「あの夏のパズル」外伝第一話

KOU





 彼女はベットにうつ伏せになっている。
 横に向けた顔のすぐ前で彼女の愛用している腕時計が刻を刻んでいる。
 彼女はその腕時計を見つめていた。
 流れる刻を見つめていた。

 −−− 今時可笑しいかもしれないけど私は針が時を刻む時計が好き
     好きなんじゃない
     羨ましい

     自分の意志で一生懸命に刻を刻んでいるから
     みんなに見てもらえるから
     間違っていても直してくれる人がいるから

 まもなく時計のすべての針が12の文字の元で重なろうとしている。


      ///  刻の境  ///



 
 「もう、寝る」

 夕食後リビングでいつものドラマを観ていたアスカはいきなり立ち上がった。

 「まだ途中だよ?」
 「そんなのわかってるわよ!」
 「体の調子でも悪いの?」
 「まっさか!私はいつも健康そのものよ!」
 「ほんとに?」
 「ほんとよ!」
 「前だってそんなこと言って・・」
 「あー!昔の事をごちゃごちゃ言わないの!」
 「それに今日だってなんだか様子が‥‥」
 「変わらない!!」

 熱があるのを隠していたという前例があるだけにシンジはなかなか信用しない。
 そんな二人の背後から声が‥‥

 「本人が大丈夫って言うんだから大丈夫なのよ。ね、アスカ?」
 「ミ、ミサトさん!その格好‥」
 「ほら!ミサトもああ言ってるでしょ!信用しなさいよ!」

 バスタオルで体を巻いただけの姿でミサトが立っている。風呂あがりらしく髪が
 濡れている。そして右手にはいつものビール。

 「シンちゃん、どう?まだまだ若いもんでしょ?」
 「そ、そんな格好してちゃ風邪引きますよ!」
 「またまたぁ。照れちゃって」
 「じゃあ、おやすみ〜」

 隙有りとばかりにアスカは自分の部屋に駆けてく。

 「おやすみなさい」
 「あ!アスカ!」
 「シンジ君、大丈夫よ」
 「でも‥‥」
 「あれぇ?シンちゃん?そんなにアスカが気になるのかなぁ?」
 「ち、違いますよ。明日はシンクロテストの日だから体調が悪いと‥」
 「はいはい。そういう事にしとくわ」

 ポンと軽くシンジの頭をたたく。

 「ミサトさん!!」
 「シンジ君、ビール御代わり〜」
 「‥‥わかりましたよぉ」

 シンジは冷蔵庫に、ミサトはテレビの前にあぐらをかき陣取りチャンネルをあれ
 これ変えている。

 「大丈夫よ」 
 「え?」
 「アスカよ」
 「どうしてですか?‥‥はい、どうぞ」

 ビールを手渡す。

 「ありがと。ところでシンちゃん。明日って何の日か知ってる?」
 「えーっと‥‥シンクロテストがあるくらいだと思うんですけど?」
 「ちゃあんとプレゼントあげるのよ?」
 「え?」
 「アスカの誕生日なのよ。アスカも女の子だから色々思うところがあるんでしょう
  ね。日本に来てから初めての誕生日だし」
 「そんな事一言も‥‥」
 「駄目ねぇ。そんなんじゃ女の子にもてないわよ。それともシンちゃんはレイのほ
  うが好みなのかな?」
 「な、何言ってるんですか!」
 「照れちゃって。ま、明日はみんなをよんでパーっといきましょうね」
 「はい。みんなには今から電話しときます」
 「料理は私が腕によりをかけ‥」
 「あ!いいです、いいです!ミサトさんは買い出しいってもらいますから」
 「そう?ならばーんとでっかいケーキ買ってくるから」
 「き、期待してます‥‥‥」

       *          *          *

 −−− 私は15年前にはこの世にいなかった
     そして15年後にここにいるのかはわからない
     だから私は今を生きる
     ここで私は今を生きる

     もう後悔はしていない
     生まれてきた事に
     EVAを選んだ事に
     ここへ来た事に

     ママ‥‥‥ありがとう‥‥‥私を生んでくれて‥‥‥

 時計は彼女の生まれた日になった事を告げていた。

 時計はかわらず刻を刻んでいくことだろう。
 彼女の為に。
 彼女と共に生きる人の為に。

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