死んでしまいたい夜がある。

 

誰かが決めたわけではないけどそういった名前の特別な夜がある。

 

その特別な夜は人によって様々で両親が離婚してしまった夜だったり、初めてファックをキめた夜だったり、愛車が愛車で無くなってしまった夜だったりする。

そんなときはたぶん一人で居る事なんて出来なくって、どうにかして自分を救ってくれる相手を捜すんだ。

方法は何でもいい。親しい友人の所へ行ったって良いし、風俗へ行ったって良い。

どうにかして探すんだ。泥だらけになって、地面をはいずり回ってでも。

 

でも、それでも・・・・

 

 

 

 

 

「ひろゆきちゃん」

 

ん?

 

頭の上から声が聞こえる。

 

少しだけ顔を上げると見知った女生徒の顔が見える。あかりだ。

 

「なんだ、まだ昼には早いだろ」

 

「もう、昼休み。屋上にいこよ。きっと、風が吹いていて涼しいよ」

 

「屋上。暑くないか、今日は思いっきり晴れてるぞ」

 

「日陰ならそんなに暑くないよ。きっと涼しい」

 

ふと気づくと全身汗だくだ。席が窓際なので直射日光が髪の毛に当たり驚くほど熱くなっている。我ながらよく起きなかったものだ。

 

屋上に行く途中にその話をすると彼女は後ろに回り込み後頭部を触った。

そして、オイルを交換しようとして誤って加熱したエンジンにさわってしまったガスステイションの店員のようにオーバーなリアクションで飛び退いて、ホントに熱いんだね。と言った。

 

彼女は本当に驚いたらしく(あるいはそのほかに話すことが無かったのかもしれない)屋上に着くまでしきりに「ホントにあついね」を繰り返していた。

 

屋上のドアを開くと思ったよりも風が吹いていたがそれでも直射日光を帳消しに出来るわけはなく、俺たちは上履きの上からでも分かるくらいに加熱したコンクリートの地面を歩いて陰になっている部分まで移動した。

 

座り込んで弁当を広げると横で同じようにして弁当を開いているあかりが話しかけてきた。

 

「ねえ」

 

「ん」

 

「今朝ね」

 

彼女は言葉を慎重に選ぶようにして話し始めた。

 

「昨日の捨て猫のいた場所。通ってみたんだ」

 

 

昨日、偶然あかりと会った。家に帰る途中、道ばたに座り込んでいる人影を見つけて気になって近づいてみたらあかりだった。あかりの目の前には段ボール箱がおかれていて、その中には少し元気のない子猫が1匹だけはいっていた。捨て猫は目の前にいない母親を追い求めるように鳴いていた。

 

 

「どうだった、あの猫。」

 

「うん、拾われてたよ。今度のご主人様はいい人だったらいいね」

 

 

なかなか離れないあかりを捨て猫から引き剥がして家に帰った後。

俺は捨て猫が気になって一度きてみた。

段ボールの真上にある街灯は壊れていて、いらついたようにチカチカと点滅していた。

段ボールは昼とはうって変わって酷く静かだった。

のぞき込むと子猫は寝ているようだったので、起こさないように細心の注意を払って買ってきた牛乳を小皿に移してやる。

小皿をそっと子猫のそばにおこうとしたときに「ああ、死んでるんだな」と分かった。

体を丸め込んで硬くなっている猫は寒さに震えているようにだった。

 

 

「ああ、そうだな。そうだったらいいな。」

 

「きっとそうだよ。子猫がかわいそうで見かねて拾ってくれたんだもの。いい人だよ」

 

「ああ、あの猫もそのうち大きくなって町を歩き回るようになると、偶然会えるかも知れないな。」

 

「うん、そうだね。でも、あの猫は私たちを見つけても分からないの。そしてね、私たちもあの猫が大きくなっちゃってて気がつかないんだよ。知らん顔して私たちは近づいて気がつかないまま通り過ぎていくの。」

 

彼女は少しだけ寂しそうに話を続けた。

 

「でもいいよね。で、私たちは十年後くらいにあの捨て猫の事を思い出すの。あの猫しっかりがんばってるかな、って。」

 

そう言って彼女は微笑んで、それから唐揚げをつまみ慎重に口の中に入れた。

 

 

猫が死んでいることを確認すると、俺は硬くなった猫を暖めるようにして胸に抱いて、河川敷まで歩いていき、そこで50センチくらいの穴を掘って、猫を埋めた。墓標も何もなくてすぐ隣に投げ捨てられたゴミが山のように積んであった。

 

 

「ああ、そうだな。そんなのも良いかも知れないな」

 

「でしょ。わるくないよね」

 

「わるくないな。ああ、そういうのも悪くない」

 

 

 

猫を埋めた後、あいつが捨てられていた街灯のしたまできてヤシの木みたいにぼーっと突っ立ってた。

 

1時間くらい。

 

あいつの隣には死んでしまいたい夜どころか死んでしまった夜にまで誰もいなかったので誰かと一緒にあいつの事を悲しんでやることも出来ない。

 

視線を上に向けるとあいつを看取った壊れた街灯は先ほどと変わらずチカチカと苛ついたように点滅していた。

街灯に「ありがとう」と言うと、彼は悲しそうに2回点滅した。

 

 

 

 

 

 

 

死んでしまいたい夜がある。

 

誰かが決めたわけではないけどそういった名前の特別な夜がある。

 

その特別な夜は人によって様々で両親が離婚してしまった夜だったり、初めてファックをキめた夜だったり、愛車が愛車で無くなってしまった夜だったりする。

そんなときはたぶん一人で居る事なんて出来なくって、どうにかして自分を救ってくれる相手を捜すんだ。

方法は何でもいい。親しい友人の所へ行ったって良いし、風俗へ行ったって良い。

どうにかして探すんだ。泥だらけになって、地面をはいずり回ってでも。

 

でも、それでも・・・・

 

 

でも、それでも僕たちは救われない。

きっと救われない。

救ってもらえると思っていた相手も救われたがっていて二人して悲しい思いをする事になる。

 

それでもいい。一人よりは二人の方がずっとマシだ。救われなくたって良い。

 

そんなとき、隣には誰か居てくれるだろうか。

 

そんなとき、彼女は隣にいてくれるだろうか。

 

 

 

誰もいなかった時のことを考えようとしたとき、昼休みが終わった。

 



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