Dの微熱
Hiroki Maki
広木真紀




5



「名雪っ、おい名雪! 起きてるかっ」
 祐一が大声を張り上げドアを叩くたび、『名雪の部屋』と書かれた、とても17歳の少女のものとは思えないドアプレートが揺れる。だが部屋の主がその騒音に反応したのは、たっぷり3分は経ってのことだった。
「うにゅー、なぁに祐一。わたし、これから寝ようかと――」
「お前、北川の家の電話番号しってるか!」
 寝ぼけ眼の名雪が出てきた瞬間、祐一はその両肩を掴んでガタガタと揺さぶった。
「え、北川君? 知らないおー」
 フワフワとした口調で、名雪は半分意識を失いながら答える。いつも9時になると、早々に床に就く名雪だ。現在の時刻はもう11時近い。彼女にとっては、草木も眠るミッドナイト・オブ・真夜中(意味不明)である。
「じゃあ、住所? どこに住んでるか分かるか」
 ユサユサと名雪を揺さぶりながら、祐一は怒鳴る。
「うー。知らないおー。香里なら学級いいんちょだし、知ってるかもしれな……すぴー」
 遂に夢の国に旅立った名雪をポイっと投げ捨てると、祐一は彼女の部屋に侵入し、携帯電話を漁り出す。
 名雪は携帯電話を殆ど使わない娘だが、持っていることは持っている。そしてメモリの中には彼女の友人であり学級委員長である、美坂香里みさかかおりのナンバーも登録されている筈だ。

「――はい、美坂です」
 カオリンで登録されているナンバーをコールすると、直ぐに聞きなれた女性の声が聞こえた。
「おお、香里か? オレ。相沢だけど」
「あら、相沢君? そうよね。名雪がこんな時間にかけてくる筈ないもの」
 流石に親友だけあって、彼女も名雪のことを知り尽くしている。
「突然すまない。実は、北川と至急連絡をとりたいんだが、あいつの電話番号知らないか。出来れば、携帯の番号だと尚更いいんだが」
「もう。なんであたしに聞くのよ。男子の電話番号なんて知らないわよ」
「そうか。でも、なんとか調べられないか。学級の連絡網とか、住所録とか」
「住所と自宅の電話番号くらいなら、すぐに分かるわよ」
「本当か!」祐一は指を鳴らすと言った。「是非頼む」
「ちょっと待って。計算機にデータ化してあるの」
「計算機?」
「ああ、ごめんなさい。パソコンのことよ」
 その言葉と共に、低く唸るような端末の軌道音が微かに聞こえてきた。流石、学年トップの秀才だけあって情報整理もマメに行き届いている。
「――それにしても、突然どうしたの?」
「いや、まぁ。ちょっと揉め事に巻き込まれてな」
「また何かやらかしたの? 呆れた人たちね」香里は溜め息混じりにそう言った。
「出たわよ。西6丁目5−14。コーポ・フレグランス203号室。学校を挟んで相沢君のお宅から、ちょうど反対方向ね。アパートが多い一帯よ」
「電話番号は?」
「電話番号は、登録されてないわ。学級委員長として調べられる範囲では、今はちょっと分からないわね。生徒会室の資料を漁れば多分分かるでしょうけど。ま、それだと本人に直接聞いた方が早いわね。最近、こういう連絡網にも電話番号を報せない家って多いのよ。物騒な世の中だしね」
「まいったな。住所だけじゃ、さっぱり分からん」
 引っ越して間もない祐一は、学校と商店街くらいしかまだ位置的に把握できていない。土地鑑は皆無に等しかった。
「香里、すまないけど案内してくれないか?」
「それ本気で言ってるの」
 あまりに常識外れな祐一の言葉に、香里は呆れたように言った。
「頼む。名雪はもう寝ちまったし。かなり大事なことなんだ。このカリは必ず返す。オレにできることだったら、香里の願い、何でも聞いてやるから。だから、頼むよ」
「……もう。しょうがないわね」暫くすると、香里は言った。
「アナタにそこまで言われたんじゃ、断れるわけないじゃない。いいわ。家まで迎えに来て。門のところで待ってるから。そしたら、案内するわ」
「ありがとう、香里。本当に感謝するぜ。じゃ、すぐさらいに行くから。準備しててくれ」
「待ってるわ、狼さん」
 祐一は電話を切ると、10分前に脱いだばかりのコートの袖に再び腕を通した。そしてダイヤを箱から取り出し、ハンカチで包んでポケットに突っ込むと、階段に向かう。
「名雪、悪いけど携帯借りてくぞ」
「くー」
 ポイ捨てにされたまま廊下で熟睡する名雪は、安らかな寝息でそれに応えた。





6





 祐一が最近購入したマウンテン・バイクに跨り、美坂香里と合流したのは、それから約15分後のことだった。つい先月までは、積雪で満足に自転車を走らせることも出来なかったのだが、最近は雪も解け出しアスファルトを軽快に走ることが出来るようになった。こういうところでも、春は確実に感じられるようになってきている。だが今の祐一には、そんなことを悠長に感心していられるだけ余裕はなかった。
「けっこう早かったわね」
 シックな黒のコートを身に纏った香里は、いつもより大人びて見えた。天然の深みのある茶色の髪に、綺麗なウェーブ。知性的な瞳と、凛とした雰囲気が魅力的な少女だ。これで名雪と同い年であるというから、女とは不思議なものである。
「ごめんな、香里。こんな夜遅くに」
 全速で駆け付けたのであろう、祐一は息を弾ませながら言った。
「いいのよ。アナタには一生かかっても返せないカリがあるし。何か急ぎの用みたいだったしね」
「栞のことを言ってるなら、お門違いだぞ。香里がオレに恩を感じる必然なんて全然ない」
 自転車のハンドルを握りつつ、器用に肩を竦ませて祐一は言った。
「栞はなるようにしてああなったんだ。オレが奇跡を起こしたなんて思わないでくれ。そんなもんで片付けられちゃ、そのために努力した栞本人や医師団たちが気の毒だぜ」
「あたしが勝手に感謝してるだけ。だから、それでいいじゃない」
「はぁ。ま、どうでもいいんだけどな」
 香里が1度言い出すと、もはや誰が何を言っても彼女を曲げることはできない。ある意味で意思が強いとも言えるし、ある意味で頑固極まりないとも言える。彼女の長所であり短所だ。

「ところで、その自転車でいくつもり? どうやら、2人乗りには向かないように見えるけど」
「ああ。こいつはここでお役御免だ。あとは香里と歩きで行く」
「暴漢が現れたりしたら、ちゃんと守るのよ」
「当たり前だ。香里姫には指1本触れさせねェよ」
 軽口を叩き合うと、2人は歩き始めた。もちろん、祐一は道順を知らないので香里が先導する形で北川の自宅を目指す。着く頃には日付けも変わっているだろう。街灯の頼りない明かりに照らし出されたアスファルトを見詰め、祐一は香里に悪いことをしたと改めて思わされた。
「それで、こんな時間に何をしにいくの?」
「北川に警告しに行く」
「警告?」怪訝そうな顔をして、香里は言った。「警告って、なんの?」
「どうせ黙ってても名雪がバラすだろうから言うが、実は今日ウチに空き巣が入った」
「ええっ!」
 クール&ビューティでならす香里も、流石に驚きを隠せない。夜の帳に、彼女の小さな叫びが響き渡った。
「言っとくけど、今夜はジョーク抜きだぜ」
 突っ込まれる前に、真顔で釘を刺す。更に質問を先読みして、祐一は続けた。
「家の中はメチャクチャだった。プロのお仕事だ」
「それで、被害は? 名雪や秋子さんは無事なの」
 顔色を変えて、香里が詰め寄ってくる。よほど親友が心配らしい。もっとも、逆に香里の家に空き巣が入ったと祐一が聞いたら、きっと同じような反応を示すだろう。彼女の気持ちは良く分かった。
「心配ない。空き巣だって言っただろう。彼女たちの身に危険はなかったさ。ちなみに、家中が壊滅的に荒らされただけで、金目のものは一切盗られてない」
 少なくとも、今分かっている範囲ではな、と祐一は付け加えた。
「空き巣が荒らすだけ荒らして、収穫無しに帰って行ったって言うの?」
「まぁな」
 香里にどこまで話すかを考えながら、祐一は言った。全て話せば、彼女を巻き込むことにもなりかねない。相手はプロだ。これには危険が伴なう。

「それで、警察には?」
「多分、秋子さんのことだから、近所の迷惑も考えて通報は明日にするだろうな。ま、そんなわけで、名雪とオレは明日の補習は休むと思うから。適当に理由つけといてくれ」
「それは、いいけど――でも、それと北川君とどう関係してくるの?」
 祐一は、流石は香里だと苦笑を浮かべた。普通はこんな話を聞くと、混乱して情報を整理しきれなくなる。的確な質問も動転して出来なくなるものだ。だが彼女は、話の辻褄が合わないポイントや矛盾点に気付くと、それをキチンと指摘してくる。上手くいけば、流れで誤魔化せると踏んでいた祐一は、自分が甘かったことを痛感した。
「……実は、空き巣の犯人には心当たりがある」
 全てを話すまで香里は引き下がらないだろう。そう考えた祐一は、観念して全てを話してやることにした。
「連中は、『ある物』を奪うためにオレの住んでいる家を襲ったんだ。ところが、奴らは目的としている物をオレが持っているのか、それとも北川が持っているのか迷う状況にあるんだ」
 隣を振りかえらずとも、香里が息を呑むのが分かった。
「だから、オレの家に奴らが来たってことは、北川の家にも来る可能性があるってことだ」
「じゃあ、警告って」
「ああ。何も空き巣とは限らない。強盗もやりかねない奴らだからな。北川には報せておかないといけない。元はと言えば、オレのせいとも言えるからな」
 そうである。祐一がロッカーの鍵を拾い、それをポケットの中に押し込んだことから全ては始まった。拾わずに放置しておくなり、拾って交番に届けるなりしていれば、こんな事態には発展しなかっただろう。だが、今となっては後の祭だ。
「それで、その『奴ら』って連中は何者? それから、彼らが狙ってる『ある物』って?」
「あんまり1度に質問しないでくれよ」祐一は苦笑混じりに言った。
「オレは香里ほど、頭の回転が良いわけじゃないんだ」
「OK。じゃ、まず最初の質問から1つずつ応えて」
「聞いて後悔してもしらねェからな?」一言断ると、祐一は言った。
「まず、オレと北川が不本意にも敵に回しちまったのは、今巷を騒がせている『宝石泥棒』さ。駅前にあるジュエリー・ショップから、何億にも相当するダイヤやらを盗み出したプロの強盗団」
「まさか……」香里は、その形の良いスラリとした足を止めて、硬直した。
「で、奴らが狙ってる物ってのが――」
 祐一はゴソゴソとスラックスのポケットを漁り、ハンカチに包まれたそれを取り出すと、香里に突き出して言った。
「このダイヤモンド。通称、『シリウスの瞳』だ」





7





 北川潤の自宅は、同種のアパートが林立する住宅街の片隅にあった。周囲には似たり寄ったりの概観を持った、4〜5階建て前後の集合住宅が一定間隔で建っており、それが道を碁盤の目のように区切ることで、一帯に難解極まりない迷路を形成していた。真夜中ということもあり、コンクリートの樹海を構成するアパートやマンションに、殆ど識別点を見出すことは不可能だ。香里のナビゲーションがなければ、祐一はまず、ここまで辿り着くことはできなかっただろう。
「ストレンジャーをイジメるためにあるような住宅街だな、ここは」
「そうね。住所と、アパートの名前・番号で識別するしかないわ。慣れないと、住人たちも大変よね」
 周囲を見回しながら、祐一と香里は囁き合った。だが、漸く辿りついた北川家は、留守らしかった。チャイムを鳴らしてみても、反応はない。
「こんな時間だしな。あまりインターフォンを連打するわけにもいかないんだが……」
 流石の祐一にも、焦りが見えた。
「そういえば北川君、春休みに入る前『両親が海外旅行に行くんで、留守番しなくちゃならないんだ』とか何とか言ってなかった?」
「あ、そう言えばそんなこと聞いたような気もするぞ」
 香里の言葉に、祐一もそのことを思い出したらしい。小さく手を打って、肯定する。
「でも、両親は留守にしているとしてもだ。肝心の北川は何処に行ってるんだ?」
「さぁ? 彼にだって友人くらいいるでしょ。春休みなんだし、泊まりがけで遊びに行ってるとか。或いは、恋人と甘い時間を過ごしてるのかもしれないわ」
「はは。友達の方はともかく、恋人云々はないな」
 祐一は、斬新なジョークでも聞いたかのように笑って言った。
「恋人なんぞできれば、真っ先に自慢するタイプだあいつは。それに、北川は――」
「北川は、なに?」
 言葉の途中で急に口を閉ざした祐一に、香里は怪訝そうな顔で訊いた。
「いや、何でもない」
 北川が恋人にしたがってるのは、お前なんだよとは、流石に祐一の言うことではない。
 しかし、北川も不憫だ。祐一は思う。『恋人と甘い時間を過ごしているのかもしれないわ』と口にした時の香里に、皮肉や嫉妬を感じさせる要素は全くなかった。つまり、香里は北川をまるで異性として意識していないということになる。彼の恋路は、遠く険しい。つまり、そう考えて良いだろう。
「悪いな、北川。恋愛と友情は別物だと思って諦めてくれ」
 そう、祐一は心の中で北川に謝っておいた。

「で、どうするの? 北川君、いないみたいよ」
「そうだな。時間を考えると、留守のこの家を狙って連中が来る確率は高い。まだ北川の家が被害にあっていないことを前提として、の話だがな」
 そう言って少し考えると、祐一は付け加えた。
「或いは、時既に遅く、北川自身が被害を被った可能性もあるにはあるな。家にいるところを襲われて、拉致されたとか」
「それはないでしょう」その可能性を、香里は軽く頭を振って否定した。
「相手がプロだとすれば、それはあまりに軽率だわ。まだ、相沢君か北川君が『シリウスの瞳』を手に入れたという確証を彼らは掴んでいないはずよ。そんな段階で、北川君をさらうのはリスクが大きすぎるわ。プロはそんな余計な仕事はしないでしょう?」
「確かにな……」祐一は、顎に手をやると小さく頷いた。
「だけど、そのコインロッカーを連中が張り込んでいたとしたら、話は別ね。あなたが鍵を持って、ロッカーを開ける。そして、ダイヤの入った箱を持ち去った現場を、張り込んで見届けていたとしたら? もし連中が、そこまでしていたなら、相沢君がダイヤを持っているという確証を彼らは持っていることになるわ。そしてそれを取り戻すために水瀬家に押し入って探すけれど、ダイヤは見つからなかった。だから北川君を襲って人質にする。そして後日交渉を持ちかけてくる、とか」
 香里の仮説は面白かった。聞きながら、祐一は思わず唇の端を持ち上げる。こういう緊迫した場面でも混乱や緊張を見せず、心憎いばかりの冷静さで物事を分析して見せてくれる。彼女のそんな部分が、祐一は好きだった。
「確かに、ロッカーを張り込んでいた可能性はあるな。そこまでは考えてなかった。迂闊だったかもしれない」
 もし予めそこまで考えが回っていれば、周囲を警戒することくらいは出来ただろう。
「あたしならが鍵を無くした側だったら、まずそれを考えるってことよ。鍵を持ち去ったってことは、下心があってのことかもしれない。だから、その下心を読むの。この場合の下心は『ロッカーの中身』よね。当然、鍵を持ち去った人間がロッカーを開けにやってくるだろうことは、予測に入れて行動するわ」
「なるほどな。だけどオレが犯人の場合、ロッカーを開けてそいつが物を取り出した時点でひったくるなり強奪するなりを考えるぜ? 少なくとも、襲いやすい場所にそいつが行くまで後をつけて、隙をみて奪う。そのまま見逃して、空き巣に入るってのはちょっと不自然じゃないか?」
「確かにね。まあ、可能性の1つとしての話だから。絶対にありえないとも言いきれないでしょ? 完全に消去できるまで、可能性はいつも真実に成り得るわ。頭の片隅に置いておいて損は無い」
「だな」祐一は新しいフラグメントを示してくれた香里に感謝した。

「――とりあえず、あたしはこれでお役御免よ。もう遅いし、帰らなきゃ」
「おお、そうだな。本当に助かったよ。こんな時間に付き合せて悪かったな。送って行くぜ」
「いいわよ。1人で帰れるわ」
「それは駄目だ。万が一ってこともある。オレはそれで後悔したくないんだ。送らせてくれ」
 そこまで言われては、香里としても断る理由はなかった。素直に頷くと、祐一と肩を並べて歩き出す。
「しかし、あなたも大変ね。これからどうするつもり? あたしは、警察に任せることを薦めるけど」
「もちろん、ここからは警察の仕事さ。でも、北川のこともある。念のために、あいつと連絡が付くまでは、このダイヤはオレが持っていることにするよ」
 もし北川の身に何かあったのなら、このダイヤは交渉の道具になる。警察に渡してしまえば、それを失うことになるのだ。祐一はそれを恐れていた。
「暇だと、ロクなことに首を突っ込まないわね。少年探偵ごっこもいいけど、下手すると冗談じゃ済まないことになるわよ」
「分かってるよ」祐一は、神妙な顔つきで頷いた。
「それは別として、今日の報酬には何をいただけるのかしら?」
 口調をガラっと変えて、香里は楽しそうに言った。
「お前、さっきまでは『一生かかっても返せないカリがあるから』とか何とか言ってなかったか?」
 呆れたような声で祐一は返す。だが、その表情には既に諦めが見て取れた。
「それはそれ、これはこれよ。こんなに危険なことに巻き込んだんですもの。それなりの見返りを求めてもいいんじゃなくて?」
「ま、それもそうだけど。何がお望みだ?」
「スイス辺りへスキー旅行に連れて行け、と言いたい所だけど――」
 チラと祐一に悪戯っぽい視線を向けて、香里は微笑む。一瞬ドキリと胸が高鳴るほど、その表情は綺麗で魅力的だった。
「まぁ、雑技団公演くらいで許してあげるわ」
「雑技団? なんだそれ」
「あら、知らないの?」小首を捻る祐一に、香里は逆に驚いたようだった。
「ダメね。これくらの情報はチェックしとかなきゃ。最近、話題になってるのよ? ちょっと前からだけどね、この町に中国雑技団のグループが特別公演に来てるのよ。まぁ、サーカスみたいなものね。学校の子も何人か観にいったらしいけど、結構面白かったって言ってたわ」
「中国? 今、中国の雑技団って言ったか!」
「キャッ、な、なに? いきなり」
 何かに思い至ったのか、祐一は噛み付くような勢いで香里に詰め寄った。
「中国人が、この町に来てるんだな?」
「え、ええ。だから、移動サーカスみたいなものよ。今月の頭辺りから公演をやってるわ」
 それを聞いて祐一は足を止めると、何やら思案し始めた。
「どうしたの、相沢君。急に血相変えて」
「このダイヤが入っていたロッカーの鍵を落としていった2人組、中国語みたいな言葉で話してた。あいつら、多分、日本人じゃないと思うんだ」
「なるほどね」香里は合点が言ったらしく、頷いて見せた。「それだけ大きなダイヤですものね。国内で捌くのはまず無理。となれば、海外に運ぶしかない」
「単なる深読みのし過ぎかもしれないが、そういう意味でなら、各地を興行して回る『雑技団』のような存在はうってつけだと思わないか?」
「そうね。彼らは煌びやかなステージ衣装に身を包んでいるし。ショーの小道具かなんかに偽装すれば、そう厳しい追及も受けずに持ち出すことは可能かもね」
「全国を回りながら、各地で金品を盗み帰国。自国のルートで売り捌く。そう無理な推論じゃない」
 偶然で片付けられる一致だが、祐一には気になった。1度頭の中で理論だった仮説として纏まると、それが完全に否定される反証が見つかるまで追及せずにはいられない。彼はそんな性格の持ち主だった。
「オレは、あいつらの顔を見ている。確かめることは、可能だぜ」
「相沢君。その顔は、また危ないことを考えてるわね?」
 眉間に手を当て、疲れ切った表情で香里は言った。どうせまた、ロクでも無いことを考えているに違いない。香里は既に説得を諦めていた。正直に言えば、久しく味わっていなかった刺激に、魅力を感じていることも事実だ。心の中の何処かで、「この件に首を突っ込め」としきりに主張している別の自分がいる。
「よーし、決めた!」
 祐一はニヤリと邪まな笑みを浮かべると、香里の肩に手を置いて言った。
「香里。あした一緒に、その雑技団の公演を見に行くぞ!」





to be continued...
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