OH,YEAH! 座ってる場合じゃねぇぞ!!




バイト・オン
ザ・ブレット
Hiroki Maki
広木真紀




−圧殺の間奏−






GMTFri,21 July 2000
Rowran
People's Republic of China

2000年7月21日
中国タクラマカン砂漠東部“楼蘭”


 この砂漠を見ると感傷的になる。
 かつて、シルクロードに栄えた古代“楼蘭ロウラン”王国。その王家の血筋に近しい人間は、邪馬台国の卑弥呼がシャーマニズムで人々を総統したように、その身に宿る特殊な能力で民を率い、この流砂の砂漠で民族に繁栄を齎したという。
 聞くところによると、砕破サイファはその楼蘭の末裔の血を引くらしい。その左脚に宿った異能も、その血の証の1つであろうか。
 ――だがその故郷“楼蘭”の記憶は、彼にはない。気がついた時には、タクラマカンの流砂の砂漠の最深部にヒッソリと構えられたエンクィスト財団の特別研究施設『チョコレイト・ハウス』で、被験者として生活していた。故郷の記憶はおろか、彼は自分が何者なのか――親の顔も、己の名前さえ知らなかった。いや、知ろうにも元よりそんなものは存在しない。彼は、優れた特殊能力者の遺伝子プールの中から生まれ、母体ではなく試験管の中で育成された、人工実験体なのだから。
 ならば、この砂漠に感傷を覚えるのは何故か。我が身に流れる楼蘭の血が、遺伝子が、それを呼び起こすのか。
 砕破は、その答えを知らない。
 彼が知っているのは、チョコレイト・ハウスの白衣たちに教え込まれた、掟のみ。
 所詮この世は弱肉強食。弱い者は死に、強い者が生き残る。己以外は全てが敵。何も信じるな。任務を完遂せよ。任務をまっとうできなければ、自分に価値はない。生きるならば、殺すことだ。
 見敵必殺。Search & destroy。それが彼の知る唯一の理であり、掟である。

「――サイファ」
 その呼び声に、砕破は取り留めのない思考を中断させ、静かに振り向いた。砂漠を流れる焼けつくような熱風に、その黒髪が緩やかに靡く。
「貴様か、クル・ルンファー」
 砕破は、そこに見知った男女の姿を見出して、皮肉の笑みを浮かべる。
「ここに貴様らがいるということは、任務に失敗したようだな」
「あなたと同じよ、砕破」
「……何?」
 ルンファーと呼ばれた壮年の男の傍ら、若い女が皮肉で返す。先月まで、日本で教師の真似事をしていた工作員である。そのとき彼女は、生徒たちに『江口素子』と呼ばれていた。
「どういうことだ、三十六手サンセイリュウ。オレはお前らとは違う。任務に失敗などしていない」
「あら、そうだったかしら?」
 切れ長の目を鋭く細めて凄む砕破に、サンセイリュウと呼ばれた女は涼しく微笑んで見せる。
「私たちは『相沢祐一』と『荒鷹』に邪魔されて、日本にいられなくなった貴方の代わりに、あの学園に送り込まれたものだと思っていたけど?」
「――確かに後始末をする間はなかった。だが、『シリウスの瞳』奪還がオレの最優先任務。それに成功さえすれば、あとは些事。貴様らとは根本で違う」
「でも、あの2人にやられたことでは変わらないでしょう?」
「……」
 刹那ではあるが、砕破は沈黙した。
 確かに、あの小賢しい相沢祐一に介入され、任務の遂行に手間取ったことは事実だ。砕破は憮然とした表情で、女を睨みつける。
「何があった?」
 彼女も、その隣の久留頓破も、同じチョコレイト・ハウスで養成された一種の仲間だ。チョコレイト・ハウスは全世界に数多の支部を持ち、そこで其々『ホーリィ・オーダー』と呼ばれる特殊能力を持った超兵士が半ば人工的に生み出され、精製されていく。そういった意味では、彼ら3人は兄弟姉妹といった関係にも近しかった。
 だが、3者をそれぞれ見比べてみれば分かるように、砕破だけは他の2人に比べ10歳近く若い。これは、砕破という兵士がそれだけ新型であるということを意味する。最新の技術で産み出され、精製された彼は、だから当然のことながらサンセイリュウやルンファーなどよりも高い能力を持っている。
「ちょっとしたイレギュラーよ。でも、それが大事に発展したの」
「学園の生徒が、連続して殺害された」
 祐一たちにジョージ・クーパーと呼ばれていた男が、補足するように言った。祐一たちの高校の、元英語担当の教師である。
「警察も、生徒会に不審と関心を抱き始めていた。それに加えて、オレたちの素性を相沢とその仲間、それに荒鷹にも知られた。状況的に、オレたちもお前同様退かざるを得なくなったわけだ」
「――相沢、祐一か」
 あの男さえシャシャリ出てこなければ、自分は今も日本で任務を継続できていただろう。砕破を唇を噛んで、その男の名を反芻した。
「あの坊や、なかなかの切れ者だったわよ。それに、その仲間はもっと怖かったかしらね? あなたがC-と評価していた、具象思念体を操る川澄舞。荒鷹を手懐けたお嬢様、倉田佐祐理。それと、天野美汐に美坂香里。あの2人は、部下に欲しいくらいの頭をしてるわ。殆ど情報がなかった筈なのに、私たちの素性を即座に見破ったもの。ESPかと思ったわよ」
「なにより、財団Aランク指定の不穏分子、鷹山小次郎。相沢やその女たちの背後で、いつもあの荒鷹が暗躍していた」
「私とルンファー、B+の能力者が2人掛かりで挑めば何とかなったかもしれないけど――あのリフレクターを破るのは至難の業。サイファ、あなたの『左脚』でも難しいんでしょう? 倒せないなら、無理に相手にするなんてプロのやることではないしね。どの道、今回は退くしかなかったわよ」
 そう言って、女は肩を竦める。
「だが、一般人相手に任務の完遂を連続して妨げられたことに違いはあるまい」
 砕破は鋭く指摘した。
「上から指令が下りている。今回の任務は、ヤツ等の抹殺指令だ。汚点は取り除かなければならない」
 そう言って、砕破は2人に指令所らしき紙片を投げて遣した。ルンファーはそれを器用に掴み取る。

「……ほう、ロンドンにな」
 ざっと目を通したルンファは、唇の端を吊り上げた。
「海外旅行中に、日本人が犯罪に巻き込まれて殺される。そう珍しい事件でもない」
「顔も見られちゃったしね。いずれにせよ、消さなきゃいけない連中だったわ」
 そう言って、女は猫のように目を細める。
「でも、イングランドに北アイルランド、それにハイランドの『チョコレイト・ハウス』は? あそこにも総勢1000近いホーリィ・オーダーがいた筈よ。彼らは出てこないわけ?」
「これは、オレたちの仕事だ。その代わり、上はCYBER DOLLSを雇ったらしい。相沢祐一と川澄舞を含めた一般人は、奴らに任せる。オレたちは荒鷹に集中すれば良い」
「ちょっと、待って。サイバー・ドール? それって最低じゃない。あの改造マニアの狂人たちと連携を取れというの」
 サンセイリュウが抗議の声を上げる。

 ――CYBER DOLLS。鷹山小次郎と同じ、業界でも特殊な存在として認知されているフリーの傭兵団の名だ。  ただし、彼らは鷹山のように超能力のような力を持つわけではない。その肉体を改造した、一種の強化人間たちの集団なのである。
 その肉体の改造というのが、また尋常ではない。骨の代わりにセラミック製のフレーム骨格を入れ、全身を強化させたり。人工筋肉によって筋力を倍増させたり。培養液中で作られたバイオファイバーを神経に組み込むことによって、反応速度の向上を図ったり。果ては、スキャニングや暗視・赤外線視能力を付与した人工眼球などによる動体視力の強化に手を出し、挙句、全身に武器・弾薬を埋め込み、殺傷能力を付与する。
 とにかく、自分の体を車をチューン・アップさせるように改造し、己を人間兵器に変えることを生きがいとする狂気の武闘集団。それが、サイバー・ドールだ。傭兵を名乗ってはいるが、彼らに職業人としての誇りや信念はない。
 連中の望みはただ1つ。改造した己の肉体を性能を実戦で試し、人間狩りを楽しむことだ。その実態は金次第で誰でも殺す、ただの殺人集団とも言える。何せ、腕がバズーカになっていたり、足にガトリング砲を内蔵していたりするのだ。狂っているとしか思えない、真性のバケモノである。
「だが、やつらにとて、使い道くらいはある。川澄舞の正確な能力値が計測できていない以上、捨て駒をあてて、その戦力を測るのは常道だ。上の判断は正しい。オレは奴等を使うことに異論はない」
 いきり立つサンセイリュウに対し、砕破はあくまで冷静だった。
「――つまりオレたち3人で、荒鷹を殺るのか?」
 ルンファが静かに問う。砕破は頷いてそれに応えた。
「それなら、いけるかもれしないわね」
 サンセイリュウは素早く戦力を分析して、そう結論付ける。
『エンクィスト財団』が設定している特殊能力者のヒエラルキー(階級制度)は、非常に簡単で明快だ。つまり、その能力者が「武装した軍の歩兵」に換算すると何人分の戦力になるか。これで、ランク分けされるのである(下記の表、参考)。

▼エンクィスト財団による能力者のヒエラルキー
クラス 相当部隊 相当兵数 具体的な相当戦力 認定者
SSS 軍〜方面軍 4万〜10万名 超戦略レベル。
このクラスになると、単独で1国の軍隊を撃滅することも現実的になる。その一撃は核撃にも匹敵。
DEATH=REBIRTH
SS 軍団 2万〜6万名 2個師団以上で編成、最大で6個くらいこのあたりになると、指揮下の師団に一時的に貸し出す予備部隊として直轄の独立機甲大隊や独立砲兵大隊、偵察隊などを指揮下に置き始める。 ジャスティス(?)
S 師団 10000名 3個連隊の主要兵科に、各種支援部隊(連隊〜大隊規模)を加えた、独立運用が可能な部隊。陸上部隊としては、運用の基本となる部隊規模。兵員は1万人前後が平均的。 セフィロス
クライスト(?)
AAA 連隊〜旅団 1500〜
3000名
2〜3個大隊の主要兵科に、大隊規模の火力支援部隊や補給部隊など加えた、独立した作戦行動が可能な部隊。
AA 中隊〜大隊 100〜500名 中隊=3〜4個小隊。
大隊=4個中隊。
Zodiac Brave(?)
A 小隊クラス 30〜50名 3〜4個分隊。
車両なら4〜5台。
鷹山小次郎(A)
砕破(A)
川澄舞(?)
B 分隊クラス 8〜10名 兵員、班×2+指揮官など。
車両なら1台に相当。
三十六手(B+)
頓破(B+)
C 班クラス 3〜4名 最小単位。 大多数の
ホーリィ・オーダー
D 0〜3名 非戦闘員。モルモットとして使われる。
※注:ランクの後ろにつく±は、同ランク内での相対的な差を示す。
場合によっては同じランクでも「X−」と「X+」の間では数倍の力の開きが生じる。



 このピラミッド式の階級において、最下層に位置するのが「D」ランクだ。世界中にいる超能力者の、実に8割はこの「D」ランクに振り分けられるという。
 彼らは、武装した兵士0〜3人程度にしか相当しない、極めて微弱な能力者だ。それ故、財団直下の研究機関『チョコレイト・ハウス』では、彼らは単なるモルモットとしてしか扱われない。危険な人体実験の被験者として利用される、使い捨ての木偶。実験動物だ。
 その1つ上に位置するのが「C」ランク。彼らはその超能力をフルに発揮すれば、アサルト・ライフルやタクティカル・ベストで武装した特殊部隊の兵士3〜4名と互角に戦えるだけの力を持つ。
 この「C」ランクからはじめて、チョコレイト・ハウスは能力者に利用価値を見出す。「C」ランク以上の能力者は、実働部隊『ホーリィ・オーダー』に配属される。そして、砕破たちのようにコードネームが与えられて、世界各地で様々な任務に就かされるのだ。
 その更に上、「B」クラスとなると殆ど人間の規格から外れた超人と考えられる。三十六手(サンセイリュウ)や頓破(ルンファー)などが、この「B」クラスの能力者だ。
 その戦闘能力は、単独で武装した兵士『1部隊』分に相当すると言われている。この1部隊というのを人数に換算すると、大体8〜10名程度。つまり彼らは、丸腰でありながら戦闘のプロフェッショナル10人程度と互角以上に戦えるということだ。
 そして更にその上、事実上の最強とされているが「A」ランクの能力者たちである。
 ここまでくると、彼らは確実に人間ではない。真性のバケモノだ。何せAクラスの能力者は、たった1人で30〜50人の兵士を全滅に追い込む力を持つのだ。彼らが全身に展開した超能力製のシールドは、アサルト・ライフルの弾丸など容易く跳ね返す。
 また、能力でブーステッドしているため、彼らは人間の知覚を超えた速度で運動するだろう。そして一度その能力を攻撃能力に転化させれば、まさに一撃必殺の強力な武器となる。彼らに仇なす者は、訓練された兵士でさえ瞬殺されるのを覚悟に入れておかねばならない。
 この「A」ランクに財団から認定される能力者は、極めて――極めて稀である。AMSの護衛隊長『鷹山小次郎』、そしてサイファなど、世界でも100人足らず。彼らは、まさに選ばれた人間なのだ。
 ただ、単独の戦闘能力では財団の『ホーリィ・オーダー』さえ凌ぐと言われる『ゾディアック・ブレイヴ』という組織がこの世には存在し、黄道12宮の名を冠する12名の幹部たちは、全員がこの「A」クラス以上の能力者であるという噂もある。
 エンクィスト財団が考えるより、世界は広いと言う事だ。

 コードネーム“砕破サイファ”の単独での戦闘能力は、中国のチョコレイト・ハウスが要する6000人のホーリィ・オーダーの中でも、最強を誇っている。財団に認定された能力強度は、「A」クラス。つまり、鷹山小次郎と同等である。
 それに加えて、ルンファーとサンセイリュウの「B+」能力者が2人加われば、幾ら荒鷹が相手と言えど勝機は充分見えてくる。中国最強のホーリィ・オーダー小隊『皇聖五歌仙おうせいごかせん』の名は、伊達ではない。
「――今回のオレたちの任務は、財団A級指定の『荒鷹』こと鷹山小次郎の、U.K.内での抹殺だ。同伴している能力者『川澄舞』及び、相沢祐一以下7名の一般人と、鷹山の部下である護衛6名の抹殺は、連携を組むこととなったサイバー・ドールが行なう。これは、エンクィスト財団から直々に下った正式な任務だ。オレたちは明日、ロンドンへ飛び任務に当たる。いいな」
「任務了解」





to be continued...
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