消毒液の匂いが充満する病棟の一室。

「無事だって言ったじゃない!」

 激声が弾けた。

「――何とかするわ、必ずね」

 白衣の女性から鉄を思わせる声が返った。

 その熾烈な意志に、三人の子供たちは声もなく佇むのみだった。

 

 三ヶ月後、子供たちは転居した。

 友人たちと共に。

 

 そして、更に一ヶ月が過ぎたある日――。

 

 

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        水と空気と光と影と――INFINITE DREAMS

 

         緑の街の物語  序章  -2016.5-

 

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 西暦二千十六年。

 晴れ。

 とてもすっきりしたいい気持ち。

 肩の辺りまで髪を切った所為かな……。

 それと、高揚感。

 地面から何かが沸き立つような……上手く言えないけど、そんな感じ。

 

 トントントントン……。

 

 野菜を刻む包丁の音も軽い。

「ふう。これで後はドレッシングをかけるだけね」

 包丁を置いて呟く。

「あしゅかぁ、おなか、しゅいたよぉ」

 いきなり後ろから抱きつかれた。

「もう、ヒカリィ。ふざけないでよぉ」

「やけに楽しそうじゃなひ?」

 今度はふざけている訳じゃない……ヒカリは酷い言語障害の後遺症を負ってい

た。

 ダミープラグ代わりに使われた為の……。

 まともに話せないと知った時の彼女の様子はもう思い出したくない。

 あたしが見舞いに行った時も、頭からシーツを被って丸くなって震えているだ

けだった。

 

 あの時のあたしみたいに。

 

 結局あの熱血バカが日参して三日後、ヒカリはリハビリを始めた。

 最初に言った言葉が「トウジ」だったのは言うまでもないわね。

 今ではほぼ完璧に回復していて殆ど判らない。

 何よりも彼女の笑顔が見れるようになったのは嬉しい事だった。

 

 ――治療にはE計画で発見、開発された技術が用いられた。

 無論あたしたち“元”パイロットも協力したし、赤木博士の連日に渡る過酷な

までの作業に支えられて、最終決戦から三週目には全員が集中治療用の病棟から

出る事が出来た。

 そもそもE計画がなければ――などと考えた事があったけど、今はやめた。

 起こってしまった事は……ママの時みたいに……仕方のない事だと思う様にし

たの。過去に縛られるのはいい加減イヤになったし、過労で倒れる寸前の赤木博

士を見たからかも知れない……。

 

「ちょ、ちょっと、どうでもいいけど、胸さわんないでよ、ヒカリィ!!」

 ひぃぃ、ぴぃーーんち。

「お前ら女同士でなに抱きおうとるんじゃ?!」

 あ、熱血バカ。

「妬いてる?」

「あ、あほかっ!!」

 ヒカリの言葉に真っ赤になるトウジ。

 で、トウジはと言うとバカ以外後遺症は無し……左足の義足を除けば。

「トウジ……今日歩き過ぎよ」

 ヒカリは身を翻すとトウジの隣へと寄り添う。

「だ、大丈夫やて!」

 真っ赤なタコ二つの出来上がり。美味しそうね……はぁ。

 溜息吐いてる場合じゃないわ。仕上げ仕上げ……と……ん?

「どうせなら綺麗に撮ってね」

「う、うわぁ!」

 ケンスケは尻餅をつく。あのねぇ……。

「……何よ、人を怪獣みたいに!」

 前屈みになって覗き込む。

「きゅ、急に顔出すからだろぉ!」

 ケンスケは左手で器用にカメラを操っている。右腕の痺れがまだ取れないらし

い。

「何赤くなってんのよ?」

「いや、その……」

 ん……視線を追ってやっと気が付いた。シャツのボタンが外れていて胸の谷間

が良く見える。もう、ヒカリのタコ。

「エッチ、バカ、変態!!」

 叩き付けるように言ってあたしはそこから立ち去った。呪うような情けない声

が聞こえたけど無視無視無視ぃ。恥ずかしいのは、あたしの方なんだから!

 ……あたしの方も体重こそ戻ったものの女性としての機能はまだ止まったまま。

 変ね……。

 あんなに厭だったのに……今は……。

 

 ざっ!

 

 乾いた音を立て、草原を一陣の風が薙いでいった。

 雲が影を落とし流れる。

 再び現れた陽の光は、見上げたあたしに暑いくらいの笑みを投げかけてきた。

「遅いわねぇ」

 ヒカリがエプロンを外しながら言う。

「ほーんと、レイにシンジ呼んでくるの頼むんじゃなかったわ」

 水で湿らせたタオルで顔を拭きながらあたしは答えた。

 全く何やってんのかしら。

 思わずシンジの皿にセロリ山盛り、レイの皿にはお肉山盛りにしてやろうかと

いう計画が頭の中を巡りはじめる。

「もう、アスカったら……」

 苦笑いするヒカリ。

 顔に出ていた?

 大丈夫、そんな意地悪しませんよぉーだ。

 シンジはともかく、今日はレイの為のパーティーなんだから……。

 

「おっ! 来た来た」

 ケンスケがカメラを覗きながら叫ぶ。

 あたしの目にも二つの人影が駆けてくるのが判る。

「センセ、わしもう腹ぺこで死にそうやー!!」

「早く早くーー!」

 足が知らぬ間に地を蹴っていた。

「おーそーいぃーぞぉーー!!」

 息を切らして走ってきた二人に、あたしは抱きついた。

 

 

 ここはサナトリウム。

 自分の手で未来を拓く為の場所。

 

 

                 完

 

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■後書き

 「曙光」のラストと同日のエピソードです。

 何故パーティーが開かれたかと言いますと……ヒント、赤飯。(超爆)

 

 では、ご縁がありましたら、いつかまた、別の作品で。

 

                                コースケ

 

 INFINITE DREAMS/IRON MAIDEN

第二版 1997年4月24日



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