あなたは、『学校行事』と聞いて何を思い浮かべるだろう?

『体育祭』ポピュラーな一大イベントである。

『修学旅行』これは花形だろうか。

『入学式』『卒業式』これが無くては、始まりも終わりも無い。

そして、多くの人が思い浮かべるであろう『文化祭』。これを経験した人ならば、誰もがその記憶に焼き付けるこのイベント。その楽しみは準備の時から始まり、フィナーレを迎えるまで、そしてその思い出は一生の宝物に。

今回は、第壱中の文化祭を、いつものメンバー中心に覗いてみようと思う。しかし、面白おかしいオチを期待しないで頂きたい。これは普通の中学校で行われる、普通の文化祭のお話なのだから。

ただ、「フッ」というため息にも似た笑いや、「ニヤリ」というほくそえみは・・・・・・・・・・出来るかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

メイカントクに花束を

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、そっち〜、作業の方は順調〜?」

「まかしとけ〜!今日中に何とか終らせる〜!」

「OKケンスケ!トウジは?」

「ワイらのほうもなんとかなりそうや。それより小道具の方が手がたりとらんみたいやで」

「分かってるけど・・・、役者の方に頼んでみようかな」

「シンジ〜!ここは青?赤?どっち〜!」

「そこは、赤色〜!」

「シンジさん、ここの音どうします?」

「そこは・・・なるべくテンポの遅いやつ。後で選ぼう。2、3曲セレクトしといて」

「はい」

「し〜んちゃ〜ん、これどうやって動かすの〜?」

「わ〜〜、マナ、綾波!そこ触っちゃだめ〜!壊れる〜!」

「あ、取れたの・・・」

一週間前、文化祭の2週間前、喫茶店との決選投票の末、決まった出し物は、『演劇』。結局なんのひねりも無い物に決まったのは、けっして作者が思いつかなかったわけではない。ただ、一つだけくわえられたひねりは、この劇がミュージカルということだろうか。

クラスの面々の役を決め、動き出したのが4日前。これはけっして早いほうではなかった。とくに配役を決めるのに三日はかけすぎだ。しかし、誰が言い出したのかは分からないが、シンジを主役に推し、4人の少女がヒロイン役を一歩も引かずに戦いを繰り広げていたと言えば、納得の声もあがろう。この事態を収拾するため、白衣の女性の薬が使われた事は、胸の中にしまっておく事実。

 

「よし、これでシーン1とシーン2の背景はよしと。後は3と4と・・・」

「3は明日中に終るわ」

「アスカ、本当?OK、これで目星はつきそうだ・・・」

「それにしても、何であたしがこんなことしなくちゃなんないのよ」

「仕方ないじゃないか。最終立候補の時に休んじゃうんだから」

「それよそれ!私だけならともかく、立候補を表明してた他の3人まで休んだとなると、故意的なものを感じるんだけど?」

「気のせいじゃない?」

(顔色一つかえないわね?怪しいんだけど・・・ち、ちょっとかっこいいじゃない)

「アスカ!」

「え?あ、な、何?」

「手が空きそうならさ、小道具の方手伝ってあげて」

(私とした事が、見とれちゃったじゃない!後でお仕置よ!)

「分かったわよ!覚えてらっしゃい!」

少し怒りを滲ませた背中を見送って、思わず首を傾げた。

 

「碇監督」

「委員長、監督は止めてよ」

困った笑顔を見せる。

「フフ、でもビックリよ?主役辞退して、監督に立候補するなんて。なにかあったの?」

窓から見える秋晴れの空と、この教室から、廊下から、グランドから聞こえる喧騒を聞き、うっすらと微笑を浮かべた。

「なんとなく、ね。強いて言うなら、この世界をもっと楽しもうと思った、かな?」

K.Oされた。顔を真っ赤にして、慌てて俯くと、

「や、役者の方はいつでもセリフ合わせ、で、できるから。それだけ!」

やっとの事で言い切ると、素早くその場を去る。

(反則よぉぉ〜〜〜〜〜!)

心の叫びを残しつつ。

後に残るは、いまだに続く穏やかな喧騒と、困った顔のキングオブ鈍感のみ。

 

 

第二回代表者会議。名前のとおり、各部署の代表者が集まって、シンジを中心にこれからの段取りなどを決めていく集まりだ。

すでに日数も少なく、しかしながら、セリフ合わせもまともにしていないこの状況下で、頭を悩ませるのは仕方の無い事。しかし、やると決めた以上、A組魂で乗り越えてやるということがきまった(何を決めてるんだ)。

音決め、照明、舞台装置の細かな設定、それぞれの部署の進み具合や、出来栄え、キャスト人で言えば、台詞回しから舞台での立ち位置まで、次々と入ってくる情報に、シンジはついていくだけで精一杯だった。

 

 

帰ろうと思い、疲れきった足腰に鞭打って、自分の椅子から立ち上がろうとすると、目の前に見知った人物が立っていた。

「シンジさん、お疲れ様です」

「山岸さん、あ、ジュース。貰っていいの?」

「そのために買って来たんですから、飲んでもらわないと困ります」

フフフと笑って、缶ジュースを差し出した。

「ありがと」

「大変ですね〜、監督のお仕事」

「ふ〜、生き返ったぁ〜。うん、思ってた以上に大変だったよ。校門までいこっか?」

「はい」

家が反対方向なため、マユミは歯がゆくも、今はこの幸せに満足する事に決めた。

「シンジさん、どうして監督に立候補したんですか?」

「その質問、委員長にもされたよ」

(まさかヒカリさん、シンジさんに乗り換えるつもりじゃぁ・・・)

当らずとも遠からず。女の勘は、時に恐怖すら感じる。

「好きになろうと思ったんだ」

「えっ?」

心臓が跳ね上がる。

「自分を。試したかったのかな」

「あ、そ、そうなんですか。そうですよね、ええ、そうですとも、そうに決まってます」

「山岸さん?」

下駄箱のところまで来たので、タイミングよく立ち止まる。

「あの、私・・・」

日はすでに傾き、差し込む光のせいで顔は紅に染まっていた。

「私・・・」

何を言おうとしているのか、自分でも驚いたが、それでもここで止めるわけにはいかなかった。

「シンちゃんみ〜〜〜〜っけ!」

「碇君、やっと見つけたの」

(ちっ!!)

おくびも顔には出さず、それでも眉毛だけは少し痙攣してはいたが、突然の来訪者に、両者どちらも慌てた様子は無かった。しかし、マユミは女性故、シンジは気付かなかったゆえの行動である。

「どうしたの二人とも?」

「照明機材の故障報告が終って、監督に報告に行くところでした〜」

「ちゃんと先生に謝ってきたの。碇君、誉めて?」

「あ〜、じゃあ私も〜」

「ジャイアンさんはだめ。私だけ誉めて・・・」

「なんで〜〜、じゃあレイちゃんはいいから、私だけ誉めて〜」

「どうしてそういう事言うの?」

「レイちゃんが意地悪言うからぁ」

一瞬、同学年なのを本気で疑ったが、気を持ち直して仲裁する事にした。

「あ、あのさ二人とも。そろそろ日が落ちるし、帰ろうよ」

シンジが宥めすかしている間、マユミは、人生とは日々これ瞬間で生きている事を実感していた。

「では、また明日」

分かれてもなお、彼と彼女たちの背中を見送る彼女は、少し羨ましがっていた。

(シンジさんの背中、保父さんみたい)

言いえてこれ妙なり。

 

 

「ただいま〜」

帰りだけで、本日一日と同じだけのエネルギーを消費することになり、これから夕食を作る事を考えると、鬱な気分になる。

が、今日はいつもとどこかが違う。帰ってきてから、妙な違和感を感じた。

(あぁ、なんかおいしそうな匂いがするんだ)

そのにおいの元を、ふらふらとした足取りでたどっていく。と、予想どおりキッチンからだ。

しかし彼はそこで信じられない物を見る。一番似つかわしくないというか、ありえない物体というか・・・、

「アスカ!」

「おかえり。もう少しでできるから、部屋で着替えてらっしゃい。で、そこで大人しく座ってる事」

指さしたのは、いつもの自分の席。

「アスカ・・・いったいどうしたのさ?それ・・・・」

久々に、動揺する指が細かく震える。それはそうだ、あの、あの惣流・アスカ・ラングレーが料理をしている(らしい)のだ。これは豚が空を飛ぶくらい確率が低い事だと瞬時に思った。

「いいからさっさと着替えに行く!」

「ハイ!」

慌てて自分お部屋に駆け込む。

「フフフ・・驚いてた。仕返し成功♪でも、ヒカリには感謝しなくちゃ」

夜中の長電話と、特訓の指南を思い出して、改めて親友の偉大さを感じる。

シンジはと言えば・・・・とりあえず自分の頬をつねっていた。

 

「あんた最近お疲れでしょ?たまには変わってあげようと思ってね」

目の前に出されたカレーを、ダイヤでも見るような目つきで眺める。

「見てたってお腹は膨れないわよ。早く食べなさい」

「うん・・・いただきます」

スプーンを手に取り、ゆっくりと口元に運ぶ。

「・・・・・・・おいしい!!おいしいよアスカ!すごい!」

「ま、私にかかればこんなもんよ。ほら、冷めないうちに食べなさい」

(よ、よかったぁ〜・・・。おいしいって、おいしいって・・・・)

よくもまあ、本心と違った事を・・・。これも彼女の特技なのだろう。

「まだレパートリーは少ないけど、少しずつね」

「大丈夫だよ!これだけの物を作れるんだったら、どんな料理だって」

「見てなさい。いつかあんたから食事当番の座をもぎ取ってやるんだから」

「楽しみにしてるよ」

シンジは色んな意味でそう答えた。

「で、どうなの、劇のほうは」

「うん、ヒロインの委員長とかはセリフはバッチリ見たい。カヲルくんは・・・そつなくこなすだろうね。主役はやっぱりあぁでなくちゃ」

「ま、私とあんたの代わりなんだから、パーフェクトにやってもらわないとね」

「代わりはともかくとして・・・うん、完璧に仕上げてもらわなきゃ」

「あと・・・大道具、小道具は?」

「うん・・大道具は、背景やその他は間に合いそうなんだけど・・・小道具が」

「人数不足ってわけね」

「どうしよう。どう計算しても3日はオーバーしちゃうんだ」

「そうね・・・・仕方ないわね。裏技を使うわよ」

 

「ごちそうさま。とってもおいしかったよ」

「当然でしょ、あたしが作ったんだから」

「はは、そうだね」

その通りなのである。料理の一番のスパイスは『愛情』、相手を思う気持ちなのだから。シンジはそれを体で、心で理解している。が、もし頭で理解していたら、料理のおいしさの秘密に気がついたかもしれない。

「あ、シンジ、お風呂沸いてるわよ」

「え?良いの?一番に入っても?」

「監督様は明日も大変なんでしょ!いいから入ってきなさい」

「なんか、怖いなぁ・・・」

「何か言った?!」

「何でもないで〜す!」

ドタドタドタとはしる音を見送って、一つため息をつく。

「ふぅ、あのお人よしは、なんでも自分1人で背負い込んじゃうんでしょうから・・・。周りが気を使ってあげないと、絶対潰れちゃうわよ」

シンジが誕生日プレゼントにくれた、真っ赤なエプロンを身につけると流しに向かう。

「さてと、洗物済ませちゃいますか」

自分が、主婦が結構にあっているなど微塵も感じていないアスカは、慣れない手つきでお皿を洗い始めた。

 

 

 

時計はすでに午前二時を指している。

自分が眠いのか眠くないのかわからなくなってきていたシンジは、一つ大きく伸びをする。

「う〜〜〜ん!BGMはこんなもんかな。あとは・・・効果音も決めちゃおうか・・」

眠くないわけは無かった。が、その彼を動かしているものは、一言では言い尽くせない。しかし、今の自分に充実感を覚えている事は確かだった。

トイレに起きてきたアスカは、当然のようにシンジの部屋から漏れている光に気がつく。足を忍ばせ、そっと戸の隙間からのぞいて見ると、S−DATと台本、両方と格闘している想い人の姿が映った。

「あのバカ・・・」

シンとした空気を揺るがす、イヤフォンから洩れるSE。ベッドに寝転がりながらも、そのまま眠りにつくような感じでは決してなかった。

中に踏み込もうとして、すんでで留まる。

彼の顔を見たから。

「がんばれ・・・」

けっして届かない、小さな声援を送ると、そのまま自分の部屋へと引き返した。

遠くで、ドアの閉まる音が聞える。

「うん」

彼の返答は、もはや闇に溶けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

文化祭当日まで後2日。

無謀かと思われたスケジュールも、A組の面々(とくに3馬鹿トリオの活躍はめざましかった)の頑張りと、アスカの裏技によって、奇跡的に最終局面を迎えていた。

「委員長、そこはもうちょっと押さえ気味のほうがいいかな?」

「押さえ気味ね・・分かった」

「じゃあ、カヲル君のセリフからいってみようか」

相変わらず作業をしながらだが、裏方の役割を貰った者も、役者陣の演技を見守る余裕が出てきていた。

「なぁ、シンジ」

小声でケンスケが呼ぶ。それを目線はそのままに、顔だけ動かす事で答えるシンジ。

「結構いけるんじゃないか、このお芝居」

このいけるというのは、金賞をとるということである。

壱中では、クラス、個人、グループ、部活などで、ステージ発表が毎年約20ほどある。これを2日間+半日で行うので結構な過密スケジュールなのだが、そのステージ発表の中で、一番目を引いた物を全校生徒+来校者の投票で選び、見事一位に輝いた物には金賞を送るという慣わしがあるのだ。

「うん・・・、でも他のところも頑張ってるしね・・・」

とは言いつつも、出来がいいことは認めていた。自分で言うのもなんなのだが、適材適所、分担も流れ方も、これ以上ないくらいのラインだった。

カヲルのセリフが終わり、本番では一度照明が落とされる部分だ。

「ちょっと休憩を入れようか」

椅子からゆっくりと立ち上がり、少し声を張る。

「あ、みんなちょっと待って」

自分で言っておいて、それを止めるのもどうかと思ったのだが、言う機会はここしかないと、思い切った。

視線が一気に自分に集まるのを感じると、少し押される気分になったが、それでも全員の顔を見渡すように360度回転すると、コホンと咳払いをした。

「エット・・・、みんな、実質二週間という短い期間でここまで来れて、僕は本当にビックリしてる。朝と、昼休み、放課後と限られた時間しかないのに・・」

誰も何も言わない。何を言わんとしているのか察しはついているのだが、それでもシンジの一言一言に、じっと耳を傾ける。

「僕のわがままで、こった物にしようとして、みんなにはすごい迷惑かけて。でも、残り2日でほとんど完成まで漕ぎ着けられて、すごく感謝してます。・・えっと、・・・本番まで後2日しかないけど、中学校生活最後の文化祭だし、後悔はしたくない」

グッと握りこぶしを作った。

「最後の追い込み、頑張ろう!!!」

「「「「「「「「おお〜〜〜!!!!!!」」」」」」」

カヲルが笑顔で近づいてくる。

「シンジ君、頑張ろう」

「うん」

碇的演説により士気が300UP・・・ではなく、クラスが一つにまとまった瞬間だった。

 

「シンジもなかなかやるじゃない」

少し顔が赤いのを隠そうとせず、自分のことのように嬉しそうに少し弾んだ声でそう言った。

「シンジさん、最近楽しそうです。結構統率力がありますよね」

「ま、父親があれだからね。案外、なっちゃうかもよ、司令なんかに」

「・・・イヤ。碇君のヒゲはイヤ」

「いや、そういう事を言ってるんじゃないんだけど・・」

「え〜〜〜!シンちゃんお髭になるの〜!?やだ〜!そんな事マナちゃんがさせないも〜ん!」

脱力感が先に走ったが、それでもせめて訂正だけはしておかないと、(もしかしたら)義父になる(かも知れない)人の事なので、グッと堪えた。

「あのねぇ、誰がシンジにひげが生えるって言ったのよ。大体、ひげが生えるのは生理現象なんだから、どうしようも出来ないでしょう」

(本当にシンジが、あのヒゲ司令みたいになったらいやだけどね・・・)

「それはね〜、シンちゃんが朝起きてきたら、私が毎日そってあげるの〜♪『毎日ありがとう、マナ。これはそのお礼だよ・・・・』なんて・・・きゃ〜〜〜〜はずかし〜〜〜♪」

「それは私がやるの」

「だめ〜〜、私が一番に言ったから、これは私の役なの♪」

「・・・ズルイ」

ニコニコして聞いているマユミを一瞥して、抱えたくなる頭を少し押さえながら、この二人に照明を任してしまってよいものかと本気で思案するアスカ。それを知ってか知らずか、覗き込むようにアスカを見るマナ。

「へっへ〜、いいでしょアスカ」

ゴチン

特大の雷が、久々に落ちた。

 

 

その日、ちょっとした問題が起きた。

体育館のステージが使える日と言うのが決まっており(何クラスもいるのだ、当然だろう)、やっとその順番が回ってきたA組は、限られた時間を有効に使うため、足早に向かった。

しかし、いざ演技を始めてみると、どこか物足りない。

「あぁ、そっか!」

最奥部で見ていたシンジは、慌てて声をあげた。

「なんや、どうした?」

「ステージが思った以上に広いんだよ!だから、動きが小さく見えちゃうんだ」

「あぁ、なるほど。それでかいな」

納得したように声をあげ、しかし困った顔をする。

「でも、どないする?ある程度は役者に任せるとしても、少しずつなおさなあかんとこがでるんやないか?」

「これは完全に僕のミスだから・・、なるべく迷惑はかけないようにする」

「さよか。なんや、ワイに手伝える事があったら、いつでもいいや」

「うん、ありがとう」

ニコリと微笑むと、それを伝えるためにステージの方へと向かう。

「シンジのやつ、いっぱいいっぱいやな」

親友には隠し切れない、疲れがにじみ出ていた。

 

「OK。なるべく広く使うんだね?わかったよ、シンジ君」

「少し直すところもでてくると思うけど、基本的には一緒だから。このまま続けて」

このミスが、気付かせなかった要因となる。

 

結局、一抹の不安を残したまま、最初で最後のステージ練習を終えた。

家に帰ってからも、台本と睨めっこしながら、アスカ手製のから揚げを頬張っていた。少し不満を感じたアスカも、今日ばかりはしかたないと完全に諦めムードである。

全て手直しを終え、やっと床に着いたのが2時半を少しまわった頃。その日は、台本を胸に、夢の中へと落ちていった。

 

 

 

 

文化祭前日。

いわゆるラストスパートというのに入っていた。

教室内での通し。誰もが手を止め、彼の、彼女の演技を見つめる。照明は、ここには実際の器具はないためふりだけであるが、その他のパートは、実際と同じように動いていた。昨日のステージ練習での発見により、少しだけ動きが変わったが、カヲルもヒカリもそれに柔軟に対応していた。

マユミがEDのBGMをかける。レイとマナは台本を見ながら最後の確認。

「・・・ここに誓おう!あなたを、永遠に守り抜くと!!」

高々と掲げられた剣。

・・・パチ、パチ、パチパチパチパチパチ!!!

控えめな拍手は、やがて大歓声に変わった。

「よし、オッケー!」

歓声が一際大きくなった。それに反比例するように、シンジの体から力が抜けていく。

「ふぅ・・・やった・・・」

舞台演出のための道具は全て完成、役者陣もほぼ完璧の仕上がり。誰も夢にも思わなかった、二週間という期間での劇の完成が、今ここで叶ったのだ。本番という最後のステップが残ってはいる物の、実質これで8割方成功を収めたようなものだった。

時計はすでに9時半を回っていた。

自分の仕事が終っても誰も帰ろうとせず、未完成のところを手伝う。最終的には全員がリハにまで付き合ったのだ。シンジは少し涙が出そうになった。

「よし、残すは明日の本番だけだ!今日はもう遅いから帰ろう。明日、気合入れていこう」

月並みな事しか言えなかったが、それでも彼の気持ちはみんなに伝わった。

「シンジ君、君が作ったお芝居だ。明日は、最高の演技を君にプレゼントするよ」

「うん、期待してる」

「そして、金賞をとった暁には、僕とめくるめく甘い一夜を・・・」

ゴキャ

「主役は明日に備えて早くもご就寝よ〜」

「あ、アスカ」

グッタリとしているカヲルの首ねっこを掴むと、ポイッと投げ捨てた。

「誰かそいつを家まで届けといて」

「そんなぞんざいに扱って・・・」

しかし、言いながらも誰かが運んでおいてくれるだろうという希望的観測により、記憶から綺麗さっぱり消去したシンジ。この辺りが、彼の強く?なったところである。

 

「じゃ、私先に帰るね〜♪」

「バイバイなの」

「シンジさん、お先に」

「うん、明日頑張ろうね」

監督なだけに、最後まで残る義務があったため、三人を見送る。

「さて、っと、僕も帰ろうかな・・・」

「やっとなの。いつまでも待たせて」

「あれ、アスカ先に帰ったんじゃなかったの?」

「こ、細かい事はきにしないの!それより、帰るんでしょ!行くわよ!」

(待ってて、くれたのか)

見られまいとして必至になっている顔も、シンジの位置からは真っ赤になっているのがばればれだった。

 

「いよいよ本番ね〜。なかなかの出来に仕上がったじゃない」

「そう、これ以上ないくらいだよ」

月明かりと街灯が照らす道を、並んで歩く。一方は空を見上げ、もう一方はそれをちらちら盗み見しながら。

「明日、たくさんの人が見てくれるといいなぁ」

「ネルフの連中も身にくるとか言ってたじゃない。仕事ほったらかして」

苦笑が洩れた。

「父さんが『明日は臨時休業にする』っていったらしいよ。まったく、その辺の会社じゃないんだから」

リツコにそうきかされたとき、嬉しさよりも父への情けなさが先に来た。

「ま、暇そうだから良いんじゃないの。一応貢献もしてるんだし」

「うん、終ったらお礼言わないと」

空に輝く月を一瞬見た後、何か閃く物があった。

「え?」

「ん〜どうしたの?」

「いや、何か思いついた・・・・・あっ!!!」

「え?なに、どうしたの?」

(看板!!しまった、忘れてた!!!)

文化祭の来校者に、自分たちの出し物をアピールするための看板。入り口のところに各々絵を書いた看板を立てておいて、目を引くようにするのだ。

あまりにも忙しいので、当初大道具の仕事が終わりしだい書くことになったいたのだが・・・誰一人覚えていなかった。シンジも2日前までは記憶に残っていたのだが、書き換え作業などですっかり忘れていた。

「何?何なの?」

急に立ち止まったシンジを心配そうに見つめるアスカ。やっと焦点が合ってきた目がアスカを捉える。

必死で作業するみんなの顔が思い浮かんだ。朝もいつもより1時間も早く登校して来て作業する者、8時ちかくまでのこって仕上げをする者、授業中までセリフを覚えるために使う者。

(みんな、疲れてるんだ)

彼は一つ決心をした。

「なんでもない。・・・アスカ、そう言えば僕トウジ達と打ち合わせがあること忘れてた。今日は帰らないかもしれないから・・・店屋物でもとって食べてね。じゃ」

言うや否や、もと来た道を走っていく。

(1人でも、やってみせる)

小さくなっていくシンジを見つめ、大きく息を吐き出すと仕方無しに歩き出した。

 

 

 

「はぁはぁはぁ・・・」

校門のところまで来て足を止める。

(あれ?電気・・・消し忘れたかな?)

3−Aの教室には黄色い光が灯っていた。他のクラスも、まばらではあるが電気がついているところもある。

「いいや。それより」

シンジはまた駆け出す。

 

三階まで上りきると、さすがに息が切れた。息を整えるため、廊下は歩く事にする。

一歩一歩教室に近付いていくと、何処からか鼻歌の用のものが聞こえてきた。

「フンフンフンフフフ〜ン、フフフフフ〜ン」

どこか聞き覚えのある、と言うか特徴のある・・

(この、盛大に音を外した鼻歌は・・・)

音の元はA組みからだ。しまっている扉に手をかけ、思い切り開く。

ガラッ

「ワッ!あ、シンちゃん。びっくりしたぁ〜。どうしたの?何か忘れ物?」

そこには予想通りの人物、マナが1.5メートル四方の看板の前で座っていた。

「マナ・・・」

「そう、マナちゃんだよ〜。何取りに来たの?」

「いや僕は・・・、それより、マナは何を」

「えっとね、そう言えば誰も看板かいてないなぁ〜っていうのを思い出して、戻ってきてみたらやっぱり書いてなかったから、かこっかなぁって思ったんだ」

時計を見上げると、10時を少し回ったところだった。もう一度マナのほうを見て、そしてその視線は看板に注がれる。・・シンジの顔だった。真ん中に自分の顔があった。そのまわりに他のクラスメイト。マナ、マユミ、レイ、アスカ、トウジ、ヒカリ、カヲル・・・・・・・。まだ鉛筆での大まかなデッサンで、人数も10人そこらだったが、これから全員ぶんの顔が描かれるのだろう事は、容易に予測できた。

「それ・・・」

「これ?どう、似てるかな?ちょっとは絵に自信あるつもりだけど・・・、う〜ん本人目の前にすると、やっぱり実物のほうがいいね〜」

照れ隠しだろうか、エヘヘと頭をかく。

一歩ずつ、気持ちがあふれてしまわないように慎重に進む。マナの目の前までくると、その体をギュっと抱きしめた。

「・・・ありがとう」

これは、シンジの最大級の感謝を示す行為だとすぐに悟ったのだが、この幸せを一分でも一秒でも長く味わっていたいがため、マナは何も言わな、いや、言えなかった。

 

一通り、人物は描けてきた。時計を見ると12時15分を指そうとしているところだった。

「後は、いらない線消して、色塗ったら完成だけど・・・」

「あと7時間くらい?ちょっと間に合わないかもだね〜」

「でも、最後まで諦めない」

マナが笑顔で頷く。

「二人だったら間違いなく間に合わないでしょうね」

その声は唐突だった。後ろから聞こえてきた声に振り向くと、

「「アスカ!」」

「お腹すいてない?夜食買ってきてあげたわよ」

コンビニのマークが入った買い物袋をぶら下げて、赤の少女がそこに立っていた。

「どうして・・・?」

やったのことでそれだけを言うシンジ。

「何となくあたしの勘がそう告げたのよ!・・・って言うのは嘘。バカジャージのとこに電話したのよ。案の定いなかったけどね」

「よう、センセ」

そこにはいつも通り、黒のジャージを着たトウジがいた。

「なんや水臭いなぁ。ワイに手伝える事があったらいえゆうたやろ」

「でも、みんな疲れてたし・・・」

「あんたもでしょ」

その突込みには返す言葉がなかった。

「で、どないなってんねん。おぉ!なかなかええ感じやん。これワイか。ほぉ〜おっとこまえやないか」

「これあたし!?ちょっとマナ!これあんた書いたんでしょ!あたしはこんなに顔潰れてないわよ!」

確かに、その絵には少なくとも善意は感じられない。

「写真みたいにそっくりだよ〜♪」

「そんなことをぬかすのはこの口か、この口か〜!」

「いひゃいいひゃいひゃふぇふぇ〜〜」

「ちょっとシンジ!」

「はいっ!」

この僕も楽しんでたので同罪だ。これはあとで折檻かもなどと辞世の句を考えていた。

「もっと周りをよく見なさい。あんた1人でできることなんて、たかが知れてるんだからね」

どうやら、違ったようだ。しかし、説教には違いない。

「全部1人で背負い込んで、あんたは神様じゃないんだから」

いや・・・、とも言おうと思ったのだが止めた。

「ありがとう」

涙を堪えるので精一杯だったから。

「それは、私たちも含めていってもらえてるのでしょうか?」

「こんばんわなの・・」

「なんや、おまはんらもきたんかい」

そういわれて、マユミだけはニッコリと微笑んだ。

「どうしたの?あんたたちまで」

「さきほど、シンジさんのお宅に電話したら、葛城さんに教えられて」

「これ、私じゃない」

レイはと言えば、看板に描かれている自分の絵を見て即座にそう言いきった。

「なんでぇ〜、これ以上ない出来栄えだよ〜」

「わたしこんなに変な顔じゃない」

横にあった消しゴムを掴むと、おもむろに消そうとする。

「わぁ〜、ファースト待ちなさい!あたしだってこらえたんだから!時間ないのよ時間!」

後ろから必死になって羽交い絞めにするアスカ。

「ダメ、だってこれは私じゃないもの。離して、弐号機パイロット」

その喧騒に加わることなく、ニッコリとただ微笑むマユミ。

「センセ、がんばろうや」

ポンと肩に手が置かれた。

「うん・・・」

今度はこらえきれなかった。

「バカなんだから」

静寂が訪れた部屋に、彼へと注がれる暖かな視線と、その美しい歌声だけが響き渡った。

 

 

 

 

「ちょっと早かったかしらね」

今回のヒロイン(誤植ではない)、洞木ヒカリは誰ともなく呟いた。

朝は天気だ。少し雲も出てきてはいるが、予報ではおおむね晴れるといっていたので、問題ないだろう。

「今日の集合は八時半っていってたから、やっぱり7時は早すぎね」

そう言ってクスっと笑う。三階までの階段を上りきり、教室へと向かう。

外からは気付かなかったが、電気がついていた。

ドアの前まで行くと、閉まっている戸に手をかけ、ゆっくりと開く。

そこには彼や彼女たちが、折り重なって眠っていた。

一瞬絶句するも、その物体に気付きハッとする。

「看板・・・」

そこには3−Aの面々の顔が描かれていた。

・・・みんな笑顔だった。

 

 

 

 

追記するとすれば、何があるだろう。

看板は何とか間に合った事。しかしそこにはケンスケの顔がなかった事。舞台は大成功を収めた事。金賞を受賞した事。手伝わされたネルフの上層部も見にきていたこと。

そして、疲れきったA組の面々は、ほとんど他の出し物やら企画を見てまわれなかったことだろうか。

最後に、名監督に花束が贈られた。

 

 

 

後書きのような物

 

ノリノリでした。書き始めてから3日。おかげで、重いのなんのって(汗)

今回は、マナさんのお話になるハズでした。片鱗は見えます。

この話はどうっだったでしょうか?できたら感想を聞かせて下さい。この先の目安というか、道標にしたいです。

ではまたどこかで・・・

 

 




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