「ありえたかもしれないOneDay」

written on 1996/5/1



 

 街を出た。

 

 

 第3新東京市を。

 

 

 

 ――――どうせ買うなら楽しめるやつがいいよ。

 

 いつものようにギターを習っていたときに青葉さんが言った。

 僕が、自転車あると便利ですよねって話したら。

 

 青葉さんはマウンテンバイクを持ってた。

 

 だから僕もマウンテンバイクを買った。

 

 新品の緑色のやつ。4×5の20段変速。

 これまで僕の持ち物の中で一番高価だったSDATが、とうとう追い抜かれ

てしまった。

 自転車屋さんのおじさんは青葉さんと仲が良くて、そして僕にもとっても親

切だった。

 あんなに楽しく買い物したのは初めてのような気がする。

 一緒に選んでくれる人がいて、お店の人も親切で、財布の中身とあーだこー

だと相談して買う事なんて。

 

 きっとはじめてだ。

 

 

 ――――二輪系って自分の身体で動かしてるんだって感触がさ・・・

 

 バイクと自転車好きの青葉さんは言う。

 僕は、まだ、わからない。

 車の方が便利だし、かっこいいし、雨にも濡れないし。

 車を持ってないと女の子にもてないっていうし・・・

 あ、これは、ケンスケの受け売り。

 ほんとにほんと。

 

 

 そして今、僕は、街を出て。

 

 青葉さんの背中を見ながらペダルをこいでいる。

 頭の後ろの方でバンドでとめた髪がぴょんぴょんはねてる。

 

 はっきり言って、髪が長い男の人って、あんまり好きじゃない。

 青葉さんには一度も言ったことはないんだけど。

 

 でも、女の子は、髪が長くてもいいと思う。

 もちろん、短いのもいいよっ。

 絶対に。

 

 女の人だったらいいっていうの・・・・・・偏見かな?

 

 

 そんなことを考えてたら、突然。

 青葉さんが右手を大きく、遠くの方へ向かって振り始めた。

 僕はそっちの方を見て、30歳くらいの女の人が、ちっちゃな男の子の手を

支えて、こっちに向かって手を振っているのを見つける。

 

 既視感。

 母さんと一緒に電車に向かって手を振っているちっちゃな僕。

 ――――父さんはいない。いや、いたのかもしれない。思い出せない。

 

 でも、たまに、電車に乗ってる人が手を振り返してくれるのがすごく嬉しか

ったのだけは、しっかりと覚えている。

 

 だから、僕も、青葉さんと一緒になってその男の子に手を振る。

 

 僕と青葉さんが手を振るのを見て、男の子は、きゃっきゃと両足で飛び跳ね

始める。

 

 なんて嬉しそうなんだろう。

 

 ――――そして、きっと、僕も。

 

 アスカが見たらびっくりするくらい嬉しそうな顔してると思うな。

 

 

 街を出て3時間。

 自販機のある小さな駐車場(展望台のようなのがあったりするところ)で休

んでたら、突然目の前で車が止まったんだ。

 

 ――――頑張ってください。

 

 中から40歳くらいの普通のおじさんが声をかけてきて、そしてすぐにまた

走り去っていった。

 

 青葉さんは、ど〜もって、まるで知り合いみたいに声を返していたけど・・

 

 ――――あの人も自転車乗りなんだよ。きっと。

 

 僕の戸惑いに気づいてくれた青葉さんは言うんだ。

 

「なんでわかるんです?」

 

「俺も同じ事するからさ」

 

 ふ〜ん。

 僕もいつかわかるのかな。

 

 

 そしてまた自転車をこぎ始める。

 

 青葉さんはいろんな事を知っている。

 音楽(特にロック)のことはもちろん、自転車、バイク、野球、サッカー、

キャンプ(ネルフに入ってからはいってないそうだけど)、釣り。

 

 ――――そう、釣りは、今度一緒に行く約束をしたんだ。

 

 それから、映画(洋画)に小説(偏ってるみたいだけど)、ちょっとHな雑

誌の名前、ネルフにいるくらいだからもちろんコンピュータにも強い。

 

 いろんな事を話しながら僕たちは走り続けた。

 

 いろんな道を通って走り続けた。

 

 森の中で見かけたリスの親子。

 

 山裾で見つけた涼しげな小さな滝。

 

 僕は自分が生きている世界の美しさを、初めて感じたような気がした。

 

 

 父さんは、こんなきれいな所知ってるの?

 

 だから全てを犠牲にして世界を守ろうとしてるの?

 

 

 ――――もしそうだったら、僕も、少しわかるような気がするよ。

 

 

 そして日が暮れて。

 

 僕は戻る。

 

 いつもの場所へ。

 

 

「バカしんじっ、おっそいわよっ」

 

「シンちゃ〜ん。お片づけが、ま・っ・て・る・わよん」

 

「・・・お帰り」

 

 

 何故か綾波がいたのにはびっくりしたけど、いつもどおりのみんなが待って

た。

 

 ミサトさんが、どうだったって聞いてきたけど、僕はいつものように愛想良

く「楽しかったですよ」って言っただけ。

 

 きっとこの楽しさはわかってくれないと、何故か確信したから。

 

 ミサトさんにも、アスカにも、そして綾波にも言わない。

 

 

 ――――きっと女の子にはわからないよ。このバカバカしさはね。

 

 坂を猛スピードで降りるためだけに、2時間もかけて自転車を押しながら登

った山の峠で青葉さんが言った言葉。

 

 そうですね。

 

 

 ほんと。

 

 バカバカしいくらい、最高に気持ちよかったです。

 

 



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