【新世界エヴァンゲリオン】

 

 

<リツコの研究室>

「修学旅行?」

リツコは手を止めてモニターから目を離した。

「そっ。中学の時は待機で行けなかったでしょ?

 せめて高校の修学旅行くらいは行かせてあげたいな〜って思ってね」

今日も今日とてコーヒーを飲みにやってきたミサト。

「気持ちはわかるけど…司令や副司令が許可するかしら?パイロットが4人ともいなくなるのよ」

「だからリツコに頼んでんじゃない。碇司令がうんといえばどうにでもなるでしょ?」

「呆れた。公私混同ね」

「だって放っておいたら、

 

 シンジ『僕が残るからみんなは気にせず行っておいでよ』

 アスカ『シンジが行かないなら私行かない!!』

 カヲル『僕がシンジ君を置いて行ったりするわけないでしょう?』

 トウジ『中学の時はシンジ達のおかげで行けたんや。今度はわいの番や』

 

 …てなるのは目に見えてるでしょ。

 昔と違っていきなり使徒が攻めてくる心配はないし。

 ま、本当ならレイも連れてってあげたいけど…」

そういってレイを見る。

研究室の一角に設けられた専用のベッドですやすやとお昼寝の真っ最中だ。

この時間帯にこの周辺で騒ぐ者がいたら速やかに排除される。

「さすがに無理ね。シンジくんに子守をさせるわけにはいかないし、私まで行かなくちゃならなくなるじゃない」

「なんならリツコも行く?」

「家族同伴の修学旅行がどこにあるのよ。

 …しょうがないわね、とりあえず話はしてみるわ」

「サンキューリツコ」

両手を合わせるミサト。

「私もシンジくんの母親だしね。今日はシンジくんを借りるわね、その方が確実よ」

 

 

<碇家食卓>

 

「…というわけなんですけど、どうかしらゲンドウさん?」

リツコがご飯をもったお茶碗を渡しながらゲンドウに言う。

「いいんですよリツコさん。やっぱり誰かが本部に残ってないと」

「でもねシンジくん…」

「僕が残るよ。そのかわりアスカ達は行ってもいいだろ父さん?」

予想通りの提案をするシンジ。

…本当にこの子は…

「シンジくん、気持ちは…」

「シンジ」

突如、ゲンドウが口を開いた。

「何、父さん?」

「お前は行きたいのか?」

「それは…」

「行きたいのかと聞いている」

久しぶりにプレッシャーを感じる物言いに気圧されるシンジ。

「…う、うん。行きたい」

「ならば後のことは気にせず行って来い。むろん、4人全員でだ」

「ゲンドウさん…」

「…わかったよ。ありがとう父さん」

「………」

ゲンドウは無言で食事を始めた。

「あら、照れてるのゲンドウさん?」

ゲンドウは茶碗をもったまま後ろ向きになる。

シンジはそんなゲンドウの背中にもう一度礼を言った。

 

 

<翌日、葛城家 食卓>

 

「というわけよ」

「へーあの碇司令がねー」

ミサトには想像だにできない。

「サンキューリツコ。今日は奮発するわよ!」

そう言ってアスカは台所に消えた。

「…喜んでるみたいね」

「そうね」

「本当にありがとうございます。リツコさん」

「感謝するならあの人にね」

「はい」

「ところで、そのトランクは何?」

リツコが持ってきた小型のトランクを指さす。

「こんなこともあろうかと作っておいた各種装備を詰めた特殊トランクよ。

 少し重いけどシンジくんなら平気でしょう?旅の餞別というところね」

「あ、ありがとうございます」

やや顔をひきつらせながらも礼を言うシンジ。

「何が入ってるの?」

そう言って手を伸ばしたミサトをリツコが止めた。

「あ、駄目よミサト。シンジくん以外の人が開けようとすると機密保持のため爆発するようになってるから」

「あんたねぇ!餞別に爆弾渡す親がどこにいるのよ!」

「失礼ね、爆薬は中だけを破壊するよう指向性にしてあるし分量もきっちりはかってあるんだから」

「…ちゃんと実験したんでしょうね」

ジト目で確認するミサト。

「あ、あら何の事かしら?」

目をそらすリツコ。

眉間にしわを寄せシンジの方を向くミサト。

「ちょっとシンジくん、命が惜しかったらやめておきなさい。下手したらクラスのみんなごとドカーンよ」

「はは、でもせっかくリツコさんが用意してくれたんですから持っていきますよ。それにいざとなったら爆弾代わりに使用するという手もありますし」

「それはいい考えね〜」

シンジの冗談にミサトも笑う。

「そうそう爆弾は少ししか詰めていないから大事に使ってね」

リツコの言葉に固まる二人。

「何考えてんのよ!?

 いくら爆薬の分量をきちんとはかってても、

 中に爆弾入ってたら一緒でしょうが!!」

「あら…そういえばそうね、気付かなかったわ」

古来、天才となんとかは紙一重という言葉をかみしめる二人。

 

 

「それで、行き先はどこなの?」

「京都よ」

「京都?中学の時はたしか沖縄だったかしら?ずいぶんと落ちるわね」

「修学旅行の伝統なんでしょ」

「そういえば昔、父さん達って京都にいたんですよね」

「ええ、副司令が大学で先生をなさっていて、そのときの教え子の一人がユイさんよ」

「碇司令は?」

「さぁ私もよくは知らないわ。ただ、その頃もうユイさんはゼーレに関係してたって話だけど…あ、ごめんなさい」

「いえ、気にしないで下さい」

ユイの名前が出て少し気まずくなる3人。

「どうしたの?」

そこへアスカが料理を運んできた。

「京都なんて渋いわねって話をしてたのよ」

「あ、旅行先ね。ま、私は行ったことはないからいいけどね」

そういいつつ皿を並べる。

「運ぶの手伝うよ」

「うんお願い!」

シンジを連れて意気揚々と台所に戻るアスカ。

「アスカの元気、救われるわ」

「そうね、あたしもシンちゃんがいなくなった後はアスカにずいぶん助けてもらったし」

ミサトがしみじみと言う。

…自分が同じ様にどれだけ人の救いになったか、あなた気付いてないのね

そう思ったリツコだったが口に出した言葉は、

「ふふふ、やっぱりあなたに似てるわよアスカ」

 

 

<2−A教室>

 

「というわけで旅行も目前になったことだし、グループ分けをしましょう!」

「どうせ、今まで忘れてたんでしょ」

「アスカ!」

ヒカリが慌てて言った。

「…何か言ったかしら惣流さん?」

「いいえ何も言ってませんわ葛城先生」

そのままにらみ合う二人。

「何かあったんですか碇君?」

マユミが心配そうに聞いた。

「…ちょっとね」

朝食の時にお互いを冷やかし合って喧嘩したとはさすがに恥ずかしくて言えないシンジ。

「ま、いいわ。とりあえず男子、女子に別れて4人ずつのグループを作ってね」

 

男子側

「なんやめんどくさいな」

「俺達は悩む必要ないだろ。どうせ渚はシンジについてくるんだからちょうど4人さ」

「それもそうだね」

「よろしくお願いするよ」

というわけで他の男子も最初から誘おうとはしていない。

 

女子側

「じゃヒカリ一緒にしようか」

「そうね。マナもマユミも構わない?」

「ま、いつもの事だし」

「よろしくお願いします」

というわけでこちらも最初から誘われていない。もっともこちらは一緒になっても美人に囲まれて劣等感にさいなまれるからという説もあるが。

 

「次に、男女のグループ同士でペアをつくって。雑用する時の分担の為よ。男には男向きの仕事、女には女向きの仕事があるでしょ。自由行動する時の組も兼ねてるわ」

 

しばらくのち、シンジ達のグループとアスカ達のグループが残った。

「なんや委員長達もあまりもんか?」

「鈴原たちも?」

「妙だね、山岸達なら奪い合いになると思ったのに」

「相田君達の方こそ」

「どうやらとことん縁があるみたいだねマナ」

「困ったことにその様ね」

「じゃ、アスカ。ペアを組もうか」

「そうね。他のは邪魔だけどシンジがいるならいいわ」

 

『ちょっと待ったぁ!!』

その他のクラスメートの叫び。

「何でだ!惣流のことだからすぐに碇の所と組むもんだと思ってたのに!」

「そーそー委員長もいるしな」

「えー碇君達フリーだったの?」

「そんなーアスカ達と一緒だと思ってたのにーっ!」

「碇君と渚君がいれば残りの二人は我慢できるのに!」

「くっそーなんで壱高美少女軍団をあいつらに!」

「許せん!惣流や委員長ばかりかあとの二人まで!」

最初から諦めていたが、実はチャンスだったと気付くと猛烈に後悔を始める。

所詮人間なんてそんなものである。

「なんか勝手なこと言ってるわね」

ジト目でマナ。

「なにか哀しいことでもあったのかい?泣いてる人もいるけど」

相変わらずマイペースのカヲル。

「気にするなよ渚。チャンスをみすみす逃した負け犬達の遠吠えさ」

眼鏡を光らせて勝者の喜びにひたるケンスケ。

「相田君結構きつ〜い」

少したじろぐマユミ。

「ケンスケの言うことも一理あるで。ま、委員長と一緒なら楽できるしな」

別に深い意味はないトウジの言葉。

「何言ってるのちゃんとしなさいよ、もう」

口とは裏腹に嬉しそうなヒカリ。

「まぁ、このアタシと釣り合う男なんてシンジ以外に存在しないということね」

言ってることはともかく、うれしいアスカ。

「一緒で良かったねアスカ」

そういって微笑むシンジ。

 

 

<ネルフ総司令 執務室>

 

「いいのか碇?」

「何がだ?」

「パイロットを全員ここから出すとは…」

「問題ない。何かあればヘリを回せばすむことだ」

「ここの話じゃない、彼らの方が問題だと言っている。…まさか、餌をまくのか!?」

冬月の顔色が変わる。

ゲンドウが口元をゆがめる。

「ああ。せっかくの機会だからな、使えるものはなんでも使う」

「しかし…」

「心配ない。シンジはわかっている。赤木博士や葛城君の前では楽しそうに振る舞っているようだがな」

「…あの、シンジ君がな」

何とも言えない気分になる冬月。

「加持君もシンジと同じで既に動いている。二人に任せておけば問題ない」

「…端から見たらお前達3人が共謀したように見えるぞ」

実際、暗黙の了解と言う奴だ。

「だからシンジも、赤木博士に違和感を感じさせないよう話を誘導したのだ」

冬月は深く息を吐いた。

「…もっとも、それでも修学旅行に行けるのを喜んでいるだろうがな」

「………そうだな」

 

 

<シンジの部屋>

 

 カチャリ、カチャリ

 シンジは拳銃に一発一発丁寧に弾丸を込めていた。念のため、アスカが入浴中の時間を見計らってである。

 荷造りは出来ていた。ボストンバッグ一つにトランクが一つ。いらないに越したことはないが銃の手入れも怠っていない。シンジの前には用途別に10種類近い弾丸が箱詰めされて置かれていた。さすがに持っていける量には限界がある。敵を倒すために銃を使用するのは避けた方がいいかも知れない。

 …敵。シンジはゲンドウの予想通りゲンドウの計画を見抜いていたが、それで、アスカ達が旅行に行けるのなら安いものである。要はもし敵が現れてもアスカ達に気付かれずに撃退できればいいのだ。加持とはおおざっぱな方針について話し合っておいた。保安部員がガードにつくのはいつものこととして、ジョニーとジャネットそれに場合によっては加持自身も護衛に回ってくれる。既に観光先、宿泊先の細かい見取り図にも目を通してある。第三新東京市の外ならネルフは怖くないなどと甘く見られるわけにはいかない。アスカ達には指一本触れさせない。

 そんなことを考えている内に顔は険しく眼光は鋭く変わっていった。

「シンジ」

突然ふすまが開いてアスカが顔を出した。思わず反射的に行動するシンジ。

「!!」

瞬時にマガジンを込め、安全装置を外し、相手…アスカの眉間に狙いを定めていた。

この間、コンマ9秒。

銃を突きつけられたアスカは硬直する。

「あ、ごめんアスカ」

 

 

【第七話 過去の予感】

 

事が事だけにアスカの怒りはおさまることを知らず、いくつも約束をさせられた後ようやくシンジは解放された。シンジも自分のミスなのでおとなしく聞く。

「…にしてもこのありさまとその拳銃は何なのよ?」

落ち着いたアスカが質問した。

シンジは叱られている間に考えておいた言い訳を言う。

「リツコさんにもらったんだ。撃っても当たらないだろうけど銃を向けるだけでも威嚇効果があるからって。こっちはいろいろな弾丸。ま、下手でも大丈夫なようにってね。何かの時のための護身用だって。ま、せっかくもらったんだから手入れぐらいしようかと思って…」

ほどほどに真実が混ざっている嘘は信憑性があり、アスカは納得した。

「で、いつのまにか危ない妄想の世界に入ってしまい、そこにアタシが来たというわけね」

「ごめん」

「ま、いいわ。約束は忘れないでね」

「わかってるよ。…でも、早かったね?アスカのお風呂の時間を見計らってやってたのに」

「そりゃそうよ、まだ髪も乾かしてないし、第一服も着てない…」

「あ、本当だ」

アスカは別に裸というわけではない。

おなじみの赤いバスタオル一枚をまいただけの格好である。

今更恥ずかしがることもないとは思うがアスカは真っ赤になって部屋を飛び出ていった。

「…結局何しにきたんだろう」

 

「で、シンちゃん。アスカに何したの?」

ミサトがいつもの調子で聞いた。

「別に何もしてませんよ」

「本当に〜?」

「本当ですよ。間違って銃をむけちゃいましたけど」

「ちょっとシンちゃん。だめじゃない!」

ミサトの口調が厳しくなる。

「すいません。どう言うわけだかアスカの気配に気付けなかったんです」

反省するシンジ。

「そうじゃなくてアスカなら銃で脅したりしなくてもいつでもOKよ」

「「ミサト(さん)!!」」

「あ、アスカ」

「まったく何馬鹿なこと言ってんのよ」

パジャマに着替えたアスカがミサトをにらみつける。

「あら本当のことでしょ。シンちゃんは奥手なんだからはっきり言わないと…」

「ミサト!!」

「やーねー冗談よ」

「うそつきなさい!」

「ところでアスカさっきは何の用だったの?」

「………」

赤くなって黙り込むアスカ。

結局、何の用だったのかはわからずじまいだった。

 

 

 

 

「ミナサンコンニチハ」

「初めまして、これから私たちがみなさんのお世話をさせていただくことになります。運転手はジュリアン・アンダーソン」

「ジョニーってヨンデクダサーイ」

「ガイドは私ジャネット・コリンが努めます。なにぶん新米ですので至らないこともあるかと思いますがどうぞよろしくお願い致します」

そういってジャネットが会釈すると生徒達から拍手と口笛が上がった。

「ついてるね、こんな美人のバスガイドさんとは」

ケンスケは早速撮影にいそしんでいる。

「国際化ってこんな所でも進んでいるんですね」

マユミはうんうんうなずいている

「どうしたのシンジ?」

しっかりシンジの隣の席を確保したアスカが言った。

「な、なんでもないよ」

眉間をおさえてシンジ。

「いやー奇遇だねシンジ君」

わかっているのかいないのかカヲルが前の席から身を乗り出し言った。

「京都観光するのに黒人の運転手に金髪のバスガイド…こんなミスキャストをよく考えるわね」

ミサトも頭痛をこらえていた。

…おまけに何よこのバスは!

「シンちゃーん、ちょいちょい」

シンジを手招きするミサト。

「あ、ごめんアスカ。ミサトさんが呼んでるみたいだ」

「もう、しょーがないわね」

ミサトの隣、マヤと一時席を替わって二人は顔を寄せた。

「…気付きましたか?」

「…当たり前よ。このガラス見て、撤甲弾でも撃ち込まなきゃ傷一つつけられないわよ」

「ということは」

「やっぱり…」

 

ネルフ本部の研究室で二児の母親がくしゃみをしたとかしないとか。

 

 

「さすがに京都の旅館まではネルフ直営とは行かなかったか」

宿に着くとミサトは心底ほっとした。

「さすがに葛城さんもいろいろ回って疲れましたか?」

マヤが気遣う。もっとも気遣う方向が違うのだが。

「あはは、だいじょーぶよ」

 

 

男子用の大部屋の隅。

のんびりと畳に転がっているシンジ達。

時計を見たトウジが起きあがる。

「さぁて飯の前に風呂やな」

「待ってました!」

「待ってましたって…ケンスケそりゃ風呂の格好やないで」

デジタルカメラを基本に各種装備で身を固めたケンスケ。さながら軍の特殊部隊である。

「くくくく、ついに…ついにこの時が来た!

 思えば俺はこのときのために生まれてきたのかも知れない」

「何とも凄い気迫だね」

感心するカヲル。

「そう、高校生になり、同じクラスにあれだけの美少女が4人もいて、おまけに担任、副担任まで美女。これだけの好条件はもはや一生に二度とないだろう」

「まぁそうやろな」

「ねぇケンスケ。やめといた方がいいと思うよ」

「止めるなシンジ!男にはやらねばならない時がある!」

「よう言うたケンスケ!わしもつきおうたる!」

ばっと立ち上がるトウジ。

「…トウジ?」

「ありがとうトウジ!俺はお前のような親友をもって幸せだ!」

「何をいうんやケンスケ!わしらは生きるも死ぬも一蓮托生や!」

がっし、と手を合わせるトウジとケンスケ。

「ようするにご婦人方の入浴をのぞきに行くんだね」

身も蓋もないことを言うカヲル。

「なんや渚。興がさめるようなこと言うなや」

「そう、俺達はこれから戦いに行くんだ。シンジ達はどうする?」

「僕はひとっ風呂浴びさせてもらうよ。大きいお風呂は久しぶりだからね」

タオル片手に喜色満面で答えるカヲル。

「僕もカヲル君と一緒に行くよ。また迷うかも知れないし」

「そりゃそうや」

ちなみに今日も少し離れた隙にカヲルは何度も迷子になり、ミサトの疲労度指数の上昇に貢献していた。

「では、行くぞトウジ!」

「おうケンスケ!」

女湯、女湯と口ずさみながらトウジとケンスケは出ていった。

二人を廊下で見送っていたカヲルが口を開く。

「なんとも楽しそうだね。ところで行かせていいのかいシンジ君?」

「止めても無駄だよ。それに覗こうと考えるのはケンスケ達に限ったことじゃないしね」

「彼女達の裸を見られてもいいのかい?」

「…僕もそこまでお人好しじゃないよ」

シンジは薄く笑みを浮かべた。

 

「おんなゆ、おんなゆ」

茂みの中、身を屈めて女湯に向かうトウジとケンスケ。

「さすがケンスケ。道順もしっかり調べとるんやな」

「当然、万事においてぬかりなしだよ」

やがて女子達の声が聞こえてきた。

「おっ近いぞ」

「この声は…」

「惣流に霧島、山岸に委員長だ。うーんグッドタイミング。天は俺達に味方した!」

「い、生きてて良かった」

「まだその台詞は早いよ。よし行こう」

と、ケンスケが脚を踏み出した瞬間、ビュン!という音と共に二人は宙に持ち上げられた。

「な、何や!?」

片足をロープにしばられ二人は持ち上げられていた。

「トラップだ!!」

「そんなアホな!!」

「馬鹿な!ロープなんかどこにもなかったぞ!」

素人ながらも日頃の訓練で鍛えた観察眼を駆使し警戒して進んでいたはずだった。

だが今実際に宙づりになっている。ひとまずロープを目で追っていくと途中で黒くて非常に細いワイヤーに変わっていた。よく見ると地面から数pの高さに幾重にもワイヤーが張り巡らされている。昼間ならともかく日暮れ前の今では発見は困難だ。

「うーん、いい仕事だ。これはプロの仕業だよ」

状況を忘れて喜ぶケンスケ。

「感心しとる場合か!はよ逃げるぞ!」

「同感だね、捕虜になる前に…」

「ん、どうしたケンス…」

二人の顔からさっと血の気が引いた。

アスカとマナを先頭に大勢のジャージ姿の女子が立っていた。

めいめいモップやほうきなどを持っているがこれから掃除をするのでないのは明らかである。

「あんた達覚悟は出来てるんでしょうね!」

アスカが言った。

「ま、まぁ落ち付けや」

「は、話せば分かる」

命乞いを始める二人。

「どうするアスカ?」

マナが言わずもがなのことを聞く。

「決まってるじゃない!

 これ以上バカな男どもがバカなことを考えないよう見せしめよ!」

「そうよね〜やっぱり悪の芽は早めにつみとらないと」

「お、おちつけ惣流、霧島」

「ふーたーりーとーも!!」

ヒカリが鬼気迫る声で言う。

「Gehen!!」

「「ひええええええっ!!」」

アスカの号令一下、制裁が始まった、

 

 

「風呂はいいね。風呂は身も心も癒してくれる。リリンの生み出した文化の極みだ」

「そういえば風呂は命の洗濯だって昔ミサトさんが言ってたな」

シンジとカヲルは仲良く湯船に浸かっていた。

 

 

「それで二人は?」

ミサトは一部始終を聞いた後アスカに尋ねた。

大広間で夕食の最中である。

「気が済んだからマヤに引き渡したわよ」

「あーそれはしばらく帰って来れないわね」

ネルフ本部にこの人ありと言われた潔癖性のマヤである。数時間はお説教が続くだろう。

「自業自得ね」

ミサトの対面に座ったマナが言った。

「それにしてもアスカさん。よくわかりましたね、あの二人がのぞきに来るって」

マユミが聞いた。

「ま、まあ、あいつらの考えそうなことだからね」

「でも、あの仕掛けは誰がやったのかしら?」

ヒカリが首を傾げる。

アスカはちらりとシンジを見ると黙々と食事を続けた。

シンジも何事もなかったように料理をつつく。

「なるほどね…」

マナは事情を察した。

「ああ、そういうこと」

ヒカリも納得する。

「もしかして、い…」

「そこまでよマユミ」

アスカがマユミを止めた。

「それ以上言うとシンジがもてない男どもにどんな目にあわされるか分からないでしょ」

「そ、そうですね」

それでも自然にこういうことは伝わるもので女子の間で一段とシンジの人気はあがり、相対的に男子からの敵意が増加した。

「ま、シンちゃんなら大丈夫よ」

 

 

その夜、消灯後。

男子部屋は一人対大多数の枕投げ合戦場と化した。

ミサトが放っておいたこともあり戦いは夜明け前まで続くこととなる。

 

 

翌日のバス車内、ほとんどの男子は死ぬように眠っていた。

元気なのは鍛えてあるシンジと一人ぐっすり眠っていたカヲルだけだった。

「シンジ君も災難だったね」

「カヲル君…よくあの状況で眠れるね」

さすがのシンジも十数人を相手に一晩中戦うのは億劫だったらしい。

元気なのは元気なのだが顔つきがいまいちである。

「シンジも眠たいんだったらアタシのことは気にせず寝ていいわよ」

そういって心持ち肩を寄せる。自分の肩にもたれて寝ろという意味らしい。

本当は膝枕と行きたいところなのだがさすがに狭いバスの車内だし恥ずかしい。

「ありがとうアスカ。大丈夫だよ」

「シンジくん別に遠慮しなくてもいいんじゃない?どうせ今日も眠れないんだし」

「…哀しくなること言わないで下さいよミサトさん」

眉間を押さえるシンジ。

「でも葛城さん、今日は班単位で個室ですから大丈夫じゃないですか?」

「あ、そうだっけ?」

それはそれで怖いな、と思うシンジだった。

「ま、いざとなったらあたし達の部屋に来なさい。他に女の先生いないから広いのよ。マヤもいいでしょ?」

「そうですね、シンジ君なら安心ですし」

「そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ」

「そうよ。だいたいミサトの部屋に行かせるくらいなら…」

「行かせるくらいならなに?」

素早くつっこむミサト。相変わらず機を見るに敏である。

「…う」

「ひょっとして行かせるくらいなら自分の部屋に連れ込もうってか〜?」

『きゃーっ!』

ミサトの発言に女子から歓声が上がる。

「ちょ、ミサト!!」

「な〜に?違った?」

 

「君達はどうなんだい?」

カヲルがマナ達に尋ねる。

「い、いくらなんでもそれは…」

さすがに躊躇するヒカリ。

「でもシンジなら大丈夫ね」

「そうですね、碇君なら信用できます」

マナとマユミがうなずき合う。

「ちょっとマナ、マユミ!」

「あたし別にいいわよヒカリ」

「わ、私もかまいません」

「だそうだよシンジ君、惣流さん」

「どうしろって言うんだよカヲル君」

「そーよ」

「ま、非常時の話だよ。第一、彼らがまたのぞきをしたりするかな?」

『絶対する』

「そ、そうかい」

断言されて返す言葉のないカヲルだった。

 

『あらあらガイドなんていなくても十分楽しんでるわね』

小声でしかも念のため英語で話すジャネット。

『…お前、仕事しろよ』

ひたすら運転手のジョニーだがそれなりに楽しいらしい。

『あらちゃんとしてるわよ。さっきからついてきてる車の特徴もメモったし』

『おやおや』

ちらりとサイドミラーに視線を向けるジョニー。

『ちゃんとバックミラーも見ときなさいよ』

『へいへい』

 

 

 

NEON WORLD EVANGELION

Episode7: Record of Kyoto war!!

 

 

そして二日目の夕方を迎えた。

2−Aのとある班の部屋。作戦部長相田ケンスケを前に一同が会していた。

なぜケンスケの部屋でないかは明らかである。

「諸君も知っての通り、シンジは裏切り者…いや敵だ」

「そうだ、我々の崇高な志を理解していない」

「おまけにますます女子の人気が上がっている」

ぐっと拳を握り怒りを募らせる一同。

「シンジの様子は?」

「は、今のところ工作活動は行っておりません。チェックイン後女子との接触も確認しておりません」

「よし、引き続き厳重な監視を怠るな。相手は何と言ってもあのエヴァンゲリオンのパイロットだからな」

「たしかに…」

「昨日のトラップは油断していたとはいえこの俺が発見できなかったほどだ。一度仕掛けられたら突破は困難だろう」

「エヴァのパイロットって工作員の訓練まで受けてんのかな?」

「惣流と霧島の監視も忘れるな。あの二人が率いる女子は…」

思わず昨日のことを思い出し震えが走るケンスケ。

「と、とにかくまずはシンジを拘束し妨害者を排除。その後、警戒しつつ目的地に向かう。生で見れる者は少数だが、涙をのんでくれ。そのかわり画像データは無償で配布しよう」

『おおーっ!!』

「ところで渚はどうする?」

「ほっとけ」

 

「あれトウジ、ケンスケは?」

「なんや腹の調子が悪い言うてたから便所とちゃうか?」

「そう」

トウジはシンジを懐から監視する役目を負っていた。無論、部屋の外にも監視員が待機しているが。

「僕とカヲル君はお風呂に行くけどトウジはどうする?」

「ケンスケを置いてくのも可哀想やさかい、待っちょるわ。かまわんけん二人で先に入って来いや」

「じゃ、そうさせてもらおうかシンジ君」

「そうだね。じゃ、トウジお先に」

 

二人が出ていくとトウジは素早くケンスケのいる部屋に連絡した。

「許せシンジ、のぞきは男のロマンなんや!」

そう言って部屋を飛び出ていく。

 

「…怪しいね」

歩きながらカヲルが言ったが、その笑顔には変化がない。

「カヲル君もそう思う?」

シンジも世間話をするように言った。

「リリンを見ていると実に楽しいね。好意に値するよ。ところでシンジ君、今度はどんな手を使うんだい?」

「大したことじゃないよ」

そういって大浴場の前に来るとちょうどアスカ達が現れた。

「あら、シンジ、偶然ね」

「そうだね」

にっこり笑うシンジとアスカ。

「それにしてもやっぱり広いお風呂っていいわよね〜」

「そういや第八使徒の時に行った温泉も広くて気持ちよかったよね」

「そうそう、泳げるくらい広かったわよね〜」

そこで話を区切る二人。

「じゃ、また後で」

「またね」

そういって二人は男湯と女湯に消えた。

「何だったんでしょう?」

マユミが首を傾げる。

「さあね。じゃ、また」

そういうとカヲルも男湯に消えた。

 

「大浴場前にて碇と惣流が接触。立ち話をするも内容に問題なし」

監視員からの報告を受けたケンスケが立ち上がる。

「時は来た!いくぞトウジ!」

「おう!」

「がんばれよ!」

「撮るまで帰ってくるなよ〜!」

「うらやましいぞ〜!」

仲間に見送られ二人は出撃した。

 

「ワイヤーはなし。見たところ他にトラップも無し」

「落とし穴とかないやろな?」

「さすがにこの短時間じゃ無理だよ」

「ま、今回はシンジも見張っとるし大丈夫か」

話しながら匍匐前進で進む二人。

…はっきり言って怪しいことこの上ない。

 

 

「やっぱりお風呂はいいね。疲れを癒してくれる。リリンの生み出した文化の極みだ」

「ペンペンがお風呂好きなのもわかる気がするね」

シンジとカヲルは仲良く湯船に浸かっていた。

 

 

壁際まで辿り着いた二人は耳をすました。

昨日と同じようにアスカ達の話し声が聞こえる。

更に今回はちゃんと水音もしている。

「う、う、生きてて良かった」

「男だったら涙を流すべき状況だね」

ゆっくりと窓に向かって背伸びする二人。

「「も、もうちょっと…」」

「何がもうちょっとなのかしらん?」

硬直する二人。

「「そ、そのお声は…」」

ギギギと擬音を立てながら首を回すトウジとケンスケ。

二人の目ににっこりと笑って腕組みしているミサトと怒れる大魔神と化したマヤが映る。

「そ、そんなバカな。機密漏洩は無いはず…」

「シンジも見張っとったはずやのに…」

「甘い甘い。世の中にはこういう便利な代物があるのよ」

そういってミサトは携帯電話を取り出す。

「アスカから連絡を受けて待ち伏せてたというわけ」

「ば、馬鹿な。惣流にわかるはずが…」

「そや、シンジの携帯は部屋にあったはずや」

「甘いわね!」

「「!?」」

振り返ると窓の向こうにバスタオルを念入りに巻いて仁王立ちするアスカの姿があった。

その背後にはこれまた念入りにバスタオルで身を覆った女子達がお湯の入った桶を構えている。むろん人肌とかいう生優しいレベルではなくぐつぐつと煮えたぎった死ぬほど熱そうなお湯が入っている。

「どうせ私とシンジを見張ってたんでしょうけどお生憎様。最初に段取りしておけば何気ない会話でもあんたたちが何をするかくらいは伝えられるのよ」

ちなみに今回は『使徒』がキーワードだった。

「「はははは、そんな」」

「ま、格の違いって奴よね。みんな、いくわよ!

『おーっ!!』

「「お、お助けーっ!!」」

「天誅!!」

 

 

『どわっちゃーっ!!』

遠くから悲鳴のような声が聞こえた。

「おや、なにかの催し物かな?」

「ま、似たようなものだと思うよ」

悪は滅びるのだ。

 

 

「というわけで二人はまたマヤと一緒よ」

「二度あることは三度あるというけどあの二人明日もするのかな?」

カヲルが尋ねた。

「…仏の顔も三度までってね、渚も覚えておくといいわ」

「どういう意味だい?」

「…シンジ、教えてやんなさい」

「えーと、いくら優しい仏様でも許してくれるのは2度目まで、3度目は許さないぞって所かな?」

「なるほど。…でも、1度目も2度目も許したようには見えなかったけれど?」

そういってアスカの顔を見る。

「何言ってんの、一回の制裁とマヤの説教だけで解放してあげてんのよ。感謝こそすれ恨まれる筋合いはないわ」

「そういうものなのかいシンジ君?」

「…3度目があったらわかるよきっと」

「ま、その時は共犯者も容赦しないけどね!!」

そういって周囲を見回すアスカ。男子達は慌てて目をそらす。

「まさにチームワークの勝利だね」

カヲルが言った。

「そうね、さすが同居してるだけのことはあるわ」

マナも賛同する。

「あったり前よ、並み居る使徒を全て撃退したアタシ達に挑もうなんて考えるのは余程のバカだけよ!」

『おおーっ!』

立ち上がって断言するアスカに拍手が送られる。

ミサトのクラスだけあってノリがいい。

「いやーまったくその通りだね」

うっ、とうめいた後、発言の主に向かって身を屈めるアスカ。

「…あんたって本当にいい性格してるわ」

「君にほめてもらえるとは光栄だね」

毒気をぬかれてアスカは座ると食事に専念する。

「どうかしたのアスカ?」

心配そうにヒカリが言った。

「なんでもないわ。このバカが気にくわないだけ」

断言されて気まずそうにカヲルを見るがカヲルの方は気にしている風には見えない。

ミサトもシンジも表面上は変わりない。

ヒカリはマナとマユミと目を合わせて仕方なさそうに肩をすくめた。

 

「まぁセンセの気持ちも分かるからな」

「俺達に惣流の裸を見せたくないと思うのは仕方のないことさ」

帰ってきたトウジとケンスケはそう言ってあっさりとシンジを許した。

拍子抜けしたシンジだったがまあ昨夜の二の舞は避けれてよかったと思った。

…だが、それはあまりにも甘い考えだった。

個室のトイレとユニットバスは使用禁止になっていた。そこで外にトイレに行き帰ってきたシンジを迎えたのは堅く閉ざされたドアだった。

「………甘かったな」

シンジは自分の失策を認めた。おそらくいくら呼んでも無駄だろう。鍵を開けて入ることは簡単だがドアの所に居座っているのは想像に難くない。唯一の味方のカヲルは朝までぐっすりと寝るだろう。

まだまだ常夏の日本とは言え京都の夜は冷える。サバイバル生活にも慣れているシンジにとっては別に大したことではないが廊下で寝るというのも寂しい。フロントに行って頼むのも身内の恥をさらすようで情けない。

結論。

「あら、シンジ君」

ドアを開けると意外な人物がいたのできょとんとするマヤ。

「遅くにすみません。マヤさん」

「遅いのはまあいいけど、どうしたの?あ、とりあえず中に入って」

「おーシンちゃん!ちょうどいいわ」

そう言ってビール瓶を持ち上げるミサト。

「…ミサトさん」

すでに空瓶が何本か転がっている。

振り返ると、ああよかったという顔でマヤが微笑んでいる。

シンジはため息をつくとコップを取った。

 

「…というわけで予想通りの展開です」

「ふーん。よし、お仕置きよ!」

すっくと立ち上がるミサト。

「ちょ、ちょっとミサトさん!」

「あーに?」

「僕なら大丈夫ですし、酔って行っても説得力に欠けますよ」

「ま、それも一理あるわね、じゃ、酔ってないマヤに…」

視線の先にふとんに潜ってすやすやと眠っているマヤの姿があった。

シンジに酔っぱらいの世話を頼んでいち早く寝床に逃げ込んだのである。

起こすのが思わずためらわれる安らかな寝顔だった。

「………」

ジト目のミサト。

「は、はは…」

その後、シンジは延々宴会に付き合わされることになる。

 

「ふーっ、少し冷えるわね」

お手洗いから出たアスカは軽く身震いした。

「うん?」

視界の先にシンジがいた。アスカに気付かず歩いていく。男子と女子は別フロアのはずだ。

何でシンジが…?

そう思い後を追いかける。

 

「シンジ」

「わっ…なんだアスカか」

いきなり呼ばれて慌てたがアスカとわかりほっとするシンジ。他の女子に見つかったら何を言われるやら。それにしてもアスカの気配に気付かなかったのは2度目だ。好きな女の子の気配なら逆に普通よりも敏感なはずなのに気づけないのはなぜだろう?

「なんだじゃないわよ。なんであんたが女子のフロアをうろついてるの?」

「えーと…入ったら説明してあげるよ」

「…?ミサトとマヤの部屋じゃない」

 

「…なるほどね」

アスカは部屋に入るなり言った。

ミサトはビール瓶片手にはだけた浴衣姿で床の上に大の字になって寝ている。

ミサトを抱えて奥の布団に寝かせるシンジ。

仕方がないので後片づけを始めるアスカ。

…私もシンジに行動パターンが似てきたわね

それはそれで嬉しいような悲しいようなアスカ。

シンジが余っている布団を運んできた。

奥の二人に気を使って入り口の方で掛け布団にくるまって寝るつもりらしい。

「とはいえさすがに目がさえちゃったな…あ、アスカありがとう。明日も早いから早く寝た方がいいよ」

シンジの言葉を聞いて考え込むアスカ。意を決してシンジの隣に座る。

「アスカ?」

「寝付けないんでしょ?しょうがないからしばらく付き合ってあげるわ」

「………」

「何よ?」

「ううん。なんでもない」

そういって布団を肩に掛けて座った後、片側を持ち上げた。

「?何やってんの?」

「だって冷えるだろ?」

一緒に布団にくるまろう、そうシンジは言っている。

「そ、そんなの…」

「おいで、アスカ」

シンジが照れくさそうに言った。

 

…なんでシンジの言うことに素直にしたがっちゃうんだろう?

…そっかアタシはシンジの前では素直になるって決めたんだったよね

…シンジ、あったかい。

「…カ、アスカ?」

「な、何?」

「いくら呼んでも返事しないからもう寝たのかと思った」

「…ど、どうでもいいでしょ。さ、何か話しなさいよ」

「何かってなに?」

「な、何でもいいわよ、シンジの話したいことで」

「わかったよ」

シンジは他愛もない話を始めた。

ただの世間話のようなものだ。

アスカは何もいわずに聞いている。

やがてアスカはシンジの声に耳を傾けながら眠りについた。

 

 

「葛城さん!葛城さん!」

「うーん…アスカお願い、後5分だけ…」

寝ぼけているミサト。

「葛城一佐!起きて下さい!」

「あ、なんだマヤちゃんか。なーに?まだ暗いじゃない…」

「ですからその!」

マヤの指さす先を見て一瞬で目が覚めるミサト。

もっとも、慌てふためいたマヤと違いすぐに優しい表情に変わる。

視線の先では一つのふとんにくるまったシンジとアスカがすやすやと眠っていた。

シンジの肩に頭をのせて眠っているアスカの寝顔はとても安らかだった。

「ま、いいんじゃない?」

「で、でも一応二人は未成年ですし!」

「別に変なことはしてないでしょ?たまたま同じ布団で寝てるだけよ」

「たまたまって…」

「どうせ後何年かすりゃこれが当たり前になるわよ」

「そ、それもちょっと…」

「それより他の子にばれないうちにシンジくんを起こしましょう。

 …シンジくん、シンジくん」

ゆさゆさとシンジをゆさぶるミサト。

「…起きませんね」

シンジは反応しない。

「…そういえば私もアスカも毎日起こしてもらってたけどシンジくんを起こしたことはなかったわね」

「葛城さん…」

マヤの目が呆れている。

「しょうがないわね」

そういってミサトは自分のバッグをごそごそ始めた。

「何かお探しですか…え!?

ミサトが取り出したのはオートマチックの拳銃だった。

「ど、どうするんですそんな物持ち出して?こんなところで発砲したらシンジくん一人の騒ぎじゃすみませんよ!」

「別に撃ったりしないわよ。よーくみてなさいよ」

カートリッジを引いて弾倉に弾丸を送り込む。そのとき、カチャリと小さな音がした。

「!!」

シンジの目がかっと開かれ素早く立ち上がるとアスカを背後にかばった。

「あれ?あ…ミサトさん、マヤさんおはようございます」

マヤは唖然としている。

ミサトは銃をしまいながら、

「うーんやってみるもんね。本当に起きるとは思わなかったわ」

「何のことですか?」

シンジはアスカを仰向けに寝かせながら尋ねた。

「いーのいーの。それよりばれないうちに部屋へ帰るといいわ。今なら、後の二人も寝てるでしょう」

「そうですね。あ、アスカはどうしましょう?」

「寝かせとけばいいわ。別にアスカならここで寝てたって問題ないでしょう」

「それもそうですね、じゃまた後で」

「ほーい」

シンジが出ていくとミサトは再び寝床に戻る。

「あ、あの葛城さん」

「なーにマヤちゃん」

「…鍵はどうするんです?」

本当はシンジの寝起きについて尋ねたかったのだがなぜか別のことを聞いてしまうマヤ。

「…シンちゃんならどうにかするでしょ、じゃあたし寝るから、朝御飯の前になったら起こしてね〜」

ひらひら手をふると頭まで布団をかぶる。

「………」

マヤは朝食前まで呆然としていた。

 

ちなみに

「おはようシンジ君。ところでどうやって帰ってきたんだい?」

ドアの前でいびきをかいている二人を後目にカヲルが尋ねたところ

「窓から」

といういたってシンプルな回答が帰ってきたそうである。

 

 

−チルドレンのお部屋 その7(京都出張編)−

 

カヲル「やあみんな、渚カヲルです。元気だったかい?」

アスカ「…なにさわやかな挨拶をしてるのよ」

カヲル「あいさつする友、フレンドがいるということは幸せにつながる。いいことだよ」

アスカ「…あんた最近ますます暴走気味ね。そのうち使徒を食べたりするんじゃない?」

シンジ「残念だったね。綾波は旅行に行けなくて」

レイ 「………」(ズーンと暗くなる。言われるまで気付かなかったらしい)

シンジ「(慌てて)で、でもおみやげ買って帰るから!ね?」

レイ 「…(コクリ)」(パーッと明るくなり、顔に心持ち赤みが差す)

シンジ(ほっ、よかった)

カヲル「…家で待つ妹、リトルシスターがいるということも幸せにつながるようだね」

アスカ「うるさいわね。だいたいあんた前回、ディラックの海に沈んだんじゃなかったの」

カヲル「世界は奇跡に満ちているってことさ」

アスカ「…うさんくさい台詞ね」

カヲル「君の心は実に繊細だね。照れくさいのはわかるけどシ…」

アスカ「わーわー!」(慌てて大声を出す)

カヲル「おまけに一緒に…」

アスカ「わーわーわー!!」(更に大声を出す)

シンジ「八つ橋とかだったら今の綾波でも大丈夫だね。あとはそうだな…」

レイ 「………」(一見無表情。実はシンジの話を聞いているだけで幸せ)

カヲル「そうそうリリ…」

アスカ「わーわーわーわー!!!」

シンジ「飲んだらまずいものとかないかな、リツコさんに聞いてみないと…」

レイ 「………」

 

 

つづく

 

予告

綾波レイ

人々の心に思い出を残し彼女は消えた

彼女の声を聞きアスカは何を想うのか

レイは彼女に何を望むのか

一方シンジは戦場に身を置いていた

帰国しても戦いから遠ざかることはない

むしろ戦わざるをえない現状

シンジの選んだ道に大人達は何も言うことはできない

彼らの願いを背負いシンジは戦う

 

次回、新世界エヴァンゲリオン

第八話 いざなえるモノ

この次もお楽しみに!

 




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