本当はもう気付いてるんだろ?
さあ 覚悟きめちまえよ!




バイト・オン
ザ・ブレット
Hiroki Maki
広木真紀




−圧殺の章−






GMT San,23 July 2000 04:40 A.M.
15 Oak Hill Way NW7 Hamsted

7月23日 深夜04時40分
ハムステッド 佐祐理の別荘
祐一サイド


銃声で目が醒めた。
いや、それともこれは何かの悪い夢なのか?
寝ぼけているので無ければ、オレはライヴを終えて別荘に戻り……戻って……あれ?
うーむ。何やら戻ってからの記憶が無いが、とにかくここはアメリカのダウンタウンじゃない。日本ほど治安が良いとは言えないが、マシンガンをフルオートで連射するような銃撃音が聞こえてくるような場所でないことも確かだ。少なくとも、ハムステッドってのは洒落た邸宅が立ち並ぶ高級住宅街なんだからなあ。

「相沢さん、気付かれたんですか?」
何故か、身体の下から天野の声が聞こえてきた。ちょっと気だるげで疲れたような声音だ。
オレはどうやらベッドに倒れこむ様にして、うつ伏せに寝ていたようなのだが――
ここが別荘の部屋の1つなら、ミッシーは隣のベッドに寝ている筈だ。オレの身体の下から声が聞こえてくる道理はない。

「目が醒めたのなら、早々にどいて下さい。非常に苦しいんです」
ベッドがオレの身体の下でモゾモゾと身動ぎする。何だかくすぐったい。
あたたかくて柔らかいマットレス。良い匂いがする。女の子みたいに甘い匂いだ。
オレは布団に顔を埋めて、その香りを堪能した。誓って言うが、この時のオレはまだ完全には目が醒めてなかった。だから、これ事故だ。ワザとじゃない。

「ちょ、ちょっと、相沢さん! 寝ぼけてるんですか!? それともセクハラですか!? 首筋に顔を埋めないで……あぁ、匂いを嗅がないで下さい!」
下でバタバタとベッドが暴れる。それと同時に甘い香りがふわりと広がり、更にミッシーの抗議の声が耳に飛び込んで来た。

「――って、あら?」
そこにきて、漸く現状を正しく把握するに至った。
どうやらオレは、天野をベッドに押し倒したまま彼女を抱き締めて眠っていたらしい。
なんということだ、勿体無い。記憶が全然ないとは。せめて手触りくらいは……

「あら、ではありません。早くどいて下さい。ハッキリ言って、これは強姦です」
「す、すまん! なんか良く分からんが、天野の上で寝てたらしい。ワザとじゃないんだ。本当だ」
オレは慌てて飛び退いて、天野に必死に弁解した。本当にこうなるに至った経緯に記憶が無い。
だから、こうなったのは決してワザとじゃない。そこを誤解されて、天野に嫌われるのが怖かった。

天野はオバさんくさいところもあるけど、とても良い子だと思う。
ときどき思い出して落ち込んだりもするけれど、真琴の件でオレがオレのままいられたのは、間違い無く天野美汐という少女が傍に居てくれたからだし、何よりオレは彼女が好きだ。一緒にいて楽しい。こんなことで決定的に嫌われて、2人の関係が崩壊するのは嫌だ。

「事故であったことは分かっています。非常に苦しかったですが、まあ誠意のある謝罪が聞けたので今回だけは許してあげます」
天野はベッドの上で乱れた衣服を正しながら言った。その仕草が、なんか妙に生々しくて色っぽい。
流石に恥ずかしかったのか、彼女も頬を紅くしていた。きっとオレもそうだろう。

「一体、どうしてこんなことに?」
テレを隠す意味も兼ねて、質問してみる。
「ライヴから帰って来て、半分眠っている相沢さんに肩を貸してこの部屋まで連れてきたんですが、相沢さんをベッドに放り出そうとした時、不幸にもバランスを崩しまして一緒に倒れこんでしまった次第です。……それで、何故か相沢さんに抱き締められてしまって身動きが取れず」
「あ、オレってガキの頃、枕抱いて寝ると安心したらしいから――」
「だからと言って、私を抱かないで下さい。……まあ、今はそれどころではないので不問に処しますが」

「そうだよ! それどころじゃない。この鳴り止まない轟音はなんなんだ? 銃声のように聞こえるが」
アメリカに行った時、実際に撃たせてもらったことがあるし、ハンティングの経験も何度かあるので銃声は聞き分けることができる。だから言えるが、これは間違い無く銃声だ。それもかなり近い。
「これだけ連続しているということは、恐らくガトリングでしょう。誰かは知りませんが、小型のガトリング・ガンを持ち出して、この別荘の1階を外からメチャクチャに撃ちまくっている人物がいるようです」

「……なにぃ!?」
今度こそ、完全に、完璧に目が醒めた。これ以上無いと言うほど醒めた。
「ガトリングだぁ!? おいおい。ターミネーターじゃねえんだぞ!?」
「分かっています。ちょっと、ただごとじゃありません」
天野の表情は、いつにも増して硬く真剣なものだった。珍しく、彼女も焦りを感じているらしい。
「既に甚大な被害が出ているようです。銃声は続いているのに、もうガラスが割れる音すらしない。1階が心配です。下には、倉田先輩に川澄先輩、それにあゆさんがいる筈」

「はっ――!?」
事態の深刻さに気がついて、オレは跳ね起きた。
百メートルを何度も全力疾走したように、早くも鼓動が最高速度で高鳴りはじめている。
「相沢さんは、部屋を出て護衛の方々と合流し、指示を仰いでから私を迎えに来てください」
「わ、わかった。でも、天野は?」
「私はこれでも女性なんですよ。着替えや準備というものがあります」

「着替えって、お前」
そんな悠長なことを言っている場合では無いような気がした。たとえシャワーを浴びている途中だって、裸のまま逃げ出さなきゃならないような事態だ。
「相沢さんがいけないんです。見て下さい、首筋のところ。相沢さんが豪快によだれを垂らしてくれたおかげでベトベトです」

「う、……すびばせん」
見ると、確かに天野の透ける様に白い胸元の肌は、透明な液体に塗れてヌラヌラと光っていた。よりにもよって、女の子に涎を落としてしまうとは、相沢祐一セクシーな不覚。えへ。
……ごめんなさい。全然反省してません。

「とにかくです。私は相沢さん以上に今の状況を正しく認識していますから。今は私の言う通りにして下さい。一刻を争うんです」
「分かったよ。何を企んでいるのかしらないが、くれぐれも無茶なことはしないようにな」
「それは私の台詞ですよ」

天野とワイズクラックを交し合うと、オレは直ぐに部屋を出た。
既に、眠気は数億光年の彼方まで遠ざかって久しい。完全に覚醒しているし、頭もスッキリとクリアだ。――大丈夫。オレは冷静に事に対応しきれる。そう自分に言い聞かせた。
「……って、なんだこれは」
廊下には、薄い煙のようなものがたち込めていた。視界が利かない程ではないが、出所が気になる。
火事になっているかもしれない。

と、いきなり頭上から爆発を思わせる轟音が鳴り響き、目の前の廊下に天井から何かが落ちてきた。
「うおッ――!?」
恐らく、天井裏の天窓を突き破って降りてきたのだろう。衝撃で地震のように床を振動させるほどの豪快な着地を決めたのは、全身を金属ボディ・アーマーで固めた見知らぬ大男だった。
映画の『ロボコップ』みたいな奴だ。首の下から爪先に至るまで、銀色に鈍く輝く金属に包まれている。ナイフも拳銃の弾も跳ね返しそうな、分厚い鎧だ。その姿は、全身甲冑で完全武装した中世の装甲騎兵のようにも見えた。

――なんなんだ、こいつは!?
背中を向けているので顔を窺うことはできないが、どう考えてもオレの知り合いにこんな奴はいない。天井を破壊していきなり降りて来たことを考えても、こいつは銃を乱射している奴らの仲間なのだろう。
少なくとも、「やあ、ロンドンへようこそ! お友達になりにきました」ってな格好はしていない。

「CYBER-DOLL!?」
どこかで、驚愕の声が上がる。確か、佐祐理さんが雇ったボディガードの人の声に――
いや、そんなことを考えている暇は無かった。
良く見ると、そいつは右腕に仕込まれた小型のガトリング砲を持ち上げ、誰かに狙いを付けようとしている。
その視線の先には、恐怖で身体を硬直させている美坂香里の姿があった。

「オォォオォッ!!」
気が付いた時には、叫び声を上げてオレはそいつに突進していた。
栞やあゆのことで、オレは痛感した。大切な人間が苦しんでいるのに、自分ではその人たちの力になってやれないことがこの世にはある。……悔しいけど、それが現実。
オレは医者じゃない。だから、病気で苦しんでいる栞を癒すこともできなかったし、昏睡状態に陥ったあゆを目覚めさせることもできなかった。それは仕方の無いことなんだろうけど――。
でも、自分じゃ力になってやれない歯痒さ。一緒に闘うことのできない無力感。あれほど辛いことなんてなかった。

そんな想いをした今だからこそ言えることがある。それは、たとえ絶望的な勝負であっても、戦う術が残っているというのは幸せだということ。まだ自分にやれることが残ってるってのは、ありがたいことだってこと。
だから、自分に足掻けるチャンスが欠片でも残されているなら、オレは躊躇いなくそれに賭ける。絶対に逡巡しない。一瞬たりとも迷ってたまるか。4年前、オレはそう決めた。
それが、その事実を学ばせてくれた彼女たちに報いる、オレなりのたった1つの手段だと思うからだ。
もう、大樹から転落した少女を目の前に、1歩も動き出せなかったオレとは違う。

思いっ切り助走を付けて飛び上がり、背後から、そのガラ空きの後頭部に渾身のケリを叩き込む。
男は不意の一撃を食らって、倒れこそしなかったが大きくよろめいた。
追い討ちを掛けるように、香里の近くにいた女性のボディガードが拳銃を男に向けて発砲する。1発、2発、さらにもう1発。乾いた銃声が周囲に響き渡った。

キン、キキ、ン……ッ!!

男の身体を覆う分厚い金属の装甲は、全ての弾丸を簡単に弾き返した。本気でロボコップか、こいつは。
「くっ、ダメだ。9mmじゃ歯が立たない。FMJ弾でもなければ――!!」
女性のボディガードは歯噛みするが、オレにそんな余裕は無い。
「香里、大丈夫か!?」駆け寄って彼女の腕を取る。
「え、ええ。ありがとう」香里は未だ呆然としていた。「それにしても、こいつ何者なの!?」
「知らねえよ。お前にラヴレター送って、返事を貰えなかった近所の高校生じゃねえのか」
「そういうのを、最近じゃストーカーって言うんじゃなかった!?」

「とにかくこっちへ。皆と合流する」
先ほど発砲した女性ボディガードが、オレの腕を引っ張る。名前は忘れたが、確かドイツ人だ。
まだ28歳らしいが、ドイツ警察の特殊作戦コマンドの一員だったとか。とにかく、凄腕らしい。赤味がかったブロンドに蒼い瞳。鷹山さん程ではないが、まあ美人と言えなくもない。

「ヒルデ! 大丈夫か」
と、廊下の向こう側から、残りの護衛5人が水瀬親子を引き連れてやってくるのが見えた。
「至急、援護を」
女性ボディガード(ファースト・ネームは、どうやらヒルデらしい)は、オートマティックのハンドガンを連射して敵に叩き込みながら叫ぶ。
普通の弾では奴を貫くことはできないようだが、幾らロボコップもどきと言えどダメージくらいは受けるだろう。何しろ、大型ハンドガンの初速は音速を超える。つまり、音速で石を投げつけられるようなものだからな。貫通して肉を穿つことはできなくても、衝撃でダメージは与えられるはずだ。

「リロード!」
全弾撃ちこむと、彼女は空になった拳銃を仲間の方に投げる。代わりに、弾の入った拳銃が2挺投げ返されてきた。それを器用に受け取ると、彼女は片方に1挺ずつ構えて再び発砲を続け始めた。
その隙に、オレたちは無事に仲間との合流を果たす。名雪と秋子さんは無事だった。だが、下の階ではまだ銃声が続いている。舞と佐祐理さんと、それにあゆ。心配だ。

「状況を確認する。まず、メンバーだ。誰がいて、誰が足りない?」
FBIのスペシャル・エージェントだったという護衛が、早口で言った。日本語だ。
鷹山さんが留守にしているため、今、この別荘には男性4人、女性2人、合計6人の護衛がいるが全員が流暢に日本語を喋る。
特殊部隊や情報部員は、母国語のほかにも色々な言語が使えないといけないとか。オレは軍には入れそうも無い。

「栞が! 栞がまだ部屋に残っているわ」香里が蒼白な顔で言った。
「天野もだ。まだ部屋にいる」オレはできるだけ冷静になるよう務めながら言った。
「シェフがいないなら、1階には倉田嬢と川澄さん、それに月宮さんが残っている筈だ」
ボディガードの1人が指摘する。

「敵は何人いる。武装は? 目的は?」
「こんな奴らが世界に2つと存在するものか!」
起き上がろうとするサイボーグもどきに、再び銃弾の雨を浴びせながらヒルデさんは叫ぶ。
「サイバードールだ。1階でも銃撃が続いているから少なくとも2人はいる」
「よし、レジーナ、エリック、それにヘンリーは1階に降りて、残りの女の子たちを救出してくれ」
「――了解」

だが、その必要は無かった。
突如、1階へと続く大きな階段から、黒い塊が高速で上昇してきた。駆け上ってきたのではなく、まさに弾丸のように飛んできたのだ。
何事かとその方向に拳銃を構えるボディガードを尻目に、その高速移動物体は軽やかな着地を決める。
左手に気を失ったあゆを抱え、右肩に佐祐理さんを担いだ――それは間違い無く川澄舞の姿だった。

「川澄さん。無事だったのね」秋子さんは安堵に胸を撫で下ろしながら言った。
「心配していたのよ。本当に良かったわ」
「……寝ていたら、いきなり撃って来た。1階はメチャクチャ」
舞は少し息を乱しながら言った。良く見ると、激しい戦闘でもこなしてきたかのように、身体のあちこちに擦り傷ができていた。だが、大きな外傷は幸いにも見当たらない。

「2人、屋敷に入り込んで来た。1人は片付けたかもしれない。外に多分、あと3人くらいいる」
「何っ、サイバー・ドールを倒した!? 殺したのかい!?」
護衛の1人が驚愕の声を上げる。それもそうだ。拳銃を跳ね返すような連中なのだ。――いや、全員が全員こんな金属で身を覆っているとは限らないけど。
「殺してはいない。剣で腕を切り落した。普通の人間なら……戦闘不能になった筈。でも、あれは普通の人間じゃない」

「剣って、舞。お前剣なんか持ってきてないだろう?」
あんな物騒な真剣を国外に持ち出せる筈は無い。だとすると、キッチンから包丁でも持ち出したのだろうか。
「あの剣じゃない。武器が無かったから、試しに“魔”を剣の形に変えてみた」
舞はオレたちの前で手を翳して見せる。次の瞬間、その掌に淡い光が収束していき、やがてそれは歪ながらも刀剣のフォルムを形成した。
「……そしたら、これが出来たから使ってみた」

えらくアッサリ言ってのけるが、これまた凄いワザを編み出したものだ。
オレは舞の奇行や不可思議な力を見慣れているからあまり驚かないけれど、れっきとした超能力だもんな。
あ、でも、舞の言う“魔”っていうのは、舞の想像が現実に形になって現れたものだ。
明確なイメージではなく、自分の邪魔をする怪物みたいなもの――というようなものを想像したから、ああいう不確定な化物になったわけだけど、舞がイメージを具象化させる不思議な力を持つことだけは確か。

ならば、剣をイメージすれば、それを作れたとしても不思議は無い。
しかも、今度のは慣れ親しんだ明確な物体だからして、目に見えるくらい確固とした奴を作れたのだろう。下地というか、基礎は出来上がっているわけだから、応用は利くというわけだ。
イメージを具現化して作った剣。魔で出来た、金属をもぶった斬る真剣か。
「まさに、魔剣ってやつだな……」

「なにを悠長なことを! みんな、躱してっ!!」
ヒルデさんに身体ごと床に押さえ込まれる。一瞬後、オレたちが立っていた場所を、数百発の弾丸の奔流が流れていった。後ろの壁が蜂の巣となって崩れ落ちる。
冗談じゃねえよ――。背筋をゾッと冷たいものが走り抜けていった。こんなもの、まともに食らったら一瞬であの世行きだ。

「クソッ!!」
反撃とばかりに、ボディガードたちのハンドガンが一斉に火を吹いた。
が、9ミリ弾や357マグナム程度では、サイボーグ野郎の金属の装甲を撃ち抜くことはできない。精々、援護程度。倒すのではなく、隙を作って逃げるくらいが関の山である。

ドガガガガッ!!

再びロボコップもどきのガトリングが火を吹く。オレたちは悲鳴を上げながら床に伏せるのがやっとだ。
コッチは、護衛の人たちが持っている拳銃が数挺。対して、向こうは一瞬で千発の弾丸を撃ち込めるガトリング砲だ。火力が違い過ぎる。
意匠を凝らした廊下の手摺が、無残な木片となってオレたちの背にバラバラと降り注いできた。こいつらをのさばらせておくと、30分もあれば、この豪邸が廃墟に変えられちまうだろう。

と、今度は奴がシュガレット・ケースのような、平たい金属の塊をこちらに放り投げてきた。
「危ない。遊戯室に!!」
ボディガードたちが血相変えて、オレたちを遊戯室に誘導する。

ドオォ…ン!!

「キャ――ッ!!」
全員が何とか室内に駆け込んだ瞬間、先ほどまでオレたちがいた廊下で爆発が起こった。
奴が投げてきたアレは、どうやら小型の爆弾らしい。ボディガードたちが誘導してくれなければ、今頃バラバラに吹っ飛ばされていたところだ。
「歩く弾薬庫みたいな奴だな……!!」

「どうする。強甲鋼のFMJハードスチール・フルメタル・ジャケット弾か、防弾着貫通弾コップキラーを持ってきた奴はいないか?」
「だめ。9パラしかない。IMIの50AEは日本に置いてきた」
「オレもだ。部屋にもどればワイルドキャットがあるが、……効くと思うか?」
「無理だろう。どう考えたって、あのボディ・アーマーの耐弾性がIIIA+.44Mag防御以下ってことはない。リボルバーを単発で撃ちこんでどうにかなるとは思えん」
ボディガードたちの顔にも、焦りが見えた。どうやら、彼等は鷹山さんのような超能力は持っていないらしい。当然だ。期待する方が間違っている。

「関節と頭部を重点的に狙うしかないですね。9mmじゃ、ボディにいくら当てても同じみたいですから」
秋子さんが言った。彼女は、この状況下でも冷静を保っている。――流石だ。
「余っている銃があったら、私にも貸していただけませんか?」
「使えるのですか? こういう局面でシロウトに武器を持たせるのは危険なのですが」
壮年の屈強なボディガードが難色を示す。
「ええ、使い方は知っています。腕は錆付いているかもしれませんけど」

「そんなことより、栞を早く助けに行かないと!」
香里が泣きそうな顔で主張した。普段の落ち着きを完全に失った、悲鳴のような声。
余程妹のことが気がかりなのだろう。オレも、部屋に残してきた天野のことが気になって仕方が無い。
「舞、こんな時に頼りたくないが……お前の能力チカラでなんとかならないか!?」

「……やってみる」
「舞!」神妙な顔つきで頷く舞を、佐祐理さんが慌てて押し止めた。
「佐祐理、やらなければやられる。いくしかない」
佐祐理さんの手を優しく解きながら、諭すように舞は言う。
「――でも!!」

「そもそも、奴等は何者なんですか? なんでいきなり」
ずっと全員の頭にあった疑問を、ボディガードの人たちに向けてみる。彼等の様子を見ると、どうやらあのイカレたサイボーグ野郎たちのことを知っているような節が見受けられるからだ。
「……何なんです。知ってるんでしょう?」

暫くの逡巡を挟み、渋々と言った様子で彼等の1人が口を開いた。
「彼等は、大義や金のためではなく自分の美学や欲求を満たすためだけに仕事を請け負うフリーランサーだ。もっと言えば、快楽を目的として人を殺しまわっている殺人集団だな。無差別虐殺やテロを繰り返しているせいで、ICPOにも国際手配されている。
……インターポールでのファイル・ナンバーはIKO-6987。通称『サイバードール』。それが奴等だよ」

その言葉が終わるのを待ちうけていたかのように、突然、外側から壁越しにガトリング砲の掃射が始まった。
広い遊戯室の白い壁が、一瞬にして銃痕でボロボロになっていく。流れ弾がカーテンを割き、バーの酒瓶を割り、木製のテーブルを粉砕する。
弾はオレたちが隠れている場所から大きく外れていったが、いつ自分のところに来るか分からないという恐怖で心臓が止まりそうだ。

「……っくしょう! 佐祐理さんの屋敷を滅茶苦茶にしやがって!!」
「出る! 援護を」
黒い旋風が遊戯室の出口へ走り抜ける。舞だ。
同時に護衛の6人が、手にしたハンドガンで一斉に廊下のサイバードールに銃撃を開始する。これで相手の動きを封じ、舞が攻撃するまでの時間を稼ごうという算段だ。
「破ァ……ッ!!」
神速で駆ける舞の口から、自然と漏れる気合の声。その高速移動においては、殆ど地に足がついていない。半ば物理法則を無視した体捌きで、風の様に宙を走る。

「チイッ!!」
敵も逸早く舞の反撃に気付き、反応した。護衛たちの援護射撃をものともせず、舞に向けてガトリング砲を放つ。だが、ほとんど肉眼で捉えるのが困難な速度で動き回る舞を捕捉しきれない。
しかも、奴は全身を分厚い金属プレートで覆っている。攻撃力・防御力共に高いが、動きは緩慢。舞にとっては動きの止まった木偶の棒と大差ない筈だ。
彼女の手に青白く輝く光が収束していき、それは歪ながらも西洋剣の形をとった。魔剣だ。
だが――

夫れ神とは……

だが、その剣が奴の金属の身体を両断する前に、決着は意外な形で着いた。


天地に先立ちて 而も天地を定め
陰陽を超えて 而も陰陽を成す


「なんだ――!?」
何処からとも無く、詠うような不思議な抑揚のある声が聞こえてくる。
どこかで聞いたことがあるような気もする、静かに澄んだ女性の声音。
まるで経文を唱えるかのようなその声は、高まり、響き、空間を緩慢とだが確実に支配していく。

天地に在りては神と云ひ 万物に在りては霊と云ひ
人に在りては心と云ふ
心とは神なり


ゾワリ。
悪寒が、狂気的な速度で身体を駆け抜けていった。
戦慄に全身の毛が寒気立つ。気が付けば、周囲の気温が体感できるほど一気に下降していた。
そして、本能は警鐘と共に主張する。今、オレたちはとてつもない何かを目撃しようとしている――。

故に神は天地の根元 万物の霊性
人倫の運命なり当に知る
心は即ち神明の舎 形は天地と同根たる事を


一体何が起こっているのかは分からない。だが、何かが起ころうとしていることだけは分かった。
その証拠に、息苦しく思える程、場の空気の密度が濃く高まっていく。周囲を漂う目に見えない何かが、この空間に集まってきているかのようだ。
喩えるなら、そう、怨念とか怒りとか呪詛の心だとか。人間が処理し切れず溢れ出した負の想念が、呪文のようなこの歌に引き寄せられるように集まってきているような感じがする。
鳥肌が立ってきやがった――。

ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、
なな、やは、ここの、とをなりけりや
ふるへ ゆらゆらと ふるへ
布瑠部由良由良止布瑠部


「これは……」
舞もこの異様な想念と咒力の収束を感じているのか。攻撃を止めて、油断無く周囲に視線を巡らせている。
いや、舞だけじゃない。敵も、味方も、この場に居合わせる全ての人間が得体の知れないこの異様な空気を感じているらしい。
理屈ではなく、恐らく人間の生物としての根本の部分。本能的な何かでこれを察知しているんだろう。
そして――

二億四千万の……

「悪夢」


その囁きと同時に、空間全域を満たしていた不可思議な力が1箇所に集い、収束帯となって機械仕掛けの殺人鬼に一気に襲いかかった。目には見えなくても、それが分かる。怖いくらいにハッキリと分かる。
そして、スパーク。
凝縮されていた力が、男を中心にして一気に爆発する。それは物理的な影響力すら持ち、奴に打ち掛かった。
「ウオォ……アアアァァ――ッ!!」

絶叫。そして静寂。
全ては一瞬の出来事だった。
男の銀色の巨体が、何か爆発的な力で宙に舞い上がり、そして墜落する。
確認するまでも無く、地に落ちた奴は絶命していた。
まるで、何かの爆発に至近距離で巻き込まれでもしたかのように、その五体は歪に破壊されていた。
腕も首も足も、全てがあり得ない方向に曲がっている。それは、寒気を覚える程に凄まじい衝撃を物語っていた。

「な、なんだったんだ……今のは」
ボディガードの1人が、ポツリと呟くように言った。それは全員の心内を代弁する言葉だった。
廊下に出た舞も、険しく目を細めてその惨状を観察している。彼女になら、何か分かるだろうか?
オレには、何か呪いの力が奴に降りかかったようにも見えたが――いや、そんなことはあり得ない。それは最早、超能力の領域すら越えて既に魔法だ。

全員が、恐る恐る遊戯室から廊下に出てみる。
破壊されたのは、銀色の男の肉体と魂だけ。爆撃を受けたかのように、それらは無残に破壊され尽くされているものの、周囲には一切の変化が見られない。板張りの廊下には焦げ痕1つ残っていなかった。
物理的にあり得ない話だった。

「舞。これ、舞がやったんじゃ……ないよな?」
絶命した男をじっと見下ろす舞に、静かに歩み寄りながら問う。案の定、彼女は静かに首を左右した。
「私じゃない。私にこんな力はない。多分――」
そう言って舞は視線を、前方に投げ出す。

それを見計らっていたかのように、視線の先にある客室のドアが開いた。オレが泊まっていた部屋だ。
そしてそれは同時に、天野美汐の部屋でもあった。
その天野に続く様にして、隣室のドアが開き、栞も顔を覗かせる。
彼女はオレたち一団の姿を発見すると、あからさまに安堵の表情を見せ駆け寄ってきた。

「お姉ちゃん!!」
「栞!!」
美坂姉妹は感極まった様に抱擁を交わす。2人とも、目に涙を溜めていた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん! どうして1人でいっちゃったんですか! 怖かったです〜〜!!」
栞は、泣きながら香里の胸に縋っていた。相当怖い想いをしていたのだろう。
それも無理はない。突然、銃声と悲鳴が響き渡り、気が付くと一緒にいた筈の姉の姿がない。その不安は想像するまでもなかった。

「ごめんね、栞。ごめんなさい。もう安心だから。ね、だからもう泣かないで」
「えぅ〜!!」
「……相沢さん、それに皆さん。ご無事のようで何よりです」
栞とは対極的に、天野は落ち着いたものだった。テクテクと余裕の足取りで歩み寄ってくると、世間話でもするような口調で話しかけてくる。
廊下に転がっている死体にも、殆ど感慨を抱いていないようだった。

「こっちの台詞だぜ、天野」
その姿を見ることができて、酷く安心している自分に気付く。
無意識の内に彼女を抱きしめようとしていたが、それはやり過ぎだと判断し、肩に手を置くに止めた。
「大丈夫だったか? 怪我は無いか?」
「はい。大丈夫ですし、怪我は全くありません」天野は素っ気無く返してくる。
「……ったく。お前さんはこんなときにでも鉄仮面なんだな」
「あゆさんのように気絶した方が良かったですか?」

「ねえ、祐一。一体どうなってるの? 私たち、どうなっちゃうのかな」
名雪が心配そうな顔つきで、オレと天野の会話に割り込んできた。夜明け前だというのに、彼女が起きていること自体驚異的な出来事であるが、場合が場合だけに驚いている暇は無い。
「オレが訊きたいくらいだよ。サイバードールだかベイビードールだか知らないけど、こんな奴等に命狙われる覚えなんぞないからな」

「命狙われる覚えならあるでしょう?」
栞と合流してすっかり気を落ち着けた様子の香里が、いつもの冷めた口調で言った。
「例の“シリウスの瞳”の件(1st Season『Dの微熱』)を忘れたの? あたしたちは、不本意ながらも国際的な窃盗事件の1つを潰して、ウチの学校に潜入していた得体の知れない男の正体を暴いてしまったのよ。彼が所属する組織が、証拠隠滅を図って私たちを消そうと考えるのは無理な話じゃないでしょう」

「はぇ〜。なんか、ハリウッド映画みたいな筋書きですね」
別荘を滅茶苦茶に破壊された挙句、あやうく殺されかけたというのに佐祐理さんは結構余裕だ。
保険にでも入ってたのかな。……でも、凶悪犯に破壊された住居に保険は降りるのだろうか。謎だ。
「あり得ない話ではないですよ、倉田嬢」ボディガードの1人が言った。
「サイバードールというのは、とにかく殺しを楽しんでやっている連中です。見て御覧なさい」
彼は、絶命してうつ伏せに倒れている鋼鉄の男を指差した。

「全身を銀色のボディ・アーマーで覆っているでしょう。自分の持っているTitanMan Model-20っていうアサルト・ベストは45マグナムを受け止め、アイスピックも通さないってのがウリですが、こいつは受け止めるんじゃない。跳ね返す。
下にスペクトラ・パネルを30枚前後重ね、着弾時の衝撃を抑えるラミネート加工を加えて、更にその上に軽量チタニウム合金を被せた防弾スーツ。頭部には特殊部隊が使うものを改良した、スペッシャーの防弾・対破片ヘルメット」
さらに、その指先はスライドして奴の右手に向かう。

「あの腕は、肩から下は完全な機械です。肘から先は小型のガトリング砲になっていて、弾切れになると切り落せるようになっています。他にも、身体中に武器を埋め込んでいる。
反応速度を上げるために神経系を弄っているし、重量のある武器と自分の身体を支えるために骨をセラミックのフレームで補強し、培養した人工筋肉で筋力を強化しています。酷い奴になると、頭部にハードウェアを埋めこんだり、眼球を赤外線や熱感知機能を持った人工のものに入れ替えているのもいる」

「M93RのAUTO9タイプを持たせたら、相沢さんの言う通りロボコップですね」
ミッシーが何やらボソリと呟やいたが、オレには意味が分からなかった。
「なるほど。足の裏に、ローラーブレイドのようなものが取り付けてあるわ」
地に伏したサイバードールを、香里は興味深そうに観察して、その所見を述べた。
彼女の注目している脚部は、膝の下から下の方に向かってラッパ状に膨らんでいる。ガンダムに出てくる『ドム』みたいだ。重い身体を支えなくてはならないし、色々なギミックを仕込んでいるから自然と足は太くて大きくなってしまうのだろう。

「これだけの装備を纏うとなると、総重量は軽く150kgを超えてしまうでしょうから俊敏性が犠牲になる……それをカバーするために、強化した脚部に内蔵したモーターでローラーブレイドを回転させて、直線移動を高速に行えるようにするわけですね。小回りは利かないけど、砲弾や爆弾の的になることは回避できる。私が聞いた、モーターの回転音は多分これだわ」

香里の口調は何だか楽しげだ。
理系のやつはこれだからいけない。技術的な話になると、状況と人間的な感情を忘れちまう。
対照的に、聞いているうちに気分が悪くなってきたのか、栞や佐祐理さんは口元を手で塞いでいた。かく言うオレも、微かな吐き気を感じ始めている。

「それにしても信じられない。問題を解決するために装備を改良するんじゃなくて、自分の身体の方を改造するなんて。装備に身体を合わせる……発想が、狂気的だわ」
「――その通り。こいつらは、車を改造して喜ぶ若者のように、自分の身体をカスタマイズして人間を超えた力を得ることに喜びを感じている。それが奴等の生き甲斐であり、最大の快楽。そして、その力を試せる場所と得物を絶えず探しているんです」
オレを助けてくれたドイツ人女性のボディガードが言った。

「こいつらが、仕事に思想や大義を掲げないのも当然ね。ただ、改造した自分の身体と武器を試し、人を殺せればそれでいいんですから。
逆に言えば、サイバードールは依頼がくればどんなものでも引き受ける。たとえそれが、あなたがたのような年端の行かない高校生程度の若者の抹殺であろうと」

「エリック、ヒルデ。説明はこの場を切り抜けてからゆっくりやろう」
ガッチリとした体格の、いかにも退役した元軍人といった風貌のボディガードが言った。
このイカツイ顔のおっさんが、どうやら鷹山さんがいないときの臨時リーダーといった存在らしい。雰囲気もそれっぽいし、皆も自然に彼の指示を待ってから動くようにしているような感じだ。
「川澄嬢の話だと、1階にあと2人。外にも何人かいるようだ。……ですね?」

舞はその問いにコクリと頷いて答えた。
「1階の奴が上がってこないところを見ると、川澄嬢が手負いにした仲間を外に運び出しているんだろう。少し時間が稼げたわけだ。今は、その時間を最大限有効に使いたい」
「OK、ラルフ。それで、どうする?」

「選択肢は2つだ。既に付近住民が通報しているだろうから、直に警察が来る。それまで、ここで粘るか。或いは、この屋敷を捨てて外に出て逃げるかだ。
倒すつもりなら、奴等は小回りが利かないから屋内戦インドアの方が有利だ。ただし、こっちには殆ど武装がない。逃げるにしても、この大所帯だ。奴等もプロ、足になる車は最初に潰されているだろう。そうなると、この住宅街を舞台にしたハンティング・ゲームになることは必至。周囲にも被害が及ぶ」

「警察が来ても、奴等が喜ぶだけじゃないか?」
ハンドガンを手に油断無く周囲を警戒しつつ、別のボディガードが言った。
「ガトリングに手榴弾、多分バズーカやらランチャーも持ってきてる筈だ。パトカーの2〜3台来た所で、警官が降りてくる前に爆殺されるのがオチだ。SASでも駆り出してくれないと、歯がたたんよ」
「シェフがいてくれれば、あんなヤツら瞬殺なんだが――」
確かに、鷹山さんがいてくれればどうにかなりそうな気もする。『サイ・リフレクター』だったか、あの超能力のバリアはバズーカだろうと高性能爆薬だろうと破れないらしいからな。

「シェフとは連絡がつかないのよ。ここは私たちでやるしかないわ」
アメリカ人の女性ボディガードが言う。女性スタッフは、彼女とオレを助けてくれたドイツ人の2人がいる。あとの4人は全員が男性だ。
「相手は1班から1分隊クラスとみていい。多分、5人から8人程度。更に、向こうはこちらの大まかな人数や兵力、武装を把握している。よって、圧倒的にあちら側が有利。任務は目標の抹殺。
……これを条件とした時、お前たちがサイバードールの立場であったとして、どういう行動をとる?」
仲間からラルフと呼ばれる、リーダー格のガードが言った。

「ヤツらの性格からして、あまり回りくどい行動はとらないでしょう。オレなら、ストレートにダイナミック・エントリーでいきますよ」
「賛成。クロス・オーヴァで一斉突入して、標的を目に入った順に片っ端から片付ける」
ヒルデさんが挙手して述べる。
「あの、そのダイナミック・エントリーってなんですか?」
水を差すことになるのを承知で訊いてみた。どうしても、好奇心に勝てなかったのだ。

「凶悪犯が人質をとって建物に立て篭もった時などに、特殊部隊が建物に突入することがあるでしょう? その時に採用される、最もスタンダードな突入作戦のことよ」
ブロンドのアメリカ人ボディガードが答えてくれた。
「具体的には?」
「具体的には、建物の出入り口や窓なんかにそれぞれ人員を配置し、合図と共に一斉に突入するの。その際、CSガス弾を撃ち込んだり、窓ガラスを割って閃光・音響手榴弾を投げ込んだりして敵を陽動し、隙を作るわ」

「さっきの奴らの突入も、その応用だ」別のボディガードが言った。
「外から1階を一斉射撃。注意を下の階に向けさせておいて、本命は催涙弾を投げ込み、そのスキに乗じて2階から侵入。それが成功した瞬間、1階からも同時に突入。退路を断って、一気に目標を殲滅する」
「……川澄先輩がいなければ、それは恐らく成功していたでしょうね」香里が指摘した。
「その通りだ。ヤツら、想定していなかった敵の存在に、今頃慌てふためいて体勢を立て直していることだろう。再突入が遅れて、我々がこんなにノンビリ作戦会議ができているのもそのお蔭だ」

「……これ以上考えてもラチがあかない。仕方ないな、隊を2つに割ろう。CQBに持ち込んで徹底交戦と見せかけ、隙を作りつつ非戦闘員を逃がす。どうだ?」
「オレはラルフに賛成だ。現状では、それしかない」
「私も、賛成」
「よし、決定だ。残るのは、俺とヘンリーとスコット。エリックは、援護するから一足先に出て足を探してくれ。レジーナとヒルデガルドは子供たちを守りつつ逃がせ」
「――了解」

「私も戦う」舞が1歩進み出て言った。
「断る」リーダーは即座に返す。「これは戦争だ。子供の出る幕じゃない」
「でも、有効な武器が無いなら私も戦うしかない」
「川澄嬢、何度も言わせないでくれ。これは戦争だ。確かに、君の持つ不思議な力は大きな助けになる。そして、その勇気にも敬意を表する。だが、君はあくまで非戦闘員として扱わせてもらう」
「……何故?」舞は納得がいかないのか、引き下がる気配を見せない。

「戦争とは、全体を生かすために個を殺すことを厭わない状況を言う。君を戦闘員として採用するとするなら、場合によっては、ここにいる皆を生かすために君に『死ね』と命じることもしなければならない。だが、我々にとてプロとしてのプライドがある。子供にそんな命令は下せん」
「そうよ。私たちはボディガード。あなたたちは、護られていればいいの」
ボディガードたちは、口々に舞を諭そうとする。言葉は完全な拒絶であったが、そこには優しさがあった。無論、それが分からない舞ではない。

「……分かった」
遂に、渋々といった感じではあったが、舞は折れた。
「でも、助けが必要な時はいつでも言って欲しい」
「ありがとう」リーダーは微笑んだ。だが、直ぐに表情を引き締めて宣言する。

「よし、やるぞ。総員戦闘配置。武器になるものは全て使って抗戦するぞ。過去、我々スリングウェシルがサイバードールと正面からの抗戦状態に陥った経験はない。よって、これが奴等との初の実戦となる。様々な戦術を可能な限り試してデータを集めたい。協力してくれ。無論、生きて帰るのが大前提だ。でないと、シェフにブッ殺されるぞ」
「了解」

――スリング、ウェシル?
何故だかその聞き覚えの無い言葉が、気に掛かった。
我々スリングウェシル、か。どうやら、鷹山さんやこのボディガードたちには何か隠し事があるらしい。裏の顔とでも言うべきところか。
だが、今はそれを正面から問うべき時じゃない。オレはスリングウェシルという言葉を、胸に刻み付けておくにとどめた。

「倉田嬢、厨房に料理用の油はありますか?」ボディガードが言った。
「え、あ、はい。ありますよ」
唐突な質問に、佐祐理さんは少し狼狽した様子を見せた。それでなくても、意図の掴めない種の問いだ。非常時でなくとも、反応はさほど変わらなかっただろう。
「どのくらい?」
「いっぱいありますよー。お風呂を一杯にできるくらいは。地下に降りればもっと……あっ!!」
突然、佐祐理さんは大きな目を更に大きく見開いて、叫びを上げた。

「どうしたんですか、倉田さん?」名雪が心配そうに彼女の顔を覗き込む。
「そういえば、あの地下は今ではワインを置く酒蔵になっていますが、元はソドミィ(=同性愛。教会が強かった頃のイギリスは違反者を火刑に処すほどこれを厳しく禁じていた)の密会を隠すための秘密の地下室だったらしいんですよ。レンガで埋め立てられている場所を壊せば、外へ通じる古い地下通路に繋がるという話を聞いたことがあります」
「なるほど、昔からこの辺は金持ちの住む一角だったからな。金に物を言わせて、変わった趣味の成金が色々やったわけだ。……今回ばかりはその背徳の愛に感謝だな。古いレンガなら、簡単に壊せる。そこから脱出できるかもしれない」

「よし、目処が立ってきた。取り敢えず1階に降りよう。大人数で一気に駆け抜けるのは無理だ。班を2つに割る。レジーナと俺は残って援護する。ヘンリィとヒルデが先行、スコットとエリックは後ろに付け。非戦闘員は安全を確認した後、ボディガードの指示に従って行くんだ。……いいか、絶対に頭を上げるなよ!」







to be continued...





ちょっと補足(?)

実にどうでも良いことなので、本編中では明記してませんが、一応倉田佐祐理のボディガードにも其々のプロフィールがあります。
あまり興味がある読者がいるとは思いませんが、一応、今回登場しているボディガードのチームのメンバーをざっと紹介しておきます。


名前 性別 年齢 出身地 旧所属
タカヤマ・コジロウ
鷹山小次郎
female 31 クロアチア?(本人に記憶無し) GCP(CRAP)/第22SAS連隊
ラルフ・リチャードソン
RALPH RICHARDSON
male 36 グロセスター州チェルテンハム Special Air Service(SAS)
ヘンリー・ギブソン
HENRY GIBSON
male 36 ロサンゼルス→ロンドン Special Boat Service(SBS)
スコット・スピードマン
SCOTT SPEEDMAN
male 35 ニューヨーク Surveillance reconnaissance
& intelligence group(SRIG)
エリック・キング
ERIK KING
male 32 ミシガン州デトロイト 連邦捜査官(FBI)
レジーナ・キング
REGINA KING
female 30 サンフランシスコ 連邦捜査官(FBI)
ヒルデガルド・クネフ
HILDEGARDE KNEF
female 28 ドイツ・ウルム Spezialeinsatzkommandos
der Polizei(SEK)

※1:リーダー(シェフと呼ばれている)は、鷹山小次郎。サブリーダーがRALPH RICHARDSON。
※2:ERIK KINGとREGINA KINGは夫婦。
※3:SRIGは、アメリカ海兵監視・偵察・諜報部隊。隊員は、数ヵ国語、武器、空中降下、海中ダイビング、通信機器の知識、破壊工作、簡単な外科手術などをマスターしているらしい。
※4:SEKは、ドイツ警察特殊作戦コマンドー。ドイツの各州警察に置かれている特殊部隊で、アメリカでいうSWATに似ている。任務も、SWATと同じく人質救出や凶悪犯逮捕などが主。要人警護なども行う。


国籍、人種、元の仕事など、見事に統一性がありませんが、全員が鷹山小次郎によって集められた反エンクィスト財団のレジスタンス『Thuringwethilスリングウェシル』のメンバーです。財団に家族を殺されたとか、まあ、それぞれ事情があって反財団の活動に従事するようになったようです。
彼等は極東のチョコレイト・ハウスの調査・殲滅を目的に日本に派遣されてきたメンバーで、倉田家とはその事情を明かさずに契約していました。
超能力を持っているのは、鷹山小次郎だけです。後は普通の人間。ただし、実戦経験が豊富なので、女性人でも超人的な戦闘能力を持つようです。

鷹山小次郎を除く全員は、実在する俳優・女優の名前をそのまま貰ってます。
別にファンというわけではなく、何千人というハリウッド俳優の名鑑からランダムに選んだ結果です。
私は、良くこの手でキャラクターに名前をつけます。
ヒルデガルドだけは、名前が気に入ったので採用。北欧神話の戦乙女にいそうなのが気に入りました。
其々、興味がある方は調べてみると顔とかも分かるかも。因みに、私は1人も知りません。

それから、中頃あたりで呪文のようなものが唱えられていますが、これは『神道大意詞』と『ヒフミ祓 』という実在する神道の祝詞のりとの1つです。別に私が勝手に作った謎の言語というわけではありません。
特に後者は有名なので、知っている方も多いでしょう。まあ、非常に乱暴なたとえでいうなら、仏教のお経のようなものでしょうか。妖狐は神道系のもののけなので、技の発動には祝詞が使われたりします。

……それにしても、だんだん対象年齢が下がってきてるな。このシリーズ。
現在、推定14〜15か。



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脱稿:2002/04/02

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