「かぜひきシンちゃん」

Junchoon


 

零号機は失われ、弐号機はレイに全く反応しない。 しかも、アスカもいまだ

帰って来ない。 そんな中、レイの初号機とのシンクロテストは繰り返されて

いた。 始めは神経接続までしかうまくいかなかったが、回を重ねるうちに、

どういうわけか起動こそできないものの、シンクロ率は既に60%に達してい

た。 この日も、またシンクロ試験。 いつもなら必ず試験に立ち会うシンジ

は、この日に限って姿を見せなかった。

 

 「も〜、なによ、これぇ。 マヤぁ、ちょっち、おかしくな〜い?」

 「シンクロ率は平均60%で安定していますし、ハーモニクスも全て正常値

  です。 他にも、おかしなデータは何もないんですけど...」

 

ぐるるるるるる、と、唸り声をあげる初号機。 しかし、動き出す気配は全く

なし。 SS機関にも、何の反応もなかった。

 

 「こんな時に限って、司令も副司令も先輩もいないなんて...」

 「そうね〜。 ま、いない人の事をとやかく言っても仕方ないんだけどね」

 「実験、中止した方がいいと思いますけど...」

 「専門家の判断を信じるわ。 実験中止。 レイ、上がっていいわ...とい

  っても、あたしはまだまだ仕事が山積みなのよね、こんな時に限って。」

 「何か、あったんですか?」

 「ん〜、シンジ君が、ちょっち、ね...」

 「そういえば、今日シンジ君見ませんね。 レイの番の時も、欠かさず立ち

  会ってたのに」

 「それがね〜、ちょっちたちの悪いかぜを拾っちゃったみたいなのよ。 さ

  すがに、40℃も熱出しちゃったら動けないわよ」

 「え? 大変。 じゃあ、今シンジ君一人で寝てるんですか?(カンビョウシテ

  アゲタイナ)

 「そうなのよ〜。 こういう時、ペンペンじゃどうにもできないしね〜。

  アスカもいないし...。 日向君にもちょっち別件頼んじゃってるから呼

  べないし、マヤも、無理でしょ?」

 「えぇ...。 今回のデータ解析もありますし。 徹夜ですよ、今夜は。」

 「あたしもなのよね〜。 ま、とりあえず、ドクターに注射は射ってもら

  ったんだけど、飲み薬は飲ませられる状態じゃないし。 あ、そうだ、

  レイ!」

 「はい」

 「わるいんだけど、シンジ君の様子見てやってくれる? ちょっち熱出し

  ちゃっててね。 ここに来るまではあたしが見てたんだけど、今夜は帰

  れそうにないのよ。 他に頼めそうな人は全滅だし、お願いできる?」

 「わかりました」

 「まぁ、シンジ君はあんな状態だから大丈夫とは思うけど、あれでも男の

  子だから、間違いの無いように気をつけてね。」

 「問題ありません」

 

こころなしか、レイの頬が、朱く染まっているようにみえた。

 

 「...そう。 じゃ、お願いね。 これ、部屋の鍵。 食べるものとか、シ

  ンちゃんが買い置きしてるのがあるから、多分大丈夫だと思うけど」

 

いつのまにか、初号機の唸りは止んでいた。 そして。 この日に限ってレ

イが実験終了後もインターフェースを着けたままでいた事には、だれも気付

いていなかった。

 

 

葛城家。 レイがドアを開ける。

 

 「クァ?」

 「葛城3佐なら、今夜は帰って来ないわ」

 「クゥ〜」

 

ペンペンは、そのまま自室(笑)に引っ込んでしまう。 それにしても。

さすがのレイも、部屋の惨状にかすかに眉をひそめた。 ビールやコーヒー

の空き缶。 空袋に紙屑、洗濯物。 一日シンジが寝込んだだけで、よくも

まぁ、というくらい、見事な腐海を作り出していた。 それに。 まるで泥

棒でも入ったかのように、片っ端から引出が開けっ放しで放置されていた。

レイの自室でさえ、これに比べれば片付いている。 それはとりあえず無視

して、レイはシンジの部屋に向かう。

 

 「...碇君、入るわね」

 

返事はない。 部屋に入ると、シンジは、いかにも苦しげだった。 寝息が

荒い。 と、ここまで来て、レイは重大な事に気付いた。 いてもたっても

いられずに来てしまったが、かぜをひいた人の看病などしたことが無いし、

かぜをひいて看病された記憶もなかった。 ...怪我の処置なら分かるのに。

 

仕方ないから、様子を見ながら考える事にする。 すごい汗。

 

 ...熱は、まだ下がらないのかしら?

 

 レイは、きれいなタオルを見つけると、シンジの汗を拭いてやる。 おで

こをくっつけて、熱を見る。 まだ熱い。 薬が、あんまり効いてないの?

寝間着も、汗でべったりしている。

 

着替えさせないと。 でも、ない。 みんな、部屋中に散らばっている。

これは、間違いなく、葛城3佐。 汗で濡れる度に着替えさせて、そのまま

にしてる。

 

仕方ないから、後で洗おう。 タオルも、もうあまり残ってない。 洗わな

いと。 でも、乾くかしら? 乾燥機は、ない。 それに、碇君の唇に付い

た口紅は何? ちょっと、嫌。 なぜ? とりあえず、拭き取ってあげる。

 

唇がかさかさ。 あれだけ汗をかいてるんだから、何か飲ませてあげないと。

レイは、楽飲みをさがす。 ない。 仕方なく、コップで水を持ってくる。

 

 「碇君、お水。 飲める?」

 

前後不覚のシンジは答えない。 コップから飲ませようとしても、意識が無

いのでうまくいかず、口元にあてがったタオルを濡らすだけ。 レイは、数

瞬の間シンジの顔を見つめると、意を決して口に水を含む。 頬が熱い。

でも。 構わず、唇を重ね、口移しに水を飲ませる。 飲んだ!

 

とりあえずは、コップ1杯。 シンジがむせないよう、少しずつ、何度にも

分けて飲ませる。 胸が、ドキドキしていた。

 

 「そうか...葛城3佐もこうやって...そうだったのね、あの口紅」

 

家事万端まるで駄目なりに一生懸命なミサトの姿が目に浮かんで。 レイは、

初めて、ミサトを身近に感じた。 自然に、微笑みが浮かぶ。

 

 

        *        *        *

 

 

お洗濯したり、シンジの汗を拭いたり、頭のタオルが暖まる毎に冷たい水で

冷やしたり。 そうしているうちに、もうすぐ朝。 シンジの寝息も、しば

らく前から落ち着いている。 そんなシンジの寝顔を飽きもせずに眺めてい

る自分がいる。 レイは、そんな自分にちょっぴり驚いた。 でも、気分は

悪くない。 疲れているはずなのに、疲れた気がしない。

 

唐突に、浮かぶ想い。 碇君と一つになりたい...私じゃない、私の想い。

ホントにそう? レイは自分に問いかける。 違う。 これは、私の想い。

碇君を護って死んだのは、私。 でも、生きている、私。 どっちも、間違

いなく、私。 やっと繋がった、想い。 無数の「綾波レイ」。 でも、魂

はひとつだけ。 やっと、納得した。 代りなんかじゃない、私は私。 た

とえ、体は変わっても、想いは変わらない。 レイは、再び唇を重ねる。

今度は、水を飲ませるためでなく。 溢れ出る、想いを注ぐために...。

 

ベッドサイドで、いつのまにか眠っていたレイ。 目を覚ますと、シンジの

寝息は穏やかになっていた。 熱も、大分下がったみたい。 それに、そろ

そろ、いいタイミング。 朝食の準備にかかろう。 ご飯は昨日のがまだあ

ったけど、シンジ用にお粥の準備。 あとは、味噌汁。 おなかに優しく、

具は豆腐とワカメだけ。 お味噌は、赤出しがあった。 このあたりは、ホ

ントは白味噌のはずだけど。 鰹と昆布で出汁を取る。 この配合がポイン

ト。 味噌は、すり味噌だったから、そのまま使える。 丁寧に、出汁に溶

かし込んで。 あとは、具を入れてひと煮立ちで完成。 続きは、シンジが

起きてから。

 

シンジの部屋に戻ると、丁度目を覚ますところだった。

 

 「おはよう、気分はどう?」

 「う...ん、母...さん?」

 

シンジは、まだ意識がはっきりしないよう。 レイは、不思議な幸福感を感

じる。 これは、オリジナルの想い? きっと、そう。 私とは違う愛し方。

でも、受け入れられる。 レイは、そっとシンジの頭に触れると、優しく愛

撫した。 自然に、笑みがこぼれる。 シンジも、少し意識がはっきりとし

てきた。

 

 「...え?! あ、綾波?!」

 

あわてて跳ね起きるシンジ。 でも、体力が消耗しているのでふらついてし

まう。 すかさず、レイが抱きとめた。 両頬に、レイの双丘を感じて、ど

ぎまぎしてしまうシンジ。

 

 「あ! ご、ごめん!」

 

シンジは、慌てて離れようとするが、レイは離さなかった。 ますます強く

抱きしめる。

 

 「暴れちゃ駄目。 あれだけ熱を出したんだもの、倒れてしまうわ」

 「う、うん...。 あの、綾波...もしかして、ずっとついててくれたの?」

 「夜から。 夕方までは、葛城3佐が」

 「ミサトさんが?!」

 

不吉な予感に、思わず部屋の様子を見ようともがくシンジ。

 

 「じっとして。 大丈夫、洗濯物は洗って干しておいたし、ゴミは捨てて

  おいたから」

 

そういうと、レイは、ちょっと名残り惜しそうに身を離す。 シンジの視界

に、部屋の様子が飛び込んでくる。 整然と干された洗濯物。 ゴミ一つ無

い、床。 見事。

 

 「あ、ありがとう。 でもさ、綾波、これだけできるんなら、自分の部屋

  もやればいいのに」

 「必要無いもの。 私ひとりだし」

 「でも、キレイなほうが居心地いいと思うよ」

 「うん、わかった。 これからは、そうするわ。 さ、熱、測って」

 

レイは、辛うじてあった体温計を差し出す。 程なくして、測定終了。 レ

イは、シンジが見るより早く体温計をとる。 ほとんど微熱程度。 起きよ

うと思えば起きられる程度だけれど。

 

 「...まだちょっと熱があるわね。 今日は、寝ていた方がいいわ」

 

ちょっぴり、嘘つき。 もっと、一緒に居たくて。

 

 「うん...。 ね、綾波、悪いけど、水、くれるかな? 喉渇いちゃって」

 

レイは、黙ってうなずくと、コップに新しく水を汲んでくる。 そのまま、

ごく自然に、あたりまえのように。 レイは、水を口に含むと、口移しで飲

ませる。 一晩の間、何度となくやってきて、当たり前になってしまった動

作。 その自然さに、初めは何が起こったか理解できなかったシンジ。 無

意識に水を飲み下して。 ハッと気がついて、真っ赤に染まる。 そんなシ

ンジを、けげんな表情で見つめるレイ。 でも。 ハタと気がついて、真っ

赤になってしまった。

 

 「ごめんなさい、つい...」

 「あの、もしかして、夜の間もこうやって、水、飲ませてくれてたの?」

 

黙って、コクリとうなずくレイ。 シンジは、ますます真っ赤に染まった。

 

 「その...あ、ありがとう、綾波」

 「いいの...。 一晩、一緒にいられて嬉しかったし。 それに。 唇だけ

  でも、碇君とひとつになれたから...」

 

最後の方は、消え入りそうな声。 でも、シンジには、はっきり届いた。

 

 「あの...わがまま言っていいかな?」

 「何?」

 「あのさ、その水...残りもさ、さっきみたいに飲ませてくれる?」

 

真っ赤なシンジ。 照れたように、あさっての方を向いている。 そんなシ

ンジを、かわいいと思って。 レイは、黙って頷いた。 極上の、微笑みが

浮かんだ。

 

 

とりあえず、落ち着いてから。 二人同時に、おなかが鳴った。 どちらか

らともなく、笑いがこぼれる。

 

 「お粥と味噌汁、作ってあるの。 食べられる?」 

 「うん、食べる! たぶん、お粥なら大丈夫だと思うし。」

 「よかった。 食欲が出てくれば、もう大丈夫ね」

 

そういうと、レイはキッチンへ。 お粥を暖め、味噌汁の仕上げをする。

一緒に、冷やご飯をレンジで暖める。 お粥とご飯、味噌汁が二つ。 二人

分の朝食を持って、レイはシンジの部屋へ。

 

 「はい、熱いから気をつけてね」

 「うん、ありがとう、頂きます!」

 

味噌汁はばっちり。 お粥は、どうかな? レイは、ちらりとシンジを見る。

 

 「おいしい! 綾波、料理上手なんだね。 それに...なんか、懐かしい

  感じがする...」

 

不意に、シンジの頬に、一筋の涙がつたう。 自分でも何故だか分からずに、

とまどっているよう。 そんなシンジの姿に、レイは、ふっと、優しい笑み

を浮かべた。 そして。 口には出さず、心の中だけでつぶやく。 頭に着

けたままの、インターフェースに向けて。

 

だって、直伝だものね...。

 

ネルフ本部ケージで、一瞬だけ、初号機が反応した。

 

 

         ----- かぜひきシンちゃん Fin.-----

 

 



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