外伝其の弐 Your hand

written on 1997/10/23


 

 

 2021年。

 

 8月。

 

 どこまでも青空。

 

 

 それはある暑い夏の日のこと。

 シンジとアスカは、先日オープンした遊園地に併設してあるプールに出か

けていた。

 夏期集中講義中のシンジをアスカが無理矢理引っ張っていったのは、もち

ろんいつものことである。

 

 流行の水着を購入したばかりのアスカは、衆目の視線を浴びて至極ご満悦

の様子。

 そしてシンジは、嬉しさ半分嫉妬半分の複雑な心境でそのお供をしていた。

 

 そして日もすっかり高くなった頃。

 開園の朝10時からシンジを引き連れて遊び回っていたアスカもさすがに

疲れてきたのか、二人は園内のファーストフードのお店で昼食がてらに休憩

を取ることにした。

 

 アスカは店内に入るなり、

 

「あたし、チリドッグとアイスミルクティー」

 

 シンジに言い放って日の当たらない涼しげな席にスタスタと歩いていく。

 

「はぁ………」

 

(疲れてるのは僕の方なのに!)

 

 とは言えず、小さくため息をつくと、肩をすくめてカウンターへ向かうシ

ンジ。

 しばらくして注文の品を載せたトレイを持ってアスカの元へと戻ってくる。

 

「ね、この暑いのに、なんで辛いの食べるの?」

 

 シンジはアスカの向かいの席に座ると、美味しそうにチリドックをほおば

るアスカに尋ねた。

 

「暑いからよ」

 

 当然のように答えるアスカ。

 

「………暑い、から」

 

「そ」

 

「ふ〜ん………」

 

 説得力のあるようなないようなアスカの答えに気の抜けた返事をすると、

シンジもチーズバーガーにかぶりつき始めた。

 久しぶりにはしゃぎ回ってお腹が減っていたからか、二人とも食事中は無

言である。

 

 ようやく食べ終わって一息ついていると、隣のテーブルが急に騒がしくな

り始めた。

 小学生くらいの集団がいたのだが、そのうちの一人が最新の電子端末を取

り出して、内蔵の占いソフトを披露し始めたのだ。

 当然のように、行き着く先は好きな同級生の名前で相性占いになる。

 シンジが迷惑そうな視線を投げかける中、その小学生達は激しい盛り上が

りを見せていた。

 

「お前、やってみろよ」

「えー。やだよー」

「じゃ、ほら、誠やれよ。お前あいつ好きだって言ってたじゃん」

「オレ知ってるぅ! 美郷だろ?」

「ち、ち、ち、ち、ちがうって!!」

「嘘つけ。この前下駄箱のトコで、なんか話してたじゃん」

「それオレも見た見た!」

「でもさ、美郷って、この前のバレンタインデー、6年の先輩にチョコ渡し

 てたぜ」

「え………それ、ほんと?」

「わっ、こいつマジなってやがんの! やっぱ好きなんじゃねぇか」

「ちがうって! ちがうって! なんだよ、お前だって真野にいつもちょっ

 かいだしてるじゃん。あいつ図書委員だぜ。だっせーんだよ」

「ばーか。あれはからかってるだけなんだよ。お前と違って、俺は大人なの」

 

 リーダー格とおぼしき長髪の少年と、眼鏡をかけた真面目そうな少年が睨

み合う。

 すわとっくみあいか!

 と思われた瞬間、タイミング良くアスカが止めに入った。

 

「まぁまぁまぁまぁ。ボクたち落ち着いて。そんなにやってみたかったら、

 あたしと、このお兄ちゃんのこと占ってみない?」

 

 アスカはにこにこと少年達を見回した。

 実はさっきから占って欲しくて我慢していたのである。

 いつの間にか巻き込まれたシンジは口あんぐり状態だ。

 

 先ほどまでの険悪な空気はどこにやら。

 アスカの提案に小学生達も大いに盛り上がる。

 早速アスカは二人分の生年月日と血液型を教えはじめた。

 

 シンジはと言うと………明らかに迷惑そうな表情である。

 なんだかんだいいながら、ここのとこ二人っきりになれることは少なく、

今日もアスカに無理矢理引っ張られてきたとはいえ、非常に楽しみにしてい

たのだ。

 その二人の時間を邪魔されるのは、いかに相手が無邪気な子供といえ、優

しいシンジとしてもいい気分はしなかった。

 

 恋は魔物、である。

 

 一つキーを押す度に激しく盛り上がる子供たちを、シンジは恨めしい目つ

きで見つめていた。

 

 しばらくしてアスカの話すとおりに条件を入力し終えた長髪の子どもが、

結果を出すボタンをアスカに教えながら、ちらりとシンジの顔を見た。

 シンジにはその顔がニヤリと笑っているように見えた。

 

(やなガキ………)

 

 と、シンジが少し顔を赤くして視線を外した瞬間、わっと歓声が上がった。

 

 懐古趣味を思わせる耳障りな機械音が占いの結果をがなり立て始める。

 

 

「残念ながらお二人の相性は最悪です。正反対の性格が摩擦を生み、時には

 包丁沙汰にまで亀裂は発展するでしょう。常に周囲の視線を浴びずには満

 足できない彼女に対し、男は暗い情念を燃やし続けます。内向的な彼にそ

 のストレスを解消する手段は見いだせず、いつか思いも寄らぬ行動に出る

 でしょう。悪いことは言いません。早く別れた方が無難です」

 

 

 沈黙。

 

 

 やばいよー、といった感じでお互い目で会話している子供たち。

 

 

 そして虚ろな目つきのアスカ。

 

 

 どんよりとした空気があたりに漂い始める。

 

 

(おいっ、お前フォローしろよ!)

 

(なんでオレなんだよぉ。お前やれよ。女の扱いは得意だって言ってたじゃ

 ないか)

 

(バカヤロー。この状態でどうしろっつんだよ。見ろよ、このねーちゃんの

 目。絶対ヤバいって。早く逃げようぜ)

 

(触らぬ神に祟りなしってヤツ?)

 

 なんてことを子供たちが目で会話していると、ただ一人テーブルの端で沈

黙を保っていた一人の少女が、アスカの側にとことこと歩み寄ってきた。

 そして、うんしょと小さく声をかけて椅子に登ると、その小さな手でよし

よしとでもいうようにアスカの頭を撫で始めた。

 

(いいぞ、唯!)

 

 長髪の少年がひきつった笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「だ、だいじょうぶだよ、ねーちゃん」

 

 その他の子供たちが焦るように言葉を続ける。

 

「そうそう! こんな機械信じちゃダメだって!」

 

「なんか、中古で買ったって話だしさ。気にしない気にしない」

 

「え! 違うよ、新品だよ!」

 

「バ、バカ! おめーはうっせーんだよ!!」

 

「あ、むかついた。お前には絶対やらせねーからな」

 

「誰がやるかっての。ばーか」

 

 と、事態があらぬ方向へ進行しているウチに、茫然としていたアスカがよ

うやく正気を取り戻し始めた。

 頭を優しく撫でている暖かい何かを感じて目を上げる。

 

 そこには二つの手があった。

 

 小さい手と、大きい手。

 

 すっとした顔立ちが可愛い少女と、いつもの見慣れた優しい笑顔。

 

 それに気付いたアスカは一瞬だけ頬を緩めたが、回りの状況―――もちろ

んお店の客の視線を一身に浴びている―――に気付くと、顔だけではなく、

首筋まで猛烈に赤くして、ガタンと勢い込んで席を立った。

 

「で、出るわよっ」

 

 アスカはうわずった声で叫ぶと、足早にお店を出ていく。

 ビックリしている子供たちにごめんねと言葉を残すと、シンジも慌てて後

を追った。

 椰子の木が生い茂る遊歩道でようやく追いついたが、くるりと振り向いた

アスカの顔はまだ真っ赤である。

 

「あんたバカァ! あんまり恥ずかしいコトしないでよね!」

 

 口調は激しかったが、いつも怒るときのようにシンジの瞳を見据えようと

はしなかった。

 いや、どことなく、恥ずかしげに目を伏せているようにも見える。

 

「“人前”でみっともないったらありゃしない」

 

 そう言うと、アスカは僅かに頭を傾けたように見えた。

 

 シンジ、にっこり笑って右手を差し出す。

 

 

 なでなで。

 

 

「………ん、もっと」

 

 

 アスカ、満面の笑み。

 

 

                             <おわり>

 


 最初はなでなでではなく、キスのパターンで書いてたんですけど、ちょっ

とベタすぎて自分らしくないなーとしばらく保留していた作品です。

 先日、ふとなでなでが頭に浮かんだので、急遽路線変更、速攻で仕上げま

した。

 ・・・ってゆーか、相変わらずベタやん!

 

 外伝はおバカですまんッス(^^;)

 次の外伝は一年間保留していたクリスマスネタかなぁ



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