【新世界エヴァンゲリオン】

 

 

「ジャネット…安心しろ、傷は相当深い」

ライフルのマガジンを交換しながらジョニーが言った。

「…前から思ってたけどさ。あんたって最低な奴よね、ジョニー」

ジャネットは膝の上に抱えたコンポジット爆弾に片手で信管を突き刺した。

もう一方の手は携帯端末のキーボードの上を走っている。

ディスプレイ上ではエラーの表示が何度も繰り返される。

「ちょっとはシンジを見習ったら?そうすりゃ少しはもてるかも知れないわよ」

「お生憎様。これで十分もててるよ」

ポケットから取り出した煙草ケースの中央を銃弾が貫通しているのを見て眉をひそめるジョニー。

「あらごめんあそばせ。でもそのわりには幸運の女神に見放されたようね」

「お前みたいな性悪女と一緒にいたから嫉妬したのさ。もてる男はつらいな」

なんとか無事な一本を取り出して火を付けた。

落ち着いた息とともに紫煙が吐き出される。

通路には十数体の死体が転がっている。

激しい銃撃戦の結果だ。

ジャネットの左腕は大量の出血のため真っ赤に染まっていた。

ジョニーもまた同様に腹部を赤く染めている。

「…で、つながったか?」

ジャネットは快調にコマンドを受け入れだしたディスプレイに目を向けうなずく。

「さすがはネルフ本部スタッフの特製品ね。どうにか電波妨害を突破したわ」

「そいつは結構なことだ」

「…OK、本部にコンタクト。データを送り終えるのに2分てところ…」

ザッザッザッザッザ

規則正しく近づいてくる大勢の足音。

「やれやれ真面目に仕事するなんて慣れないことはするもんじゃないな」

そう言いながらライフルを構えたジョニーはジャネットと端末を背後にかばうように立った。

ジャネットは何も言わず作業を続ける。

…こんなことならもっとリョウジから煙草をぶんどっておくんだったな。

「…ジョニー」

「ん?」

「死にそうになったら言ってね。これ押すから」

起爆スイッチを持ち上げた。

スイッチを押せば施設内に仕掛けた爆薬が全て点火されることはジョニーも知っている。無論今ジャネットが抱えているものを含めてだ。

もっとも重要な箇所のほとんどには侵入することさえ出来なかった。

…あいつらに仕事を残しちゃったわね。

そう心で呟くジャネットにジョニーは嫌そうな顔を向ける。

「…お前って最低な女」

「お互い様」

ピー。

データを送信し終えたブザーが鳴る。

同時に足音が早まった。

「今晩どうだ?たまには俺と一杯」

「そうね。じゃ後から来た方のおごりっていうのはどう?」

二人はにやりと笑い合う。

煙草がゆっくりと床に落ちた。

親指がゆっくりとボタンを押し込んだ。

通廊に響いた激しい銃撃音は一瞬の後、爆発音に掻き消された。

 

 

 

【第拾九話 薫風】

 

「そうわかったわ…」

ミサトは受話器を置いた。

それからジャケットを探して部屋をがさがさと漁る。

「来たのね…」

 

「行って来るわ」

ミサトは久しくかぶったことのない軍用ベレー帽をかぶると二人に言った。

「はい」

シンジは予期していたことなので驚きもしないがアスカとペンペンは目を丸くしている。

「アスカ?」

「あ、いっ行ってらっしゃい」

「クエッ」

「じゃ」

ミサトが出て行く。

しばらくして駐車場から爆音が聞こえてきてもアスカは唖然としていた。

「少しは加減っていうものをしらないのかな?夜中だっていうのに…アスカ?」

「あ、え、うん」

状況がわからないアスカを見て考えるシンジ。

…アスカにも心構えをしてもらった方がいいな。

すっとアスカの手を取りリビングに向かって歩く。

「シ、シンジ?」

いつにない行動に驚いて赤くなるアスカ。

 

「座って」

シンジに言われてちょこんと座るアスカ。シンジもクッションにもたれるように座ると不意にアスカを持ち上げた。

「きゃ!」

そのまま抱きかかえ自分の足の間に下ろす。ちょうど背中から抱きかかえる様な姿勢だ。

そしてぎゅっとアスカを抱きしめるとアスカの髪に顔を埋めた。

「シンジ…どうしたの?」

ドキドキしてはいたもののシンジがいつにない行動に出ていることに不安になるアスカ。

「………嫌?」

「イヤじゃないけど…」

というかうれしくてたまらないアスカ。

いつもこんなに積極的だったらとつい考える。

背中越しにシンジの鼓動が聞こえる。シンジの体から暖かさが伝わってくる。

「………アスカに話があるんだ」

「………大切な話?」

「………うん」

「………そう」

「………」

「………あと5分だけ」

「………じゃ、5分だけ」

アスカは目を閉じ体の力を抜いた。シンジはいっそう強くアスカを抱きしめた。

 

<作戦部会議室>

「42分前に入った報告に対するMAGIの見解です」

リツコが凛とした声で言った。

今は完全にネルフ技術部部長としての立場に身も心も切り換えている。

次々にスクリーンが灯っていく。

「スカンジナビアか…」

冬月が敵の本拠地と思われる地点を見て呟く。

「この地域はセカンドインパクトの際に居住可能地域のほとんどが失われています。しかし山間部はまだかろうじて居住地として使用されており、また地中…山中をくりぬけば十分使用に耐えます」

「ヨーロッパにも近いし出撃基地としては十分な位置ですね」

日向と青葉が報告する。このレベルの会議となると二人はもっぱら雑用係となる。

「北極越えでくるんでしょうか?」

侵攻ルートの予測について尋ねる青葉。

地球儀を象った球形のワイヤーフレーム上にいくつもの赤いラインが表示される。

「でも、逆にそう思わせておいて…たとえばドイツ支部を攻撃してこちらの戦力の分散を図るという線も考えられるな」

日向が答えていった。

ゲンドウが口を開く。

「葛城一佐の意見は?」

ミサトはワイヤーフレーム上の一点を指す。

北極経由の最短ルートを除き他のライン表示が消える。

「最短ルートでまっすぐここに来ます」

「根拠は?」

「敵の最終的な目的はここネルフ本部の占拠ないし破壊にあります。自然、こちらがエヴァの分散配置を行わないであろうことは相手にもわかっているはずです。日向一尉の意見の様に他の支部を攻撃しこちらに揺さぶりを掛けるという方法もありますが、長期戦に及ぶと不利なのはむしろ敵の方です。敵は長期に渡り戦線を維持するだけの力もバックアップを行う組織ももはや所有していません。彼らが取りうる選択肢はエヴァ同士の戦闘において我々を殲滅しその威をもって世界に覇を唱える他ありません。ならば、我々もやはりこの第三新東京市に全戦力を配置し敵の迎撃に全力を注ぐべきと判断します」

「MAGIの見解は?」

「全会一致で葛城一佐の意見を支持しています」

マヤが冬月に答えた。

「…葛城一佐。作戦立案及び指揮をまかせる。私はこれから国連及び日本政府との折衝に入る」

対使徒戦の時とさしたる違いはないような一言だが重みは異なる。

事実上ミサトに全権を与え総指揮を任せるということだ。

「はっ」

一分の隙もない敬礼を返すミサト。

「加持君」

それまで隅で壁にもたれて傍観に徹していた加持が身を起こす。

もとよりこういった状況下で加持に出番はない。彼には彼の仕事がある。

「お呼びですか?」

「例の件は君に一任する。支度が出来たら報告を」

「…承知しました」

いつになく真面目な顔で答える加持。

「では、後は任せる」

ゲンドウと冬月の立体映像が消えた。

この瞬間、ネルフ本部のみならず全世界の軍事力に対する指揮命令権がネルフ本部作戦部長葛城ミサト一佐に委ねられた。

カツンと靴音を立てて振り返ったミサトが命令を発する。

「総員第一種警戒態勢!!」

 

<トウジの家>

「ほな行って来る」

トウジはいつもと違って黒いジャージ姿だった。

最近は滅多に着ることの無かったジャージを着て出かけるのはトウジなりの覚悟の現れである。

もっとも赤毛の同僚に言わせればあんたバカ?の一言で片づけられることになるのだろうが。

「気をつけてね、お兄ちゃん」

そういう妹の頭に手をやる。

「心配せんでええ。…たぶん避難することになるやろけど、さっきヒカリに電話しといたさかいじきに迎えに来てくれるやろ。ヒカリの言うことよう聞けや」

そう言うと上目遣いで妹の反撃が来る。

「お兄ちゃんこそヒカリお姉ちゃんに心配かけるんじゃないわよ!」

「や、やかましいわい!ほなわいは行くで!!」

トウジは逃げるように家を離れた。

が、10歩ほど歩いたところで振り返る。

心配そうな妹の姿が目に入る。

「そないな顔すなや…心配あらへん!!」

 

<カヲルのマンション>

「あんたって本当に学習能力がないわね〜」

「ははは、ありがとう」

「ほめてない!!」

バンっとちゃぶ台を叩くマナ。もっともカヲルは一向に堪えた様子はない。

今日も今日とて懲りずに道に迷った渚カヲル。

第三新東京市内を2時間さまよった後、彼は電話でマナに助けを求めた。

現在、家に連れて帰ってもらったお礼に少々遅い夕食を御馳走しているところである。

もっとも学習能力がないのは方向感覚や土地勘だけのようで料理の腕も学力もマナに追いすがっている。

「………また、お味噌汁が美味しくなったわね」

マナはお椀を下ろすと感想を述べた。

「シンジ君に少しコツを教えてもらってね。いわばこのおみそ汁はマナと僕とシンジ君の合作だよ」

楽しそうに言いながら冷や奴に箸をつけるカヲル。

「おっと生姜をするのを忘れていた。マナはどうする?」

「冷や奴にかけるの?」

「そうだよ。やはり醤油…」

ピーピーピー

カヲルのズボンのポケットで携帯が鳴った。

怪訝そうな表情を浮かべるマヤの前でカヲルは携帯を取り出し二言三言話す。

うなずくとカヲルは携帯を切った。

「マナ、非常に申し訳ないのだけれども…」

携帯を切るとカヲルは切り出した。

「ネルフ?別にカヲルの分は残しておくから心配いらないわよ」

「いや、僕の分も食べてもらって構わないよ。というかそうしてもらえると助かる。その代わりと言ってはなんだけど後かたづけをお願いできないかい?」

「何、それ?」

「しばらく帰って来れそうにないからね。けど急いで来いと言われていて時間がないんだ。非常に心苦しいのだけど、頼めるかい?」

マナはカヲルの顔色を窺う。

いつもと同じ笑顔。

だが、マナも伊達に訓練を受けてきたわけではない。

一般人では感じ取れない空気を感じる。

「………戦いになるのね」

「そうなるね」

屈託のない笑みで続けるカヲル。

「…そう

 ………みんなをお願いね

 ……………あと、できたらカヲルも生きて帰ってきなさい」

「…ありがとうマナ」

カヲルの笑みが一際輝いた。

 

<葛城家 リビング>

「エヴァが来る」

「!?」

シンジは単刀直入に切り出した。一瞬身を固くするアスカ。

「おそらく残存する4機が一斉にね」

「………」

しばらく黙り込むアスカ。

一つ息をついて口を開く。

「…そう。でも大丈夫よ。こっちもに3機いるし、なんたって無敵のシンジがいるもんね。1対9でやり合った時に比べれば余裕よ」

強気のアスカ。

…確かにそういう見方もある。しかし

「あの時のアスカは覚醒した弐号機に乗っていてシンクロ状態も最高だった。今回はこちらも同じ量産型だよ。それにカヲル君とトウジには実戦経験がない。逆にダミープラグは改良されて前より強化されている恐れがある。再生能力があるだけでもかなりの戦力差がある」

シンジは敢えてマイナス面ばかりを強調して言った。それはアスカがこの戦いの鍵を握っているからに他ならない。だからアスカの精神状態をここでしっかりと固めておかなければならないのだ。

「でもシンジが渚か鈴原のかわりに…」

「…アスカ」

遮るシンジ。アスカが振り返る。シンジも顔を上げる。

「………よく聞いてアスカ。

 ………僕はこの戦いには参加しない」

 

 

NEON WORLD EVANGELION

Episode19: The wind is blowing. 

 

 

「そんな………どうして?」

弱々しい声で聞くアスカ。

「…たぶん日本も離れることになる」

更に過酷な事を告げるシンジ。

…シンジが一緒に戦ってくれない。見守ってさえくれない。日本を離れる?私を置いてくの?それとも逃げ出すの?わからないわかラナイワカラナイ…

「…アスカ」

シンジが真剣な目で見つめていた。

「………」

シンジは言い訳もせず謝りもせずただじっとアスカを見つめている。

目をそらすと自分に回された両腕が目に入る。

何とはなしにその手を見るアスカ。

…指輪

シンジの左手の薬指に素朴な造りの指輪がはまっていた。夫の付ける方だから地味だけど芯の部分はしっかりしている持ち主にそっくりな指輪。

アスカは自分の手を見た。いつもつけるものだからと派手な指輪ではないけど緻密な細工をこらした指輪。

そしてもう一つの指輪。

…そうよね。シンジのことだから悩んで悩んで私のことも散々心配してその上で決めたんだ。つまり、私をそれだけ信頼してくれてるってこと。ま、私だけを信頼してるってわけじゃないけどそれはこのさい棚に上げておこう。

「…大切なことなのね」

「うん」

…疑いはしない。どうせアタシに嘘なんかつけやしないんだコイツは。

「…しょーがないわね。こうなったら後はこのアタシにどんと任せてどこへでも行って来なさい」

強気の発言に戻るアスカ。

ほっとするシンジ。

…これで大丈夫だ

そう信じられる。だが、それでも…

「………ごめん」

結局謝ってしまうシンジ。

叱ってやろうとアスカは振り返ったがシンジもそれを予想したのか笑っていた。仕方がないのでアスカも笑う。

「コホン。あんたはアタシなら勝てるって信じて行くんでしょ?だったら最後まで信じなさい」

「そうだね…そのかわりと言ってはなんだけど奥の手を用意してあるから期待してて」

そういってにっこり笑うシンジ

「ふーん。ま、なんなのか知らないけどシンジがそう言うなら期待しとくわ」

「うん」

「それよりも!」

「何?」

「あんたこそ何する気か知らないけど、人を挙式前に未亡人なんかにするんじゃないわよ!」

そういうアスカの目は不安に満ちていた。

「大丈夫。こんな可愛い女の子を残して死ぬ男はいないよ」

「な…なにあたりまえのこといってんのよ!」

うろたえるアスカを見て笑うシンジ。

ピーピーピーピー

呼び出し音が鳴る。

「はい、僕です。………はい、はい。それじゃ」

携帯を切ると自分を見るアスカにうなずく。

「じゃ、行こうか」

そう言って立とうとするシンジの腕をつかんで止めるアスカ。

「アスカ?」

「え、えーと、その………」

言い出しにくそうにしているアスカを見てシンジは微笑む。

「!」

ぐっとアスカを抱き寄せ顔を近づける。

「………愛してるよアスカ」

シンジの言葉に幸福感に包まれるアスカ。

そのままアスカは目を閉じた。

………うん、アタシも愛してるシンジ

………また二人とも生き残って幸せになろうね

 

 

<発令所>

「…で、敵は?」

プラグスーツに着替えたアスカが聞いた。

表情は厳しい。

応対するミサト同様冷静な軍人としての顔になっている。

「まだよ」

「まだ?」

「そう。早くても数時間後、遅ければ数日ね。プラグスーツに着替えてもらったのは万一の備えというところ。準備する時間があるに越したことはないわ」

ミサトは話しながら召集したパイロット達の顔を見回す。

アスカの精神状態は問題ないようだ。冷静に行動し本来の実力を発揮してくれるだろう。トウジはやや緊張気味のようだ。無理もない。だが、元々の気質からして一度気合いが入れば大丈夫だろう。

カヲルは…いつものように笑っている。今回の相手は彼の、あるいは元の彼のクローンのはずだが顔からは何もうかがえない。

「なに鈴原?あんたもしかしてびびってんの?」

「な、なんやとぉ!?」

アスカに挑発されかっとなるトウジ。

「なっさけないわね。シンジなんか初めてで訳も分かんないままエヴァに乗せられたのに使徒をやっつけたのよ。シンジと同じレベルは期待してないけど100分の1くらいの力は出しなさいよ」

「くぅー言わせておけばこの女は!!」

ミサトはアスカを止めようとしたが、カヲルの合図でやめる。

カヲルは優しく二人を見守っている。

…鈴原君の緊張を解こうとしてるのね。おまけに士気も上げようと…ふふ、やるじゃない。

アスカの成長がうれしいミサトだった。

 

ジッ

シンジはジッパーを襟元まで上げた。

身に着けているのは見慣れたプラグスーツではない。

ネルフ本部内のような建造物内部を活動対象とした都市迷彩服のバージョン変更版だ。

分厚いブーツを履くと内側にナイフをしまう。

手袋は少し考えてからやめる。

大きなバッグを開くと台の上に並べて置いた品々をしまっていく。

全て自分でチェックを終えた装備一式だ。

一通りバッグにおさめると最後にリツコの銃と手袋を乗せて口を閉じる。

「…行こうか」

少し早く準備の終わった相方が声をかけた。

「はい」

かなりの重量となったバッグをこともなげに肩にひっさげるとシンジはドアに向かった。

 

 

「…無論です。その危険性は看過できません」

『では、なぜこのような要請を行うのかね?』

「簡単なことです。我々は確実に勝たなければならないからです」

『………』

「…無論、あなた方がゼーレの支配に甘んじるというのであれば話は別ですが」

傍観者を決め込んでいる冬月は人知れず嘆息した。

一見難航しているようだが最後にはゲンドウは自分の望み通りにするだろう。いつものように。

…相変わらずだな碇。もっともそれでこそお前だが

 

「心配かい?」

「ええ」

…そんな言葉では表せられないくらいだ

人を信じるということはとてつもなく気力を必要とする。

信じられる側より信じる側の方がよりつらいのだ。

…それでも僕はアスカを、みんなを信じることを決めたんだ

「もし自分がここにいれば…なんて考えていないかい?」

「…そんなに自惚れてはいないつもりです」

「………」

「それぞれがするべき事を果たす、そうでしょ加持さん?」

「…そうだな」

加持は口元をほころばせた。

 

 

「よっしゃ!!やったろやないか!!」

トウジがそう言い放ち口げんかは終わった。

先ほどまでの緊張はどこへやらアスカに一目見せてやろうという気迫が感じられる。

頃合いと見たミサトが話を再開する。

「あなた達にはエントリープラグ内で待機してもらいます。一応、交代で休憩は入れるつもりだけど敵の出方がはっきりするまでは我慢してちょうだい」

「「「了解」」」

三人が異口同音に答えた。

ひとまずの落ち着きを見せた発令所にシンジと加持が入ってくる。

「シンジ!」

シンジのそばに駆け寄るアスカ。

「遅かったなシンジ………なんやその格好は?プラグスーツはどないしたんや?」

事情を知らないトウジが疑問を口にする。

シンジは腕にしがみついたアスカを抱き寄せると口を開く。

「うん、実は…」

「行くんだねシンジ君」

確認するカヲル。笑みは消え真面目な顔だ。

「うん。行って来るよ」

シンジも真剣な顔で言った。

「そうかい…こちらの心配はいらないから心おきなく行ってくれ」

「うん。カヲル君、その…」

言いよどむシンジ。

「大丈夫、最悪の場合でもアスカ君だけは君の元に返してみせるよ」

きゅっとアスカが腕に力を込める。

「…ありがとう」

言いたかったことは別のことだったがもういいという気持ちになる。

シンジが微笑むとカヲルもいつもの笑顔に戻った。

「何や…話が見えんで」

トウジが言った。

「ごめんトウジ。僕は戦闘には参加しないんだ」

「エヴァがないからか?わしか渚のを使ったらどうや?わしらが乗るよりかよっぽどええやろ」

「…僕には行かなきゃならない所があるんだ」

その意味を理解し黙るトウジ。顔つきが変わりゆっくりと口を開く。

「………どないしてもか?」

「うん。これは僕がやらなきゃいけないことなんだ」

真剣な目で視線をかわす二人。

「………そらしゃあないな。センセがおらんと苦労しそうやけど…まぁまかせとけや」

トウジは明るい顔で言った。

「うん。頼むよトウジ」

「シンジくん」

加持が促す。

「はい。…じゃミサトさん、行って来ます」

「ええ。こっちはOKよ。どーんと大船に乗ったつもりで行って来なさい。浮気なんかしないでちゃーんと帰ってくるのよ」

ミサトらしい言い方だがその中に含まれた大事なことをちゃんとシンジは受け止める。

「はい。でもそれは加持さんに言った方がいいんじゃないですか?」

「あら、あたしにとってはこんな馬鹿よりシンちゃんの方がずーっと大事なのよ」

そういって笑うミサト。

「おいおい。そりゃないだろ…」

加持の情けない口調で発令所に笑いが起こる。

二人なりのやり方でみんなの緊張を解いたのだ。

シンジも心がほぐれるのを感じた。

その後でアスカに視線を移す。

「アスカ」

「うん。わかってる」

そう言って離れたアスカの腕を引き留めるシンジ。

「?」

「アスカ。今、指輪持ってる?」

「え?うん」

「あ、シンジくん、アスカ」

「葛城」

止めようとしたミサトは加持に制止された。

アスカは紐で首につるしてプラグスーツ内に入れておいた指輪を取り出した。

「ゆ、指輪やと………んぐぐぐ」

「いいところだから静かに」

トウジの口を押さえてカヲルが言った。

シンジも同じように首につるしていた指輪を紐ごとアスカに手渡した。

「シンジ?」

「少しの間返しておくよ。アスカのも返して」

「ど、どうして?」

アスカの心に不安が戻り始める。

「…帰ってきたらもう一回交換しよう。だからアスカ無事でいてね。僕は絶対に帰ってくるから」

シンジはアスカの一番好きな微笑みを浮かべた。

…この微笑みは最後じゃない。少しの間だけ見れなくなるけど、また私の所に帰ってくる。だから、私も絶対に生き残るんだ!!

そう決意も新たに闘志を燃やすアスカ。

「…わかったわ。でもちゃんと返しなさいよ!

わざと怒ったように言ってシンジに指輪を渡す。

「うん、もちろんだよ」

二人は首に指輪をつるした紐をかけ直す。

その後、お互いに一歩下がって向き合うと一時の別れを告げる。

「…行って来るよ」

「…行ってらっしゃい」

 

<VTOL内>

『政府による特別宣言D−17が発令されました。市民の皆様は誘導に従って所定の場所に避難してください。繰り返します。政府に…』

第三新東京市上空の各所を飛ぶヘリが数年ぶりの放送を行う。特別宣言D−17、すなわち第三新東京市を中心とする半径50q圏外への避難勧告である。新しい住民達には初めての避難とあって多少の混乱も見られたが、慣れている官公庁や旧第三新東京市民は落ち着いて対処していた。

「やれやれ、使徒襲来以来の大騒ぎだな」

眼下の喧噪を見て加持が言った。

…ケンスケや委員長、マナや山岸さんも避難している頃だな…

シンジはじっと外を見ていた。

サイレンの音とともに芦名湖の水中や付近の山中からかつての兵装ビルに似た偽装迎撃設備がせり上がってくる。続いて市内各地のビルがジオフロントに格納されていく。第三新東京市内部そのものにはまったく武装は無い。しかし、被害を最小限におさえるべく各種の配慮はなされている。もっともこんなものは使われないに越したことはない。

…今度で本当の最後にしなくてはならない

 

<パイロット待機室>

「………………」

……ドクン……

確かな鼓動を彼は感じた。

壁にもたれて眠っていたカヲルがゆっくり目を開く。

「…目覚めたか」

 

 

 

チルドレンのお部屋 −その19−

アスカ「シ〜ン〜ジ(はあと)」(シンジの腕に身をすり寄せごろごろと猫のように甘える)

シンジ「ア、アスカどうしたの!?」

アスカ「………イヤ?」(上目遣い)

シンジ「(う、かわいい…じゃなくて)…イヤじゃないけど」

アスカ「ならいいじゃない」(再びごろごろとシンジに甘える)

トウジ「………どないしたんや惣流?」

カヲル「以前、本編のせいでこの部屋が閉鎖された時があっただろう?」

トウジ「そういやそないなこともあったな」

カヲル「どうもまたそうなりそうな雰囲気でね、今のうちに目一杯甘えておこうと言うことじゃないかな?」

トウジ「ほーさよか………綾波はええんか?」

レイ 「………」(トウジをにらみつける)

トウジ「そ、そんなに怒らんでもええやないか」

レイ 「………」(無視してあさっての方向を見る)

アスカ「レイ何やってんのよ!」

レイ 「別に…」

アスカ「あんたねぇ………ほら右腕はあんたにあげるからあんたも甘えときなさい」

レイ 「………いいの?」

アスカ「あったり前でしょ!はやく来なさい!今のうちだけなんだから!」(手招きする)

レイ 「………わかったわ」(素直に従う)

アスカ「そうそう、それでいいのよ。ねーシンジ」

シンジ「う…うん」(僕の意志って…)

レイ 「碇くんのにおいがする」(そういって腕に顔をすりつける)

アスカ「あんたバカ?あったり前でしょ」(右にならう)

カヲル「文字通り両手に花だね」(にこやかに笑う)

トウジ「ま、幸せなのはええこっちゃ…」

 

つづく

予告

エヴァとエヴァが戦う時が再び訪れる

ミサトの指揮の元奮戦するパイロット達

だが、戦況は徐々に不利になっていく

シンジのいない戦場で必死に戦うアスカ

その窮地にカヲルが見せたものは

 

次回、新世界エヴァンゲリオン

第弐拾話 降り出した雨

お楽しみに




神崎さんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る

inserted by FC2 system