垂直落下式妹
Hiroki Maki
広木真紀




21



 ――6月19日月曜日。
 停学生活6日目のその日も、祐一たち自宅謹慎組は、佐祐理のマンションの4階で怠惰な時間を過ごしていた。今日は平日であるから、佐祐理と舞は大学に講義を受けに行って留守にしている。しかし、それ以外の連中はやることもなく、ただグータラと暇を潰すしかないのであった。
 特に水瀬家からやってきた2人は、とても受験を控えている高校3年生とは思えないダラケ様である。祐一は、カフェテリアのソファの上でゴロゴロしていたし、名雪は今日も朝からイチゴサンデーを頬張っているという有り様だ。
 一方、美坂姉妹はどうしているかと言えば、姉の香里はAVエリアでインターネット。その妹の栞は、DVDシアターでドラマシリーズをマラソン上映させていた。
 唯一、美汐とあゆだけは、学生らしく図書エリアで真面目に勉強中である。自宅学習中のあゆに、美汐が勉強を教えているらしい。年齢から見れば立場が逆であるが、美汐は性格に難はあっても優秀な学徒であることに違いはない。ビシバシとスパルタ教師として、あゆを扱いていることだろう。
 受験勉強をするべき3年生が遊び、そうでない美汐たちが勉学に勤しむ。この無茶苦茶さも、彼らのウリの1つなのかもしれない。
 そんなこんなで、談話フロアにある大きな時計が、ちょうど正午を示そうとした頃である。パソコン室にいた筈の香里が、血相を変えてカフェテリアに駆けこんで来た。そろそろ食堂で昼食の準備でもしようかと考えていた祐一と名雪は、何事かと彼女に顔を向ける。普段クールな香里が、ここまで慌てるのも珍しいことだ。
「相沢君、TVつけて」
 祐一と視線が合った瞬間、香里は鋭く言った。
「どうしたんだ、香里?」
 ムクリとソファから上体を起こし、祐一は近くのテーブルの上にあったTVのリモコンに手を伸ばした。憩いの場となっている『談話エリア』には、カフェテリアにいる人間がどの位置からでも視聴できる巨大なTVが、3台背中合わせに並んでいる。祐一はそのTVに1番近い位置にいた。
「会計長の小田桐英之が死んだわ。自宅のメールをチェックしてたら、生徒会から丁度メールが転送されてきたの! 学校は臨時休校ですって」
「わ、びっくり」
「なに――っ!?」
 名雪は本当に驚いているのか怪しい反応だったが、祐一は文句なく本気で驚愕していた。彼は慌ててリモコンを掴み、TVの電源を入れる。
「名雪、悪いけど館内放送かけて、皆を呼んでくれ」
「うん。分かった」
 佐祐理と舞のマンションはあまりに広いので、各部屋に内線と館内放送システムが用意されている。これで、バラバラに散っている客人たちを、1ヵ所に集めることが可能だ。
「もうすぐ正午のニュースが始まるわ。多分、速報で流れるはずだから」
「OK。無難にNHKにしよう」
 祐一はリモコンで電源をいれると、適当にチャンネルを合わせた。やがて報せを受けた少女たちが、カフェテリアのある『談話エリア』に続々と集まってくる。全員が揃って数分したところで、問題のニュースは始まった。
 その内容は、要約すれば以下のようなものだった。
 ――今朝の6時頃、部活動の朝練のために登校してきた生徒のグループが、グラウンドに面した校舎の隅で倒れている若い男の死体を発見した。身元は大方判明していて、小田桐英之(17歳)。学校に通っている3年生であると思われる。
 発見時点で男は既に死亡しており、恐らく屋上から転落したものと見られている。野次馬の証言によると、死体は下半身が『燃やされたように』黒コゲになっていたそうで、このことから警察は、事件(つまり殺人)の可能性も視野に入れて、現在捜査を進めている。
 なお、6日前の竹下啓太殺しとの関連性は今のところ、不明。

「……」
 速報が終わって、気象予報士が午後の天気の予報を告げはじめても、TVにボンヤリとした視線を向けたまま、誰も動くものはいなかった。
 6月に入ってから、既に3人目の死者だ。気丈な彼らでも言葉を失うものである。
「おいおい、マジかよ」
 やがて、重い沈黙が場を支配する中、祐一が蒼白な顔で呟いた。
「また殺りやがった。イカレてるぜ、こいつは」
「うぐぅ……また人が死んじゃったの?」
 あゆは恐怖に怯えているのか、目尻に涙を溜めて微かに震えている。栞も、眉を顰めて深刻な表情をしていた。
「確か、小田桐英之さんと言うと、3日前に祐一さんたちが会われたという小田桐孝之さんの弟さんですよね?」
「そうよ。そして、生徒会の現役会計長でもあったわ」
 栞の言葉を肯定すると、香里はやっぱり本当だったのねと呟いた。どこかで、メールの内容が誤報であることを期待していたのだろう。
「これで、生徒会の死者は今年だけで3人目になったな――」
 祐一はポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出し、それに近くにあったペンで何かを書き足す。そうして作業を終えると、それを皆の前に差し出した。
「つまり、こういうこった」
 それは、先日作成した生徒会のメンバー表であった。



役職 1999年度
(前年)
2000年度
(今年)
セキュリティ・レベル
(=権力)
生徒会長 よしだたくろう
吉田卓郎
くぜとおる
久瀬透
LEVEL 4
事務書記長 たけしたけいた
竹下啓太
(死亡)
たけだれいこ
武田玲子
(死亡)
LEVEL 3
会計長 おだぎりたかゆき
小田桐孝之
おだぎりひでゆき
小田桐英之
(死亡)
LEVEL 3
風紀委員長 さわだのりこ
澤田紀子
(死亡)
うちだひろし
内田弘
LEVEL 2




「会長、事務書記長、会計長。去年・今年の3役6人のうち、これで3人が死亡。死亡率はグンと上がって50パーセントですね」
 美汐は立ったまま、テーブルの上に置かれた表を覗き込んでコメントする。
「関連性はどうあれ、これは大した確率です」
「しかし、今回の事件は意味合いが大きいわね」
 そう言って皆の注目を集めてから、香里は再び口を開く。
「まず第1に、今回は密室じゃないわ。武田さんも、この前の竹下さんも共に死体は密室で見つかってるけど、今日見つかった小田桐君は、外で見つかっている。
 第2に、下半身が焼かれるなんて、明らかに殺人であるという証拠があるのも大きいわね」
「確かに、『密室』+『首吊り』+『自殺の可能性』の3点セットが、今回はどれも否定される事件ではあるな。パターンとしては、香里の言うように新しい」祐一が言った。
「これでまた、よく分からなくなってきたな」
 これまでの2件だと、共通点が多く見られたため同一犯人の犯行と考えることも容易だった。だが、今回の小田桐弟殺しは、香里の指摘通り前回とは明らかにパターンが異なる。同じ生徒会の役員が殺されたという以外に、共通点らしいものは見当たらない。これでは、安易に同じ犯人による連続殺人という考え方も成り立たないわけだ。
「どうなんでしょうねぇ。同じ犯人による連続殺人なんでしょうか。そもそも、犯人が同じだとして単独犯である必要はないですし。そうなると、各々で殺害の方法が変わってきてもおかしくないでしょうし……」
 ウムム、と栞は腕を組んで考え込む。童顔の彼女は、こういったアクションにもどこか愛嬌があって面白い。
「それに、3度も連続して殺人を自殺に見せかけるのにも無理がありますよ。たとえ今回も密室で死体が見つかったとしても、警察だって、こうまで事が続けば疑いだすでしょう。その辺りを考えて、これ以上『自殺』や『密室』を偽装することに意義を見出せなかったのかもしれません」
 美汐が、栞とは対照的に相変わらずのクールヴォイスで指摘する。
「なるほどな。まあ、普通に考えれば、2週間の内で3人も自殺者が出れば誰でも不審に思うよな。犯人のヤツも趣味で密室やら自殺の偽装をやってたわけじゃないだろうし。無駄だと思えば、面倒な偽装をわざわざやることもないだろう」
 祐一は納得したように、何度か頷いて見せた。
「ウム、合理的な判断だ。やるな、ミッシー!」
「――天野です」
「とにかく、あたしはちょっと情報を集めてみるわ」香里は話をまとめるように言った。
「最初に見つけたのが生徒だから、結構騒ぎになってるのよ。第1発見者以外にも、小田桐君の死体を見たって子が大勢いるみたい。あたしや名雪の知り合いにもいるかもしれないから。クラスメイトを中心に当たってみる価値はあるでしょう」




22




「んー、でも私はやっぱり、犯人は1人の方がいいと思うよ」
 名雪は顎に人差し指を当てて暫く思考すると、にっこりと笑って言った。
「だって、その方が分かりやすいもん」
「あのね、名雪。この際、貴女に分かりやすいかどうかなんて関係ないのよ」
 それを聞いた香里は、呆れ顔で嘆息する。
 同日16時。佐祐理と舞が大学から帰って来るのを待ちながら、自宅謹慎組は事件に関するディスカッションを4階の談話フロアで行っていた。部屋の中央に並んでいる、ベッドよりも大きなガラス製テーブルの上には、ノートパソコンや事件に関する様々な資料、竹下啓太の殺害現場で撮った写真などがバラまかれている。コーヒーカップや、名雪が食べ尽くしたイチゴサンデーのグラスが周囲に幾つも散乱していることからも容易に推測できるように、彼らの討論会は12時に小田桐ヒデユキの死亡を告げるニュースが入った瞬間から延々と続いていた。
「――じゃあ、香里はどう思ってるの? 犯人が沢山いるってこと?」
「あたし? そうね。一連の事件が同一の犯人による犯行かは分からないけど、やっぱり複数が実行犯として関わっている確率が高いと思うわ」
「ほう」祐一は香里のその考え方に興味を抱いたようだった。「その根拠は?」
「だって、武田さんにしても竹下さんにしても、自殺に見せかけて天井から吊るすなんて大変よ? 彼らには不自然な打撲の痕も無かったし、薬で眠らされていたっていう話も出てこないわ。……と言うことは、よ。犯人は外傷をつけずに手際よく彼らを気絶させて、そのまま意識のない彼らを天井に引っ掛けたロープに吊るしたってことになるわ」
 香里はその証拠として、竹下啓太の死体を超至近距離から撮影した何枚かの写真を示す。机に上がって撮ったのか、天井から高い位置に吊るされていた筈の、死体の首筋の部分までもが見事なアップで映されている。
「見て、彼のこの首筋。綺麗なものでしょう? あらかじめ別の方法で絞殺したわけじゃないのよ。そうだったら、法医学的に索痕のズレって呼ばれている、それらしい痕跡が残るものなの。でも、彼の首筋は無傷。天井から下がったロープを使って、本当に首吊り自殺を行った時にできる傷痕しか残ってないのよ。索痕の角度といい、皮下出血といい、死因とされている頸部血管閉鎖と気道閉鎖といい、これは間違い無いと思うわ」
 そこまで言うと香里はコーヒーを一口含み、そして再び続けた。
「少なくとも大掛かりな道具を使わない限り、私のような女性ひとりでは、それだけの力仕事を行うのは難しいと思うわ。でも、犯人は綺麗に鮮やかにその仕事をやってのけている。だから、力のある男性が複数でやったとも考えられるのよ」
「なるほどね……」
 祐一は頷きながらそう呟くと、テーブルを挟んで向かい側のソファに座っている美汐に目を向けた。彼女は香里と共に、AMSコネクションの強力なデュアル・ブレインを形成している。香里が、電子工学、基本的な科学全般、日本と欧米の刑法・民法・商法、それにかかわる判例、またそのトライアルでしばしば必要とされる医学、解剖学、法医学、心理学などの分野に精通しているのに対し、美汐は日本史、世界史、犯罪史、宗教、パラサイコロジをはじめとする超心理学、生物学、文学、軍事、政治経済、裏社会事情などに強いのが特徴だ。
「それで、ミッシーはどう思う?」
「私はそれらの問題よりも、むしろ今回の『小田桐殺し』に興味を持っています。いえ、彼が殺されたこと自体は、勿論どうでもいい些細な出来事なんですが――下半身が『燃やされたように』黒コゲになっていた、という証言がありましたね」
「ああ。ニュースじゃ、そう言ってたな」祐一は肯定する。
「ヤジウマの証言だそうですから信憑性はいまいちですし、現物を直接見たわけではないですから確かなことは言えませんが――」
 そう言って、美汐は微かに目を細める。これは、彼女にとっては微笑と同義だ。祐一がそのことに気付いたのは、極最近のことである。
「この情報が真実だとすると、面白いですね。今のところ、小田桐さんは校舎の高い位置――恐らく屋上あたりから転落死したという見方が濃厚であるわけですが、これが殺人であると仮定して、どうして突き落とした後、犯人は死体を燃やす必要があったんでしょう?」
 そこまで言うと、美汐は暫く沈黙した。その素振りからして、どうやら祐一や香里の回答を期待しているようだ。だが、30秒ほど待っても彼らから反応が返らなかったため、美汐は再び自ら口を開く。
「……死体を燃やすのは、意外と大変な作業です。単純にガソリン等を浴びせて火をつけたところで、条件によっては途中で火が消えてしまうこともあるでしょう。それに肉を焼くわけですから、周囲には当然のことながらそれなりの異臭が漂います。また、燃え上がる炎は、それが夜中の犯行であった場合、かなり目立つことにもなるはずです。論拠を枚挙するのに暇無いほど、死体を燃やすというのはリスキィな行動だと言えるのではないでしょうか」
 こういった論理的な解説を展開するときにだけ、彼女は例外的に饒舌になる。これも、祐一が最近発見した彼女の特徴の1つであった。
「そんな危険をおかしてまで、犯人は死体に火をつけたかったんですよね? その理由はなんでしょう。どのような精神状態が、どのように思考に影響を及ぼして、結果的に犯人をそう突き動かしたのでしょうか。実に興味深い話です」
 祐一にはサッパリ理解できなかったが、その話の内容から察するに、美汐は小田桐弟が殺されたこと自体にではなく、その死体の下半身が燃やされていたこと――しかも、犯人がどうして火を放ったか。どうして事件を猟奇的にしたのか。そのあたりの動機や精神状態に興味を抱いているようだ。
 そう言えばいつだったか、『犯罪はそれそのものの研究よりも、動機の研究の方が面白い』というような言葉を聞いたことがある。美汐も似たような考え方を持っているのかもしれない。
「うぐぅ……でも、本当に犯人さんが火をつけたの? ダンボールで寝てるオジさんとかが、悪戯でつけたのかもしれないよ」
 白熱する討論ともなると、どうしても話についていけなくなる月宮あゆであるが、ときおりズバッと鋭い発言を突き刺してくることもある。まあ、マグレであろうが。
「ええ。そのことは、私も最初に考えました。どこまでを考慮すべき情報として認めるかを明確にするためにも、それは必要なプロセスだと思ったからです」
 美汐は優しい微笑を浮かべて、あゆを見詰めた。彼女にしては、非常に珍しい種の表情だ。
「死体の発見は、今日の早朝。6時くらいという話ですよね。前日は、日曜日で学校は休みです。ですが、日曜日でも練習でグラウンドを使う部活はあるでしょう。それにも関わらず、死体の発見は今朝なのです。これを考慮すると、昨日の――少なくとも部活動が終わる夕方あたりまでは、死体は無かったと考えるのが自然です。結論として、事件が起こったのは昨夜の夕方以降である可能性が極めて高くなります」
「そうね」香里が頷いた。「そうなると、小田桐君が転落死したのが昨日の夜。発見が今朝早くと、事件発生から発覚までの時間が非常に短かったことが分かるわ。その短時間の間に、犯人以外の誰かが死体を発見して、律儀に下半身だけ燃やしていくなんていう可能性はまず無いでしょう」
「美坂先輩の言う通りです。その推論から、この事件が殺人である可能性が極めて高いということ、そして、『殺した人間が死体に火をつけた』と考えるのが1番自然な推論であることが、証明されるでしょう」
 美汐が締め括った。
「それで、天野さんは犯人がどうして小田桐さんに火を付けたのか、分かったんですか?」
「まさか」栞の問いに、美汐はニコリともせずに応えた。「そんなこと、犯人にしか分かりませんよ」
「むー。確かに、その通りですね」栞は苦笑した。
「それで、栞こそどうなんだ。なんか考えがあるのか?」
 難しい顔をしても、それが可愛く見えるという特異な少女に祐一は笑いかけた。彼も、栞が香里の妹であり、美香家とは裏腹に論理的で現実的な思考ができることを知っている。彼女の何気ない一言を切っ掛けに、姉の香里がアイディアを纏めるということも時々はあるようだ。
「そうですねえ」むむーっと一頻り唸ると、栞は口を開く。「私は、この事件は情報を並列的に扱っていては解決できないような気がします。つまり、それぞれの情報にも重要度みたいなものがあって、これを立体的に階層的に整理しないといけないと思うんです」
「うぐぅ、わかんないよ……」
 漢字が3文字以上続く単語に関しては、あゆは全く理解できない。それが連続して使用されるとなると、殆ど壊滅的な状況に陥る。だがある意味、自分の知る女性たちの中で1番頭が良い少女が、この月宮あゆであることを祐一は知っていた。
 彼女は、自分の『知るべきこと』と自分が『知るべきでないこと』を明確に把握している。いや、本能的に理解しているといった方が正しいか。とにかく彼女は、己が知るべきことだけを知り、理解し、的確な判断を下す。その能力が香里や美汐すら凌駕して、圧倒的に優れているのだ。
 難しい理屈は分からないけれど、極限状態に陥ったとき、自分がどう在らねばならないか、どう行動すべきかをあゆはキッチリと理解している。それが彼女の凄さであり、強さだ。
「つまりですね」説明し難いことなのか、栞は少し顔を歪める。
「情報にも、重要なものとそうでないものがあるんですよ。普通の人は、これを同列に扱ってしまうから混乱して、上手く思考できないんです。情報に秘められたポテンシャルを見分けて、これを的確に整理すると考えるのが楽だということですぅ」
 お姉ちゃんの受け売りですけどね、と栞は悪戯っぽく舌を出す。
「まあ、それはいいからさ。栞の推理ってヤツを早く聞かせてくれよ」
「えぅ〜」栞は微かに頬を赤らめて、恥ずかしそうに笑う。
「推理って言うほど、立派なものじゃないんですけど……。私は、今回の3件の殺人を、2種類の殺人が交錯している事件だと考えています」
「つまり……えっと、犯人は別々ってこと?」名雪が首を傾げながら言った。
「そうです。そう考えなければ、矛盾が生じるんですよ。考えても見てください。最初に殺された武田さんは、生徒会に関係する何かで殺された可能性が高いんですよ? これは、彼女が死ぬ直前といっていいタイミングで佐祐理さんたちにかけてきた電話からも明らかです」
 栞は度々、考えを纏めるために話を中断しながらも、自分の考えを確実に語り進めていく。
「ですが、竹下さんと小田桐さんの殺人は、明らかに生徒会への『怨恨』が見えます。手首が切り落とされていたり、殺した後燃やされたり。いえ、たとえこれが怨恨からの殺人で無いにせよ、生徒会の役員たちは、この学校に多額の寄付金を納めている地元名士の子供たちなんですよ? その子供が次々と殺されるのは、どう考えたって学校や理事会、それに属する生徒会にとってマイナスじゃないですか」
「――うん、そうだよな。オレもそれは思っていた」祐一は大きく頷いて見せた。
「武田玲子は、機密を知りすぎたから生徒会に殺されたと考えるにしても、後の竹下と小田桐の殺害まで生徒会がやったと考えるのは無理があり過ぎる。どちらかというと、竹下+小田桐殺しは生徒会に敵対する外部の犯行に見えるよな」
「そうです。だから、武田さん殺人事件と、竹下さん・小田桐さん殺人事件は完全な別件だと思います。恐らく、武田さんを殺したのは、何らかのミスで知られてはマズイ機密を知られてしまった生徒会。竹下さんと小田桐さんを殺したのは、ここは大胆に去年の卒業生ということにします。いえ正確には、卒業はできなかった彼らの同学年の生徒ですね。舞さんのように冤罪で退学にされてしまった生徒とか。その辺りではないでしょうか」
 もっとも、舞さんは退学は免れましたけどね、と栞は付け加える。
「つまり、後半2件の犯人の狙いは、去年――つまり1999年度の生徒会3役というわけね?」
 香里が栞を見詰めながら訊いた。いや、それは質問というよりは、確認の意味合いの方が強かったかもしれない。
「会長の吉田、事務書記長の竹下、会計長の小田桐(兄)。退学にされた復讐のために、当時の生徒会のトップだった彼らを殺す……」
「さすがお姉ちゃん。その通りです〜」
 栞はニッコリと笑って姉に応えた。
「唯一、小田桐(弟)さんが殺されたのは不可解ですが、これは『小田桐兄弟』ということで、彼らをセットとして捉えたとも考えられます。弟さんも今年、生徒会で会計長をやってますから、そこまで無理はないと思うんですけど」
「退学だけで、生徒会皆殺しを説明する部分に、若干苦しいものはありますが――」
 黙って話を聞いていた美汐が口を開く。
「仮説の1つとしては、面白いと思います。ウチの学校には将来を嘱望されていたエリートもいますから、確かに退学は一生を台無しにされる致命的なアクシデントだったとも考えられますし。そうなると、殺人を考えてもおかしくはありません」
「わ、天野さんのお墨付きですか。心強いですね」
 えへへ〜と嬉しそうに笑う栞。笑ったり怒ったりと、この娘は美汐とは対照的に感情表現が豊かだ。
「ですが、栞さん。澤田さんの件はどう考えます? それに、なぜ犯人は今頃になって犯行を開始したんでしょう? 生徒会に復讐するつもりなら、去年、彼らが在学中の内にやった方が効果的だったと思いますが。1年の間を空けた理由についてはどう説明しますか」
「それはですね……まず澤田のりぴーさんの件は、本当に自殺だったんだと思います。つまり、今回の3件の殺人事件とは無関係というわけです。彼女が生徒会の風紀委員長だったというのも、偶然で片付けられる範囲です」
 そこまで言うと、栞はちょっと顔を顰めた。
「問題は、何故1年のブランクがあったかということですが、これは熱(ほとぼり)が冷めるまで待つという意味合いがあったと考えてはどうでしょう? だって、ホラ、退学にされたその年の内に事件を起こしたら、真っ先に疑われそうじゃないですか。だから、1年待って彼らが高校を卒業するまで待った――というのは説明になりませんか?」
「いえ」美汐は小さく頭を振って、微笑んだ。「充分ですよ」
 その反応を見て、わ〜い! と栞は飛びあがって喜ぶ。どうやら栞の中では、美汐の頭脳は姉の香里と同ランクに位置付けされているようだ。
 元々、栞は万能の姉に強烈な憧憬の念を抱いていた節がある。姉や美汐のお墨付きを貰えれば、もうそれは真実とさほど変わりない。そう思えるほど、彼女たちを信頼し、或いは尊敬しているのだろう。

 ――そんなこんなで自宅謹慎組が盛り上がっていると、『談話フロア』の自動ドアがスライドして開いた。廊下側から姿を現したのは、大学から帰って来た佐祐理と舞のオーナー組である。
 時計を見ると、時刻は間も無く18時になろうかという頃だ。予告されていた時間より1時間ほど遅かったが、許容範囲であろう。
「あ、おかえり、佐祐理さん、舞」
「うぐぅ、おかえりなさい」
 待ちに待った彼女たちを、笑顔で迎え入れようとする祐一たちであったが、佐祐理の様子がどこかおかしいことに気付く。
「倉田先輩、どうかなさいましたか?」
 いつもの笑顔を見られない佐祐理に、香里が怪訝そうな表情で訊く。それから少しの間を置いて、佐祐理は漸く口を開いた。
「小田桐さんが……」
 だが、返ったのは香里に対する返答ではない。
「小田桐孝之さんが、殺されました」
「はは、『タカユキ』じゃなくて『ヒデユキ』でしょ? 弟の方」
 祐一は軽く笑った。
「それなら知ってますよ。昼からずっと、ニュースでやってるしね」
「違うんです! 孝之さんです」
 祐一の言葉を遮るように、佐祐理は大きな声で言った。
「……え、え? どういうこと?」
 状況が飲み込めないのか、名雪はキョロキョロと周囲の人々に視線を向けながら問う。
「佐祐理たちが帰ろうとした頃……キャンパスの中で発見されたんです」
 気のせいだろうか、心持、佐祐理の顔が青ざめて見える。ただ彼女の口元から微笑が消えたというだけで、太陽が沈んでしまったかのような寂しさを感じるのは祐一だけではあるまい。
「佐祐理と舞も見てきました」
「ハチミツくまさん」
 佐祐理の言葉を保証すると言うように、舞はシッカリと頷いて見せる。
「一昨日、カフェテリアで祐一たちと一緒に会った人だった。林の中で倒れていた。多分、死んでたと思う。下半身が、燃やされたみたいに黒コゲだった」

「な……本当か!?」
「わ、びっくり」
 名雪はいつものようにアレだったが、他の自宅謹慎組は素直に驚愕する。流石の香里も多少は驚いているように見えた。
「これで、小田桐兄弟はコンプリートですか」
 例外的に美汐だけは何時もと変わらない表情をしていた。顔も知らない人間など、死のうが生きようが知ったことではないと公言する彼女だ。それも、ある意味当然なのかもしれない。しかも、
「あとは前会長の吉田氏が死ねば、前年度の3役はビンゴ達成です。さらに、現会長の久瀬さんが死ねば今年度の3役もビンゴ。なんと驚きの、ダブル・ビンゴの大チャンスです。犯人には、この調子で是非とも頑張って欲しいですね」
 などと不謹慎極まりないことを言い出す始末だ。手に負えない。
「……そんなこと言ってる場合じゃねえよ、天野」
 放心状態で、祐一は呟く。
「オニギリが死んだ。しかも、下半身を焼かれて」
 2日前に直接顔を合わせて、熱いバトルを繰り広げたライバルが殺害された。流石の彼もショックが大きいのだろう。――と、誰もが思うだろうが、それは甘い。
「ふ……」
 祐一は、俯くと小刻みに体を震わせた。少し長めの前髪に隠れて、その表情を窺い知る事はできない。 近くにいた名雪や栞が、そんな彼をどうにも心配に思い始めた瞬間である。
「ふ、ふふ……。それじゃ、お前……焼きおにぎりじゃねえか」
「ハァ?」
 名雪と栞は、揃って首を傾げる。
「はは、焼きオニギリかよ。こいつは傑作だ。なるほど、自業自得ってやつだな」
「なに不謹慎なこと言ってるんですか、祐一さん」
 栞が眉を顰めて、祐一を睨みつける。
「亡くなった人のことを悪く言うと天バチがあたりますよ。天バチが」
「それを言うなら天罰でしょ」香里が冷静に突っ込む。「まあ、不謹慎なのは確かだと思うけどね」
「――なんだよ、香里だって分かってるくせに」
 祐一は唇を尖らせて、不満げにブチブチと呟く。
「ま、だがこれで、大体のことは見えてきたぜ」
「え。どういうこと、祐一?」名雪は怪訝そうな顔つきで、再び小首を捻った。「何か分かったの?」
「いや、詳しいことは分からない。でも、焼きオニギリに意味があるってのは確かだ」
 そう言うと、祐一は微かに目を細めた。名雪は相変わらず不思議そうな顔をして、それを見詰める。
「う〜、私には良く分からないよ」
「この事件、オレが想像していたより相当ヘヴィかもしれないってことさ」






to be continued...
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あとがき

 えっとですね。お気づきの方も既にいるかと思いますが、私は語意も良く分からずに、ただ「響きがカッコイイから」とか「ここでミッシーにこの言葉を使わせると、切れ者っぽく見えそうだから」とかいう、実に無責任極まりない理由で、言葉をいい加減に使っています。
 たとえるなら、アシモフ先生の「陽電子頭脳」とかと同じでしょうか。
「普通に、電子頭脳でいいじゃん!」という突っ込みがある激しく上がる中、

「いや、陽電子である必要はまったくナッシングなんだけど、なんとなく付けちゃった。だって、カッチョイイし。……てへ♪」

 ――と、天下のアシモフ大先生も仰っているように(実話)、私も何となく、フィーリングで使ってるので。
 ちょっぴり「この言葉がここで使われるのは絶対におかしい! ……というか無茶苦茶!!」と思われることがあっても笑って許してあげてください。
 あ、ただし、指摘して下さるのは寧ろ歓迎です。次回からは正しく使えますので(笑)。




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