花のように
 白いシャツの少年。あの人と良く似た笑い方をするの。 

「ほらー!シンジ。アンタ、しゃっきりしなさいよ!もうほんとっ
うじうじしてさっ」
 アスカがシンジと一緒に走りながら学校に走ってくる。
「何だよ!アスカが寝坊するからだろっ!」
 ぎゃーぎゃーそれこそ夫婦漫才宜しく、のシンジとアスカの
登校風景。変わらない日常、毎日。

 大人しかった筈のシンジがアスカが来てから変わり始めた。
ミサトが行ったユニゾンのプロジェクト以来、少年は少女に
対して年相応の姿を見せる。心を閉ざしていた少年。
レイにヤシマ作戦で微笑んでくれたあの内気で優しい少年。
 迷いながら一歩一歩を踏み出してゆく。レイを其処に置き去りに
して。彼の心の扉はアスカによって開かれた。
 否、ミサトや同級生たちによって少しずつ開かれていたその心は
アスカという太陽のような少女によって一気に開かれた。

 そっとシンジとレイの間には絆が培われていた。ゆっくりとお互いの
距離を測りながら。
 なのに、セカンドチルドレンとしてドイツから来日した惣流アスカ
ラングレーという少女はその明るい気質。そして先入観を抱かず、
シンジに言いたい放題言い放ち、弾丸の如くその口を開く。
 負けずにシンジもアスカに言い返し、大人しく優しかった彼は
物怖じをしなくなった。それからレイは何か違和感を覚え始めた。

 人でない自分、エヴァに乗ることでしか人との絆を確かめられなか
った少女。なのに変わりたいと思い始めているレイが其処に居る。
それは、何故?
『自分には他に何もないなんていうなよ』
『笑ったらいいと思うよ』
 泣く、シンジ。それはレイしか知らない彼。
それから何故だか彼を見ると知らない感情を覚える。
まるで淡く、柔らかい感覚。そう、白い花を見た時に
感じた微かなモノと同じ。

 はらはらと白い花弁が散って、レイの視界に優しく
花が舞う。それはまだシンジとアスカがレイの前に現れる
ずっと前。
『これは花水木よ。今はこういう施設でしか見られないの』
 リツコがその花を咲かせていた樹を指差して言う。
『どうして?』
 無機質に感情を感じさせない口調のレイ。
 それをふっと苦笑しながらリツコは答える。
『あなたと一緒』
 レイはほんの少し顔を動かす。
『私?』
『そうよ。外の世界では生きられない希少な存在』
『……そう』
 LCLに浸からないと崩壊する身体を抱えて生きる自分と
一緒なのか、この花は。樹に手を添える。
『あなたも私と一緒なのね?』
 世界で一つ、外では生きられない。このガラスケースの
中で生きてゆく。

「でも、どうしてだろう?私はそれが当たり前だったのに」
 自分に柔らかく微笑するシンジ、自分を挑発するように
声をかけてくる弐号機パイロット。
 少しずつ、少しずつ目覚めてゆく私の中の何か。
それは何なのだろうか?
 篭の中の小鳥。碇司令の傍に居られれば幸せだったのに。
 シンジにべーっと舌を出して悪態を吐くアスカ。そしてそれを
見て、何かを言い返すシンジ。

「……」
 教室の窓に手をついて二人をじっと眺めるレイ。
その表情は何かを捜していた、それは何?

 花のように、淡い淡いモノ。
人との繋がり、絆。少しずつ少女の中で目覚めゆく、
ココロ……。

inserted by FC2 system