「最後の・・・」

written on 1996/7/28



 決戦前夜。

 

 ジオフロント内、半壊のパイロット更衣室。

 プラグスーツを装着しているレイ。

 カーテンで仕切られた向こうの空間では、同じようにシンジがプラグスー

ツに着替えている。

 二人とも終始無言である。

 ――――今日、この時のために、お前はいたのだ。

 あの人の言葉、私が生まれてきた理由、無に帰る瞬間。

 

 目の前が霞んで、暖かい滴が、頬を伝う。

 滴は、世界が軋む音をたてながら床で弾け飛ぶ。

 

 

 碇君、碇君、い か り く ん。

 

 涙は止まった。

 

 シャッ

 カーテンが開く音に、シンジは顔を上げた。

 

シンジ:綾波、準備はいい?

 レイ:………

 

 レイは無言のまま、シンジの目の前までつかつかと歩み寄ってくる。

 

シンジ:どうしたの?

 レイ:………キス。

 

シンジ:え?

 レイ:最後、だから。

 レイの小さな唇が、すっとシンジの顔に近づいてくる。

 誰も気付かない、肩の震え。

シンジ:………ちょ、ま、待って!

 あと数ミリ、息が吹きかかる距離。

 シンジは自制心を振り絞って、レイの肩に手をかけた。

 

 レイ:………

 紅い瞳は、シンジの心を必死に読みとろうとしているようで。

シンジ:こんなの、やだよ………

 レイ:………そう。ごめんなさい。

 心とは裏腹に、声からは何の感情も読みとれず。

シンジ:あ、ち、違うんだ、そうじゃなくて………

    その、あの、こんな別れのキスみたいなの………が………

 レイ:………

 2回、瞬いて。

シンジ:僕たちは、きっと生きて帰ってこれるよ。

 レイ:………

 しかし、希望の光は、絶望の闇を一段と際だたせる。

シンジ:今まで何度も奇跡を起こしてきたんだ。今度も大丈夫だよ。

 レイ:………

 全てを知る瞳は、大切な人に何も告げない。

シンジ:その時は、僕から………キスしても………いい?

 レイ:………時間よ。行きましょう。

 

 感情の無い声と、差し伸べられる細い腕。

 シンジはその手をしっかりと握りしめると、横に並んで歩き始めた。

 握る手に力を入れると、同じように力が返ってくる。

 何ものにも負けない暖かい力が、身体中にみなぎってくるような気がした。


 レイの無表情な横顔を見ながら、シンジは心の中で呟く。

  

 

    無事に戻れないとしても、

        君とずっと一緒にいるから。

              もう一人にはさせないから。

                     だ、か、ら…………

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