澄み渡った空には

第6話

再会〜途切れた記憶〜


 




ガチャ・・


「・・ええ・・・・・・ええ、わかったわ。」


ゆっくりと受話器から耳を離すリツコ。


「彼、着いたそうよ。」


受話器を置く。


「・・・・・・・・・」


「ミサト、聞いてるの?」


怪訝そうにミサトのほうを見る。

ミサトは定まらない視線のままゆっくりとうなずいた。


「・・・リツコ・・・・私達のしていることって・・・

4年前、碇司令がしたことと変わらないわよね・・・」


「え?」


「ほとんど、一者択一であるのと何ら変わらない選択肢を彼に与えて・・・」


「ミサト・・・」


「・・・・結局私達は、シンジ君を『そういう風に』しか考えることができないのかもしれない。

戦時と一緒よ・・迎えに行くなんて体のいい言い訳にしか過ぎないわ・・」


唇をぎゅっと噛み締めるミサト。


「ミサト・・・大丈夫?シンジ君のこと、私が引き受けましょうか?」


「・・ありがとうリツコ、でも・・これだけは私がしなきゃいけないことだから・・・それがアタシがあの子達にできる唯一のことだから・・・」


どこかを見据えたようなミサトの表情。

・・リツコは知っていた、彼女がこういう表情をした時はなにを言っても聞かないと言うことを。

無言で目の前に立つ親友を見つめるリツコ。

ミサトはリツコの目を見つめ、ゆっくりと頷くとそのまま彼女の肩をかすめていった。

すでに通り過ぎたミサトに背を向けたまま、リツコもゆっくりと頷く。

そして、リツコの背中を、一瞬ドアから入って来た隙間風がなでた。


独り残されたリツコ。

デスクに座り、端末に電源を入れる。

薄暗い部屋がディスプレイの反射光で青く染まる。

ディスプレイの壁紙を眺め、ふうっとため息をつくリツコ。


・・・ミサト、辛いでしょうね・・・

いいえ・・もっと辛いのは・・・『あの子達』・・か。


マグカップに口をつけるリツコ。

・・・苦い味がした。







「・・・・シンジ、次は右?左?・・・・・」


「・・・・・確か・・・右だったかな・・・・・・・


マナの緊張した表情を尻目に、シンジは面倒くさそうにため息をはいた。


・・・ったく、何で僕が・・・・4年も前のことなんだから、ネルフの道なんか覚えてるわけ無いじゃないか・・・

そういうのってマナのほうが知ってるべきなんじゃないのかなあ・・・

マナの後ろをぼてぼて歩調でついていくシンジ。


そして、前方の角を曲がった時、そのマナの表情がぱっと明るくなった。


「あったーーー!」


どうやら、お目当てのものが見つかったようだ。


「やったわ、シンジ!目標をついに発見!」


「よ、よかったね・・」


・・・はあ、なんで4年ぶりにネルフにきてマラソンなんか・・・

でも、きっとこんなことを言ったら、マナに何されるかわからないから・・・

心の中でそっと言っておこう。


「聞こえたわよ。」


「へっ?!!」


「あのねえ、シンジ。

車の中でもそうだったんだけど、あんたの独り言って全然独り言じゃないわよ。

必ず、口に出してぶつぶつ言ってるもの。」


思わず、口に手を当てるシンジ。


どうやら独房の中で誰も話す相手がいないから、心の中で思ったこと口に出すと言うことが癖になってしまったようだ。


「・・ま、シンジらしいと言えばシンジらしいんだけど・・・

とりあえず、お説教は後にしてあげるわ、シンジはその辺でジュースでも買って待っててよ。」


そう言って前方に現れた目標のほうへ走っていくマナ。


「ちょ、ちょっと、ジュースって言ったって・・・

僕お金持ってないよ。」


シンジの声が聞こえたのか聞こえなかったのかは定かではないが、とにかくマナは一目散にドアの向こうへ消えていってしまった。




一人取り残されたシンジ。

ぼーっと立っていても仕方が無いのでシンジは近くのベンチに腰掛けることにした。

膝にひじを預けて、はあっとため息を一つつく。


「・・・はは、ちょっと走ったくらいでこれじゃ。僕も年かな・・・」


思わず苦笑いを浮かべていると、ふいに目の前に誰かの気配を感じた。

きっと飲み物でも買いにきたんだろう・・・

そう思ったシンジはそれとなく、そちらを見ないように別の方向に目をやった。


「・・・・・・・・シンジ君。」


え?・・・・・・どうして僕の名を・・・


不意にかけられた声に驚いて振り返るシンジ。

シンジの目の前には長身ですらりとした女性が立っていた。

唯一シンジが独房入りしている際に会いにきてくれた女性。

シンジは思わず言葉を失った。


「ミ、ミ・・・」


うまくしゃべれなかった。

そして次の瞬間、ふいにシンジの周りの空気が変わった。

シンジはいつのまにかふうわりとした懐かしい香りに包まれていた。

シンジはあの頃に戻ったような感覚を感じていた。

シンジは待った、ミサトの声を。

いつも力強く自分を励ましてくれたミサトの声を。

だが、久しぶりに聞いたミサトのそれは涙にかすんでいた。


「・・・ごめんね・・・シンジ君・・・ごめんね・・
4年前にシンジ君を『見捨てた』にも関わらず、性懲りもなくまた呼ぶなんて・・お門違いもいいとこよね・・」


しゃくりあげながらしゃべるミサト。

シンジは突然の出来事にしゃべることも動くことも出来なかった。

そんな時、シンジの脳裏にミサトが面会にきてくれた時の光景がよみがえった。


自分に泣きながら、ただ謝るだけのミサト。


・・・・・・・ミサト・・・・・・さん。


ややあって、顔をあげるミサト。

目の端が涙でぬれていた。


「・・・シンジ君・・・・・私達はネルフは・・・4年前・・・あなたを戦自に『売った』の・・・」


沈黙するシンジ。

シンジはミサトの言うことがわからなかった。

頭の中でミサトが放った言葉がぐるぐると回っていた。


「・・・私達ネルフはあの戦いの後・・・壊滅状態にあったわ。

まあ、不幸中の幸い、ネルフの情報収集の要、MAGIが何とか動いてね・・

捜索手段を見つけた私達は必死であなた達を探した。

・・それでやっと、あなたと初号機を見つけたの。

初号機はほとんど大破していたけれど、あなたは怪我一つなくて・・・

・・・でも・・・」




ーーーーーー・・・一体どういうことですか?


・・・何度も言っているように、今のネルフではチルドレンに対し十分な処置はできん、したがって我々戦自が保護すると言っているんだ。


・・・EVA及びチルドレンはネルフの管轄下にあります・・・したがって、我々が保護するのが当然と考えますが・・・


・・・・葛城三佐・・・貴女は現状をよくわかっていないようですね。



バサッ


・・・これは?・・・・なんですって!?


・・・各国が君らネルフを訴訟にかけようと動いているよ・・・まあ、サードインパクトを計画した組織だ・・・それも仕方ないとは思うがね。まあ、今まで使徒殲滅に勤しんでくださったネルフだ、我々戦略自衛隊が助けてやることもできなくはないな・・・


・・・・・・・・・・・・!!!!・・・・・・・・・・・





「結局戦自は、事実上世界最強の力を持ってしまったEVAを恐れたのよ。

そして、彼らの出した条件がパイロットの保護権を戦自に譲渡すること。

・・・私達はそれを飲むしかなかった・・・

きっと拒んだら最後・・・『あの時』みたいになったでしょうね・・・

だから、数日前に戦自が自ら、あなたの保護権を放棄するまであなたを救出することができなかった・・・・」


シンジの頭の中で重い銃声が響いた。


「・・・でもね、理由はどうあれ私達があなたを見捨てたのは事実よ。

本当なら、無理やりにでも助けるべきだったのに・・・

ほんと、汚い組織よね・・・いつもあなた達ばかりに危険な橋を渡らせて・・・」


「・・・・・・・・・・」


「・・・シンジ君・・・私にはもう一つネルフの指揮官としてあなたに伝えなければならないことがあるわ・・・

でも、もしそれを聞いたら、あなたはもう逃げられなくなる、EVAから離れられなくなる。

・・・今なら間に合う・・・もし、私達を憎んでいたり、何か他にしたいことがあるなら、今すぐここを離れなさい。」


ミサトの真剣なまなざしがシンジの瞳と重なる。

ミサトはできることならば、シンジに「NO」と言ってほしかった。

もう、この少年が傷ついている姿を見たくなかった。


だが、シンジはゆっくりと首を横に振った。


「シンジ君!?・・・あなた・・・

ほんとにいいの!?私達は、ネルフはあなたを捨てたのよ!

死ぬかもしれないのよ!?・・あなた、それを!」


「・・・・・ってます・・・」


ミサトの声をシンジの喉から搾り出したような声が遮断した。


「わかってます・・・」


もう一度繰り返すシンジ。


「だったら!」


「・・・だって・・・ほっとけませんよ。

ほっておけるわけないじゃないですか、そんな顔したミサトさん。」


シンジの言葉に恐る恐る自分の顔を触るミサト。


「ミサトさん・・・加持さんがいなくなってから、ずっとそういう顔してました。

・・・僕の面会に来てくれた時も・・・

・・・僕はもうみたくないんです・・・ミサトさんのそんな顔。

だって・・僕に心から笑うことを教えてくれたのは、ミサトさんだったから。

・・・・それにミサトさん今、言いましたよね『何かやりたいことがあるなら』って。

僕は・・・アスカに会いたいんです・・・もう一度。

会って・・・会って、謝りたいんです・・・・許してくれないかもしれないけれど・・・」


その瞬間、シンジの肩に再度ミサトの腕が食い込んだ。

先ほどとは比べ物にならないくらい強く。


「・・・シンジ君・・・今すぐここを離れなさい・・・

アスカを思うなら・・・なお更よ。」


おもわず目をそらしたくなるようなミサトの強い視線。

だが、シンジはミサトから目を離さなかった。

そして・・ゆっくりと首を横に振った。


「・・・・・どうして・・・どうしてよぉ・・・・・」


泣き崩れるミサト。

シンジは辛そうに一度ぎゅっと唇をかみ締めると、ゆっくりと口を開いた。


「・・・ミサトさん、僕は・・・あの狭い部屋の中で色々なことを考えてました。

・・でも、なぜだか知らないけれど、僕が14歳だった時のことしか・・・出て来ませんでした。

子供の時とか、もっと・・たくさん思い出あるはずなのに・・・

でも、もうすこし考えて・・・ああ、そうか、って思ったんです。

僕が今まで生きてきた中で、一番楽しかったのが14歳の時だったんだって・・

もちろん、つらい事もあったけれど・・・ミサトさんに会えて、EVAのパイロットになって・・・それがきっかけで友達もできて・・・

・・・アスカにも会うことがきて。」


シンジは嬉しそうだった。

こんなにも生き生きと話すシンジを見るのは久しぶりかもしれない。


「・・・だから、僕はここからネルフから逃げ出すなんてことは・・

・・・僕は、僕にはみんなとの思い出を、絆を捨てるなんてことは・・できません。」


「シンジ君・・・」


「ミサトさん・・・話してください。

今、聞かなかったら・・今逃げ出したら、僕はきっと後悔すると思う。

僕は聞きたい・・・だから・・・お願いします、ミサトさん。」


ミサトは思った。

時間はこんなにも人を強くさせるものなのだろうかと。

そして、決心した・・・彼にすべてを告げることを。

シンジが戦うことになるだろう『敵』の姿を。


ゆっくりと立ち上がるミサト。


「・・・いくわよ、シンジ君・・すべてを・・・見せてあげるわ。」


つばを飲み込み、力強く頷くシンジ。

ミサトは何も言わず、緊張した面持ちでシンジに背中を向けた。


・・・・・逃げちゃ、だめだ・・・・・・


シンジは一歩を踏み出した。

自分で選んだ未来への第一歩を・・・



to be continued


八色の姓さんの「澄み渡った空には」第6話「再会〜途切れた記憶〜」でした〜〜!

《(偽)TLFの部屋》
アスカ「よくもシンジを戦自に売ってくれたわねぇーーーーーーーーー!!!」
ミサト「うぅぅっ、ごめんなさーーいーー。(TT)」
アスカ「殺してやる!殺してやる!殺してやる!」
ミサト「ひぃぃぃぃ!(まずい!目がイッてる!)あ、あれはリツコが売れって・・・。」
アスカ「あんですってぇぇぇ!!リツコぉぉぉ!!(ギロリ!)」
リツコ「んな!わ、私じゃないわよ!あれはミサトがカタに出せって・・・!」
アスカ「どっちよ!!」
ミサト「ま、まぁまぁ、落ち着いて。ちゃんと無事だったんだし、結果オーライってコトで。」
アスカ「どこがよ!第2話で危うく射殺される所だったじゃないの!」
ミサト「うっ・・・。あ、あれは、殺傷能力の無い模擬弾だから・・・。」
アスカ「ウソつけ!でやぁーーーーーーーーーー!!」
ミサト「ぎゃーーーーー!リツコ助けてーーーーーー!」
リツコ「ミサト!くっ、やむを得ないわ!アカギ、スペシャル、リクイッド!」
プシューーーーー!
アスカ「むが!な、なにを・・・!・・・・・、ぐぅ、ぐぅ。」
ミサト「ふぅ、助かったわリツコ。それにしてもそのアカギなんたらって何?」
リツコ「略して『ASL』。催眠スプレーよ。詳しくは『LASの形、幸せの形』を参照にしなさい。」
ミサト「はぁ・・・、あんた、そんなモン作ってるからマッドなんて異名が付くのよ。」
リツコ「うっ・・・。い、一理、あるわね。・・・・・しくしくしく。」


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