新世紀エヴァンゲリオン if story
   「第壱中学奇譚・前編」    著 すけっち・ぶっく



 「おい、聞いたか?あの噂」

 「噂って、あれだろ?音楽室の」

 「そうそう!」

 惣流・アスカ・ラングレーがそれを耳にしたのは、二学期末テストの近づいた
 ある日の昼休みの事であった。
 既に弁当を食べ終わり、パックのレモンティーを飲んでいたアスカは、なんとは
 なしに、その話に耳を傾けた。

 「・・・音楽室のピアノが、誰もいないのにひとりでに鳴るってヤツだろ?」

 「そうそう!・・・しかも、そのメロディーがやたらに切ないメロディーで、
 思わず聞き惚れちまうほどのものなんだと!」

 そこに別の男子が口を出す。

 「・・・俺の聞いたところによると、メロディーが鳴ってる間は必ず、人魂
 みたいな光が見えるって話だぜ?」

 「うっそぉ〜!」

 「やだぁー」

 いつのまにやら女子まで話の輪に加わっているようである。

 「・・・でもさあ〜、そういう話ってさあ、ドコの学校にも一つや二つは
 あるじゃない?」

 「あるある!大体、音楽室のピアノって言えば、学校の怪談の定番だよね〜」

 「ま、確かにな」

 「嘘くせーよなあ」

 などと、けらけらと笑い合う。
 話に耳を傾けていたアスカも、

 (・・・つまんない話)

 と、興味を無くしたように、視線を話の輪から外してしまった。
 すると・・・、

 「・・・ねえ、今の音楽室の噂。アスカは、どう思う?」

 同じ様に噂話に耳を傾けていた洞木ヒカリが、

 「興味深々・・・」

 と、いった様子でアスカに話を振ってきたではないか。
 どうやら、この手の話が意外と好きなようである。

 「どうって・・・。あいつらの言う通り、単なるガセネタでしょ?」

 ちっとも興味が無さそうにアスカは答えた。

 「それが、そうでも無いんだな」

 突然に背後からかけられた声にアスカの肩が、ぴくりと跳ねた。
 慌てて振り向き、そこに立っている相田ケンスケに、

 「いっ、いきなり声かけんじゃないわよ!?」

 凄まじい形相で怒鳴りつける。
 惣流アスカ、どうやらこの手の話が苦手とみえる。
 先程も、興味が無かったのではなく、

 「興味の無いフリ」

 を、していただけではあるまいか・・・。
 それはさておき。
 拳を握り締め、ケンスケを睨み据えるアスカを、

 「お、落ち着いてアスカ!」

 慌ててヒカリが宥めにかかる。
 同時に素早く教室内へと視線を走らす。
 ところが・・・、

 「あ、あれ?碇君は?さっきまでいたのに」

 アスカを止めてもらおうと、碇シンジの姿を探したのだが、

 (どこにもいない・・・)

 ではないか。

 「・・・シンジなら、さっき教室を出てったわよ」

 内心焦るヒカリに、アスカがぼそりとつぶやいた。

 「・・・え?いつ?」

 「音楽室の話が出た頃」

 「な、なんでも、職員室に用があるって言ってたぜ」

 訳も分からず、いきなり凄まじいまでの殺気を浴びて、

 「蛇に睨まれた蛙のごとく・・・」

 身動きの出来なかったケンスケが、やっとの思いで口を開く。

 「・・・職員室?」

 いぶかしげに聞き返すアスカに、ケンスケは頷いた。

 「せやで。碇の事やから、大した用事やない思うけどな」

 ここにきて、ようやくに、

 (ケンスケを救うべく・・・)

 鈴原トウジが動いた。
 少々遅いのではないか、などと言ってはいけない。
 なんといっても、この場には、

 「シンジが、いない・・・」

 のである。
 ここで、アスカが癇癪を起こそうものなら、

 「止める術は無い・・・」

 のである。
 故に、対応には慎重の上に慎重を重ねなければならぬ。

 「・・・ふーん。一体、何の用があるってのかしらね・・・」

 面白くも無さそうに、ぼそりとアスカはつぶやいた。
 シンジの名が出たのが功を奏したのか、どうやら嵐は去ったようである。

 「・・・ねえ?アスカ」

 ほっとしつつ、ヒカリが口を開く。

 「なによ、ヒカリ?」

 「碇君が教室出ていったの、よく分かったわね?」

 「当たり前じゃない。そんぐらい、すぐ分かるわよ」

 何をいまさら、といった表情のアスカに、思わず悪戯心が目を覚ます。

 「・・・へ〜え、すぐ分かっちゃうんだ?碇君のこと」

 妙な流し目をくれつつ、ヒカリが、にやりと笑う。

 「・・・っ!?」

 ヒカリの言葉で、ようやくに自分の言った言葉の意味を理解したらしい。
 見る見るうちに、顔が真っ赤に染まっていく。
 しかし、そこは惣流・アスカ・ラングレー、である。
 すぐさま、その場を取り繕うように口早に捲くし立てた。

 「べっ、別にシンジの事なんか、どうでもいいんだけど、シンジの行動が分かる
 っていうか、そのっ、別にいつも見てるとかそんなんじゃなくて、ただ、シンジが
 いないと気配で分かるってだけなのよ!うん、それだけよ!」

 真っ赤な顔をして、いったい何を言っているのであろうか・・・?
 そのアスカの、あまりの台詞に、

 「いや、惣流・・・それだけて・・・」

 「・・・イヤーンな感じ・・・」

 トウジとケンスケは、呆然とつぶやくことしか出来ない。
 話を振ったヒカリでさえも、

 (・・・ひょっとして、惚気られているの?私・・・)

 言葉も無く、立ち尽くすばかりである。
 と、突然。

 「ああ、ほら!シンジが帰ってきたわよ!」

 アスカが声を上げつつ、戸口を指し示す。

 「え?」

 その言葉につられて振りかえって見てみると・・・、

 (誰もいない・・・)

 ではないか。

 「・・・なんや、惣流。碇のヤツ、帰って・・・きとるやないか、ホンマに」

 「ちょっと、シンジ!」

 呆然とつぶやくトウジを無視して、アスカはシンジを呼び寄せる。
 呼ばれたシンジは、とことことアスカの前にやってくると、

 「なあに?アスカ」

 にっこりと、微笑んだ。
 そのシンジの微笑みに、

 「うっすらと・・・」

 頬を染めつつ、むんずとシンジの頬をアスカはつねる。

 「なあに?じゃないわよ!あんた、職員室に何しに行ったのよ?」

 「ちょっと、用事があったんだよう・・・」

 「まったく。おかげで、あたしは大変だったんだからね!」

 「なにがだよう・・・」

 「・・・なんでも!」

 ぷいっと、顔を背けつつも、頬をつかんだ指は離さない。
 ここだけの話、実はアスカ、

 (シンジの頬をつねるのが・・・)

 ずいぶんと、お気に入りなのである。
 シンジの、

 (すべすべで、ふにふにと柔らかい・・・)

 頬の感触は、いつまで触っていても、

 (ちっとも、飽きない・・・)

 のである。
 とはいえ、いつまでも頬をつねっているわけにもいかない。

 「アスカ、痛いよう・・・」

 シンジの声に、しぶしぶと手を離す。
 ようやくに開放された頬をさすりながら、

 「・・・もう。いきなり、何するんだよ」

 ちょっと、文句を言ってみる。

 「なによ!あんたが悪いんだから、それぐらい当然よ!」

 「もう・・・」

 と、不満そうにしつつも、そこはシンジ、アスカのこうした態度には、

 (もう、慣れっこ・・・)

 なのである。
 仕方ないなあ、と、トウジ達の方へ視線を向けて、

 「・・・どうしたの?三人とも」

 きょとん、として、思わず問い掛けていた。
 見れば、三人とも、

 「妙に疲れたような・・・」

 表情をしているではないか。

 「いや、ええんや・・・ホンマに、ええんや・・・」

 「そう・・・何でも無いんだ。碇・・・何でも無いんだよ・・・」

 「大丈夫だから・・・私達は、大丈夫だから・・・」

 力無くかぶりを振る三人に、

 「・・・ねえ、アスカ。何があったの?」

 「・・・さあ?」

 シンジとアスカは、ただ、首を捻るばかりであった。





 こうして、

 「何事も無く・・・」

 一日が過ぎていくかに、見えた。
 ところが、である。
 その日の放課後、アスカ達が、

 (完全に忘れていた・・・)

 あの音楽室で、異変が起こったのである。





 翌日。
 アスカは、一人で登校した。
 シンジは、というと、今日は朝一番にネルフの用事があり、

 「葛城ミサトと共に・・・」

 既に、ネルフへと向かってしまった。
 おかげで、アスカは朝から不機嫌であった。

 (・・・何で、あたしが一人で学校に行かなきゃなんないのよ!)

 むすっとしたまま、歩いていく。

 (・・・何で、シンジとファーストがネルフで、あたしだけ学校なのよ!)

 このことであった。
 シンジだけならまだしも、ファーストチルドレンである、

 「綾波レイと一緒・・・」

 と、いうのが、

 (おもしろくない!)

 のである。
 不機嫌なまま、教室に入ると、なにやらざわざわと騒がしいではないか。
 いぶかしく思いながらも、一人、自分の席に座ると、

 「おはよう、アスカ」

 すぐにヒカリが声を掛けてくる。

 「おはよう、ヒカリ」

 挨拶を返しつつ、

 「ねえ、ヒカリ?騒がしいけど、何かあったの?」

 するとヒカリ、突然声をひそめて、

 「・・・それがね、アスカ。・・・出たらしいのよ」

 「出たって・・・何?痴漢でも出たの?」

 「そうじゃなくって!・・・幽霊よ、ゆうれい!」

 「・・・ゆーれい?」

 「そう!ほら、昨日の昼休みに出た噂話、憶えてる?」

 「・・・音楽室のピアノが、勝手に鳴るってヤツ?」

 「そうそう!」

 なにやら興奮気味に語るヒカリに、

 「・・・ふ〜ん」

 アスカは、そっけなく答える。
 その調子に、

 (・・・あれ?)

 ようやく、アスカの様子に気が付いた。

 (そういえば・・・)

 見回してみると、いつも一緒に登校してくるはずの、

 (碇君がいない・・・)

 ではないか。

 「ねえ、アスカ?碇君、どうしたの?」

 またケンカでもしたのか、と訊ねてみると、

 「・・・あいつは、今日ネルフに行ってるわよ。・・・ファーストと一緒にね」

 ぼそりと、付け加えられた言葉に、

 (ああ、なるほど)

 ヒカリは合点がいった。
 そっぽを向いて、むすっとしたままのアスカに、

 (・・・アスカってば)

 思わず、微笑みがこぼれる。

 「・・・じゃ、寂しいね?アスカ」

 少々、からかうような口調に、思わず、

 「べっ、別にさびっ、寂しくなんかないわよ!」

 大声を上げる。
 するとヒカリは・・・、

 「アスカ」

 ぽん、と肩に手を置いて、柔らかく微笑んだ。
 そのヒカリの微笑みに、アスカは、はっとして俯くと、

 「・・・ちょっとね・・・」

 蚊の鳴くような、小さな声でつぶやいた。
 そんなアスカに、うんうんと頷きつつも、

 「・・・あれ?」

 ヒカリは首を捻った。

 「ねえ、アスカ。綾波さん、今日ネルフなんでしょ?」

 「・・・うん」

 「でも、私さっき廊下で綾波さんに会ったわよ?」

 「え!?」

 その言葉に、勢いよく顔を上げると、

 「で、でも、朝ミサトが、今日シンジとファーストは朝イチで・・・ネルフ
 ・・・って・・・あんの、飲んだくれぇ〜!」

 ぎりりと、拳を握り締める。
 どうやら、ミサトは今日も朝から一杯やっていたようである。
 もう、

 「鬼神も、かくや・・・」

 と、いった感じのアスカにヒカリは、

 「でも、ほっとしたでしょ?」

 言ってみる。

 「うん・・・じゃなくって!べ、別に、ほっとなんかしてないわよ!」

 慌ててかぶりを振って、

 「そ、そんな事より!ほ、ほら、音楽室のピアノ!」

 必死になって、話題を変える。
 その言葉に、

 「そう!そうなのよ、アスカ!」

 思わず、ヒカリは身を乗り出した。

 「それがね。うちのクラスの沢田君がね、見ちゃったんだって!」

 「見た?聴いたんじゃなくって?」

 「えっと・・・そこら辺は詳しく訊いてないけど・・・」

 「むぅ・・・それじゃあ、よく分かんないわねえ」

 と、そこに、

 「よう分からんのやったら、沢田本人に訊きゃあええやん」

 トウジが、ひょいと顔を見せる。

 「あ、あんた!いつからいたのよ!」

 「委員長が、そう!そうなのよ、とか言ってた辺りからだよ」

 続いて、ケンスケが顔を見せる。

 「んで、沢田がどしたん?」

 訊ねるトウジに、

 「えっとね。音楽室の幽霊を、見たとか、見ないとか・・・」

 そのヒカリの言葉に、

 「ホンマかいな?」

 「ホントか!?」

 それぞれの反応を示しつつ、

 「せやったら、沢田に訊いてみようや」

 「そうだな・・・お〜い、沢田!」

 すぐさま級友を呼び寄せた。
 沢田と呼ばれた少年は、

 「何だよ?」

 気軽にやってくると、

 「なあ、音楽室の幽霊を見たって、ホントか?」

 「ああ、見たぜ」

 あまりにも、あっさりと答えが返ってきたではないか。

 「ほ、ほんとうに!?」

 「おい、どんなんやったんや?」

 勢い込んで訊ねてくるヒカリとトウジに、

 「それがな・・・」

 声をひそめつつ、沢田少年は語り始めた。





 それは、昨日の放課後の事であった。
 沢田少年は、

 「ある決意を胸に・・・」

 屋上に一人、佇んでいた。

 (今日こそは・・・)

 手すりを握り締め、空を見上げる。

 (相原に告白する!)

 このことであった。
 ちなみに、相原というのは、隣のクラスの小柄で可愛らしい女の子の事である。
 沢田少年が、手すりを握り締め、

 「じっと・・・」

 緊張に耐えていると・・・、

 「・・・沢田くん?」

 か細い声と共に、相原ケイコが姿を見せた。

 「あ、相原。来てくれたんだな!」

 「・・・うん」

 いいさして、相原ケイコは沢田少年の元へと歩み寄る。

 「手紙・・・読んだよ」

 俯きながら、ぽつりと漏らす。
 手紙を読んだが故に、相原ケイコは屋上へとやって来たのだから、言わずとも、

 (分かっている・・・)

 はずなのではあるが、何故だか、

 (言わずにはいられなかった・・・)

 のである。
 そんな相原ケイコに、

 「そ、そっか。読んでくれたんだな」

 沢田少年は言葉を返しつつ、拳をきつく握り締める。

 「じゃ、じゃあ、分かってるとは思うけど、お、俺、相原に言いたいことが
 あるんだ」

 「・・・うん」

 沈黙が流れる。
 沢田少年は拳を握り締めたまま、相原ケイコは俯いたまま、

 「微動だに・・・」

 しない。
 突然、

 「あ、相原!」

 沢田少年が叫んだ。

 「お、おれ、俺!相原のことが好きだ!」

 「・・・!」

 「ずっと、ずっと、一年の頃から、ずっと好きだった!」

 「・・・」

 「ずっと・・・好きだったんだ!」

 「・・・」

 再び、沈黙が流れる。
 先程から俯いたままの相原ケイコに、

 (なんで、何も言ってくれないんだよ・・・)

 徐々に、不安が膨らみ始める。
 すると・・・、

 「・・・いよ」

 何かが、屋上の床に落ちる。
 見れば、

 (相原の肩が・・・)

 小さく震えているではないか。

 「・・・しいよ」

 つぶやきながら、相原ケイコは顔を上げる。

 「・・・うれしいよ」

 その顔は、涙に濡れていた。

 「相原!」

 「うれしい!うれしいよっ!」

 震える肩を抱きしめる沢田少年の胸を、

 「想いの込められた・・・」

 涙が、そっと濡らしていた。





 「・・・だから?」

 照れつつも、嬉しそうに語る沢田少年に、ケンスケの頬は、ぴくぴくと引き攣って
 いた。
 沢田少年は、頭を掻きつつ、

 「そんなわけでさ。俺と相原、付き合うことになってさ」

 たはは、と笑う。

 「・・・いや、せやから、その話と音楽室の話が、何の関係があるねんな?」

 少々、呆れたようにトウジが言った。
 ケンスケは、もう、どうにもならない。

 「・・・ああ。ここからが、本題なんだけどな・・・」

 再び、沢田少年は語り始めた。
 ちなみに、アスカとヒカリは・・・、

 (シンジが、そんなこと言ってくれたら・・・)

 (鈴原が、そんなこと言ってくれたら・・・)

 夢、見ていた。





 どのくらいの時が過ぎたのであろうか・・・。
 少々、

 (名残惜しい・・・)

 思いながらも、二人は互いの身体を、そっと離した。

 「・・・シャツ、汚しちゃったね」

 恥ずかしそうに言う相原ケイコに、

 「気にすんなよ。それに・・・」

 「・・・?」

 「相原の涙だったら・・・俺、全然かまわないから、さ」

 ちょいと照れくさそうに、沢田少年は笑ってみせた。

 「沢田くん・・・」

 再び、寄り添う。
 と・・・、

 (・・・あれ?)

 どこからか、低弦の調べが聞こえてくるではないか。

 「・・・ねえ、沢田くん?」

 「相原も気づいたか?」

 こくりと、頷く。
 しばらく寄り添いながら、その調べに耳をすませていると・・・、

 「・・・沢田くん」

 きゅっ、と沢田少年の腕を握り締める。

 「・・・相原」

 そっと、相原ケイコの肩を抱く。
 二人の耳に届く、その調べが、あまりにも、

 (暖かくて・・・)

 あまりにも、

 (切なくて・・・)

 思わず、互いの名を呼ばずにはいられなかったのである。
 かすかな調べは、途切れること無く二人を包み、やがて、空へと消えていく。
 なんと、

 (優しい・・・)

 音色であろうか。
 なんと、

 (儚い・・・)

 音色なのであろうか・・・。
 いつしか、二人は見つめ合っていた。
 かすかに響き渡る調べに包まれて、二人は、ただ見つめ合っていた。
 やがて、その調べは、静かな余韻と共に、

 「空に融け込むように・・・」

 消えた。
 二人は、はっと我に返ると、そっと身を離す。
 沢田少年、こほんと一つ咳払いをすると、

 「それにしても、今の曲。どっから聞こえたんだろうなあ?」

 きょろきょろと、辺りを見回す。

 「・・・!ね、ねえ、沢田くん。あそこ・・・」

 頬を赤く染めつつも、同じ様に辺りを見回していた相原ケイコが、

 「驚いたように・・・」

 一点を、指さした。

 「え?・・・何だ、あれ?」

 言われて見ると、向かいにある教室のカーテンの隙間から、

 「炎のような・・・」

 灯りが、見えるではないか。
 じっと、見つめる二人の前で、突然、

 「ふっと・・・」

 炎のような灯りが、消えた。

 「あ!」

 「・・・消えちまった」

 二人して、呆然としていると、突然、はっとしたように、

 「ね、ねえ。あそこって、音楽室じゃない?」

 相原ケイコは、沢田少年に縋り付く。

 「音楽室・・・?」

 いぶかしげに問い返す沢田少年に、

 「うん。聞いたことない?音楽室のピアノの噂」

 「ま、まさか・・・嘘だろ?」

 二人は、呆然と立ち尽くしていた。





 沢田少年の話は終わった。

 「本当かよ、おい」

 「やだぁ〜」

 などと、声がするので見てみると、

 「いつのまにやら・・・」

 聴衆が、ずいぶんと増えているではないか。

 「なんや、お前ら。いつの間に集まってきたん?」

 周りを見渡すトウジを、

 「そんなん、どうでもいいじゃねえか」

 「ね、ね、沢田君!・・・もしかして、キスとかしちゃった?」

 「な、何言ってんだよ!してねえよ!」

 「あ〜、赤くなってる〜」

 「したのか、お前!」

 ほとんど無視して、話は進んでいく。
 ケンスケは、未だに、どうにもならない。
 ちなみに、アスカとヒカリは・・・、

 (静かな音色の中で、シ、シンジが、シンジが・・・!)

 (す、鈴原が私を、だ、だきっ、だきっ・・・いや〜!不潔よ、私〜!)

 夢、見ていた。





 「ねえ、ねえ、聞いた?音楽室の噂!」

 「聞いた、聞いた!」

 四時間目の授業が終わる頃には、二年A組は、

 「音楽室の噂」

 で、もちきりであった。

 「放課後に、すっごく素敵な音色が聞こえてくるんでしょ?」

 「そうそう!・・・しかも、それを屋上で聴いたカップルは、絶対に幸せに
 なれるんだって!」

 「やだあ〜。私も聴きた〜い!」

 ・・・どうも、妙なことになった。
 超常的な、

 「心霊現象の起きる場所」

 のはずが、いつの間にやら、

 「恋人達の幸せの場所」

 に、なってしまったようである。
 そんな中、昼休みを前にして、ようやくにシンジが姿を見せた。

 「よ!碇」

 「碇君、おはよ〜」

 「あ、おはよう」

 シンジは、級友達に挨拶を返しつつ、アスカの前へとやって来る。

 「・・・何よ、シンジ。何か用?」

 教室に入ってくるなり、

 「真っ直ぐに・・・」

 アスカの元へとやって来たシンジに、内心、

 (嬉しくて、たまらない・・・)

 のではあるが、どうしても、

 (素直になれない・・・)

 のである。
 そんなアスカに、シンジは少し息を弾ませつつ、

 「はい、アスカ」

 と、鞄の中からアスカの弁当を取り出した。

 「アスカってば、ちゃんと持って出てね、って言ったのに忘れるんだもん」

 「え?・・・あっ」

 言われてアスカは思い出した。
 確かに、朝、

 「アスカ。ちゃんと、お弁当持っていってね!」

 シンジに言われたのではあるが、

 (今日は、あたしだけ学校・・・)

 その事で、頭に血が昇ってしまい、

 (すっかり、忘れてた・・・)

 のである。

 「う、うっさいわねえ!あんたが、あたしのお弁当を持ってくるのは、紀元前からの
 決定事項でしょうが!」

 他人が聞いたら、

 「誤解されそうな・・・」

 台詞ではあるが、当然、シンジは気づかない。

 「もう、そんなこと言って・・・」

 ちょっと、口を尖らせるも、

 「でも、間に合って良かったよ」

 にこりと、微笑んでみせる。

 「そ、それより!ネルフの用事って何だったのよ!」

 その微笑みに、アスカは慌てて話題を変えた。

 「ああ、再検査してたんだよ」

 「再検査?何の?」

 「なんかね。この間の身体検査で、ちょっと気になる点があったんだって」

 「・・・それで再検査?」

 「うん」

 「ふうん・・・」

 我知らず、眉根が曇る。

 「アスカ、どうしたの?」

 「・・・ん、別に何でも無いわよ。で、結果は?」

 「明日には分かるって、リツコさんが」

 「そう・・・」

 それじゃ、とトウジとケンスケの方へと歩いていくシンジの背中を見送りながら、
 アスカは、なんとはなしに、

 (胸が騒ぐ・・・)

 のを、感じていた。





 つづく





 あとがき
 ここまで、この話にお付き合い下さった皆様、ありがとうございます。
 お久しぶりの、すけっち・ぶっくです。
 ささやかではありますが、小生から皆様へのクリスマスプレゼントで
 ございます。
 少しでも、喜んでいただけたら幸いです。
 それでは、「第壱中学奇譚・後編」で、またお会いしましょう。
 ・・・それでは、今宵はこの辺りで失礼を。
                      2000年12月24日 すけっち・ぶっく


すけっち・ぶっくさんの「第壱中学奇譚・前編」でした〜〜!

アスカ「すけっち・ぶっくさんからのステキなクリスマス・プレゼントよぉぉぉ♪」
ミサト「うぅぅ、お姉さん感動だわっ!(うるる)」
アスカ「オバサン、の間違いでしょ?」
ミサト「なンか言った?」
アスカ「べっつにぃー。」
リツコ「相原ケイコちゃんに、沢田クンだっけ?とってもお似合いのカップルね。
    麗しの青春の日々。過ぎ去りし学生時代を思い起こすわね・・・(しみじみ)」
ミサト「ケッ!グビグビ!」
アスカ「(ああ、あたしもアイツといつか、あの2人みたいに・・・。)←夢見モード」
ミサト「それにしても例の幽霊騒ぎ、どうやらマジっぽいわね。目撃証言も揃ってるし。」
リツコ「科学技術者の立場からはあまり認めたくないんだけど、事実、今だ科学の力でも謎と
    される事例はいくつも残されているわ。」
アスカ「ゾォ〜〜・・・っ。」
リツコ「あら?アスカ、まさか怖いの?」
アスカ「ま、まっさかぁぁぁ!バ、バカ言っちゃいけないわよリツコぉ。」
リツコ「そうよね。なんてったって無敵と自称しているアスカ様だものね。」
アスカ「アハ、アハハハ・・・。」
ミサト「そういや最近、深夜にキッチンから不審な物音がするのよね。気のせいかしら?」
アスカ「ゾォ〜〜・・・っ。
ミサト「さっ、もう遅いし、そろそろ寝ましょ。」
リツコ「そうね。」
パチン。(消灯)
アスカ「・・・・・・・・・・・・・・。」
ミサト「ぐぅ、ぐぅ・・・・。」
リツコ「すや、すや・・・・。」
アスカ「(怖いよぉぉぉぉぉぉぉ!シンジぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!)」

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