外伝其の壱 ある雨の日に

written on 1997/5/1


 

 

 2023年。

 

 6月。

 

 梅雨。

 

 第3新東京市の町外れ―――高級住宅街といってもよい山手の高台に向か

う路上を歩く男女の姿があった。

 

 男は両手にはち切れそうなスーパーの買い物袋を抱え、額には僅かだった

が汗がにじみ出ていた。

 その隣を軽快にスキップしながら歩いている女は、見た目にも軽そうだと

わかる袋を片手で持ち、ぶらんぶらんと楽しげに前後に揺らしている。

 少し音程のはずれた鼻歌を歌っているのはご愛敬か。

 

 もちろん二人は、碇シンジと惣流・アスカ・ラングレー。

 夕食の買い物に出かけた帰りである。

 

 

 その時、前方から巨大なトラックがすごいスピードで走ってきた。

 

「あ!」

 

 ばしゃん

 

 シンジが道路に大きな水たまりが出来ていたのに気づいたのは、びしょぬ

れになった後だった。

 突然のことに怒ることさえ忘れたシンジ。

 隣を見ると、アスカはいない。

 

「あれ?」

 

 かわりに、少し離れた喫茶店の看板の裏から押し殺した笑い声が聞こえて

きた。

 

「………くっくっく」

 

 その笑い声はシンジの間の抜けた表情に比例して次第に高まっていく。

 もちろん声の主は、いち早く危険を察知して素早く身を隠していたアスカ

だった。

 

「あははははははははははははははははは!」

 

 濡れネズミで呆然と突っ立っているシンジを見ながら、身体をよじってア

スカは笑い続ける。

 

「っはっはっは………はぁ………ふぅ、それにしても盛大にやってくれたわ

ね〜」

 

「アスカ〜〜〜〜」

 

 シンジは恨めしげな目つきでアスカを睨んだ。

 

「気づいてたんなら、教えてくれたっていいじゃないか」

 

 目尻に貯まった涙を拭きながら、アスカはシンジの側に戻ってきた。

 

「ごめーん。あたしも気づくのが遅くって自分が逃げるだけで精一杯だった

の」

 

 そしてポケットからハンカチを取り出して、シンジの髪や顔を丁寧に拭い

ていく。その間も口元から笑いが消えることはなかった。

 対してシンジはむすっとした表情を崩さない。

 

 アスカは綺麗に拭き終わると、まだ不満げにしているシンジの頬に軽く唇

を触れた。

 

「さ、早く帰ろっ。風邪ひいちゃうわよ」

 

 そう言って、アスカは呆然としているシンジの腕に自分の腕を絡めると、

二人の住むマンションへ向かって歩き始めた。

 

 

        *        *        *

 

 

「は〜い、シンちゃん、お着替えしまちょうね〜」

 

 アスカは笑いながらシンジのTシャツに手をかけた。

 

「い、いいよっ。これくらい自分でやるから」

 

 顔を真っ赤にしたシンジが、声をうわずらせて一歩後ずさった。

 

「だだっこはいけないでちゅね〜。こーゆーことはお姉さんに任せるんでち

ゅよ〜」

 

 アスカは半ば無理矢理にシンジの服を脱がせにかかる。

 

 バサッ

 

 シンジの濡れた身体が露わになった。

 均整のとれた色白の肌に、滴が筋を作って流れ落ちる。

 

 慌ててシンジは身体を隠すように両手で自分の身体を抱きしめたが、構わ

ずアスカは次にズボンへ手をかけた。

 

「いいって、もう、ほんとに。後は自分でやるから」

 

 と、恥ずかしくなったシンジは、つい強い力でアスカの手を引き剥がした。

 その拍子に、半分脱がされたズボンに足をもたつかせてしまい、バランス

を崩してしまう。

 

「うわっ………とっと」

 

 そのままアスカを壁に押さえ込むような形になるシンジ。

 

「あっ………」

 

 アスカが小さく声を上げた。

 妙に色っぽく聞こえるのは気のせいか。

 

「ご、ごめん………」

 

 反射的に謝るシンジ。

 しかし悪戯っぽい目つきでシンジを見上げるアスカの頬は少し紅かった。

 

 どくん

 

 形の良い唇に自然と目がいくシンジ。

 おっかなびっくり顔を近づけていく。

 

「やぁ………」

 

 少しだけ身をよじるアスカ。

 だが本気ではないことは、その誘うような目つきで明らかだ。

 シンジは一瞬だけ躊躇したが、アスカがちらりと自分の目を見たことを確

認すると、そのまま距離を縮めた。

 

「……ン………」

 

 すぐに二人の腕はお互いの身体を抱きしめ、熱い抱擁を交わし始めた。

 

 

 ―――三十秒後

 

 

 ずるっ

 

 ごちん

 

 どんがらがっしゃん

 

 浴室の脱衣所に派手な音が鳴り響いた。

 

「いった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!!!!!!」

 

「なにやってんのよッ、も〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

 

「しょ、しょうがないだろ! ズボンが足に絡まっちゃったんだから……」

 

「ほんっとにっ、あんたって女の子の気持ちが分からないのね!!」

 

「ア、アスカが悪いんだろ! むりやり服を脱がせようとするから……」

 

「なぁんですってー!! こぉの、バカシンジが!!! あたしにたてつく

つもりッ!!!」

 

 

 そんなわけで。

 

 今日もこの二人は、元気で、幸せで、仲睦まじかった。

 

 

 

 だが、彼らが同棲を始めてもう1年近くが経っていることを知れば、誰も

がこう言うであろう。

 

 

 ―――この色ボケどもっ。

 

 

                             <おわり>

 


 雨を見てたら思いつきました

 いちおー「ここから〜」の外伝では、今回のようにこそばゆい話を書いて

いくつもりです

 スキーやクリスマス、夏祭り等のネタで制作中



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