LASの形、心の形


その手紙、胸に抱いて









窓からもれる太陽の光がシンジを照らす。


「・・・う・・・く。」


シンジは痛みとともに目を覚ました。

全身が重く自分の身体ではないような感覚。

見ると自分の腹部辺りにはコルセットが巻かれていた。

シンジはゆっくりと身体を動かそうした、が、その瞬間シンジを強烈な痛みが襲った。


・・・う・・・く。


思わず呼吸困難に陥る。



「碇さんなにやってるんですか!!」


急いで駆け寄る看護婦。


「い・・いや、ちょっと・・・」


「もしかしたら死んでいたかもしれないほどひどい事故だったんですよ!!

運良く肋骨だけですんだものの・・・・・」


・・・・・・・え?僕は・・・・事故に遭ったの?


シンジはかんごふの言ってることが理解できなかった。


「とにかく、今は絶対安静ですからね!!

無理して強い衝撃なんかがあったら、肋骨が内臓に刺さってそれこそ危ないんですから・・・」


看護婦はそう怒ったように言うとすたすたと部屋から出ていった。


一人取り残されてはあっとため息を吐くシンジ。

自分の状況を思い出すべくゆっくりと目を閉じた。


・・・・・・・・・・・・・・

たしか、商店街の前だったよな・・・・あれ?どうして僕はあそこにいたんだっけ・・・


あまりに強い衝撃を受けると、人間は一時的にその時の記憶を忘れてしまうという。

今のシンジはまさにそうだった。


・・・・学校を出て・・・・そうだ、ケンスケにも会った・・・・

それで交差点のところで・・・・・・・・・いや、その前に誰かに・・・・・










ガバッ!!


飛び起きるシンジ、だがやはりシンジの身体に激痛が走った。


「・・・・くは・・・・・う・・・・」


痛みで視線が泳ぐ。

と、そのとき扉が開き人影がうっすらと二つ、シンジの視界にかろうじて入った。


「シンジィ、見舞いじゃあ・・・・・・!??お、お前、大丈夫か??」


おもわずシンジの傍に駆け寄るトウジ。


「・・・ぼ、僕は・・・・・こんなことしている暇は・・・・・

はやく・・・・早く行かなきゃ!!」


「何を言うとるんや、そんな身体で!お前肋骨が数本いっとるんやぞ。

そんなんで動いたら・・・」


「わかってる、でも、僕は・・・・・・」


「碇君、まずは落ちついて・・・ね。」


トウジとヒカリがシンジをベッドに戻す。


「委員長・・・僕は、アスカに会いに行かなきゃ・・・」


「・・・・!!!!」


シンジのその言葉を聞いて顔を見合わせる二人。

そして、言いにくそうにヒカリが口を開いた。


「アスカ・・・学校やめたわ・・・・ドイツに行くんだって・・・

もうきっと今頃着いてるわ・・・」


「知ってる。」


ボソリというシンジ。

だが、二人に驚いた様子はなかった。


「やっぱりな・・・たぶん、お前には言うたんやないかと、思っとった。

ケンスケは情報をてに入れられんかったいうて、くやしがっとたがのう・・・」


「碇君・・・アスカがどうしてドイツに帰ったか知ってるの?」


「アスカは・・・アスカは結婚するって言ってた・・・」


「け、結婚?何を言うとんのや。」


「詳しいことは・・・・解らない。」


「そう・・・アスカ、あたしにも何も言わなかったわ。

ただ、今までありがとうって・・・・」


ヒカリは涙目になっている。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ヒカリの言葉を最後に一瞬病室に沈黙が流れた。

誰もどうすればいいかが解らなかったからだ。

アスカが何も言わないということは・・・・・・・

シンジにも親友のヒカリにさえ何も言わないと言うことは、何か特別な理由があると言うことを、3人は理解していた。




「シンジ。」


沈黙を破ったのはトウジだった。


「お前、言うとったよな、惣流に会いに行くって・・・。

けど正直、普通に考えてお前が行ったところで・・・それで・・・どうにかなるようなことやないとわしは思う。」


「トウジ!!」


「いいんだ!委員長・・・・トウジ、続きを。」


「・・・・シンジ、お前もし、ドイツに行ったとして、どうするつもりや。」


「・・・・・・・・・・解らない・・・・・・・・・・・・

けど、今何もしないよりは良いって・・・僕はおもう。」


「・・・・・・ほうか。」


トウジはそういって大きく頷いた。


「シンジ、ちょっと今日1日まてや・・・・」


トウジの言葉に反応するヒカリとシンジ。


「トウジ?」


「良いから、今日ははよう休め。

ほんで、わいはちょっと出かけてくるさかい、ヒカリあとよろしく頼むで。」


「え、う、うん。」


「じゃ、頼むわ。シンジ、明日な。」


そう言うとトウジは二人に背を向け病室を出ていった。


「委員長・・・・・・トウジはなにを・・・・・・・・」


シンジの問いかけにヒカリが答えられるはずもなかった。

だが、二人とも彼との付き合いが長いからこそ、なにかを直感でわずかながら感じていた。





その日、ヒカリがかえってからもシンジはずっと考えていた。

だが、シンジが答えにたどりつくことなくその日は1日を終えた。






・・・チチチチ・・・

チチチ・・・・


「う・・・・もう、朝か。」


シンジは目を覚ました。

いつの間にか寝てしまったようだ。

恐る恐る身体を動かす。

・・・・確かに痛みはあるが昨日ほどではない。

シンジが腹の辺りをさすっていると突然病室のドアが開け放たれた。


・・・・・・ハァ、ハァ・・・・・・


ドアのところには泥だらけのランニングシャツの青年が立っていた。


「ト・・・トウジ、どうしたんだよ。」


・・・・・・ハア・・・・・・ハア・・・・・


「シンジ・・・・昨日の気持ち変わってないか?」


「え?」


「惣流んとこに行くいう気持ち、いまはどうなんや?」


「・・・・・・・・・変わってない。

変わるわけないよ。いまだってできることならアスカの所へ・・・」


「わかった、これを受け取れ。」


トウジの手には茶色の少し薄汚れた封筒が握られていた。

と、そのとき背後からもう一人の人影が現れた。


「鈴原・・・・・やっぱりここにいたんだ!」


「すまん、ヒカリ、ちょっといま取り込み中や・・・

ほら、シンジ早よう見てみい。」


トウジに促されるままに封筒の風を切るシンジ。

中には1枚の旅券のようなものが入っていた。


「・・・え?トウジこれって、まさか。」


「今日の20:30分、新東京発、ドイツ行きの航空券や。

シンジのことや、行く言いうても詳しいことはなんも考えてない思てな・・・」


「だ・・・だめよ!!シンジ君、絶対安静なんでしょ!?

そんなことして・・・・第一・・医者が許さないわ・・・」


ヒカリの意見はもっとだった。

シンジは未だ病み上がりの状態なのだ。

だがトウジはそのまま続けた。


「シンジ、今からわしがお前の代わりをしていてやる。

少々無理があるけど、数時間は持つやろ、その間にお前は日本を出るんや。」


「だめよ!トウジ!なに馬鹿なこと言ってるの!!?

碇君・・・ほら、ベッドで寝てなきゃ・・・」


「トウジ・・・ここから空港までどれくらいかかる?」


「碇君!!」


ヒカリの叫びを聞き流すようにして当時はゆっくりと答えた。


「約一時間といったとこやろ・・・」


トウジの答えにゆっくりと頷くシンジ。

そして、ちらりと壁にかかっている時計を見た。

時計の針は7時半を指していた。


「トウジ・・あと二時間ほどで看護婦さんが朝食を運んでくると思う。」


「わかった・・・・なんとかこらえてみせるわ。」


「ここはネルフの管轄の病院だからばれた瞬間にタイムリミットと考えたほうがいいと思う・・特に僕は元パイロットだし・・・」


頷くトウジ。


だが、やはりその顔には緊張が走っていた。


「わかった・・・・・ネルフでもなんでもこいや!

お前は安心してドイツへ行ってこい!」


トウジは親指を立てシンジにポーズをとって見せた。



「ありがとう、トウジ。委員長・・・・行って来ます・・・」


委員長は下を向いたままこくりと頷いた。

そしてシンジは右手で腹を押さえるようにしてゆっくりと病室を後にした。












「ほう・・・・これが、あなたの友人ですか?ミス・ラングレー」


「ええ・・・そうです。」


ぱちんと音を立ててペンダントを閉じるアスカ。


「名前はなんと?」


「碇シンジ・・・・いわゆる腐れ縁て奴で・・・・・」


アスカは方をすくめながらそう答えた。


「ふむ・・・・・ほんとうに不思議な少年ですな・・・」


「え?」


「私は偶然席があなたの隣になった・・・したがって、彼をまったく知らない。

だが、どういうわけか、彼を見ているとどこか心がほっとする・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「あなたもそこにひかれたんでしょう?」


アスカは驚いてそちらを見た。


彼は年相応の皺のだらけの顔を緩ませ微笑していた。


「隠すことはありませんよ・・・あなたの先ほどの目は本当に穏やかだった。

この年になるとね・・瞳でわかるんですよ・・・」


老人はそう言ってにっこりと笑った。


「私は・・・・」


アスカが口を開こうとすると老人は微笑したままアスカの口の前に人差し指を立てた。

そして、ゆっくりと首を振った。


「・・・・ミス・ラングレー・・・・

もっと自分に正直におなりなさい・・・

幸せを自ら壊すことはありませんよ・・・」


「・・・・!!!・・・・」


アスカは老人のその言葉に思わずはっとなった。

そして・・・・・・・


「・・・・お使いなさい。」


「ごめんなさい、私。自分でも・・・どうして泣いてるのか・・・」


アスカがそう言うと老人はまた首を振った。


「いいえ、少なくとも私にはそうは見えませんよ。

あなたは自分の本当の気持ちに気づいているのでしょう?

しかし、それに向き合えない事情がある・・」


「あなたになにがわかるっていうのよっ!!」


アスカは泣きながら叫んだ。

だが、その数秒後はっとして老人のほうを向いた。

老人は先ほどと同じようにニコニコと微笑んでいた。


「・・・ご、ごめんなさい。あたし・・・」


「いえ、悪いのは私のほうです。・・・ちょっとお喋りが過ぎました・・・

老人の戯言だと思って忘れてください。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


アスカの怒りは何かもっと別なものに変わっていた。


「さて、私はここらで降りますよ・・・お達者で。」


老人はゆっくりと腰を上げた。

そして歩き出した時アスカが後ろから呼びとめた。


「あの、えっと・・・・・・このハンカチは・・・」


老人はふと考えてからゆっくり首だけをこちらに向けた。


「・・・今はあなたが持っていてください・・・そのうち返してもらいに行きますよ。」


「え・・・・・」


「では・・・楽しい一時をありがとう。」


アスカは何も言わず老人の姿が消えて行くのを見送っていた。

・・・・行っちゃった・・・・なんだか・・・・不思議な人・・・

ペンダントを拾ってもらっただけだったのに・・・・・・


アスカは心に残った不思議な香りを胸にゆっくりと目を閉じた。














「ダンケシェーン。」


遠ざかって行くバス。

バスが見えなくなるとアスカはかばんの中から1枚の紙を取り出した。

「この辺で良いはずよね。」


アスカは一つ背伸びをするとゆっくりと歩き出した。






数分ほど坂を登ると少し開けた住宅街に出てきた。

昔見たようなドイツの町並みをどこなくアスカは懐かしく感じていた。

そして、さらに歩くこと数分、アスカは赤いレンガ作りの家の前で立ち止まった。

アスカは一瞬ためらったような表情を見せたが、きっと表情を改めるとドアをノックした。

だが、幸か不幸かアスカの呼びかけには誰も反応しなかった。

ドアに耳をつけてみるが、人のいる気配がまったく感じられない。

アスカがそうこうしていると、となりの家から一人のおばさんの声がした。


「あんた、ここの娘さんかい?」


きれいではないが子気味良い言葉遣い。


「はい・・・あの、母は?」


「大変だったんだよ。昨晩、病院に運ばれちまって・・・持病の心臓らしいよ。」


「あ・・・あの、病院どこだかわかりますか?」


アスカが尋ねるとその人は手に持っていたボールペンで紙にすらすらと住所を書いてくれた。


「いっておやり・・・・きっと喜ぶよ。」


アスカはこくりと頷いた。

おばさんもにこっりわらってアスカに返事をした。


「じゃあ、ありがとうございました・・・あの、あたしアスカっていうんです。」


「そうかい、あたしはマチルダ・・・キョウコには良くしもらったんだ・・・

あ・・・そうだ、彼女から渡されてたもんがあるんだよ・・・ちょっとまっといで・・・」






「ほら・・・・これだよ・・・やっぱりアンタ宛てみたいだね。

ほら宛名がそうなってる。・・・病院に向かいながら読むといい、ほら、そろそろ病院いきのバスが出るよ。」


「え?あ・・・・あの、本当にアリガトウございました・・・」


「いいえ。あたしも久し振りに若い子と話せて嬉しかったよ!」


アスカはマチルダさんに手を振ると、もときた道を駆けていった。








バスの窓から緑の風景が次々に流れて行く。

そんな中アスカは封筒の封を切った。




拝啓、惣流・アスカ・ラングレー様



あなたがこれを読んでいると言うことは、多かれ少なかれ私の身に何かが起こったと言うことですね。

それでも、私の手からこの手紙を渡せていたら幸いです。

・・・・アスカ今までほっぽって置いてごめんなさいね。

そんな私が言えることではないかもしれないけれど・・・

アスカ・・・・自分に素直に生きてください・・・

たぶん、不器用なあなたのことだからあたしのことを聞いて、何をしようか躍起になって考えたことでしょう・・・

でも、あなたの幸せを犠牲にするようなことは絶対にしないで下さい・・・

あなたを思ってくれている人を大切にしてください。

あなたはきっと愛されることに慣れていないから大変だと思うけれど・・・

もし、どんなときもあなたを追いかけてきてくれる人がいたら・・・

その人を、その人だけを信じて・・・

そして・・・・幸せになってください・・・



PS、・・・最後に母親らしいこと・・・できたかしらね・・・


                               For wiling to be "YOUR MOTHER" 






「ママ・・・」


ポタッ・・ポタッ・・・・

アスカの膝の上に広げられた便箋の文字がゆがんで行く。


「ママ・・・十分よ・・・ほんとに十分すぎるわよ・・・」


アスカの瞳から止めど無く流れる涙。


・・・・・もう・・・どうして、結局お見通しじゃない・・・・・

ママといい・・・・・・さっきのお爺さんといい・・・

でも・・私は・・・答えてあげられなかった・・・

あんなにあたしを思ってくれたあいつの気持ちに・・・


アスカは泣いた・・・

心の中で母親以外で唯一自分を愛してくれた彼の名を繰り返しながら。



・・・to be continued・・・


八色の姓さんの「心の形、LASの形・・We need us・・その手紙、胸に抱いて」でした!

不運にも交通事故に遭ってしまったシンジは、病院へ。
なんともバッドタイミングの入院という、煮え切らない現実を突きつけられた彼を支援してくれるもの。それはやはり、親友達。1話同様、トウジとヒカリの思いやりがなんとも温かいっす(^^)。にしてもトウジ、シンジとアスカの為に旅券まで用意してくれた上に、病院を抜け出すシンジの身代わりになってくれるなんて、あんた最高や!ホンマ、エエ男やで!(注:興奮すると関西弁になります(笑))

一方のドイツのアスカの前にも、不思議な出来事が。
まるでアスカの心を見透かすような老人との一時の出会い。今の悲しみに暮れるアスカへのアドバイスなどなど、なんとも不思議な老人でした。そして自分の素直になってというキョウコの願望が綴られた手紙。ここまでくれば、もう何も迷うコトは無いっすね!さぁ、アスカはシンジの元へ!シンジはアスカの元へ!二人とも戻るべき人の所に戻りましょう!(^^)

ご覧になった皆様も、是非とも、八色の姓さんにご感想を送りましょう!
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