俺は、俺であり続けることくらいしかできない。



バイト・オン
ザ・ブレット
Hiroki Maki
広木真紀




−圧殺の章−





15 Oak Hill Way NW7 Hamsted
GMT Fri,21 July 2000 17:02 P.M.


7月21日 午後5時02分
ハムステッド 佐祐理の別荘


ヒースロー空港から、ロンドンの西を掠めるように北上すること約1時間。ようやく旅行中の拠点となる、佐祐理さんの別荘に辿り着いたオレたち。
本来なら、軽食を交えた午後の紅茶を嗜みつつ、まずは優雅に別荘での部屋割りを決める筈だった。その筈だったのだが――
「祐一さんは、女のコと1夜を共にすることに関しては、既に慣れっこですから。舞なんか、もう何度も祐一さんと同じベッドで一緒に寝てますし。佐祐理もご一緒させて貰ったことが何度かありますよー。ね、舞?」
――全ては、この一言から始まった。

「えぅ〜! それはつまり……えーと、男の人と女の人が、夜同じベッドで抱き合って寝ると言うことは!? いうことは!?」
「うぐぅ、恥かしいよう」
「祐一と川澄先輩がそんなことになってたなんて、私もう笑えないよ……」
「――相沢君、納得のいく説明をしていただけるかしら?」

予想通り、佐祐理さんの誤解を招きかねないコメントに、勝手な妄想を膨らませていく少女たち。
それだけならいいのだが、香里は右手にメリケン・サックを装備しだす始末。
もはや、冷静な話し合いが通用する雰囲気ではない。事態の収拾は何人にも不可能であろうと思われた。
だがしかし、これを何とか収めないと、オレの命が切迫した危機的状況に陥ることもまた事実。

結局、『舞と一線を越えてしまった疑惑』をなんとか晴らし、彼女たちの誤解を解くまでに、オレはその日の残存体力を全て注ぎ込むことになった。
そうして漸く彼女たちが落ちついてくれたのは、騒動が始まってから約30分後。オレは精も根も尽き果てていた。一体、なんでこんなことになったんだろう。

「あー。もう、どうでもいい……。取り合えず、部屋割りはお前さんたちに任せるよ。本人がいたら話も纏まらないだろうから、とりあえずオレは鷹山さんの部屋に入れてもらうことにする。話が纏まって、オレのパートナーが決まったら呼びに来てくれ」

疲労困憊。オレはそう言い残すと、フラフラと食堂を立ち去った。流石に、ここまでくると女の子たちもオレを引き止めようとはしなかった。まあ、天野と同室になるにせよ、そうでないにせよ、とにかく今は静かなところで一休みしたい。
年の離れた鷹山さんなら、ちょっと休むくらいなら部屋にもいれてくれるだろう。
そう判断したオレは、1度吹き抜けになっている玄関ホールに出て、屋敷の反対側に向かった。

食堂の大テーブルに広げられていた屋敷の見取り図から見て、佐祐理さんのボディガードである鷹山小次郎女史の部屋は、1階の1番東側にあるようだった。頭の中に見取り図を描き出しながら、フラつく足取りで歩き、2階へ続く階段前を横切り屋敷の西側から反対側の東側にでる。
そこには、洋室に続くのであろう2つのドアが並んでいた。
左側が佐祐理さんと舞が使う部屋だと言っていたから――
オレはちょっと緊張しながら、右側のドアを叩く。返事は直ぐに返ってきた。

「――誰だ」
この素っ気無い口調は、間違いなく彼女だ。
こういう無愛想な話し方をする女性は、オレの知る限り川澄舞と鷹山女史の2人しかいない。
「相沢です」
「君か。私に何か?」
「ええ、ちょっと……」
「……鍵は掛けてない。入るといい」
その返事を貰って、オレは恐る恐るノブを回し入室した。
やはり、あまり親しくない――しかも年齢の離れた女性の部屋に入るというのは、それなりに緊張する。

足を踏み入れた室内は、ちょっとランクが高めのホテルの客室といった感じだった。
入って右手に大きなクローゼット、左手にユニット・バスへと続くと思われるガラス戸がある。
部屋の奥にはベッドが2つと、大き目の木製の机が1つ。鷹山さんは、その机に向かって何かの書類に目を通していた。

「すみません、鷹山さん。今、忙しかったですか」
「――いや」彼女は書類から目を離すと、椅子に座ったままオレに視線を向けてきた。
長い黒髪が、サラリと揺れる。普段は危急の際に邪魔にならないようバレリーナのようにアップにしているのだが、こうして降ろしてみると結構髪の長い人だったんだな。ちょっと、新たな発見。

「それで、相沢君。私に何か話でも?」青い瞳が、真っ直ぐにオレを見詰めてくる。
深層心理の底の底まで、全てを透かして見られてしまいそうな、深くて神秘的なブルーだ。
間違いなく、この女性の外見における最大の魅力の1つだろう。

「あ、いえ。実は、今、部屋割りを決めているんですけど……
結構、これが難航してまして。決定は女性陣に任せてきたんですが、それまでここにいさせて貰えませんか?……いえ、ご迷惑でなければ」

「構わない」彼女は拍子抜けするほど、アッサリと言った。
「どうせ、誰かと相部屋になるわけだから。好きに寛ぐといい」
「あ、はい。どうも……」
オレは軽く頭を下げると、ボーっと突っ立ってるのも何なので、ベッドの片方に腰を落とした。
鷹山さんは既にオレに興味を無くしたようで、再び机の書類に視線を戻している。オレの位置からでは、彼女の後姿しか見えない。

「鷹山さん、仕事中ですか?」
「――いや。仕事と関連はあるが、どちらかと言えば私事だ」
背中に語りかけてみるが、彼女は振り向くことなく応える。
「えっと、じゃあ世間話の相手とか頼んじゃうと、迷惑ですか?」
「いや、構わない」
恐々聞いてみるが、またもやアッサリと了承を得られてホッとする。

「実は前々から聞いてみたかったんですよ。鷹山さんのこと」
「―――」鷹山さんはピタリと体を硬直させると、一瞬だけ後を振りかえってオレを見た。
だが、それも束の間、直ぐに元の作業に戻る。
「ボディガードとか、傭兵とか。元特殊部隊の隊員とか。オレにとっては映画とか小説の中だけの存在なんで、実際はどんなものなのか、興味があるんですよね」
「そう面白いものじゃない。私は映画も小説も知らないが、少なくとも他人に話して面白い商売だと認識はしていない。地味で、単調な仕事だ」彼女は、やはり前を向いたまま淡々と応える。

「鷹山さんって、特殊部隊を辞めてフリーの傭兵をやってたんですよね」
そして、佐祐理さんに雇われてボディガードを勤めるようになったという話を聞いてる。
「……その通りだ」
「傭兵って儲かるんですか?」

「まさか。あの商売が儲かるわけがない」彼女は、即座に鼻で笑うように言った。
「考えてもみるといい。傭兵を雇うとなると、誰がいる? 内紛とテロが蔓延している地域の人間が主だ。IRAが活動している一部の地域と、バルカンの火薬庫。そして東南アジア。どれも裕福とは言い難い地域の連中だよ。そんな連中に雇われて戦争をやるわけだ。クライアントが大金を傭兵の報酬に回せるわけもない」

「確かに、そうかもしませんね……」
傭兵なんていってみても、ぬるま湯に浸かりきった日本人であるオレには、それが何なのか想像もつかない。戦争なんて、別世界の出来事だと思ってる人間だ。
鷹山さんが言うようなことを、考えたことなど1度もなかった。

「その日に食べるものにも在り付けず、泥に塗れながらサバイバルを続ける生活が大半だな。
そう、その辺の雑草と一緒にパン粉を舐めるような生活だ。多くの場合、弾丸に当たって死ぬことより、どうやって食料を確保するか。食い繋ぐか。これが問題になってくるような、不可思議な世界。それが、傭兵の生きる戦場だ」

「へぇ〜」なんだか、新鮮な話だ。思わず感嘆をあげてしまう。
朧げに想像していたヴィジョンとは全く違うだけに、かえってリアリティを感じるよな。
異世界の住人から、誰も知らないこの世の秘密をコッソリ聞いてしまったような気分。
コッチでは、妖精に囁かれたっていうのかな?

「古今東西、傭兵は儲かる商売ではない。中世などでは、キチンとした報酬が支払われないこともあった。――それもそうだ。戦争中、内紛中はどこも経済的に苦しいし、第一、自分の雇い主が負けたらどうなる? 報酬を払ってくれるべき国が無くなり、クライアントが処刑されるんだからな」

そう言えば、そうだな。戦争ってのは、陣地の取り合いなわけだ。
負ければ敵側に吸収されて、国家や民族は死ぬ。まあ、それでも『民族意識』は死なないから、戦争の火種は残るわけで。そうやって住民感情を置き去りに、幾度と無く国境線だけが塗りかえられてきたからこそ、ユーゴの内紛はあんなに激しく、根の深いものになってるわけだしな。

「それに戦争には膠着状態がつきもの。その間は仕事が無いからな。昔の傭兵は盗賊さながら、略奪行為を繰り返し、そのせいで恐れられたものだ。無論、500年前の傭兵と現代の傭兵は、その在り方が全く違う。だが、保証が無いこと、稼ぎが無いことに掛けては殆どの面で旧態依然としていると言えるだろう」

「なるほどねぇ……」厳しいね、人生ってのは。なかなか、そう楽にはいかないってことか。
生きて帰れるかどうかも危うい場所に出勤して、報酬も貰えないんじゃ悲惨過ぎる。
「だが、そんな傭兵にも例外がいる」鷹山さんは、書類を机の上に戻し、背凭れに体重を掛けながら言った。
「私もその例外の1人なのだが――」

「ほう、その例外って?」怪訝に思って、オレは訊いてみた。
鷹山さんの話は素っ気無いので、会話のラリーが続き難いが、その分返答は直ぐに返ってくるし、論旨がズレることは全くない。ある意味で、非常に気分が良いとも言える。
「つまり、特殊技能を持つ傭兵だ。たとえば、世界で5人しか持っていない技術を持つ傭兵だと、それは特別な待遇を受ける。国家の機密情報に通じていたり、人間として特殊な能力が使えたり、一流のクラッカーであったりとな。そういう兵士には、特殊なクライアント(依頼人)がつく。国や政府が裏事情で雇うわけだ。結果、その報酬は莫大な額になる。1つの仕事で、並みの傭兵を30年養えるほどのな」

「で、鷹山さんの場合は?どれに該当するんです」
「私は、特殊な能力と技能を持っている。そのため、特殊部隊が作戦を行なう時、そのコーチとして各国から招かれることが多かった。要するに、技術教官だな。単独での敵基地への潜入、危険地帯での破壊工作。状況は様々だ。
極めて特殊な任務の時、私は雇われて隊員たちを指導し、有効な戦術を教え、手引きをしてきた」

「へぇ〜。そりゃ凄いですね。まさに、超一流の凄腕ってわけか」
「――その通りだ」彼女は『1+1=2ですよね?』と聞かれでもしたように即答した。
鷹山小次郎の辞書に、謙遜の文字は無いらしい。いや、それは職人としての自信の表れなのかもしれないな。命の遣り取りをする戦場で、謙遜は必要ないってことか。そう考えれば、逆に恰好良いのかもしれない。

「それで、鷹山さんはどんな特殊技能を持っているんですか? 狙撃と特殊工作にかけては、世界でも五指に入るとは聞いてるんですけど」
「それだけでは、流石に弱い。特別待遇を受けるには、もっと決定的な能力が要求される。
たとえば、――そう。一時的にではあれ、たった1人で戦況を一転できるような」

そう言うと鷹山さんは立ち上がって、ベッドに腰掛けるオレに向き合う。
そして手に持った黒い塊をオレに投げて遣した。慌てて受け取ったそれはズシリと手に重く、もう少しで取り落としそうになる。勿論、彼女の持ち物となればこれは本物なのだろう。無骨な軍用の大型拳銃である。

「これは?」と質問しかけた時、彼女は徐に口を開いた。
「相沢君。君は私のクライアントに極めて近しい人物だ。殆ど、ファミリィと言っても良かろう。
だからと言うわけではないが、君には特別に私の能力の一端を披露しておこうと思う」
「はあ、それは有難いですけど……」それとこの拳銃と、一体どんな関連性があると言うんだろう。

「それで、私を撃ってみるといい」
「え゛!?」
「その拳銃を構えて、私を撃てと言っている」
驚愕するオレを尻目に、鷹山さんはニコリともせず繰り返す。
「サプレッサ――消音装置がついているから、誰にも気付かれる恐れはない」

いや、この場合、問題はそんなところにはないだろう。
幾ら彼女が凄腕のエージェントだったといっても、人間であることには違いない。こんな大口径の拳銃を至近距離で食らっては死ぬことだってあり得る筈だ。彼女のような職業につくプロは、一撃で人を倒せるような威力の高い拳銃を好んで使うと聞いたことがある。

「ほ、本当にやるんですか。こんな大きな拳銃で撃たれると、普通死にますよ?」
「普通は死ぬが、私は死なん。――だからこその、特殊能力だ」
「まあ、それはそうかもしれないですけど……」
何と言っても鷹山さんを説得できそうにないので、オレは拳銃を構えながらノロノロと立ち上がった。
まあ、常人ではあり得ないような修羅場と死線を潜りぬけてきた、歴戦の勇士がこう言うんだ。
きっと真正面から撃ったとしても、ヒラリとかわされるとか、撃つ瞬間に投げ飛ばされるとかそういうオチなんだろう。

「ほんじゃ、遠慮なくいきますよ?」
「―――」鷹山さんは応えず、右人差し指を立ててクイクイとオレを招く。
欧米では、『かかってこい』のジェスチャーだ。
さすがに手が震える。同族殺しを恐れる本能が、カタカタと無様に拳銃を震わせていた。
オレは深く息を吸い込んで全身の力を抜いた。唾を飲み込む。そして両手で銃を構え、自然と漏れる気合の声と共にユックリと引金を絞った。
その瞬間、圧搾空気が抜けるような破裂音、更に思ったよりも軽いリコイル・ショックがオレを襲う。
そして放たれた弾丸は、音速を超える速度で鷹山さんの引き締まったボディに向かって突きたてられる――
その瞬間だった。

キィンッ!!

「……ッ!?」
ワイングラスを金属の棒で叩いたような、透明感のある硬い音が響き渡った。
兆弾――跳ね返された弾丸が、オレの頬を掠めてあらぬ方向へ飛んでいく。
オレは人生初めての衝撃に、思わず尻餅をついて後に倒れ込んだ。そして、恐怖のあまり硬く閉じていた瞼を、恐る恐る開けてみる。
震える手から拳銃が離れ、部屋の絨毯にゴトリと落下した。

「な――っ!?」
オレは何が起こったのか認識すら出来ず、ただ呆然と青い目の麗人を見上げるしかなかった。
鷹山小次郎は、冷ややかにそんなオレを見下ろしている。
彼女は、一歩たりとも――いや、微動だにしていなかった。
なのに、なんで……

「い、今のは……!?」オレは固唾を飲み込むと、無様に座り込んだまま言った。
「今のは一体なんなんです!?」
弾が、跳ね返された――!?
「これが、私の特殊能力」鷹山さんは表情1つ変えずに告げた。
「チョコレイト・ハウスの連中は、『サイ=リフレクター』と呼んでいた。PK−MT――動体に影響を与えるサイコキネシスの一種だという話だ」

「サイコ……キネシス……、」それって、オイ。「そりゃ、超能力のことじゃないですか!?」
鷹山さんは応えず、スタスタと歩き再び元のデスクに戻った。
「鷹山さん!」
「――何も驚くことはあるまい。川澄嬢とて、その超能力とやらが使えるわけだろう。君はそれを知っているし、幾度も見てきている筈だ。少なくとも彼女たちからは、そう聞いているが?」
既にオレに興味を失ったのか、鷹山さんは振りかえることなくそう言った。

「そりゃ、まあ……そうなんですけど」
「私は、この能力のおかげで幼少の頃より実験動物として扱われてきた。
エンクィスト財団直下の特殊研究施設『チョコレイト・ハウス』。そこで私は能力者として開発され、将来的にサイキックの戦闘集団『ホーリィ・オーダー』の兵士となるよう養成された。そこには、川澄君のような子供が何十人といたよ」

「え、……チョコレイト・ハウス?」
突然、聞き慣れない固有名詞らしきものを連発され、オレは戸惑った。
実験動物だとか、舞と同じような子供が大勢いたとか――内容も穏やかではない。
「世界中から、所謂『超能力』を持つ2歳から10歳までの子供を集め、その特殊な力の研究を行なっているゲスどもの集団。それが、エンクィスト財団のチョコレイト・ハウスだ。私はそこの被験者だった。
あとは、君には関係のないこと。知りたければ、自分で調べるがいい」

「いや、チョコレイト・ハウスだかキャンディ・ホールだかに興味はないけど――」
オレは絨毯に落ちたピストルを拾い、立ち上がりながら言った。
「さっきのアレは一体なんなんです? なんか、一瞬ビカッと青白く光ったと思ったら、弾が跳ね返されたんですけど」

その言葉に、鷹山さんはいきなりオレを振り返った。
そして、その青い目を険しく細めて、じっとオレを見詰める。
「光った?……君には、私のリフレクターが目視できたということか」
「ハァ。見えましたよ、なんか。一瞬でしたけど、巨大なシャボン玉が現れて、鷹山さんを包み込んだような」
どうでも良いけど、この人のブルーアイズで凝視されると、なんだか落ちつかない。
考えていることを、全て見透かされているような錯覚に陥るからだ。それこそ、超能力でも宿っていそうな感じがする。

「――そうか。なるほどな」そう呟いた瞬間、彼女は初めてオレに微笑を見せた。
だがそれも束の間、また顔を戻して机の上の書類に向いてしまう。
「あの、鷹山さん。なんか納得されたようですが、オレには何が何だかサッパリ分からないんですけど」

「……私には、幼少の頃から2つの特別な力があった。1つは川澄嬢と同じ。超能力で補強して、反応速度や動体視力、及び全般的な運動能力を飛躍的に向上させるブースト効果だ。
これによって、私は人間ではあり得ない領域でのスピード・パワー・耐久性を手に入れた。私が女でありながら、各国の特殊部隊で常に頂点に君臨できたのはこの能力のおかげだ」

「じゃあ、鷹山さんも舞と似たような存在ってことですね? 信じられないが、生まれつき常人にはない特別な能力を宿している」
確かに、オレの知っている川澄舞は、人間じゃできないようなことが色々とできる。
ビルの屋上から飛び降りて、軽やかに着地できたり。100メートルをそれこそ、5秒くらいで走ったり。トレイも使わず、牛丼を3つも抱えて食堂から屋上まで運んで来たり。
そして、舞自らが“魔”と名付けた、目に見えない怪物を召喚したり、操れたり。

「特殊な力を持つ人間は、意外と多い。だが、弱すぎてそれが認識できなかったり、自分では制御できない場合が殆どだ。私や川澄嬢は、数十万人に1人という極めて強力な能力者ということになる」
「――なるほどね」
確かに、舞みたいなのがウジャウジャいたら、オリンピックが成立しなくなる。あいつが日本代表として出場したら、まず、陸上なんかの記録は全て塗り替えられることになるだろう。しかも、人類には永遠に更新されることが出来そうもない、驚異的な記録でだ。
何しろ、予備動作なしでイキナリ10メートルはカッ跳ぶからな。あいつは。見てると、気持ちいいくらいだ。

「じゃあ、鷹山さんも舞みたいに“魔”が使えたりするんですか?」
「あの『具象思念体』か。いや、私にはあの能力はない。……と言うより、あの能力は非常に珍しいな。私がいた、旧ユーゴのチョコレイト・ハウスには、少なくとも彼女より優秀な『思念獣使い』はいなかった。世界でも、恐らくベスト3には入るだろう」

「オオ、凄いとは思っていたが、さすが舞だ」
まあ、舞本体は“魔”が5体掛かりでかかっても勝てないからなぁ。
そう考えると、もはやあいつは地上最強の生物なんだろう。少なくとも、オレはあいつとだけは闘いたくない。世界で最も確実な自殺手段の1つだからな。

「その代わり、私には川澄嬢にはない能力がある。それが先ほど見せた、『サイリフレクター』と呼ばれるP.K.F.の一種だ」
「ピー・ケイ・エフ?」

「サイコキネシス(念動力)で作られた位相空間だ。超能力で作り出す、一種の結界。バリアだな。日本語では、精神防壁とか念動力場と呼ばれる」
鷹山さんは一瞬だけオレに顔を向けると、言った。
「PKFは通常、物理的な攻撃――つまりナイフや拳銃の弾丸、敵の肉弾攻撃などを防ぐ『アンチ・フィジィカル・フィールド』と、超能力や思念波、理力などを防ぐ『アンチ・フォース・フィールド』の2種類に分類される。この2種類の特性を兼ね備えた、絶対的な精神防壁を『サイ=リフレクター』と呼ぶわけだ」

「それってつまり――」
「そうだ。私は、このサイリフレクターを自在に操れる。ナイフは勿論、銃器の弾丸、細菌兵器であろうが毒ガスであろうが、全てを完全に防げるわけだ。まだ試したことはないが、1発くらいなら核撃でもなんとかなるだろう」
オイオイ。それは、すでに人間じゃないだろう。
……というツッコミは、この場合NGなんだろうか?

「――また、物理攻撃に関しては遮蔽するだけだが、それがPSIや呪術であった場合、それを受けとめて、その効果を術者に跳ね返すことも可能だ。この能力が、リフレクターと呼ばれる所以だな。
結論から言えば、私にダメージを与えることが出来るのは、戦略核レベルの兵器か、或いは私より強力なPSI使いくらいしか存在しない」
つまり、この人は最強の盾を持ってるわけだ。
通常手段では、まず抹殺は不可能な――最も殺すことが難しい兵士。確かに、絶対に死なない兵士がいてくれるなら、今まででは考えられなかった戦術運用が可能になる。
鷹山小次郎が、モデルのような外見の華奢な女性でありながら、傭兵世界のトップの1人として君臨してこられた所以か。

「相沢君。話しは変わるが――」鷹山さんが突然立ち上がった。
そしてデスクの引出しを開けて、何やら小さなアクセサリのようなものを取り出す。
「折角の機会だ。これを君に渡しておこう」
そう言って彼女が差し出してきたのは、銀色の小さなチェーンで出来たネックレスだった。
受けとって眺めてみると、先端に拳銃のものと思われる『弾丸』がつけてある。弾丸ネックレスだ。いや、そんな言葉があるのかは知らんが。

「これは?」
「バースディ・プレゼントだ。今月の25日は君の誕生日だと聞いた。私は、明後日から暫く留守にするのでね。今のうちに渡しておく」
「あ――」そう言えば、4日後の7月25日はオレの誕生日だ。自分でもスッカリ忘れていたけど。

「それはどうも、ご丁寧に。……いやぁ、なんか感激だな。オレ、鷹山さんみたいな大人の(しかもとびきり綺麗な)女性にプレゼント貰うの初めてだ」
「そうか。喜んでもらえたようでなによりだ」
鷹山さんは表情を変えずに淡々と言うと、再びデスクに戻った。相変わらずクールな人だ。

「でも、これってなんですか?見た限り、ネックレスみたいですけど……飾ってあるの、これってピストルの弾でしょう?」
「そうだ。スミス・アンド・ウェッソンの40口径。私の特殊部隊時代の同僚が、新兵の頃使っていた『グロック22』というハンドガンの弾だ」

「何か、曰くでも?」
.40S&Wか。オレは拳銃の弾にしては大きめなそれを摘み上げて、観察する。
特に変わった点もないし。普通の弾丸のように見えるが……。まあ、本物のピストルの弾を持っていると言うこと自体、充分に特別なのかもしれないけどな。

「……子供の命を救った。いわゆる『幸運の弾丸』だ。特殊部隊では、そういうゲンを担ぐ」
「子供の?」
「新人の頃、私のチームの隊員の1人が、誤って子供を射殺しそうになった。その時、使っていた『グロック22』が弾詰まりを起こして、その子は九死に一生を得たわけだ。
それは、その時弾詰まりを起こしたマガジンに収められていた弾丸の内の1発だ。彼はラッキィ・ブレット(幸運の弾丸)として、隊員全員にその弾を配っていた」

「そんな大切なもの、オレが貰っちゃっても良いんですか?」
「――構わん。私は受け取っただけで、特に思い入れなどはないからな」
やはりクールなコメントが返って来る。ま、グロックの弾丸つきネックレスなんてカッコイイから、オレとしては歓迎だけど。

「じゃあ、いただいておきます。鷹山さん、ありがとう」
オレは早速、その幸運の弾丸を首からぶら下げると、笑顔で言った。
「Have fun on your birthday」
「でも、これって安全なんですか?」
「それは問題ない。火薬はそのままだが、雷管カップやアンピル(発火金)に細工して、発射されないようにされている」

そりゃ良かった。なんかの拍子で弾が暴発でもしたりしたら、最悪死にかねんからな。
ネックレスに殺されるなんて、不名誉極まりない死に方はご免だ。
やはり死ぬときは、友を庇って熱く果てるか、あるいは美女の胸の中で安らかに逝きたいものである。

……しかし、鷹山さんから贈り物が貰えるなんて、期待してなかっただけに本当に嬉しいなぁ。
しかも幸運の弾丸という、曰くつきの渋いアクセサリとは。
そう言えば、彼女もミッシーや香里と同じ、クール&ビューティ型の女性だ。何事にも無関心で淡白で。感情の起伏が見られない、孤高の存在。そんな神秘的な人が、プレゼントをくれた。それは、少なくともその瞬間、彼女はオレのことを考えていてくれたことを意味する。
冷静に考えてみれば、男としてなかなか凄い事だぜ、こいつは。
ウム、このブレット(銃弾)は大事にしよっと。
オレは貰ったばかりのネックレスを握り締め、心に誓った。


――しかし、何気なく貰ってしまった、この『.40S&W』の弾丸。
これが後々、意外なところで意外に役に立つなんて、この時誰が考えただろう。
オレはそのことを鷹山さんに深く感謝することになるわけだが――
そのことについては、また追々語っていくことになるだろう。







to be continued...
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脱稿:2001/10/04 23:14:31

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