『仕組まれた女神』 −第十部−

くらしろ


 

   #エピローグ

 

地平線が黄金色に輝き始める。

空は夜の暗闇から、茜色に変わろうとしていた。

天幕に鏤められた星々は、朝日によってその存在を覆い隠されようとしていた。

夜明けがこの地に訪れようとしている。

 

「眩しい〜!」

「本当、朝日がこんなに奇麗なものだったとは思わなかったな。」

「夜明けよ...、でござる。」

三人は洞窟の出口で、その一日の最初の太陽の光を体一杯に受け止めていた。

「太陽は地上の生きとし生きるものを常に平等に照らす...。

 そして、それは自らの力で光り輝いているわ...、でござる。」

レイはその朝日を見て、誰に言う事なく呟く。

「綾影、何難しい事言ってるのよ!」

「アスカ、綾波をそんな風に言うのは...。」

「うっさいわね、バカシンジの癖に!」

「で、でも...。」

しかし、アスカとシンジは朝から恒例の口喧嘩を始める。

まるで、先程までの出来事が夢の中で起こった事であるかのように。

「ねえ、アスカ。

 もしかして、アスカは綾波みたいに難しい表現ができないんじゃないの?」

「シンジ、何て事言うのよ!

 綾影位の表現ならこの天才ドイツ忍者アス影様にとっては朝メシ前よ!!」

「じゃあ、言ってみれば?」

シンジの言葉には皮肉が籠っていた。

「ああ、言ってやるわ! ええ〜っと...。」

アスカは右手の人差し指を額に当てて考え始めた。

「アスカ、無理しなくていいよ。」

「うっさいわね〜、今考えてるのよ!」

「こういう事は考えずに自然に出て来るものよ...、でござる。」

レイはいつもと変わらず、冷静である。

「綾影まで...!

 待ってなさい、今に目に物見せてやるわよ!!」

「見せるのじゃなくて、聞かせるものだと思う...、でござる。」

レイの言葉を他所に、アスカは眉間に皴を寄せて真剣に考えている。

「アスカ、そこまで真剣にならなくても。」

「黙ってて、気が散るわ!」

アスカの異様な執着にたじろぐシンジ。 レイは黙ってアスカの様子を眺めている。

「そうだ!!」

やがて、不敵な笑みを浮かべ大声を上げるアスカ。

「いい事、シンジ、綾影よくお聞き!

 このアス影様のチョ〜流れるような華麗な詩的表現を!!」

アスカは勝ち誇ったような表情である。

「アスカ、そんなに自慢する事じゃないと思うけど...。」

「シンジ、黙って聞きなさい! じゃあ、行くわよ!

 ...太陽は朝に輝くと朝日になる、そして夕方だと夕日になるわ!」

アスカは自分の表現に酔ってしまっている。

一方、シンジとレイはただ唖然とするしかない。

「どう、このアス影様の見事な詩的表現!

 ...これじゃあ、さしもの綾影も敵わないわよね!!」

「......。」

「シンジ、何黙っているのよ! 返事は!?」

殆ど脅迫である。

「う...、うん。」

「結構、結構!!」

とにもかくにも、満足するアスカ。 シンジは心の中で溜め息をつく。

「でも、何かこう言う台詞って私には向かないわね。

 考えるのも面倒臭いし、これからは止める事にしましょう!!」

(それなら、最初から言わなきゃいいのに...。)

シンジは心の中にその言葉を思い留めた。

 

「月が出ているわ...、でござる。」

レイはいつの間にか、西の空を見詰めていた。

そこには、明るくなりつつある空の中で満月が稜線に沈もうとしていた。

「女神殿は帰られたようね...、でござる。」

「本当に、奇麗な女神様だったなぁ...。」

シンジも西の空に目を向ける。

「シンジ、それって月の女神が綾影に似ているから言っているの?」

シンジの背中からアスカのいつもの調子の声がする。

「そ、そんなんじゃないよ!」

「そう、まあいいわ! でも、当然よね!

 こんな辛気臭い綾影より、このアス影様の方が百万倍も美しいに決まってるわよ

 ね!!」

「はいはい...。」

シンジは反射的にアスカに従う。

そして、心の中である疑問を思い浮かべた。

 

 「でも、綾波が地上でもっとも女神様に近い存在ってどう言う意味なんだろう?」

 

シンジはその答えを探ろうと考えた。

しかし、それに対する明確な解答は見つける事ができないと気付き、その言葉を胸に秘め

て置く事にした。

レイはその赤い瞳で満月を見詰め続けている。

「どうでもいいや!」

シンジの心の中の言葉がつい口を突く。

「どうしたの...、でござる。」

レイはシンジの言葉に気付き、その瞳をシンジに向けた。

「え、あ、あの...。」

レイに見詰められて動揺するシンジ。

「あ、綾波が本当に女神様のように見えて...。」

「碇君、ありがとう...。」

シンジとレイはその頬を赤く染めた。

「シンジ、綾影、何バカな事言ってるのよ!?」

そこに届くアスカの怒号。

シンジはアスカの方を振り向く。

アスカは朝日を背にして、その栗色の髪を煌めかせていた。

「ゴ、ゴメン...。」

「相変わらず進歩のないバカね!

 いい事、シンジ! 綾影は綾影、決して女神なんかじゃないわ!!

 そしてね! 私達には神様なんて必要じゃないの!

 私達は自分達の力で道を切り開いて行くんだから!!」

「うん、分かったよ!!」

「ほ〜...。

 バカシンジにしてみれば、珍しく物分かりがいいじゃない!?」

「ボ、僕だって決心する事ぐらいあるよ!」

「そのくらいで自慢しないの!!」

「ゴ、ゴメン...。」

「それに、綾影。まだそんな格好しているの!? さっさと着替えなさいよ!」

アスカはレイが纏っている女神の衣装を見て言う。

「でも、着替えはどこかに行ってしまったわ...、でござる。」

レイも自らが纏っている異国の衣装を見て答えた。

それは朝日を受けて光り輝いている。

「じゃあ、その格好で旅を続けるつもり? それじゃあ目立ってしょうがないでしょう!

 私達は忍者なのよ。綾影も少しは自覚を持って欲しいわ!!」

「仕方ないよ、アスカ。」

シンジはレイを庇おうとする。

「碇君、いい。 途中の村で服を借りるわ...、でござる。」

「でも、綾波。 そんなに簡単に貸してくれるかなぁ?」

「碇君、心配しないで。 こっそり借りるだけだから...、でござる。」

「それって、泥棒って言うんだけど...。」

シンジはレイの台詞に肩を落とす。

「さっすが、綾影! 頭がいいわね!!」

「ああ、だんだん綾波がアスカに似て来た...。」

またもや、シンジは心の中で溜め息をついた。

そんなシンジの心の中に、女神の最後の言葉が突然思い浮かんだ。

 

『忘れないで下さい。 あなた達が経験した事を。

 忘れないで下さい。 あなた達の中にある邪悪な心の存在を。

 忘れないで下さい。 あなた達の中にある澄んだ心を。

 忘れないで下さい...、永遠に...。』

 

アスカもこの言葉を思い出していた。

「忘れないわ...、永遠に...。

 ...私の中のもう一人の私の事も...。」

アスカは目を瞑った。

瞼の裏にもう一人の彼女の姿が、そして短刀を頭上に掲げたレイの姿が蘇る。

「もう一人の私...、もう一人の綾影...。」

そう呟くと、アスカは瞼を開いた。茜色の空が目に入る。

「でも...、今はさようなら...。」

彼女の視界の端にはレイがいた。

レイはただ沈み行く満月を見詰めているだけであった。

 

 

「さあ、行くわよ!!」

アスカはその髪を風に靡かせる。

「行くってどこに...。」

シンジが尋ねる。

「アンタ、バカ〜!? 松代によ!!」

「それって、まさか...。」

「そうよ! 今日こそ、松代でお汁粉を食べるんだから!!」

「アスカ、まだ覚えていたの?」

「アッタリ前じゃない!

 今回の私達の旅の目的は、松代でお汁粉を食べる事なんだから!!

 こんな所で、道草なんかしてらんないわ!!」

「ア、アスカ...。」

「つべこべ言わないで、行くわよ!」

「碇君、早速出発よ...、でござる。」

「あ、綾波まで...。」

アスカはシンジを置き去りにして、森の道を歩き始める。

レイが後に続く。

だが、シンジは戸惑っている。

「シンジ! 何ブツブツ言ってるのよ! 男らしくないわねぇ!!」

アスカが振り返った。

「わ、分かったよ! 行くよ!!」

シンジはそう言いながら、渋々二人について行く。

だが、その表情は歓びに満ちていた。

「そう来なくちゃ!! じゃ、シンジ、道案内頼んだわよ!!」

アスカはシンジに一冊の本を渡す。

そこには、『抜け道もこれでバッチリ! サルでも分かる松代地図(改訂版)』と書かれ

ていた。

呆気に取られるシンジ。

「え? また僕が!?」

「そうよ! こういう雑用はシンジの仕事!」

「って、また道に迷っても知らないから...。」

「何か言った!?」

「い...、いえ別に...。」

「碇君、頑張って...、でござる。」

(ああ、何で僕はこんなに惨めな目に合わなきゃいけないんだ...。)

シンジの自己憐愍をよそに、アスカは叫んだ。

「じゃ、松代に向けてしゅっぱ〜つ!!」

 

 

月は大地に沈もうとしていた。

自分の役割を終えて退場する隠者のように。

代わりに、太陽が東の空にその姿の全てをさらけ出す。

その力で全ての存在を導く賢者のように。

そして、それはこの大地に光と温もりを投げ掛けていた。

アスカ、シンジ、そしてレイはその光を背に受け、森の中の道を進む。

その時、朝日に照らされた三人は、神のように光り輝いていた。

 

 

    (仮面の忍者 アス影・外伝其ノ壱 

              「仕組まれた女神」......完)

 



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