「あの夏のパズル」外伝第二話

KOU





 ある夜の事。アスカは独り、両手にコンビニの袋をぶら下げ歩いている。片方は缶
 ビール、そして片方にはお菓子やらジュースがこれでもかとばかりに詰め込まれて
 いた。

 「ったく!酔っぱらいが!」

 今晩、葛城邸ではミサト主宰によるクリスマスパーティという名の大宴会が催され
 る。葛城家のメンバーで準備をする予定だったが、ミサトは味見と言う名でビール
 を飲みまくりただの酔っぱらい。召し使い役のシンジはとっくの昔にミサトにより
 顔を真っ赤にされ倒れていた。

 「あー!もう嫌!なんで私がこんな事しなきゃいけないのよ!」

 道端のガードレールに腰掛ける。 ガシャ! そして袋を乱暴に足元に置いた。

 「ふう‥‥」

 蒸し暑い上に、結構な重労働。喉が渇くのは当然の事。これくらいは当然とアスカ
 は缶ジュースに手を伸ばした。が、少しの間手を止めその行き先をもう一つの袋に
 変えた。

 −−− そんなに美味しいのかしら‥‥。ま、一口くらいならいいか‥‥。

 カシュ!

 −−− せーの!

 ゴクッ‥ゴクッ‥ゴクッ‥‥プーッ!!勢いよく飲み、勢いよく吹き出した。

 「にっがぁい!!な、なんでこんな物が美味しいのよ!」

 この問いには答えてくれる者は誰もいない。彼女の声は闇の中へ消えていた。
 そして改めてアスカは独りだったことに気づく。

 「ばっかみたい!」

 ガードレールにもたれかかり座り込む。
 ビールの酔いが回ったのか多少気分が落ち着き、ふと空を見上げた。

 「‥‥雪?」
 思わず声がでてしまう。

 「ばかね。そんな訳無いか。‥‥‥でも‥奇麗」

彼女を見下ろす満天の星空は彼女を雪降る街へと誘うには充分だった。

 −−− いつだっただろう、最後に雪を見たのは‥‥

     パパがぬいぐるみを買ってきてくれた日
     ママがケーキを焼いてくれた最後の日

     街が聖歌で満たされていた日


     /// 白い風の吹く街 ///



 
 アスカは立っていた。夜の街に。雪降る街に。

 −−− 雪?これは夢?‥‥それにここは‥‥

 そこはかつて少女の住んでいた街。
 風に乗り、どこからともなく讃美歌が聞こえ、家々には灯かりが点っている。

 −−− この娘は‥‥

 アスカの目の前には少女が笑っていた。
 その少女は紅い服を着、紅い髪留めをし、くるくると天を見上げ回っている。
 腕には大切そうにぬいぐるみを抱えている。

 そして空からは雪が永遠に舞い下りている。

 −−− あ!

 少女は足を絡ませ、つまずき、そして泣き出してしまった。
 アスカは駆け寄ろうとしたが、それよりも早く少女に駆け寄る人がいた。
 それは忘れたはずの顔。いや忘れられなかった顔がそこにあった。

 −−− パパ?‥‥ママ?     

 少女の両親がそこにいた。
 少女は父に抱えられ、母に雪を払ってもらい、涙を拭いてもらっている。

 アスカの足元には、ぽつんと雪に取り残されたぬいぐるみ。
 アスカはそれを拾い、泣いている少女に手渡す。

「ありがとう。お嬢さん」
「ありがとうね。ほら、ありがとうは?」
「‥‥あ、ありがとう、お姉ちゃん」
 少女はにっこりと笑みを浮かべる。
「え、ええ」
 アスカもちょっとぎこちないが微笑みかえす。
「じゃあアスカ。お家に帰ろうか?」
「うん!」
「アスカ、ママがちゃぁんとケーキ焼いてあるからね?」
「わーい!今日ってサンタさんもくるんだよね?」
「そうよ」
「いい子にしてればきっと来るよ」
「絶対来る!だってアスカいい子だもん!」
「そうよね」
「そうか、そうだよな。じゃあ、帰ろうか?」
「うん!」
「さ、お嬢さんもはやく家にお帰りなさい。家族の方が心配するよ?」
「は、はい」
「じゃあまたね、お姉ちゃん」
「うん、またね」

 少女は見えなくなるまで手を振り、アスカも見えなくなるまで手を振り続けた。

 独りになったアスカはさっきの少女の様に天を見上げ、
 雪を受け止めうように腕を広げ、ゆっくりと回り始めた。

 風が吹き、雪は風に流され、まるで白い風のなかにいるようだった。

 −−− そう、夜中に舞い散る雪が好きだった

     上を見上げると漆黒だけどどこかほっとする闇が
     その中から白い粒子が無限に生まれる様子が

     街灯の光を受け、うっすらと輝く空間が

     何もかも真っ白にしてくれる力強さが

     やっぱり好きだったんだ‥‥

     パパ‥‥ママ‥‥

     いつか絶対見に帰る

     雪を

     降りしきる雪を

     あの街に

     白い風が吹く街に‥‥

     ‥‥‥


 「アスカ?」
 「‥‥‥」
 「アスカ!」
 「‥‥うーん‥‥」
 「ア・ス・カ!」
 「ふぁ、ふぁい!」

 アスカの目の前には息を切らしたシンジがいた。

 「アスカ、大丈夫?」
 「シンジ?」
 「そうだよ。大丈夫?」
 「雪は‥‥」
 −−− やっぱり夢?そりゃそうよね‥‥。こんなとこで寝ちゃったのか‥‥。
 「アスカ?」
 「よ、酔ってなんかないわよ。あたしお酒なんて飲んでないもの」
 「酔ってるんだ?」
 「お酒飲まないでどうやって酔えと‥」
 「お酒くさいんだけど?」
 「さっきミサトに服にこぼされたからよ」
 「それは?」

 シンジはアスカの右手を見る。そこにはしっかりと飲みかけの缶ビールが握られて
 いる。

 「い、いいじゃない!あんただって飲んでたでしょ?」
 「あれはミサトさんが‥‥」
 「じゃあおあいこね。で、なんか用?」
 「なんかって‥‥」
 「何よ?」
 「アスカがあんまり遅いから‥‥‥」
 「そう。じゃ、行くわよ」
 「え?」
 「持ちなさいよ。レディにこんな重いもの持たせる気?」
 アスカは立ち上がり袋をシンジの足元に置いた。
 そして召し使いを従え、アスカは足取り軽やかに歩き始める。
 「さっさと来なさいよ。さっきはあたし一人で持ってたんだから」
 「わかってるよ」

 しばらく歩いているとアスカがピタリとバス停の前で足を止めた。

 「ちょっと休憩しましょ?」
 「もうすぐマンションだろ?そろそろみんな揃って待ってるよ?」
 「いいから!」
 「あ!気持ち悪いの?じゃあここで待っててよ。薬とってくるから!」
 「いいから座りなさいよ!」
 アスカは駆けていこうとするシンジの腕を掴んだ。
 そして押え込むようにシンジをベンチに座らせ、その隣に座った。

 バスの来る事のないバス停で二人は何かを待つ様に座っていた。

 「一本頂戴」 
 「ジュース‥‥だよね?」
 「あったり前じゃない!さっさとよこしなさいよ」
 「う、うん」
 「あんたも飲みなさい」
 「うん」

 飲み込む音だけが、二人の間に存在した。

 「なんか言ったら?」
 「う、うん」
 「今日はクリスマスイブだね?」
 「あんたばかぁ?あったり前じゃない!なんのパーティーやると思ってるのよ?」
 「そ、そうだよね」
 「そうよ」
 「‥‥」

 再び静けさが支配し、アスカは空を見上げ、シンジもそれにつられ上を見ている。

 「ねえシンジ?」
 「何?」
 「雪って見た事ある?」
 「雪?どうしてまた突然‥」
 「いいから!有るの?ないの?」
 「ないけど?」
 「最初からそう答えなさいよ」
 「‥‥うん」
 アスカは袋を一つシンジから奪い取る。
 「そっか、ないんだ?」
 そして立ち上がった。
 「シンジ、行こ?」
 「うん」

 シンジも立ち上がり、再び二人でマンションへ歩き始める。

 「アスカはあるんだ?」
 「え?ええ、あるわよ」
 「やっぱり白くて冷たいんだよね?」
 「あんたばかぁ?あったりまえじゃない!」
 「ご、ごめん。本物って見た事無いから」
 「あっきれた。なに謝ってるのよ。見た事ないからしょうがないじゃない」

 先を歩いていたアスカがくるりとシンジの方に振り返り、後ろ向きで歩く。

 「じゃあ見る機会があったら見たいわよね?」
 「うん。一度は見てみたいよ」
 「わかった」
 「わかったって何がわかったんだよ?」
 「べっつにぃ」

 そしてアスカはくるりと再び前を向き、歩き始める。
 月明かりが二人に道を示すように道を照らしていた。

 「‥‥アスカ?」
 「何よ?」
 「そういえばまだ言ってなかったよね?」
 「何が?」
 「うん‥‥。アスカ、メリークリスマス」
 「‥‥‥い、いっきなり何とぼけた事言ってんのよ!」
 「ご、ごめん‥‥」

 アスカは謝るシンジにため息を一つつくと、
 いつもよりかしこまった声でシンジに語り掛けた。 

 「メリークリスマス、シンジ」
 「え?」
 「ちゃんと聞いてなさいよばぁか!そう言うからにはプレゼントは用意してあるん
  でしょうね?」
 「い、一応‥‥」
 「じゃ、早く帰りましょ」
 「うん」
 「へんな物だったら承知しないからね!」
 「それは大丈夫だと‥‥。あ!待ってよ!」

 さっきまでの酔いはすっかり醒めてしまったのか、アスカは駆け出していた。

 アスカは目の前の降りしきる星が流れていく様に感じた。

 あの街の雪のように‥‥

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