ダッ、ダッ、ダッ・・・


はぁ、はぁ、はぁ・・・



「お?あれは、シンジじゃないか。」


アイスの棒をくわえながらひょいと頭を出す少年、相田健介。


うれしそうにシンジのほうに手をふる。


「おーい、シンジぃ、めずらしいな。お前もサボったのかあ?

もしよかったら、いっしょに松代まで・・・」


ダっ!!


ケンスケの言葉が終わる前に彼のわきを走り去るシンジ。

シンジの目にはもはやケンスケの姿は映っていなかった。

見えるのはただ一つ。

淡いブルーの21階建てのマンション。

ケンスケはシンジの背中を眺めながらしきりに首をかしげている。


「・・・おかしいなあ。今のシンジ・・・だよなぁ。」











・・・アスカ・・・








LASの形、心の形


理由









はぁっ、はぁっ・・・・


激しい動悸・・今にもパンクしそうな胸。

シンジは足を引きずりながら、長い階段を上っていた。


・・・・あと少し・・・・


シンジの目の前に少し広くなったフロアが広がっている。

そして、壁にかかったネームプレート。


ドサッ・・・

大きく息を吐きながら壁に寄りかかるシンジ。

膝ががくがくと震えている。


「・・ははは・・・やっぱり、エレベーター使えば良かった・・・」


シンジはふっと苦笑すると、背中を壁につけながらゆっくりと立ちあがった。

短い休憩もここまで・・・本番はここからだ。

きっと改まった表情を作り、インターホンに手を添える。

そして、ゆっくりと人差し指に力をこめた。




・・・ピーンポーン・・・


おさまってたはずの心臓の動悸がまた大きくなって行くのが自分でもわかる。


・・逃げちゃ・・・だめだ。


そう心の中で何度も唱えながらそっと目を閉じる。



ガチャ・・・


受話器をとる音がインターホンから響く。

「あ、あの・・・「開いてるわよ・・・シンジ。」


・・・え?


おもわず耳を疑うシンジ。

アスカの声だ・・・

何年も聞いてないようなあの甲高いキー。


ドアのノブに手をやると確かにそこは開いていた。


もじもじしながら中に入るシンジ。


「あの・・・おじゃま・・・します。」


薄暗い玄関。

そして、ほのかに香るいい香り。


・・・なんか・・・・・懐かしい・・・


「ちょっと、いつまでもそんなとこに突っ立ってないで、中にあがったら?」


おもわずはっと、顔を上げるシンジ。


「ア・・・アスカ。」


「ひさしぶりね・・・シンジ。」















「えーと、どこいったのかしら・・・たしかこの辺に・・・・」


戸棚をごそごそやりながらぶつぶつ独り言を言うアスカ。


「おっかしいなぁ・・・」


シンジはどう言うわけか彼女を直視することが出来なかった。

昔道理のアスカ、明るいアスカ・・・でも・・・


シンジの心の中でなにかが引っかかった。


「えーと・・・・お?あった!」


戸棚から小さな袋を取り出し、ぴょんとイスから飛び降りる。


「これよ。これ!やっぱ、これがないとねえ。」


鼻歌を歌いながら満足げに台所へ消えて行くアスカ。

なんとなくシンジがそれを眺めていると、不意にアスカが半身だけ姿を見せた。


「シンジはレモン、ストレート?それともミルク?」


「ん・・ああ・・・えーと、ストレートでいいよ。」


「”でいいよ。”とはなによ!このお茶おいしいんだからね。」


「ああ・・・ごめん、とにかくよろしく・・・」


アスカの明るいあっけらかんとした声とは対照的にどこかボーっとしたシンジの声。

・・・アスカ・・・













「はい・・・どうぞ。」


「ありがとう。」


アスカから手渡されたカップ。

暖かい湯気をあげている。

いい香りがした・・・だが初めてではない感じ・・・どこかで・・


「いい香りでしょ。あたしの大好きなお茶なんだこれ。」


・・・ああ、そうか・・・


シンジの頭の中にアスカととある喫茶店にいったときの光景がよみがえった。




・・・これなんて言うお茶なのアスカ・・・

これ?アールグレイよ。ほら、前にもいったじゃない、あたしが一番好きなお茶だって。

そうだったっけ?

っとに、彼女の好きなお茶の名前くらい覚えてなさいよ・・・

・・・ははは。ごめん・・・




・・・アスカ・・・


やっぱり違う・・あの時とは・・・


「どうしたの?シンジ。もう、ひさしぶりに遭ったんだからさ!」


「・・・・・・・」


「ほら、学校はさ!どうなってるの?

ほら、あたし最近行ってないじゃない!

ヒカリに連絡もとってなくてさ。」


「・・・アスカ。」


「あとさ、ヒカリは?!あのジャージ魔人とどうなったの?」


「・・・・・」


「ほらそれに、あの目がね!相田は相変わらずお宅くさいことしてんの?

ねえシンジったら!」


ダンッ!


カップを叩きつけるように置くシンジ。


「もう・・・いいよ。アスカ・・・もう・・・」


シンジの声が二人の空間に響き渡った。


「・・・・・・」


沈黙するアスカ。

アスカのその行動はシンジの予想を確信に変えた。


「・・・・った?」


アスカが口を開く。

うまく聞き取れなかったが、アスカが何を言おうとしているのかは彼女の青い瞳が語っていた。

ゆっくりと頷くシンジ。


「そう・・・・」


アスカもゆっくりとカップをテーブルに置くと、ため息をついてソファに寄りかかった。

とほうもなく静かな空間・・・時計の音だけがやたら耳についた。


「・・・実はね。知ってたんだ・・・あんたがここに来るの。

さっき学校から電話があってね・・・あんたのこと知らないかって・・・

家に帰ってなかったら、あたしのところだって・・・

笑っちゃうわよね・・・ほんと・・」


アスカは漏らした口調とは裏腹につらそうだった。

シンジはただ待つことにした。


「あたしね・・・

正直、怖かったんだ・・・あんたに会うの。

わからなかったの・・・どんな顔したらいいのか、どうやって振舞えばいいのか。
それで、考えた結果・・・」


アスカはちょっと肩をすくめて見せた。

ごまかすためにわざと明るく振舞ったということだろう。

自分とアスカが同じだということがわかったからであろうか、シンジはアスカの話を聞いて少し落ち着いた。


そして、話を進ませるべくシンジは無言のままポケットに手を突っ込みくしゃくしゃになった封筒を取り出した。


「・・・アスカ・・・僕がここにきた理由は・・・」


「わかってるわ・・」


そういうとアスカは悲しそうにため息をついた。






「・・・・・・・シンジ、あたしのこと好き?」


唐突な、あまりにも唐突な質問。

以前のシンジならばいつものように曖昧な笑いを浮かべていたことだろう。

だが、今日のシンジは違った。

トウジ、ヒカリの言葉が心の中で響いていた。


「・・・アスカ。この一週間・・・僕は生ける屍だった・・・

言い過ぎかもしれないけど本当にそうだったんだ。

それがどうしてだか、わかる?

・・・・アスカが居なかったからさ。

僕の目に映る景色にも・・僕の心にさえアスカが居なかったから・・・」


シンジはそこまで言って言葉を止めた。

目の前のアスカを見て止めざるを得なかった。


・・・・・アスカ・・・・・・泣いてる?


「どうして?・・・・どうしてそんな事言うの?

バカシンジ!そんなこといわないでよ!・・・何の為にあんな手紙書いたかわからないじゃない!!」


「アスカ・・・」


「あたしだってアンタのこと大好きよ!!

この一週間だって・・・何回泣いたかわからないわ!!」


「じゃあどうして!!??」


いつのまにかシンジもアスカ同様声を荒げていた。

自分のことを好きだといっていくれている目の前の彼女が、何故自分を拒絶するのかを理解することが出来なかった。

「・・・・・駄目なのよ、もう・・・・・前から決まってたことなの。

あたしはアンタを忘れなきゃ行けないのよ・・・

あたしはね・・・・・あたしは・・・・・・・」
















町の独特の香りがひどく煙たくかんじる。

重い足取りでふらふらと町のアーケードを進むシンジ。

町の人達が自分に振り返るがそんなことはどうでも良かった。


「アスカ・・・」


ガッ・・


その時、シンジの肩が誰かに当たった。


「なにやってんだ!!??このガキ!ぶっ殺されてえかあ?!」


ゆっくりと顔を上げるシンジ。


・・・どうでもいいよ・・・そんなこと・・・


「んだあ?その目は!やろうってのか!!」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「てめぇ!!」


ガキィッ!!


シンジの頬に衝撃が走った。

軽いシンジの身体が中を舞い地面にたたきつけられる。


「けっ!ふざけんなよ!」


シンジに絡んだ男はそう捨て台詞を放つといらいらした足取りで去って行った。

その背中を拝みながらゆっくりと立ちあがるシンジ。

今になって鈍い痛みが左頬に走った。

だがシンジは何事もなかったかのようにまたふらふらと歩き出した。

今のシンジにとってこんな痛みなんてないも同然なのかもしれない。

シンジの頭でアスカに最後に聞かされた言葉が、何度も繰り返されていた。


・・・あたしは・・・あたしは、もうここにはいられないの・・・

ドイツのねママが・・・もうすぐ死にそうなの・・・

・・・・だからママが決めた婚約者と結婚して・・・・

あたし約束したの、ママに、ママが死ぬ前にあたしのウエディング姿見せてあげるって・・・

・・・それがあたしにできる唯一の親孝行だから・・・




















「・・・アスカ・・・・僕は馬鹿シンジだけど・・・

愛っていうのがどんなものかは解ってるつもりだよ・・・」


シンジは自分が最後にアスカに向けた言葉をもう一度繰り返した。

そして、ゆっくりと横断歩道を横切ろうとしたその瞬間・・・・







シンジの目には赤いランプと車のヘッドライトが輝いていた。

けたたましくなるクラクション・・・・そして・・・・




シンジの意識はそこで途切れた。












「ふう・・・」


アスカは戸棚から取り出したワイングラスに口をつけソファにこしかけていた。


「今度こそ・・・本当にお別れかしらね・・・シンジ。」


そういうとアスカはテーブルの上の写真立てを手に取った。

そこには屈託のない笑みでならぶ自分とシンジの姿があった。

ふっと、目じりを下げるアスカ。


「・・・もう、戻れないのかしらね・・・あの頃には・・・」


そういって苦笑すると、アスカは写真にゆっくりと顔を近づけた。

かさなる唇・・・だが、その味に人のぬくもりはなかった。


「・・・・今日は・・・騒がしい夜ね・・・・」





その日は一番中けたたましいサイレンの音が鳴り響いていた。














to be continued






だあああああああ!!!

暗い暗すぎるううううううう!!!

なにやってんだ俺は!!

これを読んでくださった皆様、まことに申し訳ありません。

どういうわけか、何度かいてもいつのまにかこんな感じに・・・

・・・でも大丈夫!ここまで暗くすれば、もうあとは明るくなるだけさ!

・・・・フォローになってねえ、でも次こそハッピー目指しますから、

どうぞよろしくお願いします。



八色の姓さんの「心の形、LASの形・・We need us・・」待望の続編でした!(^^)

うおお、走れメロス(古っ!)ならぬ、走れシンジ!
冒頭の怒濤の如くのダッシュパートが、場の盛り上がりを一気にカタパルトつけてくれて鳥肌もんでした。
いやもう、行け行けシンジ!ってなカンジで(^^)。

前回でははっきりしなかった二人の破局の理由も明らかになり、いやー、盛り上がってきましたねぇ。
そうですか、病床のキョウコさんに、一目ウェディングドレスを、という理由ですか・・・・・。
でもキョウコさん、いくら瀕死の状態だからって、アスカの気持ちをちゃんと考えて婚約者を決めたのかな?!
ああもう、こうなりゃ略奪愛だぜシンジ!<おいおい(^^;

ご覧になった皆様も、是非とも是非とも、八色の姓さんにご感想を送りましょう!
たった一言の感想が、このような素晴らしい名作を生み出す大きな力になるのです。
皆様、なにとぞ、ご感想をよろしくお願いします!m(_ _)m

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是非ともお願いします!m(_ _)m

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