秋空
憂鬱な夏が終わり、寂しげな秋が見え隠れしだすと、今までの暑さが嘘のように涼気がやってくる。緑色の草たちは役目を終えたかのように色を失っていき、そして新しい色がまたどこかで芽生える。
空を見上げると赤や黄色が我先にと乱れている。それが偶然か必然か彼女の顔に当り、思わず足を止めた。
「ふぅ」
それが無かったとしても彼女の足は止まっていたのかもしれない。
人生にIFは無い。
「判ってるんだけどねぇ〜」
空気を揺るがすその振動は、秋風に乗って誰かの元へと運ばれていく。けれど、一番届いて欲しいあの人のところへは、届かない。
「はぁ」
もし、ため息を一つつくと幸せが逃げていくのなら、学校からのここまでで彼女の人生の幸せを全部使い切ったことになりそうだ。また歩き出す彼女の足取りは、はっきり言って重い。
「どうやってシンジに謝ろう・・・」
下を向く彼女の口からポツンと漏れたこの言葉。彼女が生まれてから今まで、ただの一度も実行された事は無い。シンジが妥協せざるおえなくなりそのまま有耶無耶になってしまうのが常なのだが、今回はそうもいかないようだ。
「ん〜もう!男のくせにウジウジと!・・・・っと、ダメよね」
すでにもう3日目。彼女に実害は無い。いや、あるのだが、・・・いつものように家事は全て行ってくれる、弁当も作ってくれる、朝だって起こしてくれる。ただ会話をしてくれない、目を合わせてくれないのだ。
この『ただ』が、じわじわと彼女を追い詰めていっていた。昨日の夜あたりから『シンジとおしゃべりしたい症候群』が出はじめ、その夜の夢を、ワイドビジョン、全編シンジオンリーで見させられたら、自分に危機感を持っても仕方無しと言えよう。
朝、シンジが起こしに来る前に当然のように目が覚めた彼女は、朝一でけりをつけようとしたが失敗。登校中も、教室内でも、授業中でも、お昼でも、休み時間でも・・・・、そして下校時にも最後の一歩を踏み出せず、仕方無しにとぼとぼと帰ってきているのである。
「ア〜スカ〜!」
自分名前だと思い、振り返ってみる。少しだけ、期待を滲ませながら。
「・・・ふぅ」
「人の顔見てため息つかないでくれる?」
苦笑を浮かべながらも、優しく撫でるような口調のヒカリがそこにいた。
「どうしたの、ヒカリ」
「歩きながら、ね」
空が高い。が、それを避けるようにしてとなりにいる彼女はアスファルトに穴をあける勢いで、俯き歩いている。
「そんなに落ち込むのなら、さっさと仲直りしたら?」
「だ、誰がシンジなんかと!こっちから願い下げ・・・・・・・・」
「フフ、気がついた?わざと入れなかったのよ、目的語を」
「うぅ〜・・・」
顔がピンクに染まっていくのを見て、こういう素直さが彼女の魅力の一つなんだと改めて気がつく。
「アスカ、いつまでも意地張ってると、綾波さんや霧島さん、マユミさんに取られちゃうわよ?」
「いいの!シンジなんか取られたって悔しく・・・・」
「二回目」
真っ赤になった彼女の顔を見ながら、
(中立にいたいんだけど、今日はいいわよね)
彼女の背中をポンポンと二回叩いた。
「それに、良いの?そんなこと言って。碇君のあの笑顔が、他の人のになっちゃうのよ?アスカには向けられなくなるのよ、あの笑顔が」
あの笑顔は麻薬だと思う。もし、自分にトウジという運命の人がいなかったら、きっとあの麻薬の虜になっていたに違いないと、そう常々思っていた。ここでそれを引き合いに出したのは、いわゆるファイナルウエポンとしてである。
「うっ・・それ、は・・・・・」
しかも効果は絶大であった。
「アスカ、あなたたちの関係がギクシャクすると、クラス全体に影を落とすの知ってる?」
突然切り替わった話に、彼女はヒカリの顔を覗き込むように見た。
「いつもパワフル全開で碇君へアタックしてるあなたを除いた三人も、ここのとこちょっかい出してないのは気付いてるでしょ?」
「うん」
公園のジョギングコースを抜ける。そこで色とりどりの空は終ってしまった。変わりに、青いキャンパスに白い絵の具を所々たらした空が見えてくる。一度足を止め、となりのアスカが同じように足を止めたのを確認すると、そちらへ向き直って肩を掴んだ。
「あなたは1人じゃないのよ?悩んでるんなら周りに相談してよ。そうじゃないと友達甲斐なんて無いじゃない。あなたには、あなたの言動一つで影響される人たちがいるの。煩わしいかも知れないけど、その人たちはあなたの事を仲間だと思ってる」
そういうと一つ微笑む。
「どう?」
「うん」
久々に彼女の笑顔が見れた。
「ア〜ス〜カ〜!」
振向く前に目隠しをされた。
「だ〜れ・・・」
ガツン
「いった〜い!何すんの〜!せっかくの優秀なマナちゃんの頭脳に傷が入ったらど〜すんの!」
「どうもしいなわよ。だいたい、今更一つや二つ傷ついてもかまやしないわよ」
「それちょっとひど〜い」
いつものことなので、それ以上の問答は止めようと思った。
冷たい風が吹いた。心まで飛んで行きそうになり、思わず身を屈めてしまった。
「なんか急に寒くなったよね〜」
「で、あんたは一体何しにここに来たのよ。着替えてるってことは、いったん家に帰ったんでしょ」
「そうそう、夕飯の買出し〜。アスカとシンちゃんが喧嘩してから、シンちゃんとお買い物一緒に行ってないんだよ〜」
ゴチン
「いった〜い!」
「は・つ・み・み・よ!」
「あ、内緒のお話だった」
「あんたはぁ、私達に隠れてそんなことを!」
ヘッドロックをかけられた状態で、マナはうめく。
「ギブギブ〜〜〜。行くって言っても、週に一回ぐらいだよ〜。わ〜、きつくしないで〜いたいってばぁ〜〜」
十分締めてやってから、頭を離す。
マナは痛そうにその場にうずくまり、軽く頭を二、三度振ると、見上げるようにこちらを向いた。
「もぉう、アスカは乱暴なんだから〜。そんなんだとお嫁に行けなく・・・・わぁ、無し無し!今のカット!・・・えっと、そうそう、で、シンちゃんとの買い物も行けなくなっちゃってるの!だから、さっさと仲直りしてよ」
差し出したのは、コスモス。
「はい、これ。さっき見つけたの。アスカのあげようと思って。んと、ホントはアスカの家に行こうと思ってたとこなんだ。様子を見にね。でも良かった、なんかアスカ元気そう。・・・・・良し!これにてマナちゃんの任務は終わり!さ〜てと、お買い物して帰ろ〜♪」
「あ、ちょっとマナ」
振向いて帰ろうとするマナを呼び止める。
「ん〜?な〜に〜?」
「あんた、コスモスの花言葉知ってて私に渡した?」
「花言葉?ん〜ん。しらな〜い」
「そう、じゃあいいわ。気をつけて帰んのよ」
「まった明日〜〜」
少しずつ小さくなっていく彼女の後姿を最後まで見送ると、右手に残ったその花に視線を向ける。申し訳程度に赤い花をつけたそれを少しだけ見つめると、微笑が思わず。
「コスモスか・・・。『調和』だって、味な真似するわねあいつも。そう言えば、もう一つあったわね、えっと、確か・・・・・『まごころ』、ね」
もう一度風が吹いた。手にもった赤い花は、彼女の変わりのように小さく揺れた。
公園前。ここからだと、家まで歩いても五分もかからない。
前後に揺れるブランコに身をゆだね、ついでに心までもゆだねてみようかと思ったそのとき、公園の入り口辺りから声がかかった。
「あ、アスカさん!」
「二号機パイロット、やっと見つけたの」
外界を拒絶するために閉じていた目をゆっくりと開ける。全てを受け入れるため、自分を認めるため。
「どうしたの、あんた達。結構暗いわよ、もう」
「そうですね、つい先日まであんなに日が長かったのに・・・・」
街灯の光でできた影をじ〜っと見ながら、レイは何か思うところがあるかのように人差し指を頬に当てた。
「で、あんた達も発破かけにきたわけ?」
「いえ、別にそんな!って、『も』って事は・・・」
「ヒカリとマナも来てくれたのよ。おバカの方は知らないけど、ヒカリは私を心配してくれてね。まったく、私何やってんだろ」
また一つ、ため息が出てしまった。
「人間というのは、失敗を重ねて成長します。なぜかと言えば、その失敗から、成功の素を見つけるからです」
「は?」
今日は脈絡の無い事を話す人が多すぎる日だと思った。が、すぐに気付く。
「つまり、私はどうしようもない奴だと・・・」
「人間は間違いを犯します。けれど、それをなかなか認めようとしません。心が弱いから、認めてしまうと、自分がものすごく卑屈に思えるから。だから、自分の失敗を素直に受け止めることが出来る人は強い人なんです。アスカさん、あなたはどうです?」
「わたしは・・・」
そこで言葉が途切れる。上手く舌が回らなかったのだ。
静寂。
「あなたがすべき事は何?」
先ほどのポーズのまま、レイが唐突に口を開いた。
「シンジに謝ること」
そう答える彼女の目に迷いは無い。
「何故?」
「私が、・・・悪かったから」
「そう」
そういうと踵を返し、公園の出口へと向かっていく。マユミはにこりと微笑むと、レイの後へ続いていき、レイと同じように闇へと溶け見えなくなった。
「おせっかいなのばっかりね」
それは、微笑みのもれた唇から奏でられた、安らかな旋律。
行きつけのスーパーから出てくると、誰かの陰謀なのか、ばったりレイとマユミに出くわした。
「あっれ〜、レイちゃんにマユミちゃん!どったの〜?こんな時間に」
「あっ、ジャイアンさんなの」
マユミは微笑を浮かべペコリと頭を下げた。
「こんばんわ。ちょっとアスカさんの所まで」
「あぁ、マユミちゃんたちも行ってきたのか〜、そっか、なぁんだ〜」
マナもつられたのかニッコリと微笑む。この笑顔は、しかし、違うだろう。
「そこまで、ご一緒します」
「持ってあげるの」
「どうだった?アスカの様子」
「えぇ、多分大丈夫だと思いますよ。ヒカリさんも声をかけたようでしたし」
「え?そうなの〜。じゃあ、私が行かなくてもよかったんだ〜」
「このちょこれいと、ちょと苦い・・・」
「あぁ、レイちゃん!!何勝手に食べてるの〜〜!!」
すでにレイの口周りはチョコでべとべとになっていた。
「あらあら」
ポケットからハンカチを取り出すと、それを綺麗に拭ってやるマユミ。
「あぁ〜〜、せっかく楽しみにしてたのに・・・。週一の至福の時間がぁ〜」
本気で涙目になっているマナを一瞥して、プッ吹きだすマユミ。
「笑い事じゃないよぉ。もぉ〜、今度絶対パフェおごってもらうからね〜」
「私、3人目だから・・・」
「意味わかんな〜い!」
少しだけこのやり取りを静観してたが、時間が時間だけにそろそろ切り上げようと思った。
「マナさん」
「ほえ?」
取っ組み合いを一時中断し、首を45度傾けマユミのほうを向く。
「良かったんですか?ライバルを手強くして」
レイのホッペをつねっていた手を離すと、俯いてパンパンと二回はたいて服についた砂を落とす。レイも同じ動作をする。多分マナに習ってだろう。
と、顔を上げ、とびっきりの笑顔を見せた。
「あんなアスカ、面白くないもん!」
それは、いままで見た中でも最上級だと思った。
「マユミちゃんこそ、良かったの?アスカが素直になったら手強いよ〜」
「フフ・・、恋のライバルは手強い方が燃えるじゃありませんか」
自分も最高の笑顔で返そうと思ったが、成功したかは判らない。
「・・・マユミちゃんって、S入ってる?」
「何でそうなるんですか!!」
「Sってなに?」
「それはね・・」
「説明なんかしなくてもいいです!」
じゃれあいながら、街灯の下の道をあるいていく。この先に見えるのは、いつもと同じ騒々しい明日。けれど、きっと明日は今日よりいい日になるに違いなかった。
(行くわよ、アスカ!)
「あのさ!シンジ・・・・・」
偶然と必然、どちらが奇跡に近いのだろう
後書きのような物
友達って良いですよね。何年たっても、その当時と同じようにバカやって騒いで笑って泣いて・・・。久々に会った友達が結婚してて、それでお祝い会を計画して・・・、後はご想像にお任せします。
今回も短め。秋です。そろそろ大学が始まる。世間一般から見れば大学の休みって長いんですよね。まぁ、4年にもなればあまり関係ないようですけど。
書きかけのが結構あって、どれもこれもいまひとつで。どうも自分にはオチの能力が無い。ま、良いんですけどね、自己満足ですから(爆)
では、またどこかで・・・。