「LOST」

メリーさん


 

  シンジが消息を絶ってもう一週間になる。未だに連絡もない、ネルフの力を持っ

 てしても行方もつかめない。最後の望み、それは今日シンジがが帰ってくること。

 ・・・・・でも、それも残り少なくなってきた。・・・全ては一ヶ月前、あの時に

 始まった。

 

--------------------------------------------------------------------------

 

 「休暇ですか!?」

 

  シンジの素っ頓狂な声が響いた、驚くのも当然だが。正直今までのネルフは、シ

 ンジ達のために何かをしてくれようとしたことなどほとんどなかった。時間的にも、

 空間的にも自由が奪われていた。それがいきなり休暇をくれるというのだ。シンジ

 は疑り深そうに、レイは無表情に、アスカは嬉しそうにミサトを見る。

 

 「昨日の会議で決定したのよ。ずっとこの街に拘束されていたらストレスからシン

  クロ率に影響が出るかもしれないって言う意見があってね。それでとりあえず、

  今度の連休から条件付きで、第三新東京市外にへの外出許可をだそうっていう事

  になったの」

 「ミサト、はっなせるーーー!ね、シンジ修学旅行ダメになっちゃったんだし、み

  んな誘ってどっか出かけない?」

 「・・・うん、いいけど」

 「ちょーーーーち、待った!条件付きだって言ったでしょ」

 「どんな条件なのよ?」

 「一つ、街を離れて良いのは三人の内一人だけ、残り二人はすぐに連絡が取れる状

  態にしておくこと。二つ、有事の際には出かけている一人も可及的速やかに戻っ

  て来ること。三つ、街を離れる者は携帯を持参し、監視を付ける。但し行動を掣

  肘しない範囲で・・・・とりあえずこんなとこね」

 「なによ、それ!」

 「当然でしょ、休暇中に使徒が現れたらどうするのよ。最低でも二人は待機してい

  てもらわなくちゃ。それに旅行先で不測の事態が起きたら?悪いけれど、あなた

  達の体はあなた達だけの物じゃないのよ」

 

  アスカの表情が不機嫌な物に変わる。シンジはどうせそんな所だろうと思ってい

 たし、レイは休暇自体に興味がなさそうで表情を変えない。

 

 「とりあえず、今度の連休の分の受付を始めるけど3人ともどうする?」

 「私はいいです」

 「あんたが休暇欲しがるなんて誰も思っちゃいないわよ。どうせシンジも一人じゃ

  どこか行こうなんて考えもしないでしょうしね。そんな条件じゃ最初っから私し

  かいないじゃないの」

 

 アスカの言葉にむっと来たのかシンジが反論した。

 

 「アスカ、勝手に決めないでよ。僕にだって行きたい所ぐらいあるかもしれないじ

  ゃないか」

 「へええーーー、シンジが一体何処行くって言うのよ」

 「(うっ・・・・・トウジ達と出かけるにしても、妹さんのこともあるだろうし、

  日本全国軍用地めぐりなんてのも嫌だし・・・・)一人旅だよ!前からやりたい

  と思っていたんだ。特に行き先を決めずに何日かぶらぶらしてみたいんだよ」

 「シンジがね〜〜、ま、それは今度にしときなさい。今回の休暇は私がもらうわ」

 「そんな、勝手だよ!」

 「はーーい、ストップ!今回は初めてのことでもあるし公平に決めましょ。レイは

  いいのね?それじゃこのコイントスで決めるわよ」

 

 そう言うとミサトは一枚のコインをはじき手の甲の上で押さえた。

 

 「表!」

 「裏!」

 

 

 

 

 

 

 

 

  連休前日、クラスの話題は明日からの連休のことでいっぱいだった。

 

 「ワシはサッカーと野球の試合見に行くんや。妹のことがあるさかい遠慮しようと

  思ったんやけどな。彼奴がたまには行ってこいって言うてくれおったさかい」

 「私は家族旅行!海外は初めてなの、楽しみだなーーー」

 「俺なんか極秘情報を元に行動することになってるんだ。どんな情報か知りたいか?

  それは連休明けのお楽しみだよ」

 「・・・・けど、アスカも碇君も連休中もずっと待機なんでしょ?かわいそうね」

 「待機なのはわたしだけよ!」

 

  ここで初めて皆にネルフの休暇のことを説明した。

 

 「ほーーー、ネルフでもそんなことあるんか。それで今回はシンジの番ちゅー訳や

  な。それでどこいくんや?」

 「とりあえず行き先を決めずに一人旅をって思ってるんだけど」

 「おお、渋い!シンジらしいな」

 「はん、どうせ2、3日で一人で居るのが寂しいよー何て言って泣きながら帰って

  来るんじゃないの」

 「・・・・アスカの方こそ2、3日したらレトルトの食事ばっかりもういやだとか

  言ってダダこねるんだろ」

 「なんですってーー!」

 「わはは、そらあり得そうやな」

 「うるさいわねこの馬鹿!」

 「誰が馬鹿じゃい!」

 「あんた達以外誰が居るって言うのよ!」

 「シンジとしばらく会えへんのが寂しいから言うて、人にあたるな!」

 「何でこのバカと会えないのが寂しいのよ!あんたこそヒカリと会えないのが寂し

  いんでしょ!」

 「ちょっと!変な風に話を振らないでよ。碇君も碇君よ、意地張って寂しいのを我

  慢してるだけならまだしも、こんなに寂しがってるアスカを置いて一人で遊びに

  行こうなんて」

 「「誰が寂しがってるって!」」

 

  もはや収拾がつかなかった。4人が互いの相手のことをからかい続けそれを否定

 する度にムキになっていく。トウジとヒカリはまだ照れたまま否定するだけだった

 が、アスカとシンジに関しては完全にケンカ同様になっていた。

 

 「もーあんたの顔なんて見たくもないわ!旅に出たままか帰ってこなけりゃいいの

  よ!どうせ何の役にも立たないんだから」

 「こっちこそもうゴメンだよ。なんだい、自分じゃ料理も洗濯もまともに出来ない

  くせに」

 「いー度胸じゃないシンジ!」

 「本当のことだろ!」

 「ま、まあ、二人とも落ち付けや」

 「そうよ、そんなことでムキにならなくても・・・・」

 「トウジ達は引っ込んでてよ!」

 「そーよ、これは私達の問題なんだから!」

 

  珍しくシンジも一歩も引かなかったためケンカは長期戦の模様を呈していた。普

 段アスカの我侭に耐えている分、一度腹を立てると長引くようだ。

 ・・・思えば彼も変わった。以前の彼ならこういう否定的な言われ方をすれば落ち

 込むか謝るかしかなかっただろうから。

  ついでにこの言い争いの間一度も名前のでなかった少年が約一名いたことを明記

 しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

  連休初日、アスカが起きるともうシンジの姿はなかった。ミサトは当然まだ寝て

 いる。キッチンに行ってみると二人分の食事とメモが置いてあった。

 

 

 

    『二人とも起きてこないみたいなので、もう出かけます。朝と昼は

     用意しておきました。』

 

 

 

 見れば昼食も温めれば良いだけの状態になっている。

 

 (・・・・・あのバカ・・・)

 

 昨日家に帰ってからも二人の間には緊張感が漂っていた。結局仲直りもしていない。

 

 (もう少し気持ちよく送り出してやった方が良かったかな?)

 

 用意された食事を見てアスカはそう思った。

 

 

 

  その日訓練を終えたアスカとレイが司令部の前を通り駆けたときミサトの声が響

 いた。

 

 「行方が分からないって!シンジ君の!?」

 「声が大きいわよ、ミサト」

 

 その声の聞きつけたアスカは慌てて部屋に入る。レイもすぐ後に続いた。

 

 「ちょっと、どう言うこと?」

 「ほらご覧なさい、あなたが大声出すから」

 「私のせいじゃ無いでしょ!大体元はと言えば保安部が・・・・」

 「どう言うことかってきいてんのよ!」

 

 顔を見合わせたミサトとリツコは観念したように語りだした。

 

 「今朝シンジ君を監視していた保安部員から連絡があったのよ。駅でシンジ君が監

  視者達を撒いたらしいわ。それで、携帯で連絡を取ろうと思ったんだけど返事無

  し。それどころかこっそり付けていた発信器の反応すらないの」

 「それって・・・・どういう・・・・」

 「あまり考えたくはないけど、一番高い可能性はシンジ君が逃げ出したって事ね。

  自分の意志で」

 

  アスカは昨日の晩の事は覚えていた、シンジの携帯の調子が悪いと言うことでミ

 サトが予備機を渡したはずだ。と言うことは・・・・シンジは消えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

  今日はミサトが食事当番の日、予想通りコンビニ弁当だった。もっともミサトの

 手作りの物を食べさせられるよりはよっぽど良いけれど。・・・彼奴の存在も少し

 は何かの役に立っているのだと感じた。・・・・シンジはまだ見つからない。

 

 

 

  退屈だ!連休2日目で何でこんなに退屈にならなきゃいけないの?ヒカリは旅行

 中だし、加持さんも仕事が忙しそう。しょうがない、シンジとでも・・・・・・・

 今日もシンジからの連絡はない。

 

 

 

  ネルフは全国各地の旅館やホテルにシンジに関する問い合わせをしたそうだが、

 収穫は”0”考えてみれば当然よね。この連休のまっただ中で何の変哲もない子供

 一人、よっぽど何かがない限り覚えてるはずもないし。

  それにしても昨日にもまして暇!普段の私って暇な時間どうやって過ごしてたん

 だっけ?えーーと、確か、シンジと話をしたり、TV見たり、シンジをからかって

 遊んだり、本読んだり、シンジを誘ってどっか行ったり、ヒカリに電話したり、シ

 ンジとケンカしたり、シンジにおやつ作らせたり、暇つぶしにチェロ弾かせたり、

 シンジと・・・・・

  退屈はしてなかったよね、あんなバカな奴でも居ると居ないとじゃ随分違うんだ。

 今日で3日目か、逃げたんじゃなかったら、そろそろ帰ってくるかもしれないな。

 

 

 

  今日は訓練日、やっと暇から解放されるわ。ファーストと会ったら、何故か寂し

 そうに見えた。いつも通り無表情だったはずなんだけど、雰囲気って言うか、態度

 って言うか・・・

 

  (ひょっとしてシンジに会えないのが寂しいわけ?馬鹿みたい。あんな奴の何処

   が良いの?ま、根暗男と冷血女じゃ気も合うかもね)

 

  そんなことを考えてるとミサトの声が聞こえた。

 

 「二人とも何やってるの?シンクロ率がいつもの80%しか出てないわよ。ちゃん

  と集中しなさい!」

 「嘘でしょ!ファーストはともかく私はちゃんとやってるわよ」

 「文句はシンクロ率を上げてから言いなさい」

 「よーし見てなさい」

 

  私は今まで以上に集中した。

 

 「アスカのシンクロ率上昇中です」

 

  ほーらみなさい。ざっとこんな物よ。私が負けるなんてあり得ないんだから。こ

 れで私がシンジより優秀だって事が・・・・そっか、彼奴今居ないんだった。ひょ

 っとするとずっと・・・・

 

 「シンクロ率下降中」

 「もういいわ、二人とも上がって」

 「随分早いのね」

 「・・・・・これ以上はやるだけむだよ」

 

  着替えを終えた私達にミサトは意外なことを言った。

 

 「この連休中は、もう訓練はいいわ。次は連休明けにね」

 「どーーしてーー、ただでさえ暇なのに」

 「シンクロ試験はやっても無駄だからよ・・・・・それに3人そろってないんじゃ

  出来る訓練にも限りがあるし、この機会にエヴァの整備をするって言うのも良い

  んじゃない?」

 

  全くバカシンジ、居ても居なくても迷惑賭けるんだから。彼奴のせいで訓練も出

 来なくなるなんて。それにしてもシンクロ試験、何でやっても無駄なのよ?

 

  ミサトは後始末で遅くなると言うことで私は久しぶりに一人で夕食を取った。

 ・・・・・・・・一人だと、この家こんなに静かなんだ。それに何か広々と、寒々

 としている。私は急に恐くなって、TVを点けボリュームをいっぱいに上げた。シ

 ンジの奴帰ってきたら絶対に許さない。彼奴が居ないせいで私がこんな気持ちにな

 っちゃったんだから。

 

 

 

  もし・・・・もし意地張って帰ってこないのならシンジに一言言ってやりたい。

 「馬鹿に何てしないから素直に帰ってきなさい」って。

  あんまり暇なんでシンジの部屋に入ってみた。男の子の部屋らしくもなく随分片

 付いている。シンジらしいけど。本棚を見ていたら一冊のアルバムがあった。彼奴

 がどんな写真を貼ってるのか少しだけ気になって開けてみたら、そこには私が居た。

 ほとんどが学校での写真。ごく少しだけネルフで撮った写真もあった。

 

 (シンジが私の写真をねー)

 

  何となくうきうきしながらページをしばらくめくるとその気持ちが一瞬にして吹

 っ飛んだ。そこにはファーストが居た。そこに張ってあるのも学校とネルフの写真

 だ。何故かむしゃくしゃしながらページをめくるとミサト、ヒカリ、鈴原、相田、

 達の写真も出てきた。落ち着いてみると、私とシンジ、ファーストだけが学校の写

 真がやけに多い。それに相田の写真がえらく少ない。

 

 (確か相田の趣味はカメラだってシンジが言ってたな)

 

  私達3人の写真が販売されているって言う噂も聞いたことがある。相田がその写

 真をシンジに押しつけて、シンジがうろたえながら受け取るって言う姿が何となく

 想像できた。それをちゃんとアルバムに貼っているところがシンジらしいけど。

 

 (そういえばシンジの昔の話って聞いたこと無いな)

 

  私自身話したくなかったので無理に聞こうとも思わなかったが、こうしてアルバ

 ムを手に取ると気になってくる。

  さっきの所からアルバムを逆にめくってみると、数ページの空白の後、学年の全

 体写真らしき物があった。その次のページも、その次のページも・・・・

 

  結局この街に来る以前の写真は7枚しかなかった。私はアルバムを閉じた。見な

 ければ良かったという想いが私の心を包んだ。知ってしまったのだ、シンジが今ま

 でどれだけ孤独だったのかを。少なくともシンジはここ7年間、学校でもらう写真

 以外は一枚の写真も撮ることもない生活を送っていたのだ。事情は知らないし、シ

 ンジにも悪いところがあったに決まっている。でも、私はそんなシンジをからかっ

 て、いじめて、馬鹿にして、罵って、・・・・ひょっとしてシンジはこの街から逃

 げ出したのではなく私から逃げ出したんだろうか?連休前にもひどいこと言ったも

 の、顔も見たくないとか、もう帰ってくるなとか・・・・

 

  嫌気が差すのも当然かもしれない。もしあの時「早く帰ってきなさいよ」とでも

 言っていればこんな事にはならなかったのだろうか?

 

  5日目の夜も更けようとしている、連休も後2日。もしその間に帰ることも連絡

 することもなければシンジが逃げたことが確定してしまう。もしかしたら私から。

 

 

 

  ずるい、ずるいよシンジ、私にばっかりこんな想いをさせて自分はどこかで楽し

 く旅をしているなんて・・・何でシンジが居ないことがこんなに寂しいの?彼奴す

 ぐに無茶するから入院して会えない事なんてしょっちゅうだったのに。それ以前に

 この街に来るまではこんな気持ちになったこと何て無かったのに。

 

  私・・・・鈴原達が言うようにシンジのことが好きなのかな?ううん、それだけ

 は絶対にない。だって私の理想の男性は加持さんだもの。シンジなんて加持さんと

 似てる所なんて一欠片も無いんだし。ただ・・・一緒にいたいだけ。料理を作って

 くれて、ケンカして、TVのチャンネルを争って、思っていることを思いっきりぶ

 つけられる相手、そう、家族と心から思える相手なんて他には居なかった。加持さ

 んでさえ、せいぜい親戚のお兄さんだったのだから。

 

  私・・・・もう一人は嫌!誰かと一緒にいたい。・・・違う・・・シンジと一緒

 にいたいんだ。この気持ちは加持さんでもミサトでもヒカリでも癒してくれはしな

 い。シンジじゃなければだめなんだ。どうして今頃気づいたんだろう。もう少し早

 く気づいていれば、シンジが旅立つ前に気づいていれば、もう少しだけシンジに優

 しくしてやれたかもしれない。そうすればこんな事にならなかったかもしれない。

 お願い、もう一度だけチャンスを頂戴。今ならシンジが寂しかったことも分かるか

 ら。今なら私も寂しいことを認められるから。

 

 でも、そんな私の気持ちをあざ笑うかのようにシンジからの電話は今日もなかった。

 

 

 

 

 

  ついに7日目の朝が来た。明日からは学校が始まる。と言うことは今日中にシン

 ジが戻らなければ、「今までのことは何らかの事情があった」と言う極薄い望みも

 完全に絶ちきられてしまう。本当は誘拐されたのか?など言う憶測に期待もしたの

 だが、未だに犯人からの連絡もない所を見るとその可能性も薄い。変な言い方だが

 シンジが自分の意志で姿を消すより、誘拐されて連絡できないと言う方がまだ救い

 がある気がしていた。

 

  私は朝早く目が覚めた。普段の休日なら絶対にまだ寝ている時間帯だ。この一週

 間寝てばかりいたんだからしょうがないけど。

 キッチンではミサトが赤い目をしながらビールをあおっていた。

 

 「随分早いじゃないのアスカ。もう少し寝てれば?目が真っ赤よ。どうせシンちゃ

  んの事が心配でろくに寝てなかったんでしょ」

 「・・・・・ミサトこそ」

 

  しばらくしてミサトは出勤した今日も各駅などでシンジを探しはするそうだが乗

 車率が100%を越える連休最終日で一人の姿を見つけられる望みは薄いだろう。

 見つかるとすれば偶然か、この家に帰ってくるか。その時は速やかに連絡を入れる

 ように釘を差された。

 

 (シンジの奴何してるのよ!私を待たせる男なんてあんたが初めてよ。帰ってきた

  らたっぷりお仕置きしてやろう)

 

 

 4時間後

 

 (遅いなーシンジ、そろそろ昼よ。明日のことを考えてるのならそろそろ帰ってき

  ても良さそうなのに。何処で寄り道してるのよ。私が怒ってると思って帰りづら

  いのかな?だとすれば本当のバカだ。・・・・少し手加減して上げるから早く帰

  ってくればいいのに)

 

 

 3時間後

 

 電話が鳴った。私は慌てて受話器に飛びついた。

 

 「もしもし、シンジ!一体何処ほっつき歩いてるのよ!今何処?さっさと帰ってき

  なさい!」

 

  だが電話から聞こえてきたのは良く知っている声ではあったが、シンジの声では

 なかった。

 

 「・・・・碇君まだ帰ってないの?」

 

  私は受話器をたたきつけた。悔しかった、未だにシンジから連絡がないことが、

 ファーストに私の気持ちを知られてしまった事が。

 

 

 2時間後

 

  点けていたTVからニュースが流れる、今のところ事故もなさそうだ。乗車率は

 予想通りかなりのものだが、ダイヤに乱れはない。だとしたら遅すぎる!

 

 (シンジ大丈夫なのかな?どこかで怪我でもして動けないとか・・・だったら何か

  連絡があるはずよね。でも、何もないならもう帰っても良い頃じゃない。晩御飯

  の準備もそろそろ始める頃なんだし。それじゃ・・・)

 

 

 1時間後

 

  私は簡単な夕食を作り始めた、と言ってもレトルトを元にした簡単な物だけれど。

 今シンジが帰ってきても作ってる時間はないだろうし、それに疲れてお腹も減らし

 ているかもしれないし。できあがった3人分の夕食を前にして、私はもう少し待つ

 ことにした。

 

 30分後

 

 (だーーー、シンジの奴いつまで待たせるのよ!折角私がご飯作ってやったのに冷

  めちゃうじゃない。後10分だけ待ってやるけど、それ過ぎたらもう知らないか

  ら)

 

 2時間後

 

 玄関の扉が開く音がした。私は玄関に向け走り出した。

 

 「シンジ!?」

 「シンちゃん帰ってる?」

 

  声が重なった。ミサトだった。私の態度でシンジが帰ってないことが分かったの

 だろう。ミサトも落胆しているようだった。ネルフでの捜査の結果も収穫はないそ

 うだ。ミサトは用意してある食事を見て私に笑いかけた。

 

 「ありがとう、アスカ。先食べちゃおうか?きっとシンちゃんもどこかで食べてく

  るだろうし」

 

  確かにこの時間帯で帰ってないとなるとその可能性は高い、本当に帰ってくるの

 なら・・・・・・・。たまにだったら今日みたいに食事作って上げるから帰ってき

 てよシンジィ。

 

  ・・・・まいったな、私ってこんなに弱かったのかな?もうすっかり一人前だと

 思っていたけどまだまだ子供なのかな?意地張ってもしょうがないけど。そうね、

 やっぱり大人になって一人で居るより子供のままでもシンジが一緒にいてくれる方

 がいい。ここまで譲歩してあげるんだから帰ってこなかったら許さない。

 

 30分後

 

  もし、このままシンジが帰ってこなかったらどうしよう。連休さえ終わればネル

 フの力で見つけられはするだろう。でも、それじゃシンジは全てを捨てて逃げ出し

 たことになる。そんなに私と居るのが嫌だったことになる。それじゃ、私はまた独

 りぼっち?シンジ、お願い、いまの私の気持ちを伝えさせてよ。もう捨てられるの

 は嫌なの、一人は嫌なの。

 

 1時間後

 

 また扉が開く音がした同時に声が聞こえる。

 

 「ただいまーーー」

 

  聞き違えるはずもなかった、今度こそ間違いない。全力で玄関に向かった私達の

 目に映った物は予想通りの物、この一週間目にしてなかった物、待ちわびていた物

 ・・・シンジだった。

 

「あ、アスカただいま、あー疲れた。まいったよ、財布落としちゃってさ、駅から

  ここまで歩いて・・・・」

 

  シンジの間抜けな言葉など聞く耳も持たない。私は力一杯シンジにしがみついた。

 

 「ちょ、ちょっと、アスカ!?」

 

  うろたえてるシンジの様子は妙に私の心を安心させた。だってこれが私の知って

 いるシンジだから。

 

 

 

 

 

 

 

 「逃げた?僕が?何で?」

 

 ようやくアスカが落ちつきを取り戻し、事情を説明されたシンジは困惑していた。

 

 「何言ってるのよ!駅で保安部員撒いたんでしょ!しかも携帯もどうにかしたくせ

  に」

 「そんな覚えはないんだけどな?それに携帯ならほら」

 

 そう言うとシンジは携帯電話を取り出した。

 

 「ちょっと貸して!」

 

 ミサトはシンジから携帯を受け取るとダイヤルを押してみた。

 

 「反応無いわ・・・・・壊れてるみたい・・・・・」

 「シンジ!壊れるようなことしたなら何で確認しないのよ!」

 「おっかしいなー?そんなことした覚えないんだけど・・・・・・・・・・・・・

  ミサトさん、そういえば以前携帯をお風呂に落として壊したから修理に出さない

  ととか言ってませんでした?アレってまさか・・・・・・」

 

  シンジとアスカの視線を受けたミサトの額に汗が浮かんでいた。返事は聞かなく

 ても状況は一目瞭然だ。

 

 「ミーサートー!」

 「は・は・は・・・・・後でリツコに言っておこうと思っていたんだけど・・・

  すっかり忘れてたみたい・・・」

 「・・・・・やっぱり・・・・」

 「ちょっと待ってよ。それじゃ発信器の件は?」

 「発信器ね・・・・・携帯の中に組み込んであるの」

 「結局全部ミサトのせいじゃないの!」

 「で、でもさ、一週間も電話しなかったシンちゃんも悪いんだし、シンちゃんを見

  失った保安部にも責任が・・・・そういえばシンちゃんが保安部を撒いたのって

  どう言うことなの?」

 

  何とか責任を逃れようとミサトが話を振る。幸いにも真面目なシンジは真剣に考

 えてくれた。

 

 「ひょっとしたら・・・あれかな?最初、駅で乗る電車を間違えかけたんだけど。

  幸い出発直前に気づいて慌てて飛び降りたから問題はなかったけど降りてすぐに

  扉が閉まったような気もするし・・・・」

 「確認してみるわ。」

 

  ネルフにシンジの身柄の確保の報告と状況の確認の電話を入れてみると、シンジ

 の言っていたとおりだと分かった。監視者は二人居たのだが、二人ともシンジが間

 違えた電車に取り残されたという事だ。監視していた側から見るとシンジの行動が

 監視者を撒こうとしたように映ったらしい。シンジに何の企みもなかったためかえ

 ってうまく行ってしまったのだろう。

 

 電話を置いたミサトはため息をつきながらまとめるように言った。

 

 「結局は不幸な偶然と誤解の混ざりあいでこんな事態になったって事ね。誰が悪い

  って言うわけでもない不幸な事故って言うことか。何か大騒ぎしたのが馬鹿みた

  い」

 「どさくさにまぎれて責任を有耶無耶にしないでよ!何でその事態を収拾出来なか

  ったのか分かってるんでしょうね?」

 

 無論ミサトのせいである。

 

 「まーいいじゃない。シンちゃんも無事帰って来たんだし。シンちゃ〜〜〜〜ん、

  アスカったらねーシンちゃんが居ないのが寂しいーって言って毎日泣きはらして

  たのよ。特にここ二日ばかりの落ち込みようは凄かったんだから」

 「な、何馬鹿なこと言ってるのよ!何で私がシンジのことなんか!」

 「あれえ?さっきシンちゃんに抱きついていたのは誰だったかな?」

 「あ、あれはその・・・・行方不明だった奴が見つかったんだから心優しい私が喜

  んでやっただけじゃない!別にシンジだから何て言われる筋合いはないわ!」

 

  数時間前までの面影はまるでない。素直になるだのシンジに優しくするだの言っ

 たこともすっかり忘れているようだ。

 

 「そうだよね、アスカは優しいから。ミサトさん、変なこと言わないでよ」

 

  さっきの事に困惑していたシンジもまだ納得できる考え方を提示されたのでそれ

 に乗ることにした。何故かそのことでアスカが不機嫌になったのだがシンジにして

 みれば全く理不尽な話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おはよう、綾波」

 「・・・・・・おはよう」

 

  翌日の学校で一週間ぶりに顔を合わせたレイの態度はいつもと変わらない。だが、

 アスカの目にはいつもと違うように映った。

 

 「ねえ、アスカ。今日の綾波って何か機嫌良さそうじゃない?何となくだけどさ」

 

  シンジがそのことに気づいたことが更におもしろくなかった。

 

  その後当然連休中の経過報告が行われる。

 

 「楽しかったわよー。はい、これおみやげね。アスカ、碇君、相田君、それと・・・

  これ鈴原に・・・妹さんの分も買ってきたんだけど・・・・」

 「お前ら見とったか!あの9回裏の逆転サヨナラ3ランを!あれぞ野球の醍醐味や!

  あの興奮と感動は生で見たモンにしかわからんわなー」

 「ふっふっふ、お待ちかねの情報公開だ!見ろこの空母の美しさ艦載機のりりしさ!

  これを撮るためにどれだけ苦労を重ねたことか・・・・・おい、ちゃんと見てく

  れよ〜〜〜」

 「それでシンジはどないやったんや?」

 

  シンジはアスカの方をちらっと見ると、思いっきり睨まれてしまった。

 

 「え、ああ、楽しかったよ。いろんな所や人達を見ることが出来たし。でも、連休

  前にアスカが言ってた様に一人で居るって言うのはちょっと寂しかったけどね」

 「情けないやっちゃな、アスカはどうやねんやっぱ寂しかったんか?」

 「冗談!こいつが居なくて清々してたわ」

 

  口にこそ出さない物のヒカリの目は明らかに「無理しちゃって」と言う色を含ん

 でいた。

 

 

 

 

 

 

  その日ネルフに向かう途中でアスカは気になっていることを聞いてみた。

 

 「結局一人旅って何処行ってたの?」

 

  珍しくレイも反応を示した。

 

 「何処って言われても色々だから・・・・適当な電車に乗って、適当に降りて、

  バスに乗ったり、歩いたり、それで日が暮れてきたら目に付いた宿で泊まって

  ・・・・・・駅のベンチで寝たときもあったけど」

 「あんたバカぁ?そんなことが楽しいわけ?」

 「思っていたよりずっとね、それに・・・・・こういう言い方は変かもしれないけ

  ど、今まで世界を救うため何て言われてもぴんと来なかったんだ。何で見たこと

  も聞いたこともない人達のために苦労しなくちゃならないんだろうって考えた。

  でも・・・・今回出会った人達や見てきた自然なんかを思い出すと、そう言った

  物を守るためになら頑張っても良いかなって思えたから」

 「本当にバカね、まだそんなことで悩んでたの?だから一週間も掛かったわけ?」

 「理由は多い方がいいだろ?一週間ずっと旅してたのは・・・・その、トウジ達に

  も言ったけど、一人で居るのは寂しかったんだけど、それですぐ帰るって言うの

  はアスカに馬鹿にされそうで嫌だったから我慢してたんだ」

 「・・・・・それを口に出したら我慢してた意味無いんじゃないの?」

 「あ、そうか、しまったなー」

 「・・・・・ばか」

 

  アスカは安心感を、レイはまぶしさをシンジに感じた。いつもと変わらぬシンジ

 と新しい考え方を出来るようになったシンジをそこに感じて。

 

 

 

 

 

 

  いつもと変わらぬ日常が戻りシンジは相変わらずミサトやアスカの我侭に振り回

されていた。連休中のアスカの心情を知っている者が居れば思わずつっこみを入れ

たくなっただろう。結局アスカのシンジに対する態度は何も変わらなかった。

 

 やや疲れたシンジは、少しの間自分の立場から逃れたくなった。

 

 「また一人旅でもしようかな・・・」

 

 思わずそうつぶやいたシンジの言葉をアスカが聞きとがめた。

 

 「ちょっと、シンジはこの前休暇取ったばっかりでしょ、ファーストは要らないと

  しても次は私の番よ。分かってるの?」

 「分かってるよ、行きたいところあるなら早い目に取っちゃえば?」

 「あんたに言われるまでもないわ」

 

 そういうアスカだったが心の中ではこう叫んでいた。

 

 (絶ーーーーーーー対に取ったりするもんか!)

 

                                 (完)

 



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