新世紀エヴァンゲリオン if story
   「恋文・前編」      著 すけっち・ぶっく



 「アスカぁ、ゴミをまとめるから、ゴミ箱出してよ」

 午前十一時。
 ようやくに掃除と洗濯を終えた碇シンジは、リビングのゴミを袋に移しながら大声を
 出した。
 今日は日曜日。学校は勿論のこと、珍しいことにネルフの用事も無い。
 とはいえ、葛城家の家事を取り仕切っているシンジにしてみれば、

 (のんびりと、休んでられない)

 のである。
 第三新東京市では、月曜日と金曜日が燃えるゴミの日。
 水曜日が、燃えないゴミの日と決められている。
 故にシンジがゴミをまとめているのは、ごく自然な行動であったのだが・・・。

 「ゴミ?悪いけど、そんな時間無いわよ!」

 言いながら、惣流・アスカ・ラングレーは自室から飛び出して、それこそ、

 「あっ・・・」

 と、いう間も無く、洗面所へと駆け込んでいった。
 なにやら、どたばたと騒がしい。

 (やっぱり・・・)

 なかば予想していたとはいえ、ため息をつかずにはいられない。

 「そんなこと言わないでさ。お願いだから出してよ」

 いつものことではあるのだが、困った様にシンジは言った。
 この後、二度、三度と言葉のやり取りがあって、ようやくにシンジはゴミをまとめる
 ことができる・・・のであるが、今日はいささか勝手が、違った。

 「うっさいわねぇ!時間がないっつってんでしょ!ゴミ箱ぐらい勝手に出していいわよ!」

 怒鳴り込む様に、アスカがリビングへと飛び込んできた。
 見れば、先程までの、

 「あられもない・・・」

 部屋着姿、では無い。
 赤いタイトスカートに黒のTシャツ、それに薄手の白いパーカーを羽織っている。
 明らかに、外出の格好である。

 (あれ?出かけるのかな?)

 思い、訊ね様として視線が止まった。

 「ちょ、ちょっと!それ、僕のパーカーじゃないか!?」

 良く見るまでも無く、シンジのパーカーに紛れも無い。

 「そうよ。ちょっと借りるわね」

 さらり、とアスカが答える。
 その、いかにも、

 「借りるのが、当たり前・・・」

 と、いったアスカの表情に、シンジは二の句をつぐことができない。
 で、思わず、

 「・・・ゴミ箱出してくれない?」

 と、まるで芸の無いことを言ってしまった。
 その言葉に、

 (やっぱり・・・)

 なかば予想していたとはいえ、ため息をつかずにはいられない。
 できることならば、

 「借りるわね、じゃないよ。返してよ」

 「嫌よ」

 「どうしてさ?アスカ、服いっぱい持ってるじゃないか」

 「だって・・・」

 「だって?」

 「あんたの服って、あたしの体にフィットするっていうか、すっごく着心地が
 いいんだもん」

 などと、言ってみたかったアスカ、なのである。
 更に・・・、

 「きっ、きこごちが、いって・・・!?」

 「シンジぃ、かして?」

 「ぅえ、あ、う」

 「・・・ね?おねがい」

 「う、うん!か、かすよ。貸す!」

 「わぁい!ありがと!シ・ン・ジ!」

 「ちょ、ちょっとアスカぁ!だっ、抱きつかないでよぉ!」

 などと、甘えてみたかったアスカ、なのである。
 だが、その様なことは、

 (夢のまた、夢・・・)

 だと、分かってはいる。分かってはいるのだが、やはり、

 (腹が立つ!)

 のは、止められない。故に、

 「あんた、人の言うこと聞いてなかったの!?勝手に出していいって言ったでしょうが!」

 ついつい当り散らしてしまうのである。
 しかも、間の悪いことに、

 「ご、ごめん」

 アスカの、その凄まじいまでの剣幕に、思わず謝ってしまうシンジ。
 それがまた、アスカには、

 (気に入らない)

 のである。
 もはや、怒りを隠そうともせず、アスカは玄関へと向かった。
 それを追いながら、

 「勝手にって・・・じゃ、部屋に入っていいの?」

 シンジは問うた。

 「部屋に入らなきゃ、ゴミ箱出せないでしょうが!ったく、ホントにぼけぼけ
 なんだから!」

 怒りが収まらぬままに、アスカは玄関を出ていった。

 「・・・そんなこと言って、勝手に部屋に入ったら怒るくせに」

 やれやれと、首を振りつつ、シンジはリビングに戻ろうとした。
 が・・・、

 「・・・部屋に入るのはいいけど、ゴミ箱以外の物に手ぇ触れたら殺すわよ?」

 突然に、背後から声をかけられて、シンジの背筋が、

 「まるで、凍りついた・・・」

 かの如く、ぴしりと固まった。
 恐る恐る振り向いてみると、目を細めたアスカが、

 「こちらを・・・」

 じっと、見つめている。

 「わ、分かってるよ」

 思わず、声が震えてしまった。
 アスカは、じっとシンジを見つめている。

 「・・・?」

 いつまでも自分を見つめているアスカに、

 (時間が無いんじゃ・・・?)

 シンジは、いぶかしく思った。

 「・・・アスカ?時間が無いんじゃないの?」

 「・・・あんた、あたしがドコへ行くか聞かないの?」

 かぶせる様に問い返しつつも、アスカは、じっとシンジを見つめている。

 「え?だって、アスカが言いたくないなら、無理に聞こうとは思わないし・・・」

 アスカの視線に気圧された様に、シンジは一歩下がった。
 だが、シンジがこう言うのには無論のこと、理由がある。
 アスカが出かける時には、シンジが何も聞かなくてもアスカの方から、

 「明日、どこどこへ出かけるから・・・」

 と、告げられるのが、常である。
 したがって、行き先を告げないのは、

 (言いたくないから・・・)

 だと、シンジは思っているのである。
 だからこそ、強いて行き先を聞こうとは思わなかったのだが・・・、

 「・・・ふ〜ん。あたしのことは、どうでもいいってワケね」

 どうも、アスカの気には召さなかった様である。
 とはいえ、この様な言い方をされては、シンジも、

 「たまったものでは無い・・・」

 のである。
 シンジには悪気が無いのだから、当然のことと言えよう。

 「ちょ、ちょっと!その言い方は無いじゃないか!僕はアスカのこと、どうでも
 いいだなんて思ってないよ!」

 思わず、声も大きくなる、というものである。

 「うっさいわねぇ。そんな大声出さなくても聞こえるわよ!」

 不機嫌そうな表情で、アスカが言った。
 が、良く見ると腰の後ろに回した手で、

 「背中をつねっている・・・」

 では、ないか。
 ともすれば、今にも、

 (ほころんでしまいそうな・・・)

 頬を引き締める為に、つねっているのであるが、それがシンジには、

 「分かるはずも・・・」

 無い、のである。
 故に、珍しく腹を立てた様な面持ちのシンジを見て、

 (・・・何よ、これくらいのことで怒んないでよね!)

 思う反面、

 (・・・そんなに怒るほど・・・えへへ。ゴメンね、シンジ)

 などと、思っていたりするから、ややこしい。
 それはともかく・・・。

 (・・・さすがに、やばいわね)

 もはや、時間が無いのを悟ったアスカは、自分から、

 (それとなく・・・)

 今日の予定をシンジに伝えることにした。

 「あっと、いっけない!こんなことしてる場合じゃ、無いわ!デートの待ち合わせに
 遅れちゃう!」

 腕時計を見るフリをしながら、アスカはシンジの様子を窺っている。

 「え?・・・デート?」

 なかば呆然として、シンジはつぶやいた。

 「そうよ!」

 「えっと・・・加持さんと?」

 「違うわよ。同級生のコ」

 内心、シンジの反応を楽しみつつ、アスカは答える。

 「あ、そ、そうなんだ。・・・僕の知ってる人?」

 「あんたも知ってるコだと思うわよ?・・・あっと、ホントにまずいわ。それじゃ、
 行ってきま〜す!」

 「あ、いってらっしゃい・・・」

 呆然として見送るシンジを見やりつつ、今度こそ、アスカは家を飛び出していった。

 「デート・・・か」

 シンジは、ただ、玄関を見つめるばかりであった。





 アスカは待ち合わせの場所である、駅前の噴水広場へと急ぎながら、

 (ふふっ、シンジってば・・・)

 くすくすと、笑いをこぼしていた。
 先程の、

 (あの、シンジの顔ってば・・・)

 思い出すだけで、笑みが込み上げてくるのである。

 「えっへへ〜」

 アスカは、弾む様な足取りで歩いていく。





 (あ・・・ゴミ、まとめなきゃ)

 しばしの間、呆然としていたシンジは、不意に我に返ると、リビングへと踵を返した。
 ゴミ袋を左手に持ち、アスカの部屋へ向かおうとして、ふと足を止める。

 (・・・なんだろ?)

 なにやら、妙に胸が騒ぐ。

 (・・・なんだろ?)

 妙に、胸苦しい。
 思わず、胸の辺りを、その手に掴み締める。

 (・・・なんだろ?)

 胸の奥から込み上げてくる何かを、押さえることができない。

 「・・・なんだよ!」

 ほとばしる様な叫びと共に、シンジは右の拳を壁に叩き付けていた。
 凄まじいまでの音が廊下に響いて、消えた。

 「・・・変なの」

 力無くつぶやくと、うなだれたままアスカの部屋へと向かう。
 依然として、胸苦しさは、ちっとも晴れていない。

 (・・・どうしたんだろ?僕)

 訳も分からぬままに、シンジはアスカの部屋に入った。
 ふわり、と、どこか甘やかな匂いが、シンジを包む。

 (アスカの・・・匂い)

 いつもであれば、

 (心が、和む・・・)

 その匂いが、今は何故か、

 (胸苦しい・・・)

 のである。
 何かを振り払うかの様に、一つかぶりを振ると、机へと歩み寄る。
 そのまま机の脇に置いてあるゴミ箱を手に取ろうとして、

 (あ・・・)

 ふと、手を止めた。
 机の上に置かれた一枚のフォトプレート。

 (・・・加持さん)

 その中で笑っている男の姿に、シンジの眉根が曇る。
 思わず、手を伸ばして・・・止めた。

 (・・・絶対、変だ)

 フォトプレートから、目を逸らす。

 (いつも、見てるじゃないか・・・)

 目を閉じて、一つ深呼吸をする。

 (・・・ゴミをまとめて、早く出よう)

 片膝をついて、ゴミ箱を手に取った。
 淡々と、ゴミを移すシンジのその瞳は、暗く沈みきっている。

 (・・・ん?)

 ゴミをまとめ終えて、膝を立てかけたシンジの動きが、ぴたり、と止まった。

 (なんだろう?)

 見てみると、机の陰に、折りたたまれた紙が落ちているではないか。

 (仕舞い忘れたのかな?)

 机の上に置いておこう、と、シンジは紙を手に取った。
 どうやら、便せんの様である。

 (・・・あれ?)

 机の上に置こうとして、ふと、手を止める。

 (僕の・・・名前?)

 見れば、シンジ、という文字が透けて見えているではないか。
 数瞬、迷う。

 (見ちゃ、だめだ・・・)

 思いつつも、便せんを置くことができない。
 平常のシンジであれば、

 「ためらうことなく・・・」

 便せんを机の上に置き、部屋を出ていったであろう。
 だが、今のシンジは、常のシンジでは無い。

 (・・・アスカ、ごめん)

 ついに、見てしまった。

 「 シンジ、なんて私には関係の無いことなの。
   私は、貴方を見ているの。
   貴方だけを見ていたいの。
   どんな肩書きも関係無い。
   貴方を、ただ一人の男性として、見ていたいの。
   貴方のことを考えると、胸が苦しくなる。
   貴方のことを想うと、涙がこぼれてくる。
   貴方の笑顔を見るだけで、心が安らぐ。
   貴方の側にいるだけで、幸せを感じることができる。
   私は貴方が、好き。大好き。
   ううん・・・きっと、愛してる。愛しています。
   貴方だけを、愛しています。
   だから・・・だから、お願い。
   貴方の全てを、私にください。
   貴方の心を、私にください。
   私の全ては、貴方のモノだから。
   私の心は、ずっと、ずっと前から、貴方のモノなのだから・・・

                  惣流・アスカ・ラングレー    」

 不慣れな日本語で書いた所為であろう。
 その筆跡は、お世辞にも見事とは言いかねる代物であった。
 だが、その、

 (懸命な想いが・・・)

 伝わってくる。

 (真剣な想いが・・・)

 分かる。
 分かってしまう。
 食い入る様に見つめる、その便せんに、

 「ぱたり」

 と、何かが弾けた。
 それは、続けざまに弾けて、便せんに、うっすらと染みを作っていく。

 (・・・あれ?)

 いぶかしく思ったシンジが、頬に手を当てると、

 (指先が・・・)

 濡れた。
 既に、頬には幾筋もの流れができており、その流れは止まらない。

 (・・・泣いているのか?僕は)

 目が、涙で霞む。

 (・・・泣いて、いるのか?)

 シンジは、ただ、立ち尽くしていた。





 時計の針が、十二時と半分を、少し過ぎた頃。
 葛城家のベランダに、シンジの姿を見ることができる。
 シンジは、空を見つめていた。

 (・・・あの手紙、加持さん宛てかな)

 それとも、

 (今日のデートの相手、かな・・・)

 そこまで考えて、シンジは苦笑しながら、かぶりを振った。

 (相手が誰であろうと・・・)

 まなこを閉じる。

 (僕のすることは、決まってるよね)

 一つ頷いて、再び、空を見上げる。
 その時、

 「ただいま〜」

 玄関から、葛城ミサトの声が聞こえてきた。
 昨日の夜からの仕事が、ようやくに片付いた様である。
 シンジがリビングに入ると同時に、ミサトもまた、リビングに入ってきた。

 「おかえりなさい。ミサトさん」

 「たらいま〜、シンちゃん。・・・あれ?アスカは?」

 「・・・出かけました。さっき」

 「ふ〜ん」

 相づちを打ちつつ、ミサトの意識は、

 (徹夜明けの、冷た〜い、え・び・ちゅ)

 へと、飛んでいる。
 だが・・・、

 「・・・ミサトさん。話があります」

 シンジの声が、それを許さなかった。
 あからさまに不機嫌な表情で振り向いたミサトは、

 「・・・私、疲れてるから後じゃ、だめ?」

 声音までも不機嫌に、言った。
 いつもであれば、シンジが、

 「・・・分かりました。後でいいです」

 と、折れるのであるが・・・、

 「できれば、今、お願いします」

 返ってきた返事は、それであった。

 「わ、分かったわ」

 何故か気圧された様に、ミサトが折れた。
 ダイニングのテーブルに向かい合わせで、座る。

 「・・・で、話ってなぁに?」

 シンジは、ゆっくりと顔を上げ、ミサトを見つめる。
 ひたり、と見つめてくるシンジの瞳に、ミサトは、

 (はっ・・・!)

 と、した。
 近くで見るシンジの目が、

 (ずいぶんと・・・)

 赤い、ではないか。
 しかし、それよりも気になることがあった。シンジの瞳が、

 (怖いほどに、澄んでいる・・・)

 このことで、あった。
 その、澄みきった瞳を見た時、ミサトは、

 (・・・嫌な予感が・・・)

 胸に広がるのを感じた。

 「・・・ミサトさん」

 シンジが、穏やかに口を開く。
 不安が、消えない。それどころか、

 (ますます・・・)

 強くなっていく。
 シンジは、かすかに微笑みながら、言った。



 「僕は、この家を出ていきます」





 つづく







 あとがき
 ここまで、この話にお付き合い下さった皆様、ありがとうございます。
 すけっち・ぶっくです。
 ・・・今回は、多くを語りません。
 どうか、「恋文・後編」の方も、お付き合い下さいますよう・・・。
 ・・・それでは、今宵はこの辺りで失礼を。
                       2000年7月23日 すけっち・ぶっく


すけっち・ぶっくさん初の前後編となる、「恋文・前編」でした〜〜!
読み手をホンワカとさせる独特のこの作風と構成は、もはやすけっち・ぶっくさんならではの味ですね。
でも、ただのホンワカにならず、その中にちゃんと含まれている恋の「切なさ」というキーワード。温かい中に、ジーンとさせるものが含まれているからこそ、物語全体が引き締まって、とっても良いバランスが取れているのだと思います。

中でも、今回はアスカが自分の背中を抓るシーンが私的にお気に入りでした。予想以上の反応を示してくれたシンジの言葉に、内心小躍りしながらも、背中をつねって必死に虚勢を張るアスカがなんともへっぽこ(笑)。表面上では自分を隠せても、心の敏感な反応は正直に出てしまうものですよね(^^)。

ほのぼのと進む物語も、キーワードである「ラブレター」のシーンに差し掛かって一山。ああああぁ、切なひぃぃぃぃ・・・。募り募った想いも、心の中だけにしまって置くには、あまりにも大きくなり過ぎてしまったのですね。どうしようもなく溢れた想いは、文体へと形を変え、一枚の手紙に封じ込められ、運命のイタズラのままに、想いを寄せる少年の手へ・・・。でも、皮肉にもその想いは、全く違う形としてシンジに伝わって・・・。

さてさて、ちょっとしたすれ違いで家を出ることを決心したシンジに、アスカは!?
くぉぉぉぉぉぉ、次回が気になる〜〜〜〜〜!

ご覧になった皆様も、是非ともすけっち・ぶっくさんに感想を送りましょう!
たった一言の感想が、このような素晴らしい名作を生み出す大きな力になるのです。


 私達に名作を提供して下さった、すけっち・ぶっくさんへのご感想はこちらか、掲示板へ!
是非ともお願いします!m(_ _)m


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