「あの夏のパズル」外伝第三話

KOU





 「ふぁ〜あ」

 

  朝の微かな眠気と学生鞄を持ったまま背伸びをするアスカ。続けて鞄を空に向か

 い放り投げ、そして両手で受け止める。

 

  ――― 涼しくなったな‥‥。

 

  その蒼い瞳は空を見つめたまま、受け止めた鞄を胸の前で抱き抱えたまま、一人

 学校に向かい足を進める。

 

  いつしか聞き飽きるほどの蝉の音は消え、

  いつしか浴び飽きるほどの日差しは消え、

  いつしか着ている制服も長袖になっていた。

 

  ――― 春までお預けか‥‥。

  アスカは空にあった視線を制服の袖に視線を落とした。

 

  ――― ま、これも可愛くて好きだけどね。

  そしてスカートを翻しながらくるりと回ってみる。

 

  ――― そういえばレイったら制服ばっか有るけど、どこに置いてるんだろ?

      その内レイの部屋の玄関あけたら制服が雪崩れてきたりしてね。制服の

      山に埋もれるレイか‥‥らしいわね。

  思わずクスリと笑うアスカ。

 

 「アスカ、何がおかしいの?」

 「何ってレイの‥え!?」

  驚くアスカの右隣にはいつのまにかシンジが並んで歩いている。その片手には学

 生鞄、もう片手には三人分のお弁当をいれた袋をぶら下げている。

 「シ、シンジ!?あんたいつからそこに?」

 「アスカが鞄を受け止めた辺りだけど?」

 「あ、あんたばかぁ?黙ってないで声くらいかけたらどうなのよ」

 「ご、ごめん‥‥。アスカが回ってた時に気づいたかと思ってたんだけど‥‥」

 「あんたってつくづく‥」

  アスカはいつもの様に右手の指をシンジの顔の前に突き指し、いつもの様に説教

 を始める。だが‥

 「おはよう」

 「え?」

  聞き慣れた声にアスカの全ての動きが一瞬だけ止まり、次の瞬間にはその聞き慣

 れた声がした方に振り向いていた。

 「私が?」

  そこにはアスカの顔をじっと見つめるレイがいた。

 「レ、レイ!?」

 「私が何?」

 「え、えっと‥‥」

  珍しくしどろもどろのアスカ。しかもじりじりと後づ去りすら始めている。

 「‥‥」

  片や、そんなアスカをただじーっと見つめるレイ。

 「‥‥」

  そんな二人のやり取りを笑いを堪えながら傍から観ているシンジ。

 「え、えぇっと‥‥」

  しばらくの沈黙の後、アスカはレイににっこりと微笑みかけこう言った。

 

 「き、今日もいい天気ね?」

 

  そしてアスカは何事もなかった様にすっかり高くなった空を見上げる。

 「‥‥そうね」

  そしてレイも見上げ、

 「そうだね」

  そして、二人につられてシンジも見上げた。

 

  そんな彼女達を、風が静かに追い越していった。

  少しだけ、

  ほんの少しだけ秋の色をのせて。

 

 

     /// 枯葉色の輪舞 -Ronde- ///

 

 

 「しっかし最近つまんないな〜」

 

  再び歩き始めた中、アスカが口を開く。

 

 「じゃあ帰りにゲームでも買ってく?欲しがってたのあったろ?」

 「う〜ん、それもいいわね。ちょうどお小遣いもらったばっかだし」

 「なら付き合うけど?僕も欲しいアルバムがもうでてるはずだから」

 「じゃあ決まり!って言いたいとこなんだけど‥‥」

 「委員長と約束でも有るんだ?」

 「無いけど、なぁんか違うのよね」

  アスカは答えながら再び鞄を宙に舞わせる。

 「あぶないよ!」

 「ばぁか、大丈夫よ。あんたじゃあるまいし」

 「‥‥」

 「何よ?文句でも有る?」

 「無いけど‥‥」

 「じゃあ何よ?その物言いたげな顔は?」

 「わ、わかった?」

 「そんなのあったり前じゃない!あんたと会ってどんだけだと思ってんのよ?」

 「え〜っと‥‥一年と‥」

 「そんだけあれば十分よ。あんたってほんと単純すぎるのよ。もうちょい進歩しな

  さいよ?まぁ加持さんくらいとは言わないけど、せめて‥」

 「ご、ごめん‥‥」

 「またすぐに謝る!」

  苦笑いを浮かべているシンジを溜息交じりでちらりと横目で見るアスカ。

  ――― ほんとに変わんないんだから‥‥

  次には、大きく、静かに息を吸い込み、優しく問い掛けの単語を発する。

 「で?」

 「うん。何かって何かと思って」

 「はぁ?何かって何よ?」

 「ほら、何か違うって言ったろ?」

 「あんたばかぁ?何かわかんないから何かって言ったんじゃない!」

 「ご、ごめん‥‥」

 「惣流さん、不満?」

 「え?」

  アスカはとっさにレイの方を振り向くがレイは凛と前を見据えたままだった。

 「今の生活に不満?」

  そしてレイはこの問いかけと同時にアスカの蒼い瞳を見つめた。その紅い瞳で。

 「そ、そんな事ないわよ。あんたもばかシンジもみんなもいるし‥‥。だけど、何

  かが、何かが足んないのよ‥‥」

 「そう‥‥」

 「‥‥何か?」

  シンジとしては独り言のつもりだったのだが、ふと顔をあげるとアスカの指が目

 の前にあった。

 「何度も言わせないの!わかんないって言ってんのがわかんないの!このばかシン

  ジ!」

 「ごめん、そうだったよね‥‥」

  睨み付けるアスカに縮こまるシンジ。そしていつも通りのレイ。

 「ふぅ‥‥。はい、これ持って」

  そんなシンジにアスカはまたも溜息をつくと、持っていた鞄をシンジに押し付け

 た。

 「よっと!」

  そしてアスカはひらりとガードレールの上に飛び乗った。だがその勢いでアスカ

 のスカートが少しだけ捲れ上がってしまう。

 「あ!」「あ!」「‥‥」

  思わず声が出るアスカとシンジ。レイはいつの間にか文庫本を読み、我関せずで

 歩いていたため無言であった。

 「‥‥シ、シンジ?」

 「み、見えてない‥あ!!‥‥」

 「ふ〜ん、やっぱり見たんだ?」

  アスカはじとりとした目つきでシンジを見下ろす。

 「ご、ごめん。突然だったから‥‥その‥‥だから‥‥ご、ごめん」

 「ふん、ばぁか!今更いいわよ」

 「今更?」

 「いつか、シンクロテストの時にみんな裸だったじゃない?」

 「‥‥うん」

 「それにお風呂上がりとかもタオル一枚だし、いい目の保養でしょ?せいぜい感謝

  しなさいよ。あんたにこんなチャンスがこれからずっと有るとは思えないし」

 「‥‥そうだね。いつまでもこのままって事は‥‥」

  そして僅かな沈黙。

 「そ!そうそう、裸といえばあんたってばレイのも見た事あるんだって?」

 「え!?」

 「しかも胸まで触ったんだって?そうなんでしょ、レイ?」

 「‥‥ええ」

  返事をするレイは本に目を落とした姿勢のままたんたんと歩いている。逆にシン

 ジといえは顔は真っ赤、涼しい季節にもかかわらず額から汗まで流れ出している。

 「あ、あれは足が、とれて、躓いて、倒れて、綾波が、タオルが、だから‥‥」

 「ふ〜ん。‥‥ス・ケ・ベ」

 「そうね」

 「‥‥‥‥ご、ごめん」

 「ほんとに悪いと思ってんの?」

  アスカはトンっとガードレールから飛び降り、自分の鞄をひったくる様にシンジ

 から取りあげる。  

 「思ってるよ」

 「だってよ?レイ」

  アスカはレイの肩をポンと軽く叩いた。

 「そう」

 「あ、綾波!」

 「じゃあ今日はシンジに何か奢ってもらいましょうよ?」

 「そうね」

 「え〜!どうしてそうなるんだよ?」

 「どうしても」

 「そんなぁ」

 「さっき買い物付き合うって言ってたじゃない?お金は持ってるんでしょ?」

 「そりゃアルバム買う分くらいは有るけど」

 「じゃあ決まりね」

 「そんなぁ!」

  当然聞く耳をもたず、さっさとシンジをおいて歩くアスカとレイ。

 「レイは何食べたい?」

 「偶には碇君に選んでもらうのがいいと思う」

 「う〜ん、それもそうね。偶にはいいかも。シンジの奢りだしね」

 「ええ」

 「って事だから帰るまでにちゃぁんと考えとくのよ?」

  アスカは後ろに振り向き、二人の後ろについて歩くシンジに微笑みかける。

 「‥‥」

 「返事は?」

 「‥‥はい」

 「よろしい。さぁてと、ヒカリも誘っちゃおっと」

 「え〜!」

 「あの二人は?」

 「そうよね、ついでだから誘いましょうか?」

 「ええ」

 「あ、あの?」

 「何よ?文句有る?」

  再びシンジに振り返るアスカ。今度は眼光が妖しく光っている。

 「い、いや、その‥‥」

 「何よ?」

 「き、今日もいい天気だなって?」

 「ばぁか!そんなの見ればわかるじゃない」

  アスカが文句を言いながらも笑みを浮かべ空を見上る。

 「そうね」

  続いてレイも一瞬微笑み、空を見上げる。

 「そうだよね」

  シンジもそんな二人と同じ様に笑みを浮かべ空を見上げる。

 

  いつしか空は秋に色づき、

  いつしか木々は秋に色づき、

  いつしか風は秋に色づき、

  いつしか彼女らは再びの秋を迎えていた。

 

 

  そして季節は巡る。

 

  再び立ち止まる事無く。

 

  まるで輪舞の様に‥‥

 

 

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