう!何でいきなり、そうなのよう!あ、あんたってば、
 ホントに、わけわかんないわよう!)

 思いながらも、目は、

 「じっと・・・」

 シンジを捕らえて、離さない。

 (だ、大体、あんた、男ってのはねえ、もっと、こう・・・分かってんの、あんた!?)

 わけが、分からない。
 と、その時、すっ・・・と、シンジの目が、閉じられた。
 そして、目が開かれた時、そこには、

 (あ・・・いつもの、シンジ・・・)

 が、いた。
 シンジは、アスカを見て、照れくさそうに笑うと、

 「ごめんね。何か、物思いにふけっちゃった」

 言いつつ、立ちあがる。

 「それじゃ、行こうか」

 「そ、そうね」

 慌てて立ちあがるアスカ。
 四阿を出ていくシンジの、その背中を見つめながら、

 (・・・雨が降ったら、絶対に来よっと)

 アスカは、心に決めていた。





 (・・・ねえ、どうしちゃったの?アスカ)

 先程から、自分の後ろを黙って歩いているアスカを、シンジは、

 (不思議・・・)

 かつ、

 (不気味・・・)

 に、思っていた。
 なにしろ、この様な事は、

 (今まで無かった)

 事なのである。
 シンジが、不思議に思うのは無理も無い。
 なにしろ、一言も、しゃべらない。
 ただ、黙って後ろをついてくる。
 しかも、である。
 先程、黙り込んでしまったアスカを心配したシンジが、

 (そっと・・・)

 振り向いて様子を窺ってみると・・・、

 「・・・うふ、ふふ・・・」

 これでは、シンジが不気味に思うのも無理はない。

 (ほんとに、どうしちゃったんだよ・・・)

 戦々恐々としながら、シンジは歩いていく。





 「わぁ〜!ひっろぉ〜い!」

 突然に、大声を上げたアスカに、シンジは、びくりと体を震わせた。
 二人は、公園のほぼ中央に位置する広場に着いた所である。

 「芝生が綺麗ねぇ。あっ、あそこにある木!ずいぶんと、おっきいわねぇ」

 いいさして、広場の真ん中にある木を指し示すアスカ。

 「・・・あ、ああ。僕、よくあの木の下で、昼寝するんだ」

 先程までの静けさが嘘の様に、にぎやかなアスカに目を見張る。

 「昼寝ぇ?・・・あんた、ぼけっとしてるか寝るかしかないわけぇ?」

 呆れた様な表情のアスカに、シンジは、

 (何故か・・・)

 嬉しさが、こみ上げてくる。

 (やっぱり、アスカは・・・)

 自然、満面に笑みを湛えて、アスカを見やる。

 「こうでなくっちゃ、ね」

 「・・・何が、こうでなくっちゃ、なの?」

 きょとん、と見つめてくるアスカに、シンジは、

 「胸が騒ぐ・・・」

 のを、感じた。

 (な、なんだろう?また、この感じ・・・)

 シンジには、まだ、分からない。
 故に、

 「な、なんでもないよ!それより、ほら。木の下へ行ってみようよ」

 慌てて、言った。

 「・・・何が、こうでなくっちゃ、なの?」

 じろり、と睨みを利かすアスカに、シンジがたじろぐ。

 「な、なんでもないったら、なんでもないよ!」

 シンジは、逃げ出した。
 木に向かって、全力で走る。

 「あ!こら、待てぇ!」

 当然の如く、アスカもシンジの後を追って、走る。

 「なぁにが、こうでなくっちゃ、なのよぉっ!」

 「なんでもないったら、なんでもないよぉっ!」

 「待ちなさぁい!この、待てっつぅの!」

 「やぁだよっ!」

 「待たないと、殺すわよ!」

 「・・・んじゃ、待ったらどうなるのさっ?」

 「決まってんでしょ!殺すわよ!」

 「それじゃ、変わんないじゃないかぁ!?」

 「うっさいわね!あんたは黙って、自分の運命を受け入れりゃいいのよ!」

 「僕の運命って、どんな運命なんだよっ!」

 「・・・ないしょ」

 青々と、色あざやかな芝生を踏みしめて、二人は走る。
 どこかで、しきりに鳥が鳴いている。
 太陽は、まだ昇りきっていない。
 今日は、まだまだ、

 「これから」

 で、ある。








 あとがき
 ここまで、この話にお付き合いくださり、ありがとうございます。
 すけっち・ぶっくです。
 さて、やっとこお届けする事の出来た「自分の場所」第三弾。
 いかがでしたでしょうか?
 ・・・ちょこっとでも、お気に召したら嬉しいのですけど・・・。
 ・・・では、今宵はこの辺りで失礼を。
                       2000年6月28日 すけっち・ぶっく

すけっち・ぶっくさん待望の続編、「続々・自分の場所」でした〜〜!
「自分の場所」シリーズ第三弾。うーーん、今回もエエ話しやなぁ・・・(うっとり)。

青空の下、自転車で乗り行く二人のデート道。
思わず後ろを振り向いちゃうシンジの気持ちも分かりますよね。だって、頭上に光り輝く太陽よりも、どれだけ澄み渡った青空よりも、もっと輝き澄んだものがすぐ後ろにあることを、シンジは知っているんですもんね(^^)。

そして今回笑ってしまったのがお馴染み平常心Tシャツ。なるほど、このTシャツのせいでアスカは色々とやりきれない思いをさせられて来たのですね(笑)。おそらく、近い内にシンジの部屋に忍び込むであろう正体不明の赤毛の工作員に処分されてしまうことでしょう(笑)。


それにしてもこの二人、なんとも初々しさが漂っていていいですねぇ。湖に映るシンジの顔にメロメロになっちゃったり、アスカのきょとんとした顔にドキッとしちゃったりと、二人の恋人以上、恋人未満っていう微妙な関係が伺えます(^^)。でも、そんなお互いの気持ちが通じ合うのも時間の問題。なんてったって、アスカの言うとおり、それがシンジの運命であり、アスカの運命であるのですから。

ご覧になった皆様も、是非ともすけっち・ぶっくさんにご感想を送りましょう!
たった一言の感想が、このような素晴らしい名作を生み出す大きな力になるのです。


 私達に名作を提供して下さった、すけっち・ぶっくさんへのご感想はこちらか、掲示板へ!
是非ともお願いします!m(_ _)m


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