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         曙光――Silent scream
                     〜比翼の鳥〜

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(十)死戦――TWO MINUTES TO MIDNIGHT

 二十番目のカード。
 審判――変質、変化。

 天空に銀盆の如き光を放ち、闇を照らす夜の太陽――月。
 この女神は地球に近づくことはしない。
 近づけばヤマアラシの棘にも似た見えない力が彼女を裂いてしまう。

 ロシュ限界――惑星の起潮力が衛星を破壊する危険のある区域の最大限を言う。

 だが、もし女神が死を望んだら?
 死の抱擁を受けるが為、歓喜の声を上げつつ伴侶へと向かう月。
 見えない力が彼女の身体を引き裂き、砕く。
 絶命の叫びは聞こえぬ声となって響く。
 無数の破片が地球上に降り注ぐ――悪魔のハンマーと化して。
 己と相手の死を願う狂気の愛によって完膚無きまでに叩きのめされる地上。
 辺りを覆う死の静寂。

 悽惨な場景がシンジの脳裏を過る。

「リリスが月を破壊する?」
 突拍子もない結論を言われ、シンジは疑念の声を上げた。
「可能性としてはあり得る」
 ゲンドウの声には焦りの色があった。
 冬月が口を開く。
「“死海文書”とはこのジオフロントと南極、アフリカにあった同様の構造物内
から発見された記録物――卑近な譬(タト)えをするとアダムの日記とでも言うべき
物なのだよ」
 シンジの様子を窺いながら冬月は続けた。
「それを信じるならば、月は“神”の乗り物。それを操縦していたのが我々“人
類”を生み出した雌雄同体の生物、アダム、リリスであると記されている」
 第二発令所は蕭寥(ショウリョウ)とした空気に包まれていた。
「アダム、リリスには破壊衝動――他の物だけでなく己さえも破壊しようとする
衝動に駆られることがあったようだ。多くの神話に残る“荒ぶる神”もその名残
かも知れない」
 ――その素性は今の人類にも脈々と受け継がれている。冬月は心中で付け加え
た。
「今でも、……そうなの?」
 シンジが問う。殺戮への躊躇いが言わせた問いであった。
「恐らくゼーレの連中の恣意(シイ)を注ぎ込まれたリリスは破壊神と化している。
仮にそうでないとしても、あれが生きている限り再び地球に舞い戻らないとは限
らない。南極で起きたことが地球のあちこちで引き起こされるかも知れない。結
果は判るな?」
 感情を殺した声でゲンドウは静かに答えた。
「……はい」

 通信が終わってもシンジは暫く表情を変えず真空の宇宙を見つめていた。
「碇君……」
 押し殺した苦悩で歪むシンジの横顔をレイは心配そうに見つめた。
「判ってる……生きるって、他の命を潰して得るもの……だよね」
 闇を見つめたままシンジは言った。
 まるで心を切り刻まれたかのような声であった。
「うん……」
 頷く以外レイに出来ることはなかった。

 シンジの横顔から表情が消えていく。ゼーレエヴァとの決戦の時のように。

 漆黒の宇宙を疾走する初号機。
 地球を離れ、既に三時間近くが経過していた。
 スクリーンに映し出された情報は、リリスとの差が刻々と縮まっていることを
伝える。
 エントリープラグの中は時折聞こえる微かな音以外、寄り添い合った二人の鼓
動しか感じられない。
「このまま……」
「……時が止まってしまえば……いい?」
 シンジが言いかけた言葉の後をレイが継いだ。
「無理だね」
「ええ、無理よ」
 目を閉じ、レイは頬をシンジの頭に寄せた。
 発令所からの呼び出し音が鳴った。
《シンジ君、レイ。もうすぐ通信が出来なくなるわ。こっちの状況報告するわね》
《シンジ!》
 アスカが割って入った。白い半袖の寝間着を着ている。
「アスカ! 大丈夫なの!?」
《まぁね……ゼーレエヴァからエントリープラグは無事回収。……ヒカリも、三
バカの残りも、みんな無事よ……あたしを含めてね》
 心配そうな表情をしたシンジにアスカは微笑みながら答えた。
 シンジの顔に笑みが戻る。
《それと》
 アスカはレイに向き直る。
《帰ってきたら…………言いたいことがあるから》
「……ええ」
 その瞳と言葉に宿る感情の色を理解したのか、レイが頷く。
《じゃ、また後で!》
 アスカの映像が消えた。
《……えー、まぁそゆことぉ》
 軽い口調とは裏腹にミサトの顔は笑ってない。
《目標との接触予定は二分以内――二十三時四十六分くらいよ。丁度こちらとの
通信が出来なくなるわ。……健闘を祈ります……》
《シンジ、レイ……》
 エントリープラグ内の二人に呼びかけるゲンドウ。
 見つめ合う二人と一人。
 続く言葉はなかった。
 ただ無言の時が流れる。
「通信限界です」
 画面にノイズが入りだし、映像は途切れた。
「ふぅ」
「無理は駄目よ」
 傍にあった車椅子で大きく息を吐いたアスカへミサトが言う。
「泣きながら言っても説得力無いわよ……」
「う、うっさいわね」
 そして二人は見つめ合い――悲しげに笑った。
「相変わらずだな」
 呼びかけた後、結局一言も声を掛けることの無かったゲンドウに、冬月が少し
呆れ気味の声で言った。
「そうか?」
 全く可愛げのない男だ――冬月は思った。顔の前で指を組んでいる姿は祈って
いるようにも見えた。そう、いつも……。
 ――ほら、結構可愛い所、あるでしょう?
 ユイが囁いたような気がして冬月は相好を崩した。
 ――君には感服するよ。
 その視線の先には深淵の顎(アギト)を広げた宇宙が在った。

 二十三時四十六分。
 警告音。
 身構える二人に急接近する影。――ロンギヌスの槍!
「ATフィールド全開!」
 槍がフィールドと接触する。衝撃が初号機を襲った。
 力と力の拮抗。
 ロンギヌスの槍は徐々にATフィールドを中和し、内へ内へと食い込んでくる。
「させないわ!」
 レイが叫んだ。
 時空を揺るがし吠える初号機。
 力を増したATフィールドはロンギヌスの槍を月へと弾き飛ばした。
「!!」
 急接近したリリスを辛うじて避ける初号機。ATフィールドを透過した目に見え
ぬ力により右肩の拘束具が弾け飛ぶ。
「! 綾波!」
「大丈夫……」
 レイは苦しげに息をしながらも笑って見せた。
 ――どこだ……。
 シンジはスクリーンに目を走らせる。
 青い光点の軌跡が、緩やかな曲線を描いて前方にある巨大な天体に向かってい
る。

 二十三時四十九分。
 拘束具の軋みをプラグ内に反響させ、初号機はリリスを追う。
 瞬く間に距離が縮まる。既に月表面はスクリーンの半面を占め、地平線は弧を
描く。昼の月面上は、叩き付けるような陽光のため灼熱の地獄と化していた。真
空と静寂、地獄の炎のみが支配する死の世界。

 月。
 女神は地球で見る美しさとは懸け離れた現実を見せていた。

「ぶつけるよ!」
「ええ」
 ATフィールド全開で突進する初号機。接触の瞬間、強大な位相空間の干渉縞が
七色の色彩を放ちつつ真空の虚空を彩る。
 月面を抉り塵芥を巻き上げつつ縺れ合う二匹の獣――リリスと初号機。互いの
ATフィールドの揺らぎが鋭い剣となり、その身を傷つけていく。
 拘束具が一つまた一つと砕け剥がれ落ち、リリスも同様に無数の傷を負ってい
った。
 初号機の頭部拘束具が砕け吹き飛ぶ。
 リリスがこちらを見た。
 全身を切り裂かれ身を焼かれた者の上げるような悲痛な“声”がした。
 衝撃が襲った。膨れ上がったATフィールドが両者を分かつ。
 初号機は虚空高く弾き飛ばされた。シンジは目に見えぬあの力――“重力刃”
とでも言うべき攻撃を警戒しつつ状況確認を行った。
「あれは……」
 眼下に広がる直径一キロは有るかと思われる巨大な円。今それは深淵への口を
開けつつあった。
「多分、“神の船”への入り口」
 現在地を素早く確認したレイが答える。地球から尤も遠い場所。夜を飾る女神
が決して人には見せない面――月の裏側。
「リリスは穴に入ったわ」
「了解……!」
 シンジはある物を見つけた。
「何?」
「――ロンギヌスの槍だ」
 穴からさほど離れてない所にロンギヌスの槍が突き刺さっていた。

 深淵へと突入した初号機を闇が飲み込んだ。
 リリスの羽――パワースレイヴの羽音が聞こえる。
 重力波の作り出す揺らぎが初号機の拘束具、身体を震わせエントリープラグ内
に反響していた。
 無言の叫び。
 うねり、凪()ぎ、咽(ムセ)ぶ。木枯らしが奏でる甲高い音にも聞こえる――啜り
泣く声のようであった。

 二十三時五十六分。
 初号機は漆黒の穴を降下するリリスと再び接触した。
 滑らかな弧を描き振るわれるリリスの尾。
「くっ!」
 同じく優雅な弧を描きロンギヌスの槍は尾を弾く。いとも容易く尾は裂け、崩
れるように引きちぎれた。
 リリスの“哭声”が初号機の身体を打つ。
 同時にエントリープラグが軋みを上げる。
 レイはレバーを握るシンジの手に自分の手を重ねた。ATフィールドが光となっ
て初号機を包む。
「おおおおおおおっ!!」
 シンジが叫ぶ。
 裂帛(レッパク)の気合いと共に、体(タイ)を向けたリリスの胸へ、ATフィールドを切
り裂きつつ槍は深々と突き刺さった。
 鈍い衝撃の後、内部組織を引きずりつつ、槍は背中から突き抜けた。
 絶叫が辺りを覆う。
 縦穴の壁を破壊していく“重力刃”。
 結界と化していた初号機のATフィールドは、制御を失ったパワースレイヴの刃
を尽く弾き返した。
 幾層もの隔壁を貫きリリスと初号機は落下し続けた。
 二匹の獣は運動量を徐々に失いながら、やがて穴の底へと激突した。

 光り出すリリスの身体。
 同調するかの如く初号機――アダムの身体も光り始めた。
 強烈なエネルギーの放射が始まった。
 ――ぼく……ぼくらもこれで終わりなのかな……。
 漠然とした意識の中でシンジは思った。
 レイはシンジを守るように抱きしめた。シンジもその折れそうな身体を抱きし
める。

 二十三時五十八分。
 アダムとリリスは光に包まれた。

 同時刻。
「月内部に重力変動確認」
 シゲルの報告に発令所が緊迫した空気に包まれる。
「まさか! サード・インパクト?!」
 ミサトは震える声で呻くように言った。
「――変動……収まっていきます」
 人々の緊張が僅かに緩む。
「……監視を続けて……」
 遥か彼方の二人を思うミサトの声は限りなく重かった。

 零時十六分。
 発令所は時折交わされる地上部隊との交信以外、声もなく静まり返っていた。
「ロマン……チックですよねぇ……」
 マヤがぽつりと漏らす。
「何が?」
 シゲルが訊いた。
「ほら、二人っきりで月へ飛ぶなんて……まるで…………ぁ……」
 俯いて黙り込んでしまったマヤ。
「……そうだなぁ……それっていつも読んでいる小説にでも書いて有るのかな?」
 シゲルがフォローする。
「……ええ。ラストシーンで、生まれの違う二人が全てを捨てて、それぞれ片翼
しかない“比翼の鳥”の姿になって……二人して月光を浴びながら飛んで行くん
です……一から始めるために……だから……」
「でも中学生同士で……早いんじゃないか?」
 マコトが真面目な顔をして言う。
「ぷっ」
「マコト! はははっ!!」
「な、何だよ! 真面目に言ってるんだぞ!」
 二人が無事であることを願う笑い声には悲愴な響きがあった。力のない乾いた
声だけが発令所に谺した。
「……『おかえりなさい』言わせてよね……二人とも――」
 ミサトが呟いた。
 応えるかのように緑色の光点がスクリーンに点る。発令所が呻くような声とと
もに騒然となった。
「! ――初号機確認!! マヤちゃん!」
「はいっ!! ……パイロット……異常……なし……映像回線回復まで後一分……
う…………」
 その後は声にならなかった。

 すぐさまミサトはアスカのいる部屋へ連絡を取った。
「アスカ!」
《帰ってきたのね!!》
 ミサトの声を遮ってアスカの声がマイクから返る。
「寝・て・な・さ・いって言ったでしょ?」
《……いいじゃない》
 ふてくされたような声にミサトはくすっと微笑む。
「回線開いておくわ」
《……うん》
 少し詰まらせた小さな声が返ってきた。

 零時零分。
 直上から差し込んだ陽光が二人の巨人を照らし出す。
 七つの瞳を彫りつけた仮面は外れていた。
 そこには――人外に棲む生き物の――安らかな顔があった。
 その輪郭が不意に歪むと、リリスはその身を砂状に変え漂いはじめた。
 ――生きてる……。
 崩れ行くリリスを見ながらシンジは自分が生きていることを実感した。同時に
ゲンドウの言った『神』という言葉も思い出す。恐らく現在地はターミナルドグ
マに相当するのであろう。
 ならば……。
「碇君……あれ」
「!」
 レイの視線の先にある巨大な椅子。
 座っているのはエヴァの十倍はあるかと思われる褐色の巨人であった。
 その首が動く。
 ぎょっとする二人。
 だが首は不自然なほど前に傾ぐとゆっくりと輪郭を失いはじめた。程なく他の
部分も溶けるように崩壊をはじめる。
 ゆっくりと崩れ落ちていく“神の座”。
 “神”は既に死んでいたのだった。
 空洞を構成する壁や天井が静かに分離しつつ初号機に迫ってくる。
「崩れていくわ……」
「脱出しよう……さよなら」
 シンジは足下に横たわったリリスの死体に声を掛ける。レイも無言で見つめた。
 死を漂わせた神の御座の前から、羽を広げ、ゆっくりと初号機は舞い上がった。
 直上からの光が二人を導く。下方から縦穴の壁が霧のように変質し、闇を埋め
ていく。
 やがて光がスクリーンいっぱいに拡がった。初号機は無事月面へとその傷付い
た姿を現していた。光の翼を広げ、灼熱と真空の大地の上を滑るように飛行しな
がら地球を目指す。
 地平線の一端から地球が昇りはじめた。
 命を育む、青い星。
「綺麗ね……」
 静かなレイの声。
「そうだね」
 シンジは地球からレイへと視線を移した。
「……“彼女”泣いていた」
 地球を見つめながらレイは続ける。
 “彼女”――アダムとリリスは雌雄同体であると聞いていたが、シンジはリリ
スを指してレイの放った言葉に違和感を覚えなかった。
「うん、そうだね……」
「長い間、言えなかった言葉を抱き続けて……もう、とっくの昔に滅んでいたの
に……」
 月の中心にて光に包まれた瞬間。
 二人は彼ら以外の存在を感じた。

 光の中――リリスの問いかける声――『私を愛してる?』

 レイから視線を反らせたシンジは自分の右の掌を見つめる。
 血塗られた映像。
 蘇る感触。
 カヲルを、ゼーレエヴァを、リリスを。
 シンジは掌を握りしめた。
「ぼくは……」
 虚無感がシンジを包む。
「……わたしたち……」
 その拳に手を重ねレイは言った。
 不思議な揺らぎが紅い瞳に浮かんでいる。
 シンジの顔に光が射す。浮かべた笑みは既に少年(コドモ)のものではない。
「あの時……碇君、何か言わなかった?」
 シンジを見つめるレイの瞳。二十センチと離れていない。

 光の中――アダムの答えた声――……。

「聞きたい?」
「うん」
 微かな想望の色を瞳に秘めレイは頷く。
 シンジは一呼吸置いてから口を開いた。
《こら、莫迦シンジィ!!》
「うわぁ!」
「っ!」
 モニターにはアスカがアップで写っていた。
《全く、通信できる所まで帰ってきてるんなら、さっさと連絡しなさいよっ!》
 病人とは思えない剣幕でアスカが捲し立てた。
「ご、ごめん」
《あんたもよ、――レイッ!》
 睨んだアスカの目には涙が溜まっている。
「……ごめんなさい」
 謝りながらもレイは嬉しそうだった。
《そうよーん。二人がお空の上でいちゃついてるからアスカ妬いちゃってたーい
へんなんだから》
 ミサトが割り込む。彼女の目にも銀の滴があった。
《だっ、だ、だ、だ、誰が妬くもんですか!》
 二人はモニタ越しに喧嘩をし始めた。
 シンジとレイは呆気にとられた後、顔を見合わせくすっと笑った。
 発令所に“本物”の笑い声が湧いた。

「終わったな」
 初号機から送られてきたデータの解析結果を見て、冬月が静かに言い放った。
「ああ、我々の仕事はこれから暫く続くがな――だが、未来は子供たちのものだ」
 そう言うとゲンドウは眼鏡を取りだし、掛けた。

 暗黒の月を背景に、青い地球(ウミ)へと帰るエヴァンゲリオン初号機。
 黒い淵の一点から顔を出す太陽の光芒は、宇宙に浮かぶダイヤモンド・リング
のようであった。



(十一)終曲――シエスタ

 世界――達成。……二十一番目のカード。

【神は言われた。我と我以外を分けること。それは罪である。汝は己以外の者を
憎むであろう、と。――だが我は思う。それ故我は愛を知ることが出来たのだと】
 ――死海文書、アダム回顧録より。

 あれから四ヶ月が過ぎた。

 南極のリリスの羽が消えたことにより、人類絶滅の危機は去った。
 ネルフは解体、再編された。
 E計画の為に開発、発見された技術は有効利用すべく研究を継続して行くと聞い
ている。父さんたちはまだ前体制の残務処理に追われているようだ。
 必要なくなったぼくらパイロットは先月正式に解任された。――開放されたと
いっていいのかも知れない。

 そして……今。

 葉の隙間から午後の春の日差しが差し込む木陰。
 ぼくは読みかけの本をお腹の上に乗せ、長椅子の上でうたた寝をしている。
 春――そう四季が戻ったんだ。
 春の日差しがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。
 今、転居先の仮設住宅の一つに一人で暮らしている。
 一人といってもあの当時のクラスメイトばっかり集まっている――寮みたいな
物だけど。
 高校に進学する為の勉強は結構きつい。ぼくに出来ることなんて、たかが知れ
ているかも知れないけど――夢があるんだ。

「シンジ」
 ぼくは薄目を開けて声の主を見た。
 薄い萌黄色のトレーナーと紺青のハーフパンツから伸びた白い素足が眩しい。
「な……に、もう……ちょっと」
 折角の休日なんだから……寝かせて……よ。あ、近づいてくる雰囲気……これ
は……。
「いてっ!」
 ぼくは慌てて長椅子から飛び起きた。
「酷いよぉ」
 抓られた腕がヒリヒリする。
「約束は守りましょ」
 少し呆れ気味の声が返ってくる。
 そうだ、今日の昼、食事会に呼ばれていたんだっけ……。
「……はいはい」
「『はい』は一回」
「……何か母さんみたいだ」
 ぼくは小声で呟く。
「何?」
「何でもない。……アスカ怒ってる……かな?」
 ぼくは――“DANDELION WINE”と題された――本を小さなテーブルの上に置き、
立ち上がりながらレイに訊いた。
 食事会の主宰はアスカなんだ。ちょっと……やばいかも。
「もうカンカンよ」
 と答えるレイ。
 でも目が笑っているから本当の所は……どうかな?

 木洩れ日がぼくの顔を一瞬通り過ぎる。
 心に影を落とす、血塗られた自分の掌の映像。
 今でも時々思い出してしまう。
 ……でも、それは忘れてはいけないことなんだ。
 ぼくが、ぼくである為に……。

 夢。
 もう一度、宇宙へ行くこと……。
 もう一度、あの青い地球を見てみたい……。
 出来れば、……レイと一緒に……。
 まだ漠然としていて、どうやれば実現できるか迄は考えも付かないけど、――
もう一ヶ所に留まるのはやめたんだ。

「アスカ、何で料理に凝りだしたのかなぁ」
 ぼくは日頃の疑問を口に出してみる。
 そういえば最近随分と優しくなったんだよな――アスカ。
「何考えてるの?」
「な、何にも!」
 ぼくは慌てていった。顔に出ていたかな……。
「さぁ……でも美味しいからわたしも食べ過ぎて……ちょっと太ったわ」
 そう言ってレイは俯いた。
「え……ホント?」
 探るように声を掛ける。
「うそ。――早く行きましょう」
 ぱっと顔を上げると笑いながらいきなりレイは駆け出した。
「あ……レイ、ちょっと待ってよ」
 少し駆けた後、ぼくの方を振り返る彼女。
 伸ばし始めた髪が柔らかく舞った。
 優しい陽光に溶け込むような笑み。
 すっかり陽の光が似合うようになったレイに――今のぼくに出来るありったけ
の笑みを送る。

 黄色いタンポポの花で覆われた野原の上。
 遠くに級友たちの姿が小さく見える。
 駆け出すと甘く柔らかな風が優しく頬を撫でた。

 必ず作ってみせる。

 ぼくらの新世紀を!



                 完

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 えっと、後書きです。

 1996年8月頃、本来25,26話はこういう話にする予定だったのではないかという
妄想を膨らませつつ、自分なりの邪推と、邪念を取り混ぜ書いてみた話です。
 今回、手を入れたらちょっち増えちゃいました。(汗)

 因みに、COLLECTOR'S DISC VOL.3の三人の笑顔が、ラストのイメージになって
います。シンジは少し大人びて、アスカは明るく笑い、微笑んでいるレイの髪の
毛が少し長いかなー、と私には見えたのです。(゚ー゚)ウフ

 以下言い訳。
 一時間枠で収まりそうな物という事で、シンジ、レイ、アスカに絞りましたの
で、大人達は最低限の補完しかされてないように思えます。特にミサトの辺り。
(T^T)
 チルドレンにしても、最後はシンジの一人称なのでレイやアスカの実際の所は
どうなったかというのは書き切れてない気がします。
 ホント、我々には時間がないってのを実感しました(おいおい)。

 でもまぁ、補完といっても私の性格の影響もろに出たな。(苦笑)

 タイトルの後ろにちょこっと書いて有るのは、歌の題名でして、歌詞と文の内
容の雰囲気が合ったと思われたものです。単なる趣味です。(笑)

 SILENT SCREAM SLAYER
 IRON MAIDEN IRON MAIDEN
 SOUTH OF HEAVEN SLAYER
 FEAR OF THE DARK IRON MAIDEN
 Indigo Waltz 久保田利伸
 RAG DOLL THE FOUR SEASONS
 WASTING LOVE IRON MAIDEN
 DON'T TAKE THESE DREAMS AWAY TRUE BRITS
 THE NUMBER OF THE BEAST IRON MAIDEN
 FLY ME TO THE MOON Rei(#23)
 TWO MINUTES TO MIDNIGHT IRON MAIDEN
 シエスタ やしきたかじん(作詞:及川眠子(゚ー゚))
(POWERSLAVE   IRON MAIDEN)

 おもっきしHM/HR系に固まっています。(汗)
 なお、曲の感じと合わないものは一部あります(IRON MAIDENだな)。



 ここまで読んで下さった方々、ありがとうございます。

 では、ご縁がありましたら、いつかまた、別の作品で。


                           コースケ

                     第二版 1997年3月8日


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