【エヴァンゲリオン幻戦記】

 

 

 

これまでのあらすじっ!!

みんなひさしぶりっ。いつの間にやら年も変わって来年はあたしたちの新世紀。てことはもうすぐセカンドインパクト、あんたたちともさよならね。…え、なに?とっとと用件に入れ?しょうがないわね。

惣流アスカラングレー(つまりこのアタシ)を探して旅する碇シンジと連れの綾波レイ。だがアスカを探しているのは二人だけではなかった。シンジとレイが融合した結果出現する第三の存在エヴァンゲリオンもまたアスカを探していた。

ゲリラの一部隊のリーダー葛城ミサトと巡り会ったシンジは、ミサトの旧知の傭兵加持リョウジや情報屋の霧島マナなどと協力して関東地区一帯でゼーレにさらわれた人々が収容された横浜基地を攻略する。しかし、そこにもアスカはいなかった。

かくて、二人(あるいは三人)はミサト達と別れて再びアスカを探す旅に戻るのであった。

以上、おしまいっ。

 

 

 

 

 

 

石や岩に乗り上げるたびに荷台がガタガタと揺れる。決して乗心地がいいとは言えない。だけど、どことなく電車に乗っているようなその振動はどこかあの街を思い起こさせてシンジを不思議な気持ちにさせる。

(?)

左肩にかかる重さに気づくシンジ。視線を向けると暗がりの中に水色の髪と白い肌が浮かび上がる。さっきまでは彼女の方が起きていてシンジの方が寝ていたのだがいつのまにか逆転したらしい。

「綾な…」

起こそうとしてシンジは思いとどまった。もともと体が丈夫でないレイにはこの旅は厳しい。休める時には休ませてあげるべきだろう。それに…

(なんだか柔らかくて暖かいや)

…あんた。

 

 

 

 

【第五幕 森】

 

 

 

「松代…か」

当座の目的地の名前を呟くシンジ。それなりになじみのある名前ね。といってもこの世界では知る者は限られており、場所もシンジの知る松代とは違うんだろうけど。

『あたしの知り合いがそこにいるの。かなりの情報通だから行ってみる価値はあると思うわよ』

そう言った葛城ミサトと本来の葛城ミサトはあくまで別人だ。シンジにいくばくかの好意と大量の興味を持っているようだけど、あくまで利害を追求した上での提案だろう。

(…まあそれはそれで別にいいんだけど)

かくてミサトの紹介状をもって松代の近くを通る乗合トラックに二人は乗り込んだわけ。

 

 

 

二人とその他の乗客…難民しかり傭兵しかり…を乗せたトラックが予定外の時間に停車した。何事かと騒ぐ乗客。

「どうかしたのかな?」

「…様子を見ましょう」

そこへ運転席から声がかかった。なんでもこの先で人形がうろついている気配があるらしく、しばらくここで様子見だという。

客達はちょうどいい休憩だとばかりにわらわらと外へ出ていく。

シンジも立ち上がるとレイに言った。

「僕もちょっと外の空気を吸ってくるよ。綾波はどうする?」

「ここにいるわ」

「わかった。じゃすぐにもどってくるよ」

 

 

外に出るとシンジは背伸びした。昔なら苦にならなかっただろうけど背が伸びた今のシンジにとって狭い荷台での旅はどうにも窮屈だった。とはいえ雨風がしのげ歩かずに長距離を稼げるというのはありがたいものね。料金も良心的だったし。

「?」

ふと気づくと少し離れたところで騒ぎが起きていた。

 

 

「結構です!」

「まぁまぁそう言うなって。女の子の一人旅は物騒だぜ」

髪の長い少女に髭面の男がからんでいるといった所だ。

少女はシンジと同世代だろうか服装からしてレイと同じように一件では女性とわからないようにしていたようだけど…

「なるほど」

少女の足元に帽子が落ちている。おそらく髪は帽子の中に隠していたのだろうが風で帽子が飛んだかどうかして女性であることがばれたのね。

「それにしても…やっぱり彼女だよな」

記憶にある姿とはやや外見が異なるが順当に成長すればこうなるということなのだろう。

(…でも、マナみたいなケースもあるしなぁ)

「連れならちゃんといますから!」

少女はそうきっぱり言い切ると帽子を拾い歩き出す。なぜかまっすぐシンジの方に。

「………」

そのまま当然のようにシンジの隣まで来ると地面に座った。

なにやら視線を感じたシンジが見てみると髭面のおっさんがシンジを見ていた。

「はは」

愛想笑いをして少女の隣に座るシンジ。墓穴を掘ったような気もするわね。

「あの…」

「嘘はついていません。松代に行かれるんでしょう?」

「え?」

「私も松代に行くんです」

「ふぅん」

シンジの返事に不思議そうな顔をする少女。

「…驚かないんですね?」

「え、驚いているよ。なんで僕達の行き先を知っているんだろうかとか、そもそもどうして松代のことを知っているんだろうかとか」

「あなたたちの隣に座っていたからです。お連れの人も私と同じでしょう?そばの方が落ち着くものですから」

「なるほど」

単に話を聞いていたんだろうということくらいはわかっていた。おそらくは同じ所へ向かっているのではないだろうかという気もしていた。だからシンジは驚かなかった。たぶん、これは必然なのだろう。

「僕の名前は碇シンジ。君は?」

「…山岸マユミです」

 

 

 

マユミは関東のある集落で父親と暮らしていたがゼーレの襲撃を受けて集落は壊滅。父親も死んだ。ただ、父親は生前、松代という集落とその近くにあるバンクのある情報を持っていてマユミに教えていたらしい。なにかあったら松代へ行け、と。

「ということで彼女も一緒に行くことになったんだ」

「…そう、よかったわね」

「まぁ旅は道連れというしね」

「………」

(…気に触るようなことでもしたかしら?)

そんなことを思いつつ二人の会話を聞いているマユミ。これで正常な会話だとは思っていないらしい。…まぁ普通そうよね。

「どうも山岸マユミです」

「…綾波レイ」

「………」

「………」

「………」

沈黙が立ち込める。

レイは単に相手が話し掛けてこないからそのままの体勢を維持しているだけだけど、結果的に無言で視線を注がれることになるマユミは妙なプレッシャーを感じていた。おかげで余計に話すことも思い付かない。

(…な、なんなのこの人)

助けを求めるようにシンジの方を見たけど、シンジは荷物の点検をしているらしく気づかない。どうしようかと思いあぐねるマユミ。

「………」

不意にシンジが手を止める。

「?」

見るとレイも視線を動かしている。

「きゃっ!!」

急にトラックが加速をかけた。

 

 

 

「わかるか?」

「ああ、3つだ。おなじみの姉ちゃん達だな」

非戦闘員を荷台の前の方に移動させ、心得のある者達が入れ替わりに後部に移動し、幌の隙間から外を見ていた。

地平線の向うからホバイクに乗った人形達がやってくる。

「姉ちゃん達はやめろ。やる気が失せる」

「どこもかしこも女日照りだからな」

がはは、と笑い声が上がる。なかなか士気は旺盛のようね。

「綾波」

「…わかったわ」

シンジの声にレイはその場を離れる。そして何事かと見守っていたマユミの所まで戻ってくる。レイは膝をつくと拳銃の装弾数を確認する。

「なに?なんですか?」

「…アンドロイドが来ただけよ」

淡々と答えるレイ。

「お、落ち着いているんですね」

「…そう?」

「言っておきますけど戦闘の経験はありません」

「………」

そんなことはわかっているとばかりに無視して後方へ視線を向けるレイ。

「もう、なんなんですか!?」

「…碇君がどうして私をこっちに来させたのか本当にわからないの?」

「!?」

「…そう、よかったわね」

「だ、だって、その…」

軽いパニック状態に陥っているだけ。一般人にはよくあることね。だから最初からレイは相手にしていない。ただ、シンジが彼女に気をつかっているからそれに従っただけ。

 

 

遠距離射撃のできるレーザーライフルを所持していたのはシンジを入れて三人だけだった。

(あのライフルがあったらなぁ…)

初めて融合した時に無くしてしまった愛用のライフルを思い出すシンジ。ミサトにもらったライフルもいいものなんだけどやっぱり性能に格差がある。あのライフルがあれば敵の接近を待たずに狙撃できたのにってね。

(無い物ねだりはやめよう)

シンジはライフルを構え直した。

今、乗っているのは、お世辞にも戦闘に向いているとは言えないトラックだ。最初の一撃で態勢は決するだろう。

「最初が勝負だ。外すなよ。俺は左をやる」

真面目な顔でそう言っているのがさっきマユミに絡んでいた髭面の男だから人間はわかんないわね。

「じゃ、僕は向かって右の奴を」

「俺は真ん中だな」

ホバイクは徐々に近づいてくる。合わせてトラックも速度を落としたので距離が縮まっていく。

「もう少し、もう少し待て」

「………」

「さっさと来いってんだ…」

やがてホバイクが発する音が届くようになったとき、

「撃て!」

「!」

「くたばれ!!」

3条の光線がほとばしる。同時に後方から爆発音が聞こえた。

「やったか!?」

「いえ一体残ってます!」

「すまねぇしくじった!」

風船が割れるような音がした。

その途端トラックを大きな衝撃が襲う。

「きゃああああっ!!」

「…後輪を撃ち抜かれたようね」

悲鳴を上げるマユミ。そして対照的にあくまで冷静なレイ。

トラックは後輪を引きずりながらも走りつづける。

「奴は!?」

「前に回った?…まずいっ」

直後ガラスが割れる音がした。同時になにかが弾けるような音も。

背後、すなわち運転席側に視線を向けるレイ。

「なに?」

「…運転手が撃たれたわ」

「えぇ!?」

 

 

しばらく惰性で走っていたトラックが停止する。

周囲を回っているらしいホバイクのホバー音が聞こえる。

この後に及んでも捕獲を優先するつもりらしい。おそらくは増援を待っているのだろう。

なんとも寛大な処置だけど、今度反撃したらトラックごと火だるまにされるのは間違いないわね。

 

 

「どうする?」

「打って出るか?」

「馬鹿野郎!やられるだけだ!」

言い合いする男達を遠めに見ながら震えるマユミ。

「?」

ふとシンジが自分の方を見たような気がした。

すっと立ち上がる隣の少女。

(何?)

 

 

レイが来るのをまたずシンジは狭い床に腹ばいになりライフルを構える。

「…碇君」

レイがやってくる。

「頼むよ綾波」

「わかったわ」

「おい何する気だ坊主?」

男達の声を完全に無視してレイはシンジの背中にうつぶせに寝そべる。ライフルを構えるシンジの腕に手を添え、頭をシンジの肩に預ける。

自然に変わっていく空気に男達も口を閉じる。

より感覚が優れているレイがタイミングを計り、シンジが撃つ。

容易な事ではないが二人はどこか確信していた。

 

 

かすかに音が聞こえる。

車内の全員が言われなくても静かになる。

シンジはゆっくりと瞼を閉じた。

地面の上を走る風切音。

徐々に徐々に音が大きくなり、

(碇君!)

(!!)

声にならない合図

シンジは迷わず引き金を引いた。

閃光

一瞬ののちの爆発音。

「やったか!?」

「慌てるな!確認してからだ!」

男の一人が荷物を外に放り投げる。

動きはない。

ゆっくりと外に顔を出した男が辺りを見回す。

「やった!!ポンコツになってやがるぜ!!」

歓声が上がった。

 

 

シンジはふっと息をつく。

「綾波?」

「あ、…ごめんなさい」

「いや、その」

なんとなく見つめ合う二人。

………。

だが直後男達にもみくちゃにされる。

「やったな坊主!」

「やるじゃねぇかこいつ!!」

ほめながら背中をどやしつけたり頭をたたく男達。

…ざまぁみろ。

「あ、ありがとうございます」

 

 

わいわいと騒ぎながら、思い思いの方角に、三々五々乗客達は散っていく。互いの幸運を祈りながら。

「よいしょっと…綾波?」

荷物を背負い直したシンジがレイに確認する。

「準備はいいわ」

「そう。じゃ、行くよ山岸さん?」

トラックの側に立ったままのマユミに声をかけるシンジ。

「………」

「どうしたの?」

「…あの、運転手の人は…」

「…可哀相だけど」

「…そう、そうですね」

うつむきながらも歩き出すマユミ。

「優しいね」

「………え!?」

はっと顔を上げるマユミ。

だけどシンジは既にレイと先に行っていた。

「あ、あの!」

「早くしないと置いて行っちゃうよ」

シンジは笑って言った。

 

 

 

 

 

 

EVANGELION ILLUSION

STAGE05: HEALING

 

 

 

 

松代は富士の裾野近くにある隠れた村の一つ。

豊かな森林が残っているため、土壌も良く、奇麗な水が豊富にある。

空気も適度な湿度を保っているし言う事無しね。

「…ま、気持ちいいのは確かだな」

あいも変わらず無精髭を生やした男の人…言わずと知れた加持さんが飄々と村を闊歩する。

加持さんはこの村の住人じゃないけど、逆にこの村で加持さんを知らない人もわずかだ。

この村に帰ってくるたび加持さんが思うのは活気が有るという事だ。村の空気に、人々の表情に活気がある。

 

 

目的の家、というには少々大きい建物に到着した時、ちょうど子供が飛び出してきた。

「おっと」

正面からぶつかってきた子供が転びそうになるのを右手で支える。

「大丈夫か?」

「へっちゃらだい!」

「そりゃ何より」

男の子はにかっと笑うと一緒に出てきた他の子供たちと駆けて行った。

「元気なことだ」

そういって加持さんは建物に入って行った。

 

 

「御無沙汰しています」

加持さんがそう部屋の入り口で声を掛けるとデスクに向かっていた初老の男性が顔を向けた。

「おや、珍しいな」

「お元気そうで何よりです」

「君の方もな」

「ま、体が資本ですから」

「まったくだ」

そういって男性は笑みを浮かべた。

 

 

 

「それで、そのバンクに何があるんだっけ?」

「だから穀物の種です!」

「た、ね、とえーとそれで…」

村を取り囲む防壁。その入り口の小さな小屋に3人はいた。

現在、村に入ってもいいかの審査中である。もっとも、シンジとレイはミサトからこの村の実力者への紹介状を持っていたのであっさりパスした。マユミの審査に時間がかかっているのでそれを待っているだけである。

(…しかし、中も見ないでパスだなんてよほど顔が利くんだな)

何を書かれているやらわからない紹介状の入った封筒を眺めるシンジ。開けてみようと思わないのはこいつらしいというか、なんというか…ちなみにレイはすることがないのでぼーっとしている。…たぶん。

「ですから!」

ここまで豊かな村の情報が伝われば難民がどっと押し寄せてくる事にもなりかねない。だから審査に慎重を期すのもわからないでもない。

(でも、ちょっと閉鎖的かな?)

活気はあるがそれは村の中だけの事だ。これがいつか災いの種にならなければいいけど。

『あなたならどうする?』

この世界での彼の教師の言葉を思い出す。常々、自分ならどうするか考えるように言っていた。

(そうだな…)

豊富な食料と水、おそらくは物資も保有している。それらは他の村へのアドバンテージとなる。この村を中心に周囲の集落とネットワークを作る。交流が生まれれば経済が活性化し、どんどんネットワークは拡大し、やがてはゼーレに…

「…何を考えているんだ」

シンジは自嘲気味に呟く。気づいたのかレイが声をかける。

「碇君?」

「大丈夫、なんでもないよ」

「…そう」

(…そう、綾波にも負担をかけている。僕は早くアスカを見つけて…)

「よう。なんだか深刻な顔をしているな?」

「え?」

掛けられた声に顔を上げると見覚えのある男性が立っていた。

「加持さん?」

 

 

 

シンジをその人物に引き合わすと加持さんは出て行った。

レイも外で待っている、とだけ言って出て行った。

シンジに椅子をすすめた男性は元学者であり、医学の心得があるため、子供たちに勉強を教えたりする傍ら医者としての仕事もこなしているそうだ。

ミサトからの紹介状もあり、加持自身が連れてきた顔見知りとあって身元保証は十分のようだ。今、その紹介状に目を通している。

そして、シンジはその人物を知っていた。

紹介状を読み終わった男性が顔を上げる。

「碇…碇シンジ君と言ったかな?」

「はい」

「なんともはや…」

「…やはり僕の両親をご存じなんですね?」

「やれやれ…」

松代の実質的リーダーを務める冬月コウゾウは苦笑した。

 

 

「元気かい?」

「………」

相変わらずの不愛想な応対に肩を竦める加持さん。

だが、レイは視線を加持さんに向けると珍しく質問した。

「なぜあなたがここにいるの?」

「いちゃいけないかい?」

「………」

「…わかったよ。ここは葛城の部隊の本拠地なんだ。だから、俺も時々ここに厄介になっている。この前の横浜の件も含めて大きな仕事が続いたんでね。ちょっと一休みというところさ」

「………」

「信じてないって顔だな」

実際は表情はわからないのだがそうカマをかける加持さん。

「タイミングが合いすぎるわ」

「確かにな。ま、正直なところを言えば、他に用事もなかったし、君たちが気になって追ってきてみたわけだ。どういう訳か先に着いちまったがな。もっとも、葛城の方は何を考えているのか知らないが」

「………」

 

 

「さて、結論から言えば私はその子の所在に関して何も知らない」

「そうですか…」

「だが、惣流という姓には覚えがある」

「惣流キョウコ・ツェペリンさんですね?」

「ああそうだ。それも碇に聞いたのか?」

「はい。何でも友人だったとか」

「友人か、まぁ少なくともユイ君はそうだったな」

「あるいは『施政者(セレクト)』としてのつながりですか…」

「ふむ。碇の息子ということは君も施政者ということになるな」

「それはどうでしょうか?」

「どういうことだね?」

「僕は碇ゲンドウの息子であって息子ではないからです」

「よくわからないな」

「いずれ機会があればお話しします。いつか…」

「そうか。まぁいいだろう。

 さて、手持ちの情報はないが、私にもいろいろとつてはある。葛城君や加持君の紹介もあるし、碇の息子となれば無下にも出来ないからな。情報がないか当たってみよう。それまではここに滞在するといい」

「そう、ですね…ありがとうございます」

「なに、おやすいご用だ」

 

 

外に出ると加持さんが待っていた。

「加持さん?綾波は?」

「あぁ彼女なら…山岸さん、とか言ったかな?あの子に誘われて森に行ったよ」

「へぇ。珍しいな」

「?」

加持さんは不思議そうな顔をするが、シンジにしてみれば当然の感想だ。

「それはそうと山岸さんの件はどんな具合ですか?」

「…そうだな、彼女自身には別段問題無いが彼女の持ち込んだ件については少々面倒なことになっているよ」

 

 

マユミの持ち込んだ情報、それは穀物の種子が納められたバンクの情報。

それが手に入れば松代の村にとっては限りない恩恵をもたらすこととなるだろう。

だが一方それを手に入れるためにバンクを襲撃するとなると…

確かに松代は大きいだけあってそれなりに武装している。だがゼーレに喧嘩をふっかけて報復処置を取られたらひとたまりもないだろう。

結局マユミのもちこんだ情報は悩む種を提供しただけとして終わりつつある。

もっとも、

「葛城隊長のようなゲリラが襲うなら我々には関係の無い事だが…」

…まったく人を当てにするんじゃないわよ。

 

 

「とまぁそんなところだな」

「そうですか。

 そういえばミサトさんとこの村はどういう関係なんです?」

「ああ、ここは葛城の隊の本拠地だ」

加持さんの説明に寄れば、ここはミサトの部隊が長期に渡って休息をとる際に駐留する場所であるという。無論、ただ駐留しているわけではない。各種の物資や金銭などいろいろな物を村に無償で提供しているし、有事には村の自警団と協力して事にあたるよう協定も結んでいる。どんな経路で手に入れた物にしろ物資は物資であり、兵力は兵力である。

「ま、そうでなきゃたとえ冬月氏の知り合いでもゲリラなんてヤクザな商売の者は置いてくれんよ」

「副し…冬月さんは?」

「冬月氏は、施政者でこそなかったがその優秀さゆえに施政者のサポートを行っていた。その時の知り合いだな、葛城とは。だから、いろんな分野に通じているし、ここに村を建設するよう提案したのも元々は冬月さんという話だ」

「なるほど…それで他の所にも顔が利くわけですね」

「まぁそういうことだ」

「そうか、よかった。これならアスカの情報も期待できそうだ」

「………」

「加持さん?」

「そんなに情報が気になるかい?」

「もちろんです。僕は一刻も早くアスカを…」

「………ふぅ」

「なんですか?」

「なあシンジ君、俺には君が焦っているように見えてならない」

 

 

 

「すごいですね」

大木の幹を見上げてマユミが言った。

「…何が?」

「この木ですよ。まあ、この木だけじゃないですけどこんなにも大きくなるには相当の年月が必要なはずです」

「………」

「人間の世界が崩壊しても、木々はこんなにも立派に生きている。彼らにとったら私達の苦労なんて取るに足らない出来事なんでしょうね」

「…木は植物に過ぎないわ」

「でも生き物ですよ。同じ生き物としてこんなに立派に生きていることを尊敬したいんです」

「…生きていることを?」

「ええ、生きてるってそれだけで素晴らしいと思いません?」

言われて木を見上げるレイ。

人の身体よりもはるかに太い幹がはるかな高みまで伸び、そこから数え切れないくらいの枝が四方八方に伸び日光を遮っている。その枝には鮮やかな緑の葉が生い茂っている。

そこにあるのは自分よりも生命力に満ちた生命の姿。

マユミに見守られながら考える。

「………わからないわ」

「そうですか。でも、私は今生きたいと思っています。この木のように」

「…生きたい、と思う?」

「ええ、綾波さんも生きていたいでしょう?碇さんと一緒にいるために」

「!」

ビクッと身体を震わせるレイ。

「…あ、あのどうかしました?」

「…碇君と一緒に…」

「え、ええ。だって綾波さんと碇さんって恋人じゃないんですか?」

「…恋人?」

「は、はい。好きなら一緒にいたいんじゃないかって…」

「………」

「あ、綾波さん!?」

慌てたように声を上げるマユミ。

「…なに?」

「あの、私、何か言っちゃいけないことを…」

「…なぜ、そう思うの?」

「だ、だって、綾波さん…泣いて…」

「………」

レイはうつむく。

差し出した手に水滴が落ちる。

「…そう…私…泣いているのね」

 

 

 

「ア、アスカを探すのを急いじゃ悪いですか?」

「誰もそんなことは言っていない。俺が言いたいのは君の心のことだ」

「どういうことです?」

「何をそんなに急いでいるんだ?君は俺やミサトと会う前からずっと長い間彼女を捜していたんだろう?だとすれば、この前の横浜の一件くらいなら寄り道の内にも入るまい。だが、今の君は何かに追われているかの様に急いでいる。俺やミサトと知り合ったから急ぐ様になった?いや、そんなことじゃない。君はもっと別の何かを恐れているんだ」

「ぼ、僕が何を恐れているっていうんですか!?」

「そら、もううろたえている。初めて会った時の君はもっと実戦慣れした落ち着きがあった。十分に一流で通るくらいな。葛城の所の連中でも君と同い年くらいの連中に比べれば君の方が確実に上だろう。なのに今の君にはその落ち着きがない」

「か、買いかぶりですよ!僕はただの…」

「エヴァか?」

「!?」

「そうか、やはりエヴァンゲリオンを恐れているんだな?正確にはエヴァンゲリオンそのものじゃなくエヴァが現れる過程を」

「………」

「時間が立てば立つほどエヴァが再び現れる状態、あるいはエヴァを出現させなければ対応できない事態が発生する確率が高くなる。君はそれを恐れて急いでいる」

「…いけませんか」

「え?」

「エヴァを恐れちゃいけませんか!?」

「…シンジ君」

「そうです僕はエヴァが怖い!エヴァが出現するために綾波と一つになることが怖い!それがどんな恐怖かは加持さんにもミサトさんにもこの世界の誰にもわかりっこないんだ!!だって僕達は………!!」

秘密を口にする寸前でかろうじてシンジは口をつぐんだ。

変わりに手を握ったり開いたりを繰り返す。

しばらくそれを見守っていた加持さんが再び口を開く。

「…そうだな。それは君個人の問題だ。他人が口出しする事じゃない」

「………」

「だが、一つ言わせてもらえば、既にエヴァンゲリオンは君一人の問題じゃなくなってきている」

「え?」

「…最近、関東地区の集落がいくつか立て続けに襲われている。村は見事に焼き払われ、生きているのか死んだのか誰一人残っていない」

「………」

「そしていくつかの情報から連絡が途絶えた時期を推測していくとある法則性があることがわかった」

「それは?」

「周辺の村を順番に潰していっているのさ。横浜基地のな」

「!!」

「気付いたのさ、ゼーレも。…エヴァンゲリオンの存在にな」

 

 

 

ふと気付くとシンジとレイは同じ大木の根本に腰を下ろして座っていた。

森の空気は澄んでいて二人の胸の内を清めていくかのようだった。

 

 

『ごめんなさい!』

(…あの人は何を謝っていたの?)

レイは別れ際のマユミを思い返していた。

 

 

『君には果たさねばならない責任があるんじゃないのか?』

(…わからない。第一、エヴァってなんなんだろう?)

自分の知っているエヴァンゲリオン…あの懐かしい紫色の巨人についてはわかっている。だが、この世界のエヴァンゲリオン…自分とレイの融合によって生じる少年は何なのだ?

シンジはそのまま思考の海に沈んでいった。

 

 

太陽がわずかに傾いた頃、シンジは口を開いた。

「…ねえ綾波」

「なに?」

「…僕はちょっと急ぎすぎたのかもしれないね」

シンジはゆっくりと言った。

「…どうして?」

「…うん。なんていうのかな…アスカを急いで探して、なんて言っても、自分の面倒も見れていない奴の言う事じゃない、なんて思ってさ」

「…そう」

「だからって怠けるってわけじゃないんだけど…自分にできるペースで無理せずにやってみるよ」

「………」

「とりあえずちょっとここで一休みしてみようと思うんだ。綾波はそれでいい?」

「碇君がそう思うなら、それでいいわ」

「うん、ありがとう…」

 

 

木々の隙間から二人にゆるやかな日差しが注いでいた。

 

 

 

 

続劇

 

 

 

 

予告

 

 

対等の存在と初めて出会ったとき人は何を思うのか

仲間意識を抱くもの、反発心を抱くもの、競争心を芽生えさせるもの、

そして相手に恐怖するもの

いずれにしろ最初が大事である事に違いはない

たとえ、お互いの立場が既に決定されていたとしても

 

 

次回、エヴァンゲリオン幻戦記 第六幕 敵

 

 

そんなのわっかるわけないじゃーん

 




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