「あの夏のパズル」

〜第十一話〜

KOU





 「‥‥アスカ、ひとつ聞いてもいいかな?」

 

  訓練が長引き、目が痛くなるほどの日差しはすっかり影を潜め、あれだけ騒がし

 かった蝉の声も寝息に変わろうとしている。

 

 「え?珍しいわね、シンジから聞いてくるなんて」

 「そうかな?」

 「そうよ。ねえ、レイ?」

 「ええ」

 「ほらみなさい」

 「う、うん‥‥」

 

  アスカを真ん中にして、右側にはシンジ。左側にはレイ。三人は久々に一緒に家

 路へと足を進めていた。

 

 「で、何が聞きたいの?」

 「アスカと‥」

 「私のスリーサイズかな?」

  シンジの問い掛けをからかう様にアスカはシンジの顔を下から覗き込む。

 「そ、そんな訳ないだろ!」

 「何よばか!ジョークの分からない男ね!あんたってほんとつまんない奴!」

 「‥‥‥まじめにきいてるのに‥‥」

 「‥‥ご、ごめん」

  いつもとどこか違うシンジにアスカは思わず言葉を濁した。

 「別に謝らなくてもいいよ‥‥。それから綾波にも聞いて欲しいんだけど?」

 「ええ」

 「アスカと綾波って最初の頃は挨拶ぐらいしかしなかったよね?

  最近はよく話もするし‥‥仲がいいなって‥‥何かあったのかと思って」

 「なにそれ?私とレイの仲?」

 「うん」

 「そんなの別に最初と変わってないわよ」

 「でも、アスカは綾波のことを名前で呼ぶようになったし。それに‥」

 「別に何もない!」

 「でも‥‥」

 「そうよね?」

  レイの方を振り向くアスカ。

 「ええ」

  そしてレイの返事を確認し頷き、

 「ほらみなさい!シンジ、わかったかな?」

  続けてアスカは俯いて話しているシンジの顔を覗き込んだ。

 「う、うん。‥‥ごめん。変な事聞いて」

 「なに謝ってんのよ、ばぁか!」

  アスカはプイっと顔を前に向き直すと、おもむろにグレーの空を見上げた。

 

  ――― そう、なにも無かったのよ、何もね‥‥。

 

  アスカの見上げた遠くの空には微かな朱の色。

 

  瞬きをすれば次の瞬間にはその空は星降る夜。

 

  シンジのたった一つの問い掛けが静かに夕暮れを動かし始めた。

 

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  あの夏のパズル −piece11-  星涙の夜

      Silent Stars and Silent Nights and Silent Eyes

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 『無愛想で何考えてるかわかんない奴』

 

  実はこれが私のレイに対する第一印象。

 

  でも、学校や訓練、戦闘なんかで一緒にいるうちに何かが違うと感じ始めてた。

  今のレイは本当のレイじゃないと‥‥

 

  そして、あの夜。

  なかなか眠れなかったあの夜。

 

  ベットにうつ伏せながら、差し込む月明かりに包まれながら、私は電話を手にし

 ダイヤルを刻んだ。

 

 『トゥルルルル‥‥』

 

  ごちゃごちゃ考えるよりも本人に聞くのが一番。こんな単純な事が思い付くまで

 こんなに時間がかかる自分に少し苛立っていた。

 

 「さっさとでなさ‥」

 「‥‥はい」

  予想に反し2コールで繋がる。

 「フ、ファースト?私だけど」

 「‥‥?」

 「聞こえてるんでしょ?さっさと返事しなさいよ!」

  少しの沈黙の後、レイが返事をした。

 「‥‥惣流さん?」

 「そう、私。用件だけ言うから。明日の放課後空けといてちょうだい」

 「‥‥?」

 「二人で話したい事があるの。誰にもにも内緒、いいわね?」

 「ええ」

 「じゃあ明日、学校で。おやすみ」

 「‥‥」

 

 『ピッ‥‥』

 

  私は一方的に電話を切り、そして明日の準備を始めた。

 

       *          *          *

 

  次の日の放課後。私は約束通りレイと二人で帰る。

 

 「じゃあ。お先!」

  鞄にノートパソコンを入れているシンジの肩をポンと叩く。

 「う、うん。‥‥‥あ、綾波?」

  私がレイの手を引っ張る様に連れて行くのに驚いているようだ。

 「‥‥さよなら、碇君」

 「さ、さよなら‥‥綾波」

  シンジは何かあるという顔をしたが何も聞くわけで無く私達を見送った。

 「とりあえず私の部屋に行くから」

 「‥‥ええ」

  そして私は言いなりのレイを連れ教室を後にした。

 

       *          *          *

 

 「さ、入って」

 「‥‥」

 「こっちよ」

 「‥‥」

  家に着くなり私の部屋に直行。

 「これに着替えて」

 「‥‥」

  白いワンピースをレイに手渡す。

 「下着もお願い」

 「‥‥」

  唐突にもかかわらずレイは無言で着替えてくれた。

 「また戻ってくるから服はこのまま置いといていいわよ」

 「‥‥」

  私も急いで着替える。レイとは色違いの薄い黄色のワンピース。私のもう一つの

 戦闘服。これを着る時の私は気合が入っている。そういえば日本に来る時もこれを

 着ていたな‥‥。

 「後は‥‥IDカード出して。携帯も」

 「‥‥」

  レイに話しながら私もインターフェースを取る。今日だけ特別‥‥。

  そして自分のIDカードと携帯も取り出し、それらを用意していたジェラミン製

 のアタッシュケースにいれる。もちろんこれは加持さんに頼んで貸してもらった。

 「これでよしと」

 「‥‥」

  アタッシュケースを部屋の隅に置き、そしてただ私を見つめているレイに振り返

 り微笑みかける。

 「さ、出ましょ?」

 「‥‥」

  そして足早に二人で玄関に向かった。

 「悪いけど、靴もこれを履いて」

 「‥‥」

「あ!」

  玄関にはシンジの靴が並んでいた。でも、素知らぬ顔で私は声をあげる。

 「シンジ!買い物にいってくるから!夕食はいらないからね!」

  驚いたようにシンジの部屋から声がする。

 「わ、わかったよ」

 「これでよし。さ、行きましょ」

 「‥‥」

 

  そして私はあの丘に向かう。

  レイは何も言わずついてきてくれた。

  レイは終始頷くだけだった。

  ただ一言を除いては。

 

 「何も聞かないの?」

 「‥‥ええ」

 

  この一言が、あの丘に着くまでの唯一の言葉だった。

 

       *          *          *

 

  そして、私達は並んで座っていた。

  そして、空には星が見え隠れし始めていた。

  そして、私はレイに問い掛けた。

 

 「単刀直入に聞くけど‥‥あなたって何?」

 「‥‥」

 「聞こえてるでしょ?」

 「私は私」

 「そんな事じゃない!」

 「じゃあ何?」

 「何って‥‥」

 「どうしてそういう事聞くの?」

 「‥‥あ、あんたが気になるからよ」

 「私が?」

 「そうよ!」

 「どうして?」

 「う、うん‥‥」

 「‥‥」

 「最近いろんな事を思った」

 「‥‥」

 「そして私なり考えてみた。調べてもみた。司令‥副司令‥リツコ‥ミサト‥加持

  さん‥シンジ‥そしてあなたに私。すべてが繋がっている気がするの。いや、繋

  がっているはず。でも大人達はなにも教えてくれない。何かが有る事をね。そし

  て、そんな大人達の中心にあなたがいる。いつも、常に、どんな時も」

 「‥‥」

 「司令の子供であるシンジ。シンジでさえ何も知らないのよ。初号機のパイロット

  であることに対して‘ただ操縦できるから’位しか思っていない。ま、あいつの

  態度からの想像だけどね。‘なぜ操縦できるか’って考えればいいのに」

 「‥‥そうね。確かに碇君は何も知らない」

 「あなたはどこまで知っているの?エヴァって何?何故私達は戦っているの?何を

  目指しているの?そして‥‥あなたは何者?」

 「‥‥」

 「どうせ私の事も全部知ってるんでしょ!」

 「‥‥ええ」

 「あんたって何?」

 「‥‥」

 「レイ!どうして一人で背負うの?なんであんたばっかりなの?あんたばっか格好

  つけないでよ!」

 「‥‥」 

 「私だって全てを捨ててここに来てるのに!」

 「‥‥惣流さん?」

  私はいつのまにかレイの両肩を掴んでいた。思いっきりの力で。

 「ご、ごめん‥‥」

  レイの紅い瞳から目を背け、私は丘の下に広がる街を見下ろした。

 「‥‥‥ごめんなさい」

 「いいのよ。私の我が侭なんだから謝る必要はないわ。言いたくなかったら別にい

  いの。自分で調べるから」

 「でも‥‥」

 「でも、なに?やりすぎると私が消される。とでも言いたい?」

 「‥‥」

 「所詮パイロットの代わりはいくらでもいる‥‥よね?」

 「知ってるの?」

 「なんとなくね。だっておかしいじゃない。私達のクラスだけ疎開していく生徒が

  少ないし、揃いも揃って片親とかだし」

 「そう」

 「ま、もうどうでもいいか。じゃ、帰りましょ。今日はありがと」

  そして立ち上がり、汚れを両手ではらう。

 「あんたとは最近気が合いそうだとようやく思ってきたのに残念だわ」

 「気が‥‥合う?」

 「そうよ。あんたも私も似た者同士でしょ?」

  私は立ち上がろうとするレイの方に振り返り、右手を差し出した。

 「あなたと‥‥私が?」

  そっとレイは私の手を握る。その白い手はとても、とても冷たかった。

 「そうよ。色々とね」

 「色々?」

 「ええ。色々とね。ま、あんたは気づいてるか知らないけどね」

 「‥‥?」

 「ま、簡単に言えば仲間みたいなもんかしらね」

 「仲間?」

 「そうよ」

 「‥‥わかった」

 「うん。だから今は聞かない‥‥その時、その時がきたらでいいから」

 「‥‥ええ」

  レイが静かに頷いた。

 「うん。じゃあ帰ろっか?」

 「‥‥」

  今度はレイは首を横に振った。静かだけどどこか力強く。

 「え?」

 「座って」

 「‥‥う、うん」

  レイの紅い瞳に吸い込まれる様に、私はただ頷き、そして再び丘に座った。

 「全てではないけど‥‥」

  そして、日頃は寡黙なレイの口から少しずつ過去と現在と未来が流れ始めた。

 

  それから私はどれだけ時間が流れていったかは覚えていない。

  ただ、レイが話を終えると満天の星空だった。

 

 「どうして泣いてるの?」

 「星が奇麗だからよ」

 「そう。‥‥碇君も嬉しい時も泣くんだよって教えてくれた」

 「そう‥‥あいつが‥‥」

 「ええ」

 「今日の続きは「その時」まで聞かないわ」

 「‥‥ええ」

 「今のシンジには内緒ね。あなたの事、そして私の事も」

 「ええ。‥‥ありがとう‥‥アスカ」

 「う、うん」

 

  瞬間、星がひとつ流れ落ちていった。

 

 「あ!‥‥奇麗。見れた?レイ」

 「ええ、アスカの涙みたいに奇麗」

 「ばぁか!そんなもんじゃないわよ。私の涙は!」

 「そうね(クスクス)」

 「何よその笑いは!」

 「別に(クスクス)」

 「レイ!!」

 

       *          *          *

 

  ――― なぁんて事があったなんて口が裂けても言えないわね。

      そうよね、レイ?

      ま、諜報部にはばればれかもしれないけどね。

 

  アスカが見上げた夜空に光の線が描かれ、

  そして消えていった。

 

 「流れ星‥‥」

 「うん、流れたわね。シンジは見れた?」

 「み、見れなかった」

 「相変わらずタイミング悪い男ね。前にあの丘に行った時もそうだったでしょ?」

 「仕方ないだろ。見れなかったんだから‥」

 「アスカ、見せてあげたら?」

 「レ、レイ!なにバカな事いってんのよ」

 「そう?」

 「‥‥え?」

  アスカとレイのやり取りにあっけに取られるシンジ。 

  ――― 綾波がアスカって呼ぶ?

      綾波が笑う?

      綾波‥‥が‥‥?

 「なにぼけぼけっとしてるのよ!レイを送ってさっさと帰るわよ!」

 「う‥うん」

 

  3人であの丘から眺めたあの星空

  2人であの丘から眺めたあの星空

 

  あの日と同じ様にに満天の星空

 

 

 「アスカ、綾波。また3人で星を見にいこうよ‥‥あの丘に‥‥」

 

 

  そして星は輝き続ける

  遠い過去から

  そして今

  そして終局の刻を過ぎても

 

  いつまでも

  いつまでも

 

  彼女らの運命に涙しながら‥‥

 

  同じ闇に浮かぶ月と共に‥‥




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