「あの夏のパズル」外伝第二.五話

KOU





 「なんていんちき!」

 

  アスカはリビングの窓の前で握りこぶしをたてている。

 「日頃の行いだね」

 「そうね」

  シンジはこれといってする事がなくTVゲームをし、レイはその横でじーっと画

 面を見つめている。

 「なんですって!!」

  アスカが振り向き、渾身の力を込め電源ケーブルを引っかけ蹴り上げた。

 「な、何するんだよ!」

 「うるさぁぁい!折角だったのに!」

 

  窓の外は雨。

 

  リビングの窓の外にはてるてる坊主がいっぱいぶら下っている。紅い眼のモノ、

 蒼い目のモノ、金髪のモノ、眼鏡をかけたモノ、缶ビールを持つモノ、眼鏡をかけ

 るモノなど沢山ぶら下っている。

 

 「何よこんなもん!!」

  アスカは雨のベランダに飛び出ると、リビングの中に叩き付けるように投げ入れ

 だした。

 「アスカ止めなよ。折角みんなで作ったのに」

 「‥‥う、うるさぁぁい!」

  一瞬手を止め投げるのを躊躇うが、キッとシンジを睨み思いっきりシンジの顔面

 めがけて投げつけた。

 「何すんだよ!」

 「シンジのばかぁ!」

  アスカはそう怒鳴りつけると、自分の部屋へ走り去っていってしまった。

 

  暗い昼下がり。

 

  部屋には雨の音が静かに響いていた。

 

 

            /// 桜の舞う頃 ///

 

 

 「決まり!お花見しましょ!」

 

  それは数日前の学校からの帰り道。アスカの言葉から始まった。

 

 「はぁ?」

 「お花見よ。お・は・な・み!」

 「聞こえてるよ」

 「‥‥それ、いいわね」

 「あ、綾波?」

 「何?碇君」

 「何って‥‥」

 「ぐだぐだ何言ってるのよ?あんたは「わかりました」って言えばいいのよ」

 「‥‥わかりました」

 「場所はどこがいいかしらね〜。えーっと‥」

  鞄から『第三新東京の歩き方』を取り出すアスカ。

 「シンジ、鞄持ってて」

 「はいはい」

 「そうそう、あんたがお弁当作るのよ?」

 「はいはい、わかってます」

 「お菓子は私が買うから」

 「はいはい」

 「ま、今回は割り勘で勘弁しといてあげるから」

 「‥‥」

 「レイ、いいわよね?」

 「ええ」

 「で、後はカラオケセットだけど」

 「はぁ?カラオケ!?」

 「そうよ。お約束なんでしょ?」

 「そうね」

 「綾波!?」

 「何?碇君?」

 「‥‥なんでもないです」

 「でもって、後は‥」

 

  アスカのこだわりはまだまだ続く。

  空は夕焼けが眩しく、

  烏はもう日が暮れると告げていた。

 

       *          *          *

 

 「シンジ、お茶!」

 「はいはい」

  リビングで横になり、頬杖をつきながら雑誌をめくるアスカ。

 

  僅かな帰り道の時間ではまとまりきる事ができず、結局そのまま葛城家で作戦会

 議となっていた。

 

 「どこがいいかなっと?」

 「‥‥惣流さん?」

  レイはアスカと向かい合わせでちょこんと座り、一緒に雑誌を覗き込んでいる。

 「ん?何?」

 「いつやるの?」

 「そういえばそうね」

 「見頃は今度の土日だってさ」

  アスカが振り向くとシンジがお茶とお菓子を持って立っていた。

 「そうなんだ?」

 「うん。はいお茶」

 「ありがと」

 「綾波も」

 「‥ありがとう」

 

 『ズズ‥‥』

 

 「あっつ〜い!!」

 「あ、熱かった?」

 「あんたばかぁ?いつももっとぬるくしてって言ってるでしょ!」

 「ご、ごめん‥‥」

 

 『ズズズズズズズズ』

 

 「ふぅ‥」

 「‥‥レ、レイ?それって熱くなかった?」

 「ええ」

  ニコリと微笑むレイ。

 「ほらぁ!丁度いいじゃないか!」

 「レイだけぬるくしてるんでしょ!」

 「そんなわけないだろ!」

 「それはどうだか?」

 「アスカが猫舌なだけだろ!」

 「違うわよ!あんたがいけないの!」

 「何でだよ!」

 「何でもよ!」

  アスカはいつの間にか立ち上がり、二人はにらみ合っている。そしてアスカの利

  き足が蹴りをくりだす瞬間。

 「碇君?」

  振り向く二人。行き場の無いアスカの足。

 「もう一杯いただける?」

 「う、うん」

  シンジはレイから湯飲みを受け取り、台所に向かった。

 「レイやるじゃない?」

 「何が?」

 「シンジが命拾いしたって事よ。ま、今回はあんたに免じて許してあげるわ」

 「やさしいのね」

 「ば、ばぁか!なにくだらない事言ってんのよ!さっさと場所決めるわよ」

 「‥‥(クスクス)」

 「何、笑ってんのよ!」

 「別に‥‥(クスクス)」

 「レイ!」

 

  結局、会議はその日の深夜にまで及んだ。レイも泊りこむ羽目になったのだが、

  お花見の場所が決まらずじまいで終わってしまったのはお約束である。

 

       *          *          *

 

  雨の当日。まもなく夕方になろうとしている。

  しかしアスカは相変わらず自分の部屋に閉じこもっていた。

 

 「アスカ、お弁当食べようよ?」

 「‥‥」

 「アスカ?」

 「‥‥」

 「寝てるの?」

 「寝てる!」

 「‥‥」

 「勝手に食べてりゃいいでしょ!ほっといてよ」

 「‥‥」

 

  アスカの部屋とリビング。シンジはあれから何度も何度も往復していた。

 

 「惣流さんは?」

 「‥‥」

  ただ首を横に振るシンジ。

 「‥‥そう」

 「お花見くらいいつでもできるのになぁ」

 「いつまでもここに居られればね」

  独り言のように言うと、レイは立ち上がりアスカの部屋に向かう。

 「綾波?」

 「碇君はここで待ってて」

  レイは振り向き、ついてこようとするシンジを微笑みで制した。

 「う、うん」

 

 『コンコン‥‥』

 

  レイはアスカの部屋の戸を静かにノックした。

 

 「‥‥レイ、あんたまだ居たの?」

 「ええ」

 「‥‥何か用?」

 「私、帰るから」

 「‥‥」

 「今日は誘ってくれてありがとう」

 「‥‥なんで帰んのよ?」

 「私、必要ないでしょ?」

 「‥‥バカ」

  小さな呟きと共にアスカは勢いよく飛び起きる。

 

 『ガラッ!』

  そして勢いよく開く扉。

 

 「食べるわよ?」

  ぶっきらぼうなアスカ。

 「‥‥ええ」

  いつも通りのレイ。

 「シンジ!早く準備しなさいよ!」

  そして、アスカはどたどたと足を鳴らしリビングに向かった。

 

       *          *          *

 

 「ごちそうさまぁ〜。もう食べきれない」

 

  アスカはリビングでごろりと仰向けに寝転がった。

  ちらりと窓を見ると、まだ雨は降り続いている。

 

 

  ――― 雨の第三新東京か‥‥

 

      桜は散ったけど、きっと桜が咲くたび思い出す。

 

      春が来るたび思い出す。

 

      季節が巡るたび思い出す。

 

      この春の事を‥‥

 

      みんなで過ごした時の事を‥‥

 

      戦い抜いたあの夏と共に‥‥

 

 

 「ねえ?今度の夏はみんなでぱ〜っと海でも行こうよ?ね?決定!」

 

  アスカはむくりと起き上がり、洗い物をするシンジと、アスカの横で静かに本を

 読むレイに話し掛ける。

 

 「ぼ、僕は遠慮しとくよ」

 「はぁ?あんばかぁ?美女二人の水着姿が見れるのよ?」

 「美女二人って‥‥」

 「何よ?」

 「こ、光栄だなって」

 「そりゃそうよ。そうよねえレイ?」

 「ええ」

 「じゃあなんで遠慮するのよ?折角披露してあげるって言ってんのに?」

 「そ、そりゃ見たくないって言えば嘘だけどさぁ‥‥」

  アスカはレイの肩を軽く叩き、小声で話し掛ける。

 「レイ?」

 「ええ」

  レイは読んでいた文庫本を静かに閉じる。

 「シンジ、行くわよ!」

 「行くってどこにだよ?」

 「特訓よ、特訓」

 「特訓?」

 「ビシビシいくからね?レイも甘やかしちゃだめだからね?」

 「ええ」

 「前々からレイと話してたのよ。エヴァのパイロットのくせに泳げないなんて洒落

  にもなんないってね」

 「そんなの関係ないよ!」

 「関係有るの!私達が恥かしいんだから」

 「どうしてだよ?」

 「うるさい!あんたに損はないんだから黙って言う事ききなさい!」

 「そんなぁ」

 「レイ。ミサトに頼んで予約しといて?」

 「ええ」

 

  そして3人は部屋を後にする。

 「今年はどんな楽しい夏になるだろう」

  こんな想いを胸にして。

 

 

  あの夏が終わり枯葉色の風が吹いた

 

  秋が終わり白く冷たい風が吹いた

 

  冬が終わり第三新東京に桜が舞った

 

  そして桜が舞い終わるとまた夏が来る

 

  暑い夏がまた‥‥

 

  あの夏の様な暑い夏が‥‥

 

 

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