「アスカ、どうしたの?」

 「・・・ん、別に何でも無いわよ。で、結果は?」

 「明日には分かるって、リツコさんが」

 「そう・・・」

 それじゃ、とトウジとケンスケの方へと歩いていくシンジの背中を見送りながら、
 アスカは、なんとはなしに、

 (胸が騒ぐ・・・)

 のを、感じていた。



 新世紀エヴァンゲリオン if story
  「第壱中学奇譚・後編」   著 すけっち・ぶっく



 翌日。
 またも、アスカは一人で登校していた。
 シンジは・・・というと、昨日行った再検査の結果が出たらしく、

 「葛城ミサトと共に・・・」

 ネルフへと行ってしまったのである。
 おかげで、アスカは不機嫌であった。

 (もう!何で、二日連続で一人で学校に行かなきゃなんないのよ!)

 むすっとしたまま歩いていく。
 だが・・・、

 (・・・どうして、あたし一人なんだろ・・・)

 それ以上に、

 (・・・どうして、シンジはネルフに行ったんだろ・・・)

 アスカの心は、不安で埋め尽くされていた。

 (・・・ただ、検査の結果を聞くだけなのに、どうして・・・)

 いくつものどうしてが、脳裏に浮かんでは、消えていく。

 (・・・どうして、わざわざネルフに呼ばれたんだろう・・・)

 歩みが、止まった。
 漠然とした不安が、どんどんと色濃くなっていく。

 (あたしも・・・ネルフへ行こうかな)

 思わず、踵を返し・・・、

 (でも・・・)

 ためらうように足が止まる。

 (ネルフに行く理由・・・なんて言えばいいんだろう・・・)

 しばしの間、アスカはその場に立ち尽くしていた。
 やがて・・・。

 (・・・)

 アスカは、歩き始めた。

 (あたしの・・・)

 このような時でさえ、素直になることの出来ない己を呪いながら、

 (・・・ばか)

 アスカは、学校へと歩いていった。





 その日の二年A組も、相も変わらず、

 「音楽室の噂」

 で、もちきりであった。
 そんな中、アスカは一人、ぼんやりとしていた。
 アスカ自身は、

 (いつも通りに・・・)

 振舞っているつもり、なのではあるが、周りからしてみれば、

 (ちっとも、いつも通りじゃない・・・)

 のである。
 おそらくは、

 「シンジに関する事」

 が、原因であろうことは分かる。
 なにしろ、学校に来てからのアスカは、

 「じっと・・・」

 シンジの席を見つめているかと思うと、

 「みるみるうちに・・・」

 眉を曇らせて俯いてしまう。
 それでいて、

 (いつも通りに・・・)

 振舞おうとするものだから、どこか、

 (痛々しく・・・)

 見えてしまう、のである。
 そんな訳で、今日ばかりは、さすがのヒカリやトウジ、ケンスケも、

 (下手に訳を訊けない・・・)

 と、心配しつつも、眺めるより他に無かったのである。
 そして・・・。

 (シンジ!)

 二時間目が終わり、英語教師と入れ替わるようにして、

 「ようやくに・・・」

 シンジが、姿を見せた。

 「思わず・・・」

 アスカの腰が浮きかけて、はっとしたように座り直す。
 そして、ぷいっと視線を逸らして、無関心を装ってみせる。
 だが、無論の事、

 (早く、こっちに来てよね!)

 意識は、全てシンジへと集中している。
 ところが・・・、

 (な、なんで来ないのよ!?)

 当のシンジといえば、アスカの所に行くどころか、真っ直ぐに自分の席へと向かうと、
 そのまま席から、

 「動こうともしない・・・」

 ではないか。
 授業間の休憩時間は十分間しかない。
 このままでは、十分など、

 「あっ・・・」

 と、いう間に過ぎ去ってしまう。
 さすがに、アスカが耐えきれなくなって席を立とうとした瞬間、

 (・・・あっ)

 シンジの横に、綾波レイが立った。
 それに気づいたシンジが、

 「あ。おはよう、綾波」

 笑顔で挨拶を交わす。

 「・・・検査」

 ぽつりと、レイが言った。

 「・・・え?」

 「検査。・・・どうだったの?」

 「あ、ああ。・・・別に、何とも無かったよ」

 レイは数瞬、シンジの顔を見つめていたが・・・、

 「・・・そう。良かったわね」

 ふいっと、自分の席へと戻ってしまった。
 そんなレイをちょっと見送ると、シンジは再び、机へと向かう。

 (・・・)

 アスカはシンジの背を見つめていた。

 (・・・シンジ)

 シンジの言葉を聞いても、

 (・・・ほんとに、本当に、何とも無かったの?)

 ちっとも不安の晴れぬまま、

 (・・・ねえ、シンジ・・・)

 アスカは、ただ、シンジの背を見つめていた。





 昼休みになった。
 結局、シンジとアスカは、あれから、

 「一言も・・・」

 話しては、いない。
 両者共に、

 (お互いを意識している・・・)

 のは、傍目にも、

 (明らか・・・)

 なのではあるが、いかんせん、

 (事情が、さっぱり分からない・・・)

 のである。
 故に、まったく口出し出来ないのである。
 そんな折、シンジが、がたりと席を立った。
 手に弁当箱を二つ提げて、

 「真っ直ぐに・・・」

 アスカの席へと向かう。
 見上げるアスカに微笑むと、

 「はい、アスカ。お弁当だよ」

 赤い包みの方を机の上に置く。

 「・・・今日のメニューは、何?」

 「それは開けてのお楽しみ、だよ」

 「むう・・・教えてくれたっていいじゃない」

 「だから、開ければ分かるってば」

 言い置いて、シンジはトウジとケンスケの元へと向かう。
 そんなシンジとアスカを見ていた、ヒカリ達を始めとする級友達は、

 (・・・なんだ)

 拍子抜けしてしまった。
 特に仲違いをした様子でも無く、今見たところ、

 (いつも通りの二人・・・)

 と、さして変わらないように見える。

 (思い過ごしかな・・・?)

 皆が、そんな事を考えた刹那、

 「シンジ!」

 突然、アスカが席を立った。
 両手で、弁当箱を包むように持ちながら、

 「じっと・・・」

 シンジを見つめている。
 シンジも、また、何も言わずに、

 「じっと・・・」

 アスカを見つめている。
 ざわめきが、止んだ。
 じっと見つめ合う二人を前にして、

 「指先すら・・・」

 ぴくりとも、動かせぬ。
 不意に、アスカが何かを言おうとして、

 「・・・」

 思い直したかのように、口をつぐんでしまった。
 シンジの眉が、曇る。

 「・・・アスカ?」

 思わず、名を呼んだ瞬間、

 「シンジ!」

 まるで、シンジの言葉を遮るかのように声を上げて、

 「今日・・・」

 視線を落とす。

 「今日・・・」

 いいさして、きっと顔を上げると、

 「今日のお弁当、唐揚げね!」

 びしりと、人差し指を突きつける。

 「・・・うん、当たり。さすがだね」

 シンジは、微笑みを浮かべて頷いた。
 思わず、教室中から、ため息が漏れた。

 (・・・な、なんだったんだ?いったい)

 皆、一様に思いながらも、再び喧騒を取り戻していく。
 それ故に、誰も気づかなかった。
 シンジに背を向けて、席に座ったアスカの瞳が、

 「ひどく、揺れていた・・・」

 その事に、誰も気づかなかった。





 そうして昼休みは進み・・・、

 「・・・ねえ、ヒカリ」

 どことなく、ぼんやりとしていたアスカが、ふと口を開いた。

 「な、何?アスカ」

 一緒に食事をとりつつも、どこか、

 (ぼんやりしている・・・)

 アスカの様子に、

 (やっぱり、おかしい・・・)

 と、眉をひそめていたヒカリが、慌てたように答える。
 そんなヒカリの様子を気にした風でもなく、

 「・・・あのさ。ちょっと、訊きたいことがあるんだけど・・・」

 ぼんやりとしたまま、問い掛ける。

 「訊きたいことって?」

 答えつつも、

 (・・・絶対、おかしい)

 ここにきて、ヒカリの疑惑は、決定的なものへとなった。
 いつもであれば、

 「・・・あれれ〜?ヒカリってば、何を慌ててるのかな〜?・・・もしかして、
 鈴原でも見つめちゃってた?」

 などと、からかいの手が、必ず入る。
 ところが、それが無い。
 この事だけでも、アスカの悩みが、

 (相当に、深い・・・)

 と、いう事が分かる。
 しかし、そこはヒカリ、

 (心配だけれども・・・)

 それを顔にだしたりは、しない。

 (アスカが、少しでも安心できるように・・・)

 柔らかく微笑んでみせる。

 「うん・・・シンジのこと、なんだけどね・・・」

 ぽつりぽつりと、言葉を漏らすアスカに、

 (やっぱり・・・)

 と、思いつつも、

 「碇君のこと?」

 穏やかに、ヒカリは訊ねた。

 「うん・・・最近、シンジの様子、ヒカリから見て、どう・・・かな?」

 「最近の碇君?・・・いつもと変わらないように見えるけど・・・」

 「・・・変じゃ、ないかな?」

 「・・・変って言われても・・・」

 分からない、と言いかけて、ヒカリは、はっとした。

 「何かあるのね!?」

 そのヒカリの反応に、アスカは掴みかからんばかりに身を乗り出した。
 その勢いに、ちょっと身を引きながらも、

 「う、うん・・・変かどうかは分からないけど・・・」

 そう前置きをして、ヒカリは語り始めた。





 あれは、もう、

 (一週間ぐらいも前・・・)

 のことで、あったであろうか。
 その日の放課後、ヒカリは図書室に来ていた。
 無論の事、なんとはなしに来た訳では無い。

 (えっと・・・)

 ヒカリは、棚の前に立つと、

 (とりあえず・・・)

 目にとまった二冊の本を、棚から抜き出した。
 一冊は、「家庭料理・五十選」。
 もう一冊は、「ちょっと不思議なお料理しましょ!」で、ある。
 ヒカリは、ぱらぱらと本をめくって見ていたが・・・、

 「こっちに、しようっと・・・」

 小さくつぶやくと、一冊を棚に戻した。
 手に持った本を借りようと、棚を離れたところで、

 (・・・あれ?)

 そこに、意外な人の姿を見た。

 (碇君?)

 見れば、ヒカリが、

 (初めて見るような・・・)

 真剣な面持ちで、

 (何か、書類のような紙を・・・)

 めくっては、見つめ、見つめては、めくっている。

 (いったい、何を見ているんだろう・・・?)

 不思議に思い、ヒカリが声をかけようとして、ふと、口をつぐんだ。
 唇に人差し指を軽く当てて、

 「じっと・・・」

 目を細めているシンジの姿に、言葉が出ない。

 (碇君て、あんな顔するんだ・・・)

 なんだか、

 (ちょっと、得したような・・・)

 心持ちで、その表情を眺めていたが、

 (・・・いけない、いけない)

 ちょっと、かぶりを振ると、

 「碇君」

 シンジに、穏やかに声をかける。
 ところが、

 「ふひゃっ!?」

 妙な声を上げると、慌てて書類のような紙を伏せて、

 「ほ、洞木さん!?」

 引き攣ったような微笑みを、なんとか向ける。

 (・・・私、何か悪いことしちゃったかしら・・・?)

 あまりのシンジの反応に、ヒカリは呆然と見やることしか出来ない。

 「え、えっと・・・洞木さん、どうしたの?図書室に何か用事?」

 頬を引き攣らせたままのシンジに、

 「・・・本、借りに来たんだけど」

 何故だか、申し訳なさそうに、ヒカリは答えた。

 「あ。そ、そっか!図書室だもんね!そうだよね、うん!」

 なにやら、一人で納得したように何度も頷くと、

 「そ、それじゃ、僕、お邪魔しちゃ悪いから、これで行くよ!」

 ばたばたと、書類のような紙をまとめると、

 「一目散に・・・」

 図書室から出ていってしまった。

 「えっと・・・」

 何が邪魔なのか、さっぱり分からぬまま、ヒカリは、

 「呆然として・・・」

 シンジを見送っていた。





 「・・・めちゃくちゃ、変じゃない」

 「う、うん。そうかも・・・」

 暗い表情のまま、ぼそりとつぶやくアスカに、ヒカリは頷くより他に無かった。
 確かに、普通に考えれば、

 (何かを隠している・・・)

 としか、思えないではないか。

 (でも、それよりも・・・)

 ヒカリは思う。

 (一応、ちょっとした笑い話のつもりだったんだけど・・・)

 先程よりも、更に沈み込んでしまったアスカに、さすがのヒカリも、

 (微笑むどころの・・・)

 話では、なくなってしまった。
 心配そうに見つめるヒカリの視線に気がつかないまま、

 (シンジ・・・)

 アスカは、シンジへと視線を向ける。

 (・・・ねえ、シンジ)

 トウジやケンスケと笑い合うシンジに、

 (何の・・・書類を、見てたの?)

 アスカは、心の内で問い掛ける。

 (本当に、検査の結果は、なんともなかったの?)

 楽しそうに微笑むシンジの姿に、

 (・・・何を隠しているの?・・・ねえ、シンジ・・・)

 アスカの心は、揺れていた。





 五時間目は、数学である。
 期末テストが近い為か、皆、

 「真剣な面持ちで・・・」

 授業に聞き入っている。
 そんな中、シンジはどことなく、

 「ぼんやりと・・・」

 していた。
 なにやら、眠たそうな目で、端末に映るテキストを眺めていたが・・・、

 (・・・ふあっ!)

 かくんと、前につんのめってしまい、慌ててかぶりを振った。
 どうやら、シンジは相当に眠いようである。

 (・・・最近、夜遅いしなぁ・・・)

 目をこすりつつ、シンジは思う。

 (今日は、早めに寝た方がいいのかな・・・?)

 軽く、首を傾げる。

 (でもなぁ・・・)

 再び、端末を眺めやる。

 (もう、あんまり時間が無いんだよなぁ・・・)

 シンジは端末を操って、日付表を表示させる。
 見れば、今日で十一月が終わる。

 (せめて、もう少し早く知ってれば、良かったんだけど・・・)

 我知らず、ため息をついてしまう。

 (でも・・・)

 ぎゅっと、拳を握り締めて、

 (出来る限りのことはするって、決めたんだよね!)

 己自身に向かって、強く頷く。

 (さ、頑張らなきゃ!)

 表示された日付表を消すと、シンジは授業へと身を入れていった。





 五時間目の授業が終わっても、

 「依然として・・・」

 アスカの表情は、暗かった。
 机にうつぶしたまま、動こうともしないアスカに、

 「ヒカリですら・・・」

 声をかけることが出来ないでいた。
 ふと、

 (シンジ・・・)

 アスカは、伏せていた顔を上げ、シンジの席を見やったのだが・・・、

 (っ!・・・シンジ!?)

 シンジが、いない。
 慌てて、後ろを振り向く。
 トウジとケンスケが、なにやら話をしている。
 レイは、相も変わらず一人で本を読んでいる。
 思い思いの場所で、休み時間を過ごす級友達。
 その、どこにも、

 (シンジが・・・)

 いない。
 いつもと変わらぬ、その光景の中に、

 (シンジが・・・)

 いない。
 血の気が引いていくのが、自分でも分かる。

 「・・・アスカ?」

 不意に声をかけられて、アスカの肩が、びくりと跳ねる。

 「どうしたの、アスカ!?顔、真っ青よ!」

 アスカの、

 「ただならぬ様子に・・・」

 思わず顔を覗きこんだヒカリが、驚いて声を上げた。
 事実、アスカの顔からは、血の気が完全に引いていた。

 「ね、ねえ、ヒカリ!シンジは・・・シンジは、どこ!?」

 真っ青な顔ですがりついてくるアスカに、

 「ちょ、ちょっと、落ち着いて!アスカ!」

 「シンジがいないの!どこにもいないの!」

 「ねえ、アスカ落ち着いて!碇君なら、教室を出ていっただけだから!」

 周りに気づかれぬよう、ヒカリは低い声でアスカを宥める。

 「・・・え?出ていった?・・・いつ?」

 呆気にとられたような表情で、アスカが、ぽつりと訊いた。

 「授業が終わってすぐに出ていったけど・・・」

 ヒカリが答えるや否や、がたりと席を立つと、

 「あ、アスカ!?」

 物も言わずに、アスカは教室から飛び出した。
 辺りを、きょろきょろと見回しながら、廊下を走る。

 「授業が終わってすぐに出ていったけど・・・」

 先程のヒカリの言葉が、頭の中を、ぐるぐると回る。

 (あたし・・・気づかなかった)

 男子トイレの前に立ち、シンジを呼ぶ。
 いない。

 (シンジが出ていっちゃったのに・・・)

 屋上に駆け上がる。
 いない。

 (ちっとも、気づかなかった・・・!)

 シンジは、どこにもいない。
 続いて階下を探そうと、アスカが階段を降りようとした時、

 「・・・アスカ?」

 ひょこひょこと、シンジが階段を上がってきたところであった。

 「シンジ!?」

 思わず、アスカがシンジの名を叫ぼうとした瞬間、

 「どうしたんだよ!アスカ!」

 驚いて叫んだシンジの声が、アスカのそれを遮っていた。

 「顔が真っ青じゃないか!気分でも悪いの?大丈夫!?」

 あっと、いう間に、残りの階段を駆け上がると、

 「そっと・・・」

 アスカの二の腕に手を置いた。
 アスカは、慌てて俯いた。
 眉根を曇らせて覗きこんでくる、

(シンジの瞳が・・・)

 暖かい。
 直に触れられた、

 (シンジの手のぬくもりが・・・)

 暖かい。
 その、シンジの暖かなぬくもりに、思わず、

 (涙が・・・)

 こぼれそうになってしまったのである。

 「アスカ、保健室に行こう?」

 俯いてしまったアスカに、シンジは優しく声をかける。
 その声音に、もはや、アスカは顔を上げることが出来なくなってしまった。

 「ね?行こう」

 重ねて問うシンジに、アスカは、かろうじて頷いた。
 シンジは、右の手でアスカの左の腕を取ると、再び、階下へと降りる。
 職員室の向こうに、保健室はある。
 シンジは扉を二度、叩いて、

 「失礼します」

 声をかけると、アスカを連れて保健室に入った。

 「あら、どうしたの?」

 「すみません。ア・・・彼女の具合が、良くないみたいで・・・」

 「あらあら」

 机に向かっていた校医は、立ちあがると、俯いたまま、

 「一言も・・・」

 しゃべろうとしないアスカの顔を、覗き込んだ。

 「・・・う〜ん。確かに、顔が赤いわねえ・・目も、ちょっと充血してるみたい
 だし・・・」

 その言葉に、シンジは首を傾げた。

 (・・・あれ?さっきは、真っ青だったような・・・)

 更に、校医はアスカの額に手を当てると、

 「・・・少し熱っぽいし、風邪かしらね。とりあえず、次の授業は大事をとって
 休みなさい」

 「・・・」

 「・・・アスカ、そうしなよ?」

 「・・・うん」

 アスカは、ようやくに言葉を出した。

 (あらあら)

 校医は、二人の様子を見てとると、

 「じゃ、悪いけど君、彼女をベッドに寝かせてあげてくれる?」

 言い置いて、薬の保管されている戸棚へと歩み寄る。

 「あ、はい。じゃ、アスカ」

 いつになく大人しいアスカに、

 (大丈夫かな・・・)

 心を痛めつつ、ベッドへと促す。
 アスカは俯いたまま、

 「何も言わずに・・・」

 ベッドへと、潜り込んだ。

 「・・・アスカ、大丈夫?」

 「・・・」

 アスカは、傍らに立つシンジに背を向けて、

 「一言も・・・」

 しゃべろうとは、しない。

 (・・・アスカ)

 シンジは、少し悲しそうに眉をひそめていたが・・・、

 「・・・じゃ、僕はこれで行くね」

 務めて柔らかく声を出しつつ、ベッドの側を離れた。

 (・・・あっ)

 慌ててアスカが首を起こすのと同時に、シンジはベッドを囲むカーテンを、

 「静かに・・・」

 閉じていた。





 (・・・どうしてだろ?)

 アスカは、天井を見つめていた。
 ようやくに、気分も落ちついたアスカは、

 「じっと・・・」

 天井を見つめていた。

 (・・・どうしてだろ?)

 再び、己に問いかける。

 (どうして、シンジに検査のこと、訊けないんだろう?)

 このことであった。
 今日半日、何度も訊こうとして、結局、

 (訊けなかった・・・)

 のである。
 だが、アスカには分かっていた。
 まぶたを閉じて、先程のことを思い出す。
 二人で、楽しそうに話をしているトウジとケンスケ。
 自分の席で、静かに本を読むレイ。
 それぞれが、それぞれの会話を楽しむ級友達。
 アスカの側に立っていたヒカリ。
 そして、シンジがいなくなったことに、まったく気づかぬアスカ自身。
 いつもと変わらぬ、ごく、自然な光景。

 (シンジのいない・・・)

 ごく、自然な光景。
 ヒカリがいて、トウジがいて、ケンスケがいて、レイがいて、級友達がいる。

 (あたしは、一人ぼっちじゃない・・・)

 ごく、自然な光景。

 (でも・・・)

 シンジのいない光景。

 (あたしは・・・怖いんだ)

 シンジの姿を見ただけで、震えが止まっていた。
 シンジの瞳を見ただけで、胸が熱くなった。
 シンジの声を聞いただけで、心が安らいだ。
 シンジに、そっと触れられただけで・・・幸せ、だった。

 (シンジが、いなくなっちゃうのが・・・怖いんだ・・・)

 アスカには、分かっていたのである。





 六時間目終了の鐘と同時に、アスカは、むくりと身を起こした。

 「あら、大丈夫なの?」

 カーテンを開けて出てきたアスカに、校医は顔を上げる。

 「はい。お世話になりました」

 ぺこりと、頭を下げるアスカに、

 (ふうん・・・)

 内心、校医は唸っていた。
 見れば、先程とは、

 (明らかに、違う・・・)

 のである。
 顔色も、ではあるが、それだけではなく、

 (どことなく、雰囲気が・・・)

 違う、のである。

 「・・・まあ、今日は無理はしないこと。いいわね?」

 「はい。それじゃ、失礼します」

 校医の言葉に、こくりと頷くと、アスカは、

 「しっかりとした・・・」

 足取りで、保健室を後にした。





 「アスカ!」

 教室に入るなり、

 「帰りを待っていた・・・」

 様子で、シンジがアスカの前に立っていた。
 ほうっと、一つ、息をつくと、

 「・・・良かった。一応、大丈夫みたいだね」

 安心したかのように、微笑みを浮かべる。
 アスカは、ちょっと目を逸らすと、

 「・・・まったく。あんたってば、ほんとに大げさねえ」

 両手を腰に当てて、ふんぞり返る。

 「単なる貧血よ、貧血!ちょっと、疲れが出ただけでしょ、きっと」

 「そっか・・・。あ、だったら、今日は早く帰って身体を休めた方がいいよ」

 「そうね・・・と言いたいとこだけど、そうもいかないのよねえ」

 「え・・・どうして?」

 ふっと、シンジの眉根が曇る。

 「今日は、ちょっとネルフに行く用事があるのよ」

 「ネルフ・・・?今日、何かあったっけ?」

 首を傾げるシンジに、アスカは軽く手を振ると、

 「違うわよ。あたしの個人的な用事」

 言いさして、シンジの肩を少し押した。

 「・・・ほら。ホームルーム始まるわよ」

 「・・・うん」

 頷きながらも、シンジはどこか、

 (落ち着かない・・・)

 心持ちで、アスカの顔を見つめていた。





 「じゃ、シンジ。あたしは七時くらいには帰るから」

 「・・・うん、分かった」

 そっけなく手を振るアスカに、シンジは力無く答える。
 そんなシンジに、アスカは一瞬、眉を曇らせたが・・・、

 「じゃ、寄り道しないで、真っ直ぐ家に帰んのよ!」

 シンジに背を向けて、

 「さっさと・・・」

 教室を出ていってしまった。

 「・・・アスカ、大丈夫みたいね」

 どこか、

 「寂しそうに・・・」

 アスカを見送っていたシンジに、ヒカリが声をかけた。

 「せやな。さっきは、えらい形相で出てったもんやから、どないなるか思たけどな」

 「そうそう。でも、帰ってきたら、けろっとしてんだもんなあ」

 「ホンマや。これだから女子は、よう分からへんねや」

 うんうんと、一人、腕を組むトウジに、ヒカリの一喝が落ちる。

 「すずはらっ!何、馬鹿なことを言ってるの!」

 「な、なんや!なんで委員長が怒んねん!?」

 「鈴原が、馬鹿なこと言うからでしょ!」

 「ワシが、何を言うたっちゅうねん・・・これだから女子は、分からへん・・・」

 「・・・ちょっとは、分かろうとしなさいっ!この馬鹿!」

 にぎやかな二人から、ちょっと離れたシンジに、

 「・・・あの二人も変わんないな」

 ケンスケが、ぽん、と肩を叩く。

 「・・・そうだね」

 「でも、良かったじゃないか。惣流、大丈夫みたいで」

 ケンスケのその言葉に、シンジは俯くと、

 「・・・そうかな」

 ぽつり、と漏らす。

 「そうかな・・・って、惣流、元気そうだったじゃないか?」

 「せやで、碇。惣流のヤツ、いつもと変わらんかったやないか」

 「私も、そう見えたけど・・・」

 いつの間にやら、漫才をやめたトウジとヒカリが、二人の元へとやって来る。
 シンジは、二人をちょっと見やると、

 「いつもと・・・違うよ」

 ぽつり、と漏らす。

 「違うて・・・委員長?」

 問いかけるトウジに、ヒカリは、

 「困ったように・・・」

 かぶりを振った。

 「・・・なあ。碇の考え過ぎじゃないのか?」

 ケンスケが訊ねるのに、

 「・・・」

 シンジは、何も言わずにかぶりを振る。

 (だって、アスカ・・・)

 再び、俯く。

 (どこか、余所余所しかったし・・・)

 なによりも、

 (思いつめたような・・・目、してたよ・・・)

 シンジには、それが気懸かりであった。

 「・・・全然、違うよ・・・」

 弱々しく、かぶりを振るシンジに、

 「・・・」

 三人は言葉も無く、顔を見合わせるのみであった。





 つづく





 あとがき
 ここまで、この話にお付き合い下さった皆様、ありがとうございます。
 すけっち・ぶっくです。
 ささやかですが、小生のお贈りします、クリスマスプレゼント第二弾。
 いかがでしたでしょうか?
 ・・・はい、申し訳ありません。物の見事に、終わってませんね。
 実は、予想外に長くなってしまったので、ここで一旦、切らせて頂きます。
 それでは、「第壱中学奇譚・完結編」で、またお会いしましょう。
 ・・・それでは、今宵はこの辺りで失礼を。
                      2000年12月25日 すけっち・ぶっく


すけっち・ぶっくさんの「第壱中学奇譚・後編」でした〜〜!

アスカ「このあたしに隠し事をするなんて・・・!許せないわ!あのブァカ!」
ミサト「隠し事って、あの検査のコト?」
アスカ「そうに決まってるでしょっ。」
ミサト「だったらシンちゃんに聞けばいいじゃないの。」
アスカ「むっ・・・。」
リツコ「レイだって聞いてたしね。」
アスカ「・・・、こういうのは、男から進んで報告するって、相場が決まってるのっ。」
リツコ「そんな相場聞いたことないけれど。」
ミサト「いつもレディーファーストだなんだ言ってるクセにねぇ。」
アスカ「ソレとコレとはベツっ!」
リツコ「思春期の乙女心は複雑ねぇ・・・。」
アスカ「第一、シンジはあたしの下僕なんだから、それくらいの報告義務は当たり前なの!」
ミサト「すんごい自信・・・。」
リツコ「ある意味、恋の下僕と化してるのは、アスカだと思うけどね・・・。」
アスカ「なんですって?」
リツコ「なんでも・・・。」
ミサト「まぁでも、これだけアスカに心配されるシンちゃんは幸せ者よね(^^)。」

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