LASの形、心の形


それから・・・







どれくらい時がたったであろうか。

ふたりはどちらからともなく身体を離し、恥ずかしそうに笑った。

・・・フフフ・・・・

  ・・・・ハハハ・・・・

昔は当然だったことが、あたりまえだったことが、何物にもかえがたいものになっていた。


「・・・アスカ・・・」


「・・なぁに、シンジ・・・・・・・」


「・・・・・帰ろう、日本に・・・・」


シンジのやさしい声が響く。

だが・・・・・アスカは沈黙した。


「アスカ?」


怪訝そうにアスカの顔をのぞきこむシンジ。

先ほどとは打って変わったようなアスカの表情がそこにはあった。

そしてアスカは、なにかを決心したようにゆっくりと顔を上げた。



「・・・シンジ、お願い。行きたい所があるの、ちょっと付き合って・・」


不思議に思いながら頷くシンジ。


「・・・ありがとう。」




バスの中でアスカは少し様子が変だった。

あせっているような、悲しんでいるような瞳でじっと外を見ていた。

心配してシンジが尋ねると「なんでもないわ。」と言って笑って見せる・・・

だが、その笑いが先ほどと明らかに異なっていることはシンジにも理解できた。




二人が着いた場所は大きな病院だった。

バスを降りるやいなやスタスタと早足で病院の入り口に向かって歩き出すアスカ。

シンジは不思議に思いながらも、深くは追求せず、ただアスカについていった。


ガー・・・・バタン・・・・・


「・・・・・・・シンジ・・・・・・・・」


エレベータの中でやっとアスカが口を開いてくれた。

アスカのほうに向き直るシンジ。


「・・・ここにママがいるの。」


「・・・・ママって・・・・」


「胸が悪くてこの病院にいるの・・・」


・・・・・・ぷしゅー


「ここよ。」


病院のカードにはアスカと同じ名字が記されていた。


「・・・シンジ、一緒に来て。」


無言で頷くシンジ。



中に入ると規則的な電子音がしていた。

その音のせいだろうか、アスカの表情がわずかにこわばる。


と、その時。


「あなた達も、面会ですか?ミス・ラングレー、シンジ・碇。」


驚いて振り返るアスカ、そしてシンジ。


「・・・・また、会いましたね。ミス・ラングレー・・・」


「あなたは・・・・」


思わず言葉をなくすアスカ。

そんなアスカににっこりと微笑むと、今度はシンジのほうに向き直った。

どうやらこの目の前の老人は自分を知っているらしい、そう判断してぺこりと頭を下げるシンジ。

老人も微笑んだまま頭を下げた。


「・・・あなたが、シンジ・碇さんですな。」


突然名前を呼ばれシンジは頷くことしか出来なかった。


「・・・・・・そうですか。」


老人はそう頷くとアスカのほうにもう1度向き直り、またにっこりと笑った。


だが、アスカはいまだ怪訝そうな表情でいる。

老人はなにかをその視線がなにを意味するの感じ取ったようで、アスカの肩にそのごつごつした手をのせた。


「ミスラングレー・・・キョウコ・・・いえ、あなたのお母さんは大丈夫ですよ。

ただの疲労が持病を引き起こしただけのようです。」


「本当ですか!」


「ええ、医師も困っていましたよ、歳を考えずに無理するからだって・・・」


「よかった・・・本当に良かった・・・あたし、もしかしたらって・・・」


緊張の糸が切れたのだろう、アスカの瞳から涙が流れる。

そんなアスカを優しく抱きとめるシンジ。


「・・・・シンジ。」


「アスカ・・・良かったね。」


そういって、一つ頷いてからにっこりとアスカに微笑むシンジ。

アスカもそれに答えるように、涙でいっぱいの笑顔をつくってみせた。


「・・・ミスラングレー・・・」


微笑ましげにアスカの名を呼ぶ老人。

アスカもはっとして、シンジから離れ老人と向き合う。


「どうやら、見つけられたようですね・・・あなたの幸せを・・・」


「・・・・はい。」


そう言ってアスカはにっこりと微笑んだ。

以前この老人とあったときには絶対に出来なかった精一杯の笑顔。

側で見ていたシンジもおもわずアスカのそれに見とれた。


「・・・でも、残念ながら・・・・今回もまた・・・」


そう言いながら少しうつむきかげんになるアスカ。

そして、ぱっと顔を上げたと同時にシンジの腕にからみつく。


「・・・やっぱり、その幸せをくれたのは・・・この人でした。」


輝くようなアスカの表情。

シンジといえば突然腕に感じた柔らかい感触にしどろもどろしている。


「・・・あの、アスカ・・・その。」


そんなシンジを無視して続けるアスカ。


「でも!きっと、今度こそアタシのほうからシンジに、幸せを感じさせて見せます!

・・・それが、こんなところまで来てくれたシンジに対する唯一の恩返しだから・・・・

ううん・・・恩返しとかじゃない・・・あたしが、シンジを愛しているから・・・」


「・・・・そうか、じゃあ、わしのハンカチもこれで用済みかの・・・」


「はい・・・ありがとうございました。」


そういって、そっと老人の小さな掌に布の切れを置くアスカ。

そして、老人の手をぎゅっと握り締めた。


「・・・ふ・・・いつのまにかお前の手もこんなに大きくなったんじゃなぁ・・」


「え?」


「・・・さて・・・じゃあ、わしはこれでお暇することにしよう。」


そう言ってふっと背を向ける老人。

だが、その背中はどこか寂しそうだった。


「・・・シンジ・碇。」


「・・・アスカ・・・いや、ミス・ラングレーを大切にな。」


そういって老人はゆっくりとドアのほうに向かって歩き出した。

シンジとアスカはただ呆然とその風景を見ていた。

そして、老人の姿が完全に見えなくなってからシンジは小さく返事をした。

もちろん「はい」と・・・






それから数分たってアスカのお母さんが目を覚ました。

アスカは泣いたり、怒ったりしていたけど、本当に嬉しそうだった。

おじいさんが教えてくれたように、点滴を打ってはいるものの普通に話も出きるし、いたって元気だ。

その証拠に、アスカの側に僕がいるのを見つけるや否や「アスカの恋人か?」「ほんとうにアスカを好きなのか?」とかありとあらゆる質問をされた。

もちろん僕は真剣に答えたけど、最初はなかなか信じてもらえなかった。

アスカに言わせると、自分が離婚した経験があって辛い思いをしたから、娘にはそんな思いをさせたくないのだそうだ。

でも、最後には僕が本気だってことを分かってくれたみたいで、僕とアスカのことを祝福してくれた。

それで澄めば良かったんだけど、今度は質問のないようががらりと変わって、

「二人はどこまで進んでいるのか?」とか「結婚式はどちらの国でやるのか?」

などと言った質問が・・

・・・・いや、尋問に近かったかもしれない・・とにかくそれが夕方過ぎまで続いて、キョウコさんが疲れて寝てしまうまで僕らは、その病室を出ることが出来なかった。



・・・・今僕の耳元では波の音がしている。

塩の香りがほのかに薫る。

アスカは・・・僕の隣でスースーと規則正しい寝息を立てている。

長い飛行機で、さすがに疲れたのだろう。

アスカはベンチに座ったとたんすぐに眠りに落ちてしまった。

天使の休息・・・・・・そんな言葉がまさにぴったりだと思う。

綺麗で、今にも飛んで行ってしまいそうで・・・

・・・僕は今回の出来事で一つ決めたことがある。

自分でも笑ってしまいそうなことだ。

きっとアスカにも笑われる・・・だから今は日記の上にだけつづる事にする。


僕は・・・・・・・・・・・



「・・・シンジは?」


突然頭の上で声がした。

反射的にペンをはさんでそのノートブックを閉じるシンジ。

その間、一秒。

ノートを閉じ恐る恐る顔を上げるとそこには意味深な笑いを浮かべたアスカがいた。


「ア・・・アスカ、お、起きたの?」


おもわずどもり口調になってしまう。

アスカはこくりと頷くとシンジの顔をのぞきこむ様に、シンジにからみついてきた。


「ね、ね。シンジは、なにを決めたの?」


「あ・・・・あの。な、なんでもないよ。」


明らかに挙動不審なシンジ。

「なんでもないよ」・・そんな言葉はまったく説得力を持っていなかった。


「ふ〜ん♪さっきからなにを一生懸命かいてるのかな〜って思ったら・・・シンジのエッチ〜♪」


「な!なんで、僕が!」


赤面するシンジ。


「さーてね、自分の胸に聞いてみいたら?現にドイツの病院でもアタシの胸触ったしぃ〜。」


「な、なに言ってるんだよ。あれはアスカが自分から・・・」


「あ〜・・ひどいわ、アタシの唇を奪っただけではあきたらず・・アタシの・・・」


しくしくとわざとらしい声で泣きまねをするアスカ。

だが、泣きまねとはわかっていても放ってはおけないのがシンジ。


「あ〜!!ごめん、ごめん、ごめん、」


そう言ってひたすら謝る。

それがアスカの計画道理だとも知らずに・・・

シンジが手中に落ちたことを察してにやりと笑うアスカ。


「じゃあ、シンジ何を書こうとしたの教えてよ!」


「ず、ずるいよ、アスカ。」


「あら?まだ、そんなことを・・・・・・」


「わ、わかった、わかったよ・・・えーと、だからその・・・・・・」


「フン、フン♪」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「ほら!シンジ、続き♪続き♪」


「あ〜〜〜〜〜〜!!もうっ!・・・・・・・・・」


そう叫ぶとシンジはアスカの耳元でなにかをささやいた・・・











「ねえ、お父さん?」


「なんだい、キョウコ・・・」


「・・・・・・その、アスカのこと・・ありがと・・・・・・・ね。」


「・・・わしは・・なにもしておらんよ。
アスカにハンカチを貸してやっただけ・・・むしろ礼を言うのはこっちさ、もう会えないと思っていた孫娘に会えた・・」


「ふーん、お父さん・・・相変わらずね・・・寂しがり屋のくせに変に意地っ張りで・・・」


「お前と同じようにな。」


「フフ・・・それと、アスカもね。」





「あの二人・・・・・大丈夫かしら・・・」


「フン・・・わしらが心配したところでどうにもならんよ・・・

もうアスカ達は子供じゃない・・・もう十分、自分の足で立って、物事を見据えられる・・

わしらは二人を見守るだけさ・・・・。」


「そうね・・・・・・・・ひょっとしたらもう、プロポーズでもしているかもしれないわね。」









「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


沈黙するアスカ。

そして、宙を泳ぐアスカのブルーの瞳。

その瞳に重なるシンジの瞳。


「・・・ほ、ほんとはもっとちゃんとした形で・・言いたかったけど・・・

これは本当に嘘じゃないから・・・

僕はアスカをこれからもずっと好きだと思うから・・」


「・・・シンジ。」


シンジの言葉をアスカがさえぎる。

アスカの視線は海の向こうを見たまま・・・


二人の間に沈黙が続く。

時折聞こえる海の潮の音も先ほどよりもより鮮明に聞こえる。


そして、その音に混じってアスカが口を開いた。


「・・・シンジ・・・アタシは・・・」


「・・うん。」


「アタシは・・・」


「・・うん。」


「・・・・・アタシは・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


次の瞬間、シンジは返事の代わりにアスカを抱きしめた。

アスカの瞳から流れた涙がシンジの頬をなでる。


「シンジ・・・ごめん・・・気の利いた言葉も言えなくて・・・

また、返事も出来なくて・・・」


「・・ううん・・アスカの事はわかってるから・・・・・だから・・・・・・

だから今はなにも言わなくていい・・・」


シンジの言葉に頷き、シンジの胸に寄りかかるアスカ。


「・・・シンジ・・・・・・・・・キスして・・・・・・・・・・・・・・

そしたら・・・なにか言えそうだから・・」


そう言うとアスカは静かにゆっくりとまぶたを閉じた。

まぶたからわずかにあふれる透明の雫。

シンジはアスカの涙の線をそっとぬぐうと、そのまま唇を重ねた。

波の音だけが相変わらず響き渡る中で重なる二人のシルエット。


「・・・シンジ・・・」


「・・・・うん。」



















「・・・今まで本当に・・・・ありがとう・・・」







アスカは笑った。

これ以上ないくらいの笑顔で。


「・・・アスカ・・・」


こくりと頷きシンジの言葉を待つアスカ。


「・・・僕は・・・・・・」


「僕は・・・」


その瞬間、シンジとアスカ達がいる砂浜に突風が吹いた。

空を見て唖然とするシンジとアスカ。


「あれは・・・・まさか・・・」


・・・赤い・・・葉のもよう・・・ってことは・・・


『しんちゃーん、アスカー、迎えに来たわよ!!って、アタシもしかしてお邪魔かしらー!!』


思わずため息をつくシンジ。

わなわなと怒りで手を震わせているアスカ。


『だってさあ!このまま行くとシンジ君、あたしに何も教えてくれなさそうだしい!

だから、自分から来ちゃったあ!!てへ♪』


・・・ぶち・・・


どすどすとヘリの下に歩いていくアスカ。


「よくも!人のロマンチックな一時をぶち壊しにしたわねー!!

だいたい、なーにが『てへ』よ!ばっかじゃないの!歳考えなさいよ、歳を!!」


「な、なんですってえ!!」


「今から、そっち行くから首洗って待ってなさいよ!この30過ぎ女!」


「じょ、じょ、上等じゃない!女は30超えてからっていうのを教えてあげるわ!!」


するすると降りてくる縄ばしご。

アスカはそれに手をかけくるりと振り返った。


「ほら!シンジ。」


「へ?」


「あんたも、来るの!」


「えー?僕もぉ?」


「あったりまえでしょ!あんたドイツであたしに言ったこと忘れたの?」


・・・・はあ、拡大解釈だよ、それって


ため息をつき、仕方なくアスカの隣に並びはしごに手をかけるシンジ。

だがその瞬間・・・・


・・・・・・・・・チュッ・・・・・・・・・・・


思わず、目を見開くシンジ。

シンジの鼻をアスカの髪がくすぐる。


「・・・今日終ったら、さっきの続き・・・ぜったいに教えてよ。」


シンジの胸を甘酸っぱい薫りが通りすぎていった。


「じゃ!いざ、戦陣へ!いくわよ、シンジ!」


照れ隠しなのだろうか、ぷいっと顔を背けはしごに手をかけるアスカ。

シンジは微笑を浮かべたまま、にっこりと頷くとアスカに続いた。

アスカがシンジの顔を見る。

シンジも見上げるようにしてアスカの顔を見た。

・・・にっこりと笑うあう二人・・・

雲の間から見え隠れしている夕日が、二人の最高の笑顔を照らしつづけていた・・・








おわり




お久しぶりです!

ついにエンドにたどり着いたこの作品。

っていうか、連載(二話以上の作品)をエンドまでもっていったのはこの作品が初めてなんです。

そのせいか、本当にエンディングの難しさと言うものを痛感いたしました。

見せるエンディングってのはいつになったら書けるんでしょうかねえ・・・


とにかく、管理人のシンクロウさんを含め、ここまでお付き合い下さった皆さん。本当にありがとうございました。

これから夏休みですし「澄み渡った・・・」のほうに力を入れて行こうと思っています。

これからも、LAS繁栄のために全力を尽くします、皆さんどうぞよろしくおねがいします!

では。

「心の形、LASの形・・we need us・・」、ついに完結〜〜〜!(^^)
シンジとアスカだけにスポットを当てた物語でなく、二人を取り巻くトウジとヒカリの友情、ミサトの応援、キョウコの思いやりなどなど、サブキャラ達がここまで生きているからこそ、この物語のラストには「笑顔」の中に大きな「感動」を感じられました(^^)。

>「ねえ、お父さん?」
>「なんだい、キョウコ・・・」
なるほどなるほど、あのバスの中での謎の老人は、アスカのおじいさんだったのですか。このキョウコさんのアスカに負けずと劣らず策略家ぶり、血は争えませんね(^^)。

>『しんちゃーん、アスカー、迎えに来たわよ!!って、アタシもしかしてお邪魔かしらー!!』
ラストのとっても良いムードの中。この世で最も神聖な言葉を紡ごうとしたシンジ・・・だけど、そうは問屋が卸さない。けたたましいジェットエンジン音と共に現るは、ネルフの誇る我らが作戦部長、葛城ミサト!寝相とタイミングの悪さは天下一ですね(笑)。

>「・・・シンジ・・・・・・・・・キスして・・・・・・・・・・・・・・
>そしたら・・・なにか言えそうだから・・」
はぅぅぅぅ、イイっすねぇ・・・(*^^*)。私的に今回イチバンのお気に入りシーンです。
「キスしてくれたら言える」。
言葉で無く、感情で投げかけるワガママですね。

>・・・にっこりと笑うあう二人・・・
もう二人を邪魔するものも無いですし、今までこぼしてきた涙の分を取り返すつもりで、
これからは10倍にして幸せになってもらいましょう!


繊細がゆえに、糸も絡まりやすく、ピュアがゆえに、すれ違う。
そういったお互いを想い会う、二人の深い愛情が伺えたこの作品。
八色さん、素敵な作品をありがとうございました。m(_ _)m

さあさあ、ご覧になった皆様も、連載を見事に完結させた八色の姓さんに感想を送りましょう!

たった一言の感想が、このような素晴らしい名作を生み出す大きな力になるのです。


 私達に名作を提供して下さった、八色の姓さんへのご感想はこちらか、掲示板へ!
是非ともお願いします!m(_ _)m


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