【新世界エヴァンゲリオン】

<教室>

「シンジ君。お願いがあるんだ。聞いてくれるかい?」

使徒及びゼーレとの辛い戦いを乗り越え、ようやく手に入れた平和な日常を満喫していた人々は渚カヲルのこの一言で、再び人と使徒との戦いの火蓋が落とされた事を知った。

・・・・・・今回は多分に局地的かつ個人的な戦いではあったが。

 

「屋上までつきあってくれないかい? 二人っきりで話したい事があるんだ」

渚カヲルの言葉に、硬直化する一同。

『・・・・・カ、カヲル君。どうして君はいつも誤解されるような話し方をするんだ!

『いけないわ、アスカ。 どんな理由があっても殺人は犯罪よ。』

『くぅー。 渚。短い付き合いだったが、ワレの事は忘れへんでぇ。』

『折角雨が上がったっていうのに、今度は血の雨か。カメラ、カメラ。』

『懲りない馬鹿ね。 いいわ、アスカ、やっちゃいなさい!』

『愛しい人をかけて戦う男女。これこそロマンなんですねぇ。 あぁ、生きてて良かった。』

バキッ。

各々の好き勝手な感想を余所にアスカの手の中で粉々に砕け散るご愛用のお箸。

クラスの全員がこの後に始まる血の惨劇を確信した。

「シンジ」

「は、はい。」

思わず、背筋を伸ばして返事をしてしまうシンジ。

長年の反復効果の効果が悲しいほどに現れている。

「とっとと行って、ちゃっちゃとすましてきなさい。 その間お箸借りるわよ」

その返答は地の底から響くような声ではあるが、カヲルの命日を告げるものではない。

いつものアスカであれば言葉と同時に紅き閃光となって使徒殲滅を敢行している所だ。

「ア、アスカ?」

ヒカリの疑問の声は、周囲全ての人間の疑問を代弁したものと言えるだろう。

「フフッ。」

ただ一人、笑いをこらえる人物を除いては……。

「渚! 何がおかしいのよ!」

ドガンっと机を叩いて立ち上がるアスカに動じること無くカヲルは微笑ってみせた。

「君は本当にシンジ君を愛しているんだね。」

一瞬にして全身を激怒の赤から別種の赤に染め替えるアスカ。

「本来、決して分かり合うはずの無いリリンがお互いをこれほどまでに思いあえるなんて、

愛は奇跡に満ちているね」

【第X話 竜虎】

<屋上>

「雨上がりの空気はいいね。 心身を心地よく引き締めてくれる。そうは思わないかい、シンジ君」

雨が上がったとはいえ、あちこちに水溜まりが出来ている屋上でお昼を取りたがる奇特な人間もいないらしく、周囲には二人のもの以外人影はない。

「そうだね。 それで話って何?」

いつもより、ほんの僅かだけそっけないシンジの返答。

先ほどのアスカの態度の理由をカヲルだけが理解し、自分に理解できない事が気に入らないらしい。

・・・・・・・そんなガラスのように繊細な心は変わってないね。

シンジの態度に微かに微笑ってカヲルは本題に入る。

「シンジ君。 何が話したいんだい?」

一瞬、虚を衝かれるシンジ。

「カヲル君から話があるって誘ったんだよ」

「僕に聞いて欲しいことがあるんだろ」

シンジの反論にも自分のペースを変えないカヲル。

そんなカヲルに数瞬戸惑い、肩をすくめてシンジは答える。

「やっぱり、カヲル君には敵わないね。どこまで知ってるの?」

開き直ったのか、シンジの声にためらいの響きはない。

「実はね、何も知らないんだ」

カヲルはあっさり自らの無知を白状すると、いつもの微笑をみせる。

「ただ、シンジ君が誰にも気づかれない様に物思いに沈んでいる事は知っているよ」

「本当にカヲル君には敵わないね。 誰にも気づかれていないと思ってたのに・・・・・・」

「惣流さんも気づいてるよ。だから今回は僕に譲ってくれたのさ」

 

「時々、不安になる。」

手すりによりかかり、自分の両手を見下ろしながらシンジがつぶやく。

カヲルは青空を見上げたまま、聞いているそぶりすら見せない。

「僕は最高のシンクロ率を誇るエヴァンゲリオンのパイロットだ。

そして、いずれ必ずNERVの総司令になる。」

淡々と言葉を紡ぐシンジ。

「その事に迷いはない。僕は自分と守りたい人のために道を選んだ。」

ゆっくりと握り締められる右手。

「だけど、この世界でのエヴァンゲリオンの力は圧倒的で、NERVの権力は絶大だ。

個人の持つ力を超えている。」

左手を使って強ばった右手を開く。

「もちろん、僕は絶対に私利私欲の為に力を使わないし、平和の為に役立てるつもりだ」

硬く握り締められ血の気の引いていた右手にゆっくりと赤味がさす。

「でも、万一、僕が道を誤ったら、僕は世界を滅ぼすことが出来るんだ」

空を見上げていたカヲルが視線をシンジの背中に向けた。

「もしそうなってもアスカやミサトさんがきっと僕を止めてくれる。それは信じてる」

「でも、その時僕は止まれるだろうか。今までの独裁者達と同じ道を選ばないと断言できるだろうか。」

「独裁者と呼ばれた人達も、理想があり、支えてくれる人もいたはずなのに・・・・・・」

シンジの独白は続く。

「何か問題があって悩んでる訳じゃない。自分に出来る事を、自分にしか出来ない事を

するしかない事は分かってる。 ただ、訳も無く不安なだけなんだ」

 

シンジがそれを避けられたのは正に訓練で培われた直感によるものだ。

自分自身の行動すら理解する前に、真横に身を投げ出したシンジが見たものはその強力な

蹴りの威力にいっそコミカルなほどに折れ曲がった鋼鉄の柵だった。

・・・・・・スピード、パワー、タイミング。 全て僕の蹴りと同等、いや、僕より上か?

とっさに状況を理解できず、心の内でどこか的外れな批評をするシンジ。

蹴り足をゆっくりと戻しながらカヲルは問い掛ける。

「僕を誰だと思っているんだい?」

いつもの微笑をうかべて、ゆっくりとシンジに歩み寄るカヲル。

・・・・・・加地さんの、僕の歩き方に似てる。

重心を落とし、上半身を揺らさない、無造作の様でその実隙の無い歩行術。

効率よく何かを破壊する技を身につけた人間、戦士の歩き方。

「君と同じ仕組まれた子供、フィフスチルドレン」

抑揚の無い言葉と共に繰り出されたカヲルの前蹴りを十字受けで防御しようとするシンジ。

・・・・・・駄目だ。受ければガードごと弾き飛ばされる。

シンジはとっさに上半身をそらしてカヲルの蹴りをかわす。

その瞬間蹴り上げられた足が、慣性に逆らって急降下する。

・・・カカト落し! 前へ!

カヲルの踵がシンジの肩を叩き、シンジがカウンターで出した掌底がカヲルの頬をかすめ、カヲルの白い頬に紅い血がつたう。

「ご、ごめん。だ、だけど、カヲル君。何を・・・」

戸惑うシンジの問いに沈黙で答え、カヲルは左手の甲で頬を流れる血を拭う。

「そして、リリスの子たる君たちの敵」

カヲルは左右に軽く体を振ってフェイントを混ぜつつシンジに向かって走り出す。

そのカヲルの瞳を見た瞬間、シンジの表情が鋭く引き締まる。

感情の揺らぎの無い、硬く冷たい意志を込めた瞳。

カヲルの突き刺すような気配『殺気』に反応してシンジの拳がまっすぐ突き出される。

しかし、自らの正面にシンジの拳が迫ってくるのを見たカヲルは薄く微笑って目を閉じた。

・・・・・・こんな時に目を閉じるなんて! このままじゃ大怪我をさせる事になる!

シンジはとっさに自分の拳の軌道を無理矢理脇にそらす。

「アダムの子たる最後の使者」

拳がそれた瞬間、目を見開いたカヲルはそのままシンジの腹部に膝蹴りを叩き込む。

人間ばなれした反射神経で、自分とカヲルの蹴り足の間に左手を挟むシンジ。

ガード越しでも軽く浮かされたシンジに、カヲルの空中での容赦無い2撃目が襲い掛かる。

「第17使徒 ダブリス」

わざと左肩で受け、打点をずらす事でダメージを押さえる。

・・・・・・ぐっ。

それでも硬いコンクリートの床に叩き付けられた衝撃は大きく、立ち上がれないシンジ。

その時、シンジの前にカヲルの白い手が差し出される。

「そして、君の親友。 渚カヲルさ」

 

NEON WORLD EVANGELION

Episode X:Best Friend 

「僕の中にはダブリスの魂が眠っている。望めは再び使徒になる事も出来る」

カヲルは倒れたシンジを右手一本で引き起こす。

「でも、恐れてはいないよ」

「僕が世界を滅ぼす時、必ず君は僕を殺してくれる。あの時の様にね」

小さく震え、自分の手を振りほどこうとするシンジの手をカヲルは力強く握り締める。

「後悔の必要はないよ。むしろ誇って欲しい。」

「あれは君が僕を真正面から受け止めてくれた証なのだから」

「だから、シンジ君も怖がる事はないんだ」

「僕が君を殺す」

「僕はシンジ君を裏切らない」

「君が君自身を裏切ってもね」

・・・・・・そうか、だから僕はカヲル君に話したかったんだ。

シンジの心が深い安堵のぬくもりに包まれる。

優しすぎるアスカに僕は殺せない。

けれど、カヲル君なら、その知と力と魂をかけて必ず僕を止めてくれる。

カヲル君がいてくれる。

魂の伴侶たるアスカですら来れないこの場所で、孤独ではないというこの歓び。

「ありがとう、カヲル君」

シンジはカヲルの手を握り返した。

カヲルの白魚のように白く細いその手は、しかし不思議なほどに大きく暖かかった。

 

「でも、カヲル君。戦いの最中に目を閉じるなんてめちゃくちゃだよ。

もしも僕が拳をそらす事が出来なかったらどうする気だったの?」

「シンジ君を信じていたからね。不安はないよ」

事も無げに語るカヲルの態度は、天気の話でもしている様に屈託が無い。

「はぁ。 あ、それとカヲル君に格闘が出来るなんて知らなかったよ。誰に習ったの?」

「この前、一度シンジ君と加持さんの組み手を見学させてもらった時にね」

「えっ? じゃあ、加地さんに? これだけの腕なんだから、ずいぶん特訓したんだね」

「いや、シンジ君の動きを見て覚えただけさ。 使ったのは今日が始めてだよ」

・・・・・・僕は2年間死ぬ思いで特訓したのに。 天才なんて嫌いだ。

 

「シンジ!! いつまでアタシを待たせるのよ!

ついに待ちきれなかったのか、アスカが屋上に駆け上がってきた。

「ごめん、アスカ。 待たせた事も心配かけた事も」

アスカに向き直ると、その視線を正面から受け止める。

「ありがとう」

この所見れなかったシンジの極上の微笑に思わず見とれるアスカ。

・・・・・・よかった。 いつものシンジだ。

「い、いいのよ、そんな事。 あ、あんた、血出てんじゃない。」

「あ、さっき唇切ってたのか。 大丈夫、たいした事無いよ」

「なんで怪我なんて・・・。 渚! あんた、シンジを襲ったわね!」

「否定はしないけれど、真実の全てではないね。 言葉とは不自由なものだね」

「問答無用!」

アスカの回し蹴りが容赦なくカヲルのこめかみに炸裂する。

「カ、カヲル君」

ボロ雑きんのように宙を飛び、壁に叩き付けられるカヲル。

「カヲル君。どうして避けないの? さっきのスピードなら簡単でしょ?」

「言わなかったかい。僕は君の動きを見たんだ。 君にも彼女の蹴りは避けられないだろ」

青空に笑い声が響く。

−チルドレンのお部屋 出張編−

アスカ「なによこの“出張編”ってのは?」

シンジ「ああそれはねアスカ、でみさんが新世界の外伝を書いてくれたお礼に僕たちの部屋をって作者が…」

レイ 「この場合の作者というのは神崎悠のこと…」

アスカ「ああ、あの作品ね。そこの大ぼけがやたらめったら目立ってる」

カヲル「敵意に値するよ、嫌いってことさ。…そんなところかい惣流さん?」

アスカ「フン!」

シンジ「まぁまぁ」(あたふた)

トウジ「相変わらずやな。それで作品はどうなったんや?」

シンジ「作者もいろいろと注文をつけそうになってね。自分の作品が好きなのはいいけど人の作品にあれこれ口出すのもっていうことで…」

レイ 「…でも何カ所か変更を要請したわ」(ぼそりと冷たい声)

シンジ「まぁまぁ」(あたふた)

カヲル「ふふ。僕とシンジ君の間を妨げる物は何もないってことさ…はぅっ!!」

アスカ「脈略もなく勝手なこと言ってんじゃないわよ!!」

シンジ「ス、スカートで回し蹴りはよした方がいいよアスカ」

レイ 「そうね」鈍い音を立ててレイが手にしたプログレッシブナイフが振動を開始する。

トウジ「…いつにもまして機嫌が悪そうやな?」

シンジ「まぁ話の都合上仕方がないとはいえ綾波の出番はなかったからね」

アスカ「おまけにシンジを流血させたしね!!」同じくナイフを構える。

トウジ「渚…成仏せえや」

カヲル「ふ、ふふ、鈴原君、僕は仏教徒じゃ…!?」

(阿鼻叫喚絵図が展開される)

トウジ「…でみはんは渚を気に入っとるんやろ?ええんかこんなんで?」

シンジ「…話が話だからね。こうなるのが普通だと思うよ。でみさんどうもありがとうございました。よかったらまた書いて下さい」

(あえて惨劇は無視するシンジ)

トウジ「…ま、ええか」

おわり

−あとがき、あるいはご挨拶−

はじめまして、神崎さん および、新世界エヴァンゲリオンファンの皆様。

でみです。

シリーズ完結おめでとうございます。

毎週、毎週大変楽しませていただきました。

個人的にはカヲル君が良い味だしてて嬉しかったです。

今回、ファンレター代わりに外伝を送らせて頂きました。

少しでも私が神崎さんのこの世界を好きでいる事が分かって頂けたら、と思います。

コンセプトは「同性の友達もいいよね」です。男同士でしか分からない事だってあります。

次回作も楽しみにしていますので、頑張ってください。

Bar Childrenにカヲル君でないかな?』 カヲル君作家 でみ でした。

PS.外伝のコメントに『チルドレンの部屋』が欲しいな、とかいってみたところ、

神崎さんが快く書いてくださいました。 感謝です。

あまりに嬉しかったんで、おもわずまた書こうかと思ってしまいました。




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