「太古の使者」

ヒイ





「なんで、こんな時に限ってミサトもシンジも居ないのよっ!!」


  私が悪態をつくのは、これで何度目だろう? 分からない。
  いつからこうしているんだろう? それすらも忘れてしまったわ。

  でも、たった一つだけ分かっていることがある。
  それは、あいつを倒さない限り、私は解放されないってこと。
  だから片をつけなければならない。この私の手で。


  えっ? 私が誰かって?
  あんたバカぁ? 決まってるじゃん。

  私は、惣流=アスカ=ラングレー
   年齢、14歳。
   職業、美少女。

  そしてエヴァ弐号機のパイロット……天才なの。
  エリートなのよ!!

  そんな私が今、人生最大の危機に直面している。

  あいつは、私が一人になるのを待っていたように、
  何の前触れもなく襲い掛かって来た。
  そんな知恵があるとは信じたくはないわ。

  けれども、私は知っている。

  あいつの眷属は、地球に人類が誕生する遥か昔から……
  そう、神代の時代から存在してるってことを。
  土に埋もれた生命が、石になるほどの時を経たあいつに、
  知性があっても不思議はないわね。

  ……って、誰に説明してるんだろ。バッカみたい。


 「それにしても、何でミサトでもシンジでもなくて、この私なのよっ。
  一番格下だとでも言いたい訳ぇ? ほぉんと、頭に来るわね」

  私とあいつのサバイビング・ゲーム。
  それは、数刻前から膠着状態に陥っていた。

  こちらの様子でも伺っているのか、
  あいつは私の近くにある影に潜んだきり動かない。
  もっとも、影から影を渡り歩けるあいつが、
  一ヶ所に留まり続けてるって保証はないのだけれど……

  私は、視界の隅にあいつが隠れた影を収めたまま、
  かろうじて持ち出せた装備を点検する。
  ジェリコ941Fが1挺。
  あと、ベレッタM92FSが2挺。
  合わせてたったの3挺……かなり心許ない。

 「どちらにしても、これ以上長引けば私に不利ね。
  こっちから打って出るしかない、か……」

       ブリーフィング
  一人きりの作戦会議。私は先制攻撃を仕掛けることに決めた。
  ジェリコをベルトに挟み込んで、両手にベレッタを構える。

  ベレッタのチャンバーには、既に初弾が送り込んであるわ。
  セイフティを解除して、セレクタを三点バーストに設定。
  そして、大きく、深呼吸。

         ゲーエン
 「先手必勝っ。 行けぇ!!」

  影にむかってトリガを一回だけ絞る。


   タタタッ!

              ガサッ


  影の中からあいつが飛び出した!
  空間を切り裂きながら、私にむかって来る!


 「こんちきしょおおおぉ!!!」


  私は両手のベレッタを乱射する。


   タタタッ! タタタッ! タタタッ……
    タタタッ! タタタッ! タタタッ……


  ベレッタから乾いた音が響く。手応えありっ!
  着弾と同時に、あいつの身体が弾け飛ぶ。

  だが次の瞬間、新たな気配が私の背後で動いた。
  ざざざっ、と首筋に寒気がはしった。産毛が逆立つ。
  頭の中で激しく点滅する警告灯が危険を告げる。

      アンブッシュ
  まさか、潜伏布陣? さっきのはオトリ!?

  そうよ! あいつには仲間がいたのよ!
  単独行動しか取らないと思い込んでいたわ。
  私としたことが、何たるミス!

  とっさに床に伏せる。頭で考えた動きではなかった。
  数々の修羅場をくぐり抜けて来た私の勘がそうさせたのだ。

  次の瞬間、あいつは私への反撃を開始した。
  あいつは無気味な羽音を響かせながら飛翔し、
  一瞬前まで私の頭があった空間を薙ぎ払っていった。

  まさか、飛べるとは。

  予想外の能力に驚愕している私をあざ笑うかのように、
  着地したあいつは一度だけ振り返った後、悠然と歩み去る。
  私は自分の頭に、血が昇って行くのを感じた。

 「ちょっと、この私を挑発してる訳ぇ? 信じらンない!
  もう断然あったまにきたわ。
  ハンっ! 誘いに乗ってやろうじゃないの!!」

  先刻のアタックで空になったベレッタを捨てる。
  残されたジェリコを構えながら、あいつの後を追う。
  この先にある部屋は……1つだけ。

  あいつは必ずそこにいる。
  決着の時は近いわ。

  私は慎重に歩を進め、目的の部屋に到着した。
  部屋の扉は開いていたが、あいつの姿は見えなかった。
  扉の横にできた空間に一度身を隠し、チャンスを窺う。

  いつのまにか辺りは静寂に支配されていた。
  その中で私は、妄想に取り憑かれそうになっていた。
  持つ筈のない質量を増大させ続けた静寂が、
  全ての存在を重力の井戸に飲み込んでしまうのよ。


  私、加持さん、ヒカリ、シンジ、ミサト、ファースト、私の弐号機、
  私の好きなもの、嫌いなもの、
  忘れたくないこと、忘れてしまいたいこと……全て!


  けれど、「どくん、どくん」と高鳴る心臓の鼓動と、腕時計が時を刻む音、
  そしてジェリコを握る感触が、辛うじて私を現実世界に繋ぎとめる。

  荒い呼吸を整えながら、私は私に言い聞かせる。
  ワナかも知れない。けど、もう後戻りはできないわ。

 「3つ数えたら、突入。
   ―――アスカ、行くわよ」

  アイン  ツヴァイ  ドライ
 「1……2………3!!」

  私は、身をひるがえして部屋に突入する。

   グシャ

  イヤ〜んな感触が足の裏から脳天へ、光速で突き抜けて行った。
  …何かが…足の下で、潰れたわ……

  私は、恐る恐る右足をどかして見る。
  栄養が良すぎたのか? それとも突然変異だったのか?

  それは……体長15センチにも達する、
  巨大な茶バネゴキブリだった!
  私は、あいつを「素足で」踏み潰してしまったのよ!!


 「ひ……い、いや……嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜っ!!


  こうして、私とあいつの死闘はあっけなく幕を降ろした。

  あ、気が遠くなって行く。

  BB弾が散乱する床に倒れながら、
  薄れていく意識の中で、私は考えていた。


  「あした……

    シン……ジ……に

     バルサン・レッド……、焚いて…………もらわなきゃ…………」




――おわり――




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