これまでのあらすじっ!!
アスカを求めてさすらうシンジ、レイ、そしてエヴァンゲリオン。京都にいるという不思議な力を持つ少女飛鳥の情報を得るべくマーケットのブローカー李に接触したエヴァだったけど、加持さんと口論の末に融合が解けちゃったの。口喧嘩した挙げ句に逃げるなんてやっぱ子供ね。でも、そこを見てた奴がいたもんだからさあ大変。シンジが怖いおじさん達に尋問される羽目になっちゃったの。やめときゃいいのにシンジったら相手をわざと挑発したりしたからぼっこぼこに殴られて…無理しちゃって。相変わらず馬鹿なんだから………コホン。と、ところがそんなこと知ったこっちゃないってゼーレの戦闘合成人形アリスがマーケットを襲撃。あたりはもう死屍累々の凄い惨状に…うぷっ、気持ち悪い…で、遅れ馳せながらエヴァンゲリオンが登場。さぁ、反撃開始!…と思いきや、あっさりやられちゃったのでした…ってちょっと待ちなさい!あんたがやられんのは勝手だけどシンジを巻き込むんじゃないわよ!!
以上、おしまいっ。
薄暗い部屋で一切の感情を排した声が交わされている。
「キリエとの交戦記録をはじめとする各観測結果から考察した結果、対象は“出現”していると考えられます」
「…対象がテレポート能力を有している可能性は?」
「その場合、なぜ戦闘時にその能力を使用しないのかという疑問が生じます。やはり対象は突如“出現”し、突如“消失”するのです。したがって対象を追尾・捕捉するのは極めて困難です」
「………」
キリエはただ二人の会話を聞いていることしかできなかった。
(…お姉様は決して間違わない)
キリエは彼女と同じピンク色の瞳に視線を向けた。CODE:ANGEL−11、イリス。ANGEL−3キリエ、ANGEL−15アリス、そしてもう1人を含む現在稼動している戦闘合成人形4人の1人であり、他の3人の姉であり、そしてなによりも唯一人、風間リョウジと対等に議論を交えることができる相手であった。
「やはり、対象に関する情報が不足しているな」
そう言って風間は議論を締めくくる。
「ですが、情報を収集することは可能です。現在までの経過から二人の人物の周囲で対象の情報を入手出来ると思われます」
「その二人とは?」
風間は答えがわかっていながらイリスに問う。そしてイリスもそれを知りつつ答えを返す。
「一人はゲリラ部隊のリーダー葛城ミサト。要排除人物のリストの上位に登録されています。ただし、現在ある集落に部隊と共に駐留中の為、対象と接触する可能性はかなり低いと思われます」
「では、もう一人の周囲を監視すべきだな」
「はい。最新の情報によれば、Sナンバー8210617加持リョウジは現在中部エリアを西北西に向かって移動中です」
風間は席を立つとハッチへと向かった。動かないイリスをよそにキリエは素早く風間に続く。その心は焦燥で満たされていた。
(…これ以上風間を失望させるわけにはいかない)
【第十幕 白銀(しろがね)】
エヴァの攻撃は目標を大きく外れ、アリスの攻撃はエヴァを正確にとらえていた。
「がっ…かはっ」
ビクビクと痙攣しつつ血を吐き出すエヴァ。
アリスは一定の距離までエヴァに近づくと足を止めた。
右手がゆっくりとエヴァに向けられる。
「とどめだね」
アリスは笑みを浮かべ、力を放った。
ピキーーーン!
これがお手本です、っていうくらい綺麗な正八角形が空中に現れた。それもエヴァを取り囲むように周囲あちこちに一斉に…あれ?普通、攻撃が当たった所だけ…ま、いいわ。
「何!?」
アリスのセンサーは自分の放った力が完璧に防がれたことを確認していた。今までのケースと異なり相手にまったく損害を与えていない。
「そ、ん…な、ATフィー…」
そこでエヴァは意識を失った。
状況から見てエヴァ自身が攻撃を防いだのでないのは明らかだった。
「誰だ!?」
アリスは大声で叫んだ。
「フンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフーフン」
その少年は瞳を閉じたまま車の残骸に腰掛けていた。何をするわけでもなく、ただ、メロディーを口ずさんでいるだけ。
「………?」
あまりにも状況にそぐわないその光景に、さしものアリスも毒気を抜かれた様子みたいね。
「…何だお前は?」
その言葉には純粋に知りたいという感情がこもっていた。今、この瞬間を見ただけならこの子がこのマーケットで暴虐の限りを尽くした戦闘合成人形だなんて誰も思わないんじゃないかしら?
しかし、少年はアリスの言葉を意に介した様子もなく独り言を呟く。
「歌はいいね。心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ」
「!!」
のんきな様子が気に障ったのかそれとも理性回路が彼女に本来の目的を思い出させたのか、とにもかくにも頭に血が上ったって感じでアリスが表情を変えた。うーん怒っている所、あたしほどじゃないけど綺麗ね。
「お前は何だと聞いている!」
再び力が放たれた。今度は少年に向けて。
ピキーン!!
不可視の殺意はしかし少年の手前で赤い発光現象に阻まれる。エヴァの時と同様に色鮮やかな八角形が少年の周囲に無数に出現した。
「ん」
そこでようやくアリスに気付いた様な様子で少年は彼女に目を向けた。
「…申し訳ないけど“彼ら”を殺させるわけにはいかないよ」
あくまでも微笑みを絶やさず少年が告げた。
ドン!
爆発音と共に突如、辺り一帯を煙幕が覆った。
「!?」
反射的に少年に向けて力を放つアリス。
バチバチバチバチ!
力が放たれるのと同時にアリスの周囲に無数の火花が散った。どうやら金属片を含んだチャフらしい。
「ちっ!」
アリスが戦闘行動を行うに当たり遮蔽物が多い状況は大きな制約を受けることになる。無論、彼女にはその攻撃手段に対応して姉妹達よりも高精度の索敵機能が装備されている。日本全土の電磁波環境が最悪であるにもかかわらず、十分戦闘に耐えうるレーダーすら装備されている。だが、その高性能な索敵機能がこの場合は逆に仇となる。
戦闘を続行するにせよ、中止するにせよ、まずはこの場から離れなければならない。
(レーダーは使えない、赤外線…熱煙幕!?くっ、紫外線認識モードに移行、後方に一時離脱!)
後方へ跳び、煙幕の有効範囲から脱したアリスは周囲の状況を確認すると素早く力を放った。
バチッ
ドーン!!
向かって左前方に残っていた小型車両数台が爆発した。アリスの目的はそれによって生じる爆風である。目論見通り爆風は煙幕の大半を吹き飛ばした。
すぐさまセンサーを標準に切り換えて索敵を行う。
「いた!…いや、いない!?」
煙幕の中心近くに倒れたままのエヴァンゲリオンは確認できる。だが、その後方にいた銀髪の少年の姿が消えている。
(…どうする!?)
アリスはジレンマに陥った。
エヴァンゲリオンには確実にとどめを刺しておかなければならない。自分の攻撃にはなす術をもたないが、自分に損害を及ぼすことが可能な“敵”だ。必ずここで排除しておかなければならない。だが、先ほどの銀髪の少年も放ってはおけない。自分に損害を及ぼすことができるかどうかは不明だ。だが、自分の攻撃を防御する手段を有していると推測される。戦闘を継続し、情報を収集しなければならない。
(どうする?どうする?こんな時の対処法について風間は何て言ってた?)
必死で記憶を探るがこのようなケースを想定した対処法など用意されているはずも無い。
「!」
周囲に残留していた煙幕の中で何かが光った直後、アリスが正面に展開したシールドに何かが衝突、直後に爆発した。
「今度は何だ!?」
「女?…この前の子とは違うか」
長い金髪にピンク色の瞳の少女を確認して加持さんが呟いた。
松代で遭遇した同じ色の瞳の少女は黒髪だった。わずかな記憶だが、全体的にもっとほっそりした子だったと思う。目前の少女はぐっとプロポーションがよくなり何より雰囲気、気迫が違う。
(…こりゃ好戦的なタイプだな)
片膝をついたまま再び引鉄を引く。右肩に担いだ迫撃砲が2発目の榴弾を発射した。
ドォン!
やはり直撃はせず何か壁のようなものに阻まれる。エヴァの言う所の力場と同種の防御能力…いや、こっちは技術的説明がつくシールドの類だろう。
(まったく面倒な子たちばかりだな)
構わず加持さんは次々と引鉄を引く。
すぐにアリスの姿が爆煙の中に消える。かすり傷ほどの損害も与えてはいないだろうが、動きは止められる。このまま制圧射撃で時間を稼ぎ、隙を見てエヴァを担いで逃走する算段である。
(なんて行き当たりばったりなんだか…)
本来の自分はもっと用意周到に構えるタイプだと思っていたのだがどうも最近考え無しに行動することが多くなって来た気がする。
(誰の影響だか…)
ふと視線をずらすと一番の原因と思われる少年が地面に倒れていた。
「この、うっとうしいんだよ!」
怒りを隠さずに叫ぶアリス。だが実際反撃に移れずにいるのも確かだ。攻撃そのものは問題なく防げるが連続して炸裂する榴弾があちこちに破片を撒き散らし、敵の正確な位置把握及び力の行使を阻害していた。移動するか、接近して格闘戦に移行するか…虫けら相手に格闘戦!?
「ふざけるな!」
感情的になったアリスは正確な照準をとりやめ広範囲に力を放った。
ピシ!ピシ!
加持さんの身体の表面のあちこちで火花が散った。
「なんだ?」
バチ!
迫撃砲の表面に一際大きな火花を見た加持さんは迫撃砲を投げ捨てた。
パン!
迫撃砲が空中で内側から弾け飛び、バラバラになった破片があちこちに飛び散った。
榴弾が誘爆する前に慌てて退避する。同時にエヴァの側へ移動してカバー体勢に移ることも忘れない。
「…今のが攻撃、か?」
だが、加持さん本人に対する被害はない。
(手加減するとは思えないが…風間の差し金か?)
とりあえず残りの武器は予備の拳銃一丁のみ。
(ま、撃つだけ無駄だな)
まだ、両手が開いている方がマシだろう。加持さんはそう考えて手ぶらのままアリスの出方を待つ。
一方のアリスも次の攻撃に移れずにいた。
今の攻撃は(アリスの主観では)かなりでたらめに放ったものとはいえ、普通の人間を殺すには十分な威力を有している攻撃である。なのに、またも生きている者がいる。先ほどの少年と違い何らかの防御手段を有している様子は無い。
「!?」
思索にふける間もなくアリスのセンサーが急速に接近する物体を捕捉した。
ズシャシャシャシャ!!
加持さんとエヴァの前にジープが急停止する。
「どーも。よかったら乗っていきません?」
運転席でハンドルを握っているマナが陽気に言った。
すかさずエヴァを片手で抱え上げて加持さんはジープの後部座席に飛び乗った。
ギャギャギャギャ!!
力いっぱいアクセルを踏み込まれたジープが急発進する。
「逃すか!!」
ジープに手を向けるアリス。この程度の距離は問題外だ。照準をつけ…
「!!」
ジープに向けていた手を頭上にかざすと力を放つ。
上空から高速で飛来した物体…超小型のミサイルみたいね…を力が狙い違わず撃墜し、同時にあたり一帯ににチャフが撒き散らされた。煙幕が視覚回路を覆うのを待たず、アリスの中枢回路にセンサー類が一斉に機能を喪失した旨報告が入る。先程と同様の煙幕だ。
「馬鹿にして!!」
急いで煙幕の効果範囲を脱出したアリスだったが、既にジープはレーダーの範囲にすらいなかった。
「………くそっ!!」
生きているものが誰一人いなくなった広場で金髪の美少女が悪態をついた。
「…止めてくれ」
加持さんの言葉にマナはジープを止めた。
マーケットからしばらく走った後のことだ。
ずっとエヴァを抱えたまま窮屈な姿勢でいた加持さんがひとまずエヴァを助手席に下ろす。
(見た目はそうでもないが…)
常日頃、非常に生気に満ちていたエヴァの顔からするとほとんど真っ白といってもいいくらい血の気が失せている。そして手や首筋の露出部分には皮膚越しにかなりの箇所で内出血しているのが見て取れる。体温もかなり低下している様だ。
マナはその間に周囲を双眼鏡で確認している。
(…追跡はなし、と。どうやらうまく逃げれたみたいね。やっぱ戦闘能力があるだけで、まだまだね。さて、これからどうするか…)
「どうしたんですか?」
加持さんが立ち上がった気配に、マナが後部座席を振り返る。ちょうど、加持さんがシンジとレイの荷物を肩にかけた所だった。
「…ここでいい」
そう言うと加持さんはエヴァの身体を抱き上げジープから飛び降りる。
それでもエヴァが目を覚ましそうな気配はない。
「ちょっと!」
どうする気!?と顔に書いて問い掛けるマナ。
加持さんはゆっくりと顔を動かしマナに目を向けた。
「…ずいぶんと動きが早いんじゃないかい?」
「どういう意味でしょうか?」
マナは車を降りると落ち着いた声で問い返した。
「さっきの煙幕はどうやら君じゃないみたいだが、なんにしても手際が良すぎるとは思わないかい?」
「…さぁなんのことだか?」
マナは肩をすくめる。
「少し時間があったんでね。ちょっと来た道をさかのぼってみたんだが…」
「それで?」
「どういうわけか俺は道々でいろいろトラブルに巻き込まれることが多くてね」
「困った人ですね」
「で、恩を売りつけてから来ることも多いんだ、これまた」
「そうですか」
「だからいろいろなことを教えてもらえるのさ。たとえばうら若い美女が俺のことをかぎまわっていたとかね」
「………」
マナは無言だ。
「俺のことをなぜ調べる?」
「答えると思います?」
「いいや、君のこと…こと、仕事に関することに関してはそれなりに理解しているつもりだ」
「………」
「けど、今回はあえて聞きたいね」
「…嫌な人ですね。わかっているんでしょう?」
「…葛城か」
「………」
マナは答えない。そしてそれが答えだった。
「…悪いがかぎまわるのは嫌いじゃないが、かぎまわられるのは嫌いでね」
加持さんはマナに背を向ける。
「ここでお別れだ」
加持さんはそう言い残して歩き出す。
「本当に嫌な人ですね!!」
「俺もいやなのさ」
立ち止まると視線だけ向けて加持さんが言った。
「く」
マナが唇をかみ締める、
加持さんが再び歩き出す、
その一瞬のことだった。
両腕にエヴァを抱えていたため…エヴァを地面に放り出すかどうするか…加持さんの反応が一瞬遅れた。
「動かないで下さい」
あくまで人間の女性の身体をしながら人間ではない少女…キリエがマナを背後から取り押さえて言った。
「動けば殺します」
それは銃を抜いた加持さんへの警告であり、腕の中のマナへの警告でもあった。
「…どういうつもりだ?」
エヴァを下ろしたので動きに不自由はなくなったが、現状でこの少女を相手取れるだけの装備はない。肩にかけているシンジの特殊ライフルならどうかわからないが、生憎プロテクトがかかっていて加持さんには使えない。
キリエに拘束されたマナも微動だにせず一言も発しない。下手な抵抗をすれば本当に殺されるとわかっている。人間に見えてもゼーレの人形に違いはないのだ。
一難去ってまた一難とはほんとこの事ね。
だけど、キリエの答えは予想外のものだった。
「加持リョウジ、あなたに用はありません」
「…何?」
加持さんが問い返すのと同時に、キリエはマナを抱えたまま後方へ跳び、そして駆け出した。
「!」
拳銃を向ける加持さん。一瞬、キリエが背後を向くと片手の指で何かを弾く仕草をした。
ゴォッ!
「くっ!」
両者の間に突如大きな炎の渦が生じ、辺りに熱波を放つ。
(発火か!)
どういう原理に基づいているのか知らないけど、火炎放射器以上の業火を発生させる、それがキリエの能力だ。装甲服すら着ていない今の加持さんなら一発でこんがりローストされちゃうかも。
だけど、二つ目以降の炎は放たれず、最初の炎もすぐに消えた。
そして、キリエとマナの姿はどこにもなかった。
「………」
加持さんはただ空を見上げていた。
(…いい月だな)
満月が近いらしくほぼ完全な円形に近い月を見ることができた。
『阿呆かお前は。この僕がいるんだぞ。月なんか見上げている暇があったらもっと美しい僕を鑑賞して、大賛辞の10個や20個くらい言ってみろ』
いつもならそんな台詞を吐く少年は加持さんの腕の中で身動き一つしない。しっかりとした鼓動を感じなかったら死んだって思ったでしょうね。
ザッ
微かな足音に気付いた加持さんは頭を巡らせた。その視界に人影が映る。
思考が停止しかかっている加持さんはただ質問することしか出来なかった。
「…君は?」
白い肌、銀色の髪、そして紅の瞳。それは容易にあの少女を連想させる。
「渚カヲルです。よろしく加持リョウジさん」
そう言って少年はにっこりと笑った。
EVANGELION ILLUSION
STAGE10: NEWFACES
「…で、彼の容体はどうだい?」
加持さんがデスクに向かっている人物に尋ねた。既に声はいつも通りの調子に戻っているみたい。
問い掛けられた相手はペンを握る手を止めようともしない。そういう人間だとわかっているので加持さんも急かさない。
加持さんの隣には渚カヲルと名乗る少年が座っている。…なんだか知らないけどこの非常時にニコニコ笑っているわね。
ようやく終わったのか白衣の女性…つい先ほどまで、重傷のエヴァンゲリオンの診察と処置を行っていた人物…が椅子を回して二人に向き直る。
「よくこんな状態で生きていられる、といったところかしら?」
そう前置きをした後、簡単な説明を行う。
「…血管、内臓、器官の種類を問わず全身のあらゆる体組織が例外なく激しい損傷を受けているわ。しかも、皮膚…体表面近くよりも体内の方が破壊の程度がひどい。ほとんどの内臓は壊死、というよりそれを待たずに出血多量で死亡ね。常人なら損傷を受けた時点でショック死するんじゃないかしら?いずれにしてもどうやったらこういう破壊の仕方ができるのか興味深いわね。衝撃、切断といった表面的な物理的影響でないのは確か、これだけのことをしていながら骨の損傷は比較的軽度だし、同様にレーザー等の攻撃手段も排除される。となれば…」
どうやらとっくに回答を導き出しているらしい女性は加持さんの隣に座る少年に水を向ける。
「……渚君、わかったかしら?」
「えぇ、彼がやられる所は一部始終見ていましたから」
加持さんが見ていた限り、まったく微笑みを絶やさない少年…渚カヲルが頷いて答える。
「それで?」
「対処方法はわかりました。でなければ彼ほど丈夫じゃない僕は生きてはいませんよ」
「肝心の攻撃手段は?」
「つまるところ、電子レンジです」
「は?」
加持さんは意味がわからず呆気に取られたが、対面の女性は軽く頷いて同意した。
「………」
キリエに促されてマナは車を下りた。マーケットの近郊、丘陵地帯の一角である。キリエは先に立って丘を上っていき、マナも渋々それに従う。
拉致されたマナはしばらくキリエに荷物扱いで運ばれた後、ジープに乗せ換えられ連行された。飛び降りた所で逃げ切れるわけでも無いのでマナはおとなしくして従っていた。
とはいえ今後の展開は気になる。ひじょーに気になる…ので、何度かキリエに話しかけはしたもののまったく反応がない。機械だから答えないと言うより、無視されている。それがわかるために余計に腹が立つ。
丘を上りきった所でキリエは足を止め、前方に向けて言った。
「霧島マナを連行しました」
マナが目を凝らすと、こちらに背を向けて立っている男が見えた。
「…こんばんは、かしら?風間リョウジさん」
呼びかけに男が振り返る。夜の闇の中、ダークグリーンの瞳がマナをとらえた。
風間リョウジ。加持リョウジの旧知…元同僚であり、加持リョウジと同種の存在であり、現在はゼーレの協力者である…つまるところその程度の情報しかない。顔などわかるわけもないのだが、現在の状況とその瞳の色が雄弁に語っていた。
(しかしまぁ…)
加持さんも若く見えるが、この風間という男は更に輪をかけて若く見える。
(うん、こっちの方が好みかも)
細面の美形顔をじっくり鑑賞するマナ。一方の風間もマナという人間を値踏みしている模様だ。
その場には3人の他、先刻マーケットを血祭りにしたアリスがいるのも確認できた。すでにメンテナンスが終わったのか表面上の損害は見受けられない。機械ゆえだ。この点においては、いかにエヴァが強力な再生能力を有していようともスペアさえあれば簡単に部品交換で損傷を修理できる機械には及ばない。無論、その他の精密な調整が必要なはずだが、ゼーレの技術力の粋が極められているのは間違いない少女達のことだ、既に完全な戦闘力を取り戻していると考えるべきだろう。
とはいえ、マナとしては既に最低最悪の状況であり、もうこれ以上悪くなり様がないので動じたりしない。
(あ、でも、どうせ死ぬにしても、焼け死ぬのもバラバラになるのも嫌ね)
改めて是が非でも生き残る覚悟を固めるとマナは口を開いた。
「ま、こうなっちゃったら私もせっせと自分の保身に励むしかありませんね。お聞きになりたいことがおありでしたらなんでもどうぞ」
風間の口元がわずかに動いた。
「…思い切りのいい方だ」
どうやらマナの気性が好みにあったらしい。
「この商売、見切り時を知らないとやっていけないんです」
「なるほど」
うなずく風間。
「それで?」
「今のあなたの仕事は?」
風間は単刀直入に聞いた。
「加持リョウジの追跡とその動向の把握」
あっさりと答えるマナ。
「依頼主は?」
「ゲリラチームのリーダー葛城ミサト」
「目的は加持の監視ですか?」
マナは少し考える。
「…と言うか、葛城隊長って加持リョウジのやることがいちいち気になってしょうがない人みたいなんですよね。仕事の時は冷酷でもプライベートとしては私情の人ってことですか」
「なるほど…ではもう一つ。エヴァンゲリオンとは何です?」
「………」
「心配しなくても大丈夫ですよ」
カヲルの声に加持さんは顔を上げた。眠っているエヴァをずっと見ていたのである。よくよく目を凝らさなければわからないが、非常にゆっくりとではあるが表面の傷が塞がりつつある。
「…自己修復中か」
何度見ても不思議な光景である。
『輸血用の血液をどうしようかと思ったけど心配しただけ無駄だったわ。ものすごい勢いで造血しているんですもの』
診察だけでほとんど処置らしい処置をしなかった彼女はそう言っていた。実際、手の施しようが無い傷がほとんどだったのだが。
「二人の存在が一人の存在に融合しているからこそです。普段は二人ともごく普通の…とは少し言い難いかもしれませんが、普通の人間です」
『碇シンジ』と『綾波レイ』二人の存在が『エヴァンゲリオン』という一人の存在に融合すると一人分の『存在力』とでも呼ぶべき余剰エネルギーが生じる。その『存在力』と『存在力』によって周囲の数多の存在から集められたエネルギーによってエヴァは数々の奇跡を起こす。
以前、加持さんがエヴァから簡単に聞いた内容だ。
だが、エヴァとは初対面と主張するこの少年はその内容をより詳しく二人に説明してのけた。
「…君は?」
「それについてはあまり考えたことがないですね」
カヲルは軽く肩をすくめて答えた。
実際には短い時間だったが、自分ではかなり長い時間考えたつもりのマナ。
「…そんな事を知っている人には生まれてこの方会ったこともありませんね」
そう告げた。
エヴァンゲリオン本人も知っているのかどうか怪しい。
もしかすると彼…彼らの追うアスカという少女ならばその答えを知っているのだろうか?
「本当に?」
「この有様で嘘をついても仕方ないでしょう?…それに正直、私自身も知りたいところです」
「なるほど」
「案外、あなたが知らないだけでゼーレが極秘に作ったっていうことはありませんか?」
ちらりとそばの少女達を見て聞いてみる。
「それはありえない」
断言する風間。
「どうして?」
「ゼーレが作り出すのは全て“娘”なのだ」
確かに標準の機械人形達といいこの少女達といいゼーレが作ったものは全て女性体だ。それに対してエヴァは男性体である。無論何事にも例外というものはあると思うのだが、その言葉には妙に説得力があった。
とりあえずマナはこの問題は一時保留とする。
「こちらからも質問していいですか?」
「どうぞ」
「私をどうするつもりです?」
「今のところはどうするつもりもありませんよ」
「あら、その言い方だと後でどうにかされるんでしょうか?」
風間より先にアリスが口を開いた。
「さっさと殺しちまおうよ風間」
すかさずキリエが言った。
「決めるのは風間です」
口出しされたアリスがキリエにキツイ視線を向ける。
「嫌な子だね。力も無いくせに」
「………」
キリエは唇をかみ締めた。
(あらら、これはこれは)
なにやら場違いな光景を見た気分のマナ。
「…あなたの仕事ってひょっとして教育係ですか?」
口に出してからおそらく真実だろうと確信するマナ。
「まぁそんな所ですか」
「思春期の女の子を二人も抱えて大変じゃありません?」
「………」
「それにしても…久しぶりだな」
カップを受け取った加持さんがしみじみと言った。
「そうねもう何年になるのかしら?…でも加持君は相変わらずの様ね」
「…相変わらずふらふらしてるかな?」
「………」
白衣の女性は珈琲カップから立ち上る湯気越しに視線を向けただけでなにも答えなかった。
ここは彼女…赤木リツコが所有する移動式研究室である。
加持さんと合流したカヲルはマーケット近くの谷底に潜んでいたこの車に加持さんを案内したの。この車は通常は車両として移動するんだけど、一箇所に留まる場合は現在のように地中に潜行することも可能ってわけ。加持さんも中に入るのは初めてだけどリツコの持ち物というだけでとんでもない代物だということはわかってるみたい。実際に地面に穴を空けて車が地中に潜り始めた時には加持さんもあたしも開いた口が塞がらなかったわ。
「…ここへは葛城から?」
共通の旧友の名を口に出す加持さん。
「いいえ、ミサトは関係ないわ。私が動いていることすら知らないはずよ」
「じゃあ?」
「私は元々の予定に従って出向いてきただけよ。彼…渚君を送り届けるという用件もあったけど。結果的にいいタイミングだったわ」
襲撃を受けている真っ最中のマーケットに到着したリツコは、カヲルを先行させて状況の把握につとめた。結果、エヴァとアリスの戦闘と結果を確認し、カヲルにはエヴァの保護を任せて、自分は遠距離から煙幕弾の砲撃を行ったってわけ。アリスの攻撃を阻止したカヲルははじめ自分でエヴァを連れ出すつもりだったんだけど、加持さんとマナが現れたからエヴァのことは二人に委ね、自分は身を隠し万が一に備えていたの。
「…りっちゃんはいつも間がいいからな」
懐かしい呼び方を聞いて目を細めるリツコ。
「ありがとう。もっとも私も彼…エヴァ、エヴァンゲリオンといったかしら?…彼のことは聞いただけの情報しかなかったから、負けていた時には少し驚いたわね。ほとんど無敵みたいな噂が流れてたもの」
「りっちゃんはそんな噂を鵜呑みにはしないだろう?」
「…そうね。まあ、そもそも私はエヴァンゲリオンに会いに来たわけではないわ。シンジ君と綾波…レイ?その二人に会いに来たんだから」
「あの二人に?」
「変かしら?エヴァンゲリオンなんているのかいないのかもはっきりしない存在のことなんて気にしているほど暇じゃないわよ。…もっともシンジ君が関わっている以上、そうもいかなくなったけれどね」
「…そうかシンジ君か、赤木をここに案内したのは」
ようやく結論に至る加持さん。
「そういうこと。現在位置だけはこまめに連絡するように言っておいたから。もっとも位置だけの連絡だからなんとか無事ってことしかわからなかったのだけど…」
「…シンジ君とは?」
「これでもあなたやミサトより古いつきあいよ」
そう言ってリツコはカップを口元に運んだ。
「エヴァ…エヴァンゲリオン」
そう呟くカヲルの顔に笑みは浮かんでいない。
目の前のベッドで眠る少年をただ見ている。
エヴァの意識は未だに戻らない。
人間一人が存在するためのエネルギー、それは途方も無い数値になるだろう。しかし、それでも限界はある。
すっとエヴァの額に手で触れる。
かなりの高熱。だが、ただそれだけだ。それ以上は何も生じない。
「…アダムの分身。リリンの僕。だが、それは“彼ら”のこと。君は…君は一体誰なんだい?」
「…なるほど」
加持さんから事の顛末を聞き終えて頷くリツコ。
「相変わらず見事なものね」
「そうかな?…最近俺は、あいつが何を考えているのかわからない…」
「………」
「いや、違うな。何を考えているのかはわかる。だが、こういうのはあいつらしくない。本当のあいつはもっと…」
「沈着冷静、いたって問題ない策士じゃなくて?」
「………」
二人が話しているのは今回の“ミサトの”策略に関する内容よ。
エヴァを京都の飛鳥の所へ向かわせる。それを加持に追わせる。更にマナをおまけにつける。
ゼーレはキリエを退けたエヴァンゲリオンと名乗る少年の情報が欲しくてたまらないはずだ。まして、キリエに指示を出しているのは加持の旧知の風間リョウジという人物だという。エヴァが発見できない以上エヴァと行動を共にしていると思われる加持を追跡するのは間違いない。そして、その過程で加持の周囲の情報収集をしている情報屋マナを発見する。とすれば、エヴァや加持に直接アプローチする前にこの情報屋を捕らえて手に入れるだけの情報を手に入れておこうとするだろう。そして、そこに“こちらが”風間リョウジやキリエの情報を入手するチャンスが生まれる。
つまるところ一連の出来事は(マナが拉致されたことも含めて)ミサトの計画通りの結果ということね。今頃、マナも同じ結論に達してミサトを呪っているに違いないわ。
ゼーレという“機械の”思考を完全に予測することはできないだろう(前提条件となるゼーレの目的が判明していれば予測はむしろ簡単なんだけど)。しかし、そこに風間リョウジという“人間の”思考が混じれば、ミサトにとってその行動を予測し策を巡らすことは容易だ。
だが、それが『葛城ミサト』らしくない、と加持さんは思う。
本来のミサトはエヴァやシンジ、レイ、加持さんはもちろんマナを囮にするような策を用いる人物ではないと加持さんは思う。
「…なんでこんなことになっちまったんだか」
「まぁ私もミサトは大軍の先頭に立って勇猛果敢に戦う猛将タイプの人物だとは思うわ。なんて言ったかしら?そうそう、“女傑”ね」
「酒でもかっくらって大声出して『アタシについて来なさい!』って言って突っ込んでいくタイプだな」
容易に想像がつく光景に笑みをこぼす二人。
「それができないから知恵をふりしぼって、考えたくも無い策を練っているということね。実際、ゼーレと正面きって戦うことはまだ無理だから、犠牲を最小限に留める努力をせざるを得ないのね」
「指揮を執る時は似合わない眼鏡なんかかけてしかめっ面してるよ」
「ミサトが眼鏡?ふふふっ」
「ははは」
ひとしきり笑った後、ふと我に返った様子で加持さんが聞いた。
「…りっちゃん、今、“まだ”無理って言ったかい?」
“まだ”無理ということは、無理じゃなくなる時がくるっていう意味なのかしらね?
「あら、そんなこと言ったかしら?」
だが、リツコは軽く流すと席を立ちコーヒーメーカーに向かった。
「赤木博士」
エヴァの所から戻って来たカヲルが声をかけた。
「…なに渚君?」
「まだ彼の意識が戻るのには時間がかかりそうです」
「それで?」
「よろしければ、地上に上げてもらえませんか?少し、辺りを散歩してみたいんですが」
「………」
リツコはカヲルの顔を見たが、微笑んでいるその顔からは何の意図も窺い知れない。
「加持君?」
「…まぁ、別に大丈夫だろう。なにせ、俺には用がないそうだしな」
「…そう。わかったわ、渚君少し待って」
ややあって車からカヲルが出ていくと加持さんが口を開いた。
「彼は…いったいどういう人物なんだ?」
「わからないわ」
「…は?」
「わからないの。シンジ君に合流するために移動していた私の前に彼は突然現れたの」
加持さんはリツコの顔を見るが、特に表情に変化はない。
「…それでよく同行する気になったな」
加持さんの知る限り赤木リツコに信用されるという事はゼーレに喧嘩を売る以上に困難なことのはずだ。
「彼は、私…というよりもシンジ君しか知らないはずの事柄をいくつも知っていた。もし、彼がシンジ君の関係者ならば、知っているのは当然だし、だとすれば、突然現れても不思議じゃないわ」
「…それはどういうことだい?」
「…そのうち機会があったらね。第一、シンジ君の目が…まぁ今はエヴァンゲリオンなわけだけど…シンジ君の目が覚めて了解を得られなければ話せないわ」
「ふむ。なんにつけてもシンジ君か」
「不満?」
「いや…じゃあ、その代わりと言っちゃなんだが、少し頼まれてくれるかい?」
「………」
リツコは加持さんの目を睨む。加持さんはそれを真正面から受け止めた。
加持さんが何を意図しているかおおよその検討はついているし、加持さんもリツコなら容易に推測がつくとわかっている。問題は、加持さんが理性的にそう判断したかどうか。リツコが気にするのはその一点だけね。
「そんなに見つめないでくれ、照れるじゃないか」
ふっと顔をゆるめて加持さんが言った。同時にリツコも口元をゆるめた。
「ふふ、わかったわ…こっちに来て」
「さて、だいたい17歳くらいかな?今回の身体は」
カヲルはぐっと身体を伸ばした。
眼下の谷底にはリツコの車が見える。
「シンジ君と綾波レイも今は17歳前後ということか…僕が数週間前に出現したということは綾波レイの出現もそんなに過去ではない」
微笑みを湛えていた顔にわずかだが悲しみの色が混じる。
「…とすると2年近くシンジ君は独りきりだったということだね」
かぶりを振るカヲル。
「…いや、そうじゃない。2年程度で済んでよかった、そう考えるべきだね。もっと長い時もあったのだから…」
「耐電磁嵐用遮蔽機能がこういう風に役立つとは思わなかったわね」
支度を整えている加持さんを眺めながらリツコが言った。
「ま、それが邪魔なのもゼーレならそれを取り付けたのもゼーレなんだから笑える話だな」
ライフルのマガジンに弾を込めながら答える加持さん。
普段使っているレーザーライフルではなく、リツコから借りた実弾を発射するタイプだ。
「とりあえず話は分かったわ。1門くらいならすぐよ。後、間に合わせだけどヘルメットとジャケットも用意しておくわ」
「すまないな…おっと」
リボルバーの拳銃の予想外の重さにテーブルから落としかける。これも無論、リツコからの借用品だ。
「でも、それだけじゃ戦えるだけよ。勝つことはできないと思うけど?」
「…そうだな。俺もそう思うよ」
「あくまで、“彼”が戦うことが前提ということね?でも、間に合うかしら?」
不審げな表情のリツコに加持さんが笑みを浮かべて言った。
「心配は要らないさ。なにせ彼はスーパーヒーローだそうだからな」
準備を終えた加持さんはエヴァの枕元に立つと言った。
「…結局の所、俺は俺自身のことに何も決着をつけちゃいなかったってことかもしれないな。もう何年もの間…それでいて偉そうに君に何かを語ろうというのが間違いだったんだろう」
エヴァは答えない。
「全部は無理だが、とりあえず一つ…けりをつけて来るよ」
加持さんの準備が終わってデスクに戻ったリツコはなにげなく端末のキーを押す。同時にリツコの車から接続可能な通信回線(つまるところ生きている通信回線のほとんど)に加持さんから頼まれた通信文が(しかも暗号化されていない平文で)送信された。
大多数の人間には意味不明、一部の人間には正気の沙汰と思われず、そしてごくごく一部の人間にとって非常に重大な意味を持つ内容だ。
「ミサトの顔が見てみたいわね」
笑みを浮かべるとリツコはカップを手に取り珈琲を一口飲んだ。
予告
勝利するということは勝った側負けた側双方がそれを認めたときに初めて意味がある。
そこに他者の意志の介在する余地はない。
勝負の世界は非情というその意味をよく考えねばならない
次回、エヴァンゲリオン幻戦記 第十一幕 勝利
そんなのあったりまえでしょ