少女アスカ

いもちん





「寝てしまったみたいね」
「・・・・ん?‥‥ああ、アスカか」
「この子、貴方の背中が好きみたい」
「はは‥‥。父親の好かれるモノなんてそれしかないだろ?それが今の私に
有るだけマシだよ‥‥」
「そんな事言っちゃって、顔が緩んでいますよ」
「そうかい?」
「ええ、そうですよ。鏡で見せてあげたいくらいです」
「ははは、こりゃまいった」
「ふふ。この子、この間の朝食の時にね――」

『あのね、あのね、ママ。あたしね、パパのおっきなおせなかがすきなの。
うんときもちがよくて、あったかくて、えっとぉ‥‥すき!』

「――ですって」
「そりゃ光栄だな。アスカは生まれたときから僕に懐かないと思っていたか
らね」
「そんなことありませんよ。現に今日の遊園地だって貴方の後ろを一生懸命
付いて廻ったでしょ?」
「‥‥‥そうだったな。その時ばかりは子供がこんなに可愛いと思ったこと
はなかったよ‥‥」
「もう。なに黄昏ちゃって‥‥どうしたのよ」
「‥‥‥」
「あなた?」
「‥‥‥」
「どうし―――まさか‥‥」
「ああ。マルドゥック機関からの報告―――アスカに決定されたらしい」
「そんな―――」
「私だって信じたくないさ、だがこれは上層部の決定――」
「アスカをあんな訳の分からない計画に使うつもり!?」
「‥‥そう言っても君も担当している事だろう?」
「けど!」
「アスカがやらなきゃ他の誰かがやらなきゃならない。そしてそれが上手く
行くとは限らない‥‥」
「‥‥‥」
「君は自分の娘さえ良ければ、他の子供、親の気持ちはどうでもいいと思っ
ているのか?」
「‥‥‥」
「私だって何度も言い合ったさ!アスカと君を連れ出してどこかに逃げよう
とも考えた!だがそれでどうなる!?」

「‥‥‥」
「‥‥すまない‥‥怒鳴ったりして‥‥」
「ううん」
「‥‥わかってくれ‥‥」
「‥‥わかったわ」
「‥‥いいのか?本当に」
「ええ。その代わり、アスカに危険が降り掛からないように、私達が全力を
持ってバックアップしましょう」
「‥‥そうだな‥‥それが一番だ‥‥」
「ええ‥‥」


「ママぁ‥‥パパぁ‥‥」
「!」
「‥‥大丈夫、寝言らしい」
「‥‥そう」
「‥‥‥」
「‥‥アスカと一緒に暮らせるのも後僅かね‥‥」
「‥‥そうだな‥‥今の内にこの温もりを感じ取っておくか‥‥」
「‥‥‥」






「パパぁ‥‥ママぁ‥‥」









「アスカ‥‥?泣いてるの‥‥?」
 僕は背中の人物に問いかけた。
「ばか‥‥泣いてなんかいないわよ‥‥」
 だが僕の背を濡らしていく滴が事を物語っていた。

 夕暮れの坂道。
 足を挫いたアスカを僕が背負って家に向かう途中の出来事。
 小さく呟くその声にいつもの覇気が無く、ただ僕の背中で小さくなって
いた。

「怪我さえしなきゃ、あんたなんかに背負って‥‥」
 そこまで言うとアスカ黙ってしまった。
 僕もそれ以上話しかけずにいた。
 ただ、濡れていく背中に対しアスカのぬくもりがとても温かかった。

「大きな背中‥‥」
 また、アスカがぽつりと呟いた。
「‥‥ア、アスカ」
 少女は答えない。
「あ、あの‥その‥‥」
「何よ‥‥」
「‥‥ぼ、僕の背中で良かったら何時でも泣いていいから」
「‥‥‥」
「アスカが元気になるなら、僕は黙って待っているから‥‥」
「‥‥ばか」
「え?」
「あんた馬鹿ぁ〜!?なんであたしが泣かなきゃいけないのよ!冗談も顔だ
けにしなさいよっ!」

 その台詞に僕は立ち止まり、呆れ返りながら僕の背中に凭れているアスカ
の顔を覗こうとした。

 だけど僕の首はアスカの両手によって回転を止められる。

 そして動かすことが出来なくなった僕の顔に―――頬に僅かな温もりを感
じた後、僕の耳に囁くように甘い吐息が入り込んできた。



「‥‥ありがと‥‥シンジ‥‥」




fin




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