蒼き月光の下、
 煌々と自ら輝く街。
 世界規模の災厄を経て15年。
 復興の象徴として建設された街。
 急速な復興は歪みを生じ。
 その歪みを一身に背負う街。
 投げかける影はどこまでも暗く、
 生まれ出る闇は果てなく深い。
 炎の如く激しく貪欲に、
 燃えるが如く全てを喰らい、
 なおも渇き求め続ける。
 第三新東京市。
 神無き街に生まれた伝説。
 そう、
 伝説だ。
 
 
 
 
〜おに〜 Sequel to Legend
 
Die Rot Kaiserin 〜赤の女帝〜 前編
 

片山 京
 
 
 

 まさか?
 纏(まと)う風があまりに違いすぎる。
 何かに気を取られるように葛城ミサト警視が歩みを止めた。
 突然腕を引かれ加持リョウジ警部の足も止まる。
 加持リョウジの訝しげな視線にも気づかず、通りの向かい側の路地を見つめている。正確には、そこへと消えた人影を。
「彼よ」
「彼? どの彼だ」
 与えられた情報に対する心当たりが多すぎ、人物の特定が出来ない。
「あの爆破の現場にいた少年……たぶんね」
 さすがに加持リョウジの瞳にも剣呑な光が宿る。好奇心の虫がうずき出す。先日の『第3太平洋ビル爆破事件』は第三新東京市建設以来最大級のテロとされる。犯人、動機は未だ不明。幾つかの団体から『犯行声明』が警察やマスコミ宛に送られたが、全て便乗と見て間違いないだろう。
 その大事件の現場へ真っ先に突入したのがこの二人。警視庁第三新東京分局刑事部参事官葛城ミサト警視と、同部参事官付き加持リョウジ警部。
 その現場で目撃した人物の一人を発見したという。不可解な現象を起こした少年を。
「加持、アンタ銃も持たないで何やるつもりよ。言っとくけど、非番の日に死んだんじゃ殉職認めてやんないわよ」
 無論、葛城ミサトがそのような認定を行うわけではないが、とりあえず釘を刺しておきたい。 どうせ、私物の大口径銃でも持っているのだろうから。「持っていない」と言ったのは警察庁より貸与されているニューナンブ改。現在は参事官室の金庫に眠っている。
 どうせ止めても聞かないだろう。無茶をさせないためにはどうすればよいか?
 赤木リツコ医師ならば何か知っている。あの、紫の巨人に関しても……もしそうであってもおそらく、いや、絶対に彼女からは聞き出せはしないだろう。アレは、一度秘匿(ひとく)すると決めたなら墓穴まで持っていくタマだ。少なくとも葛城ミサトはそう思っている。
 アレが何だたのか知りたい。その、千載一遇のチャンスが目の前にやってきた。
「どうせ止めたって聞くつもりはないでしょ」
「何せ非番だからな。口うるさい上司の言うことを聞かなくてもいい」
 いつも以上ににやけてみせる加持リョウジ。いつもより小綺麗な格好だが似合わないことはない。ただ、連れ立っている女性の方が気合いが入っているため見劣りすることは確かだが。
「そこまで言うなら止めないけど、ちゃんと私のこと守ってくれるんでしょうね」
 希望でも確認でもなかった。字面だけ見れば恋人なり、パートナーなりにに甘える妙齢の女性のように見える。だが、全く笑っていない目、白くなるほど加持リョウジのジャケットの袖を握りしめたその手。さらに、感情ごと抑えられたその声などは脅迫以外の何者でもない。
 加持リョウジをしてそう思わせるのだから……
「でっ、出来ればオレの帰りを待っていて欲しいんだが……」
「却下、そんなことしてたらいつ帰ってこなくなるか分かったモンじゃないわよ」
「そんな、猫じゃあるまいし……そう、服が汚れるぞ、せっかく似合ういい感じの……」
「服はあとから買えるわよ。さ、行くんならさっさと行く。見失うわよ」
 加持リョウジの必死の抵抗を軽く受け流し、先に立つ葛城ミサト。久々に二人の時間がもてたのだ。しかし、いらぬことを教えてしまったのは自分。服は……惜しくないと言えば嘘になるか。年齢に比して高給を取っている葛城ミサトとは言えかなり痛いことは確かだ。
「守ってくれるんでしょうね……か」
 今からでは追いつけるかどうか微妙なところだが。
 
 
 コンクリートの密室に銃声が響く。軽快に15回続いたあと数秒間の空白、さらに15回。グリップに仕込まれたボタンを押しながら軽く手首を下へと振る。空になった弾倉が滑り落ちる。左手は既に次の弾倉を持ち遅滞なく空洞へと挿入。ロック。そのまま左手を銃身へかぶせ手前に引く。薬室へカートリッジが送り込まれる僅かな感触。あとは引き金を引くだけ。
 早い。
 15m先で微妙に速度を変えながら前後左右、自由自在に動き回る標的へと確実に当ててる。人型の頭と左胸、交互に穴が増えて行く。
 9mmパラは所期の目的通り貫通、標的を砕くことなく後背の防護壁へと食い込む。
 マンションの地下、武器庫に併設された訓練場。惣流アスカは黙々と銃弾を消費する。
 用意された76発の銃弾を使い尽くし、ようやく一息つく。茜色に輝く髪を些(いささ)か乱暴に結い上げ、いつもより厳しい表情をした少女。
 家主の少年と出会ってから一週間になるか。前の相棒に警告を出し、自分の荷物の発送を頼んだ。当然の事ながら前の住居は使えない。相手は、惣流アスカと知って罠をかけてきたものと思われるから。
 その警告に従い移転をするとの連絡は受けた、その後の連絡がそろそろ来るはずだが……苛立ち。情報で身を立てている洞木コダマがついているのだ、心配はない……だが、あの異能の者が付け狙ったなら……洞木ヒカリやノゾミに打つ手は……ない。
 それに加え、頼りになるのかならないのか分からない同居人の少年は、自分に黙って出かけてしまった。その不安もある。
 鬱積(うっせき)する思考を振り払うように乱暴にイヤーレストをむしり取る。
 漏れるため息。
「何でアタシが……あのバカのこと気にしなきゃいけないのよっ!」
 散乱する空薬莢を力任せに蹴り飛ばす。そういえば、これを片づけなきゃいけない……また憂鬱になる。
 いつまでも下を向いているような惣流アスカではない。両の手で包み込むように頬を叩き気合いを入れ直す。
 ブルージーンズに白いポロ。陽射しが強いようならこの上に麻地の長袖を着込む。通気性が良いためそれほど暑く感じないのがいい。
 不意に、前方に赤いランプが点った。来客? そう言えば今日は納車の日。赤木リツコ名義のフェラーリ/EV――赤木リツコの知人が、中古のフェラーリF40に冗談でレーシングモーターと燃料電池を積み込んだものらしい……それでも元が元だけに並みのEV車よりも十分な性能を実現している。
 もっとも化石燃料の使用など、よほどの金持ちか軍隊、小型軽量車両、近距離の航空機に限られる。調達ルートも限定されるため、内燃機関によって得られるパワーを差し引いてもデメリットの方が多い。なによりも目立ってしまうのが致命的だ。
 車体のデザインも多少変更が加えられ、一目では元の車種を特定できなくすると言うことだったが……フェイクも多く出回っている車種だけに目立ちはしないだろう。原産メーカーが健在であれば許さないだろうが。
 
 マンションの玄関に仕掛けられたカメラを通した映像で確認。中年男がきょろきょろしている。仕方がない、とばかりにインターフォンを手に取る。
「お待たせしました。どちら様です?」
 よそ行きの声で問いかける。惣流アスカも若すぎるとはいえ女性だ。猫の一匹や二匹被るのは雑作もないこと。
 中年男は自分のIDカードをロック用のカードスリットへと差し込む。惣流アスカの下にあるCRTに男の個人情報が表示される。なめらかなキー操作で前日に赤木リツコから受け取った情報とさらには、現在カメラに写っている男と照合、本人であることを確認。
「了解、今ちょっと手が放せないの。悪いけど5分ほど待ってくれる?」
 この手の防犯システムに対する欺瞞(ぎまん)に関しては、ほぼ間違いなく正当防衛が適用される。だから誤魔化すバカは少ない。第一、何でも疑って掛かっては神経が持たない。自分のグロック18をズボンに――腰の裏あたり――に差し込みグローブを脱ぎ捨て、専用のエレベーターへと向かう。少女の手に余る銃ではあるのだが……。
 画面の中の男は、仕方がないと言いたげに手に持っていた雑誌らしき物を広げている。待たされるのが日常的なのか、時間を無駄にしたくないのか。
 
 
 光が闇を喰らう。
「誰?」
 “それ”は語らない。
 少女は頷く。語らないことこそが雄弁に語る、か。
 振り返った先には光でできた怪鳥。
 空気が動く。羽ばたく怪鳥は蒸発するように消える。
 書類封筒が一つ、後に残される。
 『E−01』
 宛名のつもりらしい。それとも程度の低い揶揄(やゆ)か。
 何にせよ、自分はここに記されたことを遂行せねばならない。
 そのために、存在することを許されているのだから。
 『氷の彫像』
 それが日の当たらぬ場所から、少女に与えられたもう一つの名。
 
 
 少年は裏通りの廃ビルへと姿を消す。それを追う一組の男女。
「気がついているな、あれは」
「誘い?」
「たぶん、な」
 先ほどまで彼らの尾行に全く気づいた様子はなかった。その強かさが、かの少年の印象とそぐわない。
「それじゃ、バックアップは任せた」
「アンタ何言ってんのっ」
 加持リョウジがやけに男くさい、それでいて困ったような笑みを向け、掴みかからんばかりの葛城ミサトの肩を押さえ宥めに掛かる。つき合いが長いおかげでこういうのは慣れたもの。
「冷静に考えてくれ、ここはオレの方が場慣れしている。
 それとも、オレのこと信じちゃくれないのかい? 葛城は」
「卑怯者」
 そんな言い方をされては送り出すしかない。
 葛城ミサトの罵声も、肩をすくめただけで受け流す。
 パイソンの装弾を確認。趣味に走ったため、装弾数の少ないリボルバーしかないのが痛い。とは言え、357マグナム弾。威力だけなら問題ない。銃自体の命中精度も悪くない。
「大丈夫、またお守りが護ってくれるさ」
 
 
 そんな二人を高い位置から眺める追われていたはずの少年。
 その面に、感情めいたものを読みとることはできない。
 
 
 手元にはスペック表。まぁ、とんでもない数字が並んでいる。1000メートルの距離でNATO弾に耐える車体装甲って何? 約350000Wのモーターって、何処のジェネレーター? 
「あ、あのぅ」
「固定兵装は見送ったよ。熱が溜まりすぎて暴発の危険があるからな」
「そうじゃなくって……」
「モーターは『ゼーレ』のレーシング用プロトタイプ。データだけを拝借したんだが、オリジナル以上の性能は保証する」
「だから……」
「“山岸研”の新型燃料電池のおかげで、モーターでもオリジナルに近い馬力を絞り出せる。水素の補充は、普通のスタンドでもOKだが時間が掛かる。フルに詰め込むときはそこの装置を使って一晩程度。水素吸着材も特殊だから」
「そう言うことはともかく……」
「『目指せ、ナイト2000』ってところだが……最近の若いヤツには分からないだろうなぁ。
 ああ、そうそう。足周りは余り手を入れていない。『赤い跳ね馬』らしく扱いづらくなっているから気をつけるように」
 良くも悪くも技術者らしい。人の言うことは耳に入らず、自分の『作品』について蕩々(とうとう)と述べる。町工場とは言え、高いレベルの知識と技術を持つ人間が金と時間を惜しげもなくつぎ込んで完成させた芸術品だ。
 せっかくの講義も、門外漢の惣流アスカにはさっぱり分からない。とりあえず『凄いものらしい』というのは分かるが。
「制御用ROMは“霧島ラボ”謹製だ。今の技術じゃ何処のワークスもEV車でこれ以上のものは出来ないだろうな」
 というか、既に立派なオーパーツである。
 ここは『シンジ』専用の車庫。例の武器庫と併設されている。一般用車庫とは車載用エレベーターでつながっており、出口は同一。唯一置かれていたZZR400は現在使用中なため工具や工作機器ぐらいしか確認できない。その脇では、時田シロウ率いる技術者達が作業を開始していた。
 水素燃料充填用の特殊コンプレッサーの据え付けと、その水素燃料の詰まったボンベを保管場所へと固定すること。全て時田シロウとその弟子たちが作業したため、惣流アスカは位置を示すために指をさすぐらいのことしかしていない。
「コイツはお得意さまにサービスだ。SOCOM MKVとCz75。あとはイングラムのM10とM11。全てオプション付きだ。銃弾も入っている」
 巨大なスポーツバッグから金属のぶつかる音がする。数千万の買い物のおまけとしては少々ケチくさいが実用性としては十分。むしろ気が利いている。
 大きな火器の購入や、『シンジ』のZZRの改造を依頼したり……本業は技術屋であるが、若い時に大きなヤマを踏んだらしく巨大な流通経路を抑えていることからこの街で隠然たる勢力を保っている。その行動指針は「誰にも組みせず、誰も拒まず」。つまり、この街のルールに反しない限り誰とでも取引をする。そうでもなければ3日と生きてはゆけまい。ある意味、赤木リツコと似たような立場だ。
 なかなか厚みのあるスペックシートを眺め、呆れたようなため息。特殊部品にはそれ相応のデータが添付されているためとんでもないことになっている。これ一冊をどこかの企業に持って行けば、かなりイイ金になることは間違いない。
 何にしろ、惣流アスカの口から出てきた言葉は一言だけ。
「とりあえず乗ってみるわ」
 
 
 誘導されているのは解るがどうもしようがない。
 苛立ち。
 街は夜に包まれ、人工の光が照らし出す。
 まだ闇の住民に支配権を明け渡す時間ではないが、廃ビルに光源など望むべくもない。
 建設間もないとはいえ、曰くあるところとは多々あるもので、こうして廃棄された建築物は意外と多い。特に第一期から三期の対象区画には虫食いのように立ち枯れた建築物が散在している。
 薄汚れた窓から差し込む反射光、手の内のパイソン、結局ついてきた相棒……いや、上司。
 最後の階段を駆け登り、鉄扉の脇に張り付く。いつものにやけた雰囲気など吹き飛び、彼本来の鋭さが前面に押し出されている。さながら鞘から抜いた古刀といったところか。
 階下から葛城ミサトがこちらを伺っているのが解る。
 ドアを開けようと手を触れた時……そう、ただ触れただけだった。
 ドアが開く……いや、倒れる。何の抵抗もなく重力に引かれるままに。
 鼓膜を乱打する金属音が現実へと引き戻す。数瞬とはいえ、我を失っていたようだ。
 今出来た矩形の空間の外に人影。
「待ちくたびれましたよ」
 ブルージーンズに付着したほこりを払いながら。
 街の明かりを背負い、少年は佇む。
「久しぶり……だな」
 加持リョウジが屋上へと歩を進める。銃口は少年に向けたまま。相手が丸腰であるために少し躊躇いはあるが。
「私にあなた方の記憶はありません。『はじめまして』ですよ」
 別人?
「『私たち』の誰かがお会いしたのでしょう」
「君が何を言っているのか解らんが、少なくともオレは知っている……そう言うことで良いのかな?」
「『オレ』じゃなくて『オレタチ』でしょう」
 淡々と、表情というものが欠落した顔で告げる。冷静というにはやや違う次元に思える。
「出てきていただけますね。手荒なことはしたくない」
 質問ではなく確認。紫の巨人……現在姿が見えないからといって油断するわけには行かない。あの時は突然湧いて出たことではあるし。
 どちらにしてもばれているのなら隠れている意味もない。相手は若年だけに刺激するのは避けたい。
「やれやれ、お見通し……ってわけだ」
「見てましたから」
 素っ気ない。相変わらず声に抑揚もない。
 
 
『こちらA−05。目標E−03確認、これより処理する』
 崩壊した『第3太平洋ビル』にほど近いオフィスビル。屋上には妙齢の女性と、正八面体のクリスタル。ふわりと浮いたそれは何かの指示を待つために沈黙している。今まで使っていた携帯電話はスーツのポケットへ。
 正面やや下を見つめる。そこに何があるというのか。
 それに合わせてかクリスタルが震えるように身じろぎする。
 軽く微笑みサングラスを掛ける。日も暮れたというのに。
 それでも見えている。例え、幾つかの障害物越しであっても。
「セット」
 クリスタルが静止する。
 冷たく響く声を聞く者はいない。
 
 
 なんだ? ……この感触は……
 五感では捉えられない何か。
 加持リョウジと葛城ミサトを無視してあらぬ方向へと視線を向ける。
 表情は読めない。それでも緊張が高まるのが二人にも解る。
 影が決して有り得ない方向へと動いた。
 顕現する巨人。
「交代だ、“六分儀”」
 一瞬の弛緩(しかん)
 代わって押し寄せる異質な感覚。
 巨人が少年を掴み挙げ、コンクリートを蹴る。
「フィールド全開」
 突如光の浸食を受ける視界。爆風と連続する轟音。
「いっ“碇”のバカ野郎。全ての面倒を押しつけやがってぇぇぇぇ」
 急速に熱せられ、膨張した空気が暴風を生み、罵声を巻き込んで弾ける。あまりの高温に空気が分子構造を維持できなくなり、分解されプラズマ状態になっている。周囲の大気に冷やされるため高エネルギー状態は長続きしないが、その残滓(ざんし)としてイオン臭が立ちこめる。
 少年を抱えた巨人が、昇降口の葛城ミサトたちを巻き込んで転がり込む。吹き込む熱風。融解、蒸発するコンクリート。
 ついでに大人達もかっさらい、階段を伝い2フロア下まで後退。
「あー、もう服がぐちゃくちゃじゃないの。加持、一体何が起こってんのよ。説明しなさい」
「オレに聞くなよ、オレに。そこの少年に聞くのが早いって」
 嘆息とともに身の丈3メートルに届かんとする巨人の方を指す。
 異様だ。
 前に見たときには観察するような暇はなかったが、こうして見ると人間と同じような体つきながら、全く異質な存在であることが解る。
 問題の少年はその傍らで、何かを振り払うようにしきりに頭を振っている。急速な人格交代に身体が追いつかない。思うように体が動かない。いつもなら徐々に支配を広げるからこのようなことはない……その代わりに激しい頭痛に見舞われるのだが。
 冷静沈着な“碇”がこのようなまねをする、即ちそれなりの危機が迫っているということ。その前に確認しておくことがある。交代前に受け取った情報はあまりに少ない。感覚を広げる。
 頭を巡らすと大人達と目があった。
「アンタたち、何者だ?」
 先の少年と同一と人物と思えぬストレートで粗野な物言いだ。とたんに困ったような表情になる大人達。
「それはこっちが聞きたいんだけど……」
 情けない葛城ミサトのつぶやきが廃ビルへと消える。
 融けたコンクリートが冷え固まり、ひび割れる音が微かに聞こえる。
 そこへ微かに混じる不協和音。とたんに少年の表情が鋭くなる。何かが引っ掛かった。
「時間がないから手身近に行くぞ。オレは“六分儀”、さっきの鉄面皮が“碇”だ」
「葛城ミサトよ」
「加持リョウジ」
 なんだかよく分からないがとりあえず名乗ってしまう。それにしても『時間がない』とは……
「一つ聞かせて欲しい」
「なんだい?」
 何とか自分のペースを持ち直しつつある加持リョウジが応える。
「アンタたち、やり残したことはあるか?」
「おいおい、いきなりヘヴィーな質問だなぁ」
「時間がないんだ! YES or NO 二者択一だ。さっさと言えっ」
 苛ついたように怒鳴りつける。解ったのは彼が“碇”よりもガキだと言うこと。
 それに対して肩をすくめただけで受け流す加持。
「まだ結婚もしていないしな」
「加持、あんたこんな時に何言ってんのよ」
「“六分儀”君、聞いての通り彼女もだ」
「今の何処を聞いたらそういう結論になるの」
「加持さんとか言ったな。アンタ武器は持ってるか?」
 喚く葛城ミサトを無視して話を進める。
「だから私はっ」
「ちょっと黙ってろ」
 紫の“鬼”がわずかに反応する。苛ついている。
「本当に時間がない。生き残りたいんなら、今からアンタたちの常識は捨てろ。オレにコイツがついているように、奴らも第2の身体を持っているだろう。銃が効くかどうかは知らんが……」
「持ってはいるが……効かなかったときは?」
 事も無げに加持が問う。“六分儀”はそれに頓着せず、階下をのぞき込む。
「敵は3体。さっきみたいな過粒子砲を撃ってくるヤツは……たぶんもうないだろう。上の一体は任せる。コアを潰せば奴らは止まるからな」
「なぜそこまで解るんだい?」
「企業秘密だ。それなりの理由はあるけどな。あと銃が効かなかったときだが……」
「対策はあるの?」
 ここに来てやっと落ち着いた葛城ミサトが身を乗り出す。
「祈るか、諦めるか、足掻くか……好きなのを選ぶんだな」
 それだけ言い残して呆然とする大人達を残し“鬼”とともに階下へと消える。
「それって自分で何とかしろって事?」
 葛城ミサトの問いに答える余裕は与えられなかった。蜘蛛にも似た奇妙なな物体。“六分儀”と名乗った少年が“鬼”と称する巨人に雰囲気だけは酷似している。
 二人は黙って階段室から飛び出す。直後、何かが落下する重い音が響いた。
 
 
 第三新東京市外環状線。事実上この街の外縁となるが、一般的な住宅街区として低階層の手頃なアパートが建ち並んでいる。バイパスとして高架上に設定されてはいるが、遮音、防震壁に囲まれ景色を楽しむことは出来ない。
 立ち上がりはかなり重く感じるものの、スピードにのれば逆に軽く感じてしまう。ただ、モーターの高速回転の高音が耳障り。ちょっとしたハンドル操作のミスにも敏感に反応するためかなり扱いづらいが、慣れるまで高速走行しなければ問題はないだろう。
 オリジナルにはないナビゲーションシステムとオーディオシステム。
 固いサスペンションはアップダウンの激しい第三新東京市に於いてはかなり不利かもしれない。数値上はともかく、ガソリン車には敵わないのではないか……惣流アスカが下した最終的な結論である。
「それはまぁいいとして……」
 前方には積載量10トン前後のトラック。右側も同じようなトラックに抑えられ、後方は見るからにスポーツタイプの乗用車。完全に囲まれている。前方のトラックの荷台が開き中に居た人間がなにやら作業をはじめる。後方の車は車間距離を詰めてくる。
「乗れってこと?」
 質問に答える者が居るわけではないが、つい口にしてしまう。
 ほぼ同一時刻に“シンジ”に対する砲撃が行われていたのだが、現在の惣流アスカには関係ない。
 後方、かすかに何かが当たる感触が響く。前方の準備は整ったようだ。
 ナビゲーションシステムを起動。GPSに対応しているためか直ぐに現在位置周辺の地図が表示される。
「500メートル先に工事に使われた斜路ねぇ……使えるのかしら?」
 とか言いつつそこを使うつもりの惣流アスカ。それを知っての事だろう。後方の車がこづいてくるサイクルが短くなってきている。
「穴だらけの計画じゃないの。楽勝ね」
 通行禁止の立て札を蹴散らし、そのまま斜路へとフェラーリ/EVを乗り入れ走り去る。
 それは、予定通りの行動。
 
 
「了解」
 それだけ言い、公衆電話の回線を切る。
 伝えられたのは、「E−02は予定通り」ただそれだけ。これでは盗聴していた者が居たとしても詳細はいっさい分からない。廃墟となった公営住宅。何とかという宗教団体が集団自決を図って以来、誰も住もうとはしなくなった。当時は、もっと広くて安くて設備の整ったアパートの建設ラッシュ。セカンドインパクト前からは想像もつかないような低価格で一戸建ても持てるのだ。ケチの付いた公営住宅にしがみつくいわれはない。
 舗装だけは立派な道路。往来が絶えて10年は経つか……
 その中央に立つ少女は何を思うのだろう。
 
 
「結局誘導されたってわけね」
 嘆息。
 とりあえずスピードを落とし、周囲に気を配るが街灯さえない夜道は全く視界が効かない。前方数十メートルだけの世界。
 ラジオ……ダメ。携帯……ダメ。アマチュア無線……ダメ。警察無線は……ダメ。戦自の周波数はと……これもダメか。GPS……は生きてる。無線通信の手段は絶たれているか……
 Uターンするにも広さが足りない。片側1車線のくせに中央分離帯が存在する構造は一体誰が考えたのか? このあたりも『彼ら』にとっては計算ずくなのだろう。
 視線を正面に戻すと巨大な廃墟、壮大な無駄が視界に入ってくる。
 そしてもう一つ。
「バカ、なって所につっ立ってんのよっ」
 白く浮かび上がった影は道路の真ん中。アスカにとって逃げ道はない。急ブレーキは踏んだものの間に合うかどうか……
 が、何か青いものが視界をかすめ白い影をすくい上げる。
「まさか」
 惣流アスカの表情が凍り付く。アレは……アレは……アタシたちと同じ。
 後部席のホルダーに固定していたM16A2アサルトライフルを取り出し、弾薬他小道具の詰まったヒップバッグを腰に回す。
「アスカ、行くわよ」
 フェラーリ/EVのキーは抜いておく。こんな辺鄙なところで車を持ち逃げされるのはぞっとしない。星明かりだけが頼りの夜。街の明かりに慣れた身には辛い。
 車から降り、青い影が去った方向を見据える。
 
 それを確認した次の瞬間、オイルライターに灯がともった。
 

(Die Rot Kaiserin 前編 了)



あとがき

ども、とってもご無沙汰な片山です。
早いものでもう「CREATORS GUILD」 70万ヒット!! おめでとーございますぅ
60万ヒットがついこのあいだに思える(笑)
めでたいですねぇ……と言うわけで記念品だから「アレ」です。
各方面から反響をいただき調子に乗ってしまいました。でも、片山的新記録な短さ(泣)

でわでわ、次は「銀アス plus!」でお会いいたしましょう。
ご意見、ご感想、ご批判、等ございましたらこちら(kyow@k-katayama.net)まで。

注)本文中の数値には大嘘が混じっています(笑) わたしゃ銃器とか車に詳しくないもので……(汗)

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